尹東柱を読む 22 「新しい道」

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〔※ 原文は77年版の縦書きの本文です〕

【ローマ字表記】

Sae-ro-un kil

Nae-reul keon-neo-seo suph-eu-ro
Ko-gae-reul nom-eo-seo ma-eul-lo

Eo-je-do ka-go o-neul-do kal
Na-eui kil sae-ro-un kil

Mun-deul-le-ga phi-go kka-chi-ga nal-go
A-ga-ssi-ga ji-na-go pa-ram-i il-go

Na-eui kil-eun eon-je-na sae-ro-un kil
O-neul-do...... Nae-il-do......


Nae-reul keon-neo-seo suph-eu-ro
Ko-gae-reul neom-eo-seo ma-eul-lo


1938.5.10.

【語句】

sae-rop-ta 新しい、初めてだ kil 道
nae 流れ、小川、川 keon-neo-da 渡、越える
suph 林、森、茂み 〜(eu)ro 〜に、〜へ
ko-gae 峠 neom-da 越える、越す ma-eul 村

eo-je 昨日 o-neul 今日

mun-deul-le = min-deul-le たんぽぽ phi-da 咲く
kka-chi カササギ nal-da 飛ぶ
a-ga-ssi お嬢さん、娘さん ji-na-da 過ぎる、通る
pa-ram  風 il-da 起こる、生じる

eon-je-na しょっちゅう、いつも、常に

【試訳】

  新しい道

川を渡って 森へ
峠を越えて 村へ

昨日も行き 今日も行く
私の道 新しい道

たんぽぽが咲き かささぎが飛び
娘さんが通り 風が立ち

私の道は いつも新しい道
今日も…… 明日も……

川を渡って 森へ
峠を越えて 村へ

1938.5.10.

【コメント】

 新しい道

 前回は、日本に留学してからの詩を読みました。
 そこには明るい希望と、深い挫折がありました。
 困難があるかもしれない日本に、どうして彼は渡ったのでしょうか。ひとつには、彼が卒業した延世大学は、当時は延嬉専門学校であり、日本の大学に渡って、さらに専攻の文学研究を進めたかったのかもしれません。朝鮮人は差別されていたので、日本に行って大学を出ることが有利だったのかもしれません。留学費用はずいぶんかかったのですが、親は留学を勧めたようです。その留学はかえって仇となってしまうのですが。
 しかしそうした実際的なことばかりではなく、もともと彼には進取の気象があったように見えます。今日の詩は、彼のそうした、新しい道を進み、新たな人生の進路に挑戦していこうという気概がうかがえます。

 川を渡って 森へ
 峠を越えて 村へ

 川を渡って、峠を越えて、森へ、村へ、と対句になっています。
 語尾も対句として、そろえて訳すのがよいと思います。「森へ」「村に」とわざと換えている訳がありますが、原語はどちらも「〜ro」と同じ語です。
 難しい言葉は何ひとつない詩です。彼は子供たちに対する詩、童詩もたくさん書いているのですが、この詩はそうした、子供にもよくわかるシンプルな美しさのある詩ですね。
 野越え、山越え、谷越えて、森へ、村へ、遠くへと、旅の現在進行形、目標への方向感がよく出ています。ひたすら、ひとつの道へと進んでいくのですね。

 昨日も行き 今日も行く
 私の道 新しい道

 しかし、その道は、実際にどこかを旅行しているというより、もっと象徴的な道、人生の道の比喩なのだ、とわかるのがこの二連めです。
 「昨日も」「今日も」と繰り返し、毎日であることが強調されています。旅芸人やツアーリストならともかく、ふつう毎日が旅暮らしということはないでしょう。
 「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり」と松尾芭蕉が「奥の細道」で寓したように、月日は、そして人生は旅のようなものなのです。
 だが、その「私の道」、私の人生は、同じことの繰り返しではない。日々、「新しい道」だと言うのです。月曜、火曜、水曜……一月、二月、三月……。曜日や月日の暦の巡りは、同じ日が繰り返されるような錯覚を生みますが、考えてみれば同じ日など一つもない。同じ職場や学校に行って、同じような仕事や授業の時間割をこなすのであっても、その一つ一つは昨日とは違うのですから。
 毎日、今日は何が起こるだろう、どんな風景に出会うだろうかというように、惰性に陥りがちな日常に、新鮮な好奇心と新たな決意をもって臨んでいきたいものです。

 たんぽぽが咲き かささぎが飛び
 娘さんが通り 風が立ち

 それは決して、無味乾燥な日々ではありません。注意すれば、そこにはいつも新たな風景との、そして、いろいろなものとの出会いがあります。童話のようですね。
 「たんぽぽ」「かささぎ」「娘さん」「風」とさまざまな風景が眼に移ります。植物や動物、人間や気候、いろいろなものが作者のそばを通り過ぎていきます。
 a-ga-ssi は、ttal 娘でも、cheo-nyeo 乙女でもないので、「娘さん」くらいにしておきます。「お嬢さん」だとなれなれしいけど、「娘」だとよそよそしいのではないかな。
 il-daは「序詩」にも出てきましたが、風が「そよぐ」だとやや弱い感じで、「起きる」とか「立つ」くらいかな。「風立ちぬ」にならって「立つ」としましょう。
 「咲き」「飛び」「通り」「立ち」と連体形で並べているのも、生き生きした動きが感じられますね。「咲いて」「飛んで」「通って」「立って」とそれぞれ「〜て」と韻を踏むのも、原詩が「〜go」とそろっているので良いと思いますが、少し間延びするので、「〜き」「〜び」「〜り」「〜ち」と「イ音」できびきびした感じで結んでおきます。

 尹東柱は山登りが好きだったようで、山や湖など自然の中で読んだ詩もいくつか残しています。私も昔、ワンゲルの引率やハイキングで、日本アルプスを初め、奥多摩や丹沢などあちこちの山を登ったものです。
 そんな時、ちょっと足を休めて、ふと道ばたを見れば、珍しい高山植物や、都会では見られないような野の花が咲いています。じっと耳を澄ましていると、木々の梢の上から、野鳥や虫の声が響いてきます。ほら、そこの木の枝に鳥がいる。リスや兎が、野草の間から顔を出すことも。時には、別のハイカー、登山客と、あるいは山村の人たちと、顔を合わせ、すれ違うこともあります。時おり過ぎる薫る緑の風も、心地よい。
 単なる象徴に終わらず、そうした実感が感じられる詩だと思います。

 詩人は決して一人ぼっちではないのです。もちろん、旅の同行者がいるわけではない。一人旅です。考えてみれば、人生ってひとり旅です。
 たとえ家族や友人がいても、所詮、ひとはひとりで生き、ひとりで死んでゆかねばならない。自分の人生は自分のもの、他の人と替わることはできないのですから。
 でも、その人生には、いろいろな出会いがあるのです。その一期一会の出会いを楽しんでいけるようであれば、人生は豊かになっていくでしょう。

 私の道は いつも新しい道
 今日も…… 明日も……

 あとはまた、同じ繰り返しです。
 「私の道」「新しい道」と、自分自身の新たな人生の道であることが、ふたたび強調されています。
 しかしそのあとの「今日も……」「明日も……」には「……」という省略があります。これは故意でしょう。
 「昨日も行き 今日も行く」と呼応させれば、「今日も行き 明日も行く」となるはずですが、ややくどいと思って省略したのでしょうか。明日は来ないかもしれない、「明日はない」という発想でしょうか。
 あるいは、ここには少し、希望や期待ばかりではない、疲労感や倦怠感もなくはないと言えるかもしれません。

 さまざまな出会いがあると言いましたが、もちろん、平坦な道ばかりではないでしょう。山のきつい坂道もあれば、谷の深い危険な道もある。しかし、たとえ苦難や試練に遭うことがあっても、それを乗り越えていかねばなりません。
 道というと思い出すのは、在日の歌手、李政美の「遠い道」です。

  遠い道    李政美・詞曲

どこから来たのか どこへ帰るのか
何かを探し求めて 迷い道歩き続ける
エヘイヨー エヘイヨー

手に入れたものすべて 愛さえな失くしても
心の自由を求めて 裸足のまま歩いて行きたい
エヘイヨー エヘイヨー

遠い道ただひとり 道ばたに倒れても
本当の自分に出会うまで つまずきながら歩いて行くだけ
エヘイヨー エヘイヨー


 人はだれしも、旅人である。
 何かを探し求めて歩いている、迷い道である。それは心の自由であったり、本当の自分であったり、人によって違うだろう。でも、人は生きている限り、何かを求めて歩き続けるものだ。
 そうした人生観のよく出ている歌だと思います。そしてそこが、尹東柱にも共通しているのではないでしょうか。

 川を渡って 森へ
 峠を越えて 村へ

 情景はまた、最初に戻ります。
 川を渡り、峠を越えて、森を通り、村を過ぎる旅。
 そうした心の旅の、心象風景がふたたび示されます。

 ここでもうひとつ、私の好きな文章を挙げておきましょう。
 デカルト「方法序説」です。
 哲学者ですが、お話はちっとも難しくはありません。

 森の中で迷った旅人は、一つの方向に向かって歩き続けなくてはならない。そして、たとえ初めに自分にその方向を選ばせたものが、単なる偶然であっても、それを簡単に変えてはいけない。なぜなら、そうしていれば、たとえそれが自分の望んだところではなくても、どこかには出られるからである。そしてそれは、森の中で一生迷っているよりは、良いことである。

 自分の望んだ街や村にはいけないかもしれない。どこか見知らない湖や海に出るかもしれない。しかし、それは森の中で迷ったまま死んでしまうよりいい。
 そのためには、一方向に歩き続けること。あっちに行ったり、こっちに向かったりと、方向を変えてしまったら、同じ森の中をぐるぐる回ってしまうだけ。
 たとえ途中に滝があろうと、崖になろうと、立ち止まったり、引き返したりせずに、まっすぐに進もう。自分の知らない理想の世界に到達できることを信じて。

 しかし実は、その旅は孤独なひとり旅なのではありません。
 それは先ほど行ったように、娘さんやかささぎのように、ゆきずりにすれ違う人や目にするもの、といったこととも少し違います。いっしょに歩いている人がいたのかもしれないということです。

 尹東柱には、使命感があったのだと、私は思います。やがて日本に渡ってきて、そして殉教してしまう彼には、明確に神から与えられた「道」だという決意があったのではないでしょうか。
 その時に、彼はひとりではなく、イエスさまと共に歩いているという意識があったのではないでしょうか。お遍路さんが、弘法さまと「同行二人」とよく言うように。讃美歌に「ふりかえれば、そこには二人の足跡」とあるのも、同じ心でしょう。
 詩世界にも聖書の福音をよく描いているこの詩人は、日本に、世界に、キリストの世界を伝える「道備え」をしているのだ、という意識があったのに違いありません。あのバプテスマのヨハネのように。
 だからこそ、「新しい道」なのでしょう。

 見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、
 あなたの道を準備させよう。
 荒れ野で叫ぶ者の声がする
 「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」
(マルコ1:2,3)

                        1938.9.


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