尹東柱を読む (26) 「看板のない町」
実に久しぶりに、一年半ぶりですが、尹東柱の詩を読んでみます。
今日12月30日は、彼の誕生日。歳末もおしせまったころに生まれたのですね。
主に彼の詩集『天(空)と風と星と詩』から、拙い訳で読んできたのですが、まだ数編読み残しています。少しわかりにくいところもある詩です。そのなかからひとつ。
「看板のない町」というちょっと変わった題名ですね。
【ローマ字表記】
看板 eops-neun keo-ri
Jeong-geo-jang pheul-laes-phom-e
Nae-ryeoss-eul ttae a-mu-do eops-eo,
Ta-deul son-nim-deul-ppun
Son-nim gath-eun sa-ram-deul-ppun,
Jip-jip-ma-da kan-phan-i eops-eo
Jip chaj-eul keun-sim-i eops-eo
Ppal-gah-ke
Pha-rah-ke
Pul-puth-neun mun-ja-do eops-i
Mo-thung-i-ma-da
Ja-ae-ro-un heon wa-sa-deung-e
Pul-eul hyeo-noh-ko,
Son-mog-eul jab-eu-myeon
Ta-deul, eo-jin sa-ram-deul
Ta-deul, eo-jin sa-ram-deul
Pom, yeo-reum, ka-eul, kyeo-ul,
Sun-seo-ro tol-a-deul-ko.
【単語】
kan-phan 看板 keo-ri 通り、町
jeong-geo-jang 停車場 pheul-laes-phom プラットホーム、ホーム
nae-ri-da 降りる eoss-eul ttae 〜した時
a-mu-do 誰も eops-ta ない
ta みんな -deul 〜たち son-nim お客さん -ppun 〜だけ
-gath-ta 〜のようだ sa-ram 人
jip 家 -ma-da 〜ごとに
chaj-ta 探す keun-sim 心配
ppal-gah-ta 赤い pha-rah-ta 青い
pul 火、灯 puth-ta 付ける mun-ja 文字
mo-thung-i 曲がり角
ja-ae-rop-ta 慈しみ深い heon 旧い wa-sa-deung ガス灯
pul-eul noh-ta 火をともす
son-mog 手首 jap-ta 握る、つかむ -myeon 〜すれば
eo-jin <- eo-jil-da 善良だ
pom 春 yeo-reum 夏 ka-eul 秋 kyeo-ul 冬
sun-seo 順序 tol-a-deul-da 回ってもとに帰る
【試訳】
看板のない町
停車場のホームに
降りた時 誰もいなくて、
みんな お客ばかり
お客のような人たちばかり、
家々ごとに 看板がなくて
家を探す 心配もなくて
赤く
青く
灯をつける文字もなくて
曲がり角ごとに
慈しみ深い ガス灯に
灯をともして、
手をとって引きとめれば
みんな 善い人たち
みんな 善い人たち
春、夏、秋、冬、
順番に巡ってきて
【コメント】
看板のない町
看板は、日本語と同じ漢字で「kan-phan」カンパン。
看板のない町って、どんな町でしょう。商店のないさびれた町ということか、それとも住宅地でしょうか。
keo-riは「通り」と訳してもいいのですが、ここでは「町」にしておきましょう。「まち」は「街」という漢字もあてますが、その字だと「繁華街」「市街」といったにぎやかな街のイメージがあります。少ししずかな「町」にしておきましょう。
停車場のホームに
降りた時 誰もいなくて、
漢字語の「停車場」、外来語の「プラットホーム」、どちらも日本語と同じです。ただ、韓国語と違って日本ではただ「ホーム」と略されるのが普通ですね。
そこに降りた時に、誰もいなかったのです。時刻が遅かったのでしょうか、それとも、無人駅か、田舎のさびれた駅だったのでしょうか。
みんな お客ばかり
お客のような人たちばかり、
ところが、このように次の連では、「お客ばかり」とあります。
おや、前の連では「誰もいなくて」と言っていたのではなかったか。
それが、最初にこの詩を読んだときに、ちょっと浮んだ疑問です。
ここでは「お客さんばかり」ということが、繰り返し強調されています。
ということは、「お客でない人がいなかった」ということになるのでしょうか。そこで私が思ったのは、顔見知りの人はいなかった、出迎えの人はいなかったという意味なのではないかということでした。
「お客」を、直後に「お客のような人」とわざわざ言い換えている。つまり、私は知らないけども、実は地元の人なのかもしれない。よそ者ではないのかもしれない。ただ、私はその顔を知らないので、みんなが「よそ者」に見えるということでしょうか。
いずれにしても、知る人のいない作者の孤独感が伝わってくるように感じます。
家々ごとに 看板がなくて
家を探す 心配もなくて
eops-eo「いなくて」「なくて」という言葉がこの詩では繰り返され、題名のeops-neun「ない」と呼応しています。「いない」ことの強調が、寂しさを増していきますね。
知る人もいない、そして、どの家にも看板がない。
「看板がない」とはどういうことでしょうか。最初にタイトルのところで述べたように、さびれた田舎の町で、商店がほとんどないということでしょうか。もともと住宅地なのかもしれませんが、「ない」という言葉の繰り返しで、ひっそりとした感じがします。
「家を探す心配もない」と続きます。
これもこの詩を読んで最初に持った疑問ですが、この「町」は、どこか見知らぬ町なのでしょうか、それとも、作者の故郷の町なのでしょうか。
もともと、誰も知り合いのいない町に、異邦人、よそ者としてふらりと降り立った。どこに行くというあてもない。だから「家を探す心配がない」のでしょうか。
いや、それとも、看板など出ていなくても、すでに見知った町の通りであるから、道しるべなど要らないということでしょうか。そうすると、「看板」というのは「表札」に近いような意味になるのでしょうか。
たまたま、駅に知り合いや出迎えはいなかったけど、自分の家の道は知っているということでしょうか。
赤く
青く
灯をつける文字もなくて
ここで「看板」が「表札」かもしれない、という解釈は違いそうな気がします。
というのは、ここで「赤」や「青」に「火のついている」文字、というのは、やはり商店の宣伝の「看板」ととるのが順当らしそうだからです。
表札に「赤」や「青」の光る文字など使わないでしょう。赤や青の朝鮮の伝統的な提灯かなとも思ったのですが、字が光るとはつじつまが合わないような気がします。
考えられるのは、赤や青に輝く繁華街のネオンの文字です。そんな電飾の明かりはないということ。きっと、作者はソウルなどの大きな街、ネオンの電飾が鮮やかでにぎわった街から来たのではないでしょうか。着いたのは夜だった。そこで対照的にひっそりとした、夜の静かな町の暗闇の深さが感じられたのでしょう。
曲がり角ごとに
慈しみ深い ガス灯に
灯をともして、
ここのところが、この詩はいいなあと感じられ、私は好きです。
mo-thung-i 曲がり角 は、mo 角、辻 と同じ意味ですが、より俗語的な言い方だから、「曲がり角」としておきましょうか。
「ガス灯」が出てくるのが、レトロでいいですね。wa-sa-deung は「瓦斯灯」をそのまま漢字読みした言葉でしょう。
「ガス灯」というと、往年のハリウッドの名画を思い出します。モノクロのレトロな映画でしたが、「ガス灯」の明かりが明滅してその明るさを変えるところから、ある隠された謎を解いていくといった、ちょっとミステリー仕立ての内容でした。
ところで、「ガス灯」が出てくるところからすると、これはそんなに郊外のさびれた町でもないのかもしれません。
尹東柱の生まれ故郷は、北間島、いわゆる満州の僻村、寒村であるはずなので、そこにガス灯が引けていたのか、蝋燭か、せいぜいランプくらいではなかったか。
そう考えると、最初に持った疑問、これは彼の故郷なのか、見知らぬ町なのかということは、後者ではないかという気がしてきます。
この詩全体に流れる、言い知れない孤独感、誰も知り合いがいない寂寥感も、故郷にしてはあまりにさびしすぎる、これはやはりエトランゼの憂愁、見知らぬ町なのではないかしら。
さて、そのガス灯の明かりが ja-ae-rop-ta「慈愛」ja-ae のようだという。この表現がいい。それは、見知らぬ寂しい町で、作者の孤独を癒してくれる灯なのでしょう。
知り合いもない、看板もない、かといって知り合いや看板があったとしても、どこかの家や店を探しているわけではなく、いずこに行くというあてどもない。
そんな作者の寂しさを慰めてくれるように、辻ごとに、ガス等が深い暗闇の中で、こころの道しるべのように、光を与えてくれるのです。
「慈愛のようだ」では直訳でおかしいので、「慈愛深い、慈しみ深い」と訳しましょう。「慈しみ深き」と言えば、すぐに思い出されるあの讃美歌。
慈しみ深き 友なるイエスは
我らの弱きを 知りて憐れむ
悩み悲しみに 沈めるときも
祈りに応えて 慰めたまはん
この「慈愛」「慈しみ」という言葉に、キリスト教徒である尹東柱のこころが感じられますね。このガス灯の明かりは、すでに物質的な光源というより、精神的な光のように感じられます。人生の暗い闇路を照らしてくれる、真理の光、愛の灯。
神が光の中にいますように、
わたしたちも光の中を歩もう (ヨハネ第一 1:7)
「ナルニア国物語」という有名な童話を、ディズニーが最近映画化しました。
映画を見ていても、童話を読んでいても、その挿絵を眺めても、私がいちばん印象に残ったのは、雪の中に光るガス灯の光でした。
古い洋館の大きな洋服ダンス、クローゼットの扉の中に入っていくと、そこは見知らぬ世界の雪原に通じているのです。その一面の銀世界の雪の森の中に、なぜだかガス灯が一本、目印に燃えて立っている。
それがとても、幻想的でシュールでさえありました。え、雪原の中でどこからガスを引いているの、などと野暮な質問をしてはいけません。
これはもう、心の中のイメージ、心象風景なのですから。
手をとって引きとめれば
みんな 善い人たち
みんな 善い人たち
ここも実は、少しわかりにくいところでした。
son-mog-eul jab-eu-myeon 直訳すると「手首をつかめば」です。
「手を握れば」と意訳したものも見かけます。手を握って、握手をすれば、ということでしょうか。そうかもしれないとも思うのですが、ではなぜ「手
son」ではなくて、「手首 son-mok」なのかしら。
韓国で、目上の人との握手や献杯の時に、自分の利き手の手首を、もう片方の手で握ることがあります。例えば、右手で相手と握手したり相手の杯につぐ時に、左手を軽く右手首に添えるようにするのが、右手だけ突き出すのよりちょっと謙遜で上品でいいものです。けれども、ここで握るのは、相手の「手首」なのではないかしら。
Son-mog-eul jap-ko mal-lin-da 手首をつかんで引き止める
ということわざがあって、これは「必死になってやめさせる」という意味です。こういう用例からすると、やはりここは、手首をつかんでいるのではないか。
それで私は想像するのですが、これは通りがかりの人の手首をとってひきとめているのではないのでしょうか。
すなわち、詩の最初のほうで「みなお客さんのような人ばかり」とありました。
知らない人、通行人だから、お客さん「のような」人ばかりに見える。ただの行きずりの、冷たい無関係な他人のように見える。
でも、ちょっと待ってください、と引き止めて話してみると、実はみんな、優しい善い人ばかりだ、ということなのではないかしら。
だから、「eo-jil-da 善良だ」という単語を使っているのでしょう。「お人よし」とか「人がいい」と言いますね。」
キリスト教的に言えば、「善人」である。もう少し言えば「義人」に近いかもしれない。少なくとも「悪人」ではない。善いか悪いかといえば、善い人ばかりだ。そういう性善説的な考え。田舎の町、ということもあるのかもしれない。田舎者は、人がいい。よそ者にはよそよそしいようだけど、知り合いになってみればみな親切な人ばかり。
「みんな善い人たち」と、二回同じ言葉をそのまま繰り返しています。
慈しみ深いガス灯の明かりのように、慈しみ深いあたたかい人たち。
春、夏、秋、冬、
順番に巡ってきて
この詩が書かれたのは、冬か秋なのかなあという感じがします。
「ナルニア国」のイメージがあるからかもしれませんけど、詩の前半に特に強い孤独感や寂寥感、それは秋から冬の寂しい季節ではないでしょうか。
けれども、冬来たりなば、春遠いからじ。
また、春や夏が、あたたかい季節が巡ってくるだろう、そういう期待。
そしてそれは、やはりただの四季ではなくて、今は人生でも暗い時期だけど、いつかはまた希望に満ちた明るい時機が到来するだろう、そういう光明で締めくくられている詩ではないのでしょうか。
もっとも、尹東柱自身は、日本での留学生活で、孤独だったのかもしれません。けれども、彼を理解しようとしてくれた日本人も皆無ではなかったと願いたいのです。それに、彼は信仰を持っていたから、主イエスの光にいつも慰められていたに違いありません。
2008年ももう暮れようとしています。
私事になりますが、今年は十月に父が世を去り、私は五十歳の誕生日を迎えました。
父の弔いを済ませに故郷に帰れば、親戚とのあたたかい交流。
そして、東京に帰ると、また、雑踏の中でさびしい日々の再会。
けれども、だれも知り合いのいない、冷たい人ばかりのように感じられる都会の中でも、隣の人々に話しかければ、優しい人、あたたかい人は、たくさんいるものです。
何よりも、そうした暗闇を照らす、一条のガス灯のような光があります。
慈愛の光、慈しみ深き光を求めて、また来年も一年歩んでゆきたいと思います。
2008.12.30. てじょん
追記
以上をすべて書き終えてから、今ふと思いついたのですが、この町というのは、もしかすると、租界のような寄留地の街なのかもしれません。そのように特殊な街なので、看板がないということかもしれません。
北朝鮮の平壌の街を一度訪れたときに、その妙に人工的な造り物めいた街に奇妙な違和感を抱いたのですが、それは政治的なスローガンの広告塔以外に、宣伝の看板のない街だったからのようです。
あるいは、こうも思いました。
この「ナルニア国」物語の中のガス灯の街灯のような不思議な実在感というのは、実は夢の中の街なのかもしれない、ということです。
それで、思いついたのです。これは、尹東柱のイメージの中、幻の中の天国、神の国なのかもしれない。
そうすると、天国に列車が着いた時に、見知らぬ人ばかりだったことがわかる。さらに、霊的な街であるから、普通の住所表示などないこと、それでもそれぞれの霊の家は探さなくてもわかる。そして、そこには霊の光のしるしがあり、また、住んでいる人は話しかけてみれば、みな善人ばかりである理由もわかるのです。
この想像がまんざら荒唐無稽とも言えないのは、尹東柱にはほかにも「もうひとつの故郷」や「夜明けの時」といった、明らかに霊的な世界のイメージを詠んだ信仰的な詩があるからです。
そう考えれば、この詩の謎もすっきりと解けるように思ったのですが、いかがでしょうか。
孝行できなかった親父や、早世したあの人、そして、尹東柱もその町にいればよいのですけど。