ライブ・エッセイ 「妖精のレクイエム」

い・ぢょんみ at 国立カフェリュベロン

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sbpict15.gif (2629 バイト)  妖精のレクイエム 

     〜 ティンカーベルの霊前に捧ぐ 〜

〈プロローグ〉 あなたとともに

 7月26日、土曜日。午後4時。

 赤羽より埼京線に乗った。浮間舟渡駅を通る。ホームの高架から浮間公園の
池が見える。あの人の家はこの近く。ここを散歩したこともあったっけ。
 そうだ、メールを試しに送ってみよう。もしかすると。

 「今日、6時から国立で、李政美さんのライブがあります。
  もし来られたら、いらっしゃいませんか」

 送信。しばらくして、返信がある。返信が? そんなはずが。

 「お送りになったアドレスは、存在していません。
  メールを送ることはできませんので、返信します」

 メーラーからのリターンメールであった。やはり、そうなのか。
 もう、メールアドレスも削除されてしまっているのだろう。

 武蔵浦和で乗り換え、西国分寺でまた乗り換える。
 国立駅は、そろそろ暮れなずんでいた。南口、大学通り。
 並木道の桜が、初夏のこととて、花ならぬ青葉を茂らせている。
 南に3分歩き、回転寿司の店のある角を左に折れる。
 目の前に、男が立っている。見なれた顔だ。携帯電話をかけている。
 「近くまで来たのですが、よく場所が分からなくて……」
 「お久しぶり。目の前ですよ、そこのブティックの2階です」
 ゆきさんの旦那さまだった。金沢のコンサートであったことがある。店の
前までいっしょに行くと、おなじみプロデューサーの髭の先生もいる。大阪
からいらしたbinさんら常連の顔も見える。みなさん、遠路ごくろう様だ。


 国立カフェ・リュベロン
 洋館の1階はこぎれいなブティック、小さな目立たない木の看板を見つけ
て2階に階段をあがれば、着せ替え人形の家のようなお洒落でシックな部屋。
見上げれば木造の三角屋根の梁からは、たくさんのドライフラワーがつり
下げられている。入ったなり感じたどことなくふくよかな心和ませるアロマ
の香りは、これであったか。天井から吊り下げられた装飾の彫られたガラス
のランプが、おだやかな光を放つ。カウンターの棚の中には、さまざまな柄
の陶器のカップが所狭しとひしめいている。マントルピースの上には、人形
や時計やアンティークな心づくしの調度品が置かれている。
 縁飾りのついた木枠の鏡が、この室内の様子を静かに映し出す。
 今日は机はわきにどけられて、背もたれのある素朴な木の椅子が、ずらり
と何列か並行に、舞台にあたる正面のほうを向いて並べられている。
 コントラバスがあり、ギターがある。チャンゴがあり、椅子がある。
 主役はまだ姿を見せない。三々五々、客が集まり始める。
 女性が多い。8割は女性だろう。しかも、どこか品のよい、奥さま方やお嬢
さま方という感じだ。いかにも、山の手、西多摩のインテリ家庭、有閑階級の
雰囲気がある。おそらく地元の国立の人達だろう。
 早めに来たので、一番うしろのテーブルの端っこの、出窓の隣の席にした。
ここから下を見下ろすと、通りを歩いていく人達の姿が見える。

 受付で、予約してある旨、告げた。
 「お二人ですね。」
 そう、席は二人分。ただし、もう一人は来ない。あの人と二人で来るつもり
で、ふた月前に予約してあったが、それはかなわぬ夢となってしまった。
 だが、キャンセルはしなかった。やはり、席は二人分。
 あの人が、隣りに座っていそうな気がしたから。メールをどこかで受けて、
今日、この部屋のどこかに訪れていないと言えるだろうか。
 隣りの席を空けておく。それでも、どんどん人が入って来ると、「空席」の
ままではいられない。詰めて下さいと言われれば、詰めないわけにいかない。
ふと、左肩のわきを見ると、出窓の縁が、広く空いている。
 そうだ、あの人にはここに座ってもらえばいい。
 あの人は、「妖精」だったから。あだ名は、ティンカーベル。
 そして私は、ピーターパン。いつまでたっても大人になり切れない。

 政美さんが、木の扉を開けて現れる。
 黒いシルクのエレガントなドレス。肩の白いきれいな肌に、長い黒髪がか
かって、久し振りにお見かけするお顔はますます内面の輝きに満ちている。
 特に舞台にたった時の、凛とした立ち居は、やはり天性の舞台の歌手の素質
だろう。なつかしくもまた、頼もしい感じがした。
 両わきを固めるのは、左にベースの芹澤薫樹さん、右におなじみギターの
矢野敏広さん。下手には髭の先生が、しっかりと守護に鎮座されている。
白いカップの並ぶカウンターには、紫眼鏡のマスターの女主人が立っている。
 小じんまりした会場をぎっしり埋めている、女性たち。五十人はいよう。
 照明が落とされ、赤いガラスを透けてくる灯火の、柔らかな明りに照らされ
た、フランスはリュベロン村、田舎風の一軒家を模した屋内に、今すっくりと
立つあしびきの長身の、ぬば玉の黒髪の、東洋のからつ国の歌姫。
 私のミューズ、いや、私たちのミューズ。妙なる歌は今、その口から。

1 「あなたが笑っていると」

  あなたが笑っていると
  なんだかうれしくなります

 あの人の笑顔、あの人の泣き顔、あの人の憂い顔が浮かんでくる。
 歯並びがよくて、ほがらかに笑うときれいだった。
 だが最近は、仕事の悩みや病気の苦しみで、沈んだ顔をしていることも多かった。
 こころは、人の心に伝染するものだろうか。
 あなたが笑っている時は、確かにこちらの気持ちも明るくなったものだ。
 暗い顔をしている時には、元気を出してと励ましたりもした。

  あなたが泣いていると
  なんだか悲しくなります

 あの人は、胸の病だった。手術で一時好転したが、再発して、いけなかった。
 職場のことでずっと悩んでいたようだ。同僚とうまくいかなかった悩みがあり、
また、職制そのものの改悪で、あの人の仕事は無用のものとされていった。
 その胸の精神的なしこりが、そのまま、物質的なしこりとなったのだと思う。
 病は気から、というけれど、そのとおりだ。ストレスが免疫力を落とす。
 仕事のことは気にしないでと言ったのだけど、あの人は根っから真面目だった。

  あなたが苦しんでいると
  なんだか胸が痛くなります

 今、私の心は沈んでいる。
 「あなたが悲しんでいると、悲しくなるわ」
 そのように、今度はあなたが私に語りかけてくるように聞こえてくる。
 ほら、もっと笑ってよと、白い歯を見せて、あなたが笑っているようだ。
 そうだ、笑わなくては、そう思いながら、胸が痛くなる。
 あなたが笑っているのを思い出すと、なんだか胸が痛くなる。

  あなたがそばにいても
  あなたが遠くにいても
  あなたが生きていてくれるだけで

 生きている? いや、だが、あなたはもうこの世にはいない。
 病気でも良かった。悲しい顔をしていても良かった。時には悩みや怒りをうち
明けられることもあったけど良かった。生きていればそれで良かった。
 症状が進んでからなかなか会えなかったけど、たとえ遠くにでも、会えない所
でも、この世のどこかに、あなたがまだ生きていてくれると思うだけで。

  ただ、それだけで
  私はとっても幸せなんです

 ちょんみさんは、なぜこの歌を最初に歌ってくれたんだろう。
 私のことを、励ましてくれているんだろうか。
 もちろん、私だけのために歌ってくれてるわけじゃない、ここに集った人すべて
のために歌ってくれているんだ。でも、良い歌い手の歌というのは、たくさんいる
観客の中でも、自分だけに語りかけてくるような気がするものだ。
 それに、ちょんみさんは、あの人との告別の夜の席に来てくれたのだから。

2 「イマココニイルヨ」

 アナタトワタシイマココニイルヨ
 アナタトワタシイマココニイルヨ

 あなたと私、今、ここにいるよ。
 そう繰り返される。ちょんみさんは気のせいか、最後尾の私のほうを見つめて
いるような気がする。すると、私とあなたは、ちょんみさんと私か。
 それでも、繰り返されているうちに、ちょんみさんの口を通した、あの人と私
のような気がしてくる。あなたが、私に呼びかけているのだろうか。
 アノヒトガ、ワタシニ、イマココニイルヨト、ヨビカケテイルヨウニ。

  生まれた場所も
  息をしてる場所も
  遠く離れていても

 あなたはもう、この世にはいない。
 生まれたところは違う、息をしているところも、いや、もう息はしていない。
 遠く離れてしまった、冥界と、この世と。
 いや、違う、あなたはここにいるよ。
 生まれたところは同じ地球、息をしているのも私だけじゃない、あなたは違う
世界で違う息をしている、体は遠く離れているけど、あなたの心はここにある。

  この星のかたすみ
  花の種蒔いて
  小さな歌をうたってる

 ふと、わきの窓を見た。
 私は最後尾にすわっていた。このカフェは洋館の2階になっていた。私が
座っているテーブルの脇に出窓があり、そこから通りを見下ろせる。
 出窓の手前には、幅二十センチくらいのカウンターのような木の縁がある。
 ほら、この窓際に、この出窓の縁に、あなたなら座れるじゃないか。
 花の種のような妖精ティンカーベル。一緒に小さな歌を歌おうか。

  せつなさも喜びも
  時を、空を越えて
  響き合う不思議

 以前に思ったことがある。
 もし、この世に生きていて体だけが離れていて会えない状態でいたら、それ
でも、その人のことを思い出していたら、会っているも同じだと。仮に、その
人は実はなくなっていたとしても、生きているのと同じではないかと。
 逆に、この世に生きているのだけど、その人のことを忘れ果ててしまってい
たら、その人は心の中ではなくなったも同然ではないか。そして体もなくなり、
心からもなくなったとき、その人はこの世から消えてしまう。
 でも、思い出す時に、その人はそこにいつも臨在するのだということ。

 アナタトワタシイマココニイルヨ
 アナタトワタシイマココニイルヨ

3 「京成線」

 重くよどんだ 川の水に
 四両の短い影 映しながら
 今日も走るよ 京成線

 ちょんみさんは、国立音大に通っていたと打ち明ける。お母さんがなくなって
から、落胆したお父さんは韓国に一人で帰ってしまわれたそうだ。その頃、音楽
を志したちょんみさんは音大に合格し、国立高校の裏に下宿していたという。
 今ちょうど、その国立高校に私が勤めている。この4月から、転勤で赴任した。
大学通りも両側が桜でぎっしりと満開だった。このカフェも、大学通りも、私の
毎日の行き帰りの道なのだ。そして7月、夏休みになってからライブが開かれた。
 異動の際に、国立高校を名指しで希望したわけではなかった。私は西高出身で、
母校かあるいは中央線沿線の進学校をと希望しただけだった。この国立の勤め先
に私を当ててくれたのは、見えないものの働きがあったように思える。
 そして、異動を希望した理由も、ちょんみさんと韓国のことが関わっている。
前任の高校で、ひとりの韓国籍の生徒が入学してきたのだが、その生徒に対する
学校の指導方針に、強い疑問と不満を感じたからなのだ。

 低い鉄橋の その下には
 埋もれたままの 悲しみ眠る
 エヘイヨ エヘイヨ

 ちょんみさんは続けて語る。
 国立に来る動機のひとつは、幼い頃に生まれた葛飾の町が好きになれず、そこ
から離れたいと思っていたからだ。だが、今では下町の葛飾が好きになっている。
この話は何度か聴いているが、今あらためて、縁の不思議さということを感じる。
 私が、初めて都に就職して勤めたのが、南葛飾高校の全日制だったのだ。その時
に、ちょんみさんは、定時制で朝鮮語を教えていた。この3月でやめるまで20年、
関心も深くない生徒たちに一からカナダラを教え続けていた努力に、頭が下がる。
 「へえ、ここの定時制には必修で朝鮮語があるんですか。珍しいですね」
 そんな会話を当時、私は同僚としていた。新米教員で要領の悪かった私は、いつ
も次の日の準備で遅くまで残っていた。だから、私は政美さんと、学校の廊下で何
度かすれ違っているはずなのだ。だが、言葉を交わすことはなかった。

 灰色の煙吐き出す車
 高くそびえ立つ高速道路の下
 くぐり抜けてく 京成線

 私は、その職場で同僚だった妻と出会い、5年後に結婚して異動した。
 その後、阪神大震災が起きた時、救援のチャリティコンサートに行き、そこで
ちょんみさんの歌に出会って、すっかり魅入られてしまった。プロフィールを見
ると、南葛飾高校の先生をしていると言う。すっかり驚いてしまった。
 先日の、ちょんみさんの南葛飾での「最後の授業」にも、見学に行った。
 最後の授業は、ちょんみさんらしく、歌の授業だった。
 青戸駅から高校に向かう道。大卒の若い頃、京成線に乗って5年間通い、
それから15年後の今再び訪れる道は、当時とあまり変わっていない。
 本当のことを言うと、私も当時はあまり葛飾の町が好きになれなかった。
杉並でずっと暮らしていた私は、山手の雰囲気のほうが肌になじんだから。
しかし今、若かった時を顧みる時、葛飾の町に愛着となつかしさを感じる。

 川向こうから 吹く風は
 なつかしい匂い 運んでくる
 エヘイヨ エヘイヨ

 その後、ちょんみファンになった私は、コンサートに足しげく通った。
 ちょうどその頃、あの人とも、不思議な縁で出会うことになった。そして、
ちょんみさんのコンサートにもお誘いし、なじみになる。
 優しいちょんみさんは、病身の彼女のことを気遣ってくれた。高価なアガリ
クスの生薬を送ってくれたり、整体や針の治療を教えてくれ、一緒に通ってく
れたり、再発の際には、髭の先生といっしょに見舞いに来てくれたりした。
 ただ歌手とファンというだけではなくて、女同志の友情とも言えるくらい、
親身にしていただいた。こういうところに、ちょんみさんのお人柄を感じる。
 そして今、彼女は見知らぬ世界へ、ちょんみさんは国立から葛飾ヘ、私は
葛飾から国立へと向かう。すれ違いか、いや、この世で出会ったわれわれは
お互いにどこかで縁がつながっていて、これからも切れないのかもしれない。

 顔も知らない ハルモニ、ハラボジ
 いくつものアリラン峠越えて
 辿り着いたこの町

 京成線に乗って帰ろう
 この町もまたふるさと

4 「私と小鳥とすずと」

    すずと 小鳥と それから私
    みんなちがって みんないい

 金子みすずという詩人をみなさん、ご存知ですね。大正時代の女流詩人です。
この歌、最近は、よく手話でみなさんといっしょに歌ってもらうんですよ。
 ちょんみさんはみんなに、ていねいににこやかに手まねで教えてくれた。

   すずと    指ですずをつまんで ふるように
   小鳥と    
両手をひろげて はばたくように
   それから私 
自分を ゆびさして
   みんな    
人さし指で ひとりひとり みんな指さして
   ちがって   
こぶしを向かわせ 親指と人さし指を立て 逆にひねるように
   みんな    
また ひとりひとりを 自分も入れて指さして
   いい     
両手のこぶしを鼻の上に重ねて 天狗の鼻のように高く

 みんなが手まねで、子供のこころに返って、おゆうぎを始める。
 手が開かれることで、みんなの心も開かれていく。幼い日の想い出に。
 口が開かれることで、みんなの心は開かれていく。あどけない童謡に。
 しかし、この歌は、私の心には、やはり痛かった。

   世界のものはみぃんな、
   神様がおつくりなったもの。

 これもみすずが作った、詩の一節である。
 鈴も、小鳥も、私も、みんな、神様が作られたものなのだ。
 そして、作られたもの、クリーチャー、被造物は、それぞれの与えられた
個性を持っている。それこそ、神様の愛のしるしである。自らが作ったもの
を、その作品の個性を、作り主は愛されるはすだから。

 だが、あなたを私は、信仰のために苦しめてしまったのかもしれない。
 私は、洗礼して、クリスチャンとなった。それが正しいことだと信じ、
良いことだと思った。だから、あなたにも勧めた。
 あなたの病気も、心から信じれば、奇跡で治ると、ずっと思っていた。
 あなたの家の近くにも、私の家の近くにも教会があった。幾度か、そこで
お会いした。讃美コンサートを聞き、メサイアを聞き、礼拝に出席した。
聖書のまなびの会にも、幾度か参加してもらった。
 洗礼も、あなたにお勧めした。
 主の奇跡が、信じれば、献身すれば、きっとあると信じて。
 だが、それはかなわなかった。

  わたしが両手をひろげても、
  お空はちっともとべないが、
  とべる小鳥はわたしのように、
  地面をはやくははしれない。

 訃報を受けて、お通夜と告別式に、参列した。
 当然のように、ふつうの仏式のお葬式だった。日本では、神道やキリスト教
など、仏教でない葬式に会うほうが珍しい。
 そのうえ、ご家族の中に、神道の研究家や創価学会の方もいらっしゃると、
そのように本人から聞いていた。
 そんな彼女に、洗礼を勧めるほうが無理というものだったろう。
 教会の礼拝に、ご一緒してくれただけでも、感謝すべきかもしれない。
 しかし、もしかすると、という気持ちはあった。彼女も晩年は、聖書を
読み、讃美歌を歌い、イエス様の愛にひかれていたのだから。
 病状が進行した際には、なんとかという気持ちにもなった。
 期待した分、無理に勧めてしまったかもしれない。

 だが、今、ちょんみさんとこの金子みすずの歌を歌いつつ思った。
 みな、主に愛されている、ということを。
 主がすべての物を造りたもうた造物主であり、また、イエス様が十字架で
すべての罪人の罪を背負ってくださったのなら、どうして、彼女も愛されて
いないはずがあろうか、許されていないはずがあろうか。
 罪人というのなら、私のほうがずっと罪人であるのだ。
 私だけ救われて、彼女は救われないとでも言うのか。

  わたしがからだをゆすっても、
  きれいな音はでないけど、
  あの鳴るすずはわたしのように、
  たくさんなうたは知らないよ。

 かつて掲示板で、キリスト教の教義について、ある人と論議になったこと
がある。論議が過熱し、メールでも、幾度かやりとりをした。キリスト教の
正当性を主張する私に、彼はこう言った。
 「あなたは、李政美さんの『わたしと小鳥とすずと』を聞いているはずだ。
  〜 みんな違って、みんないい。〜
  あなたには、その精神が、ちっともわかっていないじゃないか。」
 この言葉は、私に痛かった。そして、今、歌を聞きながら、また心が痛む。
 「入り口は違っても、出口は同じでしょう。
  登り口は違っても、頂上は同じでしょう。」
 「苦しい時には、祈ります。痛みと死の恐怖に、祈らずにはいられません。
  アーメンとも、南無妙法蓮華経とも、神にも仏にも祈ります」
 そう言った彼女を、責めることはできなかったのではないか。いや、責めは
しなかった。だが、ひとつに決めて登ること、ひとつに祈ることを勧めた。
 それは、彼女にはつらかったかもしれない。そう思うと、痛かった。
 私自身が、彼女のために真心から祈れなかった。それが最も痛かった。

 主は、しかし、きっと彼女をも愛し、彼女の魂も救ってくださるはずだと。
 そう思う。そう信じたい。信じよう。
  〜 みんな違って みんないい。〜
 それが、この多様な世界を創造された、主のみ心なのではあるまいか。

5 「ありがとういのち」

  ありがとういのち おまえがくれた
  ふたつの瞳が ひらくときは
  見分けられる 黒と白を
  遥か空の彼方 星まで
  人ごみのなか あの人も

 いのちへの讃歌。だが、いのちをくれたのはだれだろう。
 神様。この歌を聴くときにいつも、「いのち」を「神」と聞いてしまう。
 ありがとう、神様。
 あなたがくれた瞳を、耳を、この体を、いのちを感謝します、と。
 直接には、わたしを産んだのは、母であり、産ませたのは、父である。
 だが、その母と父を、そのまた祖先を作ったものは、さらに、この私を、
母の胎にひとつの細胞から形作ったものは、ほかならぬ神ではないか。
 生きとし生けるものを、すべて作ったのは、やはり主ではないか。
 多種多様な生物は、偶然できたものでなく、造り主がいるのではないか。

  ありがとういのち おまえがくれた
  耳はいつも 働き続け
  きざみこむ コオロギ、カナリヤ
  ハンマー、タービン 犬や時雨も
  やさしい あの人の声も

 だが、今夕の私には、フレーズの最後の言葉が心に響く。
 「人ごみの中のあの人」そして「やさしいあの人の声」
 ああ、私に目はあるが、あの人の姿は見えない。
 私には、耳があるのに、あの人の声は聞こえない。
 霊があるとすれば、その姿が見えたらいいのに、声が聞こえたらいいのに。
 そういう力を持っている人間も、いるかもしれない。霊媒のように。
 だが、目をこらしても星しか見えず、耳を澄ましても虫の音しか聞こえない。

  ありがとういのち おまえがくれた
  音や文字を また、言葉を
  考えたこと 言える言葉
  母や友や 兄弟や
  輝くあなたの 魂のみちすじ

 はじめに言葉ありき。言葉は神なりき。(ヨハネ伝冒頭)
 言葉が言える、そもそも言葉により認識できることが
 考える力を、言葉をくれたことを感謝します。
 人は言葉を与えられ、そして神を知る力を与えられた。
 こうして、音や文字にして主に感謝できるのも、人に与えられた恵み。

 だが、今の私に響くのは、また最後のフレーズ。
 「あなたの魂のみちすじ」
 ああ、あなたの魂は、どういう道を通って行くというのか。
 もし冥界があるとしたら、どうやってたどり着けるというのか。
 私の魂は、いつかその後を追って行き、再び会うことはできるのか。

  ありがとういのち おまえがくれた
  足は疲れ 歩き続ける
  町並みを 水たまりを
  海や砂漠や山 野原
  あなたの住む 家や庭も

 「あなたの住む家や庭」
 そう、私はそこを歩いてきた。
 ここに来るとき、電車の車窓から見えた、高架の下の公園の緑に浮かぶ浮間
池の水面が、また、バスで通る時にいつも見える、あなたの住んでいた団地の
水色の壁が、心のスクリーンに浮かんでくる。
 そして、あなたの家の町の教会も、その会堂のコンクリートの壁も、人々の
座る椅子も、そして正面の大きな木の十字架も、ガラスのバプテストリーも。
 あなたと共に、教会に行ったり、公園を歩いたり、そして、病を得てからは
家まで送ったりもした。あなたは最近、疲れが激しかった。小さな酸素ボンベ
をキャスターに乗せて引きながら、チューブで口にマスクをかけながら。
 これがないと苦しいの、一本で数時間しか持たないから遠出はできないわ。
 そう言う足は疲れ、それでもあなたは、家にこもらずに、あちこちに友人や
同僚や家族と出かけたがった。最後まで、好奇心と向学心のある人だった。
 告別式で同僚の女性が読んだ弔辞には、最後の思い出として、仲良しの友人
たちと出かけた、牡丹を観賞する会を感謝する言葉が語られていた。
 そのように、人々の心にあなたは、思い出と足跡を残してくれた。

  ありがとういのち おまえがくれた
  心は震え 押さえきれない
  人の考えが 創り出すもの
  良いものと悪いものの 隔たり
  あなたの明るい 瞳を見て

 そういう私も、あなたに、多くの想い出をもらった。
 ありがとう、あなた。
 そうなのだ、私は、今日はそう言いたい。
 ありがとう、あなたがくれたたくさんの想い出を。
 あなたを思う私の心は、悲しみに震え、動揺を押さえきれない。
 あなたの明るい、理に恵まれた、涼しく光る瞳を想う。

  ありがとういのち おまえがくれた
  笑いと涙で見分けられる
  幸せと不幸せを
  私のうたがそこで生まれる
  あなたと私を結ぶうたが
  みんなと私を結ぶうたが

 あなたと私を結ぶ、この歌。
 そうだ、ちょんみさんの歌は、私とあなたをふたたび結んでくれる。
 地球の裏側の南米大陸の西の果てのチリのインディオのパラが、はるか遠く
ユーラシア大陸の西の果てのイベリア半島から伝えられた言葉で作ったこの歌
が、同じ大陸の東の果ての半島より来りし血筋の末裔の歌姫により、海を隔て
た列島の、今ここで歌われ、われわれに伝えられたということ。
 光は1秒に地球を7回半するというが、歌も、そして歌に載せられた思念も
あなたの霊がめぐる速度も、光にまさるともおとらず早いのだろう。
 ちょんみさん、あなたの歌は、みんなを、私たちを結んでくれる。
 ありがとう、ちょんみさん。

6 「遠い道」

  どこから来たのか
  どこへ帰るのか
  何かを探し求めて
  迷い道歩き続ける
  エヘイヨー エヘイヨー

 何を探し求めて……。
 一体、私は、私たちは、何を求めていたのだろうか。
 何かを求めていたのには違いない、だが、何だったのだろうか。

 人の魂は、どこから来て、どこへ帰るのだろうか。
 だれにも、はっきりしたことは言えないのではないだろうか。
 生まれる前の記憶、生まれた時の記憶が誰にも残っていないように、
この世を去った後のことを知っているものもいない。臨死体験というものも
死の瀬戸際までであり、死の向こうに行ってきたのではないだろう。
 その入口と出口のわからない生と死の短い人生の間、我々は何を求めて
生きているというのだろう。人生は迷い道だ、といつも思ってきた。
 だが、私には、最近の私には、ひとつの解決があった。
 主を信じ、イエスを信じて、そのみもとに招かれること。
 ティンカーさんにも、そのように勧めたのだ。だが、彼女は聖書の教えに
ひかれながらも、洗礼することはなかった。洗礼しなければ、救われないの
だろうか。洗礼の形をとらなくても、イエスを信じていれば救われるのか。
 わからない。人にはわからない。神にゆだねるしかない。

  手に入れたものすべて
  愛さえ失くしても
  心の自由を求めて
  裸足のまま歩いて行きたい
  エヘイヨー エヘイヨー

 愛さえなくしても。つらい言葉だ。
 私には、愛がなかったのだろうか。
 手に入れたものをなくすことは、おそれはしない。この世の名誉や欲望に、
とらわれることはすまい。それがむなしいものであることは、わかっている。
 天に宝をつまなくてはならない。この世の富は、錆付き滅んでゆくものだ。
いくら金や名声を得たとて、天国まで持っていくことはできないのだから。
 だが、愛をなくしてはならない。
 大切なのは信仰と希望と愛。そのうち最も大切なのは愛。パウロは言った。
 愛より大切なのは、自由だろうか。いや、自由より愛が大切だろう。
 真理は人を自由にする。真理とは、主のみ言葉、すなわちイエス。
 だが、主イエスは、神への愛、隣人への愛こそ最も大切と説いたのだ。
 私に、ほんとうの愛があっただろうか。

  遠い道ただひとり
  道ばたに倒れても
  本当の自分に出会うまで
  つまずきながら歩いて行くだけ
  エヘイヨー エヘイヨー

 あなたを失って、私は人生の遠い道の心の友を、ひとり失った。
 今、私は、ひとりで歩いていかなくてはならない。
 本当の自分を求めて、しかし、本当の自分とは何だろうか。
 つまずいている、しょっちゅう私は、つまずいている。
 ひどくつまずいて立てないこともある。今度のつまずきも痛かった。
 つまずきの石は、人生の各所に、道の随所に潜んでいる。
 名誉の石、金銭の石、欲望の石、感情の石、理性の石、利己の石、だが、
時には愛さえ石となる。そして、最も恐ろしいつまずきの石とは……
 「私につまずかないものは、幸いである」
 イエスはそう言われた。
 救いを疑ってしまうこと、信じられなくなること、それは絶望の石だ。
 あなたはつまずいたのか、私はつまずかせてしまったのか。

7 「ローズ」

 アコーディオンを胸に抱え、ちょんみさんは奏で始める。

   人は言う 愛は河 河の流れに葦は沈むと
   人は言う 愛はカミソリ 心を傷つけ血を流す

 愛はカミソリ。
 痛い。この言葉は、今日のこの言葉は、あまりにも痛かった。
 私の心を、心の臓を、ハートを、さっくりとカミソリで切られたようだ。
 私も、言葉で、あの人を傷つけてしまったかもしれない。
 あなたは罪人であるといい、信じなければ救われないと言った。
 それはだが、相手に対してだけそう言ったのではない。
 わたしも罪人だ。みんなが罪人だ。義人はいない。ひとりもいない。
 わたしは信じて救われた。だから、あなたも信じて救われてほしい、と。
 あなたの病も、罪ゆえかもしれない。信じれば、癒されるかもしれない、と。
 だがそのように言ったことが、迫ったことが、彼女を傷つけたかもしれない。
 愛ゆえに、救いたいという思いゆえに言ったことだが、きつかっただろうか。

   人は言う 愛は乾き 満たされず続く乾き
   でも私には 愛は咲く花 あなたも今は種

 種。そう、まだ種なのかもしれない。
 私の愛は、未熟だ。まだ、花はおろか、芽吹いてすらいない、種に過ぎない。
 だが、種は、いつか、芽を出すかもしれない。
 イエスは言葉を、教えを、よく種にたとえられた。
 ひと粒のからし種を見よ。大きな樹となり、鳥をその下に宿すではないか。
 ある種は、荒地に落ちて枯れ、ある種は、いばらの地に落ちて伸びることがない。
 だが、良き地にまかれた種は、大きく伸びるのだ。
 わずかなパン種が、パン全体をふくらませて、おいしいパンになるように。
 そして、私は、良い畑だったろうか。
 あなたにも、言葉の種をまいたつもりだった。あなたの中では伸びたのだろうか。

   愛は心 恐れる魂 壊れてしまう 踊れない
   愛は夢 あさはかな夢 目覚めずに飛び立てないまま

 あさはかな夢。
 愛は夢にすぎなかったのだろうか。ひと時の、まぼろしに過ぎなかったか。
 わたしたちは、飛び立てないままだったのだろうか。
 あなたはきっと信じれば治ると思っていた。
 いや、だが、私は何かを恐れていた。自分が傷つくのをか。そうかもしれない。
 私はなぜ、もっとあなたのために、祈れなかったのだろう。
 かつては祈っていた。だが、最近、祈らなくなっていた。
 あなたが、信じてくれないから、祈ってもしかたがないのかと思っていた。
 とりつぎの祈りだけではだめだろう。自ら信仰を告白しなくてはだめだろう。
 あなたは、あなた自身の信仰を頼っていくしかない。そう思っていた。
 だが、もっと祈るべきだった。あなたのために。あきらめずに。
 求めよ、さらば、与えられん。
 そのとおりなのだ。だが、真剣に求めただろうか。
 からし種ひと粒ほどの信仰があれば、山をも動かすことができる。
 だが、本当に信じきれていなかった。いや、信じようとしなかった。

   愛は君 奪われまいとする 与える愛は見えない
   失くなることを恐れる魂 君の愛は座ったまま

 君の愛は、すわったまま。
 きびしい。また、ざくりと、胸が切り裂かれるように、痛い。
 あなたから、メールをもらった。再び、入院したという知らせだった。
 再発はすでに繰り返されており、入院することももう何度めかであった。
 メールで、あなたは言った。
 このたびは急な入院で何の用意もなく、お見舞頂くにはお見苦しい次第です、と。
 今回の入院は、胸の水を抜く手術で、おそらく2、3週間かかるだろう、と。
 病院は個室で内線の電話もあるが、すぐに立てなくて電話口に出るまでに時間
がかかるから、電話するなら一度鳴らしてから少し後でかけ直してほしい、と。
 お見舞いはいらないけど、ラベンダーの枕があったらほしい、と。
 メールをもらったのが水曜日の夜だった。翌日の木曜は忙しかった。
 次の金曜日。学校の仕事でまた遅くなってしまった。
 来週にでも、ひまをみつけていこうと思った。
 すぐにでは用意もしていない、という言葉が気にかかった。
 2、3週間入院しているなら、そのうち、と思った。
 ラベンダーの枕を、見つけて買っていこうと思った。
 電話くらいしてあげようと思ったけど、電話口まで歩くのも苦しいらしい文面
から、直接お見舞いに行ってお話ししよう、と思った。
 その金曜日のことだ。
 私はこの国立のカフェ・リュベロンに予約の電話を入れた。
 あなたが治ったら、歩けるようになったら来てみたいと思った。
 それから、帰り道に、このカフェの建物の前まで歩いてきた。
 場所を確認しておきたかったから。
 そのあと、やっぱり、これからあなたの病院に寄ろうかと迷った。
 だが、夜もふけていた。もう寝ているかもしれない。
 ラベンダーの枕も買っていないし。
 やっぱり、来週にしよう。

 〜 君の愛は、すわったまま。

 月曜日、突然の訃報が届いた。
 彼女の容態は、土曜日に急変し、その夜になくなっていた。

 〜 君の愛は、すわったまま。

 ひとめ、会っておきたかった。ひと声、聞いておきたかった。
 愛などと口にしながら、なぜ駆けつけてあげなかったんだろう。

 〜 君の愛は、すわったまま。

 私が見舞ってあげたら、あなたは力づけられただろうか。
 私が祈ってあげたら、あなたは癒されただろうか。

   長い夜が続き 道が果てしなく続くとき

 あれからというもの、暗い夜が続いていた。
 後悔の思い、自責の念、慙愧の至り。

   そして君が愛とは運がよくて
   強い者のためにあると思うとき

 私は、ほんとうに弱い者のために、働いてきただろうか。
 病にある者の、苦しみを、悩みを、痛みをわかってあげただろうか。
 自分だけ、救われたからよいと、思っていなかっただろうか。

   忘れないでね

 忘れはしない。忘れることはできない。

   冬の冷たい雪の遥かその下には
   太陽の愛さえあれば 春に
   バラとなって花ひらく種があることを

 〜 しのびて春を待て、雪は溶けて花は咲かん (讃美歌)

 あなたも今は種。種からまた花が咲くだろうか。
 復活はあるのか。魂はふたたび、いのちを持つことができるだろうか。
 冷たい死の雪の下に、ふたたび、いのちのよみがえりはあるだろうか。
 イエスの愛が、主の愛があれば、あなたはよみがえるはず。
 造物主は、すべてのいのちを、魂をつかさどってくださるはず。

 あなたが、なくなる少し前に、友人にメールしたという話を聞いた。
 落ち込んでいる友人に、あなたは励ましの讃美歌を贈ったという。

   いつくしみ深き 友なるイエスは
   変わらぬ愛もて みちびきたもう
   世の友われらを 捨てさるときも
   祈りにこたえて いたわりたまわん

 あなたは、わたしのことをも、自分を「捨て去った友」として、最期の床で
思っていたろうか。なぜ見舞にも来てくれなかったかと、恨んでいたろうか。
 それを思うと、つらい。
 だが、わたしのような軽薄な友人たちが、あなたのことを見舞わなくても、
イエスはいつも、信じる者のそばにいて、力づけてくれたはずだ。
 こんな歌を贈るあなたは、こんな歌を口ずさんでいたあなたは、信じていた
のではないか。不実な私などより、ずっと信じていたかもしれない。
 いまわの際のひと言にでも、信じて、み名を呼んだかもしれない。
 主の名を呼ぶものは、だれでも救われると、聖書にもあるから。

 どうか、み言葉の種が、花となって咲かんことを。
 ひと粒の麦、もし死なずんば、ふたたび芽を吹くことあらじ。

   Just remember in the winter
   Far beneath the bitter snows
   Lies the seed that with the sun's love
   In the spring becomes the rose

8 「遺言」

 遺言。ちょんみさんから題名を告げられて、また万感の思いが迫る。
 大阪の母である詩人、宗秋月さんの歌だ。娘さんがとつぐ時の歌だという。
 ちょんみさんも娘さんをお持ちだ。東京の母である歌姫が今、歌う。

   冬枯れの野に立つと 踏みしめた枯れ草の下の
   たんぽぽやはこべやよもぎの 命を秘めた大地の
   ぬくもりが足の下から 伝わってくる

 命の種は、大地にまかれ、春の草となってまたよみがえってくる。
 散ってすがれたたんぽぽの種も、河原の土の中にだまって春を待っている。
 それでは、にんげんの命はどうか。
 来世のことは、わからない。わかると断言はできない。
 だが、少なくとも、母は子供の命を残すことはできる。

 あの人には、ひとりの息子さんがいらした。
 すでに学校を卒業して、社会人となっていられる。
 告別の席で、姿をお見かけした。お嫁さんが隣にいらした。
 最近、結婚されたと聞いた。そして、一歳のお孫さんがその手にあった。
 かなり若い年での結婚と、早い出産だった。
 もしかすると、お母さんのことを思って急がれたのかもしれない。

   四季がめぐりくるように 我が命がつむいだ
   新しい命の 笑い 泣き 怒る 三心の
   いとおしさ 食べてしまいたい
   いとけなさ 哀しいまで……

 大学時代に好きだった恋人、Rのことを思い出した。
 訃報を聞いて、出かけた時には、すでに遺影でしかめぐり会えなかった。
 まだ彼女は二十歳過ぎで、結婚もしていなかった。
 一年がたち、一周忌の席に、無理を言ってご一緒させていただいた。ご家族や
親戚の席に他人、今思えば若気の至りだが、どうしても当時はそうしたかった。
 彼女には、妹さんがひとりいた。すでにとついでいた。幼いお子さんがいた。
 憂鬱な沈黙の席の中で、赤ん坊の泣き声ばかりが、希望のように明るかった。

 そして今、告別式。私より少し上だったあの人は、遺影も若く微笑んでいる。
 友人や同僚、親族たちが、まだ早い死を悼んでいる席。
 ここでも、黒い喪服の親族たちのうちで、お嫁さんのひざにある、白い産着の
幼子のあげる泣き声が、そこだけ救いのようにハイライトの灯火を点じている。
 おそらく早過ぎる死に、息子さんは心残りなことが多かろう。だが、こうして
お孫さんの顔を、まだ若い「おばあさま」に見せてあげたことが最大の孝行だ。
 お孫さんの話をする時には、彼女の顔は明るかったことを思い出した。

   幻の荒野にいつか 立ちつくす子に
   母は 霜除けの草であったと
   母も 忍ぶ草であったと
   一陣の風よ 伝えておくれ

 「今まで仕事ばかりしてきた。これからは少し家族に時間を返してあげたい」
 そのように彼女はもらしていたと、喪主は挨拶の中で語っていた。
 とても仕事熱心な方だった。それは私もよく知っている。
 彼女の勤務する職場の職制の問題で、同僚に裁判があった。彼女は連帯して、
その共に闘っていた。日本の裁判は長い。つい最近結審するまで、二十年も続い
ていたそうだ。例えばそのように、仕事に生きている人だった。
 だが最近の職制の改悪は、彼女等の職場を奪っていった。
 彼女の職制は、廃止された。
 これまで数十年、私たちは何を闘ってきたのかと、嘆いていた。仕事に生きて
きた彼女のとって、それがボディブローの最後の一撃となったのだろう。
 子は、そうした母の苦労についてそのうち聞くことがあろうか。

9 「湖上」

 中原中也の詩によるアンニュイなバラードが始まる。

  ポッカリ月が出ましたら、
  舟を浮かべて出掛けませう。
  波はヒタヒタ打つでせう。
  風も少しはあるでせう。

 水の面が目に浮かぶ。ここに来る途中に眺めてきた、浮間池の水面が。
舟は漕がなかったけれど、あなたと池の端を散歩したこともあった。
 あなたの告別式は、舟渡の斎場であった。JRの浮間舟渡駅から、タク
シーで向かうときにも、この池は車窓から見えた。
 今日も週末のこととて、乳母車をひいた家族連れや、肩を組んだカップル
が、楽しそうに浮間公園のほとりを三々五々、散歩している。
 夜。そう、夜にこの池に来たこともあった。月が美しく湖面にゆれていた。
夏の宵の風が涼しかった。波が打ち寄せる音が静かだった。

  沖にでたらば暗いでせう。
  櫂(かい)からしたたる水の音は
  ちかしいものに聞こえませう、
  あなたの言葉のとぎれ間を。

 昔訪れた、韓国の普門湖が、ふと心に浮かんだ。
 古都慶州にある、山間に夢のようにふわりと現れた湖。
 湖そのものは人造湖であるし、一帯は普門湖リゾートとして開発されて、
立派なホテルや観光施設が、湖畔に並んでいる。あひるの形をした遊覧船や
湖を望むレストラン。こんな日常的な光景はどこにでも、たとえば日本の芦
ノ湖や山中湖あたりの観光地にもありそうだ。
 だが、場所が慶州というだけで、湖にも何か棲んでいるような気がする。
湖底には、新羅の時代の瓦や像や遺跡が沈んでいるかもしれない。今も桜が
咲くころは、いにしえの世この地で生き、愛し、なくなった人たちの魂たち
が、花の香りと美しい月に誘われて、迷い出てくるような気がする。
 妖精のあなたも、もしかすると、湖の精になって漂っていないだろうか。

  月は聴き耳立てるでせう、
  すこしは降りても来るでせう。
  われらくちづけする時に
  月は頭上にあるでせう。

 月も、時には降りて来て、聞き耳を立てることがあるかもしれない。
 アンデルセンの「絵のない絵本」のお月様のように、世界中のいろいろ
なところの夜を一日のうちに見ることができるお月様。昨夜はあの家の窓
辺に、今夜はその街のはずれに、明夜はこの湖のほとりに。
 だが、月にさえ、聞かせられない想いというものもあるだろう。
 月は知らずとも、人には語らずとも、神様は知っている。

  あなたはなほも、語るでせう。
  よしないことやすねごとや、
  もらさず私は聴くでせう、
  けれど漕ぐ手はやめないで。

 あなたは、仕事の悩みを、そして病気の苦しみを、さまざまに訴えていた。
だが、私はそうしたよしなしごとを、ちゃんと聞いてあげただろうか。言って
もしかたのない愚痴だと、耳をふさいでいたのではなかったか。
 必ずしもひまがないとかわずらわしいというのではなく、あまりくよくよ
悩まないほうがいい、あれこれ考えるとかえって体にさわるだろうという思
いもあった。でも今思えば、もっと聞いてあげるべきだったのかもしれない。
 現実には解決できない、しかたのないことでも、人に語ることによって、
胸のつかえがとれ、精神的なストレスが軽くなったかもしれない。そちらの
ほうが、からだの健康にも良かったかもしれない。
 そして、ついにはこのように離れ離れになるのであったら、もっとあなたの
言うことをもらさず聞いて、あなたの声と姿と生き方の想い出を、はっきりと
耳と目と心に刻みつけておくべきだったかもしれない。

  ポッカリ月が出ましたら、
  舟を浮べて出かけませう、
  波はヒタヒタ打つでせう、
  風も少しはあるでせう。

 涙が、こぼれそうになる。
 わきを向いて、窓の下を眺める。カフェの横の道を恋人たちが歩いていく。
 あなたは、この窓際に、今も妖精として座っているはずだ。
 「ピーターパン2」という映画があった。私たち世代が小さい頃に親しんだ
ディズニー版「ピーターパン」の続編だ。今回の映画では、ティンカーベルが
主役になっている。ティンカーベルにとって一番の弱点は、
 「妖精がいると、信じてもらえないこと」
 人々から信じられなくなったときに、ティンカーベルは消えていく。「ネバー
エンディングストーリー」で、人々がファンタジーを信じなくなったときに、
夢の国が闇の国に侵されてなくなっていったように。

10 「あなたの墓のそばに」

 ト・ジョンファンの詩による、レクイエム。この時に、この歌。
 もう抵抗するのは、やめよう。涙のあふれるのに、まかせよう。

  あなたの墓のそばに なでしこの花供えてくれば
  あなたは雲となり あの山越えて 私についてきて

 この詩はト・ジョンファンが妻に捧げたレクイエムの詩集「立葵のあなた」
から採られている。
 これを映画にしたものがあり、ヒロインをイ・ボヒが演じている。
 詩人の奥さんは、あなたと同じ病気だった。女性だけの病気。胸のしこり。
不治の病にかかったと知ったときの、夫の衝撃と悔悟。
 苦労ばかりさせてしまった。詩人は文弱で、子供と舅や姑を抱えて、家事に
育児にまた農事に、忙しく立ち働きながら夫を支えた美しい妻は、疲れのため
か、業病にかかって倒れてしまう。
 詩人は妻に負担をかけたことを反省して、親身の介護をするのだが、症状は
思わしくなく、病魔は進行していくぱかりだった。やつれ細って、枯れ枝のよ
うになっていく妻。その病みやつれた姿は、いたいたしく凄愴だ。
 その面影と、あなたの末期の姿が重なる。
 あなたはしかし、きっと治ると信じていた。だが、自分の信念にとらわれて
あなたの病勢をはっきりと見定めていなかったと言われてもしかたがない。

  あなたの墓の前に 弔いの火を焚いてくれば
  あなたは宵闇の 星となり 私についてきて

 ティンカーベルの星。
 あなたは掲示板に書き込んでくれたっけ。
 ティンカーベルというハンドルで。それはひとつのユーモアだったけど、
大人になれない私に対しての精神的な相棒、という意味もあった。
 書き込みの時に、あなたはいろいろな情報サイトを案内してくれたけど、
そのアドレスを、黄色く輝くにリンクさせて書いてくれた。情報通である
とともに、そんな洒落たセンスを持っていた。
 HPに、私はさまざまな記事を書いたけど、その半ばはあなたに読んでも
らいたいという思いがあったようだ。「ようだ」と他人事みたいに言うのは、
あなたを失ってみて初めてわかったのだけど、文章を書く時に不特定多数で
はなく、まず最初に読んでもらう人を念頭に置くことが多いのだが、それが
無意識のうちに、あなたになっていたようだ。
 あなたがなくなって二ヵ月半がたつ。なかなか文章を書けない日が続いた。
ひところは仕事や日常生活でもうわのそらであったりした。
 あなたが、たとえ会わなくても心の友であったことが、わかった。
 あなたは、私にとって、ひとつの星だった。

  あなたの墓のそばに 歌をひとつ残してくれば
  あなたは草むらの虫の音となり 家までついてきて

 今、ちょんみさんの歌が、あなたに捧げられているように感じる。
 この「あなたの墓のそばに」は、私が映画「立葵のあなた」を見て書いた
感想を、ちょんみさんが読んだことがきっかけで、歌にしてくれたものだ。
 当時の私は、Rに捧げるつもりで、この映画と詩について書いた。
 それが今、あなたに捧げる歌になろうとはよもや思わなかった。
 私は、Rについての想い出をもとに、小説を書いたことがある。小説と言
うとえらそうだが、未熟な出来でほとんど習作のようなものだ。原稿用紙に
五百枚書いた。読んでくれたのは、あなただけだった。他の人に見せるのが
恥ずかしかったせいもあるが、あなたが一番理解してくれると思ったから。
 それから新人向けの文学賞に出してみたけど、落選だった。
 今、あなたに捧げられるのは、この詩一篇だけだ。
 いや、この詩を捧げられることが、何よりも今の私には救いだ。
 最初にちょんみさんがコンサートで披露した時から、何度も聞いてきた曲
だけど、今日ほど心に沁みたことはなかった。

 あなたは虫になっているのか。「ホタル」という映画があった。なくなった
人は、ほたるになってもどってくるのか。輪廻から言えばそうなるのだろう。
 今ここにあなたがいるのではないか、いてほしいという気持ちはぬぐうこと
ができない。汎神論でも、アニミズムでもいい、そんな気にさえなる。精霊と
なって、妖精となって、見えぬ姿で、あなたは近くにいるのではないか。
 だが同時に、虫ではなく、人間としてまたあなたに会いたい。いっしょに
復活して、来世でまた会えれば、と願っている。それもまた事実だ。
 そう言いながら、待てないという思いにも傾く。今会えればいいのに。
心が乱れる。隣の席を見る。窓のバルコニーを見る。あなたはいない。

  あなたの墓の上に 涙一粒こぼしてくれば
  あなたは降りそそぐ雨となり 肌にしみ通ってくる

 涙が、とめどもなく、こぼれてくる。
 コンサートを聞いて、こんなに泣けてくるのは久しぶりだ。
 ちょんみさんの歌は、どうしてこんなに心に響いてくるのだろう。
 四十も半ばの親父がみっともない、と思いながら止められない。
 一番後ろの席で良かった。他の客は前を向いている。正面のちょんみさんに
顔を見られないように、横を向いて、涙をティッシュでぬぐっていた。
 あなたに捧げた百合の花も、もう枯れ果てた。

  たんしね・むどむかえ、ぺれんいこっ、つぅご・おみょん、
  たんしね・くるむろ、しるぼん・のも、なる・たらおご。

11 「ひでり」

 ちょんみさんが、チャンゴを肩から掛けて、立ちあがる。
 この朝鮮の太鼓の、ずしんとした響きが、中空の闇に鳴り渡る。
 そしてきりりと闇を切り裂いて、凛とした美しい声が、空気をふるわせる。

  かーる・すぷ・ちなそ、さんきる・ちょぼ・とぅろが……

 朝鮮語の歌が始まる。聞いていて心地のよいリズムと言葉に身をまかせる。
 意味も考えずに聞いていても、心がふるえる。霊が呼び覚まされるように。
 ふと、ある言葉が、耳に飛び込んできた。

  そるめ・きょうぉ・ふんぎょった。

 そうだ、この朝鮮語の意味は。
 突然、まったく突然だが、不思議なことに、私の口元に笑いが浮かんだ。

  悲しみが極まって、楽しくなってきた。

 ライブの初めから、だんだんと憂愁と追悼の色が増し、その悲しみの思いが
「あなたの墓のそばに」で、ひとつの底まで極まっていた。
 悲しみが極まったところで、ふと、楽しさがよみがえるということ。
 泣くだけ泣いたあとで、ふと、笑みがもれてしまうということ。
 ありえないことのようだが、この逆説は真実だった。
 なぜだろう。ひとつのカタルシスだろうか。
 しかしただ泣いてストレスを発散した、などという次元のことではなさそうだ。
 歌というものの持つ、癒しの効果なのか。それもあろうが、それだけではない。
 絶望の底に、希望が見えるということ。底の底まで沈んだときに、突然、頂点に
舞い降りるということ。行き場のない密室が、どこまでも広い草原につながってい
るということ、救いがないところにこそ、救いがあるということ。
 あんまり悲しくって、もう、笑うしかないよ。
 理屈は抜きだ。ちょんみさんのこの歌を聴いて、急に気持ちが晴れてきた。
 どしゃぶりのあとの、雲間から差し込む、ひと筋の日の光のように。

 エヘイヤ オルラリア オルラリナンダ エヘイヤ
 とんぴん・ちげえ、かるりぷ・むるご、なぬん・かんだ。

 心というのは、不思議なものだ。
 そして、歌というのも、不思議なものだ。
 シャーマンのように、ちょんみさんの歌が、霊を慰め、魂を癒すのか。
 朝鮮語の美しさに、ことばと感覚が一体になり、メロディーとリズムの
和合した快感に、心がほぐれ、癒されていく。
 「はんぷり−−“恨”を解く」とは、このようなことかもしれない。

12 「密陽アリラン」

 つづけて、ちょんみさんの太鼓が鳴り、朝鮮の歌が聞こえてくる。
 ミリャンに伝わるこのアリラン、ちょんみさんが歌うとなぜか物哀しい。
 ふたたび、ある言葉が、耳に飛び込んできた。

  うぇ・わんの、うぇ・わんの、ねが・おっち・わんの、
  うるりご・かる・きるる、ねが・おっち・わんの。

  どうして来たのだろう どうして私は来たのだろう
  泣いて帰る道を どうして私は来たのだろう

 そう、歌を聴いて泣いて帰るここに、なぜ来たのだろう。
 あなたを失って泣いて帰ることになる道を、なぜ来たのだろう。

  アリアリラン スリスリラン アラリガナンネ
  アリラン コゲロ ナルノムギョジュソ

 真冬の花のように、あなたを見てあげただろうか。
 阿娘のように、あなたの哀しい話を、聞いてあげたろうか。
 たずねてきたあなたに、話もしてあげなかったのではないか。
 あなたのいない人生の峠を、わたしは越えていくしかないのだろうか。

  アリアリラン スリスリラン アラリガナンネ
  アリラン とうげを わたしはこえてゆく

 だが、やはり不思議なのだ。
 アリラン、アリランという言葉を、朝鮮語の繰り返しを聞いているうちに、
悲しいはずの心は、なぜだかまた、少しずつ浮き立ってくる。
 ちょんみさんの歌を、泣くために、そして笑うために、聞きに来たのだろう。
あなたもいっしょにいて、聞いてくれただろうか。泣いて、笑っただろうか。
 あなたは歌の翼を得て、冥土の山を、来世の峠を越えていっただろうか。
 数えてみればこの日は、あなたがなくなってからちょうど四十九日めだった。

ラスト 「オギヤディヤ」

 今夕のライブをしめくくる歌が始まる。
 「オギヤディヤ」、これはちょんみさんの新アルバムのタイトルでもある。
アルバム発売コンサートをいっしょに聞きに行ったのが、あなたと生前、最後
に会った想い出となってしまった。

  悲しみの海に 小さな舟浮かべて
  波にのまれて 沈まないように
  希望の歌 うたいながら
  さあ、舟を漕ぎ出そう

 この船出の歌は、希望の歌だ。
 悲しみの海は深い。生の舟は小さい。板子一枚下は、冥界の海だ。
 荒波に揉まれて、今にも沈みそうな海。
 ガリラヤの湖で、荒れ狂う波は、静まれと言ったイエスの言葉に従ったのだが、
あなたは現実には、死の海に呑み込まれてしまった。
 歌を歌わなければいけなかったのか、讃美の歌を、希望の歌を。
 過ぎ逝きしあなたは、沈みにしあなたは、もう浮かび上がらないのか。
 だが、歌を歌って漕ぎ出さなくてはいけない、私の人生の航海はまだ終っては
いないのだから。どこを目差して漕ぎ出すのか、それはわからないのだが。
 だが、希望はある。あるはずだ。

  オギヤディヤ オギヨチャー
  オギヤディヤ オギヨチャー

 ちょんみさんが、いつものように人差し指を立てる。天に向かって。
 人々も、いっしょに人差し指を立てる。空に向かって。

  星もない暗い夜 さまよい疲れはてても
  風がそっと 肩押してくれる
  きっと明けない 夜はないと
  雲の切れ間から 月がほほえむ

 明けない夜はない。そうだ、地球が廻っている限り。
 あなたと最後にコンサートに行った時のことをまた思い出す。いっしょに
ライブの歌の余韻にひたりながら、地下鉄の駅まで歩く途中。
 「ほら、月がきれいね」
 空を見上げると、内幸町に立ちつくす高層ビルの、そのガラスと鉄筋ののっぽ
な塔のてっぺんに、小さなお月様が、でも晧晧と光っていたっけ。
 あの月が、ふたりでこの世で共に見る最後の月になってしまうとは。
 だが、月は、あなたは、今でも空からほほえんでくれている。月の面の模様、
あれはうさぎでもなく、かにでもなく、あなたの笑顔なのかもしれない。月は、
昔も今も、海にも街にも、どこにでも偏在する、あなたの霊のように。
 人生に私が疲れはてている時に、友を失った嘆きに陥っている時に、あなたは
風に混じって、肩を押してくれる。ビルの間を吹きぬける、無機質な都会の中
の優しい風。元気を出してね、と、肩を軽くなでてたたいて励ましてくれる。
 月の光の妖精、風の妖精、あなたはそのような存在としてある。

  オギヤディヤ オギヨチャー
  オギヤディヤ オギヨチャー

 ちょんみさんが、また人差し指を挙げる。天にいる人を差すように。
 私も、人差し指を挙げる。希望のありかを、共に指し示すように。

アンコール 「おてんと様、ありがとう」

 やがて、月は海に沈み、風は息をつぎ、そして、陽はまた昇る。
 新しい一日に、太陽の恵みに感謝する、陽気な歌がまた始まる。

  おてんとさま ありがとう
  今日もこんなに 気持ちのいい汗を流して
  働けること あなたのおかげ

 お天道様。太陽は命の源泉として尊崇されてきた。
 神道の天照大神、仏教の大日如来、エジプトやマヤの太陽神……
 だが、太陽自体に「意志」があるわけではなく、その輝きは水素と
ヘリウムの核融合反応である、と現代科学は説明している。
 それでは、太陽を誰が作ったのか、宇宙そのものを誰が作ったのか、
そして、生物を人間を私たち自身を誰が作ったのだろうか。
 科学は法則を語ることができるが、存在を語ることはできないという。
なぜ、ここに私がいるのか、太陽があるのか、それは今でも説明できない。
 何か、我々を作った目に見えない存在がある、我々をこのようにして
生かしてくれているものがいる。

  おてんとさま ありがとう
  今日もこんなに 気持ちのいい汗を流して
  遊べること あなたのおかげ

 明日のことを、思い煩うな。
 悩みは、今日一日で充分である。
 空の鳥を見よ。働きもしないのに、神様は養ってくださっている。
 野の百合を見よ。紡ぎもしないのに、神様は美しく装ってくださる。
 私たち人間もそうだ。
 いや、私は額に汗して働いている、私の生活は私自身が働いて築いたものだ。
 だが、私に仕事を与えたもの、生活をつなぐもの、命をくれたものは誰か。
病気になったら、事故に会ったら、職を失ったら、生きてはいけない。
 こうして元気で働けるのも、楽しく遊べるのも、自分だけの力ではない。
 神様が、見えない存在が、守っていてくださる。
 あなたは失われたけど、私はこうして罪深い身ながら生かされている。
 それは、大きな恵み。ありがとうと、感謝したい。

  風吹けば ゆらりゆらゆら風まかせ
  雨降れば 傘もささずに濡れて行こう
  明日は どんなお天気かな
  なんだかとっても 楽しみ

 風を吹かせ、雨を降らせ、雷を鳴らせる方。
 罪深い者の私のうえにも、同じく慈雨を降らせてくださる方。
 風が吹けば風にまかせ、雨が降れば雨にまかせよう。今日は天気が悪いとか
運が悪いなどと思うまい。風に吹かれ濡れていくのも、気持ちがいいものだ。
 親友がなくなったからとて、不幸とは思うまい。人生のさまざまな出来事も
そのまま受け入れていこう。なくなった後のことも、そのままゆだねよう。
 主のみ心のままに。
 我々を作りしものに。太陽や風や雨を作りしものに、従っていこう。
 明日はどうなるか。それは明日まかせ。
 そう思えば、明日の天気も楽しみだ。台風が来ようと、嵐が吹こうと。

アンコール2 「ありのままの私」

 カフェのお客さんたちの拍手は鳴りやまず、アンコールのコールは続く。
 うつむいていた私の灰色の心も、次第に明るいほうへゆくのを感じる。

  灰色の心に似合わない服着て
  うつむいて歩いてた昨日の私
  凍りついた翼 心を縛る呪文
  ひとつひとつ解いてあげよう

 今まで、狭い考え、限られた見方に、縛られすぎていたかもしれない。
 ある教義や教派でなければ救われない、そのように考えまい。一つのドグマや
教条にとらわれ過ぎることは、灰色の服や呪文にとらわれることだろう。
 かえって、隣人に対して、非妥協・不寛容になりかねない。また、自分の行動
も規制されて自由に動けなくなってしまうだろう。
 神様は心の広い方。さまざまな異なるものを、受け入れてくださるはずだ。
 ペンテコステ派のある知人が、妖精も聖霊でないからいけない、と言った。実は
その考えに長く縛られていた。だが、世の中にはさまざまな見えない霊的な存在が
あるものだ。そのように信じたい。信じよう。
 あなたの翼も、凍り付いてしまった妖精の翼も、動き出すことだろう。
 そして、天国の空へと飛んでいけることだろう。

  ありのままの自分を愛しさえすればいい
  ほら、心がこんなに澄んでくる
  ありのままの自分を愛しさえすればいい
  ほら、目に映る世界は新しい
  ありのままの自分を愛しさえすればいい
  ほら、すべてのいのちがいとおしい

 あなたがなくなってからずっとこれまで自分を責め続けてきた。
 自分に対する罪悪感、自信の喪失、自責の念、自己嫌悪の気持ち。
 だが、いくら過ぎたことを悔悟しても、過ぎた日々は帰らない。
 だめな奴だとあきらめず、今の自分自身を認めていくしかない。
 自分を愛することができれば、隣人を愛することができるだろう。
 見えるままに世界を見ていこう。ありのままに生きていこう。
 あなたの命が、わたしの命が、すべての命が、いとおしくなる。

  誰も信じられずに暗闇の中さまよっても
  明日はきっと生まれ変われる

 きっと、あなたは生まれ変わってくれる。
 たとえ不信の思いに、死の暗黒にさまよったとしても、きっと救われる。
 今は、あなたのために、祈ろう。あなたの魂が、救われるように。

アンコール3 「朝露」

 いよいよフィナーレ。花束を手に、金敏基の希望の歌が始まる。
 プロテストの歌、だがまた、限りなく抒情的な歌が。

 今夜は、歌詞のひとつひとつが、胸を叩き、心に響いてくる。
 特に、韓国語の原詩の言葉が、日本語訳にない部分までより強くはっきりと、
私の耳に飛び込んでくる。心の琴線が、歌の波長に共鳴して、激しく高鳴る。
 こんなことは、今までこの歌を聞いていても、あまりなかったことだ。

 キン・バム・チセウゴ、プリ・マダ・メチン、
 長い夜を明かし、草葉に宿る
 プリ・マダ
 そう、草「ごと」に。私にもあなたにも、みんなの心「ごと」に。

 チンジュ・ポダ・ト・ゴウン、アチミスル・チョロン。
 真珠より美しい朝露のように。
 ト・ゴウン
 そう、真珠より「いっそう」美しい、あなたの心よ。

 ネ・マメ・ソルミ、アラリ・メチルテ。
 心に悲しみが実る時。
 アラリ

 そう、悲しみが「ありありと」実る。心が、粒だつかのように。

 アチム・ドンサンエ・オルラ、チャグン・ミソルル・ペウンダ。
 朝の丘に立ち、微笑をまなぶ。
 チャグン
 そう、「小さな」微笑を。まだ心は涙にうるみ、小さくしか笑えない。

 テヤグン・ミョジ・ウィエ、プルケ、トオルゴ、
 太陽は墓地の上に赤く昇り
 ミョジ

 「ぼち」、そう、「墓地」なのだ。あなたの眠る。

 ハンナジェ・チヌン・トウィヌン、ナ・エ・シリョニル・ジラ。
 真昼の暑さは、私の試練か。
 シリョン
 そう、まさしく「試練」なのだろう。神が、与えたもうた。

 ナ・イジェ・カノラ。
 私は、行く。
 イジェ
 そう、私は「今」行くのだ、過去は知らない、「今」は行くしかない。

 チョ・ゴチン・クァンヤエ。
 荒れ果てた、荒野へ。
 チョ
 「あの」荒野へ、目の前にある、人生の荒野へ。

 ソロウン・モドゥ・ポリゴ、ナ・イジェ・カノラ。
 悲しみ、ふり捨て、私は行く。
 モドゥ
 そう、悲しみを「すべて」ふり捨て。遺してはいけない、全て捨てるのだ。

〈エピローグ〉 ティータイム

 万雷の拍手のうち、ライブが終って、ティータイムとなる。
 テーブルが並べられ、カウンターから次々にお茶とお菓子が運ばれる。

 実は昨日、下見を兼ねて、私は会場であるこの喫茶店に来ていた。
 食事時でないためか、ほとんど人はいなかった。
 静かに私は、ポットのお茶を頼んだ。星占いのティーというのがあった。
 私は蠍座、あなたは魚座だった。今日は、蠍座を注文するとしよう。占いは
いけないという人がいる。私の知人のペンテコステ派の信者はそうだった。
星占いもいけないのだろうか。恋占いもだめなのだろうか。窮屈だ。
 私は、生き方や行動に迷ったときに、心に念じて、聖書をよく開くことがある。
そこに適切な助言がいつもある。これも占いめいていて良くないのだろうか。が、
神様からみ言葉をいただくこと、占いということは、旧約の世にもよくあった。
 ラベンダーのティーが好きだった。昔を思わせる香りがする。
 筒井康隆の「時をかける少女」が好きだった。ラベンダーのエキスの成分を
抽出した特別な薬で、タイムリープが可能になる。過去へ飛ぶことのできる、
ラベンダーの香水。あなたの生きていた時代に戻れないだろうか。
 そんなことを想いながら、ハーブ・ティーをすすっていた。

 一杯の紅茶と、お菓子の大皿が、私のところに廻ってきた。
 あなたの、お手前を思い出す。
 あなたは、茶道が好きだったっけ。余芸などというレベルではなくて、師範の
資格までとっていたあなたのお手前は、玄人はだしで洗練されていた。
 あなたに勧められて、お茶席にお呼ばれしたこともあった。誘われでもしない
とそんな席に行かないものだ。時々、都会の喧騒を離れて、日本庭園を散策し、
くぐり戸から物寂びたお茶席に入り、畳に正座して、ちりちりとたぎる釜の松籟
の音に耳を澄ませ、掛け軸や生け花に、目と心を和ませて……
 「今日は、立川では花火大会らしいね」
 そんな会話がどこからか聞こえてくる。
 そう言えば、電車の車内で、あるいは駅から歩いてくる時に、浴衣を着て
いる若い女性がよく目に付いた。
 あなたは着物の似合う方だった。
 きちんと帯を締め、背筋を伸ばして、茶席でも、病気になってからも、最後
のコンサートを聞きに行った時にも、あなたは着物で端座していた。そして、
姿勢だけでなくて、心構えもしっかりしていた。いつも言っていたっけ。
 「お茶の精神は、一期一会よ」

 さあ、隣りの席をあけよう。
 ちょっと混んでいるけど、妖精のあなたなら座れるだろう。
 それともあなたは、テーブルの上に乗っているかな。
 ティンカーベルのカップを買って、うちでときどきお茶を飲んでいるよ。
そんな話をしていたら、あなたは笑っていたっけね。

 私の斜め向かいに、アジア系と見える、若い男の方がいらした。
 テーブルごとに、お客同志の語らいとなったのだけど、たまたまそんな方が
同じ席になって、みんなから質問を受けていたのも楽しかった。
 日本語でも答えてくれているが、中国人留学生ということなので、大学の時
にかじった中国語で話しかけてみたけど、通じない。やはり下手になったかと
思ったが、実は、アメリカ暮らしが長かった香港の方ということで、英語と
広東語はできるけど、北京語はむずかしいらしい。
 しばらく、おくにの話や、コンサートの感想を語り合っていた。
 その方が、特に気に入っていたのが、「ありがとう、いのち」だった。
 「スペイン語でも歌っていたようですが、日本語の意味が少しわかりません
でした。これはいったいどんな歌ですか」
 そう聞かれて、みんな、ちょっと返答に窮していた。私が言った、
 「オマージュ・トゥ・ライフ」「はぁ?」
 「命の讃歌」でしょう、と言いたかったが、上手く通じなかったようだ。
 「センミョン、いや、モクスム・エ・チャンガ」
 あ、そうだ、中国人なんだ、韓国人ではなかった。また混同してしまう。
 英語や日本語まじりでなんとか説明しながら、心の中に思っていた。

 命をたたえる歌。いいなあ。
 私も、みんなも、生きている。あなたも、生きていた。
 よみがえってほしい。少なくとも、想い出はみんなに残してくれた。
 いのちって、すばらしい。
 こうして、国境や境遇や、時とところを越えて、心を通い合わせる幸せ。
 ちょんみさんのおかげだ。こうした機会を持てたこと。
 これからも、アジアの交流や理解につとめていきたい。

 ひとしきり、あちこちでの楽しい歓談タイムのあと、お茶もお話も終わって、
人々はしだいに三々五々、席を立ち始める。
 後ろのほうの席にいた私は、前のほうに移って、大阪から来たbinさんや
金沢からいらしたゆきさんパパ、主催兼カメラマンの方とも話をしていた。
そのうち電車の時刻も気になるので、挨拶して席を立った。
 ちょんみさんは、と見ると、アルバムのサインを済ませたり、観客のみなさん
のリクエストでいっしょに写真を撮ったりしていた。今は、最前列のほうの席で
女性ファン幾人かと、ひと息ついてお茶を飲んでいる。カフェの会場というのは
いいものだ。終わった後、こうしたファン同志の交流が持てるのだから。
 あまり、ちょんみさんとみなさんの邪魔をしないようにと、そのまま抜けて
出口まで歩いた。ドアを空けて、階段を降りていこうとすると。

 「てじょんさん」
 気がついたちょんみさんが、席を立って、急いでこちらまでいらしてくれた。
 戸口に立ったちょんみさんは、真面目な顔になって言った。
 「こないだは、会えなくてごめんなさい」
 「いぇ、とんでもないです。こちらこそご挨拶もせずに……」
 そう、失礼していたのはこちらだった。せっかくちょんみさんに連絡して、
通夜の席にいらしていただいたというのに。意気地のない私は、ちょんみさん
の顔を見たら思いきり泣いてしまいそうな気がして、お清めの席に上らずに、
遺影に手を合わせただけで帰ってきてしまっていたのだ。
 「急だったんですね」
 「ええ、入院したと聞いて、お見舞いに行こうと思っていたら、容態が急変
して、結局行けなかったのが心残りでした」
 「私も」
 「人生、一期一会ですね。でも……」
 「……」
 「ちょんみさんのアルバム発売コンサートを、最後に一緒に聞きに行けたのが
いい想い出になりました」

 カフェの灯火を背にして立っていた、い・ぢょんみさんは、すらりと背が高く
長い黒髪に、蝋のように透き通る白い肌をしていた。
 その美しさに、はっとした。こんなにきれいな方だったかしら。
 顔が白く見えるのは、逆光のせいだろうか、それとも、黒髪とのコントラスト
のぐあいだろうか、それとも悲しさにお顔の色を青ざめせているからだろうか。
 こんなに長身のスマートな方だったかしら。
 これも黒いドレスに灯火の透過光が背景のためか、ソウル公演でお疲れ
なのか、あるいはやはり、心の哀しみのために身をやつしておいでなのか。
 いや、どれでもない。
 実は、彼女も、妖精なのだ、と、この時は妙にはっきりとそう感じられた。
 生きている妖精。そう、間違いない。
 ひと時、このフランス風のカフェで歌っていたあなたは、ティンカーベルと
同じ妖精の仲間だ。たまたま人の姿をとっているだけ。湖の妖精オンディーヌ
かしら、いや、やっぱり歌の妖精セイレーンだろうか。
 妖精が歌ったから、妖精がよみがえったのだろうね。

 ありがとう、ちょんみさん。ごきげんよう、ティンカーベル。

                               〜了〜

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