李政美レポート2003

 トップページへ第2部へ

sbpict15.gif (2629 バイト) 教会の歌姫 第1部

李政美 北本教会ライブ 〜 2003.11.8.

 赤羽から快速アーバンで北上すること三十分。北本駅で降りると、真っ直ぐに大通りの歩道を歩いて行く。街路樹の葉も黄色い絵の具を点じたように染まり、さくさくと乾いた落ち葉を踏みしめながら歩けば、秋の日差しはおだやかに小春の暖かさだ。この町で降りるのは始めてだが、埼玉の郊外の田園風景が、のどかに心を和ませてくれる。
 ここのところ、勤務先が遠くなり、また仕事も忙しくてやや疲れていた。さらにこの一週間は、夜に映画祭にも少し足を運んでいた。だが、そういう都会の慌しい生活を離れて、こうした自然の中を散策するのはいいものだ。疲労した心と体が、林のオゾンと日光浴の中で癒されていくような気がする。
 やがて、「北本教会」の案内板をたよりに、大通りから小道に入る。中学校の校庭の裏を過ぎて、冬枯れの田圃の中をしばらく行く。柿の木が鮮やかな橙色の実をいくつもつけている。おや、あそこの三角の屋根に小さな十字架が立っている。十字架がなければ教会のようには見えないくらいの、謙虚な建物だ。聖書の一節が掲げられてある。

 「すべて重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい」(マタイ11:28)

 「李政美ライブ」のちらしの貼ってある小さな看板を確認する。その脇には、今度の日曜の牧師さんの説教のタイトルも書いてある。民家のような庭から玄関に入って行く。靴を脱いで、板の間をあがろうとすると、受付の方がスリッパをくれる。
 受付でチケットを購入する。ちょんみさんの顔の丸い写真が印刷された、ベージュのしゃれたチケットだ。名前を書いていると、楽屋からちょんみさんが顔を出した。
 「てじょんさん、いらしたんですか、遠かったでしょう」
 「いえいえ、散歩しながらのんびり来ました。天気がいいですね」
 ふだんのように、気さくなちょんみさんで、何のわだかまりもない。いろいろとつらいことや悲しいこともあるだろうに、顔に出すことがない。その笑顔に接すると、いつもほっと安心させられてしまう。これは決して営業用の表情などではない。もともとそのお人柄なのだろう。冬の日にも、小春日和のようにその笑顔だけ暖かい。
 やがて牧師さんの挨拶があり、ちょんみさんが登場して、初めの歌が始まる。

パートT 銀杏の見える道

1 あなたが笑っていると (作詞/作曲:李政美)

  あなたが笑っていると なんだかうれしくなります
  あなたが泣いていると なんだか悲しくなります
  あなたが苦しんでいると なんだか胸が痛くなります
  どうしてかな どうしてなのかな
  なんだかとっても 不思議なんです

 そう、ちょんみさんが笑って歌っているだけで、こちらもうれしくなってくる。人の心の響き合いは不思議だ。なぜ悲しい調べの歌を聴くとみんな悲しくなり、楽しい節回しの歌を聴くとみんな楽しくなるのだろうか。心の琴線というが、心の中にほんとうに共鳴する琴のようなものが、生まれた時からあるのかもしれない。
 会堂は、たくさんの人でいっぱいだった。木の壁に、木の礼拝用の長椅子、そして正面には、木の十字架が立っている。その前で、ちょんみさんは歌っていた。
 今日、教会でちょんみさんが歌ってくれていることが、それだけでとてもうれしかった。ゴスペル、ということを思う。いわゆる伝統的な教会賛美歌ではなくても、多くの人を笑わせたり、心を和ませたりする、生きている幸せと喜びの歌、その共鳴はやはり生命を讃美する歌、一つのゴスペルではないだろうか。

  「新しい歌を主に向かって歌え」(詩篇33:3)

  あなたがそばにいても あなたが遠くにいても
  あなたが生きていてくれるだけで
  ただ、それだけで 私はとっても幸せなんです

 1曲歌い終わって、ちょんみさんの自己紹介が始まる。
 生まれのルーツから話は開かれていく。お父さんもお母さんも、済州島で生まれたという。お母さんは、ひと時サイパン島に渡り、それから玉砕の前に日本に来て難を逃れていたこと、お父さんはいろいろと職を変えて、廃品回収の仕事をしていたこと。
 そういう場が、また、両親が、そして、人を愛せない自分自身が、嫌いになってしまっていた時期があるという。そのころの自分を思って作った歌だ、そう言ってちょんみさんはまた歌い始める。

2 ありのままの私 (作詞/作曲:李政美)

  灰色の心に似合わない服着て
  うつむいて歩いてた昨日の私
  凍りついた翼 心を縛る呪文
  ひとつひとつ解いてあげよう

 こないだうちの牧師から聞いたことを思い出した。牧師も人を愛せないことがあったという。そうなのか、と思った。私も、人を許さなくてはならない、愛さなくてはならないと思いながら、どうしても憎んでしまったり、嫌ってしまったりすることがある。
 人はそれぞれ、自分なりの服を着て、自分なりの歩みをしてきて、自分なりの呪文に縛られている。それは生まれや育ちだったり、親や家族だったり、友人や同僚だったり、出身や血筋だったり、性格や好みだったり、職業や門地だったりする。
 だが、そんな一つ一つのアイデンティティの呪縛の鍵を、牢屋から出るようにひとつひとつ空けて解き放ってくれる。厚く着こんだ冬のセーターやコートを、春の訪れのように一枚一枚脱いでいくことができる。凍っていた翼も溶けていく。

 「わたしたちは、神にはありのままに知られています」 (コリントU5:11)

  ありのままの自分を愛しさえすればいい
  ほら、心がこんなに澄んでくる
  ありのままの自分を愛しさえすればいい
  ほら、目に映る世界は新しい

 弱い私たちを、神様は許してくださる。弱い私のままで、いたらない自分のままで、欠けの多い人間のままで、そのまま受け入れてくださる。
 人を愛せない私をも、神様は愛してくれている、ということ。ありのまま自分を受け入れてもらえる、と思ったときに、自分も他人を受け入れることができるのだろう。

 「もし誇らねばならないのなら、わたしは自分の弱さを誇ろう」 (コリントU11:30)

  誰も信じられずに暗闇の中さまよっても
  明日はきっと生まれ変われる

 バプテスマを受ければ人は新生し、主を信じて眠りにつけば復活することができるという。だが、自分をありのままに愛し受け入れるだけでも、精神的に新しく生まれ変わることができるのだろう。それは特殊な能力をつけたり、性格が変わるということでもない。ただ、自分の弱さをそのまま受け入れて、ゆだねるだけでよいのだろう。

  ありのままの自分を愛しさえすればいい
  ほら、すべてのいのちがいとおしい

 自分を愛せるということは、他人を愛せるということだ。自分の命の貴重さがわかれば、他人にも同じ貴重な命を認めることができるのだから。
 さらに今日来た道の、緑の風景を思った。草も木も、人と同じように、みな神に与えられたいのちなのだ。自然の中のひとりとしての自分を思う。

 歌い終わったちょんみさんが、ぴしっと自分のほほを叩いた。
 「あ、ほっぺたに蚊がいました」
 みんながどっと笑う。ちょんみさんのさりげないしぐさに、飾らない性格と、自然に対するいつくしみの気持ちが感じられた。

3 わたしと小鳥とすずと (作詞;金子みすゞ/作曲;李政美)

 ここで金子みすずの、生き物をたたえる歌を聴くのは、まさに似つかわしかった。
 小鳥も、そう、木々の緑にさえずる小鳥たちも、私たちと同じように生きている。ほっぺたにとまった蚊も生きている。よく、キリスト教は人間ばかりを尊重して、他の生物をおとしめるというが、そんなことはない。なぜなら、すべてのこの世の生き物、すべての物質は、神様の造られたもの、被造物であるのだから、そこには神の愛があるのだ。

 ちょんみさんは最近いつも、この歌を手話でみんなと歌おうとする。今日も会衆の前で、美しく細い双手を挙げて、手まねを始めた。

  すずと……すずをつまんでふるように、
  小鳥と……両手を広げて飛ぶように、
  それから私……自分を指差して、
  みんな……会場のみんなをそれぞれ指差して、
  違って……両手の親指と人差し指を向い合わせて逆にひねり、
  みんな……みんなを指差し、
  いい……鼻先に両手のげんこつを重ねて天狗の高い鼻のように。

 何度か見慣れたジェスチャーなのだけど、今日は雰囲気がいささか違った。というのは、ちょんみさんは十字架を背景にした講壇から、人々に語りかけている。よって、両手を突き出しての仕草も、まるで人々に説教をし講話しているかのように見えるのだ。会衆席の人々がそれに従って、同じ仕草をするから、なおさらのことそう映る。
 ちょんみさんには、歌手としてだけでなく、説教師としての資質もあるのかもしれないと、そんな気がした。もともと、歌の持つメッセージ性、歌手の持つカリスマ性というのは、宣教にも向いている。だからこそ、ゴスペルもあるのだろう。主への垂直の賛美というほかに、人々への水平の伝道も、歌は可能なのだろう。
 ともかく、ちょんみさんに従って人々が同じふりをするのは、絵になる光景だった。

  わたしが両手をひろげても、
  お空はちっともとべないが、
  とべる小鳥はわたしのように、
  地面をはやくははしれない。

 ふと、聖フランチェスコを描いた、中世のヨーロッパの古朴な絵が眼に浮かんでくる。あれはファン・アイクだったろうか。修道僧の服を着た老僧侶は、郊外で小鳥たちに説教をしているのだった。小鳥たちに? そう、生き物たちにさえも伝道をするのだ。

 「空の鳥を見よ。まかず、刈らず、納めない。
  だが、天の父は彼らを養ってくださる」 
(マタイ6:26)

 そこに、わが日本の僧侶、良寛や一茶も重なってくるように見えた。

 「われと来て、遊べや、親のない雀」

 子供たちや小鳥たちと遊んだ、庶民的な僧たち。その精神は、フランチェスコとも共通するように、イメージが湧いてくる。
 今、小鳥の手まねをしながら無心に歌っているちょんみさんにも、無垢な童心が感じられた。小学校でコンサートをすることもたびたびあるという。子供たちに最も喜ばれる歌の一つが、この金子みすずの童謡の詩であり、またお遊戯のような手話なのだ。子供たちや小さな生き物と語り合う姿は、歌うフランチェスコだろう。

  わたしがからだをゆすっても、
  きれいな音はでないけど、
  あの鳴るすずはわたしのように、
  たくさんなうたは知らないよ。

 ちょんみさんに、この歌という賜物が与えられたことを思う。
 鈴をころがすような良い声とよく言うが、声質の美しさと音感の鋭さは、やはり天性のものがあろう。私は音痴なので、聖歌隊に誘われても遠慮してしまう。ちょんみさんは、ゴスペルシンガーとしても、優秀な資質を持っているのに違いない。
 だが、私はないものねだりではなくて、文章を書いたり、生徒に教えてみたり、映画を上映してみたり、私のできることをやっていこう。最近はようやくそう思える。
 人には、それぞれ与えられた得意と不得意があるのだから。キリスト教的に言えば、それはタラント、賜物なのだ。主は我々に、それぞれ応じた個性や資質、すなわちタラントを与えてくださる。私たちは、自分の賜物を生かしていきたいものだ。

  すずと、小鳥と、それからわたし、
  みんなちがって、みんないい。

 言ってしまえば、あたりまえなことだ。けれども、それを素直に認め、さらに生かして発展させ、実際に行っていくことがなかなか難しい。
 聖書にある、タラントのたとえを思い起こす。(マタイ25:14〜)
 ある人が旅に出るとき、僕たちを呼んで自分の財産を預ける。それぞれの能力に応じて、五タラント、二タラント、一タラント。前の二人はそれを元に商売をし、主人のいないうちに財産を増やした。しかし、1タラントを渡された者は、それを地中に埋めて隠しておいた。主人は帰って来た時に、この最後の僕を叱るのである。
 我々は、少ないタラントでも、生かしていかなくてはならない。まして多ければおなさらだ。それは人によって種類も異なる。ある者には、鳥のように早く走る足が、ある者には、すずのように美しい声が。
 ちょんみさんは、その美しい声を存分に生かして、人々の心を癒してくれる。私たちもそれにならって、つかの間の人生で、個性を生かしていこうではないか。

4 ありがとういのち (作詞/作曲:ヴィオレータ・パラ・訳詞/高橋悠治)

 続けてまた、いのちをたたえる歌が歌われる。パラのこの歌は、まさに与えられた生命と人生を感謝する、フォークロアのゴスペルと呼ぶにふさわしい。

  Gracias a la vida que me ha dado tanto
  me dio dos luceros que cuando los abro
  perfecto distingo lo negro del blanco
  y en el alto cielo su fondo estrellado
  y en las multitudes el hombre que yo amo.

  ありがとういのち おまえがくれた
  耳はいつも働き続け
  きざみこむ コオロギ、カナリヤ、
  ハンマー、タービン、犬や時雨も
  やさしいあの人の声も

 こおろぎの鳴く声、カナリヤの泣く声、犬の鳴く声……
 この世はなんと、多種多様な生物たちに満ちていることだろうか。
 神は天地創造の時に、こう言われた。(創世記1:20〜24)

 「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天の空を飛べ」
 「生めよ、ふえよ、海に満ちよ、また鳥は地にふえよ」
 「地は生き物を、種類にしたがって出せ。
  家畜と這うものと地の獣とを、種類にしたがって出せ」

 進化論が、正しくないとは私は言わない。だが、生き物の進化の不思議は、どんな本を読んでみても、いまだに十分に解明はされていないのだ。特にどのようにこの宇宙が造られ、どうやって生き物が始めて生まれたかは、まだ謎のベールに包まれている。
 聖書はひとつの答えを与える。人の知らない創世を、主の啓示により語る。

  ありがとういのち おまえがくれた
  音や文字を また、言葉を  考えたこと言える言葉
  母や友や兄弟や  輝くあなたの魂のみちすじ

 生き物を作ったあと、神はまたこう言われる。(創世記1:26)

 「われわれのかたちにかたどって人を造り、
  海の魚と空の鳥と家畜と地の獣と這うものとを治めさせよう」

 これを、人間の倣岸な思想だという人がいる。人間が自分自身にかたどって、神を考え出したのではないかと疑う人がいる。
 もちろん、生き物の個々の尊さは認める。が、だれしも、人間の命が草や木や他の獣と等価値とは言わないだろう。もし猫の命と人の子供の命を同列に見られたら、もし猫が飽食して子供が飢えたら、子供の母親は怒らないだろうか。
 ではなぜ、人は万物の霊長と言われ、高いものと見なされているのか。
 それは、人には神のわかる知恵が与えられているからだと思う。神は自分を知る知恵の力を、人に与えたもうた。ゆえに、人は他の生物とは違うのである。そしてさらに、それを言える言葉を、表現できる言葉を与えてくれたのだ。

  ありがとういのち おまえがくれた
  足は疲れ、歩き続ける 町並みを、水溜まりを
  海や砂漠や山、野原、 あなたの住む家や庭も

 我々は、我々にゆだねられた、この地球を大切にしていかねばならない。
 これは倣岸ではない、むしろ謙虚な姿勢だろう。
 自然を、生物を、環境を、地球を、自由にあやつり、それを改変できるような知恵の力を、人は持ってしまっている。それが、主から与えられた力だとしたら、私たちはそれを慎重にかつ豊かに役立てて使っていかなくてはならない。
 いわば、私たち人類は、地球という宝物の管理を神様から与えられた管理人なのである。人それぞれは、先に述べたようにそれぞれ与えられた個人的なタラントの賜物を持っている。それを管理して、よく使うことが求められている。同様に、人類は、地球という賜物をきちんと管理していかなくてはならないのだ。
 だから、キリスト教は自然を人間と対立するものとみなし大切にしない、というのも本当は間違っていると思う。むしろ逆に、自然を大切にするのが基本だろうと思う。

  ありがとういのち おまえがくれた
  心は震え、押さえきれない  人の考えが創り出すもの
  良いものと悪いものの隔たり  あなたの明るい瞳を見て

 人の心の、道徳ということをも思うのだ。
 性善説を唱えた、孟子。人には、どうしても善に向う心がある。
 対して、人はすべて罪人とするのがキリスト教で、どうも罪を押しつけるようで好きではないという人がいる。これもまた違うと思う。
 人には、罪を知る心が、知恵が与えられているのだ。罪を意識しない、できないのが他の生物だろう。人は、良いものと悪いものを、見分けることができるのだから。光と影を、見出すことができるのだから。
 人の罪の深さ、心の弱さを知るとともに、主の赦しの尊さ、恵みの豊かさをも知ることができるのだから。
 パラはクリスチャンだったのだろうかと、そんなことをこの歌を聴いて感じる。少なくとも、キリスト教的な発想は、スペインなどの影響であったのだろう。

  ありがとういのち おまえがくれた
  笑いと涙で見分けられる  幸せと不幸せを
  私のうたがそこで生まれる
  あなたと私を結ぶうたが  みんなと私を結ぶうたが

 そして、ありがとう、歌を与えられたということを。
 なぜ、オクターブの調性が人にはわかるのだろう。私は音痴で、などと言う人も、悲しい歌を聴けば寂しくなり、うれしい歌をきけば楽しくなり、良い歌を聞けば感動する。音楽がわかる心をも、主は与えてくださっている。
 ゴスペルが、歌が、主と人を結び、また、人と人々を結んでくれるのだ。
 歌を歌うちょんみさんは幸せであり、その歌を聴く我々もまた幸せなのだ。
 ちょんみさんは、まっすぐ背筋を伸ばし、祈るように歌っている。
 ありがとう、ちょんみさん、ありがとう、いのち。主よ、感謝します。

5 遠い道 (作詞/作曲:李政美)

  どこから来たのか  どこへ帰るのか
  何かを探し求めて  迷い道歩き続ける

 マイクを手に、ちょんみさんは熱唱する。
 我々は、生まれる前、どこから来て、死んだ後、どこへ帰るのか。
 それは、文明の進んだ現代でもわからない。人の知恵ではわからないことなのか。

 「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、
  それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。
  霊から生れる者もみな、それと同じである」 
(ヨハネ3:8)

 私の霊は以前には他の人格の霊だったのだろうか、死んだ後はまた他人の霊になるのだろうか。輪廻の思想である。私にはどうもそうは思えない。今のこの人格を持ったまま、ふたたび復活したいと、ニコデモのように私は考えた。
 だが、霊の来し方、行く末というのは、結局のところ人知の及び知るところではない。ただ、この世にこの形として存在する時期が限られていること、これだけは確かである。無常の思想である。とすれば、今の命を、精一杯生きていきたい。
 では、何を求めて? もし神のいない実存とすれば、自分で探していくしかない。神がいるとすれば、神から与えられた使命が、人にはそれぞれあるはずなのだ。孔子ら中国の思想家も、天命ということをよく言う。
 一生かかっても、天の使命を探していきたい。五十にして天命を知るべく勤めたい。
 ちょんみさんにとっては、歌が使命なのだろう。人生で迷った末に、つかんだ歌。

  手に入れたものすべて  愛さえ失くしても
  心の自由を求めて  裸足のまま歩いて行きたい

 愛さえなくしても−−そうだろうか。愛は最も大切ではないだろうか。自由も大切だが、自由が愛よりも大切だろうか、とふと思う。
 もちろん、世のはかないもの、富や栄誉や権力は要らない、自由のためなら捨ててしまってもよい。精神の自由は、朽ちてゆく物質的な成功より大切だと思うから。
 だが、自由よりまさるのは愛ではないだろうか。

 「いつまでも続くものは、信仰と希望と愛の三つである。
  このうちで最も大いなるものは、愛である」 
(コリントT13:13)

 心の希望より、信仰よりすら、愛が大切だと言うのである。ここで言う愛とは、男女の恋愛や、親子の恩愛などより、さらに高い愛だろう。それは隣人愛であり、神の愛、すなわちアガペーであろう。
 だが、えらそうなことを言いながら、人を愛せないこの自分がいる。なかなか愛せないからこそ、愛するようにしなくてはいけないのだろう。人を愛せないからと、人の世を遁れていくのはかえって楽だろうが、人の中に入って愛さなくてはならない。
 ともすれば、人に疲れ、人から離れがちになる、自分自身を省みてしまう。

  遠い道ただひとり  道ばたに倒れても
  本当の自分に出会うまで  つまずきながら歩いて行くだけ

 十字架を背に、ちょんみさんは語る。
 悲しみの道よ。イエスのたどりし道よ。
 受難の姿が、ちょんみさんの歌により、ふと目の前によみがえるように思えた。
 ゴルゴタの丘、髑髏の丘までの遠い遠い道を、イエスはただ一人、十字架を背負い歩き続けたのだ.つまづきながら、道ばたに倒れながら。
 一度は、イスラエルに行ってみたいと思う。だが、現地に立たなくても、聖書を読む時に、その受難絵の情景は、心のイメージに浮かんでくる。
 私たちも、イエスの跡をしのび、それぞれの十字架を背負って、遠い道を歩いていくのだ。私には十字架などない、と人は言うだろうか。だが、みなそれぞれ、人生の場で背負わされたさまざまな苦難、試練、重荷があろう。それが、運命であり、十字架だ。
 世のいばらの道には、いろいろなつまづきが用意されている。
 だが、我々の罪をあがないしイエスに比べれば、その重荷は軽いとも言える。

  「自分の十字架を負ってわたしに従ってこない者は、
   わたしにふさわしくない」 
(マタイ10:38)
  「わたしのくびきは負いやすく、
   わたしの荷は軽いからである」 
(マタイ11:30)

 ここまで歌い終え、心の道を歩いてきたちょんみさんは、息をついて話し始める。
 まずはコンサート活動について。
 今、年に百回ほど歌っていると言う。東京、埼玉を中心に、地方にもあちこち出かけていく。自らハンドルをとり運転するハイエースという車に、機材を一式積んで、日本列島を旅していく。これこそ、歌姫ちょんみの遠い道、歌の道だろう。
 ある時は東北三県をめぐり、ある時は九州に渡り……
 「韓国にも行ったね」「そうそう」
 伴奏の矢野さんの合いの手に応えて、今度は韓国の思い出話が始まる。この後、12月に再び韓国ほど海を越え、原州に赴いてコンサートを開いていくことになる。
 では、教会にはよく行かれるのだろうか。

 教会でも、また、お寺でも、歌う。小学校でも、居酒屋でも歌う。
 そう言うちょんみさんは、ある教会についての想い出を語り始めた。
 教会といえば、幼稚園を併設した教会が多いのだが、ちょんみさんは娘さんが幼いころ、キリスト教系の保育園に通っていたのだそうだ。園長先生もクリスチャンだった。
 ちょんみさんは荷物の入ったリュックサックを背負って、小さな娘さんを後ろに乗せて、保育園に通っていた。そしてまた、帰りに娘さんを迎えに行って……
 この話をしながら、ちょんみさんはふと言いよどんで、涙ぐんだようだった。こちらも聞いていて、この話には胸がきゅんと痛くなる思いがした。
 その保育園の前に、神社があって、銀杏の木があって、それを毎日ながめていたことを思い出して作ってみた歌だと、そう語ってちょんみさんは歌い始めた。

6 大銀杏の樹 (作詞/作曲:李政美)

  冬日の射す畑には  霜柱が光ってる
  白い息をはきながら  声を張り上げてうたう
  二人乗りの自転車を  道行く人が振り返る

 ちょうど、この教会に来る途中に歩いてきた、冬枯れの木々の道、冬日の射していた畑を思い起こした。こんな日に、ちょんみさんは娘さんを後ろに乗せて、懸命に通園していたのだなと思う。ひとり娘とひとりの母、その愛情の深さのほどがしのばれた。
 この歌を聴くのは、私はこの日がようやく2度めだった。1度目は、3月にあったセカンドアルバム「オギャディヤ」発売記念コンサートのときだった。
 あの時始めて、新しいアルバムの中のこの歌を聴いて、やはり私は胸が迫った。
 というのは、この歌に出てくる娘さんが、今はどうしているのだろうかと、そんなことが気にかかったからだ。ちょんみさんが手塩にかけて育てた愛娘。だが、私はただ無力で、何もしてあげることができなかった。
 今は沖縄の高校に通っていると聞いていたけれど、元気で暮らしているだろうか。悩んでいないだろうか、幸せにしているだろうか。
 アルバム発売コンサートで、この歌を聴き終わった後に、中休みになった。
 ひと息つきに、ロビーに出て行くと……
 娘さんが、そこに立っていた。マッコリとキムチのお惣菜を、観客のみなさんにサービスしに、ちょんみさんのお姉さんと共に手伝いに来ていたのだ。
 「こんにちは」
 と挨拶する娘さん。歌の中の自転車の後ろの幼い保育園児の娘さんが、急にタイムマシンに乗って成長したように、高校生になったきれいな娘さんがそこにいた。
 にこやかにほほえむ笑顔は、ちょんみさんの微笑みに似て、憂いもないように見えた。答えにつまって見つめている私に、
 「どうぞ」
 と言って差し出してくれた、キムチの載ったチヂミのひと切れが、イエスのパンのようにありがたくて、口をつけることもできずに、立っていた。今は故人となったティンカーさんも、今は姿を見せなくなったヒゲの先生も、あの時はそばにいた。

  神社の入り口にたつ  大銀杏の樹が見えてきた
  背中のぬくもり感じながら  自転車のペダルをこぐ

 銀杏の木に、かつて興味を持ったことがある。
 「銀杏の木のベッド」という韓国映画があった。まだ公開されていなかった頃、映画祭で見て、ぞっこん好きになってしまった。台詞を知りたくて、香港版の中国語字幕のビデオを手に入れて、翻訳に挑戦してみたこともあり、思い入れの深い作品だ。
 今は日本語字幕付きのビデオも出ているので、ご覧頂きたい。
 銀杏の木というのは、雌雄異株という珍しい植物だ。裸子植物であり、さらに雌雄があって受精もするという。「植物の化石」と言われ、現存する地球上の植物の中でも最も古い形のものであり、その先祖は今は滅びた恐竜たちをも見下ろしていたはずだ。
 映画では、古代新羅王朝の時代に互いに好きになった男女が、輪廻して生まれ変わり、銀杏の木になったというのである。そして再び、現代に人の姿をとって生まれ変わる。
 千年を経ての、ふたたびの逢瀬。
 なんと壮大なロマンだろう。輪廻をも信じていた当時の私は、強くこの話に魅かれた。何よりも、自分自身、大学時代からつきあっていた恋人をなくしたことがあり、その想い出にひたっては、いつの世かでの再会を夢見ていたから。

 宗教的観念ではなくても、生物そのものとしてみても、大樹というのは最も長命な生き物だ。動物は、現代のヒトも長命なほうだが、頑張って生きてもたかだか百年そこそこだ。植物は数百年単位である。銀杏の大樹の中には、明治、江戸、いやそれ以前からヒトの世の歴史を眺めてきた生き証人もいるはずなのだ。
 家のそばの公園にも、記念物の大きな楠の木があって、時々、私は散策の折にそっとその老木に手をふれてみる。数百年の木の記憶と意志が伝わってくるように感じる。
 神社では、ご神木として、老樹を崇めることがある。山川草木、自然物を神として拝む原始信仰がある。ただもちろん、木や山自体が神ではない。神の被造物として、造物主の偉大さがそこに現存しているだと、私は思っている。
 その一方で、老樹のごつごつした樹皮より以上に、幼子のやわらかいふっくらした肌の感触に、私は心打たれることがある。どちらも、神様からもらった命だと思うから。人類には、命を操作することはできても、命そのものを作り出すことはできない。
 数百年生きる木ではなくて、数十年の命しか持たない、やわらかで繊細で、はかなく弱々しい生き物だからこそ、人間の命は尊く貴重でかけがえのないものだと思うのだ。
 ちょんみさんが、背中で感じた、娘さんの肌のぬくもりの感触、冬の日の中でそこだけがぽかぽかとあたたかい、それこそ生命のぬくもりそのものだろう。

  いってらっしゃい、と見上げるあなたに
  行って来るね、と手を振る

 ちょんみさんの話を聞くとわかる。「あなた」とは、娘さんのことなのだ。
 保育園に子供を置いて、また仕事に出かけていくのだった。
 かつて、ちょんみさんはバッハのカンタータ「主よ、人の望みの歓びよ」に歌詞をつけて歌っていたことがあった。優しいクラシックと声の美質がうまく調和していた。

     私は幸せ あなたがいるから
     悲しいときには あなたが慰め
     私を愛して 代わりに苦しむ
     あなたを離さない どんなときにも
     お日様のような 宝石のような
     あなたを離さない どんなときにも

 その時にうかがったが、歌に出てくる宝石のように大切な「あなた」とは、娘さんのことだと思って歌っているそうだ。もちろんカンタータであるこの讃美歌の「あなた」はイエス・キリストとして読むこともできるのだけれど。
 聖母マリアのように、深い慈愛。この大銀杏の歌も、大きく枝を広げて樹下に憩う小鳥たちを抱擁し慈しむよう、万人の母の心だろう。

  笑い泣きはしゃぐこどもらの  声がしみこんだ部屋の中
  あなたはぽつんとひとり  何をして待ってるのだろう

 娘さんを心配する、ちょんみさんの気持ちがひしひしと伝わってくる。
 ひとり、いたいけな子を保育園に置いておくのは、心配だろう。
 かくいう私にも娘がいる。やはりミッション系の幼稚園が近くにあったので、通わせていた。小さい時からかわいがって、甘やかし過ぎてしまった。小学生になってから、ときどきわがままを言って学校を休むことがある。一日休んだ日でも今ごろ何をしているかと、職場にいても気になってしかたがない。まして大きくなって、人生の進路に悩んだら、親の心配はいかばかりだろうか。子煩悩とか親馬鹿と呼ぶ人もいるが、しかし、馬鹿と言われるほど、親の愛情が深いものでなくては、子供を育てることはできないだろう。

  おかえり、と駆けよるあなたを  ただいま、と抱きしめる

 最近は、だが、以前のように心配するのをやめるようにした。
 人の憂いは限りなく、また、人の力には限りがあるから。
 神様は、いつもそばにいて、見守ってくれるだろうから。
 その見えない手に、ゆだねたいと思う。
 私は、小学6年になった娘を、近くのミッション系の中学に通わせてみようかと思っている。ペーパーの成績より心のケアが、彼女には必要な気がしている。大きくなったら、生き方の支えになるようなものが、身に付いたらいいなと思っている。

  暮れなずむ空にはもう  一番星が光ってる

 ちょんみさんの娘さんの幸せを、心からお祈りしています。
 主のお導きと、お守りが、いつもかたわらにありますように。
 空には、希望の星が、ベツレヘムの星のように晧晧と輝いています。

7 小さな空 (作詞/作曲:武満徹)

 第1部の最後に、武満徹の歌が歌われた。この歌を聴くのも久しぶりだ。いつか小岩の、チャペルのようなステンドグラスのきれいなホールで聞いたことがあったっけ。
 夕暮れが迫り、宵の一番星が輝くころ。
 かつて、ちょんみさんが小さな娘さんを引き取って行ったころ。神社の銀杏が黄色い葉を木枯しにふるわせ、保育園の隣の教会の窓が夕焼けに紅く染まっていたころ。
 過去は思い出の中にしかない、だが、現在もまた過去になっていくのだ。過去の思い出を捨てて顧みない者の人生は、やせていてさびしいのかもしれない。過去をふり返って感傷にひたるひと時も、つらいばかりではなく時には甘く豊かに思える。

  夕空みたら 教会の窓の
  ステンドグラスが 真っ赤に燃えてた

 子供の頃を、私たちは忘れてしまっている。だれしも、みな始めは子供であったのに。
 子供の頃は、ひたむきで純真だったように思える。大人になって、挫折があり、疲労があり、失望があった。汚れちまった悲しみにと歌った中也も、まだまだ若くして世を去った。人生が長くなればまた恥も多かろう、四十に足らぬほどにて死ぬのが良いと言った兼好も、結局は四十を過ぎてなお生き延びていた。
 毎日、夕焼けが空を染め、遅くなって叱られるまで、外で駆け回っていた幼い頃。毎日、仕事も勉強もしないで、ただ元気に遊んでいれば良かった幼い頃。
 だが、そのゆえにこそ逆に、人生を、世界を、虚心に見られたような気がする。一枚の葉っぱ、一匹の虫、一片の雲、一個の窓、そんなささやかなもののうつろいを、人生の一大事のように、いつまでも眺めていたような気がする。

  いたずらが過ぎて 叱られて泣いた
  子どもの頃を 憶い出した

 私は子どものころ、ミッション系の幼稚園に通っていた。
 母が行かせてくれた幼稚園だったが、両親は特にクリスチャンというわけではなかったし、寺の多い地方だった。どうしてと後で母に聞いたことがあるのだけど、ただ近いということと、しつけが良いという評判を聞いて、ということだった。
 あまりまじめにお勉強したわけではなかった。むしろやんちゃないたずら小僧で、友達をいたずらでいじめたりからかったりして、よく先生に叱られていたものだ。それでも、子供のころにもらって読んだ聖書の一節、み言葉をかわいい色刷りの絵と共に記したカードが、なぜだか当時も今も心に残っている。
 また、讃美歌も時折、繰り返し耳に響いてくることがある。特に、子供讃美歌のひとつで、よく覚えていた、悲しくも甘いメロディーのものがあった。

     小さい羊が家を離れ  ある日とおくへ遊びに行き
     花さく野原のおもしろさに  帰る道さえ忘れました

 ルカ伝の放蕩息子の帰還を歌ったものだが、私も長じてから、人生に迷った末、この息子のように父の元に導かれたのだった。
 幼い頃の感性は、大切なものだと思う。
 ゲームとかテレビとか、今風のメディアや情報に慣れることも大切だけど、一方で「ほんもの」の言葉に子供のうちからふれさせることも、子供だからこそ必要だろう。忘れてしまったように見えても、どこかで心に残っているものだろう。
 子供の頃に、聖書にふれられたことを、今は感謝している。
 成長してからも、少なくとも違和感は覚えなかったし、入ってゆきやすかった。

  「心を入れかえて幼な子のようにならなければ、
   天国に入ることはできないであろう」 
(マタイ18:3)

 主イエスが、幼子の形をとって表されることは、意味のあることだろう。
 そして、イエスを育てたマリアの姿が、母子像の姿をとって表されることも。
 今、十字架を前に歌う、ちょんみさんに、その姿を重ねて見たとしても、不遜なこととは言われまい。マリアはその謙虚さゆえに、神の母となったのであるから。

   我々はあらゆる女人の中に多少のマリアを感じるであろう。
   クリストの母、マリアの一生もやはり「涙の谷」の中に通っていた。

              
                   芥川龍之介「西方の人」より

        (第2部につづく)    〜 2003年のクリスマス・イブに

 トップページへ第2部へ