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会報on-line 第53号
『日韓併合への道』解説
『日韓併合への道』 カラー 16o 29分
●作品の内容
1910年(明治43年)8月29日、この日、大韓帝国の名前は世界地図から消えることになる。
いわゆる韓国併合であり、日本による本格的な朝鮮半島の植民地支配の始まりであった。しかし、韓国を併合するまでは、実に35年もの長い道のりがあったのだ。
朝鮮通信使、雲揚号事件とそれに伴う江華条約、朝鮮侵略を目的とした日清及び日露戦争、閔妃暗殺、朝鮮統監府から総督府へ、その間の甲午農民戦争や安重根による伊藤博文暗殺、そして併合後の3・1万歳運動を契機とする抗日闘争の過程などを、現存する遺跡、資料映像及び証言などをまじえながら、韓国の現風景を切りとることによって、それら歴史的事実とその背景を明らかにしていきます。
そのことにより、明治維新以後、日本がたどった富国強兵、殖産興業の近代化への道は、朝鮮の国家と民族を否定するものであったということを描いていきます。
またこの作品では、東学記念館、水原の堤岩教会、安重根記念館、西大門独立公園の監獄跡など、普段我々がめったに見ることのできない貴重な映像も収められています。
この「日韓併合への道」は、その後の日本と朝鮮半島との関係を描く、いわば本作品の続編とも言うべき「朝鮮半島/植民地支配の実態」と同時制作されています。
従ってこの二作品を続けて御覧いただくと、明治維新から太平洋戦争終結までの、100年近い日本と朝鮮の歴史的事実がより明確に、さらには、両国の歴史的認識の違いはどこから起こったのかがはっきりするのではないかと思われます。我々が知らなかった、そして知ろうとしなかった朝鮮半島の人々の思いを、是非この二作品
から、酌みとってほしいと思います。
●制作ノート
この作品は、準備から完成まで実に2年以上の歳月を費やしています。韓国でのロケーションは三度にわたって行われ、その期間ものべ一ヶ月にも及びました。
ロケ中、車で移動した距離は約4000キロもの長さにわたり、それは日本で言えば、本州の端から端まで移動したことになります。
お互いの会話もままならぬ中、朝早くから夜遅くまでの過密なスケジュールでの撮影、さらに追い打ちをかけるが如き悪天候、そして地方を中心として、今でも依然として残る反日感情。だが、スタッフのこの作品にかける情熱が、韓国の人々の心を次第に動かすようになりました。そんな韓国の人達の協力抜きでは、この映画は
完成できなかったでしょう。
私達スタッフは「立派な作品に仕上げることでその好意にこたえたい」そして「できるだけ多くの日本人にこの作品を見てもらいたい」と思っています。そのことが、日本と韓国・朝鮮の“近くて遠い”関係改善の一助となり、真の友好につながることを願ってやみません。
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スタッフ
制作 東映株式会社教育映画部
企画 岡田 順徳
脚本・監督 中津 義人
撮影 川田 秀明
録音 栗林 豊彦
照明 田久保 剛
音楽 杉田 一夫
ナレーター 下條アトム
協力
韓国民俗村・韓国独立記念館・外務省外交資料館・国会図書館・安重根記念館・
堤岩教会・韓国映画振興公社・映像文化協会・韓国文化財管理局・甲午東学
遺跡址・イメージユニオン・韓国国立中央博物館・宇進フィルム・韓国公報処
(映画のちらしより)