会報on-line 第53号
 『朝鮮半島 植民地支配の実態
』解説

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『朝鮮半島 植民地支配の実態』
  カラー 16o 28分

●作品の内容

 戦後半世紀近くたった今でも、日本と韓国・北朝鮮との間には未解決の問題が多く残されている。
 強制連行、従軍慰安婦、B・C級戦犯、サハリン残留者問題などである。そして、そのことの大きな原因として、今を生きる私達が、日本の朝鮮半島植民地時代になにがあったのか、その歴史的事実を正しくみつめようとしないことから起きている。
 1910年(明治43年)日韓併合により、朝鮮半島の本格的植民地支配に乗り出した日本は、まず土地調査事業により土地を奪い、皇民化教育により言葉を、そして創始改名により名前さえも奪った。一部には、日本の植民地政策のおかげで、朝鮮の近代化が促進されたという意見の人もいるようだが、朝鮮の人々の民族性を完全に
否定した植民地支配は、何らその言い訳にさえならないであろう。
 この作品では、北海道宗谷郡猿払村の浅茅野飛行場跡や、北海道美幌炭鉱跡、長野県松代大本営の地下壕などの取材や証言を通して、今も日本各地における戦略基地としての朝鮮半島の位置付けと、戦時体制下での労働力の収奪という強制連行の意味を明らかにします。また韓国の映像では、KBSの協力をもとに、未だサハリンに行ったまま行方の判らぬ肉親を捜す離散家族の姿と、老人ホーム「愛の家」に寂しく暮らすサハリンからの帰国老人の証言を中心に、強制連行の悲惨さを訴えます。
 それと同時に、関東大震災における朝鮮人虐殺という歴史的事実が端的に示す、在日の人を始めとする朝鮮半島の人々への、日本人が持つ差別と偏見の意識は、実は歴史の中で培われてきたことを浮き彫りにします。

●制作ノート

 韓国での撮影中のことです。
 李王朝の宮殿である景福宮で撮影を行っていると、チマチョゴリという韓国の民族衣装を着て売店の横に座っていた一人の老婆が、スタッフの一人に話しかけてきました。ハングル語の判らないそのスタッフは、身ぶりで喋れぬことを相手に伝えようとしたところ、その老婆は意外にも「私、日本語わかります。私日本人です」と、答えたのです。
 彼女の話によれば、太平洋戦争で日本が敗れた翌々年の1947年に、彼女は韓国の男性と結婚し、こちらへ移住してきたとのこと。10年前にご主人に死なれ、今はソウル市内で一人で暮している。韓国へ来て以来一度も日本に帰ったことはなく、45年以上もの年月が過ぎてしまった。日本に帰っても、もう身寄りさえ残っていないと言う。こうして毎日ここへ来ては、日本人観光客と話をするのが唯一の楽しみだと言う。元気で長生きして下さいと声をかけ、私達はその老婆と別れました。

 その三週間後、私達スタッフは長野県松代におりました。松代大本営の地下壕を撮影するためです。その時、突然あの韓国の老婆の言ったことが思い出されたのです。
 「私は長野県松代の出身です。そこで韓国人の夫と知り合い、結婚して韓国へやって来たのです」
 この松代大本営建設には7000人以上もの朝鮮人が狩り出されている。ひょっとして、彼女の死んだ夫とは、この大本営建設の関係者ではなかったのか。偶然にしては、余りに出来過ぎた話だ。今も、あの老婆は景福宮の売店の横に座り、日本人観光客を待っているのであろうか。
 歴史の渦にのみこまれた人間は、いたる所にいるという想いを改めて感じたのです。

 スタッフ

 制作  東映株式会社教育映画部
 企画    岡田 順徳
 脚本・監督 中津 義人
 撮影    川田 秀明
 録音    栗林 豊彦
 照明    田久保 剛
 音楽    杉田 一夫
 ナレーター 下條アトム

 協力

 韓国民俗村・韓国独立記念館・外務省外交資料館・国会図書館・韓国映画振興公社・
 KBS(韓国放送公社)・浜頓別高校・気象庁・松代地震研究所・韓国文化財管理局・
 イメージユニオン・韓国国立中央博物館・NHK・呉充功・宇進フィルム・韓国公報処

                           (映画のちらしより)

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