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会報on-line 第99号
「コリアキネマ百回」その2
【特集】コリアキネマ百回を振り返って〔全3回〕
その2・ちょっとした苦労話
さて、前回はコリアキネマ倶楽部を始めた頃の話だったが、今日はその後のお話。
昨年2008年1・2月号の「ウォロ Volo」という雑誌にコリアキネマ倶楽部の紹介を書かせて
いただいた。この雑誌は大阪を拠点とする市民活動ボランティアの情報誌で、編集委員の konogoro
こと村岡さんが倶楽部に関心を持ち、「共感シネマ〜銀幕に集う市民たち」という特集を組んだ時、
私にも一筆、短文を書かせてくれた。
その記事は次ページに載せておくが、内容は今まで続けていて良かったこと、感動したことが中心だ。
そこで今日は今まで苦労したこと、大変だった話を書いておく。
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長い間やっているといろいろトラブルがあるもので、フィルムを切ったり映写機を壊したりしたことも時々あるし、上映時刻や会場予約の支障などもたびたびあった。
なかでも大変だった時のことを2、3挙げておこう。
昔は職場が北区にあり、近くの王子駅前の「北とぴあ」で上映をしていた。借りたフィルムは朝に職場に運び、仕事が終わってから夜の上映会に出かける。ところがある時、フィルムを入れた部屋の鍵を、同僚が施錠してそのまま鍵を持って帰ってしまったことがあった。その同僚と連絡もつかず、上映時刻は迫る。やむなく、後で弁償することにして、部屋のガラス窓を破り、手を伸ばして内側から部屋の鍵を開けた。ところがその時、手を切って血がダラダラ……上映時刻には間に合ったが、痛い思い出だった。この時のフィルムは「霧の村」だったが、上映中フィルムが絡まり出し、よほど因縁らしい。
その後、職場が転勤で郊外になり、今度は「文京シビックセンター」を借り始めた。どうせ職場が遠いから、思い切って上映会場は都心にしようと考えた。ところが今度は職場から遠くて、しばしば遅刻しそうになった。私は雨男なのか風雨に襲われることもあり、一度は台風が接近する中、中央線で私が通過した直後に電車が運休、間一髪で上映には間に合った。「その年の冬は暖かかった」は雪景色から始まる映画だが、二度上映して二度とも大雪。そのうち一度は「今日はほんとに上映やるんですか」と問い合わせ電話がかかってきたほどで、雪をかき分け開場したがお客が2、3名しかいなかった。
映写機のトラブルに泣いたこともあった。「人間になるために」を上映した時は、ちょうど文京区の文化祭が重なって、映写機がすべて借り出されていた。残っていた一台は形式が通常のものと違う古いタイプのもので、いざ当日借りてはみたが使い方がわからない。悪戦苦闘するうちに、上映時刻が三十分、一時間と過ぎていく。お手上げとなって事務室と掛け合ったら、倉庫の奥から一台通常のタイプを出してきてくれた。(それなら最初から出せ!)と思ったがとにかく上映を始めた。ところが今度は終了時刻がセンターの閉館時刻を過ぎて、係員と警備員が激怒。内線電話が度々かかってくるのをなだめすかしつつ、なんとか最後まで上映したが、出入禁止になるかと恐れた。
そんな苦労をした時、アンケートで「ダンドリが悪い」と書いたお客さんがいた。そんな一言はこたえるものだ。(会場費もすべて自腹で無料で善意でやっているのに……)もうやめようかとも思った。けれど、大多数のお客さんは一時間以上遅れても辛抱強く待ってくださり、感謝してまた来てくださる。それに励まされ続けることができた。
この「人間になるために」も因縁のフィルムで2度目の上映の時もトラブルが起きた。なんと当日、会場に行ったら、別の団体がすでにいる。実は、予約日を間違えたのだ。日程違いはこの時だけだが、せっかく土曜夜に来てくれたお客さんに申し訳なかった。他の部屋もその日は満杯で結局、翌日の日曜に上映した。来てくれた方は数名だったが、ありがたいことだった。こうした苦労話も、過ぎてみればみな懐かしい思い出だ。