2004/10/10〜10/16 九州の旅

 

日記風に進めていきたいと思います。

レポートは順にアップしていきたいと思いますのでよろしければご覧下さいませ。

できるだけ早めに完成させたいと思います。

 

連続休暇の週がやっときたので、九州に行ってみることにしました。10/9〜10/18が休暇です。

休暇の日は前々から決まっていたので、どこへ行こうかずっと悩んでいたのですが、

結局1ヶ月前になっても行き先が決まっておらず、

海外だったらそろそろ決めなきゃとあせっていました。

プラハに行きたかったのですが、海外は両親のストップがかかり、

あとは北海道か九州で悩んでいました。

北海道でも良かったのですが、道内は公共の交通機関を使って巡るのは難しいとのことで(私は車の運転に全く自信がない)

残る選択肢は九州ということになりました。

九州へは福岡しか行ったことがないので、他の県はどんな所かな〜と気になっていたので、よい機会と思い行ってみることにしました。

10月の半ばなんて中途半端な時期に1週間も休みのとれる友人もおらず、結局一人旅に…

ま、日本だしいいか〜と思っていたら、意外に周りの人に驚かれた!

職場の人に「連続休暇はどこかへ行くの?」と聞かれたので「九州です」というと

職場の人「誰と?」、私「一人で…」、職場の人「えー!一人旅?信じられないぃ」とのこと。

支店長にはたまたま休暇直前の日に「九州へ行ってきます」

と申し上げると、周りの人が「一人で行くらしいですよ」と支店長に言ったから、

私が帰った後で、「何かあったら人事管理責任を問われる…」とビクビクされていたそうです。

(本当に何もなく帰ってこれてよかったです)

そんなこんなで10/09に夜行バスで大阪から長崎へ向かったのでした。

 

10/10長崎

長崎には路面電車が走っていて、それを使って長崎観光をすることにしました。

まずは平和公園。

長崎原爆資料館へも行きました。

なぜアメリカは日本にふたつも原爆を落としたのでしょうか。日本人として怒りを覚えます。

続いてシーボルト宅跡とシーボルト記念館に行きました。

 

シーボルトの開いた鳴滝塾で、シーボルトは門弟に医学を教えながら、

門弟に日本の民俗学や歴史や産業のレポートを提出させて、日本の調査研究を進めていったらしいです。

シーボルト事件でシーボルトが国外追放を申し渡された時、妻滝と娘いねの世話を門弟の一人二宮敬作に頼んだそうです。

幕末の維新側軍師・大村益次郎は宇和島で二宮敬作と交流があった時、いねを紹介されたそうです。

歴史ってドラマチックですよね〜

お次は亀山社中です。

 

亀山社中は、ぐるぐるとした長崎の坂の中腹にあります。

亀山社中跡は資料館になっていて、竜馬や幕末の志士達の写真が展示されていました。

右の写真は竜馬のぶーつと長崎の街並み。

竜馬は日本で初めてブーツをはいたらしいです。竜馬はかっこいいです。今でも人気者です。