(有) 太鼓センター ひろしま
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そのQ「もうすぐ20周年の巻」



暖冬の冬から一年が始まり、夏は記録的な“猛暑日”が続き、
“そんなのかんけいねぇー”などが流行語になった2007年がもうすぐ終わろうとしています。
せっかく定着し始めた学校でのゆとり教育“総合学習”が、また元にもどされるように提言されています。
残念な気持ちです。

太鼓センターひろしまは、京都の太鼓センターのネットワークとして仕事を始めて
来る2008年に20周年を迎えます。
市町村の隅々に太鼓グループが誕生していく時代と偶然かさなり、
数々のグループの誕生や活動に立会い関わらせていただきました。
人間の歴史が営々と続いていく中のその一瞬に、
その時代のひとつの文化を形成していく仕事を担えた事を誇りに思っているところです。

今年は、冒頭の他に“賞味期限の偽装表示”
“政治家・官僚・企業の癒着や汚職”の事例に枚挙の暇が無いひどい一年でした。

今、表向き売れれば良い、安ければ良いという考え方が世の中を支配し、
肝心の中身の事が置き去りにされています。
不況の中、それはそれで仕方のないことかもしれませんが、
商売とはいえ、私たちは文化を創造し担う仕事をしていることを忘れてはならないと考えます。

意見を詳細に言うと関係者に差しさわりがあるかもしれませんが、
私が大事だと思う事は、“一人はみんなのために、みんなは一人のために”の共生の精神と、
地域の地場産業・自国の産業や文化を大事にし、
併せて他国の産業・文化も認め尊重する態度・精神ではないかと思います。
和太鼓の文化・太鼓という楽器は、長い歴史・時間をかけて創りだされた日本人の大事な所産であるはずです。
そこの点を軸にした太鼓関係者の事業展開を切望するところです。
“トウモロコシだー、大豆だー!”で熱帯雨林が急速に消えていることに象徴される様に、
環境問題にとどまらず全ての事において「循環」が誰かの都合で壊されていると危惧します。
本当に豊かな文化や国をつくり残していくために、自分の足元から見直したいものと考えます。

さて、太鼓センターひろしまも、もうすぐ20周年です。
どうしたら感謝の気持ちを皆さまに届けることができるか思案中です。
もうひとつ、来年1月中に事務所を移転いたします。
今よりは少し不便な場所になりますので立ち寄りにくいかもしれませんが、
その分私の方から出向きますので、今までと変らず宜しくお願いします。
皆さま良い年をお迎えください。





                                   (2007/12/6記)



そのP「中西実講演会“人間ってすばらしい”の巻」



春分の日、西区草津の「教専寺」にて中西実講演会が開催された。
こちらのお寺では、様々な人の縁によって、これまで中山譲コンサート、ナターシャ・グジーコンサートが開催された。
各地で講演されている中西実講演会には、かねてから行きたいと思っていたが、今回やっと念願かなった。
京都の現職小学校教師の中西先生。
担任している子ども達の生き生きと変化・成長していく様子や、
家庭での子どもとの関わり方・親のあり方や、中山譲・教専寺との出会いと生命のことについて、
「歌声」「感動」「笑顔」をキーワードに、とつとつと、楽しく、歌を織り交ぜながら、自然体で語るお話しに、
檀家のお年寄りも私も、すっかりと引き込まれてしまった。
お題は、「人間って、すばらしい!」
お話しの詳しい内容については、彼の著書「笑顔あふれる子育てのひ・み・つ」(かもがわ出版)を是非読んで頂きたい。
講演会の後求めた本を一気に読んで、何故か温かい涙が溢れてきた。
子ども達への限りない応援歌として、一つ一つの実践が綴られている。

実は、彼は、私の大学時代の同級生、親友、歌仲間。
肩を組んで誰はばからず、本通りや山で大声でよく歌った。
1969年入学は、大学紛争の只中。
私たちは頭でっかちで、怖いもの知らず。
世の大人たちに数々の暴言に近い言葉を吐いていたことと思う。
明けても暮れても歌ばかり。今の仕事と同じ様なことをやっていた。
市内の大学・寮の歌のサークルには、ことごとく顔を出しお節介をやいていた。
私達の人生は、この4年間で方向付けられたといっても過言でない程充実した、生活は貧しく、心は豊かな時間だった。
卒業式の前夜、まだ余り強くない酒で祝杯をあげたことが、昨日のことの様に思われる。
それからは、それぞれの人生なのだが・・・。
往時と何ひとつ変わらない、素敵な、中西くん、中西先生に再会できて、本当に嬉しい一日だった。




                                   (2007/3/28記)



そのO「U先生から二人のけんちゃんへのエールの巻」



少し肌寒さの残る2月末日、私達のグループは東広島市内の中学校の「さくら学級」へ演奏に行きました。
その日は、U先生にとって、待ちに待った最初で最後の、とても大事な日だったのです。
U先生は、「さくら学級」というかわいい7人の障害児の先生の一人で、
その中でも、二人のけんちゃん(ダブルけんちゃん)の成長を先生として小学校時代から見守り、一緒に歩んできたのです。
太鼓や歌が大好きなダブルけんちゃんを、U先生はいろんな所に連れて行き見せてやっていました。
そのダブルけんちゃんも3年生で、いよいよ卒業間近になっていました。
U先生は、彼らの成長が本当に嬉しくて、タブルけんちゃんをいよいよ「大海」にあずけるにあたり、
最後に心からのエールを送りたかったのだと思います。
“すみません、すみません!”と言いながら、U先生も所属する私達のグループに演奏を依頼しました。

その日の演奏交流会は、演ずる人、観る人がほぼ同数という、とっても熱くて濃いステージになりました。
目をキラキラさせて見守ってくれる子ども達に、私達の気持ちも演奏も最高潮にさせられました。
お返しに「さくら学級」の先生・子ども達も3曲を演奏してくれました。
その演奏は、彼ららしい「オリジナル曲」で、清々しく自信に満ちていました。
その演奏を観ながら、私達はU先生とけんちゃん達のこれまでの日々に思いをはせていました。

片づけを終えて戴いた、心づくしのクッキーとプリンの味を、私たちは一生忘れないでしょう。

「さくら学級」の皆さん、ありがとうございました。
けんちゃん達、これからも頑張って下さい。
U先生、本当にご苦労様でした。




                                   (2007/3/2記)



そのN「ふれあいの広場 広響マーガレットコンサートの巻」
(障害者と広島交響楽団のジョイントコンサート)


このコンサートは、
ひろしまフラワーフェスティバル「ふれあいの広場」(マーガレット広場)25周年記念事業として企画され、
2005年12月に第一回を、今年2月に第二回目となるコンサートとして開催された。
「ふれあいの広場」の精神を発展させた新しい企画として、たくさんの聴衆も集め、
当初の目的を達成する内容として成功裡に開催できた。

地元プロオーケストラと、合唱・和太鼓の共演。
広島市の助成を得ての、私達にとっては願ってもない企画・催し。
広島市と広島交響楽団のメンバーの方々の熱意・理解と、
障害をもった仲間たちのエネルギーが一つになり、
ある意味不可能にも思われたものを可能に出来たステージになったと思う。

オーケストラの深い音色に包まれての合唱・和太鼓の共演は心地良く、
結果としてはとても楽しい素敵なものとなった。
それは、ひとつには各グループの指導者たちの地道な努力と熱意、
さらに大変な事を結果としてやってのける仲間たちの計り知れないエネルギーの成せる事だと思う。

さて、和太鼓の取りまとめ役を任された私の率直な感想はというと、
コンサートそのものはとても楽しかったのだが、
自分自身の感性・能力不足も相まって、何かしら“消化不良”“やり残した”という思いを
未だに否定出来ないでいる。
それが何なのかは、今後の課題にしたいと思っている。

今後について思うことは、
障害をもった仲間たちが、
いわゆる既成のものに合わせなければならないというストレスをなるべく減らした内容で、
障害に添った本領発揮の出来る企画内容を考えなければと思っている。
そのあたりを出演された関係者の人たちに聞きたいところである。

来年度の第三回目も楽しみにしている。



                                   (2007/2/20記)

そのM「まぶしいインストラクターの巻」


市内のあるフィットネスクラブの若きインストラクターが、4月のある日、太鼓の練習場に顔を出しました。
店の記念イベントで和太鼓を発表したい!!その日の練習を観て体験して、益々やる気になって帰っていきました。

それからの彼女は、社内の承諾を得るためのあらゆる努力を惜しまず、ついに5月からの練習にこぎ着けました。
絶対にやり遂げるという強い意思を持った若者6人との8回の練習は、毎回3時間打ちっぱなしの修行の様な練習。
演目も彼らに相応しい、打ち込み系・体育会系のもの。所作も飛んだり跳ねたり!の見所満載。
練習は、私が引っぱったというよりは、彼らのエネルギーに私が引き出されたという感じ。
日頃、生ぬるい練習をしている私は、久々に豆だらけの手になってしまいました。
身体もガタガタ!整体の世話にもなりました。
しかし、毎回の彼らとの練習が楽しみでなりませんでした。
さて当日の発表は、如何に??

ハレの舞台のために、本番直前より化粧をし、さらしを巻き、気持ちを高めていきました。
“楽しくをテーマにやろう”のリーダーの声。
本番は、私が一番緊張していました。
しかし、若者6人は、「決意」を持って、やり抜きました。
やり終えた姿は、実に清々しいものでした。



                                   (2006/7/8記)

そのL「国府こども太鼓10周年記念コンサートの巻」


1996年府中市のあさひ児童館に児童健全育成事業のひとつとして「国府こども太鼓」が誕生しました。
結成当初は小学4年生以上の7名でのスタートでしたが、この間80名近くの子どもが参加し、
今回は26名で10周年記念コンサートを開催しました。
私も誕生から関わってきましたが、ずっと寄り添っていた訳ではありません。

今回コンサートスタッフとして参加しましたが、10年の重みを感じて内心とても緊張しました。
メンバーの大半は入会間もない子ども達でしたが一生懸命先輩達について力を合わせて演奏していました。
先輩達の演奏には万感せまる力強さが備わり、その成長振りに目を見張りました。

特にアンコール演奏で、唯一10年選手の前リーダーのY君のソロを聴きながら、
彼の後輩を看る優しさや10年間の成長振りを感じ、込み上げてくるものがありました。
国府子ども太鼓、備後国府太鼓、さらには踊る国府太鼓とのドラマチックなこの10年間の関わりを思い出しながら、
コンサートでは言葉に表せない心が震う感動を子ども達の演奏からもらうことができました。
子どもというのは、いつでも自然体で、言い訳をしないで、
良くも悪くも率直に思いを表現してくれるものだと改めて感じました。

コンサートのもう一つの感動の要因は、彼ら子ども達を支えた大人達の存在です。
府中市をはじめとする公的機関の支えに本当に感謝すると同時に、
この10年間毎週毎週の練習を支えて頂いた皆さまです。
指導に携ったSさんを中心とする備後国府太鼓のメンバー、
そしてあさひ児童館の先生方、ご父兄の皆さん、本当にご苦労様でした。
この間のご苦労は本当にかけがえのないものです。
共に今回の喜びを分かち合いたいと思います。

最後に、ゲスト出演の「鼓天童子」の皆さん遠くからありがとうございました。
楽しそうな演奏を皆んなワクワクしながら観ていました。これからの互いの交流も楽しみです。


                                   (2006/3/26記)


オープニング「基本打ち」(よみうり府中提供)



「三宅太鼓」(よみうり府中提供)



ゲスト鼓天童子と(あさひ児童館橘高館長提供)



そのK「わだいこ発表会!の巻」


出会いや別れのこの春の日に、ある太鼓クラブの最初で最後の「わだいこ発表会」が開催されました。
その会を導いてこられた先生の送別も兼ねた催しでした。
クラブの終わりも、先生とのお別れもとても辛く悲しい事なのですが、
発表会は手づくりで、とても温かい楽しい会になりました。
何より太鼓クラブの子ども達のこの一年間の成長振りは、本当に目をみはるものがありました。
それが大人達の心に温かいものを届けてくれたのだと思います。
一人一人が無限大の可能性をもっている子ども達を、
これから大人達がいかに導き引き出してあげられるのかを考えさせられる会にもなったのではないかと思います。
それにつけても、これまでの人生の時間の全てを子ども達の為に心血そそがれた、
きびしく温かい眼差しの先生に大きな大きな拍手です。
ゆっくり休まれて、またいつの日か子ども達の希望の星として輝いて下さい。
太鼓クラブを指導されたOさん、お疲れ様でした。
子ども達と一緒に成長し歩んで来られたと感じました。


                                   (2006/3/12記)


そのJ「宝物をまたひとつ!の巻」


11月6日グリーンアリーナで開催された
「日本のうたごえ祭典inひろしま・ヒューマンフェスタ・プロローグ」の『生命の詩』のステージは、
「大蛇の舞」が道川神楽社中の大蛇10頭と神楽笛の福原一闔=A
「和太鼓」が122台16グループ158人の参加者で、
そのステージ演奏は多くの人たちに深い感動を伝える事が出来ました。
神楽・木遣りの“芸能”と参加者一人一人の“生命の輝き”と“ヒロシマのねがい”が
一つに束ねられた内容になったと確信しています。

今回の企画・構成の発端は、2002年の「打ちならそう夢太鼓こんさーと」と2004年の
「第7回ともだちコンサート」での今福優氏との『もみじ舞太鼓』(130人)の実践にありました。
二つのコンサートでは、もみじ作業所の夢と今福さんの和太鼓への思いが一つになり、
もみじにとっても、今福さんにとっても新しい挑戦でした。
それらの実践の上に、ヒューマンフェスタ・プロローグの企画の中心は今福さんしかないとお願いし
快諾を得ました。
最初に彼が語ったステージのイメージを聞くだけで、これだと事務局の誰もが唸った次第です。

本番までの取組みでは、今福さんが何度も広島に足を運び本当に情熱的で真摯な指導を貫いてくれました。
今回何のために演奏するのかという彼自身の強い思いを参加者に繰り返し語ってくれました。
さらに参加の子ども達のやる気を一生懸命引き出してくれました。
それに応えて子どもの指導者も他の参加者も本気になりました。
まさに今福さん自身が一人の太鼓打ちとしてプロとして、生命をかけて取り組んでくれたのです。

今回のそんな取組みと練習での数々のドラマをそのままグリーンアリーナにもっていけば、
本当の「生命の輝き」のステージになるに違いないと確信できる取組みでした。

本番は、まさに度肝を抜く、強烈すぎる程の圧巻。
観る人たちの感動もさることながら、参加者一人一人から「投げ出さないで取り組んで良かった!!」と、
子ども達を日常的に指導している先生方からは皆一様に「子ども達に二つとない
素敵な体験をさせてあげることが出来た事が大きな喜びだ!!」と言って頂いた事が、
主催者の一人として私には何より嬉しいことでした。

祭典の取り組みでたくさんの素敵な人たちに出会えて、素敵な宝物をまた一つもらいました。


                                   (2005/11/28記)







そのI「太鼓グループ“たつのこ”の巻」


今年も“たつのこ”たちの輝く季節がやってきました。
16年前“たつのこ”は広島市西区己斐中町ふじハイツに誕生しました。
現メンバーは4名。
それぞれが大学生・社会人でちりじりバラバラなのですが、毎年7月のふじハイツ夏祭りには必ず帰ってきます。
祭りの前日、年に一度の練習を行いました。今年は思いがけず嬉しいことがありました。
練習場所近くの小学生2人が何気なく見学?にきたのですが、メンバーが本当に優しく優しく太鼓を教えた甲斐あって、
祭りに出演することになったのです。
私はかつてあんなに優しく丁寧に指導しただろうか?と反省しきりで観ていました。
練習は、演奏曲だけでなく新曲も時間をかけてやりました。
いつものことながら練習で「あーしよう!こうしよう!」とかけあいまんざい花まんかい!本番が楽しみでなりません。

さてお祭り当日、楽屋には真っ赤な法被に包まれた小さな可愛い「たつの子2人」。
(現在のたつのこは法被がかわっています。)
少し緊張した面持ちで出番を待っている2人を見て、私の心もタイムスリップ。ニューメンバーの飛び入りで
司会者や観客からはいつも以上の大きな期待受けて、ハラハラドキドキのとても楽しい演奏が出来ました。
誰もが一昔前の「たつのこ」と重ね合わせて観ていたことでしょう。
たつのこの出番は演奏で終わりではなく、続く盆踊り・ビンゴゲーム・ミニ花火大会の司会・進行・スタッフ役と
後片付けまで休む暇なしの大活躍。
司会の類まれな話術で祭りは楽しく最高潮に盛り上がっていきます。
私はただビールを飲みながら、彼らの成長振りを誇らしく嬉しく思いながら見守っていました。


                                   (2005/7/24記)



そのH「紅梅保育所ぞう組さんの巻」


三原市にある紅梅保育所の年長「ぞう組」さんの和太鼓の練習が今年度もスタートしました。
通いはじめて今年4年目になります。
この保育所では、年中さんが民舞、年長さんが和太鼓ということで近年取り組んでいます。
年少の時から年長さんの太鼓を見てきた新米年長さんは、
もう太鼓がやりたくて始まる前から目がキラキラしているのです。

この保育所には障害をもった子どももたくさん通っています。
太鼓の練習に私は月1回だけ伺っています。
午前中が年長さんの練習、午後が先生達の練習です。

昼時間は、美味しい給食をいただいた上に、なお2時間も私は特別室で休憩タイム!昼寝をしようと自由なのです。
でも、その2時間の大半、特別室の訪問者が絶えないのです。
その訪問者とは、年長さんで時には年中さんも来ます。
特に用事がある訳でもなく、一人一人が色々な話しをしてくれて帰っていきます。
中でも、自閉症のSくんが私の手を引いて遊びに誘ってくれたことには驚きと感動をおぼえました。
(彼は太鼓にもチャッパにも関心を示してくれて、彼なりに参加してくれています。)
常日頃私をこんなにかまってくれる人はいないだけに、練習と同じくらい、
この休憩時間は私にとって至福の時間になっています。
先生達ごめんなさい!私だけ、いいとこどりで。
今年も楽しいことがいっぱいありそうで楽しみです。


                                   (2005/6/24記)



そのG「備後国府太鼓の巻」その一


先日、NHKテレビの新番組「発見ふるさとの宝」(毎週火曜日23時15分より放映)の収録に立会いました。
場所は広島県備後の府中市。府中市といえば「箪笥(たんす)」、
そして備後国府太鼓が世界に誇る!?四角い大きな重たい「箪笥太鼓」
(開きが大太鼓、引き出しが小・中太鼓になっている)。

この収録のお陰で、作曲・指導者のひがしむねのり氏や国府太鼓創立当初のOBメンバーも大勢集まり、
この日はさながら同窓会へと次第に変化していきました。(打ち上げは早朝まで続きました。)
収録は4時間近くかかり、箪笥太鼓や国府太鼓を愛するメンバーひとりひとりの思いを、
ディレクターの手によってえぐり出されました。
さて、どの様に放映されるのでしょうか?放送は6月14日の予定です。

備後国府太鼓は、市制施行40周年を記念して1993年7月府中市がメンバーを公募して誕生。
翌1994年3月そのハレの日にデビューしました。
その年と1997年の二度、ひがしむねのり氏率いる「風流打楽“祭衆”」とのジョイントコンサートを
文化センターホールを満席にして成功させました。
備後国府太鼓の衣装は、地場の伝統を活かした「備後絣」の袢天。
オリジナル曲「三室八艘」(みむろはっそう)を打つメンバーの姿は鯔背(イナセ)で、粋(イキ)を感じます。
もう一つチームの自慢は、何といっても有田リーダーの人間味と備後府中弁とノド。
いずれも甲乙付けがたいのですが、やはり有田氏の「八木節」の口説きは誰も真似の出来ない絶品で引き込まれます。
備後国府太鼓にも、次代を担う「国府こども太鼓」が1996年に誕生しました。
そして「ロークソーラン」が全国的に大ブレイクしていく直前の1999年に
オリジナル曲「なんでも鳴子」(折田栄子作曲)を制作し「踊る国府太鼓」が誕生していきます。
その辺のお話しはいつかまた!!

                                   (2005/5/21記)




ひがしむねのり氏提供






そのF「日浦祭太鼓5周年太鼓フェスタの巻」


先日の4月3日に日浦公民館にて「日浦祭太鼓5周年!太鼓フェスタinあさひが丘」が開催されました。
ご案内をいただき伺いました。
出演は、浅田三恵子氏指導の3チームで、今年5周年の「日浦祭太鼓」(日浦公民館にて活動)と、
「井口浄太鼓」(井口公民館)、「五城太鼓」(五日市中央公民館)と、他に「和太鼓サークル如月」でした。
 浅田三恵子氏は、マリンバ奏者で、「広島ジュニアマリンバアンサンブル」の主宰者であり、
他にも多くの教室を持っておられ後進を指導・育成されています。
その多忙な浅田氏が、持ち前の元気で「和太鼓」のすそ野を広げるべく、グループ指導を精力的に行っておられます。
その事に驚くとともに、心から敬意を表したいと思います。
 演奏を聴いていて、それぞれのグループが地域に密着した活動をされていることがうかがえました。
どのグループも初々しい演奏で、子ども達も輝いていました。
長く太鼓をやっている者がともすれば忘れがちな初心を、このフェスタが観る者の心に呼び覚ましてくれました。
今日の様な横のつながりを大事にして、今後の益々のご活躍を祈ります。
5周年おめでとうございました。
 


                                   (2005/5/13記)



そのE「送別会・・Wさん生涯現役ですよ!」


12月1日、和太鼓現役の、77歳の、私にとって大事な人の送別会に参加しました。
そこで、つくづく感じました。
男の悲哀や、人生のきびを。
彼を見送りながら、改めて、生涯現役でありたい!と思いました。
人の出会いや縁は、例え別れたとしても、永遠だという事も!
 


                                   (2004/12/1記)



そのD「沖縄への旅」


11月21日から23日まで、「2004年日本のうたごえ祭典inおきなわ」という全国の合唱の祭典へ行ってきました。
合唱だけではなく、開催地沖縄の芸能も随所にちりばめられ、沖縄を堪能できました。
沖縄は、いわゆる「和太鼓」という様式が入り込む余地のないほど、
エイサー・カチャーシーに代表される独特の太鼓や舞踊や三線の文化が根付いていて、心が躍りました。
コンサートのタイトル「いちゃりばちょーでー」は、沖縄の言葉で「出会えば兄弟」の意味。
今の時代、特別に心にしみわたりました。

さて、「2005年日本のうたごえ祭典」は、11月4日〜6日広島で開催されます。
特に11月6日(日)グリーンアリーナでの「大音楽会=平和音楽祭(仮称)」の中の郷土芸能のプログラムに、
和太鼓や民舞を愛する多くの皆さんのご協力が必要です。
企画が確定しましたら、改めてご案内します。どうぞよろしくお願いします。  


                                   (2004/11/24記)



そのC「ふれあい教室の巻」


「ふれあい教室」とは、学校に登校したくても登校できない状態にある
不登校児童生徒の社会的自立や学校復帰を支援しているところです。
2003年の昨年、安佐北区の「ふれあい教室・北」と中区の「ふれあい教室・中」から
和太鼓体験教室の講師を依頼されました。
2年目の今年も「ふれあい教室・中」に9月22日よりうかがっています。

 この教室は、私にとって初めての経験でした。
何も解らない私へのスタッフの皆さんの力強いフォローのお陰で、体験教室を楽しくすすめることができました。
子どもたちは、教室の準備・後片づけまですすんで協力してくれる様になってきました。
様々な事情を抱えながらも、根は心優しい子たちです。そして、スタッフの皆さん一人一人の一生懸命さと、
まなざしのあたたかさもまた印象的でした。

 先日の第1回目、昨年に引き続き今年また「再会」した子もいて嬉し悲しでしたが、
昨年よりも積極的に関わっている様に見受けられました。
休憩時間もずっと太鼓や鉦の音が鳴り響いていました。

 今彼らが抱えているものは余りに重たいのですが、
私はせめて集団の中の和太鼓を通じて「思いっきり楽しいという体験」をさせてやりたいと思っています。
この短期間の体験の成果は勿論大事なことなのですが、長い大きい目で見れば、
彼らがこれから様々なことを経験して大人になったある日ふと、
太鼓とともにほろ苦い今のことを思い出してくれればいいとも考えています。

 今年も、教室の子どもたちの「笑顔」を引き出せたらと思います。
2回目3回目の練習がとても楽しみです。

「すべての子どもたちに、元気と勇気と笑顔を!!」 


                                   (2004/9/28記)


そのB「老人保健施設せのがわ・Kさんの巻」


 9月10日の夜「老人保健施設せのがわ」を一年振りに訪問しました。
 9月18日の敬老会で、職員の太鼓「三宅太鼓」を披露するための練習です。

 そのリーダーのKさんは、健康福祉専門学校の時代、私の和太鼓の授業を受け、卒業と同時に今の施設に就職しました。
 以来8年間毎年の敬老会で太鼓を披露しているのです。

 卒業生が私の思いを受け継いでくれていることをとても嬉しく思います。
 学生時代のウル覚えの太鼓を、後輩職員に恥ずかしそうに一生懸命教えている、その姿がとてもまぶしいのです。
 今年も声を掛けてくれました。
 当日はきっと良い演奏が出来ている事でしょう!

 Kさん、今の姿を大事にして下さい。


                                  (2004/9/18記)


そのA「典悟くん・哲夫くんの巻」


 広島市の知的障害児施設で生活している、
 典悟(けんご)くんと哲夫くんの二人と、月1回2時間、太鼓の練習をしています。
 典悟くんはアメリカで、ダウン症の障害をもって生まれました。
 親が誰しもそうである様に、典悟くんのお母さんもこの子がいとおしく、
 精一杯充実した輝いた人生を送ってほしいと常々思っていました。
 そして、和太鼓をやらせてみたいというお母さんの強い思いが発端で、
 2003年3月8日から練習がスタートしたのです。

 途中5月10日から、同じ施設・同じダウン症の友達である哲夫くんも一緒に参加しました。
 この練習には、決り・法則・形が存在しません。
 毎回がセッションで、2時間近くガンガンに打ちまくります。
 同じ障害でも、二人の性格が全く違うのはおもしろいですね。
 典悟くんはとても人懐っこくスキンシップを大事にし、練習も結構仕切るタイプ。
 哲夫くんはおとなしく穏やかな大人の様な性格ですが、いざ太鼓を打ち始めると止まりません。
 歌を口ずさみ踊りながらいつまでも太鼓を打っています。

 私が練習途中に、浮気心で形にこだわり「こういう風にしようよ!」と提案すると、
 私の作戦は読まれ完全にシラケて、ソッポを向かれてしまうのです。
 そうなると、おだてたり、すかしたりと大変!
 でも、目と目があって気持ちが通じ合ったその瞬間は、本当に心地良いものです。
 二人とも20歳代なのですが、時に説教されている様な、大きな大人に見えます。
 形にこだわらず、思いのまま自由に打っている彼らこそ、「太鼓の達人」ではと思います。
 彼らの太鼓は何より雄弁で私に語りかけてくれるのです。

 ちなみに典悟くんのお母さんは、ステンドグラスのアーチストで、教室を開いておられます。
 教室の生徒さんの作品展を一度観に行きました。
 とても自由であたたかい作品ばかりでした。
 典悟くん、哲ちゃん、これからもヨロシクね!


                                  (2004/9/13記)

その@「あとう夢語太鼓・ジュニアの巻」


 8月29日夏休み最後の日曜日、今年早々全国的に有名になってしまった、
 あの山口県阿東町の「あとう夢語太鼓・ジュニア」の練習に行ってきました。
 会場の小学校は、5年前阿東町に初めて足を踏み入れて太鼓体験教室をしたところでした。
 とても懐かしく嬉しく思いました。4時間近く新曲練習をしました。
 たくましく、すがすがしい子ども達にふれて、私自身が原点に帰ることができました。
 ありがとうございました。

 子どもはいいですね。子どもの様に自由なイメージで太鼓は打ちたいものですね。
 子ども達を前にすると、教えることは何もないなとつい思ってしまいます。
 逆に、私達大人がしっかりしなければと、いつも思ってしまうのです。

 阿東町というまちは、本当に素敵なところなのです。
 その訳は数々ありますが私の一押しは、まちを囲む「山々」が何ともおおらかで、
 優しいところです。まるで、母の様な、故郷の様な。そこに住んでいる人たちもまさに同じ!
 是非訪問してみて下さい。おいしいものもたくさんありますよ。
 チームの皆さん、ジュニアたち、また伺います。


                                 (2004/9/7台風襲来の直前に記)