−古典の会 20年の軌跡−

振り返ると20年、年齢の若さ以上に芸も若かったわけですが、ただひたすらに情熱と意欲・使命感のみで突っ走って来たように思えます。

 今の年齢を考えますと、そろそろ熟成が始まって行かなければならない時、と言われそうですが、色んなことがただ単に分かってきただけで、力の無さを実感するのが実情です。

 古典は、言葉ではなかなかうまく言い表せないのですが、言いようのない面白さと、はてしのない深みを持っており,取り組み方によっては、そのままで現代に生きる人達にその良さが伝わり、理解してもらえるものであると確信しております。

 

発会時のメッセージ(第一回目のプログラムでの発起人の挨拶より)

 私はこれまでに色々な演奏に携わって参りましたが、曲に取り組むに際し,現代音楽においてさえ古典の心が必要ではないか、また進歩・発展はいずれ古典に回帰して行くのではないかと感じております。

 ただ単に古いものを伝えればならないというのではなく、本当の良さを感じ取り、それを表現することが大切であると同時に,それが私達の使命ではないかと考えております。

 しかしながら古典を演奏するためには、充分の技術とキャリアがその前提として必要です。

 今の時期(年齢)に「古典の会」を企画することはまだ早いということは充分承知しておりますが、ここでその時期を待つより、不十分でもより積極的に取り組む方が、早くそれに近づけるのではないかと思い、ここに第一回「古典の会」を計画いたしました。

 この会は私と同様、古典を大切に考え勉強している人達の参集により実現することができました。

 これからもこのような会を継続して参りたいと思っております。

何卒宜しく御指導、御支援を賜りますよう、お願い申し上げます。(田嶋直士)

 

演奏会の記

 

   第一回 198329日 茨木市福祉文化会館ホール

     新娘道成寺 (三絃)石黒織絵・吉村満知子(筝)香田律子

           (尺八)林 茂樹・米村彰仁

     産   安 (尺八)田嶋直士

     扇 の 的 (琵琶)田原順子

     鹿の遠 (尺八)林 茂樹・米村彰仁(音取り)田嶋直士

     四季の (三絃)菊知恵美子(筝)香田律子(尺八)田嶋直士

   第二回 19846月1日 労働会館(ピロティ)小ホール

     五 段 砧 (筝高音)石黒織絵・田中佐久子・富永澄子

           (筝低音)香田律子・辻本美鈴・堀志津子

     鶴の巣 (尺八)田嶋直士

     園 の 秋 (三絃)石黒織絵(三絃地)辻本美鈴(尺八)志村 哲

     た ぬ き (三絃本手)香田律子(替手)堀志津子

     残   月 (三絃)田中佐久子(筝)富永澄子(尺八)田嶋直士

   第三回 19855月17日 ピロティ小ホール

     ままの (三絃)富永澄江(筝)辻本美鈴(尺八)米村彰仁

     本 調 べ (尺八)米村彰仁

     虚   空 (尺八)田嶋直士

     四季の (三絃)石黒織絵(筝)田中佐久子(尺八)谷 泉山

     筆のあ (三絃)辻本美鈴

     尾上の (三絃)田中佐久子(筝)富永澄子(尺八)田嶋直士

   第四回 19867月9日 ピロティ小ホール

     新娘道成寺 (三絃本手)石黒織絵(替手)富永澄子

(尺八)田嶋直士

     楫   枕 (三絃)田中佐久子(筝)香田律子(尺八)谷 泉山

     夜々の (三絃)菊寺光治(筝)富永澄子(尺八)谷 泉山 

     磯 千 鳥 (三絃)香田律子(筝)石黒織絵(尺八)谷 泉山

     新 青 柳 (三絃)菊寺光治(筝)田中佐久子(尺八)田嶋直士

   第五回 1987529日 郵便貯金会館ホール

     楓 の 花 (筝高音)香田律子(低音)富永澄子

     けしの (三絃)石黒織絵(筝)田中佐久子(尺八)松村蓬盟

     尾上の (三絃)辻本美鈴(筝)香田律子(尺八)谷 泉山

     根曳の (三絃)田中佐久子(筝)菊寺光治(尺八)田嶋直士

     海人小 (三絃)富永澄子(筝)辻本美鈴(尺八)谷 泉山

     残   月 (三絃)菊寺光治(尺八)松村蓬盟

   第六回 1988527日 郵便貯金会館ホール

     み だ れ (筝本手)香田律子(替手)石黒織絵

     船 の 夢 (三絃)辻本美鈴(筝)田中佐久子(尺八)谷 泉山

     萩 の 露 (三絃)菊寺光治(筝)香田律子(尺八)田嶋直士

     末 の 契 (三絃)富永澄子(筝)石黒織絵(尺八)田嶋直士

     万歳獅子 八千代獅子 打ち合わせ(三絃)田中佐久子 菊寺光治

     七 小 町 (三絃)辻本美鈴(筝)富永澄子(尺八)谷 泉山

   第七回 19895月26日 郵便貯金会館ホール

     笹 の 露 (三絃)菊寺光治(筝)田中佐久子(尺八)谷 泉山

     竹 生 島 (三絃)辻本美鈴(筝)香田律子

     八 重 衣 (三絃)島田重弘(筝)富永澄子(尺八)田嶋直士

     松 竹 梅 (三絃替手)菊寺光治

           (三絃)香田律子・田中佐久子・辻本美鈴・富永澄子

           (筝) 島田重弘

           (尺八)田嶋直士・谷 泉山

   第八回 19905月28日 テイジンホール

     菊 の 露 (三絃)辻本美鈴(尺八)田嶋直士

     梓     (三絃)香田律子(筝)石黒織絵

     打波の (尺八)田嶋直士

     新 浮 船 (三絃)富永澄子(筝)田中佐久子(尺八)谷 泉山

     残   月 (三絃本手)島田重弘(替手)菊寺光治

   第九回 1991529日 守口文化センターエナジーホール

     末 の 契 (三絃)富永澄子(筝)島田重弘(尺八)田嶋直士

     若   葉 (三絃)菊寺光治(筝)田中佐久子(尺八)谷 泉山

     玉 の 台 (三絃)島田重弘(筝)香田律子

     四季の (三絃)田中佐久子(筝)石黒織絵(尺八)田嶋直士

     宇治巡 (三絃)辻本美鈴(筝)富永澄子(尺八)谷 泉山

   第十回 1992529日 エナジーホール

     吾妻獅 (三絃本手)菊原光治(替手)辻本美鈴

(尺八)谷 泉山

     石   橋 (三絃)香田律子(筝)富永澄子

     楫   枕 (三絃)辻本美鈴(筝)石黒織絵(尺八)田嶋直士

     西 行 桜 (三絃)島田重弘(筝)菊寺光治(尺八)田嶋直士

     千代の (三絃)田中佐久子(筝)香田律子(尺八)谷 泉山

   第十一回 19935月28日 エナジーホール

     御山獅 (三絃)富永澄子(筝)菊原光治尺八)谷 泉山

     ままの (三絃)石黒織絵(筝)島田重弘(尺八)田嶋直士

     吼     (三絃)辻本美鈴(筝)富永澄子

     夕霧文 (三絃)菊原光治

     夜々の (三絃)田中佐久子(筝)辻本美鈴(尺八)谷 泉山

     尾上の (三絃)島田重弘(筝)香田律子(尺八)田嶋直士

   第十二回 1994527日 エナジーホール

     萩 の 露 (三絃)石黒織絵(筝)田中佐久子(尺八)谷 泉山

     玉   川 (三絃本手)辻本美鈴(替手)島田重弘

     新娘道成寺 (三絃)田中佐久子(筝)富永澄子(尺八)田嶋直士

     若   菜 (三絃)富永澄子(筝)辻本美鈴(尺八)谷 泉山

     八 重 衣 (三絃)菊原光治(筝)香田律子(尺八)田嶋直士

   第十三回 1995526日 エナジーホール

     五 段 砧 (筝)石黒織絵(尺八)田嶋直士

     磯 千 鳥 (三絃)辻本美鈴(筝)香田律子(尺八)谷 泉山

     夕   顔 (三絃)石黒織絵(筝)菊原光治

     青   柳 (三絃)島田重弘(筝)田中佐久子(尺八)谷 泉山

     残   月 (三絃)菊原光治(筝)富永澄子(尺八)田嶋直士

   第十四回 1996524日 エナジーホール

     今 小 町 (三絃)富永澄子(筝)辻本美鈴(尺八)谷 泉山

     越後獅 (三絃本手)石黒織絵(替手)島田重弘

(尺八)田嶋直士

     秋の言の葉 (筝本手)香田律子(替手)富永澄子

     鶴の巣 (尺八)田嶋直士

     影 法 師 (三絃)辻本美鈴

     夜々の (三絃)菊原光治(筝)島田重弘(尺八)谷 泉山

   第十五回 1997530日 エナジーホール

     御山獅 (三絃)田中佐久子(筝)菊原光治(尺八)谷 泉山

     けしの (三絃)石黒織絵(筝)富永澄子(尺八)田嶋直士

     萩 の 露 (三絃)富永澄子(筝)辻本美鈴(尺八)谷 泉山

     青   柳 (三絃)島田重弘(筝)香田律子(尺八)田嶋直士

     吾妻獅     出演者全員

   第十六回 1998529日 エナジーホール

     西 行 桜 (三絃)富永澄子(筝)辻本美鈴(尺八)谷 泉山

     四季の (三絃)菊原光治(筝)石黒織絵(尺八)田嶋直士

     打合せ 夕辺の雲(三絃)辻本美鈴

         菜  蕗(筝) 香田律子

     笹 の 露 (三絃)島田重弘(筝)田中佐久子(尺八)谷 泉山

   第十七回 1999528日 エナジーホール

     ままの (三絃)島田重弘(筝)辻本美鈴(尺八)谷 泉山

     茶 音 頭 (三絃本手)香田律子(替手)田中佐久子

           (尺八)田嶋直士

     竹 生 島 (三絃)辻本美鈴(筝)香田律子

     磯 千 鳥 (三絃)菊原光治(筝)田中佐久子(尺八)田嶋直士

     千代の (三絃)菊原光治(筝)島田重弘(尺八)谷 泉山

   第十八回 20004月21日 エナジーホール

     打合せ  すり鉢 (三絃)石黒織絵・香田律子・田中佐久子

          れん木 (三絃)富永澄子

          せっかい(三絃)辻本美鈴

     嵯峨の (筝本手)富永澄子(替手)石黒織絵

(尺八)田嶋直士

     梅 の 宿 (三絃)菊原光治(筝)香田律子(尺八)谷 泉山

     桜   川 (三絃)田中佐久子(筝)菊原光治(尺八)田嶋直士

     尾上の (三絃本手)富永澄子(替手)辻本美鈴

(尺八)谷 泉山

   第十九回 2001年 5月18日 エナジーホール

     新 青 柳 (三絃)田中佐久子(筝)菊原光治(尺八)田嶋直士

     新娘道成寺 (三絃本手)石黒織絵(替手)田中佐久子

(筝)辻本美鈴(尺八)谷 泉山

     八 重 衣 (三絃)辻本美鈴(筝)富永澄子(尺八)田嶋直士

     融     (三絃)菊原光治(筝)香田律子(尺八)谷 泉山

   第二十回 20015月24日 エナジーホール

     御山獅 (三絃)富永澄子(筝)辻本美鈴(尺八)田嶋直士

     海人小 (三絃)石黒織絵(筝)香田律子

     萩 の 露 (三絃)田中佐久子(筝)石黒織絵(尺八)谷 泉山

     尾上の (三絃)辻本美鈴(筝)香田律子(尺八)田嶋直士

     残   月 (三絃)菊原光治(筝)富永澄子(尺八)谷 泉山

 

古典の会 二十回 に想う

石黒織

 第一回に出させて頂いたときは、まだ前途洋々の三十台でしたが、二十年の歳月はあと何年弾けるだろうかという風に、私を変えてしまいました。

 このかん、介護に明け暮れ、居眠りばかりして「もうダメか」と落ち込む私を励まし引っ張って下さった古典の会のメンバーに、そしてその程度の演奏を暖かく聞いて下さった沢山のお客様に、心より厚くお礼申し上げます。

 前途洋々は宇宙の彼方へ消え去りましたが、十年振りに藤井先生のお稽古場に復帰出来、気を引き締めております。

過ぎ去った時間は取り戻せませんが、弾けることに感謝し、いつも客席でお聴き下さった菊原初子先生のお心のこもったお言葉を糧に、古典の会のメンバーにくっついて、楽しく演奏し続けたいと存じます。

 これからも暖かく且つ厳しく御指導の程、宜しくお願い申し上げます。

 

菊原光

 私が「古典の会」の仲間に入れて頂きましたのは、第三回目からでございました。それまでは初子師匠の下、古典一筋の世界で、他の流派の方々との交流の少なかった頃、どれ程、勉強になったことでしょうか。

 唄の違い、寸法の違いを頭に入れての合奏は恐ろしい反面、楽しくもありました。また、最初の頃は、無事に弾かせて頂く事のみに集中して演奏をしており、曲の持つ味わいや,「心」まで到達する余裕がなかった様な気がしております。

 五十歳も半ばに達しこれからの「古典」の演奏は、自分の想いが「曲」に表現出来る、そんな演奏を目指して参りたいと存じます。

 これからも、この「古典の会」への変わらない御支援をお願い申し上げます。

 

香田律

田嶋直士氏より、“暗譜で古典を勉強しよう”とお誘い頂いたのが二十年前。

 若い頃は暗譜に慣れていない為か、追い詰められて吐き気をもよおすような時もありましたが、恐さ知らずの気力と体力で切り抜けてきました。

 今はそのどちらも衰えましたが、親師匠だけでなく、同年代の仲間の芸への真摯な姿勢を身近に感じる事で、今日まで引っ張って来て頂けたような気がします。(仲間と呼ばせてもらうにはおこがましい位、先輩ばかりですが。)

 私が親師匠を亡くし途方にくれていた時も、この仲間が一緒に泣き、そして叱咤激励してくれました。また去年、この会をずっと応援して下さった菊原初子先生がお亡くなりになりました事は、メンバー全員にとりましても、本当に悲しい出来事でした。毎回御来場下さり、私達他派のものにも暖かく御指導、御支援頂きました。下合わせの折“ちょっと聞かせてもらいまひょか”と前に座って頂いた時は、舞台と同じ位緊張しました。“舞台の上で喧嘩したらあきまへん。仲よーしなさいや”。ずっとこのお言葉が耳に残っています。(合掌)

 毎日の練習も舞台の上も孤独ですが、それを分かり合える仲間と音楽出来る事は、とても幸せな事です。

 私の演奏が未熟な為、聞いて下さる方に、古典の良さをなかなかお伝え出来ないのですが、演奏している私自身は古典が本当に楽しいし、おもしろくてしょうがないのです。“うわァーこの曲すごい、やっぱりこの検校さん天才やわァー”。年はいっても相変わらず楽しい「古典の会」の仲間と、この面白さを教えて下さった諸先輩に感謝、感謝です。

 

田嶋直

 一つのことにこだわって正面から取り組むという姿勢は、今の世の中ではなかなか続けにくいものですが、「古典の会」の二十年の積み重ねは、自分自身に覚悟と確信を持たせてくれたように思えます。邦楽とは縁のない所に生まれ、かなりの年月を別の世界で過ごしてきましたが、ふとしたきっかけで尺八と出会い、伝統も古典も全く知り得なかった中で、今はその魅力に取り付かれ、ますます面白さを全身で感じています。

 地歌の中での尺八はワキ的な存在ですが、菊原初子先生を始めとして多くの三絃・お筝の先生に少しずつ地歌そのものの在り方を教えて頂いており、其の中でも古典の会のメンバーは、人柄とも併せ、私にとってかけがえのない存在となっています。

 この先、回を重ね年を重ねて行きますとさらに色々のことが解って、気持的には円熟して行くのでしょうが、体が衰えて行くことは間違い有りません。

 いつの日か自分に対して厳しい決断をしなければならない日がやって来るのでしょう。

 二十年の古典の会を応援して下さった皆様に感謝の気持ちで一杯です。

 これからも自分の周りの環境・周りの人達(もちろん「古典の会」)を大切にし、今与えられた一日一日を充実して過ごして行けるよう願っています。

 

田中佐久

 私が「古典の会」にはいらせて頂きましたのは、会が結成されて二回目の時でした。第二のスタートラインにたって、何かと戸惑いながら一歩ずつ歩み始めた頃でしたので、お誘いを頂きました時の嬉しさと不安が半分ずつでした。

 でも喜んでお仲間に入れていただきました。

 派の違った方々とこんなに楽しい合奏が出来る事に感動した事を覚えております。曲は{五段砧}と個人では「残月」を弾かせて頂きました。当日を迎えても不安は消えないまま演奏直前に田嶋さんが“素敵な思い出を残しましょう”

とおっしゃって下さいました。そのお言葉が強烈な印象で演奏が終わるまでずっと頭の中をぐるぐる回っていた、そんな忘れられない思い出もございます。

 それから年月を重ねて今は一つの家族のようになったお友達の中で、心強く楽しく過ごさせて頂いております。

 毎年、会が開かれる度にお出かけ下さいまして、お気付きの事を色々お教え下さいました菊原初子先生とも、昨年は悲しいお別れとなりましたけれど、お教え下さいました一つ一つのお言葉を手繰り寄せながら、これからも皆さんと

共に勉強を重ねていければ幸いだと思います。よろしくお願い致します。

 

谷 泉

 「古典の会」も今年で二十歳・成人式を迎えましたが、私自身、体力、気力共々そろそろ限界に近づいているな、と実感いたしております。しかし皆様方から、地歌演奏について、毎回賛否両論のご批評を賜っておりますが、どちらの意見も充分理解できまして、それが私なりに芸の向上につながっているのでは、と思っています。全員の年齢も、若手から年寄り組に近い年齢になってきました。

 芸の道は、それこそ一生勉強ですが、邦楽会・特に地歌の世界にもっと若い方々の力を取り入れねば、と思っています。我々も微力ながら、そのお手伝いが出来るように頑張っております。

 今回、二十年もの長い年月、やはり皆様方のお力添えがあればこそでございます。何卒、今後とも皆様方のご支援を賜りますよう、お願い申し上げますと共に、この二十年間、暖かく見守ってくださいまして、本当に有難うございました。厚くお礼申し上げます。

 

辻本美

 「古典の会」を企画された田嶋さんのお誘いを受けて古典のみの演奏会が発足し、今年で二十年目を迎えられたことは、本当に嬉しく、よくここまで続けてこられた事だなァ、と感慨もひとしおでございます。

 振り返って見ますと、異なる流派の人達が、一つの曲を創り上げるにはそれぞれに大変な努力が必要でした、何より心の和を築いて行くことが最も大切な事ではなかったかと思います。 三年・五年・十年と、会を重ねて行くうちに、若手の集団から中年へと加齢され、いよいよ古典を継承してゆく重責に目覚め、

皆、真剣に取り組んで行ったとぞんじます。

 その間、沢山の思い出が出来ましたが、私にとって特に印象に残っておりますのは、ピロティ−ホールで第三回の会を催した折のことです。「筆のあと」の独奏をさせて頂いたのですが、ひとり舞台は全く初めてのことでしたし、幕の無いホールも初めてでもう出番の前から胸は大きく鼓動を打っておりました。

 舞台に座って演奏をはじめましたら、棹を持つ左手の指が小刻みにブルブルと振え出しました。必至にこらえて唄い出したのですが、指が絃から離れるとスグに振えて心臓が飛び出してしまうのではないか、と思う程に全身が緊張の極限に至って、思わず“先生!助けて!!”と心の中で師・藤井久仁江先生に向かって叫んでしまったのを懐かしく思い出します。

 十数年が経ちましたが相変わらず出番が近づくと、その場から逃げ出したくなる程緊張致しております。古典の奥深さに魅了された仲間と共に一歩づつ、皆様に日本の古典音楽を鑑賞して頂ける演奏を目指して歩んで行きたいと念願致しております。

 

富永澄

 十年ひと昔と申しますが、その二倍もよく続いたものだ、と改めて感慨深く思っております。古典に二十年も(実際にはもっと)取り組んで来たらさぞかし体に沁み込んだ芸になっていることでしょう。自他共に思いたいところですが・・・ 芸の道は甘くは有りませんね。でも悪戦苦闘しながらも一生取り組むものがあるということは、幸せなことかもしれません。

 身体的には皆、段々つらくなってきておりますが、良き友、楽しい仲間であったことが長く続いた要因かとも思っております。

 

 

 

二十年の積み重ねではありますが、ただ単に無駄な年月を経たというのでは無く、内容のある形でこれからも体力・精神力の続く限り、前進出来るよう頑張りたいと思っております。 

 皆様方の絶大なる御支援・御指導を賜りますよう、一同心よりお願い申しあげます。

                            古典の会一

 

 ガイドページに戻る