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19号の登場人物をちらっとご紹介します!!
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表紙
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命、ありがとう
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| あなたの笑顔がずっと見られますように 生まれてきてくれてありがとう 〜 山口麻衣子 〜 | |
| 初めてのお産で赤ちゃんにたくさんのことを教えられました。 「もういきまなくていいよー」と言われ、大きく深呼吸したら、温かい愛咲(みさき)が私の胸の上に・・・。産み出した瞬間に感じたドクドクという鼓動を胸の上で感じ、涙が溢れて止まりませんでした。 「やっと会えたねー!会いたかったよ!!」 この子の無邪気な笑顔がずっとずっと見られますように。未来を信じて生まれてきてくれた愛咲のために、まずは母親として、一生懸命生きよう。 |
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| 山口麻衣子(やまぐち まいこ) 1981年1月12日宮崎県宮崎市生まれ、宮崎市在住。 ☆好きな歌手 ドリカム ☆2005年12月、結婚。メッセンジャー6号に親子で登場し(母への手紙、娘への手紙)、日本中に感動を呼ぶ。 只今、子育てに奮闘中! | |
| 産まれいずる力を信じて 生きる目的があったにだもの 〜 富岡由美子 〜 | |
| 「死んではたまらん、生まれてくる目的があったのだもの・・・」。母の命懸けの出産で私は産まれた。 初めてのお産。それは「私が母でいいのですか・・・」そう感じるほど尊厳にあふれていた。 そんな我が子が教えてくれた。一つ一つの感動、一瞬一瞬の心の動き、それらすべてを体全部で感じること、それこそが私の求めていた「生まれてきた目的」であったのだ。艱難辛苦、喜怒哀楽、すべてを肌で直接感じながら受け止めて生きていく。こうしたくて生まれてきたのだと思い出すことができた。 |
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| 富岡由美子(とみおか ゆみこ) 1968年11月21日生まれ。岡山県出身、宮崎県在住。<はまっていること>子ども達と浜辺で貝殻ひろい、野原で四つ葉や五つ葉、六つ葉探し。ひなたぼっことお昼寝。自分で自分と家族を癒やすこと。ワクワクしながら生きること。<宮崎おっぱい会>(今号の表紙 )http://www.geocities.jp/oppaikai | |
| サンキュの日 天使になったさつき 〜 黒木啓子 〜 | |
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平成17年3月9日。待望の第一子のはずだった。 しかし、さつきが産声をあげることはなかった。 どん底から私を救ってくれたのは、同じく我が子を亡くした仲間だった。同じ体験をした人が前を向いて生きていくために、仲間とともに「天使ママの会」を作った。 あなたが私の娘としてやってきてくれたこと、私にこうして役割を与えてくれたこと、たくさんの方の応援をいただきながらがんばっていけること、すべてはこの日から始まったこと。あなたにたくさんのお土産話ができるように、ママは毎日精一杯がんばって生きていくからね。 |
| 黒木啓子(くろき けいこ) 1968年7月7日七夕生まれ。 宮崎県日南市出身、宮崎市在住。パート勤務+自宅サロン+ボランティアとすこ〜しの主婦業。 <
宮崎天使ママの会 HP >http://www.geocities.jp/tensimama_miyazaki/index.html < 連絡先 > tensimama_miyazaki@yahoo.co.jp TEL 0985-39-1217(黒木まで) |
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いのちのインタビュー
| お母さんが主人公よ 助産師・菅沼ひろ子 インタビュー 杉浦貴之 | |
| 子を産み出したとき「生まれてくれてありがとう」ならわかるけど、「先生ありがとう」っておかしいでしょ?先生なんかじゃなくって、あなたが産んだんでしょうがって。その自覚が母親になっていくプロセスとしてとっても大事だと思う。 夢は、自分が主人公と思って産む人たちが増えること。今は人が人を簡単に殺したりするじゃない。人を人として信じなかったり、足を引っ張り合ったり。産む瞬間のあの場面を思い出せば、「命が大事だよ!」ってことに気付くよ。「こんな大変な思いして親は産んでくれたんだ」って思うでしょ。親も「子がこんなにがんばって産まれてきてくれた」って思い出す。産むこと、産まれることが生きることの原点。そこをみんなに見つめてもらえる機会を作っていきたい。 |
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| 菅沼ひろ子(SUGANUMA HIROKO) 1950年長野県飯田市生まれ。宮崎県立看護大学教授(家族看護学・助産学)、助産師・保健師・看護師。 <主な著書>(共著) 「日本人の子産み・子育て」「アクテイブバースの考え方と展開」「産む・産まない・産めない」 <研究テーマ>生涯を通した女性の健康とセルフケア |
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連載 T
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| ウルトラゆうすけの闘病記4 息子への小児がん宣告から 〜 川口吉代 〜 | |
| 4歳で肝芽腫(小児がんの一種)と診断される。母親の吉代(さちよ)さんがドナーとなって、生体肝移植を実施。翌年、肺に再発。今度は、自末梢血幹細胞移植の後、大量抗がん剤治療。肺に再発した子どもの生存率は0%とも言われていた。 7歳になったゆうすけくん。今はサッカーで元気にグランドを走り回り、最近では太鼓を習い始めるほど元気! 今号ではパッチアダムスと出会う。 |
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| 川口吉代(かわぐちさちよ) 1975年2月22日生まれ。兵庫県相生市出身、相生市在住。1996年11月3日、結婚。夢:息子たちの手が離れたら、パッチアダムスさんのように、子どもたちの何か役に立ちたい。子どもたちを笑顔にしたい。川口祐典(かわぐちゆうすけ) 2000年1月25生まれ。趣味:サッカー、太鼓。夢:ロボットを作る人。 |
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| 幸せは雨上がりの空に 4 「感傷の産物」 〜井上洋一郎 〜 | |
| 井上さんはメッセンジャー創刊号〜3号まで連載してくれていました。タイトルは「病が教えてくれたこと」。 2002年、井上さんは、ギランバレー症候群という10万人に1人の確率で発症する難病を患う。このことを機に井上さんは、「人生やりたいことをやろう」という思いに至り、まずは日本語教師の資格を取得。そして青年海外協力隊に挑戦し、3度目の試験で見事合格。井上さんは夢叶い、2007年1月より中国の大学で日本語を教えることになる。 |
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| 井上洋一郎 1973年11月14日生 宮崎県佐土原町出身 中国湖北省襄樊(じょうはん)市在住。襄樊学院勤務。 趣味:麻雀、卓球、旅行 <アドレス> i40160@hotmail.com <好きな宮崎弁> てげよだきい |
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| 人間の生まれた日 〜傷だらけのカウンセラー うどにし つとむ 〜 | |
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カウンセラーであり、牧師さんである、うどにしさんの心理エッセイ。 人間の生まれた日、それはいつを言うのだろうか。母の体内から出てきた日を指すのか。 一つに母の「産みの苦しみ」を経て。一つに、親をはじめ多くの人々からの受容を経て、人間の社会に生まれ出るときである。 |
| うどにし つとむ 1960年生、宮崎市在住。 職業ー傷だらけのカウンセラー、牧師。夕食同好会主宰。 うどにしさん著「コミュニケーション・バイブル」。 |
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| 子宮から地球へ〜 20歳まで生きられないといわれて16 〜 小島七海 〜 | |
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産まれながらにして、肌が弱く、重度のアレルギー性疾患と言われ、20歳までは生きられないと言われる。20歳を過ぎ、身体は丈夫になっていくが、人生は波乱万丈なものとなる。結婚、出産、まもなく離婚、再婚、出産、流産、祖母の死、二度目の離婚。そして2004年、人生のパートナー・Toshi小島と出会う。 Toshi小島さんと生活し、ともにコンサートツアーに出るようになる。そこで生まれたもの、思い出したもの。 |
| 岡山県岡山市在住 小島七海 44歳 ※ 心と身体のワークショップ、布ナプキン講座、ヘナ教室などを随時開催しています。 ホームページ http://www.kirakudo.com | |
| 「余命宣告」という時限爆弾をぶっ壊して19 〜 杉浦貴之 〜 | |
| 写真は、福島のマブダチ、藤倉さんと! はい、私(変酋長)も連載しています! 28歳にして衝撃のがん宣告。両親には余命も早くて半年と告げられる。がん告知後即手術、その後、抗がん剤治療を受ける。3ヶ月の入院を経て、クリスマスイブの夜に退院。動かなければ何も変わらないと思い、退院直後から動き回る。その原因は“心”にあると考え、自分の過去と向き合った。一度復職するも体調は回復せず、ときおり激しい腹痛に襲われた。とうとう休暇を願い出て、長野の穂高養生園へ。 今回はスコットランドから帰り、またまたロマンス話! |
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| 思いが未来を創っていく 変酋長のつれづれ日記 〜 杉浦貴之 〜 | |
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余命宣告をされたとしても、それはただのお知らせ。必要ないと思ったら、受け取ることはない。「人から言われた根拠のない余命」を自分の心に、身体に刻むことはしないでほしい。ネガティブな思考が現実化してしまわないように。 命はやわじゃない!命は待っていてくれる。命はちゃんと応えてくれる。自分を信じて、自分をきしめて、素敵な思考を現実化させていこう。思いが未来を創っていく。夢は未来の現実!ありありと描こう! 今日も希望積載オーバー、夢燃料満タンで! |