高木ひろしのProfile
 県会議員・高木ひろし(高木浩司)の素顔と経歴を紹介します。顔写真1953年、昭和28年、岐阜市加納で誕生。巳年の56歳。
名古屋市南区で伊勢湾台風に被災(1959年)幼いころは、中部電力技師だった父の元で、四日市の塩浜、港区の一洲町などの社宅を転々。折悪しくも1959年、6歳であの伊勢湾台風を南区滝春町の社宅で体験。一夜にしてアパートの周囲一帯が貯木場と化し、天白川堤防に並んだ死屍累々の衝撃は災害の恐ろしさを思い知る。
「風の又三郎」を気取った転校生生活(小,中学校時代)小3で南区の柴田小学校から北区の飯田小学校へ。中2で北区の大曽根中学から昭和区の桜山中学へ。周囲の心配をよそに、引越し、転校を全く苦にすることなく、環境の変化を楽しむ。この頃は聞く事もない「健康優良児」などという表彰もいただく優等生振り。おかげで市内各地に広がったクラスメートとの交友を大切にしている。
旭丘高校では
いちご白書」の時代(1969〜1972)旭丘高校への入学は1969年。東大の入試が中止になった学生運動最後の光芒のころだった。その影響を県内でもっとも敏感に受けた高校の新学期は、明けても暮れても全校アセンブリー(集会)で、ベトナム戦争沖縄中教審、受験体制そして制服問題と激しい議論の日々。堂々と国家や学校への批判を論じる先輩たちの姿に憧れを覚えて、社会問題への関心が芽生える一方,ボート部のしごきに耐える体育会系の生徒でもあった。100年の歴史を誇る旭丘高校ボート部では、70年岩手国体に出場するという栄誉にも浴した。
政治との決定的出会いは大阪大学(1972〜1980)奇跡的に現役合格を果したのは、新設の
大阪大学人間科学部。ワンダーフォーゲル部でまたもや力仕事に精を出す一方,社会学,心理学に触れながら社会問題のフィールドワークにのめり込んでいく。部落解放研究会に出入りするうち,共産党と激しいバトルを繰り広げていた解放同盟大阪府連の上田卓三(故人)委員長の選挙運動を手伝うようになる。「平和と人権」を旗印とする上田卓三代議士当選とともに,学生秘書になり、政治的な影響を強く受けることに。
社会党の最後の10年を見届け、新党運動へ(1981〜1996)ジャーナリストへの夢は断ち切れず,社会党機関紙「社会新報」の記者に応募。以来17年、社会党中央本部の書記局生活を送る事になる。
土井委員長時代は広報宣伝部で,田辺,山花委員長時代は企画調査局で「政権を獲れる党」への改革と挑戦に熱中。93年に当選1回で書記長に抜擢された赤松広隆を補佐し、激動の政権交代を渦中で体験する。クーデターとも言える村山自社政権の成立以来,社会党の改革ではなく「新党結成しかない」と確信するようになる。
民主党を夢見て、総選挙出馬を決意する小選挙区制に変わって初の総選挙が近づく1996年6月,赤松氏の勧めに応じて愛知4区(名古屋市南区、港区,瑞穂区)からの出馬を決意し、25年ぶりに名古屋に戻る。訴えたのは「民主リベラル新党」、そして「菅直人を首相に」だった。9月衆議院が解散され,待望の民主党が鳩山由紀夫菅直人の二人を代表に結成される。民主党公認で戦うも,23411票で落選。しかし、自ら信ずるところを訴え民主党結党に貢献できたことで悔いる事はなかった。
地方分権時代を担う
愛知県議会転進総選挙での責任者だった小池まさる県議(瑞穂区)が引退されることになり,後継候補にと薦めを受ける。折しも4期続いた鈴木知事の不出馬で、愛知県政も大きな転機を迎えていた。地方分権の主舞台は県議会との思いで,1999年4月県議選を戦う。高橋則行(自民)17285票に次ぐ、14300票を獲得し,初当選を飾る。次点は尾関雅美氏(共産)の5752票。翌2000年6月の衆議院総選挙では、民主党本部から牧義夫を擁立し当選させることで、自らの雪辱を果しえたと思っている。
2003年4月の2期目の県議選は、無風から一転選挙になり、1回目と同じく自民最長老の高橋則行氏(11期)に続く第2位当選。投票率が前回に比べマイナス6%で、得票は11,904票。40回に及ぶ質問テーマを列挙したユニークな選挙ポスターが話題を呼ぶ。民主党は県議会で24議席から30議席に躍進、新人10人を迎えて高木県議は副幹事長に抜擢される。2期目の1年目は、最重要委員会である「総務県民委員会」の副委員長に就任。
2006年県議団総務会長。2007年2月の知事選挙では、32年ぶりの脱相乗り知事選挙に石田芳弘氏(前犬山市長)を擁立するも惜敗、マニフェストづくりを担う。4月選挙で3期目当選、民主党県議団は38名に大躍進する。産業労働委員長に就任。7月参議院選挙では谷岡郁子選対の事務局長として、愛知の2議席目奪取に貢献した。2008年度は健康福祉委員、2009年5月から総務県民委員。


これまでの議会活動は、環境、福祉、人権、行革、分権など多岐にわたる。
(質問内容は、愛知県議会ホームページで議事録や録画がご覧いただけます)
【本会議】
@1999.9.22●地方分権方法施行後の愛知県政のあり方●環境先進県愛知の実現に向けて●定住外国人の医療問題●伊勢湾台風40周年の教訓

A2000.3.8●深刻化する部落差別と人権教育・啓発B2000.3.9●障害者雇用をどう促進するか●「出稼ぎ労働者」対策の現在
C2000.7.4●愛知県がんセンターの合理化計画を見直せ●障害者の職業訓練と公共事業●県営住宅の福祉向け入居枠を増やせ●愛知県の「人権教育・啓発の行動計画」●NPOへの県の事業委託で育成を
D2001.3.6●上飯田連絡線工事の陥没事故について●外国人と共生する地域社会作り
E2001.6.26●ハンセン病患者・元患者の人権回復と教訓●日本のシンドラー・杉原千畝氏の業績と顕彰
F2001.12.7●深刻化する失業問題と県の雇用対策●障害者雇用促進のため公共事業発注基準を見直せ
G2002.3.6●住民基本台帳ネットワークの問題点●東海地震対策と電磁波による予知
H2002.3.8●増加するホームレスと自立・就労支援策
I2002.6.26●ひきこもる若者たちを救え●愛知県議選挙にも選挙公報発行を
J2002.12.6●中小企業への貸し渋り・貸しはがし許すな●公共建設工事の労務単価を適正に●愛知学園事件について●名古屋刑務所事件と人権擁護法案について
K2003.6.24●地方分権の三位一体改革をどう進めるか●木造住宅の耐震改修補助を弾力化せよ●住民基本台帳ネットワークの第2次稼動の問題点
【常任委員会】
総務企画委員会(1999.7.8)●愛知県議選挙に選挙公報を発行せよ●県の部制再編と国の省庁再編●民間からの人材登用(1999.9.29)●NPO法人の認証件数が少なすぎる(1999.12.8)●NPOに自治体業務を委託せよ●人事院勧告と給与抑制(2000.3.16)●徳山ダムの愛知県負担と水需要は適正か(2000.3.17)●愛知県の情報公開のあり方について
産業労働委員会(2000.7.6)●大店法廃止後、商店街をどう守るか●愛知労働局と県の労働行政の関係について(2000.7.7)●中部新空港関連工事と談合構造について(2000.9.29)●東海豪雨災害に対する復旧資金のメリットは十分か(2000.10.2)●幡豆の土砂採取事業の成り行きについて(2000.12.12)●金融安定化特別保証の貸し出し実績と代位弁済について(2001.3.13)●営業停止となった「いこいの村愛知」の運営経過について(2001.3.14)●幡豆の内陸用地造成事業中止決断と企業庁の今後のありかた
健康福祉委員会(2001.6.28)●ハンセン病対策における県の反省と人権回復策について●オープンする「あいち小児保健医療総合センター」で小児膠原病の診療を(2001.10.1)●県内のホームレス実態について●介護予防のため小規模宅老所やグループホームを支援せよ●シックハウス対策について●動物由来感染症防止の対策について(2001.12.17)●介護保険におけるケアマネージャーの役割と実態について●「痴呆介護」指導者養成研修について(2001.12.12)●医療事故防止対策について(2002.3.13)●「支援犬」育成と動物保護管理センターの「犬の譲渡事業」について●ホームレス対策における生活保護制度活用について(2002.3.14)●シックハウス対策に全県庁の横断的体制を
警察委員会(2002.7.4)●飲酒運転厳罰化の内容と広報の重要性について(2002.12.12)●「暴走族追放条例」制定について


★所属する主な団体(役職)
民主党愛知県連 組織委員長(2008.3〜)
/愛知県議会 産業労働委員長(2007.5〜2008.5),健康福祉委員(2008.5〜),総務県民委員(2009.5〜)
/ビジネスネットワーク・
ティグレ名古屋(顧問)
/市民がつくる政策調査会(監事)
部落解放愛知県民共闘会議(副議長)
/旭丘高校同窓会(24期理事)

★家族
/妻 :良子
/長女:文(アメリカ・シカゴスクールで行動学博士課程 留学中)
/長男:直也(南山大学英米科卒、4月からSECOM勤務)
/次女:江里(中京大学国際英語4年、オリエンタルランド社に就職内定)
/愛犬:チップ(13歳・雌)

★趣味
ゴルフ(ハンディは20ほど?)
映画・ビデオ鑑賞(戦記物、脱獄物などのジャンルが好み)

★事務所(自宅)
/〒467-0047名古屋市瑞穂区日向町4-19-1
/電話:052-837-0921
/FAX :052-836-5699

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