雪山と微笑


新緑が美しい五月のある日。
ちょっとした事件の関連から合田雄一郎は同僚の森義孝とともに 新潟方面へ向かう新幹線の車中にいた。

トンネルが続く。書物にも熟んだ。
慢性化した疲労がはりついた雄一郎は じきに睡魔に襲われることとなり、浅い眠りを眠っていた。

そこへ森の小さな感嘆が聞こえ、数秒の後に「主任」と呼び起こされた。
雄一郎が多少不機嫌に「何だ」と目を開けると、森は黙って窓の外を示した。


「−−−ああ、山か。」
 目を向ければ、ガラスの向こうの日が傾き始めた五月の空に、ひときわ美しくそびえる 雪を戴いた峰々があった。

「すごくきれいだったんで。」
起こして良かったでしょうとばかりにに森が言う。

きりりとそびえる薄いブルーの山々に夕刻のオレンジを刷いた乳白色の空。日常の雑事などすべて忘れて眺めるに値する 張りつめた輝きの峰々。
それらは清冽で繊細で、でも一度登れば険しい自然に貫かれた、ただ美しいだけの場所ではないことが解る。
それでも山に惹かれ 何度でも登りたくなってしまうのは どんな甘えもどんな言い訳も通じない環境が、すべてを削いだ自分の真実と対面させてくれるからなのかも知れない。そこは自分だけでなく、人間というものの本質にも出会う場所だ。


ふと、突然の思いつきが雄一郎の脳裏に浮かんだ。
<・・そういえば、似ている・・・・か?>
端正で清冽で繊細で、でも険しい。
そして如何なる時でも 一人立ち続ける孤高。
 
白と青のすくっとそびえる山の姿が、雄一郎が良く知っている男の姿に重なる。姿と内面の両方において、似ているかもしれないと思った。 感嘆に値する生き方を飄々と生きている自分の義兄・加納祐介という一人の男に。


「何笑ってるんですか」
森に言われて、はっと雄一郎は我に返った。
今 自分は笑っていたのか?無意識に。
確かに今度会ったとき <あんたは山みたいだ> と、含みたっぷりに言ってやろうと等と、 そんなことを考えてはいたのだ。が、自分でも知らない内に笑ってしまうとは。


「主任が思い出し笑いなんてするの、初めて見ました。」
口止めの変わりにぎろりと睨んではみたものの、たぶん近い内にこのネタで七係の誰かからからかわれることになるのだろう。この場合、見られた相手が悪い。

しかし再び窓の外に視線を戻せば、 沈む太陽のコントラストに 峰々は山陰へ消えんとするところだった。意識が又、そちらの方に吸い込まれてゆく。


<義兄は元気でやっているのか>
消える山々を見送って思う。
東京に戻ったら そろそろ手紙も着く頃かも知れない。
なんせ筆まめな男である。
雄一郎は今度は森に気付かれぬよう注意しながらひっそりと笑った。  思うだけでくつろいだ微笑を自分にもたらす不思議な男の、その横顔を思い浮かべて。


END





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