第三 本件圏央道工事の概況

 一般国道468号新設工事(一般有料道路「首都圏中央連絡自動車道『以下圏央道という』」)は、1984年8月に建設省が建設計画を公表したもので、都心から40ないし50km圏に位置する、1都4県(東京都、神奈川県、埼玉県、茨城県、千葉県)にまたがる延長約270qの環状の自動車専用道路である。この圏央道は横浜・横須賀道路、東名高速道、中央自動車道、関越自動車道、東北自動車道、常磐自動車道、東関東自動車道といった放射線の自動車専用道路を相互に結ぶものである。

 このうち第一期計画は、東京都八王子市南浅川町の一般国道20号線との接合地点から埼玉県川島町の一般国道254号線との接合地点までの約50kmである。そのうち東京都分の、埼玉県境の青梅市今井5丁目から高尾山南麓の八王子市南浅川町一般国道20号までの間の、22.5kmが、1989年に都市計画決定をみた。さらに、1997年2月には、一般国道20号から神奈川県境までの圏央道が都市計画決定された。

 これら計画によると、圏央道工事は、八王子市下恩方町で既に貫通した恩方トンネルに引き続き北浅川橋の橋梁部分工事を行い、さらに八王子城跡の下を直径約10m、全長約2.4kmに及ぶ2本のトンネル工事を行うとされている。
 八王子城跡トンネルと高尾山トンネルとの間は地上約60m、長さ約420mの2本の橋梁が、間隔約40mの巨大な橋梁を形成し、裏高尾住民の住宅地域を威圧する。
 高尾山北麓には中央自動車道と接続させるための巨大なジャンクションを建設し、高尾山の下を直径約10m、全長約1.3kmの2本のトンネルを掘って八王子市南浅川町の高尾山南麓(後述―1997年神奈川県境までの2.5kmが都市計画決定)で国道20号線とのインターチェンジをつくる計画である。このインターチェンジにより国道20号とそのバイパスである国道八王子南道路に接続させるものである。また高尾山北側の裏高尾町には八王子城跡トンネルと高尾山トンネルの自動車排気を集める排気施設の建設も計画されている。
 裏高尾地区の圏央道と中央自動車道を繋ぐジャンクションは、約8本のループ式で裏高尾地区の地上(都道)から約80mの高さに東西約800m、南北約300m、総延長約8kmに及ぶ巨大なものである。
 また高尾山南麓の南浅川地区の、圏央道と国道20号線および国道八王子南道路(三・三・二号線)とのインターチェンジ工事は、自然に囲まれた南浅川の幅200mという狭い谷合に、いずれも橋梁工事で高さ約17m、南北約300m、東西約200mのインターチェンジを建設し、谷を埋めるというものである。
 また、裏高尾地区には、圏央道の八王子城跡トンネルと高尾山トンネルの4本のトンネルの自動車排気を集めて換気するため、高さ約30mの換気塔(排気塔)が作られる。 以下に日本道路公団が説明のために作成したジャンクション及び裏高尾橋梁工事の完成予想図を示す。

 この圏央道工事計画は、市街化区域と市街化調整区域の自然環境の豊かな境界部分を通過することが多く、自然環境の破壊と乱開発を誘発すると共に、市街地を通過することによる公害発生など住環境の悪化が危惧され、多くの住民の反対運動が起きた。
 特に、圏央道工事計画は、明治の森・高尾国定公園および都立高尾陣場自然公園となっている高尾山や、国史跡八王子城跡をトンネルで貫き、裏高尾に巨大なジャンクションを建設することとしている。そのため、都民の貴重な自然の宝庫である高尾山および八王子城跡を圏央道工事から守ろうとする自然保護運動が、圏央道による八王子城跡および高尾山にトンネルを掘らせない運動として、1984年以来今日まで強く続いている。
 このような強力な住民の反対運動のために、圏央道工事は1996年(平成8年)3月26日に、東京都青梅市の青梅インターチェンジから埼玉県鶴ヶ島市の関越自動車道との鶴ヶ島ジャンクションまでのわずか19.8kmのみが開通しただけである。

 この間、東京都および国は、1986年7月環境影響評価書案(以下「環境アセス」案という)を公示した。さらに、1988年2月9日には、この環境アセス案に対する住民らの意見書(11,755通)に対する見解書を公示した。この見解に対し住民らは47,948通の意見書を出した。この意見書の数は都の環境影響評価条例始まって以来の多数におよぶものであった。この東京都による圏央道の環境アセス案に対しては、日本科学者会議東京支部の研究者専門家による「環境アセスメント研究会」および多摩地域の都市・地域問題や地域経済の専門家が集まって出来た「多摩地域研究会」が、自主アセスを行った。そして、これに基づいて、1988年7月に「東京都による圏央道環境アセスメント」への総合的批判を発表した。しかし、東京都はこのような批判を一顧だにしなかった。そして、東京都は、1988年12月に圏央道に関する環境アセス(北側アセス)を発表し、1989年3月、圏央道に関する東京都分の埼玉県境の青梅市から高尾山南麓の国道20号までの間22.5kmに関す都市計画決定を行った。
 ところが、その後、1995年2月、国史跡八王子城跡の井戸「坎井」が涸れる事件が起きた。これは、1994年5、6月に建設省が行ったボーリング調査が原因であった。さらに1996年春には、八王子城跡の圏央道トンネル坑口付近で、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律で絶滅のおそれがある鳥に指定されているオオタカの営巣が発見された。

 しかし、国および日本道路公団は、八王子城跡の井戸涸れとボーリング調査とは関係なくトンネル工事をしても井戸涸れは起きないと強弁し、またオオタカの営巣にも圏央道工事は影響を与えないと決めつけて、関越自動車道から中央自動車道までの供用を急いだ。
 国および日本道路公団は、1998年9月から北浅川仮橋工事を始め、さらに、1999年9月、八王子城跡トンネル工事および北浅川橋梁工事を開始し、八王子市裏高尾町の高尾山北麓では、現在中央自動車道とのジャンクションの建設工事を強行している。

 一方、国道20号線から神奈川県境にかけての圏央道工事計画は1995年3月東京都の環境アセス案が出た。これに対し市民の会を中心に反対住民は1996年2月、36,568通の意見書を提出した。しかし、東京都は住民の意見書を十分検討することなく、1996年3月これに対する環境アセス(南側アセス)と見解書を提出して都市計画決定手続きを強引に進めた。1997年2月に東京都は都市計画決定を行い、建設省は工事の準備を進めている。

 

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