一 景観の破壊
圏央道は、都立高尾陣場自然公園や明治の森・高尾国定公園に指定されている高尾山や国史跡八王子城跡をトンネルで通過する。
裏高尾地区の圏央道と中央自動車道を繋ぐジャンクションは、約8本のループ式で裏高尾地区の地上(都道)から約80mの高さに東西約800m、南北約300m、総延長約8kmに及ぶ巨大なものである。また高尾山南麓の南浅川地区の、圏央道と国道20号線および国道八王子南道路(三・三・二号線)とのインターチェンジ工事は、自然に囲まれた南浅川の幅200mという狭い谷合に、いずれも橋梁工事で高さ約17m、南北約300m、東西約200mのインターチェンジを建設し、谷を埋めるというものである。また、裏高尾地区には、圏央道の八王子城跡トンネルと高尾山トンネルの4本のトンネルの自動車排気を集めて換気するため、高さ約30mの換気塔(排気塔)が作られる。
これらは誰が想像しても自然景観が大きく破壊されることは疑う余地がない。
かつて、中央自動車道建設の際、排出された100万立法メートルの残土は、裏高尾の谷に捨てられた。積み上げられた小仏トンネルの残土でできた人工の山により裏高尾の谷の景観は一変してしまった。いまだに本来の自然景観には戻っていない。また高尾山の北側の登山道を下っていくと中央自動車道を走行する騒音が聞こえてくるが、これもサウンドスケープとしては好ましくない。
圏央道工事中も工事後も高尾山やその周辺に存在する二次林が破壊される。
しかし、実はこの二次林によって作り出される景観こそが人間にとっては必要なのである。建設省は「失われた郷土の森を復元するため、潜在自然植生の構成種からなる樹林を速やかに創造する」と言っている。さらに「このようにして創造された若々しい樹林は・・・騒音の防止、防風、防火、遮へい等の物理的機能や大気の浄化、微気象の緩和等の生物的機能などの森林の有する多様な環境保全機能を果たし」、「人々に安らぎと憩いを与え、景観的にも地域に通じた緑地であり、また鳥や、動物等の生活基盤となる」という。
建設省は、地域の人々の生活と文化とともに育まれてきた、歴史的二次林の景観を開発で破壊しておいて「潜在自然植生」を創造するから自然景観は守れるという。これは「潜在自然植生」の全くの誤用であり、同時にまさに人間エゴ丸出しの景観論である。景観は、地質や地形、さまざまな生物種によって構成されており、それらは、その地域の景観を支える主体である。したがって、景観の破壊は表面的な風景の改変にとどまるものではない。年月をかけて蓄積されてきた遺伝資源(Genetic
resource)や遺伝子給源(Gene pool)を破壊、消失することになる。
建設省は、高尾山や八王子城跡の自然を破壊しないようにトンネル構造にするという。しかし、山腹にトンネルを掘削することは自然景観の土台である地層の大規模破壊である。地層や地形の改変が自然破壊であり、自然景観の破壊であることは議論するまでもないことである。加えてその出入口にジャンクションやインターチェンジを作ることは、従来の自然景観に全くなじまない異質物の導入である。しかも、トンネルやジャンクションの建設は風景の改変にとどまらず騒音や大気汚染をもたらし地域住民の生活や健康を脅かすことになる。
以上のことから、圏央道トンネルやジャンクションの構造は、景観を構成するフィジオトープとビオトープの破壊であり、これらを結びつけている物質やエネルギーの移動を断ち切る結果となることが明らかである。
さらに問題なのはこのような、景観破壊に対して、本来その事前チェック機能を果たすべき環境アセスメントが全く無力であることにある。
環境アセスメントは、景観がその地域の特性をもっており掛け替えのないのものであるから、「地域の個性に応じたオーダーメイドのアセスメント」でなければならない筈である。ところが、予測結果は「八王子南インターチェンジから県境にかけての地域は、大部分が山地で自然に囲まれた地域である。この地域において計画路線はトンネル構造で」、「自然景観の主な構成要素である森林の改変は換気塔の設置によるわずかな部分のみであり、景観の変化はほとんど生じない」、「また新たな構造物の周辺には、植栽を行い」、「橋梁の色彩や形状等の景観への配慮を行うことにより地域景観」は、ほとんど変わらないと記述している(東京都の首都圏中央連絡道路〔神奈川県境〜一般国道20号間〕建設事業についての『環境影響評価書案』平成7年1月、299頁)。しかし、この予測方法はいつもの「フォトモンタージュ」の手法であり、単に視覚的な風景を問題にしているに過ぎず、正しくない。
1 道路騒音・照明・振動による高尾山の静寂な環境の破壊
圏央道の建設により、道路を通過する車による騒音、震動、夜間照明が自然環境に悪影響を与える。
すでに中央自動車道建設以前に、高尾山薬王院の周辺、高尾山北斜面に生息が確認されていたムササビが、中央自動車道の建設によりいなくなったと言われている。このような現象が起きるのは、車の騒音、震動、特に夜間の照明の影響である。つまりムササビのような夜行性の動物は夜の光に敏感であり、夜間の高速道路のライトに敏感に反応する。また車両のヘッドライトは固定照明と違い、照射方向が常に変化するので、さらにその影響力が強い。このような夜間照明の存在は夜行性動物の生息には決定的なダメージをもたらす。
道路を走行する車の排ガスによる大気汚染は、植物を枯らし、植物を餌とする昆虫、鳥類などの動物の生存数を減らし、昆虫や鳥類を餌とする動物の生存数も減らすことになる。大気汚染による食物連鎖の破壊は、高尾山の生物すべてに大きなダメージをもたらす。
また圏央道を走行する車の震動によって、野鳥などの動物は生活することができなくなる。野鳥がいなくなれば、害虫が増え、植物の生存も危うくなる。植物のなかには野鳥を介して、種子を散布しているものもあり、種子散布が不可能となれば、種が維持できない。
このように、騒音、照明、大気汚染は、高尾山の自然環境に大きなダメージを与える。
2 トンネル工事による高尾山の地下水系の破壊
生態系とは、そこにある生き物のすべてと、それらの生活基盤となる岩石・土壌・水系(地下水を含む)・大気・生物の遺体等の環境要素をひとまとめにした系であり、生物も他の生物の環境を形成し、微妙なバランスを保っている。そのため生態系の一部に変化を加えると、その波及効果は測り知れない影響がある。
生態系では緑色植物を生産者とし、それを食べる動物を第一次消費者、それを食う動物を第二次消費者、更にそれを食う動物を第三次消費者とする。菌類は生物の生産した物質の分解者となって、生態系の中での資源のリサイクルに貢献している。理想の生態系とは、エネルギーを除き、一切の物質の出入りのない系とされている。
以上の定義から考えると、高尾山も一つのまとまった理想に近い生態系で、全山を森林が覆い、そこには消費者である動物、分解者である菌類の多数の存在が確認されている。まさに「種の多様性」そのものである。高尾山の生物の種類が多いと言っても個体数はわずかなものであり、植物の場合1本から数本しかないものも多い。それだけ希少種が多いことを意味している。極めて微妙なバランスのうえに成り立っている生態系は、わずかな人為的作為によってもそのバランスが崩れ、壊滅的ダメージを受けることは明らかである。このことの端的な例が富士スバルライン建設によって壊滅的打撃を受けたシラビソ林である。
このような微妙なバランスの上に存在している生態系である高尾山にトンネルを掘ることで水脈を損傷したら、地下水位の低下は避けられず、根の浅い植物、特に実生木の成長は止まってしまう。現在自然林の成立している所でも、次世代の幼木の無い林に未来はない。これは人間社会と全く同じ原理である。トンネル掘削による地下水の流失の例はいくつもあり、筑波山・雁坂峠・上越新幹線中山トンネル等、古くは丹那トンネルの例がある。建設省はトンネルの防水は完璧だと言っているが、それはトンネル内に出水しないだけで、水脈の損傷することは避けられない。
高尾山には随所でモミの稚苗や各ステージの若木が多数見られ、「群落の遷移」と呼ばれる現象を目の当たりに見ることのできる教科書的な山である。トンネルが掘られなければ、モミの林の将来は約束されているのである。高速道路による排ガスや騒音は動物のみならず、種子散布を鳥に頼っている樹木の繁殖にも影響が出る。熟すと赤い実を付ける木は、その果肉を鳥に食べられても、中心にある種子は、鳥の消化管を通る事で発芽し易くなり、親株から遠く離れたところに散布される。赤くなることで熟期を鳥に知らせているのである。これは食物連鎖の縮図と言える。
大都会の近くにありながら、原始性の強く残っている高尾山の生態系は、偶然に残ったものではない。山中にある薬王院の開山の頃は宗教上の信仰で 護られてきたが、小田原北条氏の時代は戦略的立場で薬王院を保護した。江戸時代には大代官を置き、政治上の立場で森林保護に力を注いだ。明治になって、徳川家の森林は御料林となり一層厳しい管理下に置かれた。戦後は国有林に編入され、1967年は、その原始性豊かな森林が残されている故に、明治100年を記念して、明治の森高尾山国定公園に指定され今日に至っている。
このように、1200年以上の長い自然保護の歴史を有する高尾山を一時の利便性の追及のために、トンネルを掘ることは先人の遺志に反し、悔いを後世に残す事になる。
1 八王子城跡の歴史的価値に対する破壊
圏央道の建設は国史跡である八王子城跡の歴史的価値をも破壊する。
八王子城山上には「坎井」といわれる著名な井戸がある。この井戸は420年以上前に築城されたときに掘られた井戸であり、落城の日まで城兵たちの飲み水や炊事用に用いられてきた。古来からこの井戸は豊かな水源を持ち、その水質の優れていることで広く知られており、現在でも登山者はこの井戸の水で喉の乾きを潤している。
しかるに、1994年5、6月、建設省相武国道工事事務所が行ったボーリン調査の結果、1998年を除き、毎年春先に井戸の水が涸渇するようになった。このような現象は50年間1度もなかったことであり、ボーリング調査後の水量は調査前の約3分の2に減少している。ボーリング調査によって掘削孔が、地下水脈に損傷を与えたことが原因と考えられる。
地下水脈が損傷されることは、井戸の涸渇だけではなく、遺跡の存立そのものを脅かす。つまり地下水脈の破壊によって、石積み下の木材の腐食が進み、いずれは石積みが崩壊する危険性がある。
直径わずか5cmのボーリング孔によって、すでに井戸水が涸渇するのであるから、直径10mに及ぶトンネルが2本も約2.4kmにわたって掘られた場合、地下水脈に与える影響は甚大であり、そのことによって井戸の完全涸渇、石積みの崩壊等、史跡としての破壊が進むことになる。
2 オオタカ生存の危機
圏央道計画によって最大の被害を受けると思われるのが、オオタカの問題である。オオタカの行動圏で特徴的なことは、学校の施設や人家の集中する集落などの上空を避けるように飛翔していたことである。圏央道のような、大型高速道路やトンネルの存在は、オオタカの行動範囲を必然的に狭め、以下に述べるような様々な影響をもたらす。
まず第1にオオタカの営巣に重大な影響が出る。環境庁の猛禽類保護指針である「猛禽類保護の進め方」にもとづいて観察データを解析すると、定点観察による可視範囲でのオオタカ成鳥の行動圏は、984ha、オオタカが良く利用している区域(高利用域)は212haとなっている。営巣中心域(環境庁の「猛禽類保護の進め方」より、「営巣木および古巣周辺で、営巣に適した林相を持つひとまとまりの区域(営巣地)、給餌物の解体場所、ねぐら、監視のための止まり場所、巣外育雛期に幼鳥が利用する場所を含む、広義の営巣地として一体的に取り扱われるべき区域」)は112haである。このことからすると圏央道トンネル坑口は営巣中心域になり、圏央道の建設はオオタカの営巣を困難とする。
第2に止まり木、見張り木の利用に影響が出る。オオタカの生息、繁殖には、休息のための止まり木、繁殖期の雛の安全を見守るための見張り木が、複数存在することが重要と考えられている。観察期間中の止まり木での休息は、午前11時ごろから午後にかけて良く観察されている。長時間止まり木に静止していたのは、1997年9月14日に圏央道トンネル上の尾根の止まり木に135分である。この日は巣立ちした幼鳥が一度も観察されなかったことから、幼鳥がすでに独り立ちをした後と考えられる時期である。子育ての終わった時期や繁殖前期には、餌を食べ終わったあと止まり木に長時間静止することがよくあり、食後の休息をとっているものと考えられる。見張り木は、繁殖期に雛の安全を見守るめために利用されるもので、営巣木が移動すれば見張り木も移動する。
圏央道着工後、オオタカは、今までの止まり木を捨てて約500m東と南のアカマツやモミを止まり木に利用するようになった。
第3に餌の確保が困難となる。オオタカが繁殖するためには、営巣地の自然環境とともに餌となる野鳥が豊富に生息していることが重要である。この餌動物の量は、巣立ちする雛の数にも影響する。実際、圏央道工事が進んだ1999年と2000年は、オオタカの重要な行動圏と狩り場の一部を奪われたために、雛の孵化が減少した。
1996年、97年、98年ともに3羽以上の雛が孵化し、台風による巣と雛の落下事故のあった97年を除けば、3羽ずつが巣立ちしている。これは、全国的にみても巣立ち雛数の多い、生態系の豊かさを証明した地域ということができる。
調査期間中、オオタカの捕獲行動を確認したのは4回で、飼育バト、ドバト、サギ、ヒヨドリである。任意観察で収集したオオタカの食痕は59個で、そのうちハト類が62.7%で、ヒヨドリ、ヤマドリがそれぞれ6.8%、その他にはカケス、コサギ、オナガ、ムクドリなどである。ハト類が多いのは、他の営巣地でも同様の結果がでている。ここの営巣地の特徴は、ヤマドリが比較的多く捕獲されていることである。
圏央道建設によって、大気汚染、騒音が進めば、野鳥の生息環境が悪化し、野鳥を餌としているオオタカの生存も厳しくなり、八王子城跡での営巣を放棄する危険がある。
既に触れたように、高尾山は、身近で自然豊かな行楽の場として、多くの都民を始め全国から多くの人々が訪れている市民の憩いの場である。同時に、生態系についての学習の場である。しかし、圏央道工事により右に述べたように豊かな自然環境が失われ、市民にとっての憩い・学習の場が失われる。
1 トンネル工事に伴う地下水への影響について
トンネルは、掘削時や建設後に、周辺地盤(岩盤)の地下水の流れを阻害したり水位を変えてしまう危険があり、その結果、重大な環境破壊や場合によっては地盤災害を引き起こすことが知られている。
たとえば、1981年7月着工した筑波山導水路トンネルの工事で、1987年1月、生活用水として使われていた沢が干上がり、復活する見込みがなくなった事態はその顕著なケースである。
この点、島田純の論文(「筑波トンネルの掘削に伴う結晶質岩中の地下水挙動と水質変化」「ハイドロジー」Vo1.15,
No.1 1985年)によれば、筑波トンネルの壁から起こる出水は、岩盤中の細かい割れ目からのものであり、掘削後1ないし2年の間に地表水の80%がトンネル壁に現れているとされている。また、山体内の地下水流はトンネルを掘る前と後で大きく変化し、トンネル掘削後はトンネルに向かって地下水が流れるように変わってしまったと指摘されている。
2 高尾山でのトンネル工事予定地の地質と地下水位およびトンネル工事の影響
本件の高尾山ルートについてなされた環境アセス案によると、トンネル予定地は小規模な断層が非常に多い。また、ボーリング柱状図およびコアならびに現地踏査した結果に基づけば、bRの1とbQの岩盤は割れ目が多い粘板岩で、破砕の進んだ岩石であるから、密着してない。かつ、岩盤強度指標であるRQD(Rock
Quality Designation)の数値が、bQのコアでは全長150mのうち80%強に相当する123mが、25%以下の非常に悪い評価の岩盤になっている。加えて、このRQD値が小さいほど地下水脈が破壊される。
ところで、ボーリング孔内の水位観測によれば、岩盤深部、浅部、中間層の各地下水の連続性が乏しいと結論されているが、この結論は3ヵ所のボーリング孔だけの観察にすぎず、右の地質構造に適合していない疑いがある。また現在は相互に独立して存在しているとしても、トンネル工事およびその供用により粘板岩の割れ目から地下水がトンネル外壁に沿って流動する危険性が高い。
その結果、琵琶滝の水源となっている地下水の供給が大幅に減少して、琵琶滝のある前ノ沢が涸渇する危険がある。
3 八王子城跡のトンネル工事予定地の地質と地下水位及びトンネル工事の影響
1994年5月、6月に建設省相武国道工事事務所が行ったボーリング調査の影響で、翌95年2月に八王子城跡の山上にある「坎井」の井戸の水が涸渇した。同井戸は、過去50年間1度も涸渇したことのなかったのに、このボーリングによって地下水の水脈を破壊するなどして、坎井の水を涸渇させたのである。
坎井の井戸は、国史跡である八王子城跡の中でも戦国時代に使われていた水源機能を維持してきたものとして、高い歴史的遺産価値を有しているにもかかわらず、この涸渇によってその価値を大きく損傷された。
ボーリング時の直径わずか5cmのボーリング孔によってすら、井戸水が涸渇する結果を生じていることから、八王子城跡の地質・地下水は新たな掘削に対して極めて脆弱であると言わなければならない。そして、本件工事で計画されているトンネルでは、直径10mもあるトンネル坑が2本も約2.4kmにわたって掘られるのであるから、地下水脈に与える影響は甚大であり、そのことによって、地下水位の低下を惹起し、その結果、井戸水の完全涸渇、滝の涸渇、石積みの崩壊など、史跡としての完全性を大きく損ねるおそれが高い。
4 他のトンネル工事による水涸れの影響
トンネル工事が水脈に重大な影響を与えることは否定できないところであるが、本件においては一部に高尾山一帯と同一の地層を持つ地域が含まれ、トンネル工事で水涸れが発生していることから、その危険性が高いことを裏づけている。
すなわち、神奈川県の津久井郡にある3つの導水路トンネル、串川導水路(串川から津久井湖)、津久井導水路(宮ヶ瀬ダムから青山貯水池)および道志導水路(奥相模湖から早戸川)のトンネル工事によって、いずれの地域でも豊かであった山の水源が次々に涸れている。串川導水路が地下を通る農家では水涸れがおきた。津久井導水路ではトンネルが通過する山の麓にある仙洞寺の池や付近の住宅に供給されていた谷水が完全に涸れ、寺の池や生活水が涸渇する被害を発生している。これらの導水路が建設された津久井郡では、導水路掘削後、間もなく各地で水涸れが発生していることから、本件のトンネル工事でいかに地下水対策をしても水が涸渇する危険性は否定できない。
5 トンネル工事による生態系への重大な影響
先に述べたように、高尾山一帯がもつ貴重な景観価値が我が国においても希有な生態系によって構成されており、このような特徴が形成・維持されているのは、その地層が含む水分量と、豊かな森林のもつ微気候である。
しかし、本件のトンネル工事によって右の水分量が重大な変更をきたすことは必至であり、そうなると微妙なバランスで成立している希有な生態系に重大な影響を与える。
裏高尾から小仏峠に登る途中に寺屋敷という宝珠寺の跡地がある。ここは眺めが良く、裏高尾から高尾駅、八王子市街までよく見える。それが、1969年3月に中央自動車道が開通すると、上空が晴れていても裏高尾一帯の人家がかすんでよく見えないようになった。原告らが大気汚染調査や気象観測を行った結果、最高で窒素酸化物が0.115PPMを記録した(猪鼻山西側・中央自動車道北側地点)。調査は現在も続いている。また、原告峯尾康徳は、40年間、毎月、唐沢の山へ蛇滝や神前に供えるサカキを採りに行っているが、中央自動車道の付近や唐沢のサカキは非常に黒く汚れていることを体験している。
また、原告らが実施したアンケート調査でも、中央自動車道が開通してからコジュケイやノウサギが姿を消したという回答が多く見られた。中央自動車道は、山を削り、コンクリートで山肌を被った結果、雨が降ると一度に大量の濁水が出て、川の魚も減少し、ホタルはほとんど見られないようになった。モミの木やケヤキも昔よりたくさん枯れるようになった。
中央自動車道が裏高尾地区にもたらした騒音と空気の汚れは住民らにとって予想外のことだった。大晦日は暴走族が物凄い音を出して走り回る。ごみ捨て、放火事件まで起きた。地形が変わったり、コンクリート張りになったため、予想も出来ないところから水が出る事故も起きた。
このように、裏高尾町の原告らは、中央自動車道によって騒音や大気汚染など相当の被害を受けてきた。そしてこの上、本件圏央道がこの地区を通過し、しかも巨大ジャンクションが建設された場合、原告らの居住地域は高架橋の下に埋もれてしまい、接地逆転層の発生による空気の汚れは一層耐え難いものとなることは必至である。裏高尾はまさに排気ガスのダムに沈むのである。さらにジャンクションを通過する自動車やトラックの震動被害も新たに加わるであろう。
さらに、ジャンクションや高尾山を貫くトンネルなど巨大構築物によって、慣れ親しんだ裏高尾の谷間の景観が激変し、自然が遠のいてしまうことも原告らにとっては耐え難い苦痛である。蛇滝などの水が涸れる危険もきわめて大きい。
裏高尾に住む原告らが本件道路計画を知ったのは1984年8月のことであった。これは原告らにとって寝耳に水の話しであった。しかし、中央自動車道による環境汚染を身にしみて体験している原告らは直ちに町ぐるみの反対運動を展開し、裏高尾圏央道反対同盟を組織した。本件道路計画を知った日の翌日には早くも本件計画に反対する看板が描き上げられた。
原告らは、高尾の自然を守ることが重要であり、本件道路は地元にはプラスにならないとして反対を続けている。
1 大気汚染
(一) 自動車排ガスと健康被害の因果関係
東京都の推計によると、90年度の都内における窒素酸化物(NOx)排出量の71%は自動車からの排出であり、浮遊粒子状物質(SPM)では82%が自動車からの排出とされている。そしてこの窒素酸化物、浮遊粒子状物質が、周辺住民に与える健康被害、特に気管支喘息、肺気腫、慢性気管支炎といった呼吸器疾患を引き起こす原因となっていることは、すでに公知の事実と言ってよい。
窒素酸化物と呼吸器疾患の罹患率、有症率の相関関係はすでに多数の知見が集積されている。例えば、環境庁環境保健部「質問票を用いた呼吸器疾患に関する調査」(1986年4月)、環境庁大気保全局「大気汚染健康影響継続観察調査検討報告」(1991年12月)等がある。直接道路からの大気汚染による健康影響を明らかにした知見も、東京都衛生局「複合大気汚染にかかる健康影響調査解析報告」(1986年5月)、同「大気汚染保健対策による健康影響調査」(1991年3月)などが存在する。また浮遊粒子状物質、中でもディーゼル排気微粒子(DEP)については、気管支喘息発症に大きく影響していることが動物実験で明らかにされた。具体的には、嵯峨井勝他「微粒状物質を主体とした大気汚染物質の生体影響評価に関する実験研究」国立環境研究所報告1994年3月がある。
全国の大気公害裁判でも、自動車排ガスと健康被害との因果関係を認めている。西淀川公害訴訟第二次〜第四次判決(大阪地裁平成7年7月5日)、川崎大気汚染公害第二次〜第四次判決(横浜地裁川崎支部平成10年8月5日)では、いずれも、自動車排ガスと呼吸器疾患との間の因果関係を認めている。また尼崎大気汚染公害裁判(神戸地裁尼崎支部平成12年1月31日)では浮遊粒子状物質の中でも、ディーゼル排気微粒子(DEP)の危険性を指摘し、公害裁判の中で初めて、浮遊粒子状物質1日平均値1立法メートルあたり、0.15mg以上の排出差し止めを認めている。
行政も、自動車排ガスの危険性、特に近年はDEPの発ガン性についても危険性を指摘している。その中で東京都は自動車排ガスによる深刻な健康被害を認め、自動車特にディーゼル車の排ガス規制に乗り出している。
(二) 本件圏央道による健康被害の具体的危険性
環境アセスでは、本件圏央道の建設により、1日平均約4万台の車が流入することが予想されている。今日東京の大気汚染状況は深刻さを増しており、1日4万台に上る交通量の増加が付近住民の健康被害をもたらす危険性は極めて高い。
ことに本件圏央道計画予定地の地形的特徴として、空気対流の弱さ、接地逆転層の存在がある。裏高尾地区は山に囲まれた狭い谷地であって、空気対流がほとんどない。また冬季には、上空数10mで空気の温度が逆転し、これ以上うえに空気が登らない現象が確認されている。同じ接地逆転層の存在は南浅川地区でも確認されている。つまり裏高尾、南浅川地区では、冬季には空気の対流が阻まれ、道路から排出された排ガスが、上空ではなく地表近くに滞留し、余計に高濃度の汚れた空気が滞留するのである。
以下、圏央道によって健康被害をもたらすことが懸念される二酸化窒素と、浮遊粒子状物質について述べる。
(1) 二酸化窒素について
環境アセスは南浅川一般部、八王子ジャンクション部、下恩方トンネル坑口部でいずれも年平均濃度0.018PPM(1988年の北側アセス109頁)、また南浅川インターチェンジ部は1日平均値0.045PPM(1995年の南側アセス案92頁)で、いずれも環境基準上問題はないとされている。
しかし第一に、環境アセスの予想値、特に北側アセスの予想値は1988年(昭和63年)当時の数値であり、現状に全く合致していない。東京都の測定結果によれば、圏央道が完成していない現在でさえ、既に大気汚染状況は予想値を遙かに超えた数値を示しているのである。八王子地区の一般大気測定局である片倉測定局、館町測定局では、現在でも二酸化窒素の1日平均値は、それぞれ0.026、0.016PPM等の数値を示している。圏央道に最も近い館町測定局で既に0.016PPMの数値が上がっているのであるから、1日4万台もの走行が予想される圏央道が完成すれば、少なくとも0.018PPMという予想数値を遙かに超えることは明らかである。
また、第二に、現行環境基準をそのまま用いて、環境基準がクリアされているから健康被害の危険はないとするのは誤りである。現在の環境基準は二酸化窒素について言えば「1時間値の日平均が0.04PPMから0.06PPMまでのゾーン内またはそれ以下であること」である。これは1978年に従前の環境基準を2ないし3倍に緩めたものであり、この緩和は全く科学的根拠がないと当時から厳しい批判を受けている。したがって人体の健康を維持するためには、旧環境基準である「日平均値0.02PPM」が妥当である。また年平均値で大気汚染状況を評価するためには「年平均値0.02PPMから0.03三PPM」(1978年(昭和53年)専門家委員会報告による長期曝露指針)を超えているかを基準にすべきである。
この基準から考えると、南浅川インターチェンジ部分は明らかに基準を上回り、付近住民に健康被害をもたらす危険性が高い。また、八王子ジャンクション部分についても環境基準を上回り住民の健康被害をもたらす危険性が高い。(2) 浮遊粒子状物質について
環境アセスは浮遊粒子状物質について、道路からの寄与が特定できないため、全く予測、評価をしていない(南アセス見解書104頁)。このような見解は、科学的根拠に欠けた驚くべき見解である。
東京都環境保全局は平成2年の都内浮遊粒子状物質の総排出量を11,830t、そのうち82%が自動車に関連して排出されていることを示している(自動車排気管からは36%、道路粉塵が46%)。つまり浮遊粒子状物質の8割以上は自動車によって排出されているのは明らかなのであり、都は既に浮遊粒子状物質削減計画(1996年4月)で、自動車特にディーゼル車規制による浮遊粒子状物質規制に乗り出している。このように自動車からの浮遊粒子状物質排出の危険性はきわめて深刻であるにも拘わらず、その予測評価さえしていないのは、公害隠し以外の何ものでもない。
東京都環境保全局の調査によれば、浮遊粒子状物質は東京都の一般大気測定局、自動車排ガス測定局ともに、環境基準を達成した測定局は一つもなく、すべてが環境基準をオーバーしている。現状でさえ環境基準を達成できていないのであるから,1日4万台の自動車が流れ込むことになれば、ますます環境基準の達成が不可能となり、付近住民の健康被害が発生することは明らかである。
(一) 騒音被害の予測・裏高尾地区
1999年4月から適用された環境基準では、一般住宅地域の昼間の等価騒音55dB(旧環境基準値のL50で50)以下、夜間を等価騒音45dB(旧環境基準で40)以下とした。
裏高尾の場合、荒井地区の民家は圏央道ジャンクションおよび中央自動車道からほとんどが100m以上離れており、摺指地区も50ないし80m以上離れているから夜間の環境基準はA地域の住宅地として等価騒音45dB(旧基準では40)を適用すべきである。
東京都の1988年の環境アセスではこの地区を「4車線道路に面する地域」として夜間50ホンの環境基準を適用させて環境基準をクリアしているように意図的に行っているがとんでもないことである。この裏高尾地区は1車線の都道188号線の沿道に住宅が存在している地域であるから環境基準としてはA地域とすべきである。この都道188号線よりも遙か住宅地から離れている圏央道の道路に面する地域とすることはどう考えても無理がある。
この裏高尾地区は1車線の都道188号線に面するA類型の住宅地でありその環境基準が適用されるべきである。
裏高尾地区の東京都の右環境アセスの調査結果によると、1985年9月10日、9月11日の2日間の調査結果では、中央自動車道による騒音は、道路端から100〜150mまでの範囲での調査結果では、A類型の住居地域である裏高尾地区では朝50ホン、昼51ホン、夕方49ホン、夜間50ホンで、いずれも当時の環境基準の朝45ホン、昼50ホン、夕方45ホン、夜間40ホンを超えている。この調査地点は特定されていないため、どの場所で測定したかが不明であり、検証しようもないが、それでも裏高尾地区の住宅地に環境基準を超える騒音が到達しているのである。
東京都の環境アセスの圏央道開通後の裏高尾地区の騒音予測によると、八王子ジャンクション周辺の騒音状況は、住居地域でも改正前の環境基準を超える朝52ホン、昼間53ホン、夕方50ホン、夜間49ホンである(これは圏央道本線両側に高さ3mの遮音壁、中央自動車道南側に高さ3mの遮音壁を設置した場合の想定であるが、果たしてこのような遮音壁による防音効果があるかも疑問である)。東京都の環境アセスの夜間の八王子ジャンクション周辺の騒音分布図によると、裏高尾地区の住宅地はジャンクションから1000m以内の住宅地が夜間の環境基準40ホンを超え、47.5ホン以上の地域にも多数の住宅地がある。しかもこの環境基準を超える騒音地域の中には特別養護老人ホームも存在しているのである。これは改正された現在の等価騒音レベルによる環境基準である住宅地の夜間の環境基準45ホンを超えることは明白である(改正前のL50の数値に約5をプラスしたのが等価騒音レベルと推定)。
この東京都の環境アセスは既存の中央自動車道等の騒音を考慮せず圏央道のみの騒音を予測したものであるが、実際は中央自動車道の騒音があり、この騒音に圏央道の騒音が加算されたものが、圏央道完成後の裏高尾地区の騒音状況になる。ところが、東京都の環境アセスは現在の環境騒音の寄与は小さいと何の科学的な根拠もなく決めつけて、計画道路である圏央道による騒音レベルのみを予測しているので、実際に圏央道が完成した後の裏高尾地区の騒音状況は右予測値よりはるかに高い、環境基準をはるかに超えた騒音レベルになることは間違いない。
原告らが実施した自主アセスによる1985年11月の調査では、東京都の環境アセスで40ホンのレベルコンターを引いた裏高尾の荒井地区では、昼間51dBないし52dBで、夜間は48ないし49dBになった。荒井地区の中央にある若宮八幡神社での夜間測定は45dB、「S0S子供の村」での夜間計測値は51dBといずれも都の環境アセスを越える数値となった。
都の環境アセスでは、裏高尾地区の環境騒音は地上1.2mで猪ノ鼻山陰の官民境界地が裏高尾地区の騒音の最も厳しいところだとして夜間環境騒音46dBとしているが、圏央道による高架道路は地上10ないし50mの路面高にあり、そこからの騒音到達を地上1.2mが最も厳しい地点とするのは非科学的であり、正しい騒音を予測したとは言えない。また車速も都のアセスでは80km/hとしているが、80km/h以上の車速のタイヤ音を無視しているので、実際の予測は都の環境アセスの評価の指標である50dBではなく53dBとなる(いずれもL50での測定)。
そのほかに工事に伴う騒音、裏高尾の狭いV字谷による反射音による騒音の増幅があるので、圏央道完成後の騒音はもっとひどくなり、環境基準を超える騒音状況になることは明らかである。
(二) 交通量の予測
都の環境アセスでは相模湖方向の中央自動車道を走行する車両の1日50,600台の内中央自動車道から圏央道に出る車両は1日11,750台であるから、摺指、荒井地域のジャンクション内の中央自動車道を走行する車両は27,100台/日である(東京都環境アセス資料編35頁図1−12−4)。 東京都の環境アセスでの交通量予測図は以下の通りである。
図表 略
交通量に関する東京都の環境アセスの予測が如何にはずれているかを示すものとして平成11年度の中央自動車道八王子〜相模湖東間の交通量(1999年4月から2000年3月まで)の道路公団の資料がある。この資料によると平成11年度は1日平均上下線で52,844台である。都の環境アセスは昭和75年、(2000年、平成12年)の予測として八王子ジャンクションの中央自動車道の交通量を1日27,100台と予測していたのであるから、現在の中央自動車道の平成11年度の交通量1日52,844台は東京都の環境アセスの平成12年の予測を25,000台も超え遙かに上回っていることを示している。すでに中央自動車道の交通量自体の予測が大幅に外れ、予想より交通量は増大しているのである。これに圏央道から中央自動車道に進入する車両を加算すれば中央自動車道の交通予測車両は東京都の環境アセスの予測より遙かに増大した数値となる。
東京都の環境アセスは2000年の交通量の予測を前提に騒音レベルの予想を行っているが、東京都の環境アセスの予測の前提となった昭和75年(平成12年)の全国の自動車保有台数予測5,800万台(東京都環境アセス資料編29頁)は、既に平成10年の全国の自動車保有台数が7,368万台に達していること(平成11年版運輸白書)から現実の自動車保有台数は予測を大幅に上回っている。このように現実の自動車保有台数や交通量が東京都の環境アセスよりも大幅に増大している以上、騒音予想値も増大することは明らかで、東京都の環境アセスが信用できないことを示している。
3 低周波による被害
中央自動車道による摺指地域の民家で原告らの自主測定によると10Hz付近で75ないし80dBにもなった。中央自動車道から135m離れた民家でも10Hzで75dBを越える低周波振動が中央自動車道からきて戸や障子がガタガタ鳴るなどの被害を起こしていた。中央自動車道の高架橋梁から放出される低周波空気振動は夜間において睡眠妨害も引き起こす原因となっている。
摺指地域の民家は圏央道ジャンクションの高架道路より135m以内にあり、低周波振動被害が予測される。特に圏央道高架橋梁から150m以内には特別養護老人ホームもあり健康状態が弱いお年寄りが多数いることから低周波による被害が予想される。
4 振動による被害
東京環七、産業道路、第二京浜の幹線道路沿道における調査では、地面上のL10値が52dB位で81%の人が「振動公害をかなり感じる」と訴えているし、「建物の壁にひびが入ったり、家の一部がゆがむ」という建物の被害を訴える人が43%あった。高速五号線沿道の板橋区前野町では地面上のL10値が40、41dBであったが、地盤状況が悪いため著しい振動公害が発生した。圏央道に関する都のアセスでは振動予測地点20地点中14地点(70%)がL10値で45dB以上である。裏高尾地区では地盤状況によっては著しい振動公害が発生するおそれが強い。