朝日新聞 「天声人語」 2000年10月25日

 思料(考えること)、支弁(金銭の支払い)……。裁判関係の書類には、とかく難解な法律用語が並びがちだ。その点、きょう東京地裁八王子支部に提訴される「高尾山天狗裁判」の場合は、とても分かりやすい。いかめしいはずの訴状が、「絵本」で始まるのだから。
▼訴状を繰ると、目次に続いて奥深い豊かな森の絵。その下に、こんな詩が添えてある。〈 まかふしぎ/この山のどこかからきこえてくる/ことりのさえずり/谷間のせせらぎ/木の間をぬける風/音が声に聞こえてくる/昔、むかしの/人の声のように感じる 〉
▼つぎのページに、山中の小さな滝にある水行の道場の光景と、それを描いた詩。三ページ目は、きれいな沢の水を手ですくっている人。〈 どこから川が生まれるのと/あたりをみまわすと/ここだよと/いちめんの草や木がざわめいた 〉
▼東京のはずれにある高尾山は標高五九九メートル。「絵本」によれば千三百二十種の植物、五千種の昆虫、百三十七種の鳥などが生息する「ゆたかな生態系そのもの」の山だ。その山腹を、高速道路(圏央道)の二本のトンネルが貫こうとしている。訴状は、道路工事の差し止めを求めるものだ
▼これに反対する地元の人たちは、十六年前から運動をしてきた。そしてとうとう裁判に訴えることになった。原告は千六十人と六つの自然保護団体、それにこの山や周辺のオオタカ、ムササビ、ブナと高尾山そのもの、隣の八王子城跡
▼十二ページにわたる「絵本」はこの夏、原告団のメンバーが愛する山をあらためて歩き回り、作った。自然への賛歌が続いたあと、絵と詩の調子は変わる。〈 今、山の上から見ると/ブルドーザーが/向かいの谷間を削っている/山の血肉なる土を運び去る/ダンプカーが列を作っている…… 〉と。
▼原告への問い合わせファックスは〇四二六-六九-七三八七。