2004年秋・高麗の郷 〜巾着田の彼岸花再び〜

の訪れ・・・暑かった夏を雷が追いやったあとに長雨が続き、ようやくのぞいた晴れ間に澄んだ高い空が広がる・・・それほどに夏が好きで、その季節が去ることがもの悲しく、それゆえに久々に広がる晴れ間が目にまぶしく感じられた。彼岸花は、そんなときに目に飛び込んでくる。今、こうして思うことは、夏が終わってから高々数週間後に彼岸花の時季がやってくることを、子供心にはまったく実感できなかったこと。そこには、明確に季節の分け目があり、”此岸”と”彼岸”のように遠い距離を感じたのであった。

この夏、明らかに違っていた。東京で39.5℃の高温記録更新、真夏日が最多日数を記録した。その一方で、6月と8月に台風が相次いで上陸した。なんだか季節の夏ではなく、亜熱帯地方に移ったかのような蒸し暑さが日常的にあった。列島に張り付いて夏と秋を明確に分ける前線は、今年はまだ顕著でない。終わらない夏の中で、この季節を迎えてしまった・・・

一昨年も歩いた巾着田、人の多さには閉口したけど、真っ赤な絨毯のように染まる大群落はやはり、一度見たら忘れられない。蒸し暑い昼下がりに訪れた。余りにも暑いので、傍らを流れる高麗川で泳ぎたくなる気分だ。肝腎の彼岸花は今年は早めに咲いているとかで、かなり疲れ気味。夏が暑すぎたせいか、気温が少し下がった状態を秋と勘違いしたのか。それでも、遅咲きのエリアでは今を盛りと一帯を真紅に染め抜く群落が見られた。たった一輪、白花が咲いている。情熱的な赤ではなく、繊細さを伴った光がそこにはあった。アングルファインダーを駆使して、見上げるショットも連発。出来栄えを見ると、この花は長く取り組むテーマになりそうな予感が・・・

暑い、そして人が多い。このところの執念深さが影を潜めて”こんなもんでいいかな”とカメラをしまって歩き出す。行き先は日和田山。ここから真っ赤に染まる巾着田が見えるだろうか?比較的急な勾配をグイグイと登っていけば、汗が噴き出す。喘ぎながら登り続けると山頂近くの展望地に出る。肝腎の巾着田は?川に沿って縁がかすかに染まっている。しかし、大半が雑木林の下で、残念ながら余り目立っていない。やっぱりこんなもんかな。それでもこの場所が好きだ。遠くに大岳山を目立たせた奥多摩の山なみも広がっている。晴れていれば富士山も見えるという。このあたりに住むことがあったら、年中足を運ぶに違いない。

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子供の頃、”終わらない夏”をひたすら願ったあの頃。あのとき、夏の終わりは”夢の終わり”を意味するようであった。彼岸花は、夏が去ったもの悲しさをまとって咲く、陰鬱な花だった。それが今ではこうして、輝く花になっている。季節がめぐるように、夢に終わりはない。秋には秋の、冬には冬の美しさがある。”これだけでなくてはならないもの”は今やどこにもなく、無数の夢と無数のプロセスがある。そんなことを日々思いながら、生き続けたい。埋もれそうになったときに手繰り寄せることを願って。

2004年9月

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