|

記念論文 屋外広告業21世紀へのビジョン
はじめに
業者(製作人)として屋外広告業について論述する前に、私共のスタジオの状況を説明しなければならない。それは
小さい時の学芸会の舞台装飾作りの現場のようなもので、実際に仕事をする場合、整理整頓といった教訓など関係が
なく、資材やその機器道具が手のとどく範囲内にある。又、すさましい戦争の最前線のようなものであり、商品を仕上げ
るため全力を尽くす。そうかと思うと、勉強部屋で方程式を解いているような整然とした状況で、満足のいく仕上げの繊
細な作業もある。
資材は、金属、木材、紙材、塗料、プラスチック、塩ビシート、テント布地、電気資材などの一般にネタとなるもので
ある。機器道具では、土木建築、塗装、木工、鉄鋼、板金、デザイン、映像、コンピュータ等、加工、製作、仕上げ、設置
取り付け等に必要な七つ道具があり、運搬車両や重機関係等も含めて、他の業種より数多くの資材や機器道具が必要
である。それだけではなく作業上、段取りに間違いがあれば大変面倒なことになるため、基本的な知識と技能が要求さ
れる。
又、時代に伴い他の業種に見られない急速な展開で新素材が登場し、その資材と共に機器道具が開発され,屋外広告
物の規模、形態、様式等は製作上限定されず、今後ますます発展する傾向である。
そして今日の屋外広告業となるまで、ガラス看板のタンポ仕上げや映画の絵看板と共に、毛筆による文字描き(隷書・
楷書・行書)が主流であった昔の看板業の徒弟関係など神話化されてしまったが、これからも手仕事である創作技能は
伝承されていくものと考えられる。
未開拓媒体
まず、屋外広告業を行政的フィルタを通して時代的に列記し、21世紀の業界ビジョンを考えることの展望指針と致しま
す。明治44年より広告物取締法が制定されていたが、昭和24年に現行の屋外広告物法が制定された。その法律では
美観風致の維持及び公衆に対する危害防止するために、屋外広告物を掲出する物件の設置及び維持について、必要
な規制の基準を定めることを目的とした。
しかし、屋外広告物の伝達機能、広告媒体等の促進助成や積極的な前向きのソフト面に欠け、都道府県や政令指定
都市等の定める屋外広告物条例も、規模、形態、面積、寸法等の規制であり、その他の建築基準法、道路法、道路交
通法、自然公園法等の屋外広告物関係法律もハード面だけの無機的な規制である。
次に、屋外広告物法制定以後の経緯を考えてみることにする。昭和33年、屋外広告業者は常に広告倫理を遵守し、
環境を保全する広告物を掲出しなければならないと、行政側への協力を宣言し、私共の(社)全日本屋外広告業団体連
合会(以下・日広連と言う)が業界の全国組織団体で発足したのである。
昭和36年、職業訓練法(現・職業能力開発促進法)による職種「広告美術」新設により、広告美術業として市民権
を獲得し、職業訓練指導員(広告美術)が誕生した。
昭和41年、一定の技能基準をもって技能検定(国家検定合格)により、一級・二級広告美術技能士(当時ペイント仕
上げのみ,現在は「広告面ペイント仕上げ」の他、「広告面プラスチック仕上げ」と「広告面粘着シート仕上げ」があります、)
と称することが認められた。現在、10,000名を超える広告美術技能士に対する技能尊重の優遇措置対策が不十分
であると言う課題も残っているが、業界の社会的地位の向上に大きな役割を果たしたのである。
昭和48年、屋外広告物法一部改正により、屋外広告業について、広告物の表示及び広告物を掲出する物件の設置
に関し、必要な知識を習得させる目的で、営業所ごとに都道府県等が行う講習会の課程を修了した者、又はこれ以上
の知識を有する条例に定める者が置かれていなければならないとする業者届出制度(現・業者登録制度)が実施され、
日広連では、国会でその法律が通過した9月10日を「屋外広告の日」と制定した。
その後、屋外広告物を設計施工するに当たり、業者がクライアントの立場で安全安心を親身になって対応してきました
が、昭和55年、日広連は建設省(現・国土交通省)の委託を受けて屋外広告安全基準の策定をした。そして公衆に対す
る危害防止を図るため、必要とされる一般的、技術的基準を定め、日広連がこれに基づく講習会を実施し、その講習会
を受講して試験に合格した者を屋外広告物管理士(現・屋外広告士)に認定した。又、屋外広告物はまぎれおなく建設工
事であるので、昭和60年、建設省(現・国土交通省)より鋼構造物工事業の例示欄に記載され<屋外広告工事>指定
となった。
さらに昭和63年、労働省(現・厚生労働省)関係のサインボード・クリエーター資格者の誕生や、永年に亘る日広連の
組織活動等により、業界の総合的なレベルアップをみた。そしてまた、広告美術業、サイン業、屋外広告業等といった曖
昧な名称により一般的に知られにくいが、昔からの看板業の名称からの脱皮が近年になって定着してきている。
業界の21世紀へのビジョンという計りしれない大きな難しい問題を考える場合、屋外広告とは何かを知る必要があり、
業種としての名称の一本化が重要である。屋外広告は業としての単独の仕事量が少ないので、建築付帯物として建設
業者の下請け工事や一つの広告媒体としての広告代理店の下請け工事などの特有の領域性をもっている。
従って行政サイドの経緯も広告美術・建設工事と展開した。即ち、屋外広告物は大別して建築情報媒体と広告情報媒
体との両義的中間に位置するもので、今後何らかの方向性をもった規範によって規定されるものでない未開拓媒体であ
る。
もどる
建築情報媒体
日本経済の発展と共に重厚長大の時代には大量生産のレディメード製品、ネオンサイン、大型屋外広告物が台頭し
デザインポリシー企業戦略が展開された。その屋外広告物の多様化・大型化により屋外広告物安全基準の建築工学
(構造力学)の必然性や建設業法での鋼構造物工事業などが建築情報媒体として確立している。その後、商工・産業界
や経済世界全体が量から質へと、そして、ハ−ド時代からソフト時代と変貌し、企業イメージ戦略CI採用によるマーケッ
ト拡大と企業の近代化を図っているのである。
室内外の分岐点にある表札は、社会構成最小単位の<家>の標識であって、ミニマルな屋外広告物の原形ではな
いかと考えられる。その表札は、姓名掲示に過ぎないが、家族と所帯主の人間性や社会的地位である<顔>が背後
にあって象徴性がある。
室内では家庭内だけのものであるが、室外(野外)の屋外広告は、一般大衆の視野となり屋外広告でのその象徴性
が企業にあっては「表看板」意識となり、伝統的な「のれん」意識と重なり、その組織団体(企業)の理念イメージのコン
セプトが存在する。即ち屋外広告物自体にモニュメント的付加価値があり、それは都市の表情や総合的環境を意味し
ている。そしてそこには建築物が空間構成に関する物理的な存在として成立し、与えられた条件に応じ建築工学上合致
した基本構造の枠からはみ出せない不具合がある。建築物のその基本構造では、人間が快適さを求める条件として,
近代建築が合理的機能主義を中心に発展し、近年では表層的に造形化し、屋外広告物と共にポストモダニズムの建築
表現を試みている。
屋外広告物は建築物の表層的なものではあるが、都市景観や任意の全風景に対し重要な関連があり、特定景観に
関して一つの景観を尊重しようとする意識「文化・環境・自然・歴史等を次の世代にのこそうとする守りの思想」や別
次元の世界への投企「新たな文化・環境・自然・歴史等を育てようとする未来思想」、そしてその二つの思想の相互依
存による調和といった三通りの理論は、その時代に育っていく子供たちへの幼児期における潜在意識の中の原風景の
創造である。
又、建築物を視覚的立場で考える場合、表層部の素材・色彩・形態・規模・屋外広告物等が意識されるが。その建築
物は誰が設計して、どこが施工したのか、構造はどうなのか室内の生活や人間関係はどうなのか、その他インテリア等
について何の関係もなく、屋外広告物が最初に意識されて、その他のものはその意識の潤滑油としての働きをもつだけ
である。即ち、意識上、建築物と屋外広告物が同一の価値機能を果たしていることになる。
又、例えば千葉県幕張の一連の高層ビルには極めて小さな企業サインがあたかも背広にバッチを着けたように設置さ
れたり、美術館である建築物ジョルジュ・ポンピドー・センター(仏)はそれに似合わない工場スタイルであり、象徴性の
投企として建築物自体が屋外広告的である。
情報化社会における都市景観は、建築物自体が屋外広告物であり、建築が広告である許容範囲については、景観上
建築物と屋外広告物とを分離させないことが基本的思考の前提である。
もどる
広告情報媒体
屋外広告物の広告効果を人間の病気治療に例えれば、長時間かけて根強く体質改善する漢方薬であり、これに対し
て、TV・新聞ラジオ等のマスコミ広告媒体は、短時間で即効性のある近代医学・医薬品である。
屋外広告の特性は視覚上瞬間的でありながら心の奥深く印象づける耐久情報媒体であり、大部分が固定されている
もので、受手側が常に移動している場合が多く、その瞬間的視認性は電波広告媒体に類似性がみられるが、他の広告
媒体と比較して象徴性がありインパクトが強く目立ちやすい特色がある。表現方法では、規模様式や地域での設置掲
出が一定の規制を除いて自由であり、スペース媒体として融通性がある。従って日本経済の発展に伴い、広告コストが
安価で実行できるため屋外広告物が氾濫したのである。
広義的サイン伝達方法を挙げてみると、視覚、触覚、聴覚、臭覚、味覚等があるが、屋外広告はその視覚による表現
で素材や形態とその色彩が重要な役割りを果たしています。そこでマクルーハンのメディア理論に関して、言語では証
明不可能なもの、つまり「遊び」の世界から展開してきた近代美術(アート)と屋外広告(広告)との関わりを考えることに
する。
ジュール・シェレやロートレック等がパリの街角を彩った商業ポスターは、素材が紙質であっても画家の広告表現(応
用美術)であったとしても、発表の場が屋外であることが、従来の美術館や画廊に陳列された美術作品よりも近代美術
として極めて発表手段が今日的である。そして19世紀末期の機械文明の到来と共に、未来派の画家たちは広告制作
を芸術の低級な形態としてではなく、工業社会の中から生まれる新しい審美的表現である創造の次元で活用しょうと考
えた。又、中世における美術が貴族の権威や宗教の保護布教に関する機能的<広告>であったことに目覚めたので
ある。
近代デザイン運動の先駆者のウィリアム・モリス、ムテージウス、グロピウスのバウハウス、ル・コルビュジェなどの理
論とその活動は、工業社会の産物であるデザイン(応用美術)と「美術」の距離間を短縮させるための作業であった。
又、20世紀初頭では、ピカソ、ブラックの立体派の活動、カンディスキーの抽象作用、ダダ・シュールレアリズム等の
前衛的美術の試みは「広告」と相関し、思考方法のための「広告」でもある。
そしてあまりにも有名なレオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」に口髭を描いたマルセル・デュシャン「LHOOOQ」を真似て、
40年後にデ・クーニングの素描をケシゴムで消してしまったものをロバート・ローシェンバーグの作品としたショッキング
な事件など、現代では広告パロディとして日常茶飯事の如く出くわすのは周知の通りである。
アースワークの作家クリストは、景観的著名建造物を布製のもので包み込みイベントの短期間設営装飾の表現方法
を用いて人工的な梱包作用により、特定の建造物や自然(場所)の再確認のための「広告」の試作であり、ポップ・ア
ートの作家アンデ ィ・ウォーホールにあっては「広告」を「美術」として逆輸入さえしている。
近代美術の中の限られた欧米主導型アートの暦史的正当性を背負い込んで、古代の壁画レリーフの作品と出会い、
その作品の広告性を把握した時、美術作品は史的証拠物としてのものであって美術館が博物館化する危険性があり、
現代の美術家は経済的パトロンの喪失で苦しい生活をしながら屋外広告物資材等を用いて思考的、又は概念的広
告を制作していることになる。
即ち、これからの屋外広告物は企業戦略主体の時代から、美術を通じて倫理、政治、宗教なども含む人間の生活全
体の新たな質的向上と高度なイメージが求められるコペルニクス的転回が表面化した時代になると考えられる。
又、地域社会の表情づくりを通じて、屋外広告物が都市景観の文化的環境コンセプトを継承し、さらに新たな屋外広告
「物(ブツ)」からイメージ「心(アート)」が重要視され、屋外での視覚原風景・風景全体がアートイメージ屋外広告の発
表の場となり景観環境を形成することとなる。
もどる
最後に
業者(製作人)として、屋外広告が如何なる媒体となるか、或いは日本経済状況下でどのように生かされ展開していく
のだろうかと言う問題に注目しているのである。この30年ほどの期間に屋外広告物の資材や技術、そして様式など他
の業種にみられない大きな変貌をしたのである。
本論では未開拓媒体、建築情報媒体、広告情報媒体の三媒体に分割して論述し、未開拓媒体では業種名称の一
本化を提案し建築情報媒体では「建築」は「広告」であり、広告情報媒体では「広告」は「美術」であると主張したのである
が、屋外広告 媒体論としてかはり不安定な概念であるが、その不安定なこと自体が屋外広告の出発点なのかもしれな
い。しかし、そうした媒体論でなく別な角度から具体的に考えることにする。
屋外広告物法による業者届出制から許可制(現・登録制)へ、建設業法による単独工事業<屋外広告物工事業>新
設等は、将来実現しなければならない課題の一つであり、屋外広告業の将来の方向性を考える上で非常に重要であ
る。
同時に都市景観の直接産業には、土木建設業、造園業、屋外広告業、エクステリア業等があるが、日本標準産業分
類では、その中で屋外広告業だけがサービス業に属している。むしろ屋外広告業はオリジナルな建設業や製造業であ
ることについては具体的な位置づけも重要なことである。
次に、屋外広告業の国際性と情報化社会への対応についは、屋外広告業の海外進出と外国人研修生の受け入れな
どに対する職業能力開発や、屋外広告業の国際的拡充を図ると共に業界の国際相互の交流を推進をし、さらに高度情
報化社会での都市計画・施策に伴う景観対策の人材育成と、業界に技能向上を図るための教育機関の充実が必要で
ある。その教育機関に関しては、古い形の職業訓練校ではなく広告美術技能を含む美術工学、デザイン、建築学、芸術
全般等を必須とした大学の学部新設や専門学校開設等による技能者および指導者育成と、実務者の低年齢層をターゲ
ットにした技能者養成機関の開設も必要である。
そして、これからの業者としての屋外広告物は、時代と共に高度なものが求められるようになり、屋外広告業者は、そ
の求められる以上のものをクライアントに提案しなければならない。
屋外広告は、「建築」・「広告」「美術」の情報媒体であり、時代性の文化、生活環境、思想等を反映させながら、屋外
広告の指向する訴求目的が情報表現として環境言語となり、又、創造的立場の美意識が高揚して、総合的景観、視覚
風景の空間全体が屋外広告である。
●記念論文「屋外広告業21世紀へのビジョン」は、日広連創立35周年記念・記念誌の内容で、原文と違っている誤
字・脱字等を修正し、且つ、近年の法律・条例等で変更改正になった部分の内容を加筆したものです。
本ページの開示は、屋外広告業に関して今後何らかの参考になればと思い掲載致しました。
(社)全日本屋外広告業団体連合会 創立35周年記念・募集論文 (記念誌掲載) 竹村克爾 1993
タケムラスタジオここをクリックすればTOPページへもどる
|