2003年 12月31日 午後8時24分 今日も晴れ
今日はようやく休みです。12月初めて朝から晩まで1日フリーです。大好きなうたた寝も40分ほどできました。午前中は、楽しみにしていたシロちゃんに会いにいきました。シロちゃんの大好きな魚肉ソーセージもって。でも、いなかった。新宿のデパートにおせちをとりにいく。あまり食べないのだけども、ないとさびしいし。田舎のお袋が元気な頃は、すべてお袋が作っていた。なつかしい。子供の頃の大晦日。まだ生きていたばあーちゃんと忙しく動きまわるお袋がなつかしい。小学生の頃は母方の祖父がやってきて楽しい団欒の時をすごした。津久見で造船会社を経営していたこともある祖父は気前よかった。お年玉をもらえるのはこの祖父だけであった。夕方、タクシーから蜜柑の木箱を降ろして、降り立つ着物すがたのじいちゃん。「博子、雄彦、英信ー。」と名前を呼びながら、玄関の戸を開く。毎年、毎年この風景が続いた。中学1年のときその祖父が死んだ。私たち一家は父の転勤で宮崎県の延岡に住んでいた。大声で泣きながら悲しむ母の姿が今でも脳裏に残る。東京に出て、父母や姉、弟たちと過ごす大晦日は遠い日の思い出となってしまった。食べたいものはたいてい食べられる日常。正月といってもとくに変わったこともない。それでも子供がちいさいときは、一所懸命にお正月らしく楽しんだ。普段、美味しいものを食べることもない質素な生活が普通だった、あの頃のお正月。お正月はご馳走が楽しみのひとつだった。ふだん怒ってばかりいる父親もこのときばかりは機嫌がよかったしね。大晦日、お正月が近づくと、少年のころのあのお正月の心を無意識に追いかけている。優しかったばあーちゃんと大好きな母さんに囲まれてごはんを食べている自分がいた。ものごころがつくにしたがい、人生の重荷を無意識のうちに知っていく。大人になるとは、責任を懸命に果たすことと知る年頃、遠く父、母の重荷に思いをいたす。重荷をかけてきた自分が重荷を知りその心を知る。もうあの少年のころの風景はもどらない。人間の心を虜にする原理主義的なものの恐ろしさを考える。愛する人たちの死。不安の多い未来。BSE、民族主義、宗教主義、耐性菌、癌、等々。「救世主は必ずいる」と、マトリックス。こどもたちをどこまでまもっていけるのか。不安の中に今年も暮れていく。2004年に何がおきるのか。呆然とたたずむことだけしかできない私がいる。


12月30日 火曜日 晴れ やや暖か
今年最後の指導を終える。さすがにきつかった。中3は、ひとり風邪でダウン。今日は、私の講義テープ「ポイント集講義録」に聴きいっていた。会員から絶賛のこのテープ。4年前の講義を録音したもの。ダビングして聞くものも多い。私の講義テープはいろいろあるが、竹の会のテキスト解説シリーズは好評だ。
シリーズといえば、出版社が企画するシリーズものには要注意。傾向と対策シリーズとか、標準問題精講シリーズとか、何々シリーズがなんと多いことか。原仙策の「英文標準問題精講」は名著だったが、この後、このシリーズがやたらと出た。一ついいと何かみなそろえなければいけないみたいな完全主義の誘惑がある。受験勉強に完全主義は害だ。完全主義って、結局、原理主義みたいなものだよね。原理主義はやっぱやばい。シリーズなんて結局、出版社の都合にすぎないんだから。シリーズからは1冊のみにしとこう。資格試験の参考書にはこのシリーズものがやたら多い。特徴があって、ひとりの著者がシリーズものを書く場合と、出版社企画の著者区々というのがある。いい著者だと全部そろえるということになる傾向が強い。最近は、学者の書いたものより、予備校製作の教材が主流で、予備校もこれを売り物にして客集めをする。いずれにしても情報が氾濫し、偽物が幅を利かせる。本物に出会うには、それなりの失敗の積み重ねが必要だ。私も、偽物の本は数限りなくつかまされた。今は、かなり敏感に本物をかぎ分けると思う。内容的に「重い」本はいくら超一流の学者が書いたものでもダメですね。東大の江頭先生の「株式会社法・有限会社法」は、稀にみる名著だと思うが、やはり内容的に重い。自分の脳にスンナリと入り込んでいくかどうかだ。名古屋大の前田先生の「会社法入門」は最悪だ。主語が不明の文が多い。やたら文に切れ目がなく、一文がページの半分にわたることもある。指示代名詞の使い方もあいまいすぎる。江頭先生の文章とは対照的だ。文の息の長いのは、丸山真男も同じだが、こちらは論理的な美文だ。こんな文章のうまい人がいたのかと感動もの。もちろん政治学者の文章だから文学にいう美文とは異なる。神戸大の河本先生の「手形法論集」を読んだことがあったが、論理的な名文であった。論理的な名文だと、目が無い。つい買い込んでしまう。そういうわけで私の書棚には、そんな論理的名文の本がやたら多い。法学部出身なので法律学者のものが多い。最近は、実務家の本もよく読む。実務に根ざした説得力ある文が多い。文学はあまり読まない。面白くないから。山田詠美はいくつか読んだ。早乙女勝元は読売の人生相談が鋭かった。この面からこれは一流の人だと思った。分析が鋭い。丸山明宏が鋭い分析をする。恋愛分析は独壇場だ。立花隆は、あまり面白くない。佐高はけっこう読んだが、とにかく口が悪い。「偽善」という人間判断のメルクマールもこの辺から仕入れてきたように思う。日垣が「偽善系」という本で佐高を徹底してやりこめていたのは痛快だった。最近は、ノン・フィクションならいろいろと読む。原理的な思考だけはとりたくない。京都大の森先生はわけのわからない規範的なものを嫌う自由主義者だが、丸山真男だってリベラルでは負けてはいない。最近読んだ養老先生の本に、原理主義者についての記述があったが、これは納得。小林秀男はすごいのかな。文はまあ読めるけどね。昔は、大宅壮一の本をよく読んだっけ。疲れきった一日が終わる。明日は、大晦日。いろいろと雑事が多い。忙しい一日になりそうだ。シロちゃんだけには会っておきたい。今年も体を酷使して1年が終わる。ふー。


12月29日 月曜日 晴れ
いつもの一日。7時に起きて、10時過ぎに教室から帰り着いた。今日は、何も書けない。全身がきしむ。睡眠不足で頭が冴えない。今日は、帝京大学の数学をかろうじて解く。中2は、3人。講義テーマは、「指導案盲点集」と「1次関数」。中学入試の小学生は、よくやっている。特に、一人の女の子が、集中力がある。机に8時間以上ついている。そして考えている。感心することしきり。中3は、英語が冴えない。数学もぱっとしない。ここはとにかくとことんまで追い込んでいくしかない。そういえば落とすとこまで落として、さんざん思い知らせて、一気に上昇させるというのもよく私のとる作戦だったよな。自分でも意識しないで、ほとんど本能的に対応している。受験生ひとりひとりの反応をみて、次の手を打つというのは、私の常套手段だったよね。いつもいつもいい形にもっていくことばかりを考えている。落ち込む気持ちをとらえて、さらに次の一手。後1日。少しだけ休める。ゆっくり眠りたい。2月になったら、仕事を整理して自分の時間を作りたい。一日24時間が、すべて受験生のこと。頭の中はそのことばかり。背中が痛い。背中に一面にエレキバンをはりつけて、異状としかいいようがない。本を読む気力もない。もう寝ます。お休みなさい。


12月28日 日曜日 青空
早朝、目が覚める。ノドがいたい。やばい。部屋にはオイルヒーターをいれてある。それで布団を脱ぎすてる。やばい、冷蔵庫からドリンクを取り出して飲む。イソジンでうがい。また寝る。7時4分に起きる。今日ある中2用のレジュメをプリントアウト。7時30分終了。朝日新聞にざっーと目を通すのはいつものこと。新刊情報は念入りに読む。毎朝飲んでるもの。養命酒、アロエエキス、黒酢、アリナミン、ウコン、アガリクス。スゲエー。朝食はとらない。朝、家を出ると外は冷たい。朝の空気が体にしみこむ。この空気の感覚。そうだ。大学入試の朝といっしょなんだ。ピーンと張りつめた気持ち。歩きながらいつもあの感覚がよみがえる。受験前日、郷里の別府から、博多に。親父の押さえてくれたJRの宿に投宿。宿はJRの子弟たちでいっぱい。大部屋だとたいへんだ。運良く2人の離れに。話し合って、夜は8時に就寝。離れた大部屋は明け方まで明々と電灯が。眠れない奴がいる。いい迷惑だ。私はぐっすり。頭すっきり。試験は3日間。午前に数学100分。国立は数学で決まる。いまでも思い出す。のこり30分で2問を残す。1問20点の100点満点。いいアイデアが浮かばない。結局、もっとも原始的で時間のかかる解法に。ギリギリ30分かけて2問を書き終わる。証明問題。すごい代入。0になった。うまくいった。多分90点。やった。午後は国語。得意の現代文。古文は自信なし。8種類の歌集と和歌の組み合わせ問題。難問の文学史。漢文も無我夢中。国語は半分とれたかしら。2日目は午前は英語120点満点。問題はすべて長文解釈のみ。得意だ。単語は1万語は覚えた。5文型の自覚なし。ぎこちない直訳。とにかくできた。100点は超えている。そう決めつけた。午後は生物1科目。60点満点。生物は教科書がやたら分厚い。結局、薄い数研の問題集のまとめのところのみを斜め読み。まとめにあった染色体の分裂の様子が出た。ラッキー。半分くらいかな。3日目は午前の日本史と世界史各60点満点。山川用語集の丸暗記。世界史でインドのデカン高原の地図が出た。これは参った。合わせて100はいったと思う。90+60+100+100+30=380点くらいかな。前年度の合格点は350点はいかなかったと思う。試験を終えて外にでた。予備校が解答速報を配っていた。数学の解答だけ見た。5番の小問の2番のみダメ。順列組み合わせだ。数学はできた。帰りの汽車は何か充実した気分だった。10日後の3月15日、合格発表の日。西日本全域に大手予備校提供でテレビ中継。私は、大分の映画館にいた。あえて発表はみなかった。落ちてたら、そんな不安がそうさせた。昼頃、家に電話。電話に出た母が「おめでとう、・・・・」。後は涙声で聞き取れない。私の体に電流が走った。頭の中は真っ白で、わけがわからなかった。大分の繁華街を早足で歩く自分がいた。途中、小学生の頃の初恋の同級生が恋人らしき人と連れ立って歩くのに出くわす。軽く会釈して、急ぎ、タクシーに乗る。、大分から別府まで車で20分。家に向かう私の心は宙を舞う。私の人生の一つの転機。いつも冷たい朝に出くわすと、受験の日の朝の感覚がよみがえる。一瞬、あのときの私が歩いている。うつむき加減にじっと沈んだ私がいた。初恋の人がすれ違ったあの風景。いつも思い出す切ないあの頃。今日は、みんなに、親子丼をおごる。「まいう」。長時間。プレッシャーはすごいと思う。がんばれ。きっとなんとかする。絶対に負けない。いつも思い出す。ひたむきに下ばかり見ていたあの頃。自分に幸せなんてないといつも思っていたあの頃。私は受験生のブルーなき持ちが痛いほどわかる。だからいっしょに苦しむ。いっしょに泣く。したばかり見ていたあの頃。大学に合格したとき、ひとりで泣いた。こみ上げてくる涙がせき止められなかった。あのときから、ちょっぴりだけ上を向いて歩き出した。それでもいつもいつも幸せな自分なんているのかなと疑った。だからだから私は君達の心がよくわかる。


12月27日 土曜日 夜明け前みぞれ 日中は青空 寒強し
午前中テストの中3は、都立英語でまともな点がとれない。英文解釈もそうだが、ポイント集を読むようにいって、久しいのに全く馬耳東風。都立過去問で実力を磨く企画はパー。例年、都立の英語と数学は平気で9割はとっていたものだが、やはりのんびりしてきたつけは大きい。1月いっぱいかけても、やるべきことはやはりやらせないといけない。飛ばしてやってもやはりだめだ。数学も都立レベルでまともな点数はとれないが、こちらはまあ何とかなりそうだ。今日は、理科と社会のこれからの勉強法について細かい指示を出す。中学入試の小学生は、おとなしく指導にしたがっている。中3が意外と指示を不作為に無視する。中3のグルメ通のT君とは話しが合う。6号通りにある手作り弁当屋は「まいう」だ。今日は、生姜焼き弁当。今日も「まいう」。今日は、都立数学の解説を書く。とにかくできない。明日は、日大桜丘の英語を解説することにしている。都立の英語でなにをもたもたしているんだ。私立の英語を見て少し考えろという思いで、今日手渡した。まったく私の指示を結局は不作為に無視するからこういうことになるんだ。都立の国語は今日はいい点数をとったが、国語はみんないい点をとる。例によって国語がまるでだめな小学生。これも結局ふだんの指導の時からの、いいかげん勉強姿勢がもたらしたともいえる。指示を素直に遵守しさえすればいいのだ。中2は今日は2人のみ。例によって、数学は、日本語の数学的翻訳の講義。英語は拙著「指導案U」の中から連語を特集したレジュメで講義。勉強にスタンスが向ききれない中2という感じだ。自分の判断、自分なりの考えが結局失敗につながることが多い。冬休みは短い。それだけにこの長時間指導のもつ意義は大きい。2日目だが、背中の痛みがひどい。参った。2月は思い切って仕事を整理するつもり。例年にない竹の会の冬。なんとかしようと思う一心で私の指導は毎日毎日が苦闘の連続。正直疲れてます。


12月26日 金曜日 晴れ
朝8時45分の電車に乗る。渋谷駅から8時55分のバスに乗る。初台坂下・下車。セブン・イレブンにより、ヘルシアやらカップメンやら、買い込んで教室へ。長い一日が始まった。中3について。都立平成2年の英語・数学を実施。昼食後、数学の見直し、英語の見直しに時間を割く。その後、それぞれの課題に集中。数学は帝京大学グループと帝京高校グループ、その他に分かれる。英語は、英文解釈が課題。それと拙著「英語ポイント集」の読み込みがノルマ。しかし、今日はこれを果たせず。夕食は30分。6時40分から、都立国語、理科、社会を実施。やはり理科、社会が全くできないことが判明。あれほど注意を喚起してきたのだが、やっぱりね。夏、時間がたっぷりあったころ、英文解釈をやれと毎日のようにいったっけね。でもさっぱりやってくれなかった。私は、なかばあきらめ。いくらいってもその重要さが通じなかったわけ。今なら痛いほどわかるでしょうね。明日は、理科社会のテストは中止。やり方を変える。あまりにも出来なさ過ぎる。できないにもほどがある。夜8時くらいから、もう集中がきれかけてた。「帰ろうかな」などといっている生徒もいた。それでいいのかよ。
中学入試は、午前にきた子は、新問題を解く。午後からは、今まで解いてきた過去問の解きなおし。これが決めてとなる。10回以上はやらないと。昼は、6号通りに見つけた手作りの弁当屋に行ってもらう。かなり「まいう」。昨日は、生姜焼き弁当、今日も同じもの頼んだのに、親子丼買ってきやがった。全く。でも「まいう」。算数の復習は、解き直しだが、過去解けなかった問題については、私の手書き解説がファイルされているので、これで見直しというわけ。国語は漢字検定と過去問。まるでできない。たく。6時には、中2がパラパラとやってきた。豚骨の新作カップメン喰って、ふぅ〜。6時半になって、英語と数学の講義。英語は「助動詞の基本」がテーマ。数学は、「文字表現」がテーマ。様々な日本語を数学的に翻訳するのがテーマ。たとえば、3桁の整数を文字で翻訳すると、100x+10y+1 に翻訳。割合がらみの問題は、私の発明した目盛板による解法が簡単。まあ、出だしは好調なすべりだしかな。明日は、中3の理科社会にてこ入れ予定。数学と英語はのびていくと思う。9時半終了。バスを取り逃がす。トボトボと歩いて地下鉄へ。夜10時10分ころようやく家着。風呂に入ろうとしていたら、田舎から電話。親父がよくないらしい。がっくり。それにしてもこのところ親戚にいい話しがない。みんな年とったからな。私立一般受験の中3が冬期に出てこない。私立一般はやばい。落ちて普通と考えた方がいい。それなりの時間をかけた訓練が絶対必要。ここですべてを棒にふることはやめてほしいが、どうしょう。明日も朝一番で、教室へ直行予定。冬は短期決戦。去年は30日の夕方から高熱を出した。今年は同じ轍を踏まないようにいろいろ飲んだりして警戒している。今もう午前12時半だ。そろそろ寝ないとね。31日には、シロちゃんを見に行きたい。体が全身きしむようにいたい。睡眠、睡眠が勝負だ。今日の状況を分析して、明日は、いろいろ指示をださなければ。頭は、指導のことでパンク寸前。おやすみなさい。


12月25日 木曜日 普通に晴れ
今日は、朝から仕事。昼から、中3の会員○君が、通知表を持ってきた。内申が言われてたのよりさらに1ポイント良かったとかで、かなりハッピーな様子。大台にのったもんね。今日は、午後は、ほかに2,3人、中3がくる。課題の帝京大学の数学の答案提出。50%。いい感じかな。すぐに解答、解説を作ってやる。いい解答ができた。というか、いい解き方をした。市販の解答とはもちろんまるっきり違う。いつも第一線の感覚を磨くため、必ず自ら解く。毎年、毎年、解く。中学入試、高校入試、大学入試、どんな問題でもこなす。常に、一流のプロとしての感覚は落としたくない。理想は、簡単・明瞭な解答をつくること。中大の英語テキスト(論文)の質問が、たまった。そろそろやらないとまずいので、やり始めた。最近は、生徒はほとんどが、電子辞書を使っているようだ。私の2人の息子たちも例にもれない。しかし、難文の解釈になると、やっぱ電子辞書は駄目。使い慣れた研究社の新英和中辞典第6版でないとだめ。全国の高校生の圧倒的多数が、ジニアースを使っているらしいが、私は、研究社でないとだめ。これのいいところは、文型で検索できるところ。私などは、英文を読むときは、5文型で解析するしか能がない。だから、どうしても研究社でないとだめなんだ。2年前、慶應大学に合格した○さんとは、東京大学教養学部の英語テキストを訳すのに四苦八苦しましたよね。このときは、研究社の辞書がたよりでした。今年は、東大受験の○君が同じテキストに挑戦しました。そういうわけで、中大テキストを訳しています。明日から、受験生の本格的な受験指導です。竹の会は冬期から1月にかけてすごい伸びていくんですよね。5年前、日大二高に合格した○さんは、12月の代ゼミ模試では、合格50%でしたが、本番はもちろん合格。しかも、入学後の全日大系統一テストで7位という成績でしたよね。英語も数学も実力をグングンつけていきました。このホームページに体験談が出てますから、一度読んでみてください。数学・英語は竹の会の得意の分野ですかね。昔から、過去問指導法がとられています。英語は、私の著述テキストが決めてになります。国語は、普段から漢検をやってる人が強いですよね。今年は、小6が11月に4級に合格。中1の女子も4級とりました。中2は、女子が準2級1人、3級2人と順調です。漢字検定やってれば、高校入試の国語は攻略がかなり楽。都立志望の生徒は、例年、理科社会に苦しむ。竹の会では、今年は、様々なテキストを用意し、その対策を図ってきた。社会は、地理、歴史、公民の3分野に分かれる。最近の地理は地図がらみのデータがポイント。歴史は年表。公民は、重要語を押さえること。理科は、基本的な類型問題40題くらいをまずマスターすること。薄いテキストを何回もやることがいい。毎年、毎年、理科社会に苦しむ受験生を見てきた。その中からベストの方法を考えてきた。理科社会はできる奴はそれほど苦労しないのによくできる。やみくもにはやっていないよね。私の経験をいうと、1冊のテキストに決めて、何回もやるのがいいと思う。中3の最後の試験で理科社会とも100点とったことを覚えている。実は、このやり方は大学入試の指導のメインの方法だ。中3の諸君は、よくよく私の指示を遵守して、実力をつけてもらいたい。首都圏入試を20年近く実践指導してきたプロ中のプロの指導と心得てもらいたい。決して、自分勝手な方法をもちこまないでほしい。幸運を祈る。


12月24日 水曜日 相変わらずいい天気
今日は、2学期最後の日。通常指導は今日で終わり。明日は、朝から仕事だが、通常指導の会員たちは、来年、1学期開始までお休み。それはそうと中2は冬講習の申込み者が少ない。やっぱり勉強にそれほど熱心というか、前向きではないみたい。多くの参加者を期待して、気合入れて資料作ったけど、空振りかな。まっ、いいか。これからの指導の指針みたいなものはできたしね。それにしても、今年の中3が全く、のんびりしてて、笛吹けど踊らず、という感じで、結局、過去になく実力のつきかたが悪かったけど、今年もこの傾向は変わらないようだ。どうも全体にのんびりしているのは、学校がのんびりしているせいかな。たとえば、5年くらい前に、早稲田実業などに合格したS君などは、中1から、竹の会の講習には必ずといっていいほど全出席していた。「別に、家にいてもすることもないから」というようなことをいっていたっけ。もっといえば、通常の指導だけでは、とても、実力をつけるには時間が足りないんだ。だから、休みを利用して、集中して勉強させるんだよね。こういう積み重ねが結局、受験成功に繋がっている。竹の会には、過去、成功者といわれる人たちが数多く出ている。その人たちは、竹の会を絶対的に信頼していた。そして、竹の会の通常指導はもちろん、特に竹の会の真髄が味わえる講習に絶対に参加していた。竹の会初期のころ、高校生たちは、高3になると大手の予備校へと去って行った。しかし、そのほとんどが大学受験に失敗しフリーターになったなどという後日談つきだった。近年は、逆で、私のほうから、予備校に行ったら、などと勧めてみる。しかし、きっぱりと予備校には行きませんなど、はねつけられたりすることが普通になってしまった。2年前に慶應大学に受かった女子は、結局、竹の会以外は、Z会の通信添削のみだった。早稲田に受かったS君は、もちろん生粋の竹の会育ちだ。小6から、竹の会で学び、高校入試は、都立西に推薦合格を決め、今年は、東大受験という生粋の竹の会育ちもいる。総じて、優秀な人間ほど竹の会の真価を知っているようだ。できる奴は本能的に嗅ぎ分けるということか。過去、私の指導を一度でも受けた秀才たちは例外なく竹の会の絶対的支持者となった。上原中出身で大学に進んだかつての会員は、「近くにこんないい塾があるのに、なんでみんな大手や他の塾に行くのかわからない。僕は絶対に竹の会のことは教えない」といっていたことがあった。サピックスに行っていたある中3男子は、私の指導を一度受けて、虜になった。現在、彼は医者である。また、代々木中出身のかつての会員は、都立青山で3年間学年1番を通し、東大に合格した。できる奴はなぜか竹の会のことを秘密にしたがった。ライバルには絶対に教えたくないと言っていた。私は、複雑な心境。今日は、なぜかこういうことばかり書いてしまう。せっかく竹の会にきていても、100パーセント竹の会を活用していないんではないかと思ったら、ながながと愚痴みたいなことを書いてしまった。
あっ、それからシロちゃん、けっこうこの近くでは有名な犬なんだって。テレビでも何回もとりあげられてるんだって。ちっとも知りませんでした。はい。
明日から、地獄の日程が続く。疲れ果てて何も書く気がしないかも。今日も書かないつもりだった。でも、カウントがあがっているので、書かないといけないと思い書いている。この辺で。


12月23日 火曜日 青空 天皇誕生日
昨日は、書けなかった。昨日は、午前中、シロちゃんがいた。私を見ると、鼻をクンクンさせて、立ち上がりおねだりし始めた。やばい、魚肉ソーセージの主ということで完全にインプットされたらしい。飼い主さんに甘えるように吠えるときの吠え方そっくり。興奮がやまない。しかたないから、とって返して、魚肉を買ってきた。包装をはがして、与えるとうまそうにぺろりと食べた。それで「シロちゃん、さいなら」というと、ちょこんと座ったままもうおとなしくなっていた。シロちゃんの頭の中には、完全に私がインプットされた。しかも特別の存在として。えっ、でもこれから行くたびに魚肉かよ。昨日は、懸案の中2冬用の数学と英語の教材の原稿が打ちあがった。なんとか間に合った。ほっとした。講義をする場合、今の私なら、別に教材がなくても、なんでも講義できると思う。しかし、受講生にたたき台となるレジュメがあるとないとでは、かなり効果に開きがでる。何を、どういう趣旨で、講義するか、これは重要だ。現在、竹の会のメインテキストだった「英語指導案U」は絶版にしている。新たな構想のもとによりいいテキストの執筆を企図している。その意味で、講義に備えてつくるレジュメはその試金石となるものであり、重視している。
今日は、午前中1件、午後1件、約束の仕事をこなす。大田区からまた遠方はるばる教室に足を運んでもらった。4,5日前から、どうすれば理解させられるか、考え続けた。その案をわら半紙に書きとめた。いかにしたら、わかってもらえるか、今は、こればかり考えている。普通の小学生が私の説明で普通に理解できる、そういうアイデアを考え続けている。来年は、新作に挑戦だ。
明日は、朝から、仕事。というより、明日から、30日まで、ずっと朝から、夜9時30分まで休みがない。体もつかな。去年は、30日の夜から、高熱を出して、1月3日の朝まで、熱が下がらなかったっけ。体調の管理は、万全にしとかないとね。


12月21日 日曜日 寒波続く 青空
朝から仕事。来年1月が過ぎると楽になる。そう思って頑張っている。ずっと、土日は、私にとっては、大切な時間だった。しかし、ここ1年半、私の大脳は休みがない。ゆっくりと体を休めたい。今は、切にそう願っている。仕事を頼まれると責任を果たすまでは断れない。だから、簡単に引き受けるものではないよね。今日は、新しく、書き始める新算数の原稿の試案をわら半紙に書いたりして、草案を練った。当分は、わら半紙にアイデアを書き溜めることになる。原稿を書くとき、いつもわら半紙に下書きするのは私流のやり方だ。「心の指導」を書いたときも、ずいぶんとわら半紙の下書きを書いた。あのときは、相当、本も読んだ。そのとき、1冊の原稿を書くということは、大変なことだと思った。なにしろ本を読んでは書いた。おかげさまで、私の「心の指導」は、母親の皆さんに広く読まれた。かつて、「指導論集T」として出た「心の指導」の前身ともいうべき小冊子は、かなりの好評で、これを読んだ横浜の高校生がわざわざ横浜から竹の会に2年間も通ったこともあった。算数のアイデアは、私の心の中で大きくふくらみはじめた。1あたりの理論をどう理解させるか、というテーマが私に様々な指導のアイデアを呼び起こさせる。明日は、午前中は、中2の冬用の原稿を仕上げる予定。中2の指導用原稿もいい感じで仕上がりつつある。何をどう指導するか、そう考えながら教材を作る。次から次へとアイデアが浮かんでくる。生徒がここはわからないだろうなぁとか、ここはつまるだろうなぁとか、過去の指導の状景が思い浮かび、テキストに取り上げるべきテーマなんかも決まっていく。いくらでも作れる気がする。でも時間がないんだ。いつも時間に追われているんだ。バスの中では、「呼吸入門」を読む。けっこう面白く読めるんだ。ここ何日かはこの本かな。帰りにハンズにより、アクリルのマフラーを買った。夜寝るときに首にタオルを巻いて寝るといっていた田舎の母に送るため。高齢なので風邪などひかないか心配なんです。去年、送ったデロンギ社のオイルヒーターは、電気代を節約してあまり使ってくれない。まいりました。今年、3月に1人でふらりと帰ったときは、びっくりされましたが、とても喜んでくれました。5日ほど滞在。夜は母さんといつまでも話しました。3年前に頚椎の手術をして体が自由に動かせません。父が、ほとんどの家事をこなします。それでも、母は、みそ汁なんかをつくってくれました。朝、早く東京に帰る日、母は、涙をいっぱい目にためて、別れを惜しみました。「もう、これが最後になるかもしれない」。私の心には、悲しい思いがズシリと重かった。車に乗るとき、母は、なかばあきらめた顔でさみしくうなずいていました。私は、この年老いた母に、なんの孝行をしてきたのだろうか。いつも傍にいていつもめんどうみていてあげたい。いつも思うことです。ぐっと悲しみをこらえて今日も仕事をしています。明日は、シロちゃんに会えるかな。ふと、心が安らぐんですよね。いろんな悲しいことなんか心の中でぐっとこらえて、歩いているんですよね。


12月20日 土曜日 寒波 空はブルー
今日は、朝から仕事。例によって、4時に教室を出て、渋谷へ。ハンズに寄り、そのままブック・ファーストへ。買った本。「使える新書」(WAVE出版)、「呼吸入門」(齋藤孝著)。前者は、グッドな新書を紹介する新書。中にいいのがあったので、とりあえずゲット。後者は、例の腹式呼吸の本。著者は東大卒の明大教授で、ここのところ売れてる人。文章は読みやすい。肩がこらないのでつい買ってしまう。バスの中で読む予定。近頃、朝からの仕事の時は、昼休みに上原や幡ヶ谷あたりを散策する。ディスカバー昼飯の意味もある。ここ何年か歩いたことがなかった。久し振りの街並みが新鮮でめずらしい。今日はことのほか寒がきつい。第1級の寒波?1級てどのくらい?なんてバカなことを考えながら、とにかく冷える。教室のベランダは冷蔵庫みたいなもの。飲み物とかは外で冷やすって感じ。6時から用件を済まして、7時半には帰宅。風呂で体を温めたあと、一杯やって、ワウワウで「スクリーム3」を見ながら、例によって熟睡。終わった頃、目を覚ます。映画はまともに見たことがめったにない。家人はいつものことと知らん振りをきめこむ。次男の通知表を見つけて、さっと一瞥。複雑な心境。受験すると言い出し、学校の勉強はそこそこにしかやらなくなった。まっいいか。自分なんか、高校時代は、県下の御三家の一つに入ったものの、柔道やったり、空手やったりで、勉強は二の次だったんだから。いつも親父に勉強しろってプレッシャーかけられてた。親父は大学は国立しか頭になかった。大分では、九州大学が旧帝大の一つとして、超有名だった。そういう土地柄から、一流大イコール旧帝大と思い込んではばからなかった。私立は、早稲田でも慶應でも二番手扱いされた。まっ、私なんか、あまり口出ししないようにしてます。子どもが自分で自分の将来を選択し、自分で何かをやろうとしている、それをそっと見ている、そういう感じです。学問する、勉強する、という方向に進んでいるようで内心はほっとしているのですが。明日は、朝から仕事。明日早いのでもう寝ます。


12月19日 金曜日 青空
家に帰り着いたのが9時40分頃。借りてきた「ターミネーター3」を見ていたら、いつものように眠り込む。終わった頃、目が覚める。これもいつものパターン。今日は、午前中は、中2冬用数学の原稿創り。後一息までこぎつけた。そうそう、算数原稿31から38までのファイルが消えた。どうやら中2冬用数学原稿のファイル名が同一でそのまま上書きしたらしい。がっくりきた。しかし、ここで新たに算数をバージョンアップして、新構想で作り直すことに思い至った。難しかった内容を書き改めて、より分かりやすいものに仕上げたい。来年からの取り組みとなる。数式ソフトの腕もかなり上がっているので、期待が持てるかも。冬用英語原稿は、竹の会の定番テキストを主な出典に、その解説を企図するもので、充実したレジュメが完成しつつある。レジュメの書体が本格的な英語バージョンとなり、格調高いものになった。青学英語の原稿作成の成果である。1時ころ、期待しないで、シロちゃんを見に行く。いたいた。私が行くと立ち上がり、鼻をクンクンさせる。どうやら、コンビニで買っていく魚肉ソーセージをくれる人ということで覚えられたらしい。パブロフの条件反射です。シロちゃんは、道行く女の人から毛糸編みの手袋とマフラーを奪うのがクセなんです。シロちゃんの傍には、ダンボールのハコが置かれ、中にいっぱいの戦利品が入っていました。紙に、「ごめんなさい。」と飼い主さんのメッセージ。最近シロちゃんが耳のあたりに赤いリボンをつけてます。かわいいですよ。これから寒くなり、シロちゃんともめったにあえそうにもありません。明日から寒波らしいですしね。紀伊国屋に寄り本購入。今日は、CDも買いました。夏川りみ「涙そうそう」、ザード「異邦人」、女子十二楽坊のアルバム。ザードは、スラムダンクのテーマ曲がよかったよね。そうそうカラオケは、今年は、2回行った。一度は、別府。二度目は渋谷。皆家族と。別府では「美しい十代」で最高点を記録。得意なのは、「高校三年生」などの舟木もの。西郷輝彦もほとんど歌う。完全には歌えないけど好きなのが、尾崎豊の「卒業」、村下孝蔵の「初恋」。ははは。24日で通常指導は最終。いよいよ押し迫ってきた。冬は地獄だ。体もつかな。昨日、今日と帰りは地下鉄だ。バスが中々来ないときは、あっさり見切りをつける。千代田線で表参道で銀座線に乗り換えれば1つで渋谷だ。こちらがバスより運賃も安く、時間も安定している。明日は、朝から、一日仕事。入試が終わるまで、とにかく辛抱するしかない。当分、本も読めそうもない。いよいよ受験指導にかかりきりだ。今日はこのへんで。


12月18日 木曜日 青空
このところ天気がいい。午前中は、青学の英語原稿をA4で6枚打った後、中2冬用数学「相似」の原稿を創作。使ってるソフトは専用の数式ソフトだが、バージョン6.0でやっと使い勝手がよくなった。実は、バージョン・アップの度に購入してきたが、一度も使うことがなかった。いつかいつかと思いつつ、とうとうバージョン5.0まできてしまった。5.0は、一度は挑戦してみたが、挫折。6.0でようやく使いこなしつつある。図形作成機能もかなりのもんだ。明日の午前は、関数のグラフの作成にチャレンジ予定。わかりにくいマニュアルに四苦八苦。結局、読まないでなんとかなったことの方が多い。紀伊国屋に寄る。本屋のポイント。まず、最新刊のチェック。次に、法律書コーナーの新刊チェック。次に、ノンフィクションをチェック。それから、高校参考書のコーナーへ。次に、高校入試と中学入試のコーナーへ。このパターンは、紀伊国屋の場合。ブックファーストだと、時間がないときなどは、1Fの新刊を見るのみ。普通は、5Fの学参コーナーから、4Fの法律書、3Fの専門書は飛ばして、2Fの新書とノンフィクションをさらりと見て、1Fでじっくり品定めという感じです。ブックファーストへ寄ったときは、時間があれば、ハンズをぶらつきます。以前は、楽しいものがいろいろあって、よく行ったけど、ここのところ忙しくて寄っても30分くらいで、すぐバスに乗るという感じです。あっ、それから渋谷TSUTAYAは、新作がでれば、必ず借ります。話題になった映画はほとんどゲットします。今日は、9時には、教室を出ました。3時半ころ教室に入ったので、帝京大学の数学の懸案の解答・解説を一気呵成に作成。その後、大田区の小学生が送ってきた答案を見た。何枚か見てるうちに、考えあって、中断する。「算数の壁」を超えられない小学生がなんと多いことか。竹の会の公立に通う小学生の大半が算数の壁に突き当たっている。そういえば、「英語の壁」というのもあった。中1のスタート段階で、まじめに単語の暗記をやっておかないと、いつまでも壁を抱えたまま高学年へと進んでいくことになる。英語は最初が肝心だ。今、はやりの陰山とかいう人の百ます計算なんかは、どうも「算数の壁」はどっかにおかれて、何かすべてバラ色の解決が図られたような錯覚さえおこしかねない。そんなうまい話はないですよ。本屋には、最近、国語の方法ものが目につく。私も、気になって、何冊か買って斜め読み。しかし、どうもイマイチ。とにかく実証がない。効果があるといって、その効果は実証的に裏づけがない。代ゼミの出口とかいう人がさかんに本を書いている。結構、断定してくるところがすごい。私などは、本はよく読むほうだが、読解という観点で方法というものがあったのかと「へぇー」ものだ。大学受験のときは、今も出ている「新釈現代文」を何回も読んだ。この本は、文脈を追跡するという趣旨の方法論だった。結局、国語は、決め手を欠くままに受験した。入試では、古今和歌集など8つの歌集から、出題された歌の出典歌集を問うものが出て、そんなの解けるわけがない。その年の国語は平均点がかなり低かった。私にはラッキーだったかな。私は、受験時代、1科目に1冊と決めて、それを20回以上読み返すという方法をすべての科目に実行した。たとえば、英語なら原仙作の「英文標準問題精講」を20回くらい、赤尾の豆単を50回以上読んだ。前者は、赤鉛筆を引きまくった。後者は語呂合わせで8,000語以上を頭にたたきこんだ。数学は、TとUBだったが、Z会の出していた200問くらいの詳細解答つきの本を数十回読み込んだ。数学はこれだけで95点とれた。世界史は山川用語集1冊のみ。日本史は山川用語集1冊のみ。生物は数研出版の薄い問題集の重要なところのみ。古文は、最後は、結局「古語2000」の暗記のみ。漢文は何か1冊やったけど忘れてしまった。文学史は結局やりきれなかった。現代文は先の「新釈現代文」だけ。ざっと、こんな感じかな。去年、竹の会から慶應大に合格した女子には、徹底して私の1冊反復主義で指導した。この合格は彼女の通っていた青山学院の級友たちや担任の先生を相当驚かせたらしい。なにしろ予備校には一切行かないし、彼女が竹の会に行っていたことも知らなかったこともあるけど、大手の予備校に行っていた級友たちが軒並み慶應に落ちていて、さらにその驚異が際立ったということらしい。とにかく青学では結構話題になったらしい。彼女と彼女の家族にはずいぶんと感謝されてしまった。塾の先生やってて、「よかった」と思うのはこのときかな。
今日は、竹の会のホームページの訪問カウントが10,000を突破した記念すべき日だ。ホームページを開いたのがいつ頃なのか正確には調べないとわからない。うーん、2年くらいだと思うんだけど。私が、いろいろなページに書くようになって次第に訪問者が増えてきた。遠くは、愛知県などの小学生のお母さんなどが私の意見に共鳴して電話があったりなどした。最近は、遠くの方が近ければ通えるのにと残念がるケースが多い。地理的なものはいかんともし難いですからね。それにしてもありがたいと思っています。今日はこの辺で。


12月17日 水曜日 青空
前の晩にカミさんに「マトリックス」をみにいくか、と問われて、つい行くといってしまった。というか行きたいなという気持ちはあったけど、なにせ仕事が山積みで、やや躊躇。朝7時に起きて、原稿打ち。2時間ほどして、みんなが起きてきた。長男が9時50分に大学に行ったあと、10時25分に間に合うように家を出た。行くべき映画館を間違ったりしながら(これ、すべてカミさんのせい)、とにかく開始には間に合った。館内はガランとしていた。感想。楽しめました。トイレに行くおばちゃんたちの「さっぱりわからんわ」という声がしっかり耳に届きました。はい、私も、よくわからんのです。コンピュータ詳しい人なら、わかるんでしょうか。まっ、しかし、内容そのものが奇想天外でして、納得のゆく理由なんてもともとありゃーあしないと思いますよ。1時に、急ぎ家に帰って、昼メシ喰って、すぐ家を出る。紀伊国屋によって、国語関係の資料をいそぎ購入して、すぐバスへ直行。生徒が早くくるのではと気が気ではない。鞄の中には、新選組事典と南淵先生の本が放り込んであるが、今日は、頭がボーッとして読む気がしない。途中、バスに乗ってきた、親子連れ、4歳くらいの女の子と母親の会話。「ねぇー、ママ。なんで座れないの。」「最初から乗った人が座るからよ。」、しばらくして、また女の子「ねえー、ママ、なんで座れないの。座りたいのに。」。この言い方が、私の次男のちいちゃいときにそっくり。ドキューンときて、女の子に降参。うれしそうに「ありがとう」といってくれました。まっ、いいか。
3時30分にはもう中2の女子が来て、すぐ小6の女子。はい、そうじをするまで待ってもらって、指導開始。小6は、英語の指導。といっても、当分は単語の暗記に専念させる。100語ほど基本単語を覚えさせたら、少しずつ文法を教えていく。まっ、竹の会の定型的指導だよな。来年、1月頃から、「正負の数」の概念を理解させることになる。平行して、1あたりの考え方は、ずっと続けたい。「算数の壁」というのがあるよね。この壁を抜けないとどうも数学は伸びないと思うんだ。まだまだ大半の小学生がこの壁を超えられないんだ。はい。だから、私のチャレンジは続くわけです。
中1は、図形に入りました。中1の英語は、英語指導案Tをやらせています。夢中に勉強する子が伸びるんだよね。じっと、待っててもだめだよ。
中3の冬期指導のショートコースは、やめたほうがいい。これでいいのは、100パーセント推薦の場合のみだ。推薦がらみでも、それなりに点数をとらなければならないなら、このコースははっきりいって、意味がない。こんなんで実力なんかつけられるはずがない。私立の入試問題はそんな中途半端な勉強で得点できるほどあまくない。後で泣いても知らないよ。私が相談されたわけでもなく、一方的に、ここを受ける、ここは何点とればいいから、簡単だ。だから、冬期もこの程度でいい、というわけだよね。つまり、私には、一方的な宣言だけで、責任のもちようがないということです。ただ、「先生、ここ受けるから、よろしくね。」というだけでは責任はとれません。失敗の可能性があまりにもはっきり見えているので、まいりました。
明日は、青学の英語の原稿のほか、中2冬用の数学原稿があるので、ギリギリまでパソコンと格闘になりそうです。今日はこの辺で。掲示板、整理しときました。


12月16日 火曜日 どこまでも青い空
今日は、久し振りにゆっくり。5時から1件だけの仕事。午前中は、中2冬用の数学原稿を少し、書いたところで、懸案だった新宿のデパートへ。田舎の父母、兄弟もカミさんの親戚などに年末の贈答をするため。昼は久し振りに銀座アスターに。渋谷にもあるが、渋谷はかなりまずい。冷凍のような気がした。新宿では注文してから作り始める。かなりうまい。もう20年来の常連だ。用件を済ませて、久し振りに新宿紀伊国屋本店に寄る。かつては毎日のように顔を出したところ。引っ越してからほとんど行かなくなった。懸案の農大一高、国学院、駒沢大学付属の入試問題集をゲット。仕事に行く前寄った渋谷紀伊国屋で理科計算問題集を購入。足りない分を注文。「新選組事典」を見つけて買ってみることに。エピソード風に紹介しているところが気に入った。バスの中で読む本がなく困っていたのでまっいいか。仕事が終わって今日は久し振りに代々木八幡を通り、地下鉄で渋谷駅へ。表参道で半蔵門線か銀座線に乗り換えればいいのだが、途中旭屋書店に寄りたくなって、半蔵門線にする。南淵先生の新刊「心臓外科医」を発見。この本屋はいつも他の書店では見つけられない本に出合うことが多い。だからやはり何回に1回は必ず押さえる。以前は、よく大盛堂を利用した。ここにいかなくなった理由はなんということもない。いつか本を物色していたとき、両手が買い物のビニール袋でふさがっていたので、本を並べていた平台にそっとおいて探していたら、いきなり女の店員に注意された。それ以来、行かなくなった。本は商品だから、女の店員に正論がある。だから素直に謝った。しかし、それ以来いかなくなった。デパートでも伊勢丹クラスになると決してそんな対応はしない。いつかアメリカの著者がデパート商法の徹底した顧客主義を成功の秘訣として書いていたっけ。その後、大盛堂は参考書部門から撤退した。旧態以前とした客扱いでは、洗練されたブックファーストの敵ではないだろう。この点、紀伊国屋もやや古い。渋谷に大盛堂があることもすっかり忘れてしまった。明日は、原稿打ちの予定。水曜は早くいかないと、早くくる生徒がいるんだよな。
アエラ53齋藤孝提唱の腹式呼吸法「3・2・15」。「ヘソから指3本分下の丹田に意識を置く。鼻からゆっくり3秒吸って、2秒おなかにためる。それから15秒かけて、細くゆっくり吐いていく。鼻から吐くのは難しいので、最初のうちは口をすぼめて吐くといい」。深い息は集中力が高まっる同時にリラックスするというのが狙い。実存的な不安を吹き飛ばす効果ありとのこと。今日、買った宝島社の「腹横筋ダイエット」の中で、饗庭秀直(あいば)氏が、やはり腹式呼吸の効果を力説。腹横筋(ふくおうきん)とは、お腹全体をおおう筋肉のこと。腹式呼吸はこの腹横筋の運動をすることになり、ダイエットにかなり効果ありとのこと。鼻から3秒吸って、口から6秒で吐き出すとある。腹式呼吸の場合、息を吸うときと吐く時の時間は1:2が理想的とある。齋藤さんとは時間の点で差。饗庭氏はダイエットが主旨だけどね。まっいいか。とにかくやってみよう。
田舎の母から、ほぼ一日おきに電話がある。ひとり東京に出た私のことをがいつまでも心配でしかたないらしい。3年ほど前に頚椎の大手術をした。失敗すれば死ぬといわれた。でもこのまま寝たきりになるなら死んだほうがましだといって手術をすることに。2月、塾の合間を縫って、九州の母に会いに行った。病院のベッドに母がいた。顔をみたとたん涙が止まらなかった。母も涙で溢れた。母の手を握り締めいつまでも泣いた。いつも父に反抗して間に入った母が必死で中に入った。高校の頃、何回も家出した。高校を何度もやめるとこだった。父から離れたい。父を憎みいつも家を出ることばかり考えてきた。家出して、東京で新聞配達をしたことも。3ヶ月くらいで家に帰った。大学があきらめきれなかった。高校の頃とった大型免許。東京で5ヶ月くらいか運転したっけ。いつも死んだ祖母と母に心労をかけてきた。大学に合格したとき泣いた母と祖母。祖母はうれしくてうれしくてしかたなかったそうだ。合格した年の夏にあっけなく死んでしまった祖母。悲しみの意味を私は知った。後で聞いたことだが、父が涙ぐんでたらしい。母にはいつも心配ばかりかけてきた。東京にひとり出たとき毎日毎日泣いたという母。母に何をしてあげられるかしら。生きている間に私にできるのは何。


12月15日 月曜日 青い空
日記をつけようと思ったら、既に12時過ぎちゃった。夕飯に田舎の弟が送ってきた自然薯を食べた。その時に飲んだ、にごり酒が効いた。ダウンして目を覚ましたら、こんな時間。そういえば、九州にいた頃は、秋になると本家のある中山香の山奥まで自然薯掘りに行ったっけ。かなり気合を入れて掘ったけど、結局、本家の山で掘った地元の人が本家に置いていった自然薯をもらうはめに。この道のプロはやっぱりすごかった。少年のころ、弟と父と3人で、近所の山に山芋掘りによくいった。郷里の別府は山と海に囲まれた自然がいっぱいのところだった。よくひとりで山を越えて火山湖の志高湖にワラビをとりにいった。大きなズタ袋にズッシリとワラビをかついで帰ると、お袋がびっくりして「はよー、風呂行きよ」とうれしそうにわらってくれた。別府に住んでいると風呂は近くの銭湯と決まっていた。月に300円だか払っていれば好きなだけ入れた。よく夜風呂に行った帰り、星空を見た。月が明るくきれいだった。冬の日は冷たく少し早足で家路を急いだ。夜空を見上げながら、いつか故郷を出てどこかにいる自分を夢見た。そう、あの時はまだ高校か浪人だったと思う。憧れの京都大学。どうしても入りたいと思った。胸に秘めた燃えるような思い。東北大学にも魅かれた。九州大学に合格して、旧帝大の四天王の一つに入りたいという私の夢はかなった。西日本唯一のエリート校。無我夢中で過ごした。私の、胸に熱い思いを秘めて毎日通った夜の風呂通いの日々。何かを夢見たあの切ない日々。バスに揺られ、電車に乗り、ただ黙々と何か違うのではといつもいつも先を追うように過ごす昨日今日。自然薯がふと自分のあのときの思いを思い出させてくれた。熱い切ない思いはいまでも心にくすぶり続けている。心はいつも少年のように何かを追い続けている。
今日は、久し振りに、シロちゃんに会う。シロちゃんファンの常連と思われる男が、鳥のから揚げの食べ残りを与えていた。喰い残しだ。ホネをバリバリと噛み砕きシロちゃんはぺろりとたいらげた。昔、ボクサーのボクちゃんの世話をしたことがあった。そのときホネを食べて血を吐き、医者に運んだことがある。医者はホネが内臓に突き刺さったのだといった。そのときから、ホネをあげるべきではないと学んだ。この男は平気でホネを与えている。飼い主さんが知ったらどういうことになるのか。どうもこの男が軽薄に見えて腹がたつ。遠くから見るだけでいい。飼い主さんの気持ちを考えてどこまでやっていいのか考えなければね。
今日は、午前中は、中2冬用の原稿打ち。快調に進んでいるが、何せ時間がない。紀伊国屋により、入試問題集を買い込む。早稲田実業、芝中、富士見丘、国士舘高校、東京工大付属など。海城中を探したがなし。明日は、国学院、農大一高、駒沢大学付属は必ずゲット。時間がなく、急いでバスへ。3時40分にようやく教室へ。教室の前にもう7,8人きて待っていた。やばい。4時開始なのだが、みんな来るのが早くて。ギリギリまで原稿打ってたので遅れてしまった。このときは、早くこられても困りますと言いたかったけど、みんなの笑顔を見ていたら、「遅れてごめんなさい」というしかない。
後1週間で冬期に突入。原稿、間に合わない。ピンチ。
今日は、さすがにバスでは本を読む気になれない。ボーっとしてた。今週号のアエラは買った。私立中高一貫校の記事と効かないクスリのリストがあったから。内容については、またご報告します。今日は、この辺で寝ます。おやすみなさい。


12月14日 日曜日 青空
朝から仕事。午前中、カミさんからシロちゃんがいたとのメール。お出かけ直前らしく、興奮してたとのこと。シロちゃん、よかったね。4時に、中3のY君が来る。しばらくして、もうひとりきたので、約束の英文解釈の指導をする。予習してきた分だけ、解説。7時に教室を出る。クタクタ。真っすぐ渋谷駅へ。自宅に直行。青空こうじさんから、喪中はがき有り。今年は、世田谷区の区議会議員に当選したんだよね。ずいぶんと、まじめな人ですよ。依頼していた図書カードが着いていた。これから、会員が受験する高校、中学の過去問をもれなく補充予定。例の「幕末御用盗」読了。幕末ものは、登場人物の出自がくどい。実在する人物、架空の人物、それぞれにつきその生い立ちから述べていく。その人物のイメージをつくりあげる。虚実ないまぜに、本物の歴史資料をちりばめてかくわけだ。はっきりいって、このへんの描写は読みたくない。というか取り上げ方が陳腐でストレートに入ってこない。作品としては、出来はよくない。去年、某資格試験予備校のメイン講座の試験問題作成の仕事をした。このとき、新たに創るということの意図的・作為的意味を嫌というほど経験した。つじつまを合わせることに腐心した。そのせいか、小説を書いた人の意図が読み取れて、下手な構成はのめりこめなくなっている。帰りのバスで読んでるのは、昨日、買った「頭がよいって何だろう」。その中にあった問題。*****
「おととい、私はまだ13歳だったの。でもね、来年にはもう結婚できる歳になるのよ。」とジリアンはうれしそう。「っていうことは、16歳になるの?」「そうよ、当たり前じゃないの。」 ジリアンはウソをついていない。彼女の誕生日を当てて欲しい。それに今日は何月何日なのだろうか。*****
結構、むずいよ。わかった人は、掲示板に答えを書いてね。
そういうわけで、この本を読んでるわけ。ただ、著者の説明は、論理性からいうと飛躍があり、ちょっと読むのに抵抗が。クイズのとこだけ拾い読みするしかないかな。論理的に受けつけないともう読めない。
風呂から出ると、いつもカメの二代目仁左衛門(じんざえもん)と二代目ヨタにエサをやる。風呂に入る前に、汚れた水をきれいな水に変える。5年程前に、東急本店の屋上で買った違う種類のカメだ。一匹は、マップタートルといった。もう一匹は忘れた。いずれもアメリカのカメ。ヨタは落ち着きが無くかなり臆病。仁左衛門は、ものに動じず堂々とした風貌だ。いつも人造岩に乗り、足を伸びきらしている。といっても、最近はヨタも結構くつろいでいる。太陽光線の3分の1の紫外線を発する電球を毎日12時間くらい照射している。そのせいか食欲は旺盛だ。水槽の水は3cmくらいの深さかな。つまり水はほとんど入れてない。エサを食べるとき、水がないとだめ。陸ガメにはあこがれがある。いつか飼いたいな。でも、飼うなら、絶対に犬だ。
明日は、午前中は、中2の冬用の英語原稿を一気に仕上げるつもり。時間があれば算数も1枚。ひとつアイデアがあったしね。今日は、青学の昭和61年の20番にいい問題遭遇。これはいつか使いたい。
いよいよ年が迫ってきた。とにかく忙しい。今、気をつけること。風邪をひかないこと。あっ、それと竹の会に、どんなウィルスも遮断してしまうマスク、純正N95があります。カミさんの姉さんがアメリカ在住で、取り寄せてもらったもの。竹の会で1つ500円で分けてます。インフルエンザ対策に抜群のはず。よく教室で咳をしながら無理してくる受験生がいて、他の受験生に感染させてたことがありました。これからは、受験生には、このマスクをマナーとしてつけてもらいたいと希望しています。小学生は、塾でマスクうってるなんて変とかいいますけど、定価に送料プラスしただけで、真の意図は受験生どうしの感染防止です。といってもダメかな。同等品は、ハンズでたしか700円以上してたと思うんだけど。やっぱだめかな。
といってもほとんど買う人いないんだけどね。
明日は、絶対、シロちゃんに会いにいくぞ。
あっ、それと「最新の入試データ」のページもたまに見てください。


12月13日 土曜日 青空
朝8時半には、家を出る。今日は、朝から仕事。4時に教室を出て、渋谷へ。6時からの所用まで、空き2時間。ブック・ファーストへ。買った本、@「新しい担保執行法制の実務」、A「楽単」(新潮文庫)、B「ビジネス版 これが英語でいえますか」(日経ビジネス文庫)、以上3冊。@は、平成15年に改正された執行法・保全法の要点。薄くて、「重たく」なかったので、買った。重たいとは、内容的に重ったるいというほどの意味。Aは、英単語をいろいろな角度から、とりあげていて、面白い。Bは、たとえば、「内閣改造」は、cabinet reshuffle という具合に、ふだん新聞に出てくる言葉、しかも教科書には絶対ない言葉をとりあげて、英語ではこういうというわけで、これは役にたちそう。まあ、でも過去、いろいろと英語の本は買ったが、まじめに読んだ本はあまりない。積読(ツンドク)の可能性高し。@は、多分、熟読する。バス本の「幕末御用盗」は、明日には、読み終わりそう。明日は、朝から夜7時まで仕事の予定。帰りに、入試過去問を買う予定。中学入試用として、@早実、A芝中、B海城中、高校入試は、@国士舘、A駒沢、をリストアップ。Aの芝中は、問題がかなりいい。Bの海城もけっこう、使える。国士舘と駒沢は、一部の中3のため。問題練習としては、使えない。最新のものを見てチェツクする必要から。シロちゃんは、サモエドという種類なんですね。お京さんに言われて、ネットで調べたら、いたいた、シロちゃんそっくりの犬が、いっぱい。それにしても、お京さん、犬に詳しいですね。感心しきりです。話は変わりますが、先ほどもちょっと触れましたが、「重ったい」本は、読む気がしませんね。専門書には、この類が多い。お偉い学者さんの書いた本は、内容は高度なことを言ってるのかもしれないが、とにかく重たい。私は、最近は、「分かりやすい」本がいい本だと思うことにしている。そういえば、数学の市販の解答、あれはひどい。いったい、どんな人に解答作成を依頼してるのかな。私のような専門にしている人間が何を言っているのか即座にわからないのだから、一般の小学生や中学生は推して知るべしだ。かつて、ある過去問を出している出版社から、解答の作成を依頼されたことがあった。このときは、とても時間のかかる割には原稿料が安いと思って、丁重にお断りした。大学の先生や大学院生あるいは予備校の先生あたりが作っているのかしら。それにしてもとてもじゃないけどいい解説とはいえないよな。私は、ときどき、私の作った解答と市販本の解答をコピーして、生徒に比べて見せることがある。独学で過去問集をやっている人が市販解答を唯一の正しい解き方などと思って、「なんて難しいんだ」なんて、思っているとしたら、これこそアホな話はない。もっと簡単に、もっといい解答がありますよ。決して、あなたの頭が悪いから難しいのではなくて、その解答がひどすぎるのですよと私は教えてあげたい。
ところで、「ミウラ折り」って、知ってますか。たたんだ状態からいっぺんに開いたり、開いた状態から一気にたたんだりできる折り方のことです。宇宙科学研究所のミウラ先生が考案したのだそうです。H-2ロケット3号の人工衛星の太陽電池の展開と収納システムに使われたものだそうです。これ、東急ハンズのパンフの受け売りです。これ結構、使えそうです。というか、何か愛用者になりそうな予感。あっ、それから昨日買った「実践日本語ドリル」、結構読解指導のアイデアが生まれそうです。あっ、今日はこの辺で。


12月12日 金曜日 小雨 夜月
朝方小雨の天気。午前中は、算数の原稿1枚、次に中2冬用の英語原稿を打ち始める。結構いい調子だ。軌道に乗るかも。今日買った本、@齋藤孝著「実践 日本語ドリル」、A「いい医者・いい病院の見分け方」(南淵明宏著)。@は、小学生の国語指導の参考になりそう。Aは、南淵先生の本。全国のブラック・ジャックの紹介がある。これは買っておかねばとおさえる。バスの中では、相変わらず「幕末御用盗」。登場する浪士の出自をくどくどと叙述するのには閉口するが、これを書かないとまた斬り合いが薄っぺらになる。4時前には、もう小学生などやってきた。小学生は、私の算数プリントを主にさせている。以前は、「新小学問題集」をつかっていた。新小学は「算数・発展5」が特にいい。国語は、漢検で十分。読解については、いろいろ思案している。入試問題を使った問答は最近よくやる。今日、買った@が何かヒントを与えてくれるかも。中3に、自作の数学解答を渡す。帝京大学平成6年だ。すべて自ら解いて解説を書く。図解して、色を塗る。たいてい、市販の解答とはやり方が違う。最短・簡略・分かりやすさをポリシーとしている。中3は、ほぼそれぞれの方針が決まった。やっと落ち着いた。夜9時40分頃家に着く。掲示板にカミさんの幼馴染のお京さんの書き込み発見。シロちゃんの写真をみてくれたようだ。ありがとう。今日も、シロちゃんは不在。雨が降る日はだめなんだ。それに、これから寒くなるともうめったに見れないかも。今日は、カミさんは、実家の木更津にいっていない。夕食は、ありあわせ。結構、クタクタ。でも、日記だけは打ち込んでおかないと。明日は、朝から、一日仕事。一日も休む間もなく指導の日々。本屋に寄って、本を探すときが楽しい。いつも何かを読んでいないと落ち着かない。まるで人生の答えを探すように活字に見入る。そうだ、私はいつも何かを探していたんだ。いつも何かを追い求めていたんだ。私の「心の指導」の中にこう書いていた。「私は常に何かを追い求めていたのだと思います。その何かが何であるとはっきり分からず心はいつも現在進行形にあるような気がします。」「私は、悩み苦しみの多い人生の中で読むことの中に救いを求めたのです。それは学校の先生も父も母も私の救いにはならないと悟ったその時からでした。高校生の頃、私の思いをぶっつけた父そして学校の先生が、結局何の助けにもなってくれなかったことへの思いが、結局は自分とじっくり話し合い自分と対決していのく方向づけになりました。私は、書物を読むたびにより高次な世界で自分と対決している己を実感しました。いつしか対峙していた自分が消えて唯一の自分がいました。それまでに何年もかかった気がします。そしてその時、私は初めて父と母に心から頭を下げることができたように思います。改めて読んだ志賀直哉の「和解」に涙が溢れました。「赤毛のアン」に胸が熱くなりました。今私は、こんな私を専権的な父から、いつもかばってくれた母に対する感謝の気持ちでいっぱいです。人はいつも何かを求めて現実との軋轢にもがき苦しみながら生きていくのだと思います。この拙い文から私の真摯な心をそして私の伝えたいことをくみとってほしいのです。」(拙著「心の指導」より)。
高校の頃から、父に激しく反抗してきた。心は、いつもブルーで、何かにもがいていた。あの頃の熱き切ない思いは、いまも変わらず、私の心の中で燃え続けています。小学生が「先生、少年と同じですね」といった。そうかもしれない。何かを追い求めている心はいつも少年の心かも。今日はこのへんで。


12月11日 木曜日 冷たい雨
今日は朝から雨。午前中は、体がだるく結局9時半まで寝る。青学の英語を仕上げ、次に数学の原稿作成となるはずだった。なんと、ファイルが開かない。サポートに電話したりで、結局、昼過ぎ解決。やむなくストップ。冬の英語の原稿を少し。方針はたったが、間に合うかどうか。2時頃家を出る。本屋に寄る。内橋克人の新刊を見つける。「節度の経済学の時代」。お正月にでもゆっくり読もう。雨降りは心が滅入る。夜9時、上がりかけた雨に少し、気持ちが晴れた。相変わらずの工事でうるさい山の手通り。なにかしら腹が立つ。ようやく来たバス。今日は新しいバスで、照明が明るい。本を読むにはベスト。例の「御用盗」も中盤に入り、面白くなってきた。後、2,3日は持つかな。明日は、午前中は、算数1枚と英語の原稿予定。算数は、既に案がある。指導する中から、いいアイデアが浮かぶことが多い。算数の原稿が、次第に洗練されていく。実際に考える小学生の反応を通して、次のアイデアが出てくることが多い。冬の英語原稿も同じだ。青学では、アメリカの教科書を使っている。これが難しいという中学生のために原稿を作っていた。これはいい刺激になった。いいアイデアを手に入れることができた。現在ある「英語指導案」は全面的に作り直すことにしている。取り上げる英文を厳選して、配列も全面的に変える。過去の指導を通じて、使える問題、使えない問題、生徒がどこで躓いていたか等々を勘案してベストのものにしたい。数学もそろそろ全面的に書きかえるつもり。過去の指導経験を生かしたベストな数学テキストを作りたい。
私には愛用のパソコンに愛用のソフトがある。明日は、帝京大学の数学の解説を予定。帝京大学の数学はかなりいい。難問揃いだが、よく練られた良問だ。実力をつけるのに最適といえる。毎日、毎日がなぜか忙しい。一日でいいから、心ゆったりとくつろぎたい。ここ1年半、ほとんど休みがない。明日は晴れるといいな。


12月10日 水曜日 青天 
午前中は、中2のための数学原稿に取り組む。図形ソフトで手間取る。なんとかクリア。思いのほか手をとられる。なんとかなりそうなところまでいったところで、中断する。とにかく明日ある青学英語の下原稿を優先させることに。なんとか仕上げたところで、シロちゃんを見に。いない。今日、買った本、@「わからないという方法」橋本治著・集英社新書)、A「頭がよいってなんだろう」(集英社新書)、の2点。高橋書店の手帳50を購入。@は、かなり前から出ていたもので、ひかれていたが、今日は買ってしまった。すべてに答えがあると前提することは、おかしい。これはあたりまえのことだよね。私の意見と同じ。今日は、読む本がない。だから買った。Aは、単に面白そうと思ったから。バスの中では、例の「幕末御用盗」。津本は、相変わらず、剣の達人の描写がうまい。そこだけで読める。本を読んでると、あっという間に着くので、いい。水曜日は、3時半になるともう生徒がやってくる。塾は4時からなのだが、私も、なんとか合わせている。中3は内申に一喜一憂。推薦狙いが多数派に。チャレンジ組は現状に不満というわけ。推薦かどうかとまたまた中3が落ち着かない。勉強が地につかない。全く困ったもんだ。中2はいよいよ来年入試。しかし、やはりのんびりしてるよね。最近のどうしょうもない傾向かな。1あたりを中々、マスターできない小学生。そのため毎日毎日工夫して原稿を書く。いつしか形が見えてきた竹の会メソッド。進化する竹の会の算数指導が楽しみになってきた。明日は、青学の英語を仕上げて、関数のグラフをソフトを使って描くことに挑戦。数学の原稿を予定。提出されていた英文解釈のノートの添削をすませる。冬の原稿がまだほとんど手つかずでやや不安。ぎりぎりまでがんばるしかないか。もうすぐ地獄の冬休み。去年は、大晦日の日に熱を出して、1,2日とずっと寝たまま。3日にようやく熱が引き、そのまま教室に出た。今年は、十分気をつけなければね。


12月9日火曜日 晴れ 小寒
中2の数学と英語の講義原稿を書こうと思ったら、資料を塾に忘れてきたことに気がついた。仕方ないので、仕事ストップ。睡眠不足。少し、眠る。そうだ、私はもともとうたた寝が大好きで、うたた寝で快復するのが常だったよな。シロちゃん、不在。シロちゃんの写真に「ごめんなさい」、と書かれたパネルが壁にかけられていた。コカ・コーラめ、今度は、ニモかよ。買った本、@「教養が試される341語」(谷沢永一著)、A参考書多数。バスの中で読んでいる本、「幕末御用盗」(津本陽著)。教材会社から、注文していた冬用のテキストが着いていた。京都から直の発送だ。「至急」と書いたら、本当に至急だった。結構、誠実な会社だ。これで、中2は、かなり充実する。明日は、算数、1題作成。中2の講義原稿を1,2枚予定。それから、青学の英語テキストから、講義レジュメの原案を作っておかねば。教室には、中2の出した英文解釈のノートの添削が残っている。今、まじめに英文解釈をやっている中2は女子2名だけ。この二人は間違いなく英語は伸びていくと思う。全く、やらない不作為を決め込んだその他の子たち、うーん、またまた、「塾に行ってるのに英語が伸びない」なんて言われてしまうのだろうか。不作為の継続は、努力の継続とは全く反対の結果を間違いなく結果する。指示に従うことは簡単ではない。指示にしたがえば、面白いように成功するのに。竹の会は自由な雰囲気かもしれない。しかし、決して自由に好き勝手に勉強していいわけではない。きちんと指導を仰ぎ、指示に従い従い勉強することが暗黙の前提なのである。9時に指導を終えて、教室を出る。外は、冷たかった。いよいよ本格的な冬かな。山の手通りは、ドカンドカンと工事の騒音がすごい。何かいいことやってるのだろうか。政治が何をやっても前に進んでいるとはとても思えない昨今の心境だ。目の前を2台の渋谷駅行きのバスがさっそうと通過。なんでいつも2,3台が連ねて走ってんだよ。ばっかじゃねーの。意味ねーじゃん。間隔置いて走れよ。これでしばらく待つしかないよな。ようやく来た渋谷駅行きのバスに飛び乗る。バスの中は、くたびれた中年のおっさん、30前後の働くお姉さんたちが、2人席をそれぞれに独り占めして、知らん顔。ばっかじゃーねーの。謙虚に席空けろよ。たくー。それにしても、ピンク・レディーにハイジか。「幕末御用盗」の1ページ目を開いて読み始める。頭の中では、算数の何かいいアイデアがないかなと落ち着かない。明日はシロちゃんいるといいな。


12月8日 月曜日 晴れ 中寒


写真は、シロちゃんです。今日は午前中は、改訂中の英語指導案のDOSVソフトに取り込んだままになっていた原稿の編集を試みる。結局、すべて打ち直すしかないと結論。これから、TとUを全面的に書き直し、バージョン・アップすることを決意。そうと決まれば、さらに創意工夫を凝らして、よりベストなものにと野望がムクムクと湧き上がる。気分を変えて、算数の原稿を1枚書く。小学生が苦手なもの。「ようかんの5分の2を食べ、残りの8分の3を妹にあげたら、90グラムになった。ようかんはいくらありましたか」というような問題。これが中々理解できないのだ。ずっとやっているが、なかなか理解してもらえない。わたしの原稿の当面のテーマになってしまった。問題はすべて私の考えたオリジナルです。昼頃、シロちゃんを見にいく。途中、コンビニで、ソーセージを買う。シロちゃんが大好きなのだ。飼い主さんに叱られるかな。今日は、写真におさめて、竹の会デビューだ。紀伊国屋に寄る。出る順理科を買う。バスの中では、例のブタにもわかる会計学の貸借対照表の項を読む。とにかく分かりやすい本だ。3時半には教室に着く。すぐに2,3人来た。掃除をする。月曜は忙しい。中3はそろそろ内申が出始める。すでに自分の内申が分かった子もいて、推薦をとる予定の子は予定よりとれなかったと方針変更を余儀なく。なかなか数学をやりたがらない子がいる。竹の会では、入試問題を実施年単位でトコトン考えさせる。他所塾だと、テキストを説明して生徒は必死にノートして、後でゆっくり理解するとかやるんだろうけど、実際の試験では、考えるのは自分ひとりだ。だれにも相談なんかできないんだ。たよれるのは自分だけ。なら、考える、頼りになる自分にしなければどうするんだ。考えて解いた問題に比例して、実力はついていく。いつか大手のS塾が、過去問の解答として市販の解説をコピーして配布していたのには驚かされた。市販の解説は質が悪い。悪すぎる。竹の会では、必ず、私が、解いて、図解した手書きの解説を添付する。これで力がつくのだと思っている。算数の指導では、なかなかわかってもらえず、四苦八苦している。竹の会で学べば、必ず、算数が、割合が理解できる。というようなことを目指して、とにかく原稿を書き続けてる。いいアイデアはないかといつも考えている。国語の相談をされた。漢検がいいに決まっている。読解はどうなのか。小説でも、論説でも、必ず核となるトラブルがある。まず、このトラブルが何かを徹底して議論するといい。その上で、トラブルのもつ意味を考える。最近の私の国語指導の定型的手法かな。私は、いつも、数学でも、算数でも、国語でも、英語でも、必ず、自ら解く。常に、第一線の感覚を磨くというプロの自負からだ。高校入試でも、中学入試でも、大学入試でも、問題が解けなくなったら、最早、指導者失格でしょう。数学ができないという子は、定義とか、ルールとかいったものを大体無視している。いつも、定義から考えていく必要がある。そのことの意味を問題を解く過程を通して理解させなければね。といっても、実は、小学生時代の割合を理解していないということを引きずっていることが多い。これは、結構深刻だ。
中2が増えてきた。何かと忙しくなってきた。いつもクタクタだ。体もつかな。明日こそは、中2の原稿を書かねば。今日は、いい本に邂逅せず。12月は、あっという間に終わるのかな。冬休みが始まると、シロちゃんに会いにいけなくなるな。今日はこのへんで。


12月7日 日曜日 青空
「心臓は、私たちにとって空気のような存在ですが、体の中でひっそりと、休むことなく、80年間も90年間も毎日仕事を続けてくれているのです。」「心臓も疲れているのではないか?という疑問が湧く人もいることでしょう。しかし、心臓は疲れを知りません。心臓を動かしている筋肉(心筋)が筋肉痛になるということはないのです。」と説きはじめるのは、現代のブラック・ジャックと誉れの高い南淵(なぶち)先生。昨日、買った南淵先生の本、心臓の話が相当深く続きそうです。今日は、朝10時からの仕事。「児童、遠方よりきたる、またたのしからずや」。今日は、ネットで竹の会のホーム・ページを見た大田区に住む算数苦手な女の子を指導。遠くて通えないが、どうしてもみてもらいたいという熱意に打たれて、みることに。昼休みを利用して、例の古イスをサンドペーパーでこすり、ニスを塗る。1時から指導。4時にきた中3の2人に英文解釈の極意を伝授。英語5文型を軸に、英文の骨格、なりたちを説く。関係代名詞を無視するな。前置詞は形容詞句、副詞句の目印だ。構文がわからないから訳せない。なら構文を覚えろよ。第5文型(SVOC)を徹底理解せよ。これから、日曜日は徹底的にたたきこんでやる。7時に教室を出る。八幡下バス停から、66番に乗る。これだと東急本店前で降りられる。ブック・ファーストに寄るには都合がいい。が、気が変わって紀伊国屋書店に寄ることに。法律書コーナーで富田太郎氏の不動産登記法の新刊を見つける。この人は住宅新報で連載を書いている切れ者の司法書士だ。久しぶりにたのしく読めそうな本に出会った。もともと私は法律が専門なのだ。土曜・日曜とせっかくの青空なのに、シロちゃんの姿を見にいけない。そういえば、昨日買った、例の記憶術の本。バスの中で流し読み。分散学習とメタ記憶がこの本のキィー・ワード。記憶を司る海馬は、覚えたことが、海馬に残っている限り、新しいことは覚えない。海馬が忘れた時がチャンスだ。だから、何時間も続けてやってもダメ。分散して覚える。海馬が忘れたころをみはからってというわけ。メタ記憶とは、記憶する主体を別にコントロールしている主体のこと。メタ記憶が、既に覚えたことと、未だ覚えていないこととを認識して、指図する。しかし、このメタ記憶、覚えていないことまで「覚えた」と錯覚する事があるらしい。まぁ、この分散学習とメタ記憶を軸に、1対1に対応させて覚えると覚えやすいということ(これには証明がなかったな)をからませて、論を進める。最後的には、これにのっとったコンピユーターソフトを開発したので、やってみろというわけ。少し、参考になることあり。1対1は論証はないが、いいかも。分散学習は確かにいい。問題は、メタ記憶のこと。覚えている自分を意識しながら、覚えている主体をコントロールするということ、興味深い。
明日は、午前中、算数と中2冬用の原稿を書く予定。忙しい一日になりそう。今日もクタクタ。


12月6日 土曜日 寒空
今日は、朝から、仕事。夜7時半頃帰り着く。クタクタ。昨日は、夜11時30分頃、日記を書こうとしたら、長男が年賀状を作成するとかで、パソコン独占。ネットからの写真のダウンロードと貼り付けで延々と。結局、朝早いので寝てしまった。4日に買った本が1冊漏れていた。「大人のための問題解決力のパズル」(PHP新書)。1問目を読んで、解答があほらしかったので、読むのを止めて、書棚に放り込む。昨日(5日)に買った本。@「高校への数学 目で解く幾何」シリーズの「直線図形編」・「立体・座標編」・「円・三平方編」、それと「高校への数学 スタートダッシュ中学数学」の4点、A「月刊 現代1」、以上。@は、冬期講習用の教材作成のための資料。Aは、立花隆の寄稿を読むため。イラク問題と小泉政権の分析に関する論稿。立花の本は、結構ある。最近は、脳の本とか関心が政治外にいっていたよう。本屋には、同じ著者の「田中真紀子研究」が出ていた。もともとこの人は、真紀子さんの親父の田中角栄論で名を馳せた人だからね。今度は娘ですか。買わなかった。今回は久々の政治評論。まあ、私が普通に考えていたこと以上のことは得るものがなかった。昨日は、寒かった。小学生が寒いと訴えてたもの。ガスストーブの温度を上げたら、今度は暑い暑いと騒ぎ出した。中3のために帝京大学の数学過去問の解説を書く。今日は、寝不足のまま朝から教室へ。算数を指導して、国語の指導と続く。漢字を知らない小学生だ。意識が生ぬるくて、真剣さに欠ける。またまた説教。「12月しか、ないんだぞ」とこんこんと説く。今日買った本、@「心臓は語る」(南淵明宏著・PHP新書)、A「最強の記憶術」(アンドリュー・スミス・ルイス著)、以上2点。@は、現代のブラック・ジャックの誉れ高い南淵先生のもの。すでに「大学病院にメス」でたびたび登場する先生。Aは、題名のとおり。記憶術関係の本はいろいろ購入したが、どれひとつとして、「まいう」な本はなかった。今回は、対象を1対1に対応させて覚えるというのがやや気を引く、ある理論的根拠を提示しながら、コンピユーター・ソフトを利用したもので、まっ、ちょっと読んでみるか、くらいなとこ。昨日は、寒くて、やや小雨っぽく、シロちゃんを見にいくも不在。ガッカリ。今日は教室へ家で野ざらしにされていた木のイスを届けてもらった。いままでのイスが壊れて、次のを考えていたが、木のイスが落ち着くと思いいたり、家にあったのを再利用することに。少し、傷んでいたので、ハンズでニスやら、はけやらと買い込む。ヒマをみて修理の予定。明日は、4時から、中3の特別指導がある。じっくりと英文解釈の指導をするつもりだ。関係代名詞のかかりが全く訳せてなかったので、気になっていた。そうそう昨日、すぐれものの教材を教材会社の担当が紹介してくれた。今日、早速注文。月曜日からは、中2の冬用資料を打つ予定。結構厳しい。好きな本を読む時間が段々なくなってきた。真剣味が足りない受験の小学生や中学生には、つい怒鳴ってしまう。もうあとがないのだ。1月に何ができるというんだ。いましかない。もっと真剣にやれ。次第に険しくなる。大声を出すと、いままで静かに和やかにやってきた他の小学生や中学生がびっくりかな。今日はこのへんで。


12月4日 木曜日 青空 シロちゃん元気
今日も、シロちゃんを見に行く。家から、3,4分のところ。いつもコンクリートの地面に敷いた布の上にきちんと体を横たえている。話しかけてすぐ帰るのだが。日課になりそう。午前中は、今日ある英語の原稿を作る。2時半ころ家を出たかな。所用を足しながら行く。紀伊国屋に寄る。今日買った本。@「さらば外務省」(天木直人著)、A「道路の権力」(猪瀬直樹著)、B「あたりまえのアダムス」、C村上龍一の例の記憶術シリー7 以上です。@は、京都大学中退後外務省に入省した著者の告発本。まだ全部は読んでいない。何箇所か拾い読みしたのが、結構面白かった。文章は悪くない。Aは、道路公団の民営化委員会委員の作家である猪瀬の報告本。買ったが読むかどうかは未定。ただ5兆8000億円の道路特定財源、利用するごとに徴収される高速道路の通行料金2兆6000億円、道路公団が郵貯、簡保・年金から借りる膨大な額の財政投融資等に群がる利益集団、特殊法人と官僚の問題を何ひとつ片づけられない小泉政権に腹立たしい思いからつい買っちゃった。Bは、薄い本だが、かなり示唆を受けた。あたりまえのことをやってアメリカの広告業界で成功したアダムスの話し。昔、司法試験に合格した友人が言ったことがある。「あたりまえのことを書いただけ」と。難しい試験だと何か特別のことをと勝手に思い込み、無駄なことばかりしてしまう。あたりまえって何。「ほとんどの人は、賢しこい計画や離れ業に頼って近道をしようとする。そして、それをやるべきあたりまえのことだと言います。しかし、何かをあたりまえと言ったところで、実際にあたりまえになるわけではありません。すべての事実を集め、分析し、それから本当にあたりまえのことを見出していないから、これ以上あたりまえのことはないだろうと思えるような原則を見逃してしまうのです」と。これは、私には響いた。ものの本質を見極めたい。真贋を見抜きたい、と常々思ってきた。本質とは、きっと簡単な単純なことに違いないと思っている。いつかニュートンの英文を読んでいたら、「真理の大海はすぐそばにあるのに、だれも気がつかないままに通り過ぎる」と言っているのがあった。あまりにあたりまえすぎて本質を見過ごしてしまうのだ。将棋の名人の羽生さんの本に「簡単に単純に考える」というのがあったが、あの天才も最後は簡単に単純に考えた手をよしとしているのだ。なんだんかだと手の込んだ説明をする手合いはうさんくさくてどうも信用する気になれない。自分の仮説が絶対正しいと自信顔で説明する経済専門家、わけのわからない幼稚で矛盾した理論を吹聴する占い師まがいの人たち、いつも断定する鑑定家、ウソの法律論をとうとうと説明する弁護士、間違っているのにプライドだけは超一流のバカ医者、東大出の集団も組織化されるとバカ集団、たけしのタックルでワァーワァーと自分の主張だけをわめき散らす原理主義的な政治家先生方、まったく絶望してしまいます。本物は何。いつも考えていること。今日はいい本に邂逅。「あたりまえのこと」が何か、じっくり考えてみたい。
教室を、9時に出た。コートを着てなかったが、そろそろ限界かな。なかなかこないバスがようやく来て、座るところを見つけて、早速、今日買った本の読みかけを読む。渋谷から、東横線へ。自宅に9時35分着。カメのライトを消す。風呂からあがると、2匹のカメがエサを要求して、バタバタする。いつもの習慣だ。少しだけのエサをあげる。それから、飯だ。DVDにとっておいた「相棒」を見ながら、ビールを少しだけ飲む。ちょこ1杯のにごり酒が効く。飯を喰ったら、日記を打ち込む。読者が増えた。もう週間200カウントもいく。増えれば増えるほど、休めなくなるのかな。ちょっと辛いかな。今日はこの辺で。


12月3日水曜日 曇りかな(予報は晴れといってるけど)
美輪さんの本から。「お母さんの根っこにあるのは「不道徳だ。世間様になんといわれるか」という価値観なんですよ。自分や家族より、世間の人々のほうを重く見る気持ちね。儒教の影響がすみずみまで染みついちゃっているわけ。でも、儒教というのは、為政者に都合がいいようにできているもの。搾取するお上や、悪口だけはくれるだけくれるのに、お金ときたら千円だって貸しちゃくれない他人様の方が大事なんですよ」。「ご先祖様に申し訳ない」に対しては、何万も、いやもっとたくさんいたどのご先祖様に対してなの、というわけ。中には、殺人やった奴だっているかも知れないというわけ。まあ、ここのお母さんというのは、74歳ですが、死んだら仏様になるということを前提にはしているのだと思いますから、美輪さんのいうことがそのままというわけにはいきませんが、それにしても都合のいい論理ではありますね。儒教の考えがすみずみまで染みついた方々はずいぶんといましたね。陰陽師安倍晴明の一節。晴明「なあ、博雅。この世で一番短い呪とは何だろうな」「名だよ」「山とか海とか樹とか草とかそういう名も呪のひとつだ。呪とはようするにものを縛ることよ。ものの根本的な在り様を縛るというのは名だぞ。たとえばおぬしとは博雅という呪をおれは晴明という呪をかけられている人ということになる。この世に名づけられぬものがあるとすればそれは何でもないということだ。存在しないとも言える。」。博雅「おれに名がなければおれという人はこの世にいないということになるのか」。晴明「いや、おまえはいるさ。博雅がいなくなるのだ。眼に見えぬものさえ名という呪で縛ることができる。男が女を愛しいと想うその気持ちに名をつけて呪(しば)れば、恋。」。私はこのくだりを読んで、安倍晴明にはまった。原作も買ったが、漫画の方が簡潔で面白い。ただ、込み入った論理は漫画で表現することに限界があり、何がなんだかわからなくなるようだ。美輪さんが、儒教の考えに染まったお母さんについていろいろいっている文を読んでいて、この晴明のことばを思い出した。儒教は名だが、その根本の思想というものが、様々な格言じみたことばにされて、お母さんの人格に深く入りこんでいる。ここでは、儒教という名ではなく、たくさんの格言が呪として縛りつけているということだ。やっかいなことに儒教という呪に縛られたお母さんは、バツイチの娘の結婚に反対するのに、自分がまったくモテなかったこと、プライド、自分は女手だけでこの娘を育ててきたのに、この子はまだ女だという嫉妬が、グチャグチャにからんで、儒教をたてまえとして反対しているということだ。儒教の考えは弱者を迫害するのに都合のいい論理なんだな。あのオーム事件でもマインドコントロールされた高学歴の青年たちが、オームの呪に操られた。呪は、無防備な心にいとも簡単に住みつく。人は名をつけられるというだけで、その名に適う働きをしようとする。店長は店長らしくふるまう。課長は課長らしくふるまう。ふるまうとは、ふりをするということだが、この点については、「意識とはなにか」という本にふりをするのが、赤ちゃんのときから、人間に発達する重要な意識のひとつであるということが述べられている。そういえば嫉妬が人間の行動の本質だみたいな本が出ていたな。まだ読んではないが、斜め読みする意味はあるのかな。名に規定された意識か。でも、名があるから思考が思考の組み立てが簡単にできるんだよな。この問題についてはもっともっと本を読んで自分で突き詰めないとね。
今日は、午前中、算数の原稿1枚。11時頃、シロちゃんを見がてら、大福を買いに。70くらいのおじいさんが、手作りの大福でかなりうまい。水曜日は早く来る小学生と中学生がいるので、早めに家を出る。途中、所用を足しながら、教室へ。結局、天気はよくなった。中3は、熱心に数学の問題を解いている。英文解釈に取り組んでいる。中2は成績のいい子と芳しくない子に二分された。私のコントロールが可能なほどにきちんと指示を実践している子は伸びている。が、細切れにしか、やらない子は、成績もパッとしない。英文解釈のテキストがもう2冊目になった子もいれば、全く手付かずの子もいる。当然やってる子は伸びてくる。それだけのことだ。中1は自分勝手な勉強を始めた。私の指示をきちんと守らない。好き勝手に勉強を進めている。案の定、成績が落ちた。竹の会で勉強するということの意味を早く悟ってほしい。指導を仰ぎ、指導に従い、忠実に実行する。それだけでいいのだ。それだけで成績があがるのだ。それが竹の会の真髄なのだ。早く悟って欲しい。


12月2日火曜日 澄み切った青空
今日は疲れた心の洗濯。午前中は、持病の背中痛で、7時20分にいったんは起きたものの、また10時まで眠る。背中にびっしりと張ったトクホンの勢いでぐっすりかな。頭がすっきりしない。今日は原稿打ちはできない気分。朝、掲示板を読んで、返事を書いて寝たことを記憶している。10時に用足しがてら恵比寿まで散歩。途中、ハスキー雑種犬のシロちゃんを見て一安心。シロちゃんは、話しかけると、いつも知らん振りしてよそ見する。でも耳はピンとたって聞き耳状態。「シロちゃん、さいなら」と言うといつもとてもさみしそうな、あきらめた目をする。昼食はたいがいうどんを食べる。2時半に家を出て、紀伊国屋による。中3のための漢字と社会の本を注文。相田みつをのコーナーを発見。既に何冊か持っている。新しいのを3冊購入。今日は、相田みつをの本で心の洗濯だ。「うそはいわない ひとにはこびない ひとのかげぐちはいわぬ わたしにできぬことばかり」「花はただ咲く ただひたすらに ただになれない 人間のわたし」「あたまじゃ わかっているんだが」「どうころんでも おれのかお」「べんかいのうまい人間 あやまりっぷりのいい人間」「ひとの批判はかんたんだがなあ」「身から出たさびとおもえばこころしずまる」いざとなると人間は弱いからねえ 人間のわたし」「まける人のおかげで勝てるんだよなあ」何度読んでも心が休まる。これもいつもカバンの中にいれてこ。教室の書棚にある相田みつをの本も中々手にする時間がなかったなあ。いそがしいんだもの。相田さんの本はいいなあ。少しだけ書いて、一ページ分だもの。一ページが空き空きでスペースとりすぎてても、感動を与えてくれるのは、その辺の雑魚本の100倍分だもの。ずっと、専門の法律書を読んでいないな。そろそろ読み始めないとまたストレスになるかな。今日はバスの中で美輪明宏の人生相談ものを読んだ。肩のこらない本だ。それにしても、この人の人間の心の分析は相変わらず凄すぎる。人間の欺瞞・偽善を見抜いて、木端微塵にしてしまう。偽善といえば、佐高信の批判の矛先は人の偽善であった。佐高の本が書棚にやたら多い。その佐高の欺瞞を日垣隆が徹底して批判した本が「偽善系」だった。偽善は公人には許されないということか。本質を見抜くことの難しさ。本質を本質を見抜くことのみを考えてきた。人の本質を。人の偽善を見抜くことのみを。人生の本質を。本質をいつも考えてきた。相田みつをは感覚で本質を語る。心が洗われる。12月受験酣(たけなわ)。何年も何年も受験を指導してきた。受験の本質をつきつめてきた。少し疲れたかな。今日は青空で散歩が心にやさしく、シロちゃんがかわいい。シロちゃんは明日のことなんか考えていないよな。考えたってなにも明日はわからない。でも今日の意識は幸せな意識。今日は心の洗濯の日。

12月1日月曜日 雨
午前中は、冬の案内を仕上げる。算数は原稿1枚。天秤算を紹介。食塩水の濃度の問題について、@オーソドックスの解法、A面積図による解法、B天秤算による解法、の3つを示し、A、Bの解法を示し、@での解法を求める構成にした。ネタは良問の多い成蹊から得た。家を出てから、紀ノ国屋に寄る。昨日から支払いは図書カードだ。老婆心ながら、図書券ではない。実は私は初めてその存在を知った。わけあって大量に図書カードを買い込んだ。これから、すべて図書カードで支払うことになる。「食べ物から広がる耐性菌」(三五館)を買った。目次を紹介する。「T 食の生産に、抗生物質が使われている! U 農作物に使われる抗生物質 V 牛に抗生物質を食べさせている W 乳牛と抗生物質と牛乳の関係 X 抗生物質まみれの豚たち Y ブロイラーの鶏糞から強力な耐性菌が Z 成長促進用の抗生物質はいらない [ 卵にも耐性菌 \ 養殖に使われる抗生物質 ] 発酵食品で耐性菌から身体を守る 」「T 院内感染より恐い耐性菌あらわる U 細菌感染症と人類の長い歴史 V 続々出現する耐性菌」など。「耐性菌は本来少数派ですが、抗生物質があると、他の菌が死んでいなくなってエサを独占できるようになるので急速に増え、多数派になります。菌は一晩で1個が1
億個になるので、数日のうちに耐性菌だらけになってしまいます。」。まあ、読んでると恐くなる本だ。養殖もの、特にエビはやばいと思っていたが、豚肉、鶏肉もとなるといったい何食えばいいんじゃということにもなる。教室では、雨で出席が悪い。懸案の久我山の過去問3題の解説を書く。提出の英文解釈を添削。テキストは、竹の会を始めたときから、高校初級用「英文解釈」(日栄社)を使っている。英文解釈には、プログレスの副読本をよく使う。英文の骨格、構造が未熟な訳文だった。関係代名詞のかかりが無視されている。英語5文型を真に理解させ、英文の骨格をつかみ取れるようにすること、これが英文解釈指導の最終目標だ。
ところで、東京で長いこと塾をやっていると、芸能人の子弟が入会することもある。女優藤谷美和子さんの甥とか、俳優の岡本信人さんの娘さんとか、漫才師の青空好児さんの息子さんとか、結構いた。不思議な感じがした。大学の頃、寮の食堂で後輩たちとメシを食っていた。テレビの画面に武田鉄也が結婚した相手が大きく映し出された。そのとき、後輩のコーサクが言った。「阿部さん、すごいブスですね。」。私が頬張った口をモグモグさせていると、寮長をやっていた4回生の山田君がボソッと言った。「あれ、オレの妹だよ。」。しーんと静まりかえった食堂。コーサクは、逃げるように、「ごちそうさま」と言い捨て、階段へ駆け上がって自分の部屋に駆け込んでいった。僕は、まだ食いかけの飯をさっさと片付けながら、次のリアクションをどうするか考えた。予測の範囲を超えていた。わしは庶民じゃからの。人生、論理的に考えるなどと偉そうなことを言っていても、いつも予測の範囲を超えた事態にアタフタしています。タバコの火をつけようとマッチを片手で点けたら、火の付いたマッチが飛んで、ポリエステル製のズボンのチャックの部分を直撃。ポッカリと焦げて大穴が開きました。あれは、別府から大分に行く列車の中でのできごと。前に座っていた若い女の子は気がついていたかしら。ぼくは、週刊誌で前を押さえて、繁華街を歩いたのです。バッカじゃないの。かっこつけてた若い頃の思い出です。今は、とっくにタバコは止めました。でも、チャックにまつわる災難は多く、家から塾へ向かう道中、女子高生の一団とすれ違った。皆ニコニコしながら、私を見た。「えっ」という感じでした。赤信号で横断歩道の前に立っていたら、向こう側にいた30くらいのおばさんがニヤニヤ、これは参りました。なんでだろうなんでだろう。少しいって、すれ違うどっかのおばさんの笑う視線にチャックを見ると、ポッカリあいてました。おそまつ。