| 2月28日 土曜日 晴れ |
| 都立発表は、3月1日だ。今はある意味不気味な静寂がある。3月になると東大の発表と続く。私は心静かに結果報告を待つしかない。それにしても都立入試は不合格者数の増加が顕著だ。都立新宿は、145人が不合格になると予測されている。都立富士でも50人は落ちる。一般に偏差値が高くなるほど不合格者が多くなる傾向がある。去年から撤廃された学区制。都下のどこからでも自分の好きな都立を受けられる。今後、ある一定水準以上の都立はますます入りにくくなる。以前に増して都立に入るのが難しくなる。偏差値が低くても、もともと都立志向の強い状況下では事情は変わらない。現に玉川など激戦だ。今年は、都立広尾が最終受験者83人に対して75人の合格が予測されており、狙い目だった。 都立の推薦制度もかなり変革があった。単純に素点内申で決めるというやり方は廃止された。各科目別に4から5の観点別評価がABCの3段階に評価され、各学校がAに5点、Bに3点、と得点化する。たとえば数学については、Aは10点、Bは5点などと変えることもできる。これで、内申はAの数が多いほど推薦合格に有利という制度になった。偏差値のそれほど高くない都立では、一般ではとても無理だけど学校でまじめに勉強し内申点をもらい推薦で合格したという子が多いのではないか。もちろんかつては新宿レベルでもそういう子が多かった。低偏差値校ならそれほどでもないが新宿クラスになると推薦で合格した子の入学後の成績がひどい。もちろん高偏差値都立では推薦で合格した子のレベルも高いのが普通だ。 これからは、行きたい都立にそう簡単には行けなくなったということだ。 中学入試の事情もかなり変化が出ている。特に、低偏差値の私立中学が首都圏に密集していることと関係がある。そのような私立では、生徒不足による経営難が現実化しつつある。いくら募集しても定員にはるか及ばないという深刻な事態だ。私も、数年前くらいから、うすうすと感じていた。かつて割合の簡単な基本のパターン問題くらいしか解けないような子が、中堅私立中に合格したことがあった。えっという意外感があった。そのころから、既に入学試験とは名ばかりに試験の形骸化が始まっていたのだ。 ところで、今年、竹の会では、久し振りに東大付属を受験した女子がいた。竹の会に入会したのは、6年生のいつころだったかはっきりしない。普段は私の1あたり量のプリントを熱心にやっていた。理解力と集中力に優れ、特に集中力は中3を凌ぐ。その子が冬休みに突然受験したいと言い出し、とにかく冬期講習に入れてあげたのだが、連日1時から9時半まで実に集中力よろしく頑張った。冬休みの終わる頃には、かなり実力がついていた。東大付属は7倍以上あり、抽選で6倍までに落とされた。まあ、この6倍の難関を突破したのだからすごいというしかない。集中力のある子が黙々と勉強すると無敵だ。中学入試では私が例の過去問指導法でみっちり算数を鍛えた男子が、成城学園に合格している。この男子は国語が大の苦手で私の国語指導の苦悩のきっかけとなった子だ。このときの指導の苦しみのおかげで、国語指導に確信をもつことができた。国語というのは基本的には、意味を理解すること、つまりは英文解釈に比して国語解釈とでもいうべきものであろうと考えている。国語の場合、英語に比べて、段落問題やら接続詞のあてはめやら、特に指示語の内容などをしつこく聞き細かい。総じて文脈の論理的流れというものが勉強の中心である。漢字やら知らない意味の言葉やらをせっせと覚えるのは、英語でも似たようなもんだ。英語の場合、英文の骨格を掴むことが勉強の中心だ。つま主語とか動詞とか、修飾関係とかを見抜くことが要請される。そのために構文のようなものをある程度知っていなければならないこともある。英語は一文の骨格の理解が重要だが、国語はそれもさることながら文章全体の骨格が重要だ。竹の会の今年の指導はそういう視点からの指導となる予定だ。 多元的生き方と一元的生き方という分析をしたのは大宅壮一だった。石原慎太郎の生き方を多元的なそれと規定した大宅は、大多数の日本人が一元的な生き方をしていると指摘する。不況時にリストラにあったとき、一元的生き方をしてきた人間ははたと困るという結論だ。が、職人のことを考えた。西岡棟梁のような名人になるには、一元的な生き方しかない。最近の若い人たちが、あいまいな多元的なものの考え方をしているのではないか。多元的といい、その多元性が2つないしは3つくらいというならまだわかる。が、多元性がいくつにも及ぶともはや多元の元がとれて原子元のようになにも考えていないのと同じということになってしまう。フリターというのが若者(もう若者とは言えなくなってきた)の中にかなりの人口を占めるらしい。昔は、定職にありつけないから、しかたなくあり合わせの仕事をやっていた。ところが仕事の中味は同じだが、言い訳がというか、注釈がつく。将来なにをしたいか見つかるまで、「とりあえず」食べていくために、こんな仕事をやっている、というのだ。そしてこの不況時、こんな仕事も減ってきて、とりあえず食べていくことが難しくなりつつある。しかもそのとりあえずが長くなりとりあえずではなくなってしまい、いつしか年をとってしまった。 若い人は、やはり勉強して、学問をつみ、本を読み、一元的生き方というのではなく、せいぜい3元的までにして、未来に向かっていってほしい。竹の会でも、以前は、高校生がいて、彼らの多くが、3年になると受験のためと称して予備校にいくために竹の会を去っていった。その後日談は、あまりいいものがない。結局、専門学校に行き、今はフリータをしているというような話しばかりだ。最近の竹の会は、違う。まず高校生はとらないことにしている。が、結局、懇願されて1人か2人はいる。懇願するくらいだから、勉強熱心だ。昔と違って、高3になっても予備校に行くからといってやめることもない。私のほうが心配して、どこか予備校に行ったらと勧める始末だ。そういう子たちが、早稲田やら慶應やらに合格していった。今いる高校生も向学心は高い。そしてなによりも私の指導を厚く信頼してくれている(ようにみえる)。 |
| 2月27日 金曜日 晴れ |
| 「日本ほど素人芸術家の多い国はないだろう」「若い人が恋愛の一つもすればすぐ小説を書きたがる」と言ったのはフランス文学者の桑原武夫らしい。「実際には、失恋したから小説の一つも書きたくなる、というようなまわりくどい人は今の新人類の中にはめったにいないでしょう」(倉橋由美子)といいますが、芥川賞をとった若い2人はどうなんでしょうかね。倉橋由美子さんというのは、よく新聞なんかの書籍広告で見かけますよね。実は、「あたりまえのこと」というタイトルに引かれてだいぶ前に買って教室の書棚に放り込んであったんですけど、この本、実は小説一般の評論みたいな内容なんです。それでなかなか読む気にならなかったんですけど、何を思ったか取り出して読み始めた。というのは文章がなかなか面白い。この人は、1935年生まれの人というから、もうかなり高齢のおばあさんだ(失礼)。明治大学の仏文科を出た人で、大学時代に書いた小説が芥川賞の最終候補になったということらしい。いとも簡単に芥川賞をとってしまった今回の2人とは対照的だが、その書く文章は、どちらかというと文芸時評向きだ。今度芥川賞をとった2人とはその文章力は比較にならない。この人は小説も何冊か書いているが、私は一向に知らない。「いい年をした有名人が自分の日常生活の些事をいい気になって書くことは、若い人が失恋して小説を書くことの延長線上にあるので、そこにある違いは、素人の失恋小説の方はお金にならないのに対して有名人の身辺雑記は随筆や私小説の扱いを受けて活字になりお金になる、という点だけです」「漱石ものなら抜いた鼻毛も有り難がるといった調子」です(倉橋由美子「あたりまえのこと」)。「今やプロとして小説を書く人は売るために書いています。最近の作家は他のすべての業界の人と同じく自分の狙う客層をはっきりと意識し、その客層に売れそうなものを書くという合理的な商売をしています。狙いどころはまず若い人で、それは大人の世界が実利一点張りである日本では、小説という絵空事の消費者は主として未成年の男女になるしかない、という事情によります。」「それから若い女性や主婦、中年の女性、その多くは身につまされる、つまり感情移入してなけるという楽しみのために小説を読みます。」と、このへんの指摘は鋭い。大宅壮一の分析もなるほどと思わせたが、倉橋さんの主張にもかなりの説得力がある。 いつも考えること、あたりまえのこととは何だろうかという素朴でいて深遠な疑問。空気が存在することはあたりまえのことなのか。いやあたりまえのことではない。存在することは特別のことだ。太陽があること、水があること、緑があること、等々「存在すること」は特別のことなんだ。「ある」のがあたりまえのように思い、普段意識にさえも上らない。こういう諸々のものの存在をあたりまえなんて思うのは人間の思いあがり。ところで、勉強ってあたりまえのことなのかな。今ある自分にとって勉強が必要なことなのか、必要なら価値がある、価値があるならやったほうがいい、やるなら中途半端にやるよりはもう徹底してやったほうがいい、勉強するのがあたりまえというくらいにね。存在するものがあたりまえのことと思っていても、実は特別のことだったよね。価値って何? 蟻がせっせとエサを運ぶのはあたりまえのこと、ことは生存にかかわるからね。動物は生存にかかわるとなれば、それは本能的に行動する。勉強だって、生存にかかわるとなれば、価値論の領域から、存在論の領域へと移る。存在論の話しなら、やはり特別のことだ(あたlまえのことだと思われるのが常)。勉強したものがよりよくパンを得られるというのであれば、生存にかかわるが、人間はどう生きるか、生きがいを本能的に求めるのだとすれば、なおさら生存にかかわる。あたりまえのこと(実は特別のこと)は意識にのぼらない。生存が、生存のための諸作用があたりまえのことであるのなら、理由なんてない。勉強するのに理由はない。だから無心に勉強する。特別なこと(と実は人間がかってに思っているだけ)はあたりまえじゃないから考えるんだ。特別なことだと考えたときの意識の緊張は人間の行動を全体にぎこちないものにしてしまう。思うように結果が出せないということにもなる。しかし、生存に対する人間のエネルギーは限りなく強く、そのぎこちなさを打ち崩すのはそうした生存本能からくる強大なエネルギーであろう。特別なこともよくよく考えてみればあたりまえのこととと思い至れば事情は変わる。 「ひっそりと暮らしたい」といったのは松下竜一さん。しかし、この世の中、放っておくとどうなるのかわかったものではない。黙っていたらいいようにされてしまう。松下さんは決して黙っていた、ひっそりとしていたわけではない。いや、むしろ自然保護のために全力で国の権力と闘ってきた人だ。だから、もう「ひっそりと暮らしたい」と思ったのかもしれない。世の中に特別のことなんかそもそもあるのか。あたりまえのことをあたりまえにする。特別のことも実はあたりまえのこと。だからあたりまえにする。西岡棟梁は、毎日を大事にあたりまえに生きてきた。あたりまえのことをあたりまえのようにする。これが「生きる」ということではないか。あたりまえのことだから、無心にする。そして「今日も一日ありがとうございます」とお日様にお礼を言う。 実は、今、朝6時半ころ。今日は早く目が覚めてしまった。しかたないから、日記を書き始めた。この前5匹買った金魚は今は2匹しかいない。この前の強風で吹き飛ばされてしまった。今日は午前中は読書。 |
| 2月26日 木曜日 晴れ |
| 芥川賞で若い女性2人が受賞したというので世の中は大騒ぎだ。同年代の女性に本が売れまくっているという。去年も確か新宿高校の女子高生が候補に上がったというので話題になった。このところ若い受賞者が増えているのは確か。うちでも文芸春秋を買って次男とかみさんが読んでいた。私は正直読む気になれない。かみさんによると、村上龍、山田詠美、吉本ばななの流れだろうということらしい。昭和32年の大宅壮一の文。「石原慎太郎の出現は、最近の日本における一つの驚異である。まず「太陽の季節」と題する小説の特異な題材によって文壇、ジャーナリズム界を驚かし、(中略)一年前にはほとんど無名にひとしかった一青年が、たちまちにして文壇、芸能界を通じての最大の人気者になりおおせてしまったのである。その原因はいったいどこにあるのか。作家としての石原は、まだ青くさく、どうひいき目に見ても二流以下である。」「これまでの知識人に見られなかった一つの新しい型をうち出したからである。その新しい方というのも、ある面で特別に優れた才能を示したというよりは、求められれば何でも大胆にやってのけるという心臓の強さ、これまでの知識人にありがちな引っこみ思案やテレるということを知らない無鉄砲さにある。彼の人気は、こういう個々の才能よりは、これらすべてを合わせたものから発しているのである。」(主旨をこわさない程度に改変)。さらに「石原慎太郎の出現によって、これまで十年、二十年と文学修業をつづけてきたもので、世をはかなみ、文学を断念したものもあるという。こういう風潮をつくり出した今日の社会の性格、その中に生きるものの職業、生活態度」とはどんなものか。大宅壮一は、中国人を例にあげて、「中国というものは、政治家でも軍人でも、また商人でも、一つのことに全資力を投じるというような危険を犯さない習慣がむかしから身についている。どこかで必ず分散投資を行っている。その点、一つの統一国家のもとに生きてきた日本人とは、ものの考え方が根本的にちがう。」そして「以上のことは各個人の生き方についても、そのままあてはまる。」とする。それが、一元的生き方と多角的生き方の問題だ。実際の人生では、誰でも一元的生き方をしているのであって、二元あるいは多元的生活などというものはありえない。だから問題は生活の重点を一元的にしぼるか、それとも多元的に分散するかということだと大宅は分析する。なるほど、石原慎太郎は、文学をやってたかと思うといきなり政治の道に転じたり、国政かと思えば、地方政治と、あるときは、また小説を発表したりと、確かに、同時的ではないが、時間的な流れからは多元的だ。これは根本の生き方の重点が常にこれといった一元的なものに固執しているのではなく、多元的スタンスが根本のところにあるということなのだろう。いってみれば多分に中国人的な発想だ。文学のレベルが二流以下かということに関しては、以前「弟」と題する小説の断片を高校入試問題の中で読んだことがある程度だが、そのときの感想はといえば、文章はうまかったのではないかと感じた。ただ、弟の人物描写には内面に切り込みながら、父親に対する心理描写が外面的でバランスを欠いていたという印象だった。父親に対する何か受け入れ難いコンプレックスみたいなものを感じた記憶がある。いずれにしても、現代の風潮を理解するには、この多元的発想というものを理解のキィーワードにするにしくはない。そして、現代の文学というものが、石原のように大胆に恥ずかしがらずに表現・行動するということで評価されるというのであれば、文学といものは、もともと人生の客観描写であり、当然といえば当然のことだ。恥ずかしいでは物は書けない。松下竜一さんは、家族の実名を使って、いろいろ書くので兄弟たちが苦しんだという話しがあったが、全くのフィクションがあるのかどうかという問題もあるけれど、世間に書いたものを公表するというのはそれなりの覚悟がいる。 実は、今は朝の8時ころ。25日は教室はガランとしていた。中3もいなくなり、中学は丁度定期試験前で、みんな試験勉強だ。やってきた高校生2人といろいろ受験勉強の話に花が咲く。すでに、新中3はいるので募集の必要がない。ひっそりしていて私には久し振りに落ち着いた光景だ。書架から取り出した大宅壮一の本をぱらぱらめくる。週末からは3月から始まる新中3の準備をしなければならないが、それほど忙しくないのがいい。 今から、青学の英語を打って、あと読まなければいけない本がある。かみさんは今日は国会見学とかいっていた。 |
| 2月25日 水曜日 曇り |
| 知恵があるということはいいことなのか。大学入試も私立はそろそろほとんどの結果が出てるころだ。私の耳にもいろんな情報が入ってくる。予備校に行ったもの、自宅浪人のもの、その中間のものなど、様々だ。結果はというと、どうも自宅浪人の方が分が悪い。全滅の人もけっこういる。もちろん予備校に行ってもなかなか思うようには受からない人も多いと思う。もともと現役の時にほとんど勉強していなかったというのと、しっかり勉強してたが惜しくも落ちたというのでは、同じ予備校に行ったとしても、出発点が全然違う。が、現役の時にほとんど勉強していなかったのに、合格できたという例もあるにはある。わずか1年弱でそんなにも実力がつくものなのか。 司法試験などの国家試験についても、いえることなのだが、知恵があるから受からないということがある。いろいろと知恵の働く人間は、素直に予備校の講義が受け入れられずに、自分の知恵を働かせる。要するに、素直になれない。自宅浪人となると、全くの自分の知恵だけで勉強することになる。その知恵が客観的に正しいかという不安は常につきまとう。やはり指導者がいないというのは、決定的ともいえる。指導者がいて、その指導者のいうところを素直に100%やるというのが成功する秘訣だ。予備校でも、知恵がない奴は、予備校のテキストと授業だけを素直にやる。自分の知恵を働かせて、ほかに何かをやるという余裕がない。そういう奴の方がよく受かるということだ。なまじっか頭がいい奴が落ちるんだ。以前、竹の会で早実に合格した○君は、自分が、単純でいろいろ考えなかったことがよかったのではと体験談で語っている。 「この前、大工になりたいといって、中学出の子と早稲田大学の文学部を出た子が来た。採用するのは中学生のほうを採りますと俺はいった。そうしたら、大学を出たのが、どうしてですかと聞くから、この子は十五で大工という進路を決めた。あなたは二十二で、まだ迷っているような状態だ、やはり十五で決めた人のほうがすばらしい、優れていると思いませんかと俺がいったら、わかりましたって帰っていったんだよ。本人にはそういったけど、それは嘘なんだよ。そうじゃないんだよ。早稲田の文学部を出た子には能力があるよ。その能力のある子をうちで採ったとする。そうすると、つらいとき、能力があるために、ほかの世界がよく見えるよ。十年は修業して刃物を研げといわれたときに、ほかがよく見えた子は○○工舎では我慢しなくちゃならないってことが頭の中に入るわな。やめるやめないは別としても、やっていくとしたら我慢しなければならない。そうすると、なんでこんなことばっかりやらなければならないんだっていうことになって、仕事にのめりこむことができないんだわ。」(小川三夫)。 知恵のある子が、知恵が働いてばかりいるばかりに、肝心の勉強そのものにのめりこむことができなくなるというのが致命的なんだ。なんであんなできない奴が受かったんだとよくいう。しかし、それはあんなにできない、つまり知恵がないから受かったといえるんだ。知恵のある奴はいつもいつも知恵が働くから、まわりがよく見えるものだから、なかなか勉強の本論に集中できないんだ。司法試験の予備校でも、若い、まだ未熟な奴の方が受かるのは、よけいな知恵を働かせないで、先生のいうことだけをやっている。つまり、勉強にのめりこんでいるからなんだ。 「研ぎものでも、西岡棟梁がいうには、斧を研いでいたら針になったって。それぐらいのバカでいいというんだ。理屈も何もない、これを研いでおけといわれたら、ずっといいというまでおそらく研いでいたんだろうが、針になったというんだ。それが大事なんだ。疑いもなく研ぐというのが大事なんだ。」(小川三夫)。 実は、今は朝の8時半。寒さはそんなにひどくはないと思う。空はどんよりと曇っている。昨日から金魚に元気がない。塩を少しつまんで入れた。強風の日に弱ったみたいだ。新聞には、昨日あった都立入試の共通問題が別刷りではさまっていた。さっと、問題に目を通す。数学は都立の過去問やってれば似たような出題なので、ほっとする。問題の理科、社会は今年は直前にいろいろやったが、十分に解ける内容だった。3月1日に合否がわかる。心静かに連絡を待つしかない。今日は、東大の前期入試。東大と東工大の受験者のレベル差がかなりあったのには実は驚いた。もちろん東大のほうが高い。最近は私のまわりにも東大に行きたいという高校生が1人、2人といるようになった。今年、東大を受験する子は、竹の会に小6からいた子だ。素直な思考と実行力に優れていた。中学時代は成績抜群で都立西に推薦合格。入学後も成績はずっと上位にあった。竹の会では原則として高校はとらない。が、実は彼の1年上の○さんが青山学院に合格後もずっと竹の会に来ていたのを見て、なんとかしてもらえないかと懇請されて、現在に至っている。ここ2、3年は、竹の会も東大受験が続きそうだ。私は、東大よりも京大にあこがれていた。高校は大分県では御三家といわれていた県立に入学した。入学したてのころは、まあまあ上位にいたんだけど、いろいろあって勉強に集中できず、成績は下がるだけ下がった。でも心の中には秘めるものがあって、どんなことをしてでも旧帝大とくに京大に入りたい。そのためには高校は国立コースだけには残っていなければ。そんな気持ちで数学なんかをもがきながらやっていた記憶がある。結局、数学も英語も高校卒業後、ほとんど独学でやった。そのときたどりついた方法が、各科目1冊を決め、決めたらそれだけをそれこそ10回も20回もくり返しやるというものだった。受験前、1回だけ受けた模擬試験はとても合格できる内容ではなかった。しかし、本番では、かなりの高得点で合格できた。思えば、自分でやることが、本当に正しいのか、これでいいのか、いつも不安にさいなまれながらの受験勉強の日々だった。朝、起きると、文机の左側には、原仙作の英文標準問題精講、赤尾の豆単、古語2000、漢文(なんだったか覚えてない)、Z会の数学問題集1冊、山川用語集の世界史と日本史、数研の生物問題集、以上がこづんである。順番に読んでいく。赤鉛筆と黒のボールペン。ボールペンは赤尾の豆単の単語と山川の用語集の用語を覚えたら塗りつぶすのに使う。ページの最後にきたら、正月の正という字を書いていく。正が2個以上になると進むのも速くなる。その日のノルマを読んだら、右側におく。夕方ころになるとすべての科目が右側に積まれることに。そして次の日は、今度は左に積んでいく。これは10月から翌年の2月まで続いた。実は9月ころに5ヶ月くらいいた東京から帰ってきて受験勉強を開始したので期間がなかった。入試は、3月の3、4,、5の3日間にわたって行われる。当時の一期校はそうだった。合格後、入学してみてわかったのは、合格した奴のほとんどが高校時代の成績(調査書点)がマルA(つまりAに○がつく)だったてこと。ちなみに私はCでした。まあ高得点をとる以外に合格する方法はなかったってことです。このときの勉強法が現在の竹の会の受験指導(大学入試・高校入試・中学入試)の指導k骨子にある。2年前に慶應大学に合格した○さんには、徹底してこの方法を実践させました。 |
| 2月24日 火曜日 |
| 今、朝の8時。今日は都立入試本番の日。1年前、まだ受験指導は開始してなかった。最近は、受験指導の開始時期が遅れるばかり。何年か前までは、中2の12月、遅くとも冬休みくらいから、もう中3の内容をスタートさせていたものだ。しかし、近頃では、こちらがいくら音頭をとっても乗ってこない。スキーやら、家族旅行やら、ディズニーやら優先事項がいろいろあって、勉強は後回しだ。おかげで、都立入試の力さえもギリギリ間に合うかどうかで、中堅私立でさえも、安心して合格する力をつけることができない始末だ。去年から、都立の厳しさが増してきた。独自問題を採用するところは、共通問題に比して、問題が難しくなりがちだ。これからは、都立だからというような安易な対策は通用しなくなると思う。私立難関校をも意識した受験指導が当然となるであろう。いままでのような対応をしていれば、そういうところは一切受験できないということになろう。とにかく、勉強よりも優先事項が圧倒的に多いという状況を維持している限りは、上位都立への合格はおぼつかないことははっきりしている。 23日は、中3はさすがにこなかった。入試前日ということでそれぞれに緊張した一日を過ごしたことであろう。普段の力を普通に出してきてほしい。 「ふつうでいえば、間違いないようにとか、うるさいことをいう師匠もいっぱいいるやろな。西岡棟梁は、どうのこうのっていうのはいわないな。新しくこういう仕事を始めるときも、行くぞっていうだけで、気負いだとかはなんにもなかったな。終わっても祝いも、ご馳走したりもしないしな。」「三重塔が完成しても、別に家でお祝いごとなど何もない。ねぎらいの言葉一つないよ。ありがとうもないわ。鮨を食いに行こうというようなこともいわない。そういうことは一回もなかったな。そういうことはしない人だった。」(小川三夫「不揃いの木を組む」)。西岡棟梁というのは、薬師寺宮大工の故西岡常一(にしおかつねかず)さんのこと。西岡さは小川さんのことを次のように言っていました。「小川が家へ来て、寝泊りを一緒にしていたころ、家族そろって御飯食べますけれども、わたしが座って、その次が小川、その次が長男、次男という具合に小川は一番上でした。なぜかといったら、おまえたちはみな親不孝だと。親の意見にそわずに、親に背中を向けた。この人はよその人だけれども、このわたしというものを信頼して自分から飛び込んできた人や。わたしの仕事を通じていえば、この人が直系や。そやからこの人が一番上。それから長男、次男ということだと」。師匠は黙って弟子のやることを見、弟子も黙って師匠に一歩でも近づこうと努力する。師匠はただ黙々と自分の仕事をいつものように丁寧に進めていく。西岡名人は実はとてつもなく大きなプロジェクトを普段のなんでもない仕事と同じようにあたりまえにこなしていく。日々、自分の仕事をただ黙々と真剣にやるだけ。そういう人間にとっては、特別の大きな仕事も、普段こなしている仕事と変わらない。あたりまえのようにやるだけなのだ。あたりまえの仕事が終わっただけなのだ。だから特別のお祝いはない。西岡名人にとっては、普段の仕事も特別の仕事も「あたりまえの仕事」なんだ。やっている自分は同じ人間なんだから。 「これをやりなさい」と言われて、その課題に熱心にそれこそ夜も寝ないで夢中になるくらいに取り組む。それがあたりまえのことだと無意識に考えるほどの人なら、入試本番だって、そんな特別の日ということでもない。特別の日だからだとやたら緊張して「気負い」、普段の力を発揮できない人が多々いる。この日があたりまえの日だと思えるのは、あたりまえのようにあたりまえのことを黙々とこなす日々があるからです。 法隆寺の建物にはいろいろな知恵がこめられている。これは西岡名人、小川親方の共通した認識だ。「そういう知恵の一つの寝かせて使うという意味が、いまでは日本中わからなくなっているのと違うだろうか。寝かせるということは、材にしたって人間にしたって、大切なことだ。それをいまはすっかり忘れているよ。」。竹の会の私の指導。わからないというとき、すぐには教えない。すぐに教えるということは、実はその子の芽を摘むことだ。分かりやすく教えるということがいわれる。しかし、ストレートに直に教えるというのはいい結果を生まない。「親だってそうだ。自分の子のことをじっくり見ていないし、寝かせておくという発想がないんだから。一番、子供を急がせているのは母親ではないのか」。 その場合、そのわからないことは直には教えないで、寝かせておくことが実は重要な指導なのだ。ストレートに答えを説明するのは、実は先の見通しのない、藪医者の対症療法みたいなものだ。ヒントめいたことはいう。ほんのちょっぴりだけ。後は、自分の頭で考えることだ。この自分の頭でなんとかするというのが、あたりまえのことなんだ。西岡名人が小川さんを指導するときほとんど何にもいわなかったというのもうなずける。 何かをするのに、特別なことなどなにもない。宮大工は特別の道具にこだわった。が、これと勉強は性質が異なる。立派な机があれば、いい勉強部屋があれば、あのシャーペンがあれば、と勉強が特別だという意識からいろいろ不満が出てくる。あたりまえのことにしてしまいなさい。御飯を食べるのと同じようにあたりまえのことなんだから、特にやることだってあたりまえだし、特別の何かがなければ、できないということもないんです。 自分にとって、あたりまえのことなんだと考えられるような人間になりたい。特別なことととらえて、やる主体はかわらないのに、あたふたするのは変です。 |
| 2月23日 月曜日 |
| 22日は、日中は、青空が広がっていたのに、天気予報通り、夜11時過ぎると、雨模様。しかもかなり風が強い。日曜の3時から6時までは中3の指導だった。教室に行く途中、かみさんに頼まれて、紀伊国屋で「文芸春秋」を買った。残り3冊のうちの1冊。セーフだった。例の芥川賞の受賞作品が掲載されて、飛ぶように売れているというやつである。教室の書架で、登記の本質について知りたくて、いろいろ本を探索。なんとか1冊、読めそうなのを取り出す。 「怒る」ということについて。最近のこどもは、親にもほとんど怒られたという経験をもたないままに育った子が多い。母親は、ガミガミはいうが、こどもは怒られたとは思っていない。馬耳東風だ。最近の子は怒られ慣れていないので、怒られるとどうしていいのかわからず、パニックを起こす。怒られるということに全くといっていいほど免疫がない。学校の先生もやりにくいに違いない。なにしろ家庭でしかるという躾が姿を消してしまっているのだから。塾で怒るということはほとんどない。ほんとうに怒らなければならないときもある。そのときは、やめさせる覚悟でしかりつける。そこまで、腹を決めなければ怒れない。怒るときとは、生徒になめられたときだ。先生をなめるようになったら、もう師弟関係はなりたたない。このときは、怒りを爆発させたほうがいいと思っている。「怒るときは、なぜ怒るかとか、怒るとどうなるかとか、そういう冷静さをもったらあかんのや。腹が立ったら、その場で怒るのがいい。怒るのをがまんするっていうことは、もう相手にしないということになっちゃうんだな。そんなことしたら、こっちも人が悪くなるんだ。怒るべきときに怒らないのはその子のためにじゃないよ。怒られないっていうのは、見捨てられているようなものや。それで後になってどうのこうのなんていうことはよくないわ。」(小川)。確かに、怒っているときは、その子にまだ期待している。本当に叱らなくなったときは、もうその子を見捨てている。小学6年生のとき、添削された習字の紙を丸めてごみ箱に捨てたことがある。それを同級生に告げ口されて、担任にこっぴどく叱られたことがある。廊下にずっとたたされていたっけ。いまだにそれほど悪いことをしたという意識はない。作家が書き損じをポンポンと丸めてごみ箱に放り込む、あの意識しかないからだ。たぶん、担任の先生は、「なんで悪い事なのか、廊下に立って考えてろ」ということで立たせたのだろう。とにかく泣きながら、謝った記憶しかない。その担任の先生は、後年、私が九州大学に合格したことを聞いて、母に「阿部君なら、それくらいやるでしょう」と言ったらしい。小学校のころ、成績が悪いとよく父親に殴られたり、蹴られたりした。洗面器に水をいっぱいにして、それを頭の位置までずっと持ち上げるように命令されたこともあった。成績は、なぜか図工がいつも5であったが、他の科目はよかったという記憶がない。中学に入って、いきなり成績がトップクラスになったので、両親は驚いた。中学3年生のときに、同級生(今は某大学で美術の教授らしい)と殴り合いをして、このとき職員室で叱られた。この担任には別の何かでビンタをはつられたことがあるが、それがなんであるのか思い出せない。職員室で担任が「これが内の秀才なんだから、情けない」と言われたのをなぜかよく覚えている。そのころは、クラスで1,2番で、学年でも10番内(550人くらいいた中で)にはいた。 私の場合、家では父親が恐い存在だった。とにかく熱いお茶を頭からぶっかけられたり、盃を投げつけられたりと、いい記憶はない。私が、結局、他の兄弟たちと違い、郷里を飛び出て、東京に暮らしているのも、そのへんの生い立ちがあるのかもしれない。なにしろ姉や弟がそんなに叱られているのを見た記憶があまりない。その反動か高校のころから父親に反抗するようになった。まあ、家で叱られていたので、学校でしかられても免疫はあったと思うんだけど、そのころの先生というのは結構偉い人という感覚があって、その偉い人に叱られるというのがショックだったような気がする。 最近は、叱るより褒めろ、などという本があったりで、褒めるということを強調する人も多い。褒めるというとき、小川棟梁は、間接的に、周りで褒めるのがいいという一方、修業中の大工の仕事を褒めるのはよくないとも言っている。「ちゃんとやって当然なんだ。よう考えてごらんよ。その本人が真剣に仕事をして、やって出来上がったことを褒めてやるなんていうのは失礼だよ。一所懸命にやったんだから褒める必要もない、無視する必要もない、何もない、そのまんま。それは、できたんだから、それでいいんだ。それを褒めてやるっていうのは、褒めるほうは優越感を感じているだけであって、やったからといって褒められても本当の意味では嬉しくないよ」。小学生は褒められるとニコニコする。褒められるからやるということにもなる。まだ幼いんだ。小学生にとって、その仕事は他人の仕事であって、自分の仕事ではないんだ。だから褒められるとうれしいんだ。人のためにやったという意識があるからね。だから幼いんだ。ある程度、大人になってくると、やってることは自分の仕事なんだということが意識的にも自覚されてくる。そうなると自分のやるべき勉強を褒められるというのは何かしっくりこない、変だと次第に気がついてくる。自分のこどもを褒めてやってくれという母親は自分の子の幼さに気がつかない。私は、褒めたりはしない。しかし、素直に感動したということは伝えることがある。そうなんだ。君がこんなにもやってきたということに感動しましたということは伝える。しかし、高いところから君を見下ろしながら褒めるなどという高慢な態度はとれない。それは一所懸命に勉強してきた君に失礼だ。 今、実は、朝の8時半だ。深夜の強風にあおられて、金魚が一匹外に放り出されて死んでいた。赤と白のきれいなやつで、結構気に入っていたやつだ。がっくり。今日は青空が広がっている。 体はまだ本調子ではない。朝は冷たい空気が気持ちいい。昨日から少し生暖かい。去年の3月の寒さを考えると、また寒がもどるのではと思ったりもする。明日は都立入試本番。明後日は東大入試本番。心静かに結果を待つ。 |
| 2月22日 日曜日 晴れ 午前8時30分 |
| 金魚を飼いはじめて10日あまりが過ぎた。かなり臆病で人の影を感じただけで姿を隠してしまう。そっと遠くから窺うように覗き見る。何年か前に買った大きな鉢に小石を敷いて水道水を入れただけの環境だ。あとは一切手を加えないことにした。 「学校の先生と生徒は本来は師弟だよな。」(以下、カッコは小川三夫の引用)。師弟関係とは、よく卒業のときに耳にします。「わが師の恩」などと歌にも出てきます。しかし、今の世の中、「先生と生徒はまだまだ他人だよな。先生はほんとうにその子が立派に育って欲しいと思っているだろうか。あるいは思っているかもしれないけど、実際そうしているようには見えないよ。無事に何もなく静かに卒業していってほしいと思うほうが強いんじゃないか。」 親もあまり学校の先生には期待していないし、なにしろ尊敬していない。このへんは、昔とは全然違ってきている。親が尊敬しないものをこども尊敬するわけがない。こどもは、親の反射鏡みたいなものだ。こどものしぐさ言動に、親の心が見事なまでに反映する。 師弟の関係というのは、「弟子は師匠のために、師匠は弟子のために」尽くす。「自分のことを殺している部分がある。師匠と弟子、その両方の側の忍耐、それがあるから、思いやりも出るのだし、いろいろなことに気づいていく。」 塾の先生というのは、忍耐とか我慢とかそういうものが一つもない時代に育ってきた子に対して、唯一「入試」という名目を得て、その子に接する機会に遭遇するのだ。ほとんどのこどもが未熟なままに自覚のないままに入試という試練の前に放り出される。この試練を通して次第に主体性を自覚し大人へと成長していく子もいる。試練を回避する子ももちろんいる。そういう子はいつまでたってもこどものままだ。「人を預かるとか、人を教えるとかいうのは、そんな軽いものではないよ。それこそ、その子がいろいろなことを気づくまで、じっと待ってやって、その子が感じて、そして行動をとって、思い切りやって、本当に一所懸命やった」というところまで、それはたいへんなことだ。小川棟梁は「一所懸命きちっとやれれば、それがどうであろうと結果はいいよ」という。確かに、人を育てるという側面からはそうなんだ。でも、塾の先生はその結果にある意味、責任を負う。よく母親から「内の子はほめてやると、よくやるから、先生もほめてやってくれ」と注文がくる。こどもは「褒められたくてやっているんじゃないってことに気づか」ないとね。褒められているうちは、まだまだ幼い未熟なところから抜けきっていない。褒める側はいつまでも高いところから見下していることになる。ある意味で、師弟関係は対等の関係である。塾でも、できる子は「どんどんやっているのに、遅い子がいる。何をするにも手間がかかるんだ。それは丁寧なのとは違うんだ。先が全然読めない」からなんだ。「これは致命的だよ」。「下手というのは全体像が見えないからなんだ」。私は、まず、全体像をつかむような指導をする。全体像をつかんで、その後の考える指針にしながら、ひとりで考えていってほしいと思うからだ。私の教えていること、それは「まず大きく学ぼうとする雰囲気をつくってある」ことだ。「その雰囲気に乗っていけない子は学んでいないんだ」。やる気のあるやつにはできるようにしてある。「いくら遅くても、下手でも、そのことでだれも怒りはしない。急がせもしない。納得のいくまでやらしてやる」。「そうやっていると、だんだん自分のできること、やること、順序がわかってくるんだ」。学ぼうとする雰囲気に乗っかっていけば問題ない。が、こどもだから、自分勝手なことをやりだす。こうなると指導の効果もへったくれもなくなる。最初から、学ぼうとする雰囲気に乗っかってくる子は伸びが速い。ずっと1年間も全体像がつかめないままの子もいる。先が全然読めないんだ。これを致命的といってしまえばそれまでだけど、じっと待ってやるしかないんだ。じっと待ってやって気づいた子もいる。中1のとき、英語が1で、数学も1、というか、ほとんどの科目が1という子がいた。その子は「一言もしゃべることもしないで」ただ黙々と私の指示を実行した。そのうち全体像がみえてきたのか、中3の1学期には、英語4、数学4となっていた。全科目がよくなっていた。全体像が読めるようになるまで2年余を要した。じっと待っていてくれた母親は、もともとができない子と思っていたから、待つという感覚はなかったのかもしれない。それがよかった。大概、しびれを切らした母親が、文句をいって塾を止めていくのが落ちだ。「言葉はいらないんだ。使う必要もない。みんながつぎにすることを知っているから」。こどもを指導するということは、小川棟梁の弟子育成法と近似している。これは、小川棟梁の師匠の西岡棟梁の考え方でもあったのだけどね。 |
| 2月20日 金曜日 晴れ |
| 体に元気がもどらない。歯茎の腫れはひいたみたい。が、口内炎かな。固いものがかめない。2月中には、なんとかもとの体に戻るかな。19日は、父の手術の日だった。なんとか無事に終えたようだ。ホッと安堵してベランダの鉢に泳ぐ金魚をやさしく眺める。えさはなるべくやらないほうがいいと自分に言い聞かせる。シロちゃんは退屈そうにいつものところに寝そべっていた。私は、背中をシロちゃんに向けて立つ。その間、30秒かな。いきなり「ワン」ときた。やっぱりわかるんだ。薬師寺の再建に活躍した西岡棟梁の弟子に小川三夫(みつお)さんという人がいる。昭和22年生まれの人だ。故西岡棟梁の本の中にもよく出てくる人だ。その小川さんの口述筆記の本に「不揃いの木を組む」というのがある。今日は、ずいぶん前に買っておいたこの本を書架から取り出してペラペラめくり始めた。その中の一節に「材を寝かせることと人を寝かせること」というのがあった。「山に立っている木というのは、生きている木なんだよ。葉が青々と茂っている、その木は建物を建てるための木とは役目が違うわけだ。自分が生きるために立っているんだ。それが、倒されて、運ばれてき」た。「だからある程度寝かせておいてやらな、あかんのや。その寝かせておく期間に、立木から建物になる木へと命が移っていくわけだ。」「材を置いておくというのは、命が変わるための整理という意味もあるんだ。」「一番悪いのは、きのうまでカラスがとまっていたような木を倒して、あした建物にすぐ使ってしまうことだ。その建物がどうなるかっていうと、建物が完成してから狂い始めるわけだから。前もって狂わしていないんだからな。それは木が悪いのではなくて、使うほうが悪いんだ」。私の指導について。考える習慣のない子は、ある程度放っておく期間が必要だ。未熟な子、幼い子ほど、その寝かせておく期間は長くかかる。この期間のうちにその子の内面に起こる変化をじっとがまん強く待つ。がまんのきかない親は、さっさと塾をやめさせてしまう。「もう○年も塾にいるのに」と。毎日、何かを形として勉強してないと安心できないのだ。最近の母親は、「早く、早く」とせかせる。じっくりと腰を据えて「考える」子に育てるといところまで待ってはくれない。早く結論を出したがる。そして、こっちでダメなら、あっちでと中途半端を繰り返す。私のところに戻ってきても、結局、寝かせておく期間をとりあげてしまっているのだから、また振り出しだ。「日本中の母親の一番よく使う言葉は、「早くしなさい」だそうだ。」「できない子に何かをさせるというのがどういうことなのかがわからないんだな。子供でも何年か寝かせておいて、熟したころに取り出して使いましょう」ということなんですよ。よく指導してて、もう少し熟せば、この子は伸びはじめると思うことがある。が、親は、そんなこといったって、待ってはくれない。熟してる子なら、教えればグングン伸びていく。熟してないから、寝かせる期間が必要なんだ。西岡棟梁の息子に弟子になりたてのころ、浄瑠璃寺を見につれていってもらったとき、棟梁が「そんな建物なんて見に行く必要はない」って顔をしてたそうだ。「見る目もないのに行ってみたって、なんにもならないという意味だ。」「実際見に行っても、見所がわからないから、やっぱりわからないよ。結果的には時間つぶしになってしまったんだ」。私の指導について。1あたり量がわからないから、毎日同じようなことを考えさせている。鶴亀算やら、何々算やら、やらしても、そこまでの「見る目」がないから、やってもなんにもならないから、やらせないのだ。それよりも、大切なことをしっかりと根づかせたいからなにもやらないんだ。未熟な段階で自分の理解を超えた勉強をする意味なんてないのに、その真意が、母親たちには、届かない。 中3は、かなりピリピリしている。緊張している。24日本番。あと少し。15の心に試練の十字架。思うこと。「素直に学べる」ところまで、自分の気持ちまっさらにすること。これが成功の秘訣。あたりまえのこと。きょうも考える。人間って、追いつめられなれば、事の実体を真に理解できないのかな。 |
| 2月19日 木曜日 晴れ |
| 掲示板、閉鎖しました。悪質な荒しが入るようになりました。竹の会にご意見のある方は是非メールをご利用ください。 今日は、予定の授業がキャンセルとなり、中3に平成15年の過去問をやるだけで終わった。成績はすこぶる悪い。真力がないことが、裏目に出た。志望校を下げるというのは、こういうことを見越してのことだ。過去、入試本番前でここまで悪い点を出したことはなかった。 このところ体調が悪く、今は、朝から起きても、なにもしない。ひたすら体を休めている。ボーとしている。このところホームページを見て、塾に電話をかけてくる人が多くなった。世田谷区とか、大田区、中央区などと渋谷区外からがほとんど。通うのにたいへんなところばかり。今も、町田から通ってくる中2の女子がいる。入会してもう1年がたとうとしている。最初は、本当に通えるのか危ぶんだがもう1年になる。感心するばかりだ。竹の会は、他塾と違い、横並び授業はやらないから、その指導方式に慣れることができるかがひとつの問題だった。 あたりまえのこと。「人智の限りをつくし、惜しみなく資材、費用を傾けて、人は人を殺し、人を害するモノを作りだし使っている。生存の要素のすべてに悪異変が顕著なの」に、「不当な状況があり過ぎる」のに、「この中にいて、いかに毒性無き生存をと、叫ぶもむなしく、被害者、弱者自身も、害毒に荷担していていつか加害者の中にいる」(岡部「こころ花あかり」)。「もはや、他の生命体の存続も不可能な人類の悪業。三千世界に生命体無きあと、空々漠々と時の流れる宇宙。「地獄・極楽」想像も、人の世がありえてこそではないか」(以下岡部引用)。「全人類の死滅に向かって、他の生命体をもまきこみながらムキになってすすんでゆく世界」にいるとは信じたくないが、認めるしかない。確かに「まったく希望せずに生まれてしまい、まったく希望せずに病気や」生活、「老いで苦しみ、まったく希望しないまま、死んでゆかねばなら」ない。日本全国、開発、開発で、いたるところにテーマパークやらゴルフ場やら、人は増え続け、自然は破壊されていく。「もう、すこやかな自然そのものがない」というところまできてしまったのか。私が探し考えるあたりまえのこととは何なんだろう。「自分の真実に目をそむけない」で日々を過ごし考えること。もう、すこやかな自然はないのに、自然死をひそかに考える。あたりまえのことをこころ静かに考える。政治家たちが、道路が必要だ、高層ビルが必要だ、装備が必要だ、とがなりたて、エコノミストは景気、景気と声高にわけのわからない仮説を振り回し、テレビや新聞で蓄財をはかる。テレビ局は視聴率、視聴率とモラルを忘れて、営利をむさぼる。世の中全体が狂ったようにどこという目的もなくなにかひとつの方向に進んでいるような空恐ろしさを肌で感じながら、何もできない私はひっそりとあたりまえのことを考える。「全人類の死滅に向かって」進むことのないように、願いながら。 |
| 2月17日 火曜日 晴れ |
| あたりまえのこと。朝起きて新聞にざっと目を通す。3月の日程を組む。ネットで注文していた本が昨日ようやく届く。今日は早速パラパラと目を通す。紀伊国屋で都立理科社会英語の使えそうな資料を買い、そのまま教室へ。朝刊には都立の最終応募状況が出る。入試まで後1週間。無理がたたって歯がガタガタ。上原にいた宮地歯科の若先生が文句なしの名医。今は、成増に医院を開いている。悪くなると予約をとってはるばる出かける。去年、用心のためにもらっていたクスリで今回は乗り切れるかな。このところよく考える。「あたりまえのこと」ってなんだろう。都会に暮らしていると、日の出も日の入りも自然を通して実感することもない。コンクリートに敷き詰められた道、また道。コンクリートのビル群。土がない生活が「あたりまえのこと」になってしまっている。やってきた電車にあたりまえのように乗る。山手通りの大工事、これもあたりまえのことなのか。土を掘り起こして、鉄とコンクリートが埋め尽くされる。土は邪魔者のようにダンプが次から次へとどこえやら運びさられていく。家のベランダに緑の木々を置く。コンクリートのベランダは耐えられない。高校生の頃、よく「みんなが持っている。買ってくれ。」と母親を困らせた。今は、買ってやるのがあたりまえ。健康なのもあたりまえ。あたりまえすぎて、意識もしない。あたりまえをバカにする。あたりまえで満足しない。あたりまえだとつまらないものになる。あたりまえのことが実はいちばんかけがえのないものだということをいつか知るときがくるのであろうか。岡部伊都子さんの「こころ花あかり」を教室の書架から取り出した。「恋があくまで人格の高揚であ」り、「いたずらに遊びに堕した恋の氾濫が、決して幸福ではないことを語ってやまない」。これは、「豆腐屋の四季」の中の松下竜一の歌を評してのこと。「生後まもなく高熱で失明した右目のホシを「竜一ちゃんの心がやさしいから、お星様が流れてきてとまってくださったのだよ」と幼い竜一に語り聞かせた母の存在。「目の星なんか流れた方がいいやい」と泣く竜一に、「さらに母は言うのだった。「お星様が流れて消えたら、竜一ちゃんのやさしさも心から消えるのだよ」と。「まだ、46歳だった母の突然の死。強い子になれと言わず「やさしかれ、やさしかれ」と語りかけたという母の魂。やさしい松下氏の強さを心からたたえる」。心にやさしさがあるのは、あたりまえのことではない。やさしい母から幼い子に贈られたもの。あたりまえに、最初から、当然あるもののようになんでも思ってしまってなんの疑問ももたない。あたりまえのことは実はあたりまえには手に入らない。母が「あたりまえ」のことをしたおかげ。あたりまえのことをしない、馬鹿にする、意識にものぼらない、そういう暮らし。近頃、歩きながら考えること、「あたりまえのこと」ばかり。明日は、午前中には、青学の英語のレジュメ作り。時間が余ったら、読書。明日、買いたい本。松下竜一の「豆腐屋の四季」(15巻も出ている。私の持っているのは第1巻のみ)。岡部伊都子さんの本は、「いのちへの愛、いのちへの感謝」に満ちた本です。松下竜一さんといい、岡部さんといい、これほど人生に真摯に立ち向かわれている作家がいるとは。偽善にみちみち溢れた三文本ばかりを書いてはばからない厚顔の似非作家。実は私もずいぶん似非作家の本を買わされた。場数を踏んでようやく本物の本に出会う術を身につける。 |
| 2月16日 月曜日 晴れ |
| 9時前に起きる。午前中は、読書。12時半にあわてて、近くのスーパーへ。途中で、シロちゃんを覗く。風が強いためか、今日は塀の陰に。食欲がないので昨日の残りのバラ寿司と雑煮でなんとか昼をすます。昨日買った16年版の模範六法をパラパラ。昨日は、改正された民法の担保法関連の解説書を斜め読み。今日は、2時前に家を出た。紀伊国屋で平成16年度用過去問の茨城県を買う。今日、理科社会の問題を使うため。そのままバスへ。3時10分には着いた。それにしても山手通りの工事は腹立たしい。月曜は、3時半にやってくる小学生がいるので、それに間に合うように行く。それにしても竹の会は女子が多い。ふと見渡してみると女子ばかり。今年の中3は女子が1人で他はすべて男子。ここだけは男子が目立った。その中3ももうほとんどいない。24日が都立本番の日。地方の県立の理科、社会の過去問。使えたり使えなかったり。まず都立は20問で1問5点ということが原則パターンだが、県立は、その倍はある。かなり細かいことを聞いてくる。あまり細かいと、大筋の流れをつかんだ勉強ができなくなり、木を見て森をみないことになりかねない。中3は1名を除いてよくない。結局、自分の実力に見合った都立を受けることを拒否して、挑戦することになった。どうも私が「どこにしたら受かりますか」という形で相談を受けることがなくなった。学校の先生と決めてしまう。私には、「ここを受けます」という事後報告のみ。さすがに今回は「変えたほうがいい」と言わざるを得なかった。まっ、拒否されましたけどね。過去、私の合格予測は都立3件を除いて外れたことがない。数学でも、英語でも、真力がないとやはり落ちる。数学なら、結局は考えてそれなりにとるという真力がなければだめだ。英語だって同じことがいえる。理科、社会については実力のつき方に落差がある。同じテキストを使っているのにである。総じて、9割を確実にとるようになる少数派と、5割がいいとこという多数派に分かれる。例年、理科、社会で苦しむ生徒が多くいる。3年分のまとめテキストだと、どうもこういう結果になりがちだ。やらない子はそのまま過ごしてしまうということか。来年の受験指導がもう3月には始まる。理科、社会について、苦慮している。分厚いテキストだとどうも結果がでない。そこで苦慮している。 土曜日は、バレンタインデーとかで、渋谷はここかしこでチョコが溢れていた。いったいなんなんだ。売る側はとにかく世界の一大事のように大袈裟に騒ぎ立てる。これに見事に乗る買う側。近頃はやたらわけのわからん大義名分ができて、商売をする。阪神が優勝したというのでとにかく売れ売れだ。意味もなく阪神が優勝したからと買う。なにやらわけがわからん。とにかくやたら何だからと売る。日本全国でみんながチョコレートを同じ日にニコニコしながら食べてるの?これこそ異常事態だ。これはこれこれだというわけのわからん意味を吹き込まれて、なんの疑いももたずにおどらされる。太陽があるのもあたりまえ、というかその存在さえも意識にない。自然があるのもあたりまえ。そして制度があるのも全くあたりまえ。自分がいることだってあたりまえ。お日様がなければ地球は一日ももたない。あるのはあたりまえじゃない。今生きてることは特別のことなんだ。自然があるのも特別のことなんだ。でも、バレンタインなんてちっとも特別のことなんかじゃない。人間が勝手に作ったこと。本当に特別なことには、畏敬の念をもって、感謝の念を忘れてはいけない。でも、わけのわからないことに踊らされて特別のことのように1億総がかりでばか騒ぎするのはなにやら空恐ろしい気がする。ほんとうに大切なものを教えられないこどもたち。本当に大切なものを忘れてしまったおとなたち。太陽に自然に感謝することで、意識することで忘れていた何か大切なものが見えてくるかも。あたりまえのことを意識しないようになってから、人は傲慢になってきた。 |
| 2月14日 土曜日 晴れのち曇り |
| 8時過ぎ頃起きる。今日は休みなのでゆっくりとしている。午前中は、法律関連の本を読む。法律書は私の故郷みたいなものだ。読むほどに充足感がある。実は、新英語指導案の原稿があったり、ホームページの広告チラシの原稿案作成があったりで、そうのんびりもしてられないんだけど、放り出したままだ。その気になるには、もう少し時間がいるかも。チラシの方は、ずいぶん前に買ったG−CREW7というソフトをかみさんが試しているとこ。ビックカメラのチラシはあれで作っているらしい。使いこなすのは至難だ。ワードで作ったほうが早いかな。ワードは独学だけどとにかく使えてるみたいだ。そもそもG−CREWは容量が大きすぎて私のパソコンにはインストールできなかった。ハンズで見つけた黒い手帳には、算数の1あたり量のアイデアを書きためている。いろいろと思いつくほどにかきとめる。相変わらず、割合がさっぱり理解できないいままの小学生。彼等は理解できなかったとしても、全然困っていないんだ。最近の小中学生、理解できなくても全然困ってない様子。わからなくてもサッサッと片付けて「ありがとうございました」と帰っていく。実にさっぱりとした顔で。私の1あたり量のプリントを理解してメキメキ力をつけたいった小6が1人いた。その子は冬休みに、突然受験したいといって、竹の会の冬期講習に出ることになった。1時から9時半まで、8時間半ほとんどを集中して私の課題に取り組んでいたのには驚かされた。これほどの集中力は中3にはない。かつて青山学院高等部に受かった上原中の女子と東洋英和女子中に受かった富小女子はよくならんで勉強していたが、私の記憶でもすごい集中力だった。「先生、次に何をしたらいいですか」。これが合格パターンの子だ。かつて日大二中に受かった西原小の男子、実践女子に受かった上原小の女子は、ともに私に、必ず、次にやるべきことを尋ねた。私に何もいわないで自分勝手に好きなことをやっていた子は、成績が必ず落ちたし、入試に失敗した。竹の会に来て、指示をきちんとこなして、「先生、次に何をしたらいいですか」と尋ねる生徒が伸びていくのだ。こうした素直に指導に従う子の得るもの、それは合格であり、確実についたと実感できる実力だ。素直に指示に従い、成功した人たち、そういう人たちの親御さんから心温まる感謝の手紙やメールを何通かいただいた。そこには、竹の会の指導がすばらしかったと賛辞の言葉で満ち溢れていた。なんてうれしいことなんでしょうか。疲れきった体にはいい薬です。心が癒されます。自分で勝手にやることを決め、いつも中途半端にしかやらない、こういうことを続けていてはだめです。先生に言われたことを責任をもってやりとおす。わかるまでやりとおす。そして次に何をしたらいいのか、先生に尋ねる。そしてやりとおす。こういうことを継続していくことです。それが何かを得ながら前に進んでいるということなんです。成功者と不成功者の分かれ目はここにあるのです。夕方4時に所用で渋谷へ。7時半には家に帰る。当分は、いろいろやらないと思う。夜、九州の母から電話。今日退院したとのこと。17日に今度は父が入院する予定。その間、母は、大分の姉のところにいることになった。まずは安心。去年、3月の下旬に単身郷里にふらりと帰った。何もいってなかったのでびっくりされた。飛行機が恐くてなかなか慣れない。1週間ほど父母と私の3人で生活した。朝はもう7時前には起きて、勤行、それが済むと家の掃除が始まる。一仕事終わると、味噌汁と納豆の朝ごはんだ。10種類以上の漬物が毎日並べられる。普段は、朝飯など食べないが、帰ったとき毎日3人で食事。3度の食事をきちんとする。自由に動けない母の手足となって、動く。寝る前に母の足をさすってやる。年老いた母の足をさすっていると、涙がいっぱいに溢れてくる。いっしょにいる間だけでも親孝行していたい。あっという間に、1週間が過ぎた。東京に立つ日は、いつも朝一番の飛行機。まだ、真暗なうちに、家を出て、空港行きのバス乗り場にタクシーで向かう。別れのときは、いつもあきらめたような顔して目を赤くしてさびしく笑う母の顔が悲しい。若い頃から、苦労と心配ばかりかけてきた。どうしょうもない息子だった。親父と喧嘩して、高校止めるとか、就職するとか、東京に飛び出して、トラック運転したりとか、正月から親父と大立ち回りとか、あげだしたらきりが無い。ほんとうに親不孝な息子だった。いつまでも背中を、足をさすっていてあげたい。母のことを思うとこどものように声を出して泣いてしまう。飛行機は嫌いだけど3月になったら、また母の顔を見るために帰りたい。明日は、3時から中3を3時間ほどみる予定。気合入れて勉強してるかな。 |
| 2月13日 金曜日 晴れ 夜、雨がポッポッ |
| 都立入試が近い。過去の指導で、都立に失敗した者、3名。1人は、どこか他所の塾にメインとして行っていた女子。2人は、純粋の竹の会の会員。落ちた子に共通する点、私の指示を素直に実行しなかったこと。他所塾の子は、私の指示に反抗的だった。女子2人のうち、1人は、よく親戚が来たとか、なんだかんだとよく休んだ。ほとんど私の指示を流した。もう1人の女子は、やってるふりをした。私の指示をきちんとこなした子は必ず受かった。前記の3人を除けば、私の事前の合格予想は100%の的中率である。私の合格の処方箋はあたりまえのことを日々指示するだけである。「これをやりなさい」と一言添えて。この指示をきちんと大切に思って、やってきた子だけが成績を確実に伸ばしてきた。やってこなくても何もいわない。ただ、「やりましたか」というだけです。そのままやらなければ新しい指示はずっと出しません。一つの指示をやってきて、次の指示、次の指示をやってきて、また次の指示がでます。今年の中3はずっと私の指示を流してきました。流し続けた結果は、すべてひとりひとりが甘受するしかないのです。英語がとれない、社会がとれない、国語がとれない、等々すべて私の指示をきちんとこなしてこなかったつけです。逆に、私の指示をきちんきちんとこなしてきた生徒は確実に実力がつき、竹の会の、私の指導のすごさを十分に知ることになるのです。「現代文」を毎日音読しなさい。同じ文を10回。こういう指示を出しました。しかし、だれひとりとしてやりませんでした。英文解釈を毎日のように催促しました。しかし、ほとんどやってくれませんでした。英語指導案を3回以上やれといいました。しかし、1度やったらもう2度とはやろうとはしませんでした。私の指示はことごとく流されてきました。そんな中で、私は、数学の過去問指導法をやってきました。やらないという前提の中でいかにして数学だけでもマスターさせるかと思い悩みました。都立の英語だって、数学だって、例年ほとんどの受験生が100点近くを採ったというのに。理科と社会についても、どれくらい指示をだしたことだろうか。ひとつとして私の満足いくような実践があったのだろうか。これほど私の指示が軽く流されたことはかつてなかった。中学入試では、男子1人は怒鳴りつけながら指示を出す日々であった。すべての指示がちゃらんぽらんで流される毎日にどなってでもやらせるほかなかった。受験直前はとにかく完全にコントロールして指示を実行させた。もうひとりの女子は冬休みからの指導であったが、中3をはるかに凌ぐ集中力と実行力でぐんぐんと実力を伸ばした。結局、2人とも合格した。私は、ごく普通に穏やかにある指示を出す。その指示を流せばそれで終わる程度の指示だ。だが、この指示は実行すれば、確実に実力がついていく魔法の指示なのに。実行するものほど私の指示の凄さを知っている。言われたことをやれば、力がつく。ただそれだけのことなのに。今日は、3時前に家を出た。遅くなったので、渋谷駅からバスに直行。近頃は、工事中の山手通りは渋滞が普通。なにやら腹立たしい。ほんとうによくなっているのだろうか。本当に必要なのだろうか。漢検の合格証書が来ていた。合格者はわずか5人。漢検は受けたほうがいいよと既に何度も指示を出している。が、ほとんど流されている。漢字が書けないという現実に直面するまでおそらくやらないことだろう。英語の読解問題がとれないという現実に直面するまで、私の指示を流すつもりなのだろうか。竹の会で指導を受けるということの意味をよくよく考えてほしいものだ。指示を受けてその指示をこなすこと。決して自分勝手にやっていいわけではない。出された指示を延々と何ヶ月も小出しにやっていいわけがない。出されたら次に来たときはやってくるんです。中3は、今日は、平成13年の社会、平成14年の国語をやる。よくない。すこし中だるみか。本番に最高潮にもっていけばいい。ただ、悪すぎるものもいる。無理な子には無理というしかない。それでもやるというなら私には何も言えない。あきらめないで勉強してほしい。受験は普段とれないのに本番でとれるというような事態はまずないと思ったほうがいい。それでもやるというなら精一杯勉強して合格を信じて闘ってこいというしかない。竹の会で成功した優秀な人たち、みんな素直に私の指示をそれは大切に考えてくれました。このことがどうしたらわかってもらえるのでしょうか。 |
| 2月12日 木曜日 晴れ |
| 昨日、買った金魚は元気に泳いでいる。もう甕の水に慣れたようだ。1週間はエサをやらない。いつもこれで失敗する。金魚はエサを食べすぎると酸欠になり死ぬと聞いた。野生の動物は必要なだけ食べたら、もうそれ以上は食べない、食べ過ぎるということはないと聞いたことがある。金魚はそうでもないらしい。野生とはいえないかな。午前中は、資料の整理。2時に家を出た。4時に広告会社の人と約束。紀伊国屋に寄ってから、バスへ直行。吉川英治の「柳生石舟斎」を買った。教室には、津本陽などの時代もの小説がけっこうある。好きでよく読んだ。最近はほとんど読まない。吉川英治とあったのでついなつかしくなって買ってしまった。若い頃、吉川英治の「宮本武蔵」を読んだことがある。何巻だったか、けっこうあった。途中少しあきてしまったが、とにかく最後まで読んだ。津本陽のようにぐいぐいと引き込む面白さはない。津本の「柳生兵庫輔」は圧巻だった。全8巻あったが、あっという間に、読みきった。大学の頃、読んだトルストイの「戦争と平和」も岩波文庫で8巻あった。引き込まれる面白さは、津本には及ばないが、夢中で読んだ記憶がある。かつては、漱石を読みつくしたこともあった。文章はやはり今思っても名文だ。名文といえば、志賀直哉も何冊か読んだ。「和解」が好きだった。芥川は、短編ばかりだったが、それほど面白いという記憶はない。この点は、森鴎外も同じで、「阿部一族」などは、なにやら名前ばかり出てきて閉口した。3時半には教室に着いた。2冊ほど添削があったので、急ぎ済ませる。4時に所用を済ませる。中3は、平成13年の数学を実施。平成14年の理科もやる。よくない。志望校を変更したほうがいい。が、本人たちの意志は固く、玉砕覚悟ということか。まっ仕方ないか。明日が、取り下げの最後のチャンスだ。よく考えて欲しい。8時半には、教室を出る。体の調子はよくない。歯は強くかめない状態がずっと続いている。2月、3月はゆっくり過ごしたい。このところ棚に積んであった法律書をペラペラとめくることが多い。商法もほとんど改正された。民法にも部分的な改正があった。いつも思う。自分は、なすべきことの優先順位を間違えてしまうことが多かったなと。どうも興味のあること、気になることから片付けようとしてしまう。これではいけないんだ。「気のすまない」性格であることには間違いない。強迫神経症のきらいもあるのかもしれない。ガス栓を締めたか、ドアの鍵を締めたか、なんていつも考えている。手だって石鹸で洗わなければ「気がすまない」。おかげで冬なんか手はカサカサだ。「清潔は病気だ」なんて本があったけ。「強迫神経症」の本も読んだっけ。アバウトな人間の方がずっといい。あまり悩まないでさっさとやる人間の方がずっといい。私は、アバウトなところも多々あるんだけれども、結構細かいのかも。考えないでさっさとやりたいと思ったことが幾度もある。「優先順位」が何か、冷静に考えて、不安からくる優先順位の間違いを起こさないようにと自戒することしきりです。何をすべきかと考えるとき、まずやることを間違わないように。大阪城は外堀から埋めていったが、試験は外堀から埋めるのは順番間違いだと思う。試験が迫ってくると不安から、つまらないことが大きく見えて、優先順位を見誤ってしまう。心静かに落着いて敵を見よう。 |
| 2月11日 水曜日 晴れ |
| 昨日のこと。午前中はたまった資料の整理。2時半に家を出る。ブックファーストに寄る。そのままバス停へ流れて、バスに乗る。教室には、3時過ぎだか到着。中3は私立入試の真っ最中。都立本命なので、みなそれぞれに微妙な心境か。都立平成13年の英語を実施。現況はやや緊張感がない。答案を見て、細かい指示を出す。12日にもう一度、今度は平成14年で試す予定。点がとれないのなら、志望校変更も考えなければと何度も諭す。朝から、体調がよろしくない。長い間の無理が、たまりたまって、一気に体に変調をきたし始めたという感じだ。今日は、歯が全体に浮き、固いものがかめない。竹の会では、高校はとらないことになっている。これは、私の負担が重くて、とてもだめだということで、そうなった。かつては、高校生がかなりいたこともあった。しかし、私の体力が負担の限界を超えて以来、ある年から一切高校はとらないことにした。このところこの原則が崩れ始めている。慶應大に合格した○さんのお母さんから懇請されて、高校3年間、指導した。この子は、中1からいる子で、真面目で勉強熱心だったので、それではということで引き受けた。その後、都立西の高校生(やはり竹の会には小6から在籍)もやはり懇請されて見ることに。この生徒は今年東大受験まできた。どうも懇請されて断れないというパターンが続くとやばい。いないはずの高校生が目立っては困る。私の中では、高校生はとらないという基本方針は変わってない。 今日は、朝は、8時過ぎに起きた。今日は、休みにしている。午前中は、青学のレジュメを5枚作成。明日に備える。暫くは、資料整理。「甘えの構造」を拾い読みしている。12時過ぎにかみさんと渋谷に出る。主目的は、金魚を買うため。途中、つな八で天ぷら定食を食べる。天ぷらはここが一番うまい。新宿にも、つな八があるが、船橋が有名かな。天ぷらやのおしんこはうまい。ほうじ茶で体の中の油を流してしまう感じがいい。東急本店の屋上には、金魚が売っている。和金が、3匹で450円。あと、コメットとかいうのが、1匹450円のを2匹買った。和金は塾に持って行く予定。新聞で、和金を20年以上飼ったという話しが載っていた。それによると、金魚を長生きさせるこつは、最初1週間はえさをやらないこと、水には、最初は、塩を少し入れるといいということ、元気がないときも同じく塩を入れること、水は1週間に1回くらいかえればいいということ、エサは1日1回くらい、水が汚れない程度に少しだけにするということ、塩素はあまり気を使わないでいいらしいこと、などである。かえって、放っておいたほうが、長生きするらしい。まぁ、環境の激変はよくないとは聞いていたが、ベランダにある甕に放り込んだ。随分前には、鯉に凝ったことがある。あのときは、1匹5000円から10000円した。数匹飼っていた。最初は何度も死なせた。大きな水槽から1メートルくらいジャンプして、日干しになったり、水槽に網をかぶせたら、網の目を抜けて、ジャンプして、網の上で落命とか、やたら死んだ。ドイツ製のろ過装置を取り付けて、かなり大掛かりなことになっていた。ある日、伊勢丹で買ってきた、体調80センチくらいの鯉を水槽に入れたら、他の鯉が死にはじめた。そして1週間して全滅した。そうだ。あのときから、もう魚を飼うことは一切止めていたんだ。装置なんかなくて、自然にまかせて飼うのもいいかななんて思い立って、金魚を買いに行きました。 3時頃、帰って、メールチェック。東大付属の合格報告が掲示板に。メールで、国学院高校の合格報告も。まあ、順調に合格報告のくること。今日は、今、4時過ぎ。これから、本を読みます。 |
| 2月10日 火曜日 晴れ |
| 今、午前11時ちょっと前。月曜は、通常指導の日でした。午前中は、銀行やらコンビニやらスーパーやらをかみさんと回る。シロちゃんにも挨拶。3時半には生徒が来るので1時半には家を出た。途中、TSUTAYAで返却。その足で、ブックファーストへ。法律関係の本2冊を買う。参考書売場には寄らない。そのままハンズの前のバス停へ。日曜に買った光るストラップ、取り替えてもらったがやはり光らない。あは。まっいいか。3時には教室に着く。掃除機をかけて、ゴミを出す。暇を見ては、書架の整理。本を移動整理中。教材業者から送られてきた教材パンフの集合版をチェック。特に、今年の中3用の教材を検討中。特に、理科と社会の教材が問題だ。毎年のように理科・社会で苦しむ受験生が大半。直前に苦しむことのないように、過去の経験をふまえて、今年も、教材のチェックを念入りに。国語は、哲学の本に決めている。問題集やっても五十歩百歩だからな。どうせなら根本的なところから考え直したほうがいい。数学は、特にない。英語もだ。この2科目については、他社の教材は一切不要だ。竹の会のテキストが群を抜いている。といっても数学は過去問を使う方法が中心となるし、英語だってその方向。中3は比較的来るのが早い。現在、私立高などの入試中だから。明日からメインなのかな。といっても竹の会は全員が都立第一なのでほとんどが併願。併願とは、都立第一志望の生徒が内申に応じて、都立入試失敗の場合に併願受験した私立に100%拾ってもらえるという制度。しかも都立合否の結果が出るまで入学金等の納入を待ってくれるのが一般だ。待ってくれないところは次第に少数派となる。ただ、農大一高はやや特殊。農大一は私立入試の二日目に必ず実施する。これは初日の偏差値の高い私立の滑り止め的な意味合いがある。農大の偏差値は58から60くらいだからまぁ悪くはない。というか微妙な位置にある。都立の併願としても人気だ。ただ、第二志望のものからは、入学金の一部(19万円)はとる。そうしないと都立に逃げられて終わりということになりかねない。他の併願校だと一切とらない。そういう微妙な位置にないからだ。農大より上の専修大付属とか、下の東亜学園などはそういうことはないわけだ。併願で有名な高校は決まっているから、そこへの入学者が多いことは、それだけ都立に落ちたということを示している。最近、この併願校への入学者数が増えている。各中学が発表する卒業者の進路を読むときは、こういうところに注意すると面白い。旧第2学区の都立高は難易度が高い。落ちるのを覚悟でチャレンジするのはいいが、落ちてみて必ず後で後悔することは目に見えている。意味のないチャレンジはやめたほうがいい。本人には「気がすまない」のだろう。気がすまないのは結構だが、それに見合った努力の過去がなければ、ただ気がすまないではメチャクチャだ。「甘えの構造」(土井健郎著)には、「気がすまない」とは、「自分がきめたように事が運ばないときに起きる感じである」とある。「気がすまない」と感じる人は、「ある程度自分の精神の動きを統一的に自覚している人である」。土井によれば、この気がすまない性格の人は、幼児的な甘えをいちおう卒業しているということができ、甘えの充満した日本の社会では最も自律的なタイプであるらしい。この気がすまない性格が高じたものがいわゆる強迫神経症である。強迫神経症とは、たとえばある人は手が汚れたと感じると、手を洗い続けてなかなか止められない。これはいくら洗っても気がすまないからである。ガスの栓をしめたと頭ではわかっているのに、何回確認しても、気がすまない場合もある(例示は土井の引用)。土井(彼は東大医学部卒)によると、このような強迫神経症というのは、卒業したはずの甘えが卒業できてないことにあるらしい。私なんかもなにやらあてはまりそうなところがあり、やばい。そもそも甘えとは何かという話しもある。この点については、土井の見解をまた引用して所見を述べてみたいが、今日は、簡単に「甘え」というのが、母子の一体化にその原型があるということだけ触れておきます。とにかく「気がすまない」性格の人はいちおうこの甘えから抜け出て自律的な状態にはあるということができます。よく気むずかしいと見える人なんかは、気のすまない性格の人が、気のすむようにするために、それ以外のものを切って棄てるというところをとらえてのことだということになります。今日は中3に平成13年の理科・社会・国語の過去問を実施。特に社会のできがよくない。国語が全くできない生徒もいる。13日が取り下げの最後の機会だ。よくよく考えてほしい。竹の会も少しずつ平静がもどってきつつある。静かな日々がもどりつつある。入試の結果は悲喜こもごも。常勝竹の会も毎年ひやひやもの。 |
| 2月8日 日曜日 晴れ |
| 実は、今は2月9日の朝8時過ぎです。夕べは息子にパソコンを独占されてて書くことができませんでした。我が家のパソコンは、メインが富士通の液晶デスクで、インターネットはケーブルテレビと契約しています。OSはMEです。もう一台、接続しているのが、DELLのノート型(XP)ですが、これは、私が去年買ってほとんど使わないので、次男に譲りました。後、一台は、NECのノートパソコン(windows98)で、これはネットには接続していません。もっぱら私の資料制作用のものです。教材、広告その他なんでもこれで作っちゃいます。私の一番愛用してるものです。ちなみに私は五十音打ちなんですが、家族全員ローマ字打ちでそのたびに変換しています。変換は簡単なやり方をLECで仕事をしたときに教わりました。長男は理工系なのでそのうちパソコンを買ってやらないとと思っていますが、今のところ富士通を使っています。理工系といっても、化学が専攻なのでそれほど必要でないのかな。竹の会のテキストは、歴史があります。すべてワープロ専用機で作っていました。初期の頃は、東芝rupoで作りました。画面も小さく暗いものでした。これで作ったテキストは数冊あると思いますが、現在のテキストにはありません。次に、日立のもの。ほとんどパソコンといっていい。数式が打てるのが特徴。しかし、結局これは使いこなせず、東京理科大に合格した会員にあげてしまいました。次に、数式を打てるものとして、NECのシリーズを買いました。現在持っているのは、二代目と三代目です。現在の竹の会のテキストのほとんどはこのNECで作りました。DM用にパナソニックのを1台買いました。10年前くらいにマックのクラシックの第2版を購入しましたが、使いこなせないままに次男の通う立教の教材用として寄贈しました。現在、教室で、よく使うのがカシオのものですが、これはOCRの機能などのついたほとんどパソコンに近い専用機です。これで「心の指導」を書きました。現在のNECのパソコンに移るまでには少しく時間を要しました。今は、文書も教材もすべてパソコンでないとというところまできてしまいました。このホームページは、ホームページ・ビルダーの6版くらいじゃなかったかと思います。というのは、2年くらい前にホームページを開設しようということで、かみさんにどこだったか講習に通ってもらって、まあそれなりに作れるようになってもらって、とういうようないきさつがあるわけです。日曜日は、長男は調布に下宿している大学の友人のところへ、次男はなにやら用事とかで、いなくなりました。私は、お昼は雑煮を食べて1時に家を出ました。実は土曜の夜に飲んだ焼酎が残って頭が痛くて、なにやらムカムカするという体調なんです。このところいままでの疲れがドッと出てきた感じで、すこぶる体調がよろしくない。少し飲んだだけでも体にガクンとくる。3時から6時まで中3を指導して、渋谷へ。教室に行く前に寄ったブックファーストで岩波新書「家計からみる日本経済」を買った。どうも経済の本は読むのが苦手だ。経済の専門書は読むべきだと思って、何冊か持っている。しかし、最初の何ページかでいつもダウンしてしまう。法律や政治論文を読むときのようなトキメキがない。わかりやすいという帯コピーに騙されて何冊買ったことか。みんな教室の書架で死んでいます。いっそケインズを読んだほうがいいのではと思ったりもします。現在の経済学はケインズが出発点だと聞いたことがあるんです。だいたい大学の教養課程で習った経済学がマルクス経済学だったのがすべての誤りだったんだ。あの先生はマルクスの資本論を読めなどと無神経にいう。岩波文庫で何冊あったっけ。読んだが内容はさっぱり。かつての司法試験にも経済学が試験科目にあった。でも内容はケインズなんだよね。たく。とにかく私が経済オンチだということなんです。だから、「エコノミストは信用できるか」などという本が出るとうれしくなって買ってしまう。経済の専門家なんていっていながら、予想ははずれまくり。笑っちゃいます。あのバブルのとき、自信満々のエコノミストたちがやたらテレビなどに登場してウソのつき放題。大企業の経営者、大銀行の首脳陣などエコノミーの専門職たるべき人たちが、その本質を見抜けなかったというお粗末。いまだに不良債権で日本経済はガタガタ。だいたい私はその道の専門家というやからは信じないことにしている。もちろん正真正銘の本物はいますよ。でもいちおう疑いの目で見たほうが安全だ。医学博士なんてのが平気で金もうけのために人を騙したりする時代なんですから。あっ、これは江戸時代だって同じなのかな。やたら権威をかさにきるやからが多すぎる。お代官様の威光をかさにきるやからが多すぎる。そういうわけでケインズを読むのがいい。どうせ最近の経済現象なんて説明できるやからはいやしないんだから。ケインズの時代の経済が今に比べて単純だったというのはよくわかる。しかし、単純に簡単に考えるのが実は本質に迫るのではないか。将棋名人の羽生さんがそういうタイトルの本を出している。本の形式は対談形式。あの複雑な読みを必要とするのではないか思われるプロの将棋の名人もゆきつくところは「簡単に単純に考える」ことだったなんてうれしくなるではないか。なんだかんだと理論を振り回して理屈をこねている間はまだまだ駆け出しということです。直感といいますが、無学な人間がオカルトチックにいうところの直感とは全く違います。複雑な思考を積み重ね、悩みに悩んだあげくに到達した「単純思考」つまり「直感」というわけですから。夕飯は久し振りに家族で外食しました。7時に○○に集合ということで、久し振りに家族4人の食事でした。おそまつ。 |
| 2月7日 土曜日 晴れ |
| 朝は8時くらいだったかな。実は仕事は休み。午後6時に1件所用有のみ。家人はみんなそれぞ;れに出払ってだれもいない。静寂。寝巻きのまま何もする気にならない。ボーッとしたまま時が流れる。11時ころ、はっと思いつたように資料の整理を始める。ネットで書籍を注文。本当なら、水道橋の丸沼書店に行けば、なんでもそろう。しかも、1割引だ。大学の生協で買えば1割引だが、厄介だ。渋谷にも、法律書なら1割引で買えるところがある。渋谷の書店は盛衰がある。ひところは大盛堂が有名だった。東急会館には、三省堂があったが、もう閉鎖されてしまった。プラザ口には、紀伊国屋がある。ここは客は多い。最近は、ブックファーストに押されているとおもうけど、ブックファーストの洗練された顧客主義を模倣する姿勢はあるようだ。ほかに、旭屋がある。ここは参考書部門はとっくに手を引いた。大盛堂も参考書はもう終わっている。大盛堂は、旧来の商法で、顧客主義を理解しない。いずれは衰退すると思っていた。店員は、家族制度の中にいる感があった。根底に顧客主義がなければいずれは消える運命にある。商品の配置に一番、頭を使っているのは、ブックファーストだ。紀伊国屋も最近は商品配置を考え始めた。しかし、ブックファーストの敵ではない。「エコノミストは信用できるか」という本が長らく欠番していたとき、ブックファーストは、張り紙をして断っていた。しかし、紀伊国屋はなんら対応なし。しかも、ブックファーストに入荷して、2週間以上もたって、ようやく店頭に出てきた。ブックファーストはカウターの平積みをしていた。この対応の差はなんだ。すでに勝負はついている。店員の徹底した顧客主義の違いは、接客の端々に表れている。参考書の充実度は、紀伊国屋が上かな。この辺は、なかなかよく研究していると思った。夜は、「エンタの神様」を見た。インパルスが面白い。他はそれほどでもないのでそんなに真剣にはみない。火曜の7時は「剣客商売」が好きだ。池波正太郎の世界だ。「鬼平犯科帳」は大ファンだった。エンディングのジプシーキングスが奏でるギターに癒される。同じ、火曜にスマップの草薙君の主演のドラマがある。次男が必ず見るので、つられて見る。結構面白い。水曜は、9時から「相棒」がある。いつもDVDで録画しておく。けっこう、脚本がいい。月並みな予測ができる月並みな展開パターンでないところがいい。日曜の新選組は、家人がファン。2月は、全身がだるい。都立が完全に終わるまでは気が抜けない。次から次へと予定があり、何から手をつけていいのか、ボーッとしてしまう。竹の会の看板の移転等、新指導案の執筆、ホームページの広告、新中3のテキストのことと指導計画、算数の割合の指導法の開発、資料の整理、3月の計画立案、郷里の父母に会いにいくこと等々、考えてたら、おかしくなってきた。時々、何もかも放り出した、ひとりぽっちの自分を思う、少年の頃、ひとりで歩いた山や川、みんな懐かしい。ハンズで見つけた「肥後の守」の逸品。なぜか欲しくて買ってしまった。少年のころ、ポケットにはいつも肥後の守のパチモノがあった。本物の肥後の守はなかなか買えなかった。木の枝でよく木刀を作った。竹で笛を作った。ゴム銃も作った。なんでも作った。でも、喧嘩は絶対素手だった。殴り合いばかりした小学生のころ。「先生、少年のようですね」と言われたことがある。少年のころ、欲しかったものは何にも買ってもらえなかった。その反動かな。肥後の守に胸が躍るなんて。少年の心か。明日は、3時から3時間ほど中3を指導する予定。ひとりひとりに何をすべきか、具体的な指示を出す。ちゃんとやってくるかな。 |
| 2月6日 金曜日 晴れ |
| 7時15分に起きる。午前中は書架の資料整理。午後1時半に家を出る。途中、TSUTAYAで2本ゲット。その足でブックファーストへ。英語の本を1冊買う。特に、目を引く本はなし。ハンズで蛍光管を買い込む。教室の蛍光管はいつ切れるか予測がつかない。常に予備を補充している。バスで教室に着いたのが、3時頃。教室を掃除する。たまに棒雑巾をやっておかないと生徒の靴下が汚れる。最近は教室もずいぶんガランとしている。竹の会のホームページの存在を広告するべきかどうか思案している。できるだけ多くの人に竹の会のホームページを訪問してもらいたい。でも、費用をかけて広告してまた忙しくなったらどうしょうという躊躇もある。今日は、中3は、真剣に指示を実践している。与えられたテキストをやりあげろ。そのうえで何回もまわせ。何度でもいう。あっ、今日は、「日本の思想」を家に忘れて、読めなかった。代わりに教室の書架から、松下竜一の「豆腐屋の四季 その仕事」という本を取り出した。松下竜一は大分県中津市在住の作家。貧困な豆腐屋の生活の中で読んだ歌が有名になり、ドラマ化された。その後、作家活動や環境保護のために活動していたと思う。中津といえば福澤諭吉の生家があったことでも有名。あの名横綱双子山も中津の人。その中の一節。次弟からの速達。次弟は紀代一とともに間借り生活をしつつ、S製薬に臨時工として勤めていた。「竜一ちゃん、いったいおれはどうすればいいのか? 今ここに、少しでも余裕の金があれば、落着いて紀代一のことも考えてやれるのだが、なによりも明日食べることの工夫が先決の状態なのだ。三十日に、おれの半月分の給料が五千五百円入る。しかし部屋代三千六百円と、紀代一の背広の月賦を払ったらゼロになる。さらに今月出さねば流れる質のオーバーがあるのだ。とりあえずおれの背広を質に入れて千円つくり、これで二人共なんとか三十日まで食いつなぐつもりだ。だが、その先は真暗だ。これというのも、紀代一の給料を今月後半の食費にあてるはずだったのに、紀代一は一円も貰わず店を飛び出しているのだ。・・・竜一ちゃん、そちらの苦しいことも承知だが、父ちゃん、陽子姉ちゃんとも相談して、頼むから送ってくれ。外は雪が降っているが、この部屋には炬燵もない。くるまるオーパーは質屋だ。紀代一は布団をかぶって嗚咽している。なぜおれたち兄弟はこんなにみじめなんだろうか。おれはともかくとして、紀代一が、この東京の荒波の中でいつも傷ついているのがあわれでならぬ。和亜を決して上京させないように。もし、餅をつくようだったらぜひ送ってくれ。」。松下は、その抄記は、「苦闘の日々の思い出のために」とする。これほどの貧困は経験したことがない。自分にはいつも最後は手を差しのべてくれた母がいた。そしていつも母に説得され、黙って私のやることを宥恕した父がいた。甘える人がいた。無鉄砲に大型トラックを転がした若き日の自分。抑えきれない熱い情熱を何にぶっつけていいのかわからなかった。心にはいつも「きっと、旧帝大に入るんだ」と激しい怒りにも似た決意が体中をかけめぐった。堰を切ったように勉強した数ヶ月。もう勉強のことしか頭になかった静かな日々。松下の兄弟たちはまじめな人たちだよね。まっすぐ生きようとする姿勢に曇りが無い。その点では、私も負けないけどね。どんなに貧困でも、決して悪に走らず、まじめに生きようとする強い意志が底流にしっかりと流れている。いつもこの手紙を読んで、自分とは全く違う境遇なのに共感を覚え、心を打たれる。甘えか。書架に「甘えの構造」という本があったな。こんどゆっくり読み直してみようと。おやすみなさい。 |
| 2月5日 木曜日 晴れ |
| 7時20分頃起きる。夜はいつも寝室にデロンギのオイルヒーターをオン。今年の冬は夜の冷え込みが大事にならない。人間は寝ている間は体温が低下するのでウィルスが活動しやすくなりやられるというのが安保先生の本にあった。次男の部屋にも夜はテ゜ロンギがつけてある。おかげで今年は元気だ。午前中は青学の英語を打ち込む。「新英語指導案」の作成にかかる。現在の「指導案U」を主軸に、「指導案T」と「V」のエッセンスを1冊にまとめる予定。「第1篇」に指導案Tを「第2編」にUを、「第3編」にVを配置することになる。B5版全1冊とし、英文直接入力による。ポイントは英文は12ポで、注は10.5ポでいくことに。完成がいつになるかは予測が立たない。が、夏休み前には、あげないと。竹の会の主力テキストの全面的改訂となる。書き下ろしの原稿もかなり予定。12時頃、シロちゃんに会いにいく。シロちゃんかわいいな。ソーセージ1本、寒中見舞い。シロちゃん、最近はワンワンといつまでも催促。今日は、4時から一般受験の中3を指導。今日はまた都立出願の日。明後日には、出願状況が新聞に出る。13日取り下げ、16日再提出。再考の機会。的確な指示。ひとりひとりを見つめ、的確な指示。それにしても、チャレンジなんかして、落ちて後悔しないのかな。意思は固そう。参った。読書は、当分、丸山真男の「日本の思想」。相当かかりそう。丸山の文に触れてるとなんとか自分が保てそう。巷の本がなんとも安っぽくみえてしまう。毎日が感動。奥深い、含蓄がある、底流に流れる苦悩が染み渡る。心が洗われる日々。自分の軽薄さにただただ畏敬の念をもって自戒するのみ。帰りの渋谷駅、東横線のホームに2本の松葉杖で両足を運ぶ中年の女性がいた。すぐ先を夫らしき男がやはり足を引きずって歩いていた。胸が突かれた。その女性の後姿を見ないようにした。涙がなぜか込み上げてきた。追い越し様に女性が夫らしき男ににっこりと笑いかける顔が見えて、なぜか心が安らいだ。入院した母、検査中の父、心が重い。ぎゅっと拳を握る。「日本の思想」に、「である」社会と「である」道徳という話が出てくる。「である」社会では、たとえば学校の先生であれば、学校の先生であることから、その人間がいかにふるまうかという型がおのずから決まっている。したがって、こういう社会でコミュニケーションが成り立つためには、相手が何者であるのかが外部的に識別されることが第一の要件となる。警官であることは、警官らしい外観が、消防官は消防官らしい外観が、背広にネクタイという外観であることからそれらしき外観が、「である」社会では、「らしく」の道徳にしたがって、すなわち儒教道徳が人間関係のカナメと考えられている。こういう社会では、友達関係をこえた他人と他人との横の関係というものは、入ってこない。会社社会、役人社会、学校社会、いろんな社会を考えてみても、「である」社会からほとんどぬけでていない。いとも簡単に「村八分」ができるし、外観に騙されるし、「である」論理にそぐわないという理由、つまりは「でない」という理由でいじめを当然のように帰結する。いろんな意味でこの「である」社会の論理が人の行動を理解することを容易にする。毎日、惜しい抱くように、この新書を鞄に入れている。何日かかるかわからない。だって、1ページ読んでは考え、考えては読むということのくりかえしなんですもの。幸いなるかな、丸山真男の本はほとんど所有しています。最近、どっかの出版社でまた何か書簡集みたいのをシリースで出し始めたけど、迷っている。高いから。明日は、普通に指導の日。午前中は、書架の整理。やっぱ、まだ疲れとれないな。 |
| 2月4日 水曜日 晴れ |
| 7時20分頃、起きた。早く起きるのが習慣化してしまったらしい。少し、ボーッとしてから、青学の英語を打った。11時頃、シロちゃんを少し離れたところから見た。午前中が暇なときは、毎日のように近くのスーパーに寄る。スーパーといってもデパート並の値段のところだけどね。便利がいいので結局常連。ビックでビールの配送頼んでから、TSUTAYAに借りたビデオを返して、紀伊国屋へ。都立の過去問を買う。都立の過去問は、声の教育社版は去年買っていたのだが、コピー用に毎年買っていた、学習図書版が今年から無くなった。会社つぶれちゃったのかしらね。かわりに見つけたプリント印刷版を買ったというわけ。過去問は、ほかに東京学参というところが出している。解説は声の教育社のがいいと思う。しかし、数学の解説はすべていいというわけではない。私は全部、自分で解くから、よく比較するが、たいてい私の解答のほうが簡単でわかりやすい。生徒も比べてみて、市販の解答は読む気がしないという。今日は、都立の推薦も決まり、一般入試の生徒たちがいよいよ正念場を迎えることとなる。教室はそんなでもない。結構ガランとしている。漢検の合否結果がネットでわかった。小6の女子が3級に合格、中2女子2名が準2級に合格。他に、2名小6が5級合格。英検と違って、漢検はなかなか受けたがらない子が多い。これは明らかに誤っている。英検ばかりやってる子の国語のひどさは目を被うばかりだ。漢検をやってる子は自然、国語力も伸びていき、特段の試験対策も不要なくらいだ。日本人は、危機管理が苦手という話しがある。阪神大震災の時の村山首相の狼狽ぶりは有名。「日本人は、計画は上手に、また、精密につくり、秘密は固くまもるが、臨機応変の才能に欠け、だから、せっぱづまった時の唯一の衝動は死ぬことにある」といったのは丸山真男だ。昭和20年代の言だが、それなりに当たっているが、秘密を固く守るというのは、最近怪しくなった。これが入試本番だとしたら、やはりそうなのかね。丸山は「日本人が近視的であって、遠い見透しをもたない」ともいっている。よく、竹の会では、夏休み前から、英文解釈をとことんやらせるんだけど、これなんかは、何ヶ月か先のことを考えての布石なんだよね。英語という科目は、直前の小手先の勉強では、ものにできないからね。臨機応変の対応とは、やはり普段から、考えるという実践に直面した日々を過ごし、常に自分を「試す」という日常が、その柔軟な対応を培うことになるのだと思う。この「試す」というのは、常に自分に評価を下すことになるので嫌がる子が多い。特に、できる子というか、優等生タイプに多いかな。この「試す」ことを嫌がる子は失敗する確率が高い。臨機応変に欠けるというわけだ。常にいい自分しか見ようとはしないので失敗を極力避けようとする。実力がつきにくい。話は変わるが、日本には何故、真のデモクラシー運動が起こらないのかという点に関して、丸山の鋭い指摘がある。「日本は普通義務教育の実施がなんら社会的抵抗を惹起しないで行われためずらしい近代国家であるが、これこそは、旧貴族が無学であり、知的なプライドをもっていなかった事の証拠である。真の貴族がいないところでは、真のデモクラシーは起こらない」。確かに、西欧では、市民革命の結果として、貴族を倒し、市民が主権を手にしたという歴史的経緯がある。しかし、日本の貴族は学問的には無学であり、特権意識はない。彼らにあるのは、氏素性の優越感だけだ。庶民が学問をするについて彼らに抵抗はない。今日は、書架から、丸山真男の「日本の思想」(岩波新書)を取り出して読むことにした。たまたま居合わせた高校生2人に買って読むように強くアドバイスしておいた。かなり難しい本だ。しかし、わけのわからないほど難しい本だからこそ意味がある。わかるまで何度も何度も読むことだ。1回読んだだけで簡単に意味のわかる本なんか読んでもなんの力もつきっこない。都立は高いところを志望するのはいい。しかし、落ちたときに、やっぱり下げておけばよかったと後悔するくらいなら、実力相応のところを受けておくべきだろう。学校を休んで勉強したいという子がいる。学校の先生はこれはもう建前上許さないだろうから、毎日のように出て来いと電話をかけてくる。もし、学校を休んで10時間みっちり勉強をやったとしたらその実益は測り知れないこともたしかだ。むずかしい選択だ。私の意見はどうかな。 |
| 2月3日 火曜日 晴れ |
| 今日は休みにしました。疲れた体を癒す時間が欲しかったのです。午前中は、散歩がてら恵比寿から日比谷線で築地の場外市場に行きました。今日は、かみさんと2人で新しい寿司屋の開拓ということで築地散策となりました。恵比寿に行く途中、シロちゃんに会いました。白い毛がきれいに洗われてかわいいリボンをつけていました。顔をかばんで隠して前を通り抜けようとしたら、いきなり「ワン」ときました。やっぱだめか。ソーセージをあげると逃げるように恵比寿に向かいました。築地の場外市場は初めてです。行く途中昔、義父に、二、三度連れて行ってもらったことのある老舗の料亭(治作)を見つけて感慨しきり。市場の中も周辺も寿司屋がやたらありました。聞いていた八千代寿司を発見。昼食にしました。帰りは、市場の中をぐるぐる回った後、大江戸線で青山一丁目まで行き、銀座線で渋谷までのコースをとりました。今日は、都立推薦組の発表の日でしたが、合格したものもあり、だめだったものもありということで、全員の合格が決まるまで、ノーコメントとします。1時半ころ家に帰ってきました。今日は、長男は試験休み、次男も入試で学校は休みです。午後は、長男がビデオを見てる横で、うとうと。結局寝てしまう。4時頃、ムクッと起き上がって、青学英語の打ち込みをする。夜7時には、池波正太郎の「剣客商売」があるので楽しみ。「良心的」というのは、「気の弱さ」と紙一重(丸山)。組織の腐敗がいわれて久しい。組織の中で働く人たちの中には、良心的な人もいるんだと思います。でも問題は、そうした人たちが結局「造反」することとなる「気の弱さ」にあるということなんですね。「気が弱いというのは悪徳ではないでしょうか」(自己内対話)。気の弱そうな善良そうな人というのはひとつのステレオタイプではあるけれどね。薬害エイズの厚生省の対応とか、BSEの農水省の対応とか、田中問題の外務省の対応とか、なにやら気の弱そうな善良そうな役人が結局は正義に反するようなことをしてしまっている。もちろん官僚制の弊害という問題は別にあるけどね。「専門バカ」のインテリの弊害っていうのも深刻。医者の誤診にはもううんざりだし。「オレは専門家だから」とか「プロだから」とかいう言葉でどれくらい損害を受けた人がいたことか。丸山は、「専門さえももたないインテリ評論家の知性」を揶揄する。専門バカって、学者とか、弁護士とか、医者とか、いろいろ。医者なんかはほんとに専門家なのと疑いたくなるのがかなりいるし、患者をよくしようとかいうのと、違うところで動いたりするからね。医者もそうだけど、学者とか、弁護士なんかは、プライドが行動基準だったりで、あきれることも。薬害の被害者が弁護士を頼むのは大変らしい。医者を訴えるのも大変らしい。証拠集めが事実上不可能に近い。医者が他の医者の悪口を言うことは医師会がらみでかなりの勇気がいる。弁護士だって、そんな状況だと、また金にならないとわかるとまるで動かない。医者が自分で言った誤診はプライドから絶対に認めないと聞いたことがある。私なんかは、自分のことを受験のプロだということがあるけど、それを専門に何年もやってきたというのではプロとは言えないしね。ただ、素人の指導とは、違うと思っている。それは、ほんとうにもう日々指導のことで悩み苦しみ試行錯誤しているのが、事実で、とにかくいつもいつもそのことばかりを考えているということでプロなのかな。自分では、こうやれば合格させられるというやはり指導の方法みたいなものはもっていると思う。それは、何年もかかって、その方法で合格させてきたことにより、実証的な裏づけのある方法だと確信できるものだと思っている。一般の人と違うのは、どうしたらその子を受からせられるか、どうしたらその子の成績をあげるられるかということをいつもいつも考えて悩んでいるということかな。医者がその患者を真摯に治癒させようと真剣に考えるのであれば、真の専門家ということだよね。専門バカというのが、専門以外はバカという趣旨なら、普通の意味だけど、専門以外は無知な専門家って何か信用できないよね。私が言いたいのは、専門を標榜していながら、全然、素人がやったほうがましだというやからだ。こんなのが最近多いんですよ。明日から、都立一般受験の生徒を本格指導することになる。落ちた者は、気分を入れ替えて、もう勉強することだけ考えてほしい。推薦って、そのために1週間は、勉強無駄にさせるよね。いい制度なんでしょうか。まっ、制度にはいい面も悪い面もあるからね。はい。 |
| 2月2日 月曜日 雨模様 夜止む |
| 午前中は、書架の整理。買い溜めた専門書などを整理。昨日の夜、受信メールを開く前に、対ウィルスソフトをネットからダウンロード。これでようやくメールを開ける。メールは大田区の小学生からの合格の報告。丁寧にお礼の言葉をいただきました。なにもできませんでしたけど、とにかくおめでとう。1時半頃、家を出る。雨がけっこう降っていた。今日は、本を何冊か教室に持って行くことにしたのでかなり重い。TSUTAYAでSWATTをget。紀伊国屋に寄る。雨で大変。桐原書店の「英文解釈の技術」をget。すぐに、バスへ。教室に着いたら、すぐ掃除機をかける。これはいつもの日課。汚れてるなと思ったら、棒雑巾もかける。これをサボってると、「靴下が黒くなる」と生徒に文句を言われてしまう。机を揃えて、ストーブに点火。すぐに、2人来た。しばらくして、東大受験の○君が訪ねてきた。東大の過去問の解答を借りに来た由。センターの結果資料などを見せてもらった。頑張ってほしい。今日は、中3は2人しか来ないはずと思ってたら、推薦入試を受けた○君がやってきた。明日は、都立推薦の発表の日だが、意外と落ち着いていた。今日は、月曜だが、比較的、教室は空いていた。5時前だったか、いきなり電話が鳴る。なにかなといぶかりながら、受話器をとると、「先生、成城、合格しました。・・・・・」と高い声。お母さんから。そのすぐ後、当の本人から、携帯に電話。「先生ですか。受かりました。」といままで聞いたこともない興奮した大声が教室中に響いた。かなり喜んでいる様子。よかった。結構、厳しい予測をしてたからな。算数はそれなりに力をつけたのだけれど、どうも国語が足りなくて、最後まで予断を許さなかった。たく。よく思う。竹の会って、ほんとよく受かるよな。最近、塾長のオーラが出てるんじゃないのなんて本気で思ったりして。8時過ぎたら、5人しかいなかった。カップ麺をみんなで食べることにした。最近は、種類も多くて、かなり「まいう」なんですよね。そういえば、中2の○君が、わからないところがあるって、言ってたので、「掲示板で質問したら」といってやった。そういう利用の仕方もありだよね。それにしても、今年の中学入試は苦労した。「人間があらゆる面で真の人間であるためには、畏敬の念がすべてである」(ゲーテ)。「畏敬の念」がない。そうだ、その小学生には、何かに対する畏敬の念が欠如していた。「畏敬とは、人間のもっとも本質的、決定的なものを含んだあるもの、畏敬の念をいだきうるという能力は、精神の弾力性、生産性を意味している」。「けっ、やってられるか」という精神のおきどころを、たたき崩していく。無知からくる恐れを知らない無邪気な心、幼い心に大切な何かを心底から知らしめる。できないという現実を認識させる。時には残酷に。徹底して、自らの心に悟らせる。算数を国語を指導する。が実質は、無邪気な心を叩きなおす。頑健な精神に叩きなおすことばかり。だから、疲れた。「合格しました」というその声にほっとした安らぎ。「増幅された不寛容に寛容を以ってしてはならない。それは不寛容の側のためにならない。不寛容に対する不寛容を以って臨め! こうしてはじめて相手は痛切に「寛容」の意味を悟るだろう」(丸山)。「日本的なもの分かりのよさ」はある場合には罪悪である」。腕白な小学生、ただ勉強を指導するだけでは何も解決されない。無邪気な腕白を心のある大人に叩きなおすことが指導だった。明日は、都立推薦入試の合格発表の日。 |
| 2月1日 日曜日 晴れ |
| 今日から中学入試が始まる。今日は休み。朝からぼんやりと一日を過ごす。かみさんと長男は、六本木に「ラストサムライ」を見に行っていない。丸山真男の「自己内対話」を読む。「政治学だけに興味がある政治学者、いや、政治学にもっとも興味がある政治学者でさえ、−そういう人々の「政治学」には、政治学として致命的に欠陥がある。」(丸山)。前に専門バカといったことがある。政治学のところを法律だとか、経済とかいう言葉に置き換えてみるとそのまま妥当する。たとえば、営利だけに興味がある医者とか、政治家、僧職等々、専門を標榜する大先生方の判断もそのままではとても鵜呑みのできないものばかり。「官僚と庶民で構成されていて市民のいない国ーそれが日本だ。」(丸山)。この言葉は昭和28年のノートからのものだ。今もそのまま通用しそうな言葉だ。「ジャーナリズムの批判性は庶民の官僚批判の典型」(丸山)というのはそうだと思う。そして「庶民的なシニシズムには原理がない」といわれればそうだというしかない。シニシズムというのは、世論や習俗、道徳といったものに対する無視の態度といっていい。渋谷に溢れるなんとも軽薄な若者たちの内面に、態度としての無視を根拠づけるだけの原理があるとはとても思えない。「論争がしばしば無意味で不毛なのは、論争者がただもっともらしいレトリックで自己の嗜好を相互にぶつけ合っているからである。」(丸山)。テレビの「たけしのTVタックル」というのがある。自民党やら民主党やら、大学の先生、あるいはもと大学の先生、ひいては評論家を自称するセンセ方がなにやらわめき散らして終わるあの番組です。「論争が無意味でしばしば不毛な」ことは百も承知です。テレビにまた出演させてもらいたいと思ってか、意味もなく怒鳴ったり、おもねりの言葉が言葉の端はしににじみ出ています。「俺はコーヒーがすきだという主張と俺は紅茶がすきだという主張との間にはコーヒーと紅茶の優劣についてのディスカッションが成立する余地はない。」(丸山)。道路公団の議論、イラク問題の議論は不毛だ。「対話は、自分のきらいなものを自分のなかに位置づけ、あたかもそれがすきであるかのような自分を想定し、その立場に立って」対話することである(丸山の言辞をやや改変)。ただ、コーヒーが好きだ、紅茶が好きだと吠えあうだけでは、議論は不毛のままだ。民主党の「欲するものを手に入れられないという悲劇」もあれば、自民党の(特に小泉さん)「欲するものを手に入れたという悲劇」がある(オスカー・ワイルド)。そして、「アメリカ人はあらゆる外国人に対する優越感の内的感情があるから、国際問題について憎悪者になるのは苦手だ。・・・もしアメリカ人が外国人を心から憎悪しはじめるようなことがあれば、それはアメリカ人が自信を失った証拠だろう」(ホッファー)というのは示唆的だ。アメリカはフランスやドイツを憎んでいるのか。日本は憎まれないですんでほっとしているのか。さらに憎まれないように一所懸命に機嫌をとっているのか。私は、丸山のいうように市民ではなく、庶民だから、さしたる原理もなく新聞の政権批判にただ「わからん」と言うしかない。新聞の一パターンしかない批判もなにやらうさんくささを感じてしまう。世の中に偽善がはびこり、真実が中々見えてこない。しばらくは、以前読み込んだ丸山真男の文章で心を洗いたい。午後はひとりでわら半紙に書き留めておいた算数のアイデアを手帳に書き直したり、読もうと思って買い溜めていた専門書をながめたりして、ぼーっと過ごした。今日は静かな日曜日。2月、3月はのんびりとした日を過ごしたい。教室が閑散とするのは久し振り。しばらくは追われるような日々から逃れたい。3月になったら、ひとりで病気の父母に会いに行く。そうだ。東京にひとりで出てきた20年以上も前のように。あのときは上京する新幹線の中にひとり決意に満ちた自分がいた。そう、かみさんも、こどももいなかった。私が上京したあと淋しさで毎日泣いたという母。いつしか時は流れた。年老いてしまった母を見るたびに涙が溢れる。小学生の頃、活発に動いていた母の姿と重なり、胸がしめつけられる。今日は一日ぼんやりと過ごす。久し振りの休日でした。 |