中津城・福沢諭吉旧居他

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大分県の北部に位置する中津市の中津城は耶馬溪に源を発する山国川の河口付近で別れた中津川河口付近にある。中津川は非常に短い区間なので今まで山国川と誤認していた。
中津城は地形が扇状なので別名扇城(せんじょう)という。本丸石垣、内堀は当時のままで水門より海水が入り潮の干満で水位が変わる水城である。1588年黒田孝高(如水)が築城。その後細川氏、小笠原氏、奥平氏と城主が変わった。その間、天守閣は作られず、現在の天守閣は昭和39年、東京工業大学・藤岡通夫博士設計で新たに造られたものである。

福沢諭吉旧居は諭吉が少年時代を過ごした母屋、勉強部屋にしていた土蔵、隣接して記念館がある。

中津城と中津川 中津城
内堀 中津大神宮
独立自尊の碑 福沢諭吉旧居
歴史民俗資料館(旧小幡記念図書館)
筆者が小、中学校時代に通った思い出の図書館
南部小学校校門
中津藩家老生田家の門で明治の初め「中津市学校」の
校門に使われその後変遷を経て南部小学校の校門となった。
赤壁の合元寺(ごうがんじ)
秀吉と黒田孝高の謀略で宇都宮鎮房が討ち取られた
戦いで白壁が血潮で染まり、何回塗り替えても血が
浮き出てくるため赤く塗ったと言い伝えられている。
ゆめたうん
市内にはかって富士紡、鐘紡があったが富士紡の跡地
の一部に大型ス−パ−のゆめたうんが開店していた。
鐘紡の跡地には市役所が建てられた。


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