夕張は人間関係がとても良い町です。ゆうばり映画祭の影響で、市内には映画の看板が飾られ雪化粧と相まってなかなかロマンティックです。私たちが住む市営住宅「栄」は、南北に細長い夕張市の北端に位置し、道路向かいに市民病院がある他は、これより北には人家はありません。昔はさらに北に炭坑住宅があったと言います。住民は、数年前できたこの栄住宅に引っ越されたとのことで、ここ夕張の北部では住宅統合が完了しています。
 しかし一方では、真谷知のように昔の地にそのまま生きることを選択し、むしろそれを生き甲斐にしていられる人々もいます。
 朝は、除雪から始まる夕張のまちを、写真でご案内しましょう


▲ここが本町、右に見えるコンクリートの建物が市民病院です。4月からは村上医師らの医療法人「希望の杜」により、規模を縮小した診療所に変わります。病院廃止の影響は大きく、私の住宅だけでも夕張市街への転居を余儀なくされた方が2所帯もあります。


▲この建物が市営住宅「栄」です。10戸×7階で夕張で見つけた市営住宅の中では最も大きいようです。除雪に工夫した車庫や物置もあり、雪への対策は良く考えられています。北海道の雪はサラサラなくで、雪が付いてもべとついたり濡れたりしません。雪の降る中、写真が撮れます。


▲雪が降ると除雪車が来ます。除雪車の脇には、北海道とか夕張市とか書いてあります。除雪は自治体の大きな役割なのです。

▲栄住宅前の通りです。ここより北には人は住んでいないそうです。北には、昔は13メートルも雪が積もる地区もあったとのこと。隣人はかつてそこに住んでいらしたとのこと。

▲ユーパロ幼稚園のバスが迎えに来ました。この市立幼稚園は4月から廃止にはなりませんが、大幅な人員削減になり、事務の方々などが辞められるそうです。

▲3月の13、14、15日と連日、真冬並の雪が降りました。子どもは大喜びですが、近くに子どもはいません。今春、夕張小学校の新1年生はひとりとのこと。

▲栄住宅の前に、昔風の家があり。隣にホテル「シューパロ」があるため、駐車場などが照明されていて、幻想的な雰囲気です。

▲市役所のある本町商店街には、至るところに映画看板があります。東京の青梅市に良く似た光景ですが、夕張にはなんと言っても雪がありスケールも一段と大きい感じがします。

▲こちらは「伊豆の踊子」

▲こちらも本町。広報の橋を渡って見えるのは夕張市を南北に走る道道です。 神社もあり、お寺は本州より多いくらいで、ほとんどの仏教宗派があります。

▲これが夕張財政破綻のニュースでいつも報じられる夕張市立病院です。すでにほとんどの科が閉じられていますが、3月末に数日休んだ後、診療所化されます。


▲3月11日にホテル「シューパロ」で開かれた「頑張!夕張!」と銘打った夕張支援コンサート。かつて13万の炭坑町として沸いた夕張の活気を感じさせるコンサートでした。挨拶をされるのは高村観光協会長、寄付金条例制定の誓願署名を集めた方です。


▲正面が文化会館、その右が市役所。文化会館は人口の集中する中程に、夕張映画祭などを行う文化体育館があるため、こちらの方は休館となります。昔は10倍もの人口があったため、施設は十分にあり、関東の自治体から見ればうらやましいほどである。

▲市を南北に走る道道、雪景色の中、陽が沈む。

▲これも市営住宅だ。屋上に煙突(排気口) があるところが特色。他に雇用促進事業団住宅、道営住宅など、夕張には公営住宅がたくさんあり、この潜在資産の活用が夕張活性化、これ以上の人口減くい止め策の要とりそうです。

▲市の中程の集落である若菜から東に向かうとすぐトンネルがあります。もちろん「夕張トンネル」です。このトンネルを抜けると夕張市の領域が少しあり、お隣の栗山町となります。

▲トンネルを抜けて峠を下る道。

▲岩見沢に向かう途中の雪原。岩見沢や栗山は平地にあるため、大型店も進出しており活気があります。夕張などとの都市間格差がますます開いているように感じました。

▲左の写真とほぼ同じ地点。


▲美しく陽が沈んでいきました。