学芸員のよもやま日記

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1月の日記です。新年明けましておめでとうございます……って、いつまで寝てたんだ。

市立小樽文学館学芸員・玉川薫
直接メールくださるときは、こちらまで。もっとも文学館あてのメールも私が読んでおりますが。

2001年1月30日(火)
●ビョークですが、私は「Dancer In The Dark」をみるまで、彼女のことは何も知りませんでした。この映画で彼女に強烈に惹かれ、イギリスで1997年に制作されたドキュメントビデオ「ビョーク」をみにいったのですが、「Dancer In The Dark」の監督が一年かけて彼女を口説き落としたというわけがわかった。ビョークにしかできません、あの役。「Dancer In The Dark」は彼女がいて、初めて成立する映画といってもいい。この映画については、死刑囚には処刑台において希望する音楽を聴く権利が認められるべきだ、という永山則夫の言葉を思い出した、ということにとどめますが、ドキュメント「ビョーク」には打ちのめされた。
私はこのドキュメントをみながら、ずっと文学館でやろうとしている展覧会のこと、「一原有徳展」や、「小樽論1」のことを考えていて、ビョークの言葉も正確に聴き取っているわけではないのだけれど、勝手に記憶違いもしているだろうけれど、こんな言葉が突き刺さってきたように思います。

アイスランド、この国に生まれ育ってきたことなど意識したこともないが、意識しようとも思わないが数百年、数千年この地に流れてきた血の末に今の私、この顔、この髪、この身体、この声帯がある。それは事実としてあり、私に潜在している。当然のことだ。

私は少なくともこの500年間の音楽は聴いたつもりだ。そして、私は今はそれらに何のシンパシーもおぼえない。私のやるべきことはそれらのなかにはない。

私は、ポップスシンガーであり、インテリに解釈していただく音楽を作るつもりなど、毛頭ない。

もっともっと「向かってくる言葉」があったのだけれども、彼女の歌、まなざし、アクションがそれらの「言葉」と一体になって襲いかかってくるものだから、「言葉」だけを切り離しては、もう思い出せない。でも私は解った。前にテレビ番組で、彼女の音楽の話がされていて、出ていた音楽評論家が、ビョークはアルバムを出すたびに変わるのではない、一曲一曲が新しいんだと驚嘆していたのだけれども、「ビョーク」を観て聴いて、私は解った。彼女は「原始」であり数千年の血の裔であり、それを体現する存在であり、彼女の存在そのものが「現在」を切り裂く。古楽器であれ、ヴァイオリンであれ、電子音楽機材であれ、彼女は無雑作に選び取り、瞬時に咀嚼し使い切り、捨てていく。「手段」に拘泥するなど、彼女には考えられぬ。彼女は氾濫するノイズのなかを、ノイズそのものを彼女の一身に収斂させ、彼女の血にし、まっすぐに歩み続ける。数千年の時と「現在」が彼女の体内でたぎり、髪から眼から爪から喉から、ほとばしる。
刺激的でした。とっても!

新大久保駅で亡くなった「三人」の人たちのこと。新聞のコラムに(この国でもっとも有名なコラムですが)見知らぬ他人を救おうとして亡くなった二人の青年がいたましい、とあり、とっさの行動に人間の本質があらわれる、とありました。そのとおりだと思います。殺伐としたことばかり続くなかに「ポッと明かりがともった」、そうな。そうまとめてしまうかなー。私は限りなく暗澹としてしまった。ちょっと耐えられなくて、中2の娘に聞きました。「とっさの行動に人間の本質があらわれるっていうね。あのときおまえがいあわせたら、どうするよ」。彼女はすぐに答えました。「私なら足がすくむね。身動きできないな」。内心ホッとしまして、私は続けました。「お父さんもそうだね。いや、あわてふためいてその場から逃げ出すだろうな」「私なら、からだが硬直して逃げ出すこともできないね」「……」。
ヒンシュクをかうかも知れないが、亡くなった韓国人留学生について。彼の死を私は悼みます。心から。でも彼の死は「日韓問題」とは関係ないでしょ。全然。まったく!
それから私はこの事故で亡くなった三人目というか、一人目というべきだろうな、その人のことを思う。救おうとした人たちではなく、救われようとした人。名前が消えましたね、いつのまにか。遺族への配慮とかもあるんだとは思う。でもマスコミも、そして世間も、その人への関心は「酔っぱらってホームから転落した中年男」以上のものじゃないんだろうな。それよりもっと冷え冷えとしたもの感じるな。その人にも遺族はいるんだろうね。事故の直後のニュースで、まだ助けようとして亡くなった青年たちの身元はわからなかったときだけど、その「酔っぱらった中年男」は駅のキヨスクのおばさんとも顔見知りで、「毎日みたいに寄ってワンカップ買ってくれましたよー」っていってたな。「その人」についての「物語」は、それで終わってしまった。せめて私は悼みたい、キヨスクのおばさんといっしょに。その「酔っぱらって落ちたオジさん」を。

2001年1月28日(日)
●さってー。更新すっかー。なーんつってな。って、少し緊張感ゆるんでないか、最近。
で、ちょっとマジメになって夏に予定している展覧会のプロジェクトをはじめます。
一原有徳展が、7月22日までだから、そのあと一週間ぐらいしてから始まるやつだ。タイトルは「小樽論1」。「小樽論」は私が、つけました。「1」は、審議会でどなたかの意見で、つけたした。とうてい「1」では、終わらないだろうということで。でも、私は気に入っています。「小樽論1」。カッコいい。「1」で終わると思いますけどね。
それで決めたのはこのタイトルだけ。中味はまだ考えていない。中味はまぎわでもいいということで(誰がいってんだ)、いま考えているのは展示の背景。それを小樽の風景写真で埋めつくします。あ、いま誰か鼻で笑ったなー。ちょっと違うぞー。
準備作業開始。小樽の白地図を用意します。そうとう大きなのがいいですね。それにタテヨコ等間隔に線を引っぱっていく。こうして小樽の街が1000個のパーツに仕切られました。
その一個のパーツについて1か所で1枚の写真を撮ります。つまり写真を撮るやつが風景を選ぶのではなくー、撮る場所はあらかじめ指定されているのね。使うカメラはデジカメだ。まともに現像したりプリントしたりできる予算じゃないからねー。写真を撮るのは誰でもいいんだけれど、たいせつなことがひとつだけ。なーんにも考えないで撮ってきてほしい、ということ。そうですね、いっそノーファインダーでいくか。行ける人が行ける時間にいってとりあえずシャッターを押してきます。こうして撮り終わったパーツはマーキングしていきますよ。集中してやる必要ないからね。まだ日にちたっぷりあるんだから。夜でも時間あれば撮りにいくよ。
でも、こうやっていくとね、最後のほうにどうしても残る場所が出てくる。山ン中とは別よ。それはそれでタイヘンだけど。そうじゃなくて、えーっと、ここがまだか。ここは……。アソコか……。撮ってもいいのかよ、ここ。誰が行くのよ。ってところ。私が行きますよ。
それでね、繰り返しますけど、このやりかたで肝心なのは撮った「人間」はヒツヨウないってとこ。現れてくるのは「人間」を介在しない「小樽」そのものだ。怖いねえ。何が現れてくるのかしら。
で、展示までに写真はできたとして(1000枚はプリンタで刷りだしておきます)、会場を作るのに2日か。残り3日。ここでいきなり、その風景に「言葉」を打ち込んでいきます。どなたがそれをなさるのか、それはこれから。

前に書いたR-15逆指定、スタッフは中学生オンリー(除く私)の、「まじ怖えぇ」展は、この展覧会の会期中に、この展覧会の会場に、入れ子のように嵌め込むわけだ。子供らが小樽に消えていくかもね。ちゃんと帰してあげますって。一人たりなくないか、え? 一人多いの……?!。なーんつってな。

きのう、札幌のシアターキノで「ビョーク」のドキュメント見ました。ひさしぶりで全身の細胞が沸き立つようだったよ。

2001年1月25日(木)
●日記とか、館長のメッセージとか、頭のほうに書き足していくもんなんですね。これ、いわれてみれば当然のこと。毎度毎度、したーーのほうまでスクロールさせてりゃウンザリもする、指もつる。うーん、こういうアドバイスってほんとうにありがたい、嬉しい。梁井さん、ありがとうございます。

2001年1月24日(水)
●記者レクチュアをすませて、文学館の近くの焼肉レストランでビビンバランチを食べているとき、ボランティアの話だったと思うんだけれど、館長が「こんなことを思い出した」と言いだしました。アメリカのコーネル大学で一年間講義をしていたとき、大学の近くの何とかという小さな町で暮らしたわけですが、そこではこんな制度があったという。つまりはボランティア活動の奨励と有効利用ということでしょうが、その町では役場でボランティアの仕事を斡旋するということをやっておりまして、登録された会員に種々雑多な仕事を紹介するわけね。植木の刈り込みとか、猫をあずかってね、とかスーパーに行っているあいだ赤ちゃんをお願い、とかそういうたぐい。もちろんお年寄りの介護とか身障者の手助けとかもあります。それで、そのボランティアというのはちゃんと報酬をいただけるのね。お金じゃないよー、お金じゃ何にもならない。それでね、役場からもらえるのは、これが可笑しいんだな、「hour」だって。アワー、つまり「時間」ね。1時間のボランティアをやったとするね、すると役場から「1hour」貰えるんだって。で、たとえばそれが4hour貯まったとするね。そうするとその人は、ほかの登録されたボランティアの人たちに4時間分の仕事を頼むことができるんだって。
ボランティアってのはさ、去年の「書物の神話学展」の隠しテーマでもあったんだけど、「無償」ってのがあるわけでしょ、大前提として。でも私は思うのね、「ありえないッ、無償なんて」って。これはいいかた、かたちを変えているだけなんです。で、「公共の福祉」なんてのはまだいいほうね。人道とか、奉仕とか、愛とかって言いだす。それもだんだんトーンが高くなるのね。やるほうもしてもらうほうも、納得したいわけじゃん、その根拠をさ。でもヤバいよ、「理念」みたいなことをガーッっていいたてるのはさ。チョー腹立つ、マジ切れる、やめたっ、なんて、止めてよ初めから。
で、私は考えた。まず、お金は出せん。これは出したくても無い。それでいろんなケースがあろう、と考えた。で、たまたま札大の博物館学の実習生を受け入れてくれって依頼がありましたのでね、それも7〜8人くらい。フツーなら断るけどね、ニベもなく。でも、今回はいわゆる「渡りに舟」でしょう。で、私はボランティアと博物館実習生と一緒くたにしてしまいました。実習生諸君には、実にわかりやすい報酬を差し上げることができた。「単位」ね。仕事してくんなきゃ出せないよーって。ほとんどオドシね。
それからこのサイトを作ってくださったRE-QUINさんには、海外ミステリ・冒険・サスペンスの古本がびっしり詰まった箱6つほど持っていっていただいた。
んー、でもあとは無償か……。セブンイレブンのオニギリと百円ショップの缶コーヒーか……。みんなに我に返るヒマを与えないぐらいに「仕事」は繰り出しましたけどねー。
それで話を戻すけど、「hour」ってのはね、これは「膝を打つ」とか「してやられたり!」じゃん(何だよ)。「はい、報酬です、2hour!」って、考え込んじゃうでしょう。で、貯まった「hour」を使う段でね、また考えちゃう。「おそれいりますが、1.5hourで、何とかできる範囲で……」なんてね。これって、おおげさないいかたすれば貨幣経済根柢からひっくりかえすことじゃん。なんてよくも解らないむつかしい話は置いといて、少なくとも「hour」は、それを使う「人間」、与えられる「人間」がつきまとう、ずうっとね。「金で片が付く」こととは、次元がちがうでしょ。
「時給700円、いやならよそ行きな!」とか、「いいんだよ、オタクで受けてくんなくても、あっちで5000円でやってくれるってんだから」ってさ、「金額」が一人歩きしていって、「人間の顔かたち」が消えていくでしょ。「hour」じゃ、そうは行かないな。「オタク何に使います、8hour?」「んーとね、んー……」なんてね。
で、私はそのあとずっと膝を打ち続けていたのでありました、頭のなかで。
(注;ビビンバランチと「韓国・木浦大学校の総長をお迎えする」とは何の関連もありません。念のため)こんな注釈いらないか……。

2001年1月23日(火)
●更新をさぼりまくっているあいだに、それでもアクセス数1000件を超えました。こりゃ申しわけないな。それで、というわけではないですが、きょうから「小樽文学館メール通信」というのをやってみようと思うのです。とりあえず、私の知った範囲の人たちに小樽文学館の近況その他をお知らせするつもり。一方的なメールなわけで、ま、迷惑なことでもありますが、やめれと返信いただければすぐ止められるのが、これのいいところ。携帯メールの人も少なくないから250字制限は厳守しますよー。
ついでですけどね、世の中IT革命とか騒いでおりますがー、周囲を見渡してもじっさいのところキーボードもさわれんっていうか、オレはそんなもん一生さわらんッ!とか何かわからんけど怒りまくる人とか、それがおおかただと思うのね。で、いっぽう女子高生とか携帯メール打ちまくっているわけでしょう。これもわけもわからず、ヒンシュク買ったりしているわけだけれども、冷静に考えてみてください。メールってのはやっぱり便利、つーか、迅速、確実、さらにー。これがだいじなんだけども、こっちの生活のペースを乱されないのね。迷惑メールったって、トイレに行きたいのに長電話されたり、何かやたらに切々と綿々と綴った分厚い手紙よこされたりするよーな、私のよーに気が弱くて筆無精、という人間を何ヶ月にもわたって苦しめるよーなことはないわけだ。少なくとも。
で、私がいいたいのは、っていきなり話が飛ぶようだけれども、いまアワアワと浮き足立っているようにもみえる通信、モバイル方面の技術者っていうよりプロデュースやっている方にぜひ作ってもらいたい。キーボード一切なし、シンプルをきわめたメール端末。肝心なのは、メール以外の機能は皆無ってところです。機能をてんこ盛りしたい気持ちはわかる。ウズウズするでしょ。でもー。必要なし。こういう機能が、って言いだしたとたんに下を向いちゃう人、少なくないんですよ。もっとかんたんにいいましょね。いまいちばん世の中に要求されているのは(誰も要求してないッていわれるだろーけど、潜在的に要求してるんだな、世の中が)一人暮らしのおばあちゃんが携帯メール打ちまくっているコギャル(死語か……)であるところの、バカだけれども可愛い孫にやっぱり送りたいじゃないですか、メールの一つも(あるんだって、潜在的にッ)。技術的にはできるでしょ、サイズも外見もハガキそのものってやつ。エ○シーレみたく送受信機と一体になっていて、入力はもちろんかのザ○ルスがほとんど職人芸の域かってほど極めた「手書き入力」ね。
これのいいとこ、いいましょか。誤字脱字、間違った言いまわし、方言、変な癖、それをそのままにデジタル信号にできるとこ。ワープロの打ち間違いとは違うでしょ。似て全く非なるものね。つまりその人の息づかいとか生きて来かたとか顔だちとかそんなものまで含んじゃう「間違い」。ワープロのいちばんの「罪」は、これを排除しちゃったことじゃないか、ほぼ強制的に。
シ○ープさん、オタクにいってるんですよ。MI-○1とかカッコいいねー、ザ○ルスのダサさ微塵もないねー。でも、ちがうでしょ、方向がッ。
話長くなるから打ちきりますが、私かねてより思っているのね。商品リサーチとか世論調査とかアンケート調査で求められている企画をとかッて、ダラクの根源だと思う。とくに「この国」では。一人で考えてみようよ、何が要るのか。シンプルで合理的で気軽なもの、それは美しいものでしょ、自ずから。

2001年1月17日(水)
●12月から1月にかけてボルテージがどんどこさがって、完全放電状態に達したところで、風邪を引いてしまいました。ようやく気を取り直せたようですんで、明日から再出発だ。イェーイッ、イッ、イッ……。カラ、カラ……。