学芸員のよもやま日記

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さ〜よなら三月〜、またきて〜四月♪、というわけで。

市立小樽文学館学芸員・玉川薫
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3月29日(木)
●もうだいぶ前ですが、バスの中吊りでおたる水族館のポスターみました。小樽・札幌には博物館、美術館、文学館などいろいろあるわけですが、がんばってますよね、水族館。キビシサの質がぜんぜん違うものね。お客さんきてくれなかったら、マジやばい。そんな水族館の今春の企画が「帰化生物」。地味だけど、マジメだよね。写真もザリガニやらアカミミガメだものね。でも、えらいと思います。
そんな水族館にイチャモンつける気などもうとうないけれど、またまたちょっと引っかかってしまった。「帰化生物」の文字のわきに、サブタイトルみたいに書いてあるのね。「ALIEN」エイリアンなあ……。すぐ思い浮かべましたよ。映画。あの、タイトルロゴ。
alien、異邦人ね。外国人ってもいいんだろうけど、foreignerとはだいぶんニュアンス違うでしょ。
「エイリアン」怖かったよね。私は、昔、小樽のサードベースって小さな映画館で、ほとんど一人で見ましたけどさ、心臓が縮む音が聞こえる感じ。あれに出てくるヤツってさ、この世でおよそ考え得る忌まわしいもの、おぞましいもの、のメタファーだな。それを生命をもってヌメヌメとたちあがるフィギュアにしたのは、リドリー・スコットとギーガーの天才だな。私は、こんな撮影のエピソードを聞きました。あの宇宙船、ノストロノモ号だったっけ。あれのセット組んでね、役者たちを10日ほど閉じこめたんだって。どんなモンスターが出現するのかはもちろんストーリーさえ伏せて。みんなどんどんナーバスになってって、耐えられなくなってって、そこで出したんだね。アレを。乗組員の女性(リプリーじゃない方ね)がアレにいきなり対面してしまった場面を覚えてる?彼女の歪んだ顔が表した「恐怖」、私忘れられない。演技なんてもんじゃないな。ソイツが「エイリアン」だ。
ポスターに戻るけど、私ちょっとギョッとしました。「帰化生物」もalienって訳するのかっと思って。違うみたいだけどね。「帰化生物」って、深刻な問題らしいね。ナチュラリストのあいだでもずいぶん話題になってるみたい。昔は「帰化植物」とか理科で習ったけど、むしろトボけた、ユーモラスな響きだったように思う。
で、そうか今は「帰化生物」ったら、訳語はともかく、「エイリアン」って感じなのかー、ってさ。今度は、「帰化」ってコトバが気になりだしちゃった。おなじみ「広辞苑」引いたら、2番目のとこに、志望して他の国の国籍を取得し、その国の国民となること、って出てる。そんで1番目はこうだ。「遠い地方の人が君王の徳に感化されて帰服すること」。まだ、気になって「大辞林」引いたら、まず原義として「君王の徳化に服従する意、後漢書より」って書いてある。なーに気にしてんだよ、そもそもが中国のコトバじゃんかーっていわれそうだけど、「漢字」が与える威圧感みたいなものは、ちがうんだろうな。日本ブンカってさ、コトバの「原義」みたいなもの、どんどん希薄になるそんなタチなのかなー。
そんなに選挙権欲しかったらさー、「帰化」すりゃいいだけじゃんかー、なんて私も内心思ってたことあったからなー。
てなことを亀井館長に話しましたら、「コトバのニュアンスもアレですけどね、だいたい日本での帰化の手続きというのが、これは異様に細かいというか、やっぱり屈辱感じる人もいるだろうな、と思いますねー」って。うーん、こっちが「現実」の問題だな。ほんとに私、なんにも知らないもんな。それで、亀井館長の話がすこし別方向に進んで、外国行くと日本って大国なんだなーって思いますね、パスポートどこでも通用しますからねー、って。ほかのアジアの人たちはね、たいへんな思いすること少なくないみたいです、それでアメリカに渡ったアジアの人なんかはね、ビザもらっても、それを自分で破り捨てるのがいるんですって。で、アメリカってところはいきなり強制送還ってしないで、査証もってない外国人を収容する施設があるんですね、そこで労働させて技術を習得させる、それでまあ安い労働力を大量に確保したりしてきたんですね、でも、自分でビザを破り捨ててそういうとこに収容されるような人は、かならず施設から脱走するんですって、それでアメリカには市民権っていうか、戸籍みたいなものなんだけど、それを秘かに売買するようなブラック・マーケットがあるのね、そこで他人になりすまして市民権を得てしまう。そういうマネって日本人にはできませんね。というお話。
まあね、日本人は、てゆうか私なんかホントにヌルいってことなんだけど、何か気になるよね、ビザを破り捨ててブラック・マーケットに消えていくアジアの人。その人の目の奥は真っ暗だな。「不安じゃないんですか、孤独がつらくないですか」なんて聞いたらさ、無表情で思うんだろうな。「バカか、この日本人(ジーベンレン)は」ってね。

3月27日(火)
●タイミングずらしても何だから書いとっか。祝ご卒業・ご入学!ってウチのサクラもね。ぶじ卒業いたしました。中学校を。で、さんざんお世話になっといて何だけどさ。入学したすぐ後にもらってきたプリントみて、何だかなーって思ったことあるわけ。今でもね、思ってる。
クラブ活動ってね、いま、部活とかっていうのね。そんで子どもの数が少ないから、こりゃショーがないところもあるんだろうけどさ。これって、あれでしょ、半強制なんでしょ。で、それはともかくさ、サクラの行ってた中学校って、いわゆる文化系のクラブって美術部とパソコン部だけだって。そんでさ、あからさまに言っちゃうのも何だけどさー、両方とも、よーするに、「部活かー、いくとこねーなー」って感じ漂ってるみたい。いや、それはいいのよ。そんなもんでいいと思ってるんだ。たださ、何となくちょっとなー、って思ってるのは、プリントに書いてあったことね。確かね、こんなように書いてあった。部活は三年間続けるように。「とくに」スポーツクラブは最後までがんばって続けること、って。イジワルのつもりないけどさ、こりゃやっぱりあれじゃない?「美術とパソコンは、まああれだけど……」ってゆってるようなもんじゃない?
ま、ジマンじゃないけど、私はねー、サーブ打っても向こうのコートまで届かなかった。サッカーボールは顔面でうけた。ムスメたちもりっぱに血をうけついで、体育は「2」を通したぞ。
で、いきなり話またとぶけどさ、「東京ダラダラ日記」で中途になってた伊丹十三さんの話だ。役者としての伊丹さん、好きだったんだよね。印象に残っているのいくつもある。「もう頬杖はつかない」で、パンツ干してるオヤジとかね、効率よく美しい干し方のウンチクたれるんだよね。「家族ゲーム」の父親とかさ。車のなかでしか、マジメな話できないとか、湯船のなかでカルピス飲むのが秘かな楽しみだとか。伊丹さん自身のアイディアだったんじゃないかな、って思えるほど可笑しかった。で、もうひとつ印象に残ってるのがある。テレビドラマでさ、筋なんかすっかり忘れたけど。高校教師だな、それでその学校の野球部が何かほんとにマグレで甲子園にいくことになったわけ。学校中大騒ぎね。いちもにもないわけね。みんなで応援にいきましょう、とーぜんねー。ってゆう感じ。で、伊丹先生ひとり異議を唱えるわけ。それって、義務なの?興味ない生徒もいるんじゃないか?って。何で、とーぜん、学校中、スミからスミまで、なわけ?って。で、伊丹先生は学校に残るわけ。行きたくない生徒もいるかも知れない。残る教師も要るだろう。オレは残って、かれらの面倒みるよ、って。そしたら、もう回り中、かってにどうぞ、って。ヘンな人ねー、いつものことね、って。
で、伊丹先生、ガラーンとした教室にがんばってるんだけど、だれもこないわけ。だんだん顔も曇ってくるのね。そしたら、教室の戸があいて、見るからにサエない子がさ、あのー、ボク応援行かなかった、野球興味ないし……、ってボソボソいうの。ったら伊丹先生の顔、パッと輝いて、よっし、きょうの授業は、そとでムシとりだ、でかけるぞー!って。
いや、あたりまえの話してんだけどさ、こどもだっていろいろいるんじゃない?ってことだ。一丸となって、ってヤだな。何かさ。で、8月の「まじ怖えぇ」展、お楽しみに。教育長がさ、きょう「中学2年に限定したらいいんじゃないか」っていってた。いいこと、いうじゃん。「中学2年」いいね。いい年齢だ。ヤミもみえる。つまんないコトバなんかには、まだしない。うん、R-14「逆」指定だな。

3月22日(木)
●で、また富田さんだ。富田さんは2月一杯で、つまり期限切れで文学館やめたわけだけど、けっこうちょくちょく来てくれている。っていうより、来てもらっている。
今年の夏、「小樽論1」ってゆう特別展をやるんだけど、これが一大プロジェクトなわけね。詳細はこちらね。何せ、「小樽」を「撮り尽くす」んだからねー。で、この一大プロジェクトを何人のスタッフでやっているかっていうと、いまのところ3人。千葉さん(文学館臨時職員)、佐藤さん(文学館臨時職員)、富田さん(失業中)。そして、このプロジェクトの「隊長」が、すでに名実ともに富田さんだ。
富田さんは、文学館に寄ってくれるたびに、ちょこっと「スタッフノート」を書き込んでいってくれる。「小樽論1」の進行状況は、ほとんど富田さんの「スタッフノート」に明らかだ。スゴイでしょ。私はスゴイと思うぞ。
さっきも寄ってデジカメ持ってった。そんで1時半に「ハローワーク」(職安ね)だそうな。ウチの向かいだからねー。昼メシ抜いて「ノート」書いていってくれたぞ。さっきのぞいてみたらさ。富田さんの職歴書いてあった。
私も「雑の部」自認してるけどさ。所詮は学芸員一筋20ネンだ。で、富田さんの職歴のなかで私にはトーテイつとまらないのは、まず塾の講師だな。「何ゆってるかわかんなーい」で3日でクビだ。つぎは、クラブのボーイだな。客と衝突するからねー。いやケンカとかじゃなくてさ。物理的にぶつかるの。運動神経ないからねー。着物の営業もつとまりそうにないなー。200キロの冷蔵庫は、力抜くな……。そんで相方が、ケガするな……。
フリーターってさ。ずーっと白い目でみられてきて、そんで最近、フリーターもまた人生、なんてさ、何か人生論になっちゃったり。んで、白い目でみられようが黒い目でみられようが、フリーターしか道ないじゃん、論じたいヤツ、勝手にしゃべってれー、って状況がずーっと続いてるわけだ。
でもさー、富田さんの「雑歴」みてるとつくづく思うぞ。これって立派な「キャリア」じゃんかーって。富田さん勤めてもらったの一年に満たなかったわけだけどさ、ほんとに思い当たるぞ、このキャリア生きてるなーって。ああ、あれも、これも、そうだったなーって。
○○社一筋ン十年、教師一筋ン十年、市役所一筋ン十年、学芸員一筋ン十年も、それなりに貴重だけどさ。「雑歴」ってさ、履歴書に細字みたいに書き込んでたら、バカかー、おまえはー、なんて一蹴されるんだろーけど。こっちのほうが中味詰まったキャリアだよなー、ぜったい。って、けっきょく「人生論」か……。

3月20日(火)
●なんだ、一週間おきか。まあ、これがふつうか。それで、きょうは寒い。吹雪気味です。ほんとにお彼岸かー。
亀井館長の講演は、近々出す館報に全文掲載しますが、ホームページでも、あるいはご希望があればメールに添付してもお送りします。この講演もそうだったけど、亀井さん、この文学館の館長としてやっていく、という覚悟と気迫、じりじりとこっちに伝わるぞ。最近、そんなことがいくつか続いた。重要なことだし、こっちもそうとうの緊張を強いられることでもあるので、これについては、あらためて。とはいえ、これだけはいっておく。私はこの人についていく。ときに反駁しながら、くいさがりながら。そして、心の底からうれしく思っている。
とりあえず、きょうは別の話。3月31日と4月1日だ。えーと、来週の土日っつうのか、来週の土曜日と再来週の日曜日つうのか。ようするに今やってる展覧会「小笠原克責任編集・『北方文芸』」の最終の土日ね。百円均一だ。
つまりー。この両日はウチで売ってるもの全品百円。入館料もねー(前からじゃん)。やったねえ、とうとう文学館も百円ショップか。全国に例ないなー(あるかよ)。おもに古本だけどね。元値二万円の本でも百円だ。ちなみに五十円の本でも百円ね。
で、百円ショップだ。なんだかこの手の店、はじめはさ、ビンボーくさいなーってね。ま、たしかにビンボーくさいけどね。なんか、でも楽しいよね。それで、けっこう最近さ、いろんな工夫してんの、店ごとに。タコ焼き売ったりさ、コロッケとか。ラーメン(ホンモノだよ)までね。コメもあるのね。イチリツ百円だからレジも楽なわけだなー。
私は、コンビニに感心すること多々あるのだが、百円ショップ、あなどりがたし!コンビニとの違いは、各店で工夫の余地があるってことだ。つまり差異化ね。って、いちど使ってみたかった(ここで使うなよ)。
ほんでさ、百円ショップでも、コンビニでもないけど、ま、それの仲間だろう、そんでもっと破天荒なやつ。あれね、「ドン・○ホーテ」(伏せ字の意味ねーな)。私はね、これの大宮店初めて行ったとき歓声あげちゃった。ユーメーなのは歌舞伎町店みたいだけどね。何か大宮店のほうが、もっとらしい感じ〜。大宮って街がいまそういう空間なんだな。つまり、はざまね。亀井さんいうところの、ピジン語が生まれる空間だ。
ユーメーたって、知らない人は「何、それ」だろーから、ざっとご紹介。チョーおっきいディスカウントショップ。関東周辺中心に展開してる。そのトクチョーは、ヒトコトでいえばー、探しづらい。ごっちゃごちゃ。石鹸買おうとするじゃんか。どこにあるかわからん。ビール半ダース1000円のとなりに、いきなり出現するわけね。
そんであやしげな、誰が買うんだ今どきーみたいなカセットテープ(音のね)、のとなりにiBookが置いてあったりするんだなー(いーのかアップル・ジャパン)。しかもさ、そーいうのが積み上げてあるわけだ。天井までさ。迷うぞ、出られなくなるぞ。
えー、それ単なるデタラメな店ね、つぶれる目前なワケね。って違うぞー。どこが違うか。
何がなんだかわからないからさ、近くにいる店員らしーのに聞いてみる。これも店員なんだか、プータローだかよくわからんぞ。そんなフーテイね。あにはからんや(ヘンないい回し)。くわしいんだなー、こいつが、やったらにね。もう即答よ。どこに何があるかさ。商品知識もバツグン。それでさ、もっとユカイなのはさ、何かやたらにデカイやつがいるわけ。何かイミなくでかい感じの(この表現、問題あり?ウチの中3の娘も身長175センチ、足は27センチ。ほとんどイミなくでかいぞー)。で、客がさ、すっごい高いところにある商品、つま先だって、よろけながらとろうとするじゃん。すっとそのデカイやつが、さっと取ってくれるわけ。荷物お運びします、なんて名札つけたヤツもいるぞー。つまり店員がやたらにいる。チャパツの兄ちゃんからリストラくらったオヤジみたいのまでさ。みんな楽しそうだったよ。ビールとか売ってるとこには小さい掲示板みたいなの出して、担当ワタクシ○○は、この売り場をこう工夫してみました。さらによい意見ある人は、この掲示板に一言どうぞ、なんてね。
なんかー、すっごい感心しちゃったな。ま、すぐにわかったけどさ、この店作った人は、モノを買う楽しさ、ってのをとことん追求してるわけね。はじめ買うつもりだったモノはもうそっちのけ。これよかしたら何出てくんだろーなー、ってもう夢中。もうさ、安いのはオマケみたいね。安いんだけどね。
そしてね。私、これがいいたかったんだけど、こういう店のなかではさ、いろんなコトバ飛び交ってる。店員はさっきいったとおりのフーテイだし、客も推して知るベシね。例ノアノ人が「三国人」って呼び捨てたような人たちとか、ヤマンバ娘とかね。でもさー、とにかく楽しい。ケータイのストラップじゃらじゃら振り回してキャッキャ騒いでるヤマンバがかわいくみえたの初めてだよ。抱きしめたくなったぞ(おめえがいちばんアブネエよ)。
で、3月31日(土)、4月1日(日)はさ、こうなるわけだ、文学館が(ホントかよー)。

3月13日(火)
●ちょっとひさしぶり、な感じ〜。
何から書くかな。さっき何とかメディアだか何だかから電話がありまして、よーするに企画屋さんですね。こういう企画があるんだけれど乗っかりませんかーってやつ。
その企画ってのが、某国民雑誌(みたいやつ)に連載されていた「文士の遺品」だったかな、それそのまんま。その連載には「多喜二のデスマスク」が出ちゃいましてね。これは私の手落ちでもあり反省しなきゃならないんだけど、それにしても不快だったな。
それはそれとして、その「企画」なんだけれども、誰がのるか、そんなもの。もちろん、乗るだけのお金もありませんよ。何かよそ様では、予算がつかないから自主企画ができません、ここはとりあえず入場者見込めそうな巡回展で、ってのが流行っているみたいだけれど。ゆたかだなー(皮肉だよ、もちろん)。金以前の問題だ。こんなの持ち込んで、それで共同企画とかって名前のせるわけ?ほんとにこんなのに名前連ねる文学館てあるのかなー(あるんだよね、これが)。
そんで企画には乗れません、そんなお金もないから、って断りました。つぎに何いうかわかってるから、釘さした。「デスマスクは出しませんよー」って。そしたらね、あははー、こうだって。「『大○○博物館』とか『東京○○美術館』からの依頼でも?」
あのねー。言葉あ悪いけどー。バカかー、あんたら。
ここでまたまたウチの館長さん登場です。亀井秀雄さんがね、ずいぶん前に(もちろん館長さんになるずっと前)、ウチの小林多喜二展のパンフレットに書いてくれた文章のタイトルが「五方感覚の回復を」っていうの。札幌ラーメンとか名古屋のミソ煮込みウドンとかが出てくる、ちょっと軽めの文章だけど、改めて読み直すとさすがだなーって思うよ。今は「身内」であるわけどさ、そうじゃなくてもそう思う。
「五方感覚」って何でしょう。すなわちー、東西南北という四方があって、もうひとつあるわけね。ふつーはそれは「中心」っていうだろう。
ここでいきなり飛ぶようだけど(飛んでいないぞ、同じ話だ)、グローバル・スタンダードっていいますじゃん(乱れてるなー、コトバが)。例えばさ、北海道のスタンダードが札幌で、日本のスタンダードが東京で、世界のスタンダードが欧米で、なんて、今や五つのこどもでも思ってないでしょ。みんなローカルだよねー。って、わかってるような顔してるけど、わかってないんだなー。何であんたがリードするわけって聞くと、キョトンとしたりする。
つまり「中心」は遍在する(偏在でなくね)。これは今や常識だ(常識以前の人はもうほっといて)。しっかしー「五方感覚」ってのは、もう一コ進んでるぞ。っていうか、近世のある時期の日本人はちゃんとわきまえていた感覚なんだって。つまり、「中心」って思ってしまう「位置」も、また、方角の一つに過ぎないってことね。
世界はローカルの集合にすぎない、ってことだ。当たり前っていえば当たり前なんだけど、それをほんとうに「感覚」としてオノレのものにするのは、そんな簡単じゃないぞー、って昔のっていうか、ある時代の日本人って偉かったんだねー。「自虐史観」じゃない教科書作りたいんだったら、このころの話だけにしたらいいかもね。

3月5日(月)
グローバリゼーション研究会の二日目。おもしろすぎ……。頭のなかエキサイトしまくり。うーん、もったいない、というべきでしょうねえ。もっともあれかしら、ほんとうにおもしろいことって気づかれにくいってあるからね。だから「もったいない」っていうくらいで。
でも、私はハッキリ、「とくをしました」。いっとくけど、「役得」じゃないからねッ。クローズドの研究会だけど、聴講は自由、ってちゃんと「速報」してんだから。なんか小樽でこれがあったってのも、たまたま、だとはとても思えないなあ。
ごめんなさいね、こりゃたんなる自慢だな。もう少し反芻して、日を改めて、私の言葉で「リポート」いたします。

3月3日(土)
●出ましたねー、新iMac。花柄。やるもんだなー、ジョナサン・アイブ。スティーブ・ジョブズもね、そういやー、フラワー・チルドレンか。で、なんだ?いったい、フラワー・チルドレンて?
ま、いいや。マック・エクスポ会場は賛否両論、どっちかつーと否の雰囲気、だったらしいけど。さすがだと思うけどなー、花柄。
マックに限りませんけどね、すぐれたデザインてのは「結果」として、そこに収まるのね。断じて、まずデザインありき、じゃないんだな。マックなんてカッコばっかりじゃん、なんて思ってる人、大まちがいですよー。手になじむ、目になじむ、心がなごむ、の線でずうっとやってると、出てくるんだって、花柄が。ほんとーよ。
新iMacはともかく、私がずーっと前にニフティの掲示板で買ったマッキントッシュ・クラシックII(クラシック改)ね。何つーことなしにここの文学館の展示室の隅っこに置いてるんだけど、前にきたお客さん、ミツビシ電機の技師さんらしいが、めずらしいですねー、とりわけこの角形マウス、だって。展示のことじゃなくて、ずっとマックの話をしてったそうな。
で、マック話など書くところじゃないだろーから(何書くところだ?)、別の話。韓国語勉強してみようかなーと思いましてね。インターネットで何かいい教材ないだろーかって、『韓国語マラソン』っての見つけました。一日一時間、6カ月でどーにか、こーにかってゆーの。そーか、一日一時間かー、いまからやれば秋には何とかなるのかーなんてね。ムリに決まってますけどね……。そんで教材費3万円。ちょっと考え込んでましたらね。
きょう、館長がもってきてくれた。なんとー、『韓国語マラソン』だ。お嬢さんがこれで勉強されたんですって。節ごとにきれいにインデックス貼っておられますよ、いたなー、こういう優等生の女子学生、私とまるで接点のないあたりに。全6冊だけれども、4冊目から一気に難しくなるからって、3冊……。さすが、お嬢さん、人を見る眼があるなー。
私第二外国語ロシア語だったけどね、最後までアルファベット(に相当するやつ?)覚えられなかった。自慢じゃないけどねッ。
中国語だって勉強しましたよ。「現代中文」っていったな。しゃべれますよ。「いま、何時ですか?」「私は毎日『毛主席語録』を読みます」って。家族のまえでしゃべってみせたら、涙流して笑われましたけどね、どうゆうわけか。
で、ま、懲りもせずに何でやろうってのか、っていうと、先般から木浦大学の申さんとか、朴さんとか、趙さんとかいらっしゃって、お話ししましたでしょ。みんな若い人たちですよね。それで、真剣に話したり、笑ったり、ちょっとはにかんだりなさるわけだ。日本語で。で、これは私だけでないと思うんだけど、私らそれをあんまり不思議に思わない。日本語うまいなー、すっごい勉強したんだろーなーって思わない。そんなはずないよね。ものすごく勉強した、勉強してるはずだ。舌を巻くよ、巻かないほうがおかしいよ。不思議だって思わない感覚のほうがおかしい。韓国の人が(あるいは台湾の人が)日本語話したって、そんなに不思議?って感覚のほうがおかしい。あんまりそっちに話持っていきたくないけどね。
で、私なりにやっぱり礼儀というものだろう、と考えました。ものになるわけないと思う。こりゃダメだーっての目にみえている。でも、「少なくとも」すげえや、って、思うんじゃなかろうか、やってみるのとやらないのとはだいぶん違うんじゃないだろうか。申さんや、朴さんや、趙さんに今度会うときの、その人たちがどんなに真剣にやってるかっていう、そういう思いがね。
続かないだろーけどなー。館長のお嬢さんに呆れ果てられたくもないしなー……。