|
4月12日(木)
●さて、明日から出張だ。こんどの東京で、いちばん楽しみなのは、丸ノ内設計事務所を訪ねることだな。この文学館がある旧貯金局を設計した小坂秀雄氏(去年亡くなったけどね)の設計事務所だ。不思議だねー。ほんとにみんなつながってくる。で、今度の一原有徳展はさ、(何か言い方しょっちゅう変わるようだけど)要するに「仕事論」だ。
で、仕事のやり方を変えようとしている。事務長が中心になってがんばってくれてる。
展覧会迫ってるのに相変わらずだなー、何やってんだよー、ってね。だから仕事のやり方変えようとしてるでしょ。そのこと自体が「仕事論」であり、一原展のテーマなんだよー、って、もう相手にしてもらえないな。
というわけで(何がだよ)、突然ですが「学芸員室」を廃止しました。ま、まだ「解職」はされてないけどね。私のイスとツクエは、展示室の一隅に移したわけね。常時ロシュツ状態なわけね。声、かけてね。いないことも多いけどさ、席はずしてるときは、誰でも勝手に使ってねー。パソコンとかも。
ローテクのキワミみたいにみえる文学館だけどねー、こんなこともけっこうハイテクに支えられていたりはするのね。で、私はもう学芸員室なんかいらない。どんどん外に出ていきますよ。そんで、今年の小樽文学館のテーマは「ズレる」ね。あるいは「ズラす」ね。「文学館」から「小樽」から「北海道」から「日本」から「グローバル・スタンダード」からどんどんズレていきますよー。亀井館長の連続講座「小林多喜二を読む」もそうだよ。追って解説いたします。
ホームページみてくださってる小樽出身の東京の大学生の女性からすてきなメールをいただきました。一部無断で引用させていただくね。
─文学館を起点に市民の交流や市民だけではなく多くの人間と交流できる場となればいいなあと思います。
特に、小樽は公民館がなく市民が交流する場が公的な場所で保証されていない面があると思います。
それは、私的な面での交流が盛んだとも言えるかもしれませんが、学生の立場からするともっと社会人に触れ合う場があればいいのになと、高校時代に思っていました。
社会人だけではなく、他校の人と出会える場があればいいなと思っていました。
友達の仲介やバイトを通してだけではなく公的な場を機会に触れ合う場があればとっても頼もしいと思います。─
公民館って死語?って私も思ってた。でも、あらためてこうゆう風にいわれるととても新鮮。文学館ってなあに?って説明求められると、これは私だけじゃなくて、日本中の文学館の人は困るわけだ。で、だいたい図書館のよーでもあるし、ま、文学博物館みたいなー、とかね。
でも、だれもこうはいわなかったと思う。図書館のようでも博物館のようでもあるが、もっと公民館に似ている、とはね。
ウチはね、めざしますよ。はっきり宣言しますよ。(文学)公民館、をめざすものである、ってねー(誰が認めたんだよー)。
じゃーね。明日から少し留守だ。戻ったらホームページも一新するね。
4月6日(金)
●で、カブ。ホンダの名車ね。私、原付自転車の免許しか持ってないからねー。免許といえばさ、むかし、つげ義春の「無能の人」つうマンガがあって、竹中直人が映画にしましたよね。そんで竹中さんはりきって「無能の人について」だかタイトルの本まで編集した。一言ことわっておけば、私つげさんも竹中さんも大好きよ。それもけっこう年期入ってるファンのほうかな。「ねじ式」とか、「李さん一家」とかさ、模写までしましたもん。竹中もね、「なにが?」とか「満員電車のなかで吐き気を気合いで止める人」とか、「小さいディスコで小さく踊る人」とか、もー最高。「竹中直人の会」の舞台も最高。ただし、映画は(これも監督作品のほうね)ちょっと、全面的にいいなー、とはいいかねます。
そんで、「無能の人について」(タイトルは違うと思うけど……)ですけどね、これはいろんな人たちのエッセイ集めたもので、テーマは「無能の人とは」ってなことだったと思う。それで、想像つくと思うけど、たいていの人はね、「無能の人」バンザイ。なわけ。「無能の人」こそ、いちばんニンゲン的な人、なわけ。
ただ、なかで、何て名前だったか忘れたけど、女の人でさ、おもしろいんだよね、この人の「無能の人」つうか、「無能の男」の定義って、すんごいハッキリしてるの。「車の免許持ってないヤツ」。これね。どんなヤツでも最低限ワタシをどっかに運ぶことぐらいはできるだろー。それさえできない、チョー使えないヤツ。これが「無能の人」ね。って、もう爽快なくらいね。で、私がその「無能の人」に定義された、車の免許持ってない人、です。で、車の免許持ってない人間は、性格に問題あり、つう「暴論」も、それなりに肯けるとこもあるんだけどねー。
そんな私でも乗ってるカブ。近代ニッポンが生んだ数少ないオリジナル・デザインね。チョーすぐれデザインね。私が乗ってるのは、リトル・カブっつう軟派なヤツだけどさ。ちょっとあこがれてるヤツがあるんだよな。その名も「郵政カブ」。あれだ、郵便配達の人が乗ってるの。ヘビーデューティー、質実剛健、ってまさにこれね。うっとりしちゃうね。
まず、中古でもめったに手に入らないし、万一入手できても、あれ、全部色塗り替えなきゃならないんでしょ。
4月っぱらから何の話してんだー、でしょうが、特別展の話だよ。つまり一原さんね。一原有徳さんが勤めていたのが小樽地方貯金局、すなわちー、この文学館・美術館がいまあるこの建物だってのはユーメーな話だ(一部でね)。そんで、ぜんぜん知られてないのはこの建物を設計した人。小坂秀雄ってね、小樽の人はだれも知らない。きっと。一原さんだけだよ。小坂秀雄がどんなに優れた建築家だったか力説してやまないのは。私だって、ずっとホントかなーって思ってた。でもホントだったんだよね。天才建築家。去年死にましたけどね。どんだけすごかったか。昔部下だった人(小坂秀雄は当時逓信省の設計課長)が書いた文章からちょっと抜いてみる。
"逓信省には僕が入れてあげたんだよ"。……小坂さんが笑いながら私に言われた。ちょっとけげんな顔していると"だって君の卒業設計の図面、プランとエレベの区別がよくわからなくて、他の人たちがこんなのどうかねえというのを、たまには変わったのも一人ぐらいいいんじゃない"と言う小坂さんの一声で決まったのだそうだ。……まず便所の詳細をいやというほど書かされた。便所の間仕切の高さを1.8mで書いた図面を見て、小坂さんはケラケラと笑いながら、"僕なら上からのぞけちゃうよ"と言われたのもその時だった。
一枚書き上げるたびに青図にとって課長室に持って行く。その時のチェックがいま思ってもウキウキするほど楽しいものだった。
一つのディテールを見て小坂さんはサッとそのパースを描いて見せる。"君のディテール、ここから見るとこう見えるんだよ。おかしくない?"まさにその通りだったから、建築というものの面白さが直に伝わってくる。……
設計会議というものも小坂さんの時代からだったと思う。大テーブルを囲んで設計課のほとんど全員が参加する、これがまた楽しい。発言は実に自由だった。右も左もわからない新米の私たちのいい分を真摯に聴いてくれるのも小坂さんだった。
時にはほとんどまとまりかけている基本設計を小坂さんの一声でガラリと変えられることもあった。やられる方も小坂さんがああ言うんじゃ仕方がないか、とあっさり引き下がった。やさしさと厳しさが同居する不思議なパーソナリティーがあった。……
小坂さんと並んで図面を手伝ったこともあった。この時は真実驚いた。
小坂さんの図面はものすごいスピードで仕上がってゆく。小坂さんはまず図面の上に基本となる線をうすく鉛筆で縦横に入れてゆく。それが終わるやいなや、HBまたはBくらいの鉛筆でゴリゴリと実線を入れてゆく。驚いたことにはほとんど間違わない。書いては消しということがない。だからアットいう間に大判(いまでいうA-1)が出来上がってしまう。
その間小坂さんは1回も休みをとらない。午前中3時間ほど、書き出したら止まらない。側にいるとスースーという図面を走る鉛筆の音に混じって馬のような荒い鼻息が聞こえてくる。その時ばかりは得意の○談も出てこない。これには圧倒された。
……それ以後、これほど早書きでキレイで正確な図面を書く人にはお目にかかったことがない。すごいエネルギーと才能を持ち合わせている人だった。……
その小坂さんから一昨年、長い手紙をいただいた。そのなかにいまの郵政の建築は決して郵政建築ではありません、郵政省の建築です、と悲しげに書いておられた。胸の痛くなる思いであった。
これはいま第一工房って事務所の代表で大阪芸術大学名誉教授の高橋さんって人の文章だけどさ。魅力的だよね、小坂秀雄。天才って、なんだ郵政省の官僚建築家かーって人、あっちいってね。ずうっと遠いトコまでいってね。
わかる人すぐわかるでしょ。小坂秀雄、そっくりじゃん。一原さんその人にさ。天才、天才を知るってこのことかー、って思うよ。で、こんどの特別展だ。貯金局時代に戻しちゃう。この文学館をさ。えー!文学館壊すのー? かもねー。
お知らせにもアップしたけどさー。亀井館長の「小林多喜二を読みなおす」すごいぞー。まず「山月記」と漱石あたりから……、ってのがすごいでしょ。何をいまさら、常識じゃん……って人もあっちいっててね。遠くまでいってね。小樽文学館でこれをやるってのがすごいんだよ。何がすごいのか、じょじょにわかるよ。さすがの私もビビルぞ。って、ほんとはウキウキしてんだけどね。
|