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6月26日(火)
●一原さんが、文学館の展示はインスタレーションなんですね、って。で、インスタレーションとは何ぞ。
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installation
作品だけではなく、作品を含めた展示空間全体を1つの表現として発表する方法。ビデオ・モニタを使ったビデオ・インスタレーションや、環境要因を利用して音を提示していくサウンド・インスタレーションといった表現方法がある。欧米のジャーナリストは1970年代に美術用語にまで発展させ、アーティストが特定の画廊や美術館などの空間の中に、室内・屋外の環境全体を総合的な展示空間として取り込み、そこに作家の意図や発想を仕掛ける作品展もインスタレーションというようになった。スペース自体を作品として感じるように床、天井、壁面をフルに生かした展示がされたり、従来の彫刻や立体の概念ではとらえられない、空間的な強調をした作品が多い。
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というわけだねー。
いや、使い慣れないコトバ使ってもしゃーないんだけれど、文学館の展示って、そりゃそうなの。それ以外ないっていうか、なかったんだよね。ハナからさ。ずうっとカンチガイしてなかったか。40年。
だいたいさ、本とか原稿とか写真パネルとか並べておもしろかったか?ほんとーに。いや、今さら何だけどさー。おもしろくねーだろ。
全国に文学館ってずいぶんたくさんできちゃって(150くらいあんじゃないか?)、で、近頃になって、入館者激減、って。文学離れですねー、って。亀井先生、どうですか。
「60年代から70年代にかけての『文学ブーム』ってのが特殊だったのね、あとにも先にもないですよ」って、そうだったのかー。
つまりねー、原稿とか本とか並んでるだけで感激してくれたのは、しょせんマニアだったの。フェチでオタクだったのね。人数限られてるだろー。ひととおり、見ちゃったんだよ、要するに。
ま、さ。いろいろ考えてみようよ。客が入んなかったら、ファミリー企画って、親と子の文学館って、絵本の原画並べてって、気持ちわりーだろ。あんたら、子供のころ、行ったの?ママとさ、母と子の何とか教室、みたいな。私?私もオフクロとねー、行くわけねーだろ。
文学離れ嘆いて、離れさすなよなー、さらにさ。で、始めますよ。「まじ怖ぇえ」。略称MAJICO。だいじょぶだいじょぶ、安全第一ねー。
6月23日(土)
●二週間あいてしまいましたねー。東京の文学館協議会ね、その空気、書く約束してたもんね……。
でもだいたい想像つくでしょ、私も行く前から予想はしてたんだ。で、やっぱりそうだった……。ん、書きたくもないな……。都立文学館の廃止問題、黙殺されてましたよ。そうとしかいえない。
今ね、私は、思ってんの。もう、文学館なんてなくなってもいいや、って。おっとっと、やけになってるんじゃないよ。違うの。「文学館とは、○○であり、△△かも知れないが、やはり××であろう」なんていうゴタクは、もう一切聞きません。ゴーマンに響いてもかまわないよ。ウチでやるしかない。作っていきますよ。私が考える文学館を。
いっこだけ、行ってみたい文学館がある。大藤さんがやってる軽井沢高原文庫ね、ここはきっといい。なぜか。学芸員がいいからだよ、それしかないじゃん。
でも、こんな書き方、やっぱり良くないな。だって行ったことない文学館、まだ一杯あるんだからね。これまでにワーッって感動しちゃったとこだって、たいてい期待も何にもしてなかったとこだ。だいたいウチだってよく言われるもんね、そとからみたら何か入るのためらうほどサミシイ感じだけど、入ってみてビックリ、なんてね。
で、こんな書き方してきて、いい気なもん、なんだけど、褒められました。一原展。そんで、すごく嬉しい。とーっても嬉しいんだね。ある人から言われたことを思い出した。「人を褒めるって、すごい徳なのよ。とっても立派な行いなのよ」って。
で、その褒めてくださった方のメールを引いてしまいます。これマナーに反するのかな。でもさ、ほんとに嬉しいんだもん。ごめんなさいね。徳島県立近代美術館の竹内さん。
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玉川薫様
先日ごあいさつだけで失礼しました、徳島の美術館の
竹内と申します。きのう徳島に戻ってきました。
連れ合いが体調悪く、短い鑑賞でしたが、ずしんと
体にひびいてくる展示で、ほんとうに感心しました。
それだけ申しあげようと思い、唐突にメールを送ります。
文学系の展示は見慣れず、鑑賞も浅いのですが、
というか感動したの初めてで、胸がぎゅっとなります。
貴重な体験をもらえて、感謝している次第なのです。
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美術を展示する時いつも、学芸員の解説パネルや
チラシの文字情報に、もっと効果的な鑑賞補助の
工夫ができないものか悩みます。
よく絵描きの言葉を引用したりする例も見ますが、
どう鑑賞に誘うのか自覚的なケースはまれで、
匂わせれば絵とつながるかも、程度の用例が常です。
小樽の展示を見て、ことばの展示の力を初めて知り
ました。(高尚な意味ではなく、文学館見学の初心者だと
いう意味です) 同時に、限られた文字数に貧しい
解説文しか書いていない自分が怖く、感動的なほど
つらい後悔とカラ元気があふれてきました。
ふつうの絵描きのことばや評論のことばにどれくらい
力があるかはケースバイケースでしょうが、
少なくとも、美術鑑賞の場でもまだまだ開拓しなきゃ
ならない事柄が山ほどある、そう思えて嬉しく帰りました。
数年前に初めて貴館を訪ねた時に拝見して驚いた、
ぎっしり書き込まれた鑑賞ノートの重みの意味が、
ようやく少し分かった気がしています。
よい経験をありがとうございました。
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先日、一原さんのところでもね、聞きました。竹内さんの、これは奥様のご感想。文学館の展示、一原さんといっしょに、楽しい旅をしてるようでしたよ、って。
エヘン、ってね。あー、よかった。1000人からの「好評」よりも嬉しいんだよ。こういう褒められ方がさ。カラ元気溢れてくるのは私の方です、竹内さん。
で、突然(またか)来年の特別展のプランだけどさ、「博覧会の時代」ってのやるの。小樽で大正時代と昭和の初め、戦争の前に大きな三つの博覧会があったの。その話ね。追々話していくけどさ、館内での話し合いのなかでね、「博覧会」のことなんて博物館がやる企画じゃないか?っていわれそうですね、って私がいったらね、亀井館長がいいました。「博物館ではできませんよ」「だって、博物館というものは博覧会のなかの一要素なんだから」って。わたしは、あ、あ、あっー、って思った。
さて、「文学館」って何ができる「場所」なのか(何をなすべき、じゃなくてね)、見てってねー、これからねー、潰さしゃしねえよ。
6月8日(金)
●なんか、さすがに疲れもありまして(もーすぐ48だからなー)、帰ろーかなって思ってたのに、佐藤さん(スタッフ)のノートみて、また俄然はりきってしまった。うれしいな。文学館の展示は進行形だって。いーじゃない、シャツを着ただけで(または着なくても、どーしたもんだろって考えるだけでも)参加だって。
一原さんね、ほんと会うたびに、話をするたびに、「概念」をはずされるよ、「世界観」を崩されるよ、「理念」なんて石とか錆とかにとーてい及びがたいよ。進行形だろう、どうしても。
あのね、どうしようかな、と思ってたけど、これここに書く。こないだ、「東京都文学博物館を守る会」の名前で、一枚のビラが届いた。全文引用します。
東京都近代文学博物館は、目黒区の駒場公園にあります。写真のような洋館ですが、川端康成氏の提案によって、昭和四十二年、文学博物館となりました。
この博物館では、明治初期から現在までの文学者・文学作品を展示しています。また、文学散歩(ゆかりの作家・作品の跡を訪ねて東京を歩く催し)も大変人気のある企画として実施しています。
さらに、文学博物館は、東京ゆかりの文学者たちを顕彰し、その作品を次の世代へ伝える教育的役目も担っています。
もちろん、東京都教育委員会の施設ですから、都民のみなさんの税金で運営されています。
ところが、東京都は「近代文学に限定された小規模な博物館を都として今後も所有し続ける意義は薄く、廃止が適当である」という評価を下しました(「平成十二年度行政評価制度の施行における評価結果報告書」平成十二年十一月東京都総務局)。
そしてこれの具体化として、十三年度限りで博物館職員を全廃するという知事査定が出ました。十四年度については廃館の危機が迫っています。
このままでは廃止されてしまいます。
博物館というものが、とくに公立博物館がこんなにも簡単に廃止されてよいものでしょうか。私たちは納得がいきません。そこで、博物館の職員が中心になって、「東京都近代文学博物館を守る会」を発足させました。これから東京都に対して博物館の廃止反対を訴えていきたいと考えています。博物館を利用された方、廃止を惜しんでくださる方のお力を貸してください。どうぞ、下記にお声をお寄せください。(以下省略)
この、ビラの文章、文体がはらんでいる問題には触れない。廃止を宣告された館(ずいぶん昔からよく知っている)、宣告した人についても今は触れない。ただ、ほんとうに「なるほどなー、冗談じゃなくなったんだなー」って思っている。全国の文学館のみなさん、どう思ってるのかな。
このビラで、やっぱり一瞬息を呑んじゃうのは、ここだね。(東京都は)「近代文学に限定された小規模な博物館を……所有し続ける意義は薄く、廃止が適当」。
うちなんかはもろ該当だね、まったく同じだね。でもさ、ここでいわれているのは「小規模な」ってことじゃないんだよ。これはね、はっきりとまことにあっさりとこういってるんだ。「文学館て、そもそも必要なの」って。40年もの間、いくら何でも、当事者だったらこうはいえなかった。内心、何度も胸のなかで繰り返しながらね。それがさ、まことに実に、あっさり。
ね、どうすんの。どう「反論」すんの?
亀井館長の感想を聞きました。さほど驚くには当たらない、という表情で(私も、そうだろうとは思ってたけどね)「必要性を高めていくしかないでしょう。この文学館がなくなったら、ほんとに困るんだってみんな思ってくれるようなね」。はい、私もそのとおりだと思います。このビラに書かれているような典型的な「理念」はね。と、今は、まだガマンする、まだいっちゃいけないな。みんな「必死」なんだろうから……。
折しも、6月14日は「駒場」こと「日本近代文学館」で「全国文学館協議会」だ。どんな空気なんだろう。報告するよ、その印象、生々しいうちにね。
6月3日(日)
●うん。ひさしぶり。一原有徳展オープンしました。見にきてね。
私のとこと、美術館と両方見ての感想。一原さんやろうとすると、ついつい大きくなっちゃうんだなー。そんで、どんだけ頑張っても一原さんはやすやすと「一回り」はみでちゃうんだね。いうところの「シャカの手」か。
また突然、それもまたまたなんだけど、伊丹十三さんね。あの人の初監督作品「お葬式」。私伊丹ファンだったし(エッセイも役者としても)、「お葬式」じっさいに面白かったし、評判もよくて何か嬉しかった。伊丹さんも嬉しかったろうな。こんなこといってたね。「映画に出合って、はじめて自分が何のためにいろいろと回り道をしてきたかよくわかった。すべてが映画を撮るためだった」みたいなこと。今、考えてみれば、これはつまんない、ってゆうか、ちょっとヤバイ確信だったねえ。
私は、映画のヒットも嬉しくて、「お葬式日記」なんて本も買っちゃった。伊丹流「メイキング・ドキュメント・エッセイ」か。文章、得々としてたねえ。そんで、この「日記」で、おもしろいっつうか、今思えば、やっぱりなー、ってとこがあった。
私の大好きな俳優に岸部一徳って人がいる。元タイガースの「サリー」だな……。さきに言ってしまうと、この人の演技は、その最大の特徴は、この人自身に属してるってことだ。伊丹さんの「日記」は、得々としてて、颯爽と溌剌としてたね。ところが、○月○日って、これは岸部一徳が出演するシーンだ。この人の演技のことを伊丹さんが書いてるんだが、ここまで快調に走ってきたペンが、ちょっと曇るんだね。つまり理解できないってわけだ。伊丹さんは岸部一徳の「演技」を。岸部一徳は、伊丹さんの思い描いている「演技」をまったくはずしてしまうんだね。伊丹さんはもちろんダメを出す。なんども出したいね。でも、「何とも不思議なことに」、意図をまったくはずしているのに、岸部一徳の演技は実に面白いわけ。伊丹さんにもそれが面白い。不快なほどに。
私は三島由紀夫を連想した。三島由紀夫は深沢七郎という作家を怖がったよね。三島の理解できない作家だ。この世にあってはならない「文学」だ。おびえ、眼をそむけた。木ノ内さん(同僚)はいってたな。三島って人は小さい人だね。歴史には残らないな……って。
伊丹さんに戻るけどさ。ちょっと後になってどこかでいってたね。監督という仕事は、「キャスティングがすべてだ」って。ちょっと見、謙譲な言葉、に思えるね。でも、これはとんでもない「傲慢」だ。自分の作るものは自分が隅々まで把握している。それを忠実に完璧に再現する役者さえ揃えれば、映画は完成だ、っていってるわけだ。それをはみ出してしまう、しかもそれで自分の作品を別の次元に押し上げさえしてしまう、岸部一徳のような役者は、伊丹さんには「使えない」わけだ。次作以降、岸部一徳は伊丹作品には出なかったよね。伊丹さんは、使えないんじゃなく、「使わない」んだって思おうとしていたろうけど。
一原さんに私は訊いたよ、あの「グニャグニャ」はどうして出てきたのか、一原さん自身はどう考えてますかって。一原さんはすぐに答えた。「よく伸びるインクが手に入ったからです」って……。はみ出してくよねー。はるか彼方にさ……。
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