学芸員のよもやま日記

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7月。スゲーよ、今月は。みててね。

市立小樽文学館学芸員・玉川薫
直接メールくださるときは、こちらまで。もっとも文学館あてのメールも私が読んでおりますが。

7月29日(日)
●小樽論・1会場に10個のガラスケースが並んでいる。展示用のヤツね。で、これは空っぽだ。
例によって手え抜いたんだー、けど抜きすぎね。考えてることがあるんだな。

向かいの美術館で「拝見!市民愛蔵の美術品展」てのをやっている。はじめは確か「お宝拝見」てゆうようなタイトルだったよーな。無難な線になったのね。でも、!ってなんだろー……。
それで思いついたんでもあるが、ウチの会場のガラスケース、「家族にも理解できないワタシのお宝展」ってのどーだろー。展覧会始まってからどーだろーもないもんだけど。それに「小樽論」と何の関係あんだよーってね。
ただね、この日記にも書いたけど、「小樽論」たって、行き着くところ「My小樽」よ。そしてそれじゃなかったら意味ない。大所高所に立った「街論」なんて、おもしろいか?おもしろくねーよね。「My小樽」が集まって、初めて何か考えてもいいし、考えなくてもいいのさ。

ただね、これは出品してくれる人がなー、ちょっとムツカシイかもね。
去年やった「ペンがとらえたシャッターチャンス」(タイトルはつまんねーな)でね、これが私の予想を超えておもしろく「なった」展覧会だった。くわしい説明ははぶくけど、パネルはパネルでね、おもしろくはあったんだけど、はるかにおもしろかったのがケースね。
このケースには「Myオリンパスペン」を出してくれって頼んでね、ご来館のみなさまに。できれば、それで撮った写真に何かカメラの思い出みたいなメモを添えて、って。
で、初めはほんの「パラパラ」だったケースがね。見事に埋まった。で、これは「オリンパスペン」って、まことに優れた(その優れ方ってゆうのは、例えばこの文学館の建物を設計した小坂秀雄に通じるな。激しい意志をともなった「無難」の精神だ)カメラの持つ「力」でもあったな。で、このカメラについてはね、ぜひこのサイトをみてほしい。主宰する伯耆原紳一郎さんのペンに寄せる愛情熱は、もうそれだけで感動もんだ。
話戻すけど、このペン展のときは最終的に「オリンパスペン」のほぼ全機種が揃うという「すごいオマケ」までついちゃったんだけど、感動的だったのは「メモ」のほうね。
私がいちばん印象的だったのはね、私がそのころ住んでた市営アパートのひとつ下の階にいた青年がもってきたヤツ。ちょっと「変わったコね」っていわれがちそーなタイプの。でも、私がパソコンとか興味を持ってるの知って、ときどき話しかけてきたりした。札幌でプログラミングの仕事とかしてたらしい。その青年が「ペン」を持ってきてくれたのね。ジイさんの形見だそーな。で、写真。細川ふみえがデビューしたてのころ、アイドル撮影会があったんだって。で、青年が思い切ってポーズの注文つけたら、恥ずかしそうにしながらこたえてくれたんだって。青年がつけたポーズは、なんつったかな、小樽の街を舞台にしたマンガがあって、そのヒロインを想定してって、そうゆう話。マンガももってきてくれたよ。
展覧会の何日目かにはさ、家族全員連れてきた。何かよく大声でケンカしてる家だったけどねー。
で、この展覧会がなんでワタシの予想を超えたのかとゆうと、こないよ、こういう青年。絶対に。いつもだったらね。
その青年が来たのは資格が与えられたからだな。それもリッパなね。展覧会の「出品者」ってゆう。
なるほど、「市民の愛蔵品展」と同じね、って、うーん、違うんだな、それもけっこう決定的にね。

私が「昭和歌謡全集北海道編」のときにも、そして今回も会場の冒頭にデーンと出した短歌があんのね。もう標語みたいなヤツだな。カンのいい人はわかったでしょう。あれだ。「かなしきは小樽の町よ うたふことなき人人の 声の荒さよ」。啄木、やっぱり凄い。明治40年に3カ月ほど住んでさ。小樽を「定義」しちゃったよ。主調低音みたいね。この歌。啄木自身がどう考えていたかって、この際は関係なかろー。で、私自身は「うたふことなき人人」のほうを、ずっと信頼してるわけね。この文学館は、そっちのほうに開いていくな。歴史テキにみても、並木凡平の「口語短歌」なんつうステキにビンボーくさい「文学ジャンル」があったしねー。

またはじめに戻りますがー。「Myお宝展」、ペンよりはシキイが高いかなー。考えてますよ。方法をね。ヒントは「真贋」、って、大袈裟ねー。

7月26日(木)
●ただいま午後10時15分。まだ富田さんと川田さんが、本の表紙作ってる。私のはとりあえずセメント本一つでっちあげって、真理ちゃんとか石垣さんにご迷惑おかけしたぞ。指もセメントだらけだ。
もっともこれから私は、やることがまだたくさんあってー、徹夜の二日目だ……。
もう、文学館は壮観よ。すごいことになってるよ。28日からのお楽しみだねー。もっともいちばんのお楽しみは私自身だ。じゃないと、(ヘタすると三日続きの)徹夜作業なんてやってらんないよー(何で日記書いてる……)。

私の小樽(メール編)お一人追加です。

私の風景ですが、10年前小樽に引っ越してきた時、はじめて乗った「中央バス・桜町線」から見た風景(車内も車外も)が、強烈に「小樽」というイメージになっています。桜から高島まで小樽縦断。小樽のスキャン映像という感じです。

小樽短大図書館 新谷

新谷さんのメールにもあったんだけど、「メール編」おもしろいって、会期中ずっと続けてくださいって。うーん、このサイトの一方性についてはね、私も承知している。いいっぱなしだな。最近、ちょっとトゲトゲしくなることもあったりね。
それで、双方向性、っとなるとおなじみ(いつまで工事中?)のBBSだな。でもねー、私一抹の疑問と不安を感じてるの。このBBSというシステムに。いや、運営次第なんだよね。ずっといい感じで続いてるところも少なくないわけだから。
私がBBSつうかインターネット全体にうっすら感じてる疑問てのは、要するに「発言の自由は匿名性によって保証される」って感覚。いや、そんなの疑問も何も、前提でしょ、って、そーかなー。ま、いいや。これは後日。

とにかくきょうはみんなお疲れー。また明日もよろしくねー(Majicoも見てね)。

7月25日(水)
●えっと、アンケートのつもりじゃあなかったんだけど、結果としてそれみたくなりましたんで、一応返信のあったメールを全部ご紹介。やっぱり圧倒的に坂道から海、ね。ありきたり、って、おまえは何だよーって、やっぱり坂道から海……。で、ウチの展覧会はだいたい夏にやりますじゃん。そんで展覧会もそろそろ終盤かなーってころにね、最上町のウチから色内町の文学館めざしてカブを飛ばします。すっと並木のナナカマドがもう色づきはじめてんのね。ああ、夏も終わりかー。もう秋か……。北海道はサミシイねー。なんて。
そんなとき私が唄うのは山口百恵ね。「横須賀ストーリー」じゃないよん。「イミテーションゴールド」でっす。「彼が窓辺で話しかけるわ。流れる雲さえ季節の色だと。私は軽い目眩を感じ……」なーんてねっ。
で、この「アンケート」読んでもらってもすぐわかってもらえるだろうけど、結局「私の小樽」だ。それしかないんで、それでいいんだ。ただ、その「私の小樽」を、こんどの「小樽論・1」では、これでもかってほど引き出すよ。とっくに忘れていたことも含めてさ。写真だけじゃない。裏から見たり、表からみたり。さかさまにしたり。透かしてみたり。
インターネットも館内で使い放題になりました。電脳カフェ状態ね。じゃ、待ってます。ぜひのお越しを。

以下、私の、小樽の風景(メール編)ね。

ずばり「フェリー」です。

私は出身が関西(兵庫県姫路市)なので、たびたびフェリーで行き来しました。岸壁を離れていく船、入港する船。そのどちらにも強い哀愁を感じます。旅で出会う感動のひとコマには違いないのですが、それよりも人生の大きな一場面であったと思います。船上から小樽の街や天狗山を見るたび、いつも一回り大きくなった自分を感じていました。

原 一夫(札幌市)

小樽は坂の多い町なので、高いところから市内を展望した時に町を経て
一番遠くに海が見える風景がとても「小樽らしい」と感じています。
(回答になっていないかな?)

札幌在住の佐藤しのぶの感想。

十数年暮らした札幌を離れて、もう20年たちました。札幌に住んでいた頃は小樽は小樽であり、函館は函館でしたが、北海道を離れてみると、私にとって小樽は何よりも北海道なのです。北海道の一部であれば、行ったことがない場所でも懐かしく思われ、したがって小樽と聞けばまず北海道全体を連想します。だから思い出すのは粉雪が風に舞って、淡い光輪のできた深夜の街灯であったり、タンポポの黄色い絨毯の中で梅と桜とが一緒に咲いていたりする光景です。そして中でも小樽はと問い直すと、小樽商大へ続く雪の坂道を登り詰めた所から見える町並みや海であったり、舞鶴港へのフェリー乗り場へ向かう下りの坂道であったり、そうでなければ小林多喜二や伊藤整なのです。握り寿司のご飯が少し甘かったことも思い出します。小樽では今でも寿司米に砂糖を入れるのでしょうか。
北一ガラスがまださほど有名でなく、運河は覆いをかぶせて道路にしようなどと言ってた時代の話しですから、小樽と聞いたとき私は運河も倉庫も連想しませんが、もし今住んでいれば、多分運河や倉庫の町を好きになったに違いないと思っています。

熊本市 伊原信一

私は小樽ではオタモイがすきです。(龍宮閣のお金持ちっぷりはちょっと恐ろしさも感じますが。
赤岩。オタモイ。海の荒さ。自殺の名所だなんて、地元民ではないので知らずに一人、泳いでましたよ!
ミクマリcafeそばのセイコーマートのオーナーさんの一族が龍宮閣をやってらしたとか、御本人からききました。写真もあるよ、とのことでしたが・・・。80年代に小樽にあった映画館サードベースもおなじくこの一族の中の方がやられていたそうです。今の「まるバ」がジャブ70ホールで、キノがイメージガレリオだったころです。
ジャブみたいな映画館を小樽に作りたい!!と、がんばっていいたそうです。そのころ私たちは「ジャブに育てられて」いました。私は、だから勝手に今のまるバを応援!しているのです。ジャブがなかったら、いまの私たちはいなかったと思っています)
あとは手宮と手宮線と、緑3丁目あたりの古い家屋。廃屋ですが、うっとりです。お金持ちだったら買って直してあげたい。入り口である前庭と建物の距離感が美しいのです。
奥沢の上の方の古い郵便局跡も恐ろしくてすごいとおもいます。写真撮っちゃいけない気がする。(撮ったけど)
ドレメの門もリバプールのストロベリーフィールズみたいで可愛いです。稲穂を走り回る、はなれ犬「おはよー」(と、私が勝手によんでる)も、稲穂の象徴かと。
最近は時間がなかなかがなくて、歩けるだけ歩き回る事もなくなりましたが、バイクで走っている範囲だけでも建物の取り壊しが進んでいますね・・・。

小樽市 ミクマリミホ

まず、東京に行く前に好きだった風景私は東山中学校出身なので、どうしても学校に通っていたときに風景が身体にしみついている。貯金局から入船公園に向かう道は坂道なのですが、坂を東中の方へ下るときの、海が視線より上にあるその風景が身にしみついている。高校に行くときもこの道を通っていたので6年間しみついた風景と言える。小樽は坂があるため、坂の上からだと海が目より高い位置にある。東京から戻ると必ずこの坂からの風景を見るようにしている。
東京に出ていった後。それは空港から小樽に帰る列車からの海岸線。空港に降りたとき、特に冬は「北海道に帰って来たぞー」って感じですが、銭箱あたりからの海岸線は何ともいえない気持ちになる。「これが郷愁というものなのか」と考えたりするが、よくわからない。ただきれいだなって思う。そして小樽駅から降りて「NAGASAKIYA」文字を見ると「ああ小樽だ」と良い意味でも悪い意味でも感じる。かなり生活感にあふれた小樽をどっと感じる。
というのが「私の小樽」です。私にとって小樽は人の顔より海だな、と思うときがある。今回のテーマは最初から風景と絞られているけれど、「小樽で思い浮かぶもの」と言われても同じ意見だと思います。というのも、家族や友達に会ってもあまり「懐かしい」という感じじゃないんです。確かに懐かしいといえば懐かしいんだけれど、先ほどの風景よりぐっとこないんですね。三つの風景(目の上の海、海岸線、NAGASAKIYA)は見ると何かを感じてるみたいです。

東京都 吉田暁子

私:運河
妻:ヨットハーバー
であります。

札幌市 三宅 私:36歳 妻:35歳

それは「北海製罐から旧日本郵船のあたりまでの、古い建物と旧小樽運河」です。30年以上前、札幌市民だった私達にとっての、忘れられない小樽の原風景です。

小樽市・後藤 治

強いてあげれば
手宮十間道路の坂、能島通り、船見坂、北運河周辺、
建物に関しては色内町と、その周辺にある建物。

小樽市 畑山栄作

1.素直に言えばやっぱり、冬の小樽運河の夕景かなあ。でもあまりに平凡で、つまらない気もします。
2.北海道ワインのある山から、海まで見渡せる風景もよかった。これも冬がいいです。
3.文学館のある広い坂道を昔の線路のあたりから海のほうに向かって眺めるのも好きです。
4.場所はいずれにせよ、雪のある夕方か夜が好きです。
5.あと、もったいない美術館も好きです。

東京都 野田真智子

「小樽駅」です。もしくは「小樽フェリ−タ−ミナル」?ただしどちらかと言われれば「タ−ミナル」のほうです。

旭川 入谷

ガス灯

小樽市・坂の街出版企画

午前3時の「鱗友市場(朝市)」

札幌市 斎藤

早速なんですが、私の思う小樽らしい風景としたら、やっぱり映画ラヴレターの中に登場する坂道ですね。北海道といえば小樽、小樽といえば雪の坂道が一番脳裏に残っている風景です。

札幌市・Park SoonHwa

もっとも「小樽らしい」と思われる風景は「小樽運河」です。

横浜市・後藤仁敏

「船見坂のてっぺんから見える風景」です。上り下りする人や車を含めて小樽らしいと思います。西陵中学に3年間通った通学路でもあり、愛着があるのかもしれません。現在はあまり通ることもありませんが、だんだん狭められる自宅2階からの海を眺めながら一休みしています。
また、バスや列車で札幌方面からの帰り道、海越しに小樽の街の明かりが見えてくるとほっとしますよね。学生時代は「帰ってきた」という実感がわきました。

小樽市・小林久見子

小樽築港から小樽方面に行ったあたりの、坂道と川と市場の多い風景が、昔ながらの小樽のイメージとして焼きついています。
急な坂道に縁日が出て、神社でお祭りのある日の光景も懐かしいです。

札幌市 加藤

花園通り商店街

札幌市・笠井嗣夫

・古いものが、そのまま朽ちていく四季おりおりの時間。(これが一番好きです)
・札幌からくる時、南小樽から小樽駅に着くまでの、家家の窓、建て増してつぎはぎの物干し場や屋根裏の窓。トマソン的な屋根。水天宮近辺の、まるで尾道を思わせるようなたたずまい。
・小樽駅から文学館に行く道にしている、旧手宮線の廃線路。両脇の家家にかいまみる暮らしの音。本当は実生の樺やアカシア、ポプラがかなり育っていたのに、イベントのためか、みんな踏み折られたり、切られてしまい、残念です。都会には無駄なもの(東京の下町では許されている野良たち、小さな林)が私の好きな小樽のでは許される情のゆとりだと思っていましたが、最近は少しきゅうくつかな。この廃線路は春になると鳥の庭になります。餌を与える人がいます。
・いなり横町の一角。新宿のゴールデン街を思わせます。
ほかにもいろいろありますが、あんまり知られたくないのが本音です。静かな路地をゆっくりうろつく愉しさは、迷宮をさまよう愉しさです。でも、きっとなくなっていくでしょうね。本州には残されているのに。

札幌市・藤田美和子

マイカル小樽の吉本…… 冗談です。運河です。ただ、旅人の私にとってはフェリー乗り場も小樽です。
ところで運河臭いから壊さないのですか?(笑)10年以上前はそんな話一杯でした。今小樽は落ち着いてます。旧産炭地に力貸してください。

夕張市・風間健介

どこだったか忘れたのですが、坂を登りきって振り返ると海が見えるところ。
以前、広告業界だった頃に撮影に使ったのです。確か、博物館か何かの正面の坂だったと思うのですが……。

札幌市・小路幸也

私は「色内地区の坂道」を挙げたいと思います。後、もちろん貴館の建物!見る度に小樽に来たことを実感できます。

札幌市・南谷 篤

「小樽らしい」とえるのかどうか分かりませんが小樽駅です。プラットホームのどこかだったと思いますが、銭湯の壁画のようものが印象に残っています。それと軌道の跡地でしょうか。

津市・玉川光男

7月22日(日)
●夏の文学館は暑い。はんぱじゃないねー。エアコン入ってないからな。えーって、いまさら驚かれてもなー。
年にもよるけどねー、夏がくれば思い出すぞ。中城ふみ子展、昭和歌謡全集北海道編展、あっつかったー、なー。キャプション読んでるうちに気が遠くなった人、何人も知ってるぞ。
同じ建物でもね、美術館はエアコンついた。差別だなー、じゃないんだけどさ。まあね、絵を借りたりするときにね、条件出されるわけだ。いろいろとね。たださ、吟味するまでもなく、この「条件」って、たいがいバカげてるぞ。科学的根拠、むっちゃ薄弱ねー。これ以上いわないけどさ。つきものだよな。とくに美術館。「文化財保護を第一義とする」ってねー、温度とか湿度とか照度とか展示期間とか輸送条件とか、いちいちもっともらしいんだけどね。ちょっと突っ込んでみ。小学校のとき、理科の成績何だったのー、ってたいていモロみえ。はい、このへんで止めましょう。
それはともかくまずお客様だ。やっぱり暑いのは辛かろう。で、歌謡曲展のときに好評だった手作りうちわをまた作りましょう、と。そんで、事務長とか山崎さんに話してみたらさ、おやすい御用よ、って役所で誰彼に話してくれたんだねー。集まる集まる、うちわの山だ。どうすんだよ。これ。
とりあえず、バケツに水はって突っ込んでるけどな。たいてい一日、しつこいヤツでも三日も漬けてれば、紙はペロリとはがれる。骨だけになるな。そんで、今骨だけのうちわが15本、水に浸かってるのが46本、バケツに入りきらないのが……。どうすんだ。私ゃまたパソコンでテキトーに作るつもりだったんだけどね。やってらんないな。
そんで千葉さんにとりあえず、どーでもいいから一本作ってね、ったら、こりゃいいや、裏表にクラフト紙はって、骨にそってきりぬいて、小樽論・1っておっきく書いて、7月28日から9月9日まで、って書いて、「小樽文学館」ってはんこ押したら、すてきなうちわのできあがりだー。
じゃ、みんなに手伝ってもらって、って、おっと、もっとムシのいいこと、楽なこと思いついちゃった。
暑さこたえるのはお客さんだねー、じゃお客さん自分で作ってよ、うちわ。かんたんよ。骨あげるからさ。材料用意するからさ。裏表にいろんな紙はって、色マジックとか筆ペンでちょいちょいね。で、小樽論・1って書いて「小樽文学館」ってはんこ押して、それ使いながらゆっくり見てってね。あ、帰るときには、置いてってね。文学館ってはんこ押しちゃったんだから、ウチにもって帰ってもショーがないね。
お盆のころには「小樽論・1(うちわ篇)」ができるなー、って、オイオイオイオイ。

7月21日(土)
●ときどき文字と行が詰まりすぎてチョーみにくいっていわれるんだけど、PCのブラウザ標準のままだったら、そうなっちゃうみたいね。「芸術の森」のホームページから、勝手に上の注意書き持ってきてしまいました。これで読みにくさ解消ね。文章そのものが読みにくいのはカンベンね。

7月20日(金)
●石だけどさ、やっぱりモノには落ちつくべき先があろうってもんだ。
で、つぎのように表示しました。

一原さんの「石」を売る。

ここに展示している石は、一原有徳さんが永年丹誠込めて集められたものです。一原さんはいわゆる「銘石」にはこだわりませんが、色、かたちのおもしろさには、徹底してこだわられます。また石の組成や産地にも造詣ふかく、ここに展示されている石が小樽市内のどこで採取したものかほとんど全て記憶されています。
趣味もいきつく先は「石」だ、と言い切る一原さん。その一原さんが大切にされてきたこれらの石を、この展覧会を記念してすべて文学館に寄贈してくださる、とのお申し出を受けました。
そこで、文学館では一九九六年札幌の中森花器店で催された一原さんの「山99石999展」でこれらの石が販売され、好評を博した「故事」にならい、そのときと同じく一個一〇〇〇円で販売し、その収益を文学館の支援団体小樽文學舎の活動資金とさせていただくことにしました(石の保管場所が手狭でもありますし……)。
すなわち、ここに展示している一原さんの「石」を売ります。ただし、予約販売で、展覧会終了後にとりにきていただける方に限らせていただきます。ご希望の方は、受付にお申し出ください。

売れるかよー、だったんだけどね。表示後10分で、お客様3個ご売約。どうしてみんな買わないんだろう? いや、さっき売り出したばかりなんで……。そう、それはラッキーでした。はぁ……。
さきほども、いったんお帰りになった女性が、やっぱりあの石、ほしい。水に入れたらきっととてもキレイよねー、って
事務長がね。カルチャーショックだ、って。価値って一体なんだろうなー、ってね。
石お買いあげのみなさんは、一原さんの石だから、ってのではないのね。あれだ、一原さんがどこ産の石だからって集めたわけじゃないのと同じだねー。
とても簡単なんだよ。キレイだから、恰好いいから、オモシロイからだ。
とても簡単なんだけどね、これがね、美術館とかではむずかしいんだなー、ホントーに。おや、キレイねー、って単純に喜びにくいんだよ。何でか。美術館が意味づけしちゃうからさ、あらかじめ。
みんな胸に手を当てて考えてごらんな。一原さんって人のこと、この人の「業績」「評価」まったく知らなくてさ、そんで貯金局に勤めてたオジサンだよってことぐらいしか知らされなくて、いきなり(もちろん美術館じゃないとこでね)作品みせられて、こりゃスゴイって、心からいえますかー。あ、私はいえるよ、それぐらいの「見る眼」はある。
ま、一言ヨケイだったけどさ。「文学館」なんてのは「美術館」なんてもんじゃないな。だってさ、予備知識何にもなしに、原稿とかハガキとか使ってたスズリとか見せられて……。もう止そうね。
そういうわけで(どういうわけだ)文学館ではいま石を売ってます。あさってまでだぞ。買いにおいで。展示品即売ってのもビックリだねー。
(石はねー、ほんとは文学館じゃなくて私にくれたわけだ。私も困ったあげくだが、売約済みの札みたらちょっとなー、残念な……。止そうね、ミットモナイからねー)

7月18日(水)
●「小樽論・1」の「やり方」を、とりあえずここにアップしておきます。これの写真撮影にどれだけかかったか。富田さんが記録を調べてくれました。つぎのとおり。

2月27日
3月8・3・5・10・12・24・30日
4月12・7・18・19・22・26・28日
5月4・9・10・19・25日
6月14・2829・30日
7月5・7・8・10・12

全29回

下線の日は千葉さん・佐藤さん。(二人で、または別々に)
他の日は富田さん。(一人で。一日だけ私同行……恥)

一日に撮った場所は平均して40カ所。多い日は120カ所以上。これをスゴイといわずして何を……。で、全体の8割以上を一人で撮りきった富田さんの記録と工夫。何読まずとも、まずこれ(スタッフノート)を読んでください。

じゃ、いきますね。「小樽論・1」とは、何なんだー。

企画展「小樽論・1」
会期:2001年7月28日(土)〜9月9日(日)
開館時間:午前9時30分〜午後5時 入場料:一般200円 小・中学生50円

7月25日(火)〜27日(金)までが展示設営期間。この間休館。
このうち、7月26日(水)を、展示作業一般公開日とする。

内容
与えられた「街のイメージ」から脱して、来館者自身が作っていく〈私の〉「小樽論」。

方法
■背景について
.小樽の街の風景写真で、壁面を床から天井まで埋め尽くす。

写真作成の方法
1.小樽全図に等間隔で縦横の線を引き、小樽の市街部を1000個のパーツに分割する。
2.1箇所につき1枚の写真を撮影する。デジタルカメラを使用。ここで重要なことは、写真撮影に撮影者の意識を極力反映させないこと。できるだけ、機械的に撮影してもらう。分担作業。
3.A3判用紙に写真をプリント。

これらの写真に関して、来館者の感想、意見、文章を集める。その方法。
1000枚の写真のどれかには、相当高い確率で、自分の家、あるいはかつて住んだ場所、または、他の理由によって、特別の感情をもつ場所が写っているはずである。そこで希望者に、その写真を進呈する(パソコンのプリンタで刷り出すだけなので簡単)という条件で、いくつかの質問に答えていただく。なぜその写真がほしいのか。その場所は、あなたにとって何であるのか、等々。こうして展覧会が終了するころには、数百に及ぶ住人、あるいは旅人自身による「小樽の街角」についての文章が集まるだろう。会場に置かれた5冊の巨大な「白い頁の本」に、それをつぎつぎに貼り込んでいく。すなわち、この展覧会「小樽論1」は、展覧会が開始すると同時に進行していき、展覧会が終わるころに、来館者(参加者)自身の手によって完成されるものである。

■展示について
この展覧会は背景が主で展示は従というもの。この圧倒的な背景のなかに「普段の」常設展示を設営する。展示方法もオーソドックスなものである。ここで展示されるのは、常設展示のなかでももっとも来館者の関心の高い数人の作家。(+私が恣意的に加えた数人)

石川啄木、小林多喜二、小熊秀雄、伊藤整、並木凡平(口語歌人)、八橋栄星(アナキスト川柳)、石原慎太郎、永山則夫、等。小林多喜二については、油彩のデスマスク、多喜二本人の描いた水彩画など新収蔵の展示も含まれる。
この展示は、〈仮設〉の〈常設展示〉という複雑な印象を与えるものとなる。

意図
私たちが通りすがりの観光客であるにせよ、そこに長く住む住人であるにせよ、私たちが抱いている「街」のイメージは、しばしば、「他」から与えられた、あるいは押しつけられたものである。そのイメージは、ときには政治、経済上の思惑によって作り上げられたものであった。幾人もの芸術家(詩人、小説家、画家)らが描いてきた「街」のイメージも、少なからずそれを補強する役割を担ってきた。街の住人が、あるいは旅人がそのイメージの束縛から自らを解き放つのは決して容易ではないのである。しかしそれができぬかぎり、「街論」は、どこまでも狭く貧しく、不毛であろう。
今回の展覧会では二つの「仕掛け」を施す。ひとつは、「標準的視線」で等間隔、機械的、没感情的に連撮した計1000枚におよぶ、文学館の壁面を埋め尽くした写真。これによって、私たちが、本来的な、と錯覚していた「街のイメージ」は、ほぼ確実に覆される。もうひとつは「写真とひきかえに」綴られていく小樽のあらゆる街角についてのコトバ。それを発していくのは文字どおりの「不特定多数」である。この「不特定多数」の「参加者」は、この手続きによって、「出来合」ではない「個々の」街のイメージを回復していく。これが新しい「街論」の始まりであり、すなわち「小樽論・1」である。

7月17日(火)
●きょうね、トンボタクシーの人が来まして、小樽の文学碑のいくつかの、作者の名前の読み方を教えてほしい、っていうわけね。運転手さんだと思ってたけど、あとで名刺みたら取締役って書いてあったなー。
たしかに金子杜鵑花とかね、(トケンカ、杜鵑はホトトギスのことで下に花がつくとサツキの異名、なーんてさっき調べたとこ)、長谷部虎杖子とか(虎杖はイタドリのこと)、読めないっす。あと、三ツ谷謡村って人の「柳絮飛びわが町に夏来たりけり」の「柳絮」って何だーとかね(皆さんは、自分で調べてね)。
いや、それで思い出したけどさ、私が前にどっかのタクシーに乗ったとき、ダッシュ-ボードんとこに『小樽の文学碑』ってパンフレットが乗ってんの。小樽文学館編、だな。いちおう私が作ったんだけど、中味はあっちこっちの本をツギハギしただけのトホホなやつ。でも、一応気になったからさ、それ、使えますかーって聞いてみたの。そしたらね、いやー、フリガナがもう少しついてたらなー、って開いてみせてくれたんだけど、もーびっくり。
だって、あっちこっちに赤で線引っぱったり、書き込みだらけ。「学校行ってないから漢字読めなくてねー、んでも、碑の文章は、暗記するくらい読んだよー」だって。ほんと、びっくり。
どんな名著だってさ、こんな風に読んでもらえる本なんて、そうはないぞ。罪悪感におちいるぞ。
でさ、運転手さんは大変なんだなー、って実感した。小林多喜二とか、伊藤整なら、文学碑案内してよって客はいるだろーな。でも、比良暮雪とか久末永霤とかの碑(あそこすごいとこだねー、だって)まで連れてけ、って客がおろーとは……。

で、うちの事務長が感心するのね。こういう運転手さんたちに。事務長は、せんだってこの日記でも書いた山形「大沼デパート」のこともいたく感心するんだな。この人たちこそ真剣なんだって。
そんな営利を目的とするとこと、社会教育施設を同列に……、って、ストーップ。もう返上しようよ、「社会教育」ってわけのわかんない「オタメゴカシ」はさ。
事務長が提案するんだ、タクシーの運転手さん相手の「出前講座」をやんないかなー、って。私は異存ないよ。テレビ出力もできるiBook抱えていきますよ。どこでも。ぜったい真剣に聞いてくれるからねー、大学でサルみたい学生相手にしゃべるより、やるほうだってずっと楽しいや。で、近いうちに企画しますよ。「小樽文学碑めぐり」タクシーヴァージョンってやつをねー。

7月16日(月)
●きょうは、もう帰りますが、記念すべき日なので、これだけ書いておきます。
小樽論1・写真、1000枚印刷完了です。このところ毎日深夜までこればっかりでした。
じつにじつにしつこいけれど、この1000枚の写真が、どんだけすごいことなのか、それは明日からじっくりお伝えしてまいります。世界で初めてのやり方じゃないかしら……。マス・メディアのみなさまも、ご注目のほどを。ってゆうか、見落としたら、たいへんよ。

7月13日(金)
●『一原有徳物語』よろしくね。通信販売もオッケーよ。
で、この本届けに一原さんのところへ行ったら、一原さんが神奈川県立近代美術館の酒井忠康さんのハガキみせてくれた。
「いい展覧会でした。とくに文学館がスゴい。いろいろ学ぶところがありました」って。
素直に喜ぶぞ。「なんだ、権威のお墨付き喜んでんじゃん」って、そりゃそうさー(ハガキだけどね……)。でもね、酒井さんなら「権威」たって、実のある「権威」だ。誰が認めたって、そりゃ私さ(何サマだ……)。
私だって、今回は美術館とツイでナンボの、ってのは解ってるけどさ、みんな文学館の展示を新鮮に感じてくれるわけだ。まーね、これはトクをさせてもらっちゃったんでもあるな。
で私なりに何で文学館の展示がいいのか分析すると(どこまでもつけあがるな……)。中学一年生の数学で「集合」っての習うな。そんで、「あるべき一原さんの展覧会」ってヤツをひとつの「集合」とするじゃん。で、これまでいろんな「一原展」があった。私もいろんな「一原展」をみた。ずいぶん感心したのもあったぞ。でもね、それらはみんな「集合」のなかの「部分集合」だ。いろんな「部分集合」だったんだね。文学館のだってそうだろーってね。違うんだなー、これが。
文学館の「一原展」は、「補集合」なのさ(ムチャクチャいうな……)。
なんで今までの展覧会が「部分集合」だったのか。それは「美術」ってゆうより、「美術館の」展示だったからだな。これは限界があるんだよ。それはさ、ぜったい(ほんとはそうじゃないんだけどな)破れない(暗黙の)ルールってのがあるからだろう。「良識」つうか「常識以前の」つーか。
たとえばこうだ。「作品」を勝手に破ったり、画面にラクガキしたり、けとばしたり(オイオイ)しちゃいかんとゆう。
でもさ、文学館ではそれができるのよ。さしたる困難もなくな。なんでか。文学展つうか、文学館の「理念」ってのが情けないほどつまんないからさ。「美術館」なら多少考え込むかも知らんが、文学館の「理念」がくだらないって、こりゃ「常識人」ならみんなそう思うだろう。思わないのは、当の「文学館関係者」くらいだ。
乱暴なことを、ってゆうなよな。私は忘れないよ。あれさ、例の「東京都立文学博物館」の「評価」を。都のホームページに掲げられてるんだからさ、ここで何回引用しても構わないだろう。こうだ。
「入館者は目標を概ね達成しているが、近代文学に限定された小規模な博物館を都として今後も所有し続ける意義は薄く、廃止が適当である」よって査定「E」(廃止又は休止が必要)。
誰も「反駁」しなかったよね。川端康成らの肝いりで作られて40年間やってきた文学館が、3行で片づけられたことに。いくつも、いくつも「理念」並べ立ててもさ、3行で片づけられんだよ。誰も反駁できないじゃん。
そもそもなかったのさ、「文学展」の(あるいは文学館そのものの)「理念」なんて。私ゃ、今はそう思ってるんだ。
でもさ、だからこそ何でもできるんだ。一原さんの版画ガーッて引き延ばして、それに俳句乗っけてみようか、とか、このでっかいテーブル(仮設用のステージだけどね……)に版画の原版しきつめて、読書テーブルにしてみたら、「ヒジで一原さんのマチエールを感じつつ」一原さんの小説が読めるなーとかね。
ブランディングだって、私がいちばんおもしろかったのは、NHKのテレビで、一原さんが作って見せてるところだった。煙たいからさ(山根さん、ムセてたろう)一原さん防煙マスクつけて、何かでっかい歯車みたいやつのまんなかに鉄棒つけてさ、それを真っ赤に焼いて、紙にジュウウって。炎がバシッーって走って、煙がムワアって。
あの面白さ、伝えるにはさ、物足りないんだよ、「ホンモノ」では。だから拡大コピーして、はりあわせて、ブラインドカーテンなんてでっち上げて(ホントは「伊藤整の仕事場」の目隠しだったんだけどね……)内側から4500円のオモチャのストロボライトの閃光当ててみたのさー。

この「補集合」展のさらにすごいのはさ(誰か止めろよ)、あちこち破れだらけだってことだねー。
一原さんはね、例え「理想的な展覧会」ってのを完成させたとしてもだよ、そんなものやすやすとはみ出ちゃう。だとしたら、「完全な補集合」だって意味無いわけだ。
だからさ、あれが面白いんだよ。「石」が。誰が並べたんだか、わかんないヤツがさ。一原さんが、「ボクが並べたみたいだなー」って感心したヤツがね。

で、一原さんの展覧会はおもしろかった。一原さんは一原さんで「新世紀へ」。私は私で、とりあえず「小樽論1」だな。しつこいけど、スゴイよ。

7月12日(木)
●ずっと、プリンタから出てくる写真、見てんだけどさ、感動するよ、ほんとに。
こんどの「小樽論1」、まちがいないな、今世紀最高の感動だ、いまんとこね。半年ちょっとしか経ってないけどな。
へんだよねー、美しいんだよ。こんなふうに撮った写真がさ。考えて撮ってくれるな、ってのは、この企画が始まるときの、私のほとんど唯一の注文だ。それがさ……。フシギだよ。「小樽ってこんなに美しかったのか……」って、ナミダが出てくるよ。ほんとーだって。

さっきアンケート箱ひっくり返してたらさ、あは「最低最悪の文学館」だって。「小林多喜二、伊藤整、石川啄木の展示のお粗末さ」って、ま、そりゃね、いまは三分の一以下になってしまってるからね。「小樽の知的レベルを物語る」って、いーんだけどさ、損だよな。初めて見るもの、初めて知ること、をはなから見ない、聞かないってね。この人たちの「知」って何だろうね。見当つくけどさ。
あれだろうな、頭んなかに安っぽい「感動ストーリー」があるわけだ。で、その範囲に収まるモノを見せてあげればね、安心して感動できるわけだろう。

ま、バカにしてちゃダメだよね。こーいうお客様もさ。タダでは帰さないよ。安心して感動させてあげて、帰る間際に、ちょっと足をひっかける。ギクリとさせる。もしかしたら、と思わせる。そーいうふうにしてあげるからさ、これに懲りずにまたお出で。

7月11日(水)
●さっき、富田さんからメールが入った。写真、撮り終わったんだって。凄いねえ。もの凄いぞ。まずは、乾杯だなー。
何回くりかえしても、これがどんだけ凄いか伝わりゃしないからさ、28日からの「小樽論1」見に来なって。会場に入ったらひとめで、わかる。仰天するよ、文字どおりにさ。
梁井さん、来てくれましたねー。梁井さんのホームページ、ほっかいどうあーとだいありーに良く書いてね、って圧力かー。で、梁井さんもそうだけど、「小樽論1」のコンセプト(コンセプトじゃないな、単なる「方法」だ)を話すと、みんなすんごく興味を持ってくれるね。コンセプトらしいものは、私んなかにないわけじゃないけどさ、言い立てないようにする。私の「方法」はね、私のコンセプトなんてちゃっちいものを、とんでもない勢いで、とんでもない方向へはみ出していく、そーゆう仕掛けなんだから。
一原展の美術館会場に「標本箱」ってのがあるんだけど、これの台が10ばかりあって、けっこう大きいモノなのね。美術館では、これのために誂えたんだけど、終わったあとのしまい場所がないわけだ。みんな困ってるみたいだからさ、文学館の会場に置くことにした。何に使うか考えてたわけじゃないんだけど、私はねー、与えられたモノで考える主義なのさー。
で、立って新聞拡げて見るくらいの高さと大きさだからね。地図置こうかなーって思った。単純だけどね。それで、いろんな地図。こりゃ私の「コンセプト」とも関連するんだけどー、まず観光マップね。それも小樽市の「オフィシャル」からさ、寿司屋とか土産屋とかで作ってるチョー身勝手なヤツとかね。
そういうの観光課だったら、ひとそろい持ってるのかな、って話してたらさ。事務長が、役所ってとこはどこでも地図はつきものだからねー、って話。土木課では除雪マップ、商工課では市場マップ、戸籍住民課では、墓地マップって。
はぁー?ってね。こりゃおもしろいや。で、壁には小樽の全身隈無き生写真、地上には伊藤整の幽鬼の街マップやら多喜二マップ、墓地マップやら市場マップが乱舞するわけね。こんなかで、あれも始まるわけだ、「まじ怖ぇえ展」。
「まじ怖」のコンセプト、一個だけいっとくか。子どもにはね、必要なんだよ。隠れるとこがさ。見えるよ、見せるよ。小樽のね、「街の穴」をねー。

追記ね。さっき佐藤さんのスタッフノート見たらさー。笑うぞー。いや、佐藤さん、真剣だからさ、笑っちゃいられないんだろうけど。必見だな。それにしても、富田さん、佐藤さん、何でこんな凄い人たちが「ほぼ」無職なんだー。とにかく、彼らがついてる限りね。この文学館は「無敵」だな。

7月10日(火)
●三日も更新しないと、頭ンなかが一杯になるな。
何から書こうか。一原展でさ、石を展示してるでしょう、見た人知ってるだろーけど。
いや一原さんがね、見るたびに褒めるわけ。うまい展示してるねー、分類もしっかりしてる、まるでボクがやったみたいだねー。って。
一原さんは私が展示したように思ってたみたいだけど。私ゃ知らないよ、そこやっといてねー、適当にねーっていっただけだから。佐藤さんか、真理ちゃんか、富田さんか、オトヨさんか、事務長か、夏秋さんか、私ゃ知らない。
で、私がいいたいのはね、これが一原さんの凄いとこなんだってこと。イヴ・クラインって一原さんのいちばん好きな画家がいるのね、クライン・ブルーって青一色の作品で有名だ。で、この人がね、自分のいつも使ってるのとおんなじ絵の具大量に作らせてさ、こういったんだって。私の死んだあと、その絵の具で誰でも何にでも色を塗ってよし。それ即ちイヴ・クラインの作品であるって。
ま、そういうわけで、今回もイヴ・クライン作「青い地球儀」(塗った人一原有徳)が出品されているんだけども。
でもねー、私思う。一原さんイヴ・クラインの上いってるって。「計らい」が無いだけ、この人のほうが上さー。
で、あの大量の「石」なんだけど、一原さんが「あれ玉川さんにあげますよ、全部」って。どうやら私は「石が解る人」だと買いかぶられたらしい。誤解のないようにいっておくけどね、一原さんがあの「石」くれるってのは、一原さんが大事にしてる「タピエス」や「靉嘔」をくれるってのと同じぐらいタイヘンなことなんだよ(そこまでじゃないか……)。だって、こないだも、一原さん、館長室で二時間しゃべり続けたくらいだもの。「石」について。正直、ちょっと困ってるんだけどねー。

いろんな人がくるな。山形の大沼デパートってとこで、「新北海道展」というのをやる、っていうか、第一回目「夏編」は、もう終わった。今度は11月に、そして向こう10年続けたいそうだ。
いや、「物産展」併設なんだけどさ。気合い入っていたよ、社長さんの。開催企画書ってのにこう書いてある。

北海道の自然が育んだ多くの産品が、全国的に高く評価されていることはいうまでもありません。
しかし、近年は一年を通じ、又いたるところでそれが手に入る環境となっています。
そのため、単なる北海道の特産品の販売のみでは、お客様の百貨店への期待に応えられず、また催し物としても同質化傾向が現れてきています。
こうした背景を踏まえ、お客様の期待に応えられる北海道展を模索する中で、単なる物品の販売催事ではなく、北海道の文化・歴史とそれを築き上げた人々の関わりを中心に、そのゆかりの地で生み出された特産品を紹介しながら販売に結び付けていく催事として新たに企画するものです。
その中で、山形県との歴史的な結び付きの深い市町村、また北海道の歴史を築き上げた先人ゆかりの地をクローズアップし、その地の特産品を紹介・販売していくことと致します。
そのために、直接現地での商品開発に力を注ぎ、現地行政からの支援をいただくと共に、現地同業他社との協同などあらゆる手を尽くして品揃えの充実を図り、「新」北海道展としての成功を期してまいります。

いいじゃん。あらゆる手を尽くそーよ。もう全面的に協力するぞ。私らのライバルはもちろんよその文学館だけじゃない。デパートも遊園地も学習塾もみんなライバルで、仲間だよ。知恵は貸すし、こっちだって盗んでやるさー。いちばん盗みがいがないのは文学館とか美術館か……って、これは失言。

もちろん美術館だって必死さ。きょう芸術の森美術館(ゲーモリって約すのだけはやめようね。どーも美術関係の人ってコトバに鈍感すぎないか……、ってゆうか鈍感だったら美術関係できないはずだが……)の吉崎さん来てた。いい学芸員さ。おもしろいですねー、って声掛けてくれた。で、星田さんからの又聞きだけど、それはヤッパリたいへんなんだって。財団経営だからね。いまの経営状態だったら、どうゆう風に計算しても、吉崎さんたちの退職金は一銭も出ないんだって。
で、こういったらしい。やりますよ、やんなきゃなんない、つぎつぎに。自分のためだもの。続けるためにね、って。砂澤ビッキ展やるために、吉崎さんたちあっちこっちの会社とか回って頭下げつづけて、300万だか掻き集めたんだって。

全国のさ、公立文学館ならびに美術館の学芸員諸氏。「美術館ほど、外面ばかりを気にする『ヨコナラビ行政』や、内容を考えない『ハコもの行政』に向かない場所はない。換言すれば、独立行政法人化はそうした理念を欠いた行政のツケが本格的に回ってきた第一歩かもしれないのだ」(無断引用ごめんね。でもこりゃ引用をことわるような文章じゃないな。なるほど、これが今の学芸員諸氏の「公式見解」かーって程度のもんだな)。ノドカだねー。そうやって、ノドカにいつまでも嘆いてなさい。吉崎さんや「大沼デパート」や、ウチなんかそんなヒマないんだって。ホントーに。

7月6日(金)
●お約束で日記は連日更新だ。
小坂秀雄がらみがちょっと続く。新聞に出してくれましたね。青山さん、ありがとう。いい記事でした。で、これ関連で、副館長といっしょに社会教育部長と、それから総務課とに続けてまいりました。私は、あんまり市役所(本庁)および教育委員会に足運ばないからね。いい経験ね。
で、お話ししてみると、みんな結構ちゃんと聞いてくださるのね。たいてい「いーじゃない。がんばってね」(こんな調子じゃないけどな)っていってくださる。私はさ、何かいちゃもんつけられるんじゃないかって、まなじりけっしたりすんだけど。
で、つくづく思うんだけどさ。やんなきゃ始まんないよね、役所の組織がダメだからムリさー、なんてね。人、っていうか自分の奉職先(いいかたヘンか……)のせいにすんなよ。やりゃあさ、協力してくれるって。はなから、ダメさー、ってね。ダメにしてるのはアンタ自身なんだよね。
で、偶然なんだけどー、神戸芸術工科大学の先生から小坂秀雄設計のこの建物(旧小樽地方貯金局・現小樽文学館)についてのお問い合わせのメールがきてまして、で、その先生たちがやっている研究っていうか、プロジェクトなんかがホームページで紹介されてたのね。いくつかあんだけど、そんなかでとっても共感しちゃうのがありました。こんなのね。

○建築や都市空間の公共性についての研究 たとえば、僕らがタダで、あるいは怒られずに入っていける空間は都市のなかにどう分布しているか。それを支える仕組とは何か。「使いで」や「使いがい」のある建築や 都市とは何か。つまりは、建築や都市のインターフェース論。

これってさ、まさに「この文学館」がめざしているものだよ。で、先生につぎのようにご返事書きました。

いまの文学館も美術館も博物館も、(空虚な)権威に裏付けられた文化の殿堂などという、まことにみみっちい幻想から抜けきることができないでいるように思います。そんな「空間」に将来はないと思っています。
そして、「開かれた空間」こそ公共性の本質というポリシーを貫いたのが小坂秀雄という建築家であったのだな、ということも今回の勉強で初めて知ったことでした。

って、ねー。

今日は、久しぶりに川田さんも来てくれまして、富田さん、田中さんといっしょに図書整理、昼からは小樽論の写真貼りねー。私はひたすら写真刷りだー。完全にリーダーは富田さんだな。私はすでに考えることも停止してるぞ。
一原さんにも心配されたんだけどね。だいじょぶだいじょぶ、私は自分の能力なんて信じてませんて。私の「能力」はねー、私の「外」にあるのさー。

7月5日(木)
●忙しい。忙しいと思う……。やること、すんげーいっぱい。物理的に無理だねー、ふつう。でも、やっちゃうよ。
それで、しばらく日記短めにする。短めでも毎日更新する。佐藤さんみたいにね。
で、やってることも、書きたいことも、すんげーいっぱいあるわけだから。チョー断片的、分裂的になるぞ。そのほうが、リアルかもねー。
ババーッという。13日に本が出る。一原有徳著ね。小樽文学館編ね。タイトル聞いて驚くなー!『一原有徳物語』だ。一原さん本人さえためらったよ。いや、本人だからか。でも、さすがだね、納得したさ。みんなも、わかるよ。納得すると思うよ。装幀も含めてさ、「まったく一原さんらしくない」ぞ。だから、「一原さんらしい」のさ。いい本だよ。おもしろいよ。13日には文学館においで。できたてが買えるよ。
えっと、その前。6、7、8日、木浦大学校へ図書を送る、第二弾。それの整理作業ね。手伝ってね。Park SoonHwaさんもきてくれるっていってるよ。ステキな人だよ。蛇足だけどねー。小樽短大の(おそらく女子)学生も来てくれるよ。蛇足だけどねー。(蛇足に対して異議アリ、て、ゆわれそうね)。韓国、オーストラリアから帰ったばっかりの亀井秀雄さんも元気いっぱいだと思うよ。バリバリさ。
で、8日は文学散歩。こっちは残念ながら定員ね。文学碑めぐり。で、文学碑にかこつけて、「小樽論」は、もう始まっているわけだ。
7月21日は亀井館長の連続講座、小林多喜二を読みなおす、の第三回目。夏目漱石「二百十日」ね。なんで?……なんて、今さらいいなさんなよ。
で、私は何やってるかってとね。写真刷ってる。えんえんと。A3判だからさ、写真に詳しい人すぐわかると思うけど、およそ半切大。それをねー。1000枚だよー。「小樽」の生写真だよ。全身隈無くだよ。想像できるか。
で、最後に予告。あのね、公開します。7月26日(木曜日)の午前10時から。無料でね。いや……、ご大層なことじゃないけどさ。展示作業。なーんだ、って、イヤイヤこれは絶対にね。ほとんどハレー彗星なみのね(皆既日食くらいにしとくか)、みもの。ほんとだよ。保証する。自分でいうのも何だけどさ。唖然とするぞ。きょうは、ここまで。

7月3日(火)
●先週の土曜日だね。6月30日か。夜、佐藤さんのファッションショー、みにいきましたよ。
うん。よかった。すんげ、寒かったけどね。熱くなっちゃった。
何とか風のスタイル、じゃないでしょ。ほんとーにさ、自分で創り出そうとしてる。伝わるよ。
材料、高いもの使ってないよね。使えないだろうし。安い生地か、古裂だな。薄くてやわらかくて、やさしい。手伝ってたの、もちろんみんな佐藤さんの仲間、知り合いだよね。モデルもそうだ。お客さんだってさ、九割方、そうでしょ。
そういうとき、馴れ合いとかって出るね。ふつう。でもさ、緊張してた。佐藤さん自身の緊張がビシビシ伝わるからさ、みんなも緊張しただろう。モデル、三回くらいつとめたオトヨさんも、見たことないくらい緊張してたよ。大きく息ついたの聞こえるようだった。
佐藤さんだってさ、感動してくれてどうよ、ってことじゃないだろーけど。でもね、佐藤さんの服って、モデルにつらくない。着る人に厳しくないよね。事務長は、風邪でダウンしたみたいだけど、ほかのモデルも似たり寄ったりだよねー、って、失礼か。いや事務長にも失礼か。
でもさ、ふっくらめの女の子も、佐藤さんの服は自然に包んでくれてるだろう。寒けりゃ、そこは風をふさいで、暑けりゃ、風がとおりぬける。佐藤さんの服着てる人にだったら、やあ、って手を振ったり、どうお?って声をかけたり、とっても自然にできそうな。

私ゃ、ファッションとは何ぞ、なんてわかんないけど。でもね、小泉さんがブッシュ大統領と会ったときの、あの青いボタンダウンは、ラルフローレンの、って。問い合わせ殺到って。で、ニュースのキャスターがさ、小さなことのようだけど、アメリカって国じゃ意外に大事なことなんですよねー、って。
あんたら、何の話してんだよ。ファッションについての、なんて言うなよな。小樽でさ、佐藤さんが考えて、やろうとしてんだよ。ファッションについて、ってことを。

小泉さんの青いシャツなんてのとはさ、違うんだよ、次元がさ!