|
9月24日(月)続き
●やっぱ書き出したら停まんねーな。
いや、こないだの一原さんの「北海道功労賞」ね。私が招かれてたわけはねーけど、収入役のお供で行くことになったわけね。それはそれでおもしろかったんだけど、マイカルの話とか……。
で、「功労賞」の式典だけど、何なんだー、エンエンと。2時間近くもさ。収入役も飛んで帰ったよ。1時から議会なんだって。少しでも遅れたらぜったい怒られるんだって。「議会軽視だー」ってね。一原さんに挨拶もできなかったなー、気の毒に。
私は爆睡してました。エンエンと祝辞が続いているあいだ。受賞する人はみんな80〜90歳以上なんだからねー、その間ステージの上でじっとしてるんだからさー、少しは「気配り」しなよー、祝辞。中味なんてどーでもいーんだから。
その私も目を覚ましましたよ。一原さんの「答辞」で。きっとみんな聴いてなかったろーけどね。私は一原さんの「答辞」だけは聴こえた。こんなこと言ってたよ。
「若い人たちが自分の作品をおもしろがる。腑に落ちないけど、きっとあれなんでしょう。ボクの作品が『アッケラカン』だから。何にもない、から。若い人たちが自由にいじれるからじゃないだろうか。
こういう賞いただくのに到底ふさわしいと思えなかったけど、ひょっとしたらこうかも知れない。自分はワタクシのことしかしてこなかった。ワタクシにずっとのめり込んでいた。それに徹してきたことが、あるいはオオヤケにつながることがあったのかも知れない。そう思って、ありがたくいただくことにしました。
さっきも建築家の方(上遠野さん?)と話してたんだけど、美術家にも建築家にも必要ないですね、著作権」。
あっは。さすがだねー。
も一つ。「小樽論・1」ね。完全終了じゃなく。まだ続いてるのね。中途半端に。こうゆうのでね。
小樽論・1.0.5
小樽文学館では、7月28日から9月9日まで、「小樽論・1」と題する企画展を催しました。その内容、趣旨は左に掲示したとおりのものです。
「小樽論・1」は、それ自体で完結する企画ではなく、「小樽」について、もういちど「自分のコトバで」考えてみる、その行為を「挑発する」企画でした。
そして、この企画展におとずれたお客様が「自分で選んだ風景」とそれを選んだ「自分の理由」が、すでに「小樽論・1」から一歩(ほんのわずかではあっても)進んだ「私の、小樽論」であったといえます。
小樽文学館では、「小樽論・1」の、小樽市街を500メートル間隔で、機械的・没感情的に撮影された1000枚の写真から、お客様が選んだ「41の風景」と「それが選ばれた41の理由」を、ミニ企画として、あらためて1か月間展示いたします。
主体は「風景」ではなく、風景をみる「私自身」である。そこに向かって、ほんのわずかではあってもヴァージョン・アップされた「小樽論・1.0.5」です。
※いってん、れーてん、ご。って読んでね。何のこっちゃ、だね。
選ばれなかった写真から、佐藤さんが何枚か選んでハサミでテキトーに切り抜いて、一原さんの石と併せてインスタレーションしてくれましたよ。題して「ボクの小樽論」(ワタシがかってに付けた)。一原さんとの「コラボレーション」だけど、一原さんには無断。
でも、一目でわかると思うよ。あー、そーか、って。何回もいってたんだけどね。写真そのものは「小樽論」でも何でもないんだって。
だいじなMy お宝をご出品の皆様、もう少しお待ちくださいね。My お宝展の方ももうちょい続けさせていただきます。10月7日までね。
やべー、「小樽商大展」のパンフレット明日出稿するんだった……。
9月24日(月)
●ひさしぶりだねー。……後が続かねーな。
習慣だね。習慣病か。いちおう(準)公式ホームページなんだから、なこといってられねーな。やっぱ貿易センタービルか。あのツインタワーが崩れるのを生中継で見せられてからか。加藤典洋氏が「ひとつ(順序を)とばされたような」っていってたね。近いけど……。妙だね。へんな気分だな。何もかも「世紀末」で(世紀初めか……)すませるのはバカみたいだけどな。暗い世相、ってね。悪い予感、ってな。暗い湯船にヒタヒタと、って、やってられねーんだよ。
Majicoも、終わるんだけどね。Majico日記にも書くけどさ。ひとつやるごとに変わるよ。この文学館は。きょうは、私ゃちっとも知らなかったなー。連中が来てたのを。チャットやらせてー、でも、投稿イラスト印刷してー、でもないし、私に声すらかけねーんだもの。昼頃からずーっといたよ、だって。あは、すげーじゃん。
そっかー、パソコンも私も必要ないのかー、そんでも文学館に来るんだ。で、半日くらい遊んでんだー。何やってんだか知んねーけどな。
教えられるのは私らだ。置いてかれるのは私らオトナだ。タッヒーが、コピーして会場に置いといてくれ、ってプリント。別に持ってる必要はないんだと。一回読めばいいんだとさ。こーゆーヤツだよ。
○密厳院発露懺悔の文
我等懺悔す 無始よりこのかた
妄想に纏われて衆罪を造る
身口意業常に顛倒して
誤って無量不善の業を犯す
って写してたら、ミナミが足を挫いてルームの前に蹲ってるって。で、お母さんがタクシーで迎えに来て、肩貸してようやっと車に乗ってた。涙ぐんでんの。ミナミ。
トレーラーハウスの設計図描いてたよな、ミナミ。車の雑誌買ってきてさ。いくらするのか知ってんのかよー、ってコウジがね。車の免許なんか持てねーだろー、ってね。
ミナミ、黙って首振ってたよね。いつか一人で、か。いーじゃねーか、ミナミ。がんばんなよー。でも、きょうはお母さん迎えに来てくれてよかったね、ミナミ。
ちょっと飛ばして、続きだ。懺悔の文。
卑賤の人を見ては驕慢を生じ
富饒の所を聞いては希望を起こす
貧乏の類を聞いては常に厭離す
故らに殺し誤って殺す有情の命
顕わに取り密かに取る他人の財
触れても触れずしても非梵行を犯す
口四意三互に相続し
仏を観念する時は変縁を発こし
経を読誦する時は文句を錯まる
若し善根を作せば有相に住し
還って輪廻生死の因と成る
行住坐臥知ると知らざると
犯す所是の如くの無量の罪
今三宝に対して皆発露したてまつる
慈悲哀愍して消除せしめたまえ
……
なんだ、タッヒー。すげー文章だったんだなー、これ。いいことしても悪いことしても、仏さん拝んでも、立っても座っても、犯す所是の如くの無量の罪、かー。
……「限りなき正義の闘い」か。あーあ、だなー……。
こりゃMajicoか、「よもやま」か……。何だか分かんなくなったなー。
で、来いよー。29日にはさ。卒業式だよ。「仰げば尊し」だ。そんでもって
to be continued、だなー。何やるのか、当日話すよ。来いよー。
9月10日(月)
●きょうここに転載させていただくのは(まだ許可もらってませんが)梁井朗さんがご自分のホームページ「ほっかいどうあーとだいありー」に書かれたもの。では、ありますが、梁井さんがその気になられたのは、まちがいなく「小樽論・1」なんてのをウチでやってたからだろうと思うんで、いいかと。勝手に解釈ね。これが、とりあえず最後になるかな。「小樽論」の。
あとでメールとかお手紙くださっても、もちろんオーケーよ。うん、いちおう冊子にしようと思ってる。リソグラフ印刷ね。お代は……、200円かなー。CD-ROM版も作ろうかってね。1000枚の写真全部入り。BGMとかスライドショーのフリーのソフトとかもね。こっちは300円……くらいかな。データベースとして整理しようかな、実用ソフトとしても売れるかなー、なんて欲がふくらむんだけど、そりゃ展覧会の趣旨とちゃうちゃう、って富田さんからのイサメもありまして。とりあえずは環境ビデオ的な、ね。ぼんやりと静かーな気分で眺められればそれでいいかと。
じゃ、梁井さんの「私的・小樽論」
■わたしの「小樽論」
(感傷的なテキスト)
花園十字街近くの国道沿いにある、通路までびっしり本に埋まった古書店を出ると、激しい雨が降っていた。
小樽市立文学館に「小樽論」と題された展覧会を見に行くのだ。
「小樽論」が始まるとき、学芸員の方から「あなたにとって小樽とは」という風景を挙げてほしい―と質問を受けていた。
なんといって答えていいか分からず、悪いとは思ったけど、そのままにしておいた。
1980年代前半のことだったと思う。
何を思ったのか、南小樽駅からひたすら小樽の街を歩いてみたことがある。
わたしの住む札幌は、今でこそ新札幌や琴似などの副都心が発達しているけれど、長いこと「繁華街中央集権」の街だった。駅前通や南1条通には大きなデパートが並んでいるが、ちょっと離れるとぜんぜんにぎわっていないのだ。
人口規模からみると、小樽の商業集積は、わたしにとっては驚異的に感じられた。
どの道を歩いたのか、正確には覚えていないのだが、花園の商店街を過ぎ、ブックス左文字、都通り…と、ずんずん歩いてもまだ商店や飲食店が途切れない。市場を超えても、まだ飲食店がぽつぽつ続いている。
大きな道路を渡った記憶がないから、まだ臨港線は整備されていない時代だったのだろう。しかし、道は石山町の山に突き当たってしまった。
わたしは地図を持っていなかった。小樽駅からかなり離れてしまっていることだけが、分かっていた。すこし運河沿いに歩く先を変えれば手宮のバスターミナルへ通じる道路に出て、さらに手宮、豊川町と商店は続くのだが、もちろんそんなことは分からなかった。
そろそろ戻らなくては。でも、色内か石山町の、低い軒の料理屋から、哀愁を帯びた三弦の音が漏れてきたことを憶えている。
いまにして思えば、三弦のくだりは、どうも何かの記憶違い(たとえば川嶋康雄さんの本を読んで頭のなかに浮かべたイメージが後から混入した、とか)のような気がするのだが、確かめるすべがない。
ただ、「運河戦争前夜」の、観光化が始まる直前の小樽には、歴史の流れから取り残されたような三味線の音がふさわしいようにも思えるのだ。
答えを返さなかったのは、じぶんにとっての小樽の風景が、現実のものか夢のようなものか、はっきりしなかったためである。
もちろん、それ以外にも懐かしい風景はある。
もっとちゃんと思い出せばよかったのだ。
水天宮のあたりは、観光客相手の店が並ぶ色内通の坂の上にあって、閑静な一帯である(高層住宅が目につきだしたのが残念だが)。
夜、外人坂を下ると、木造家屋が階段の両側に並び、実に郷愁を誘う。ふと見上げると、夜の闇にぽつんと、孤灯が点っている。
このへんの家を借りて住みたいナー、と本気で思ったくらいだった。
もうひとつは、函館線の車窓風景である。
小樽から乗った汽車(電車ではない!)が、次の塩谷駅を出ると車窓に日本海がぱあ―っと広がる。その入江の形が、ほんとうに美しいのだ。
伊藤整がjumping upして遊んだ斜面はここだったのかなあ―と感慨にひたる。
わたしは、傘をさして、人影もまばらな色内の飲食店街を歩いていった。
小樽はわたしの母の生まれ故郷である。幼い頃から何度も行っているし、昔の運河附近などもかすかに覚えている。藪半が駅前にあった時代も知っている。だからそこらの札幌人よりはよほど小樽のことを知っているつもりだったが、この色内の飲食店街には、いささかショックを受けた。小樽に、これほどの飲み屋街があるとはまったく知らなかったのだ。
しかも、バーやスナックや料理屋は、ほとんどが2,3階だて。ススキノや三・六街(旭川)や山下町界隈(北見)の飲食店の大半がビルに入っているのとは様相が異なる。
釧路も背の低い飲み屋の建物が多いが、道路がもっと広くて全体的に間延びした感じだ(室蘭、函館はまだよく知りません)。もちろん苫小牧や留萌、網走はこれほどの規模ではない。
小樽の奥は深い。あらためて思った。
以上は長すぎる前置きであるが、「小樽論」については、客観的な語りよりも、見る人それぞれの「小樽」像があらためて明らかになることがむしろ必要とされているようだから、これ以上あんまり詳述しても仕方ないような気もする。
1000枚並べた写真は、機械的に数百メートルおきに撮影箇所を選んで、情感を排して撮ったものである。だから、住宅地の写真が多い。観光客が無意識のうちに視野からはずしているであろう量販店やパチンコ屋などもちゃんと収まっている。それにしても、人が「小樽」と聞いて思い出す風景を、わざわざ意図して排除したかのようにすら感じる無機質さだ。
もちろん、手宮3−2−6のように、昔懐かしい木造家屋が写っている写真がないわけではないし、長橋を対象にした写真は雪解けのころのものが多くて、春を待つころの気持ちを思い出させる。しかし、観覧車が写っているにもかかわらず、撮影地を「マイカル小樽」とせず「小樽港木皮焼却炉」としているあたり、「観光的小樽」を排するあまり逆のバイアスがかかっているのではないかとさえ思ってしまうのだ。もちろん考えすぎなんだろうけど。
だって、たとえば池田製菓や旧手宮線跡から、入船十字街のバス停を降りたら目の前にある細い土の道にいたるまで、小樽の街は懐かしい風景に満ち満ちているじゃないか、とわたしは思う。じっさい、「幽鬼の街」マップに附された現代の小樽の写真は懐かしいじゃないか。若竹町やオタモイに並んでいる家々の青や赤のトタン屋根だって札幌には少なくなってしまっているじゃないか。これは感傷だろうか。感傷はいけないだろうか。現実の小樽ではないから、そしてその感傷が小樽に住む少なからぬ人々をいらだたせるからだろうか。滅び去った古きよき札幌のイメージを押し付けられては迷惑だからか。
ひとは、かならずいつも現実から出発できるとは限らない。時には逃げ込む場が必要だし、記憶を偽造だってするだろう。それを生きる力にして、現実の中を泳ぎきっていくだろう。まだ小樽がある。そのことはわたしの心を勇気付ける。それもだめなことだろうか。
会場には、来場者へのアンケートが張り出されていて、各人がめいめいの「小樽論」を展開していた。
意外だったのは、小林多喜二への言及が多かったのに比べ、伊藤整などほかの文学者の名前があまり見当たらなかったことだった。
バスに乗って札幌に戻ると、やたらと高層住宅が目に入る。中野重治言うところの「空面積」が狭いのだ。わたしは、ふるさとだから札幌が好きだけれど、やはり小樽から帰ってくるとその平板な膨張ぶりに正直やりきれない気分になるのである。
梁井朗・札幌市
☆梁井さん、どうもありがとう。来年の「喫茶店」展。これこそ1000人が、1000人の思い出を蘇らせる、1000人の物語を紡ぎ出す、そんな「センチメンタル・カフェ」。これまでにやってきたことの、ある意味集大成よ。ぜひ、いらしてくださいね。いただくのは入館料じゃなく、コーヒーのお代と、お客様の「物語」。
えー、「小樽論・1」撮影者の感想および「撮影の実際」が入りました。必読ね。これだけは言うまい、と思っていたんですが、最後だから言っちゃう。富田さんと私同意見、つうか「小樽論・1」の意図がそもそもそうだったんだけど、「人と犬がいない小樽は小樽といえない」ってのは「通俗」です。耳に聞こえ、は、いーんだけどねえ。「通俗」を責めてるんじゃないのよ。でも「通俗」は「通俗」。「通俗」で自分の街を縛っちゃうのは、どーかなー。
キツかったかな、ってのも撮影者たる富田さんがいってるとおりだねー。「オリンパス・ペン」展の応用編のつもりだったんだけどね。
私がHSさん(実はSHさんでした。なんとなく、そーじゃないかなーって思ってたんだけど)のご感想、おもしろいなーと思ったのは、どっかで「ある瞬間」が生じたわけだね。それまでぼんやりと「見えていたもの」が、「ある瞬間」に、見ている私の胸の奥のどこかのカギをカチリとはずした。ここを境にして、展覧会の主体は「見えているもの」ではなく、「見ている私」になったんだね。ちょっとしたコツがあるんだよ、ってのも富田さんうまく説明してるねー。
上に転載させていただいた梁井さんの文章もそうだと思うの。そのきっかけが「小樽論・1」を見たこと、でなく「小樽」を考えながら、見にきたこと、であってもいっこう構わないじゃないか、ってさえ思ってるの。あーまたへんな企画?思いついちゃった。ポスターとかチラシとか宣伝とか、おまけに見てきた人のウワサ、まであるのに、「実際にはやってない展覧会」とかね。会場にたどりつくまでに、訪れたかたのココロに設営された展覧会……。あは。モーソーですよ。
よかった、よかった、って、自己満足の私。ああ聞こえるよ。沼田元氣さんの声が……。「自己満足、でいいんですか。玉川さんの仕事はそういう程度、なんですか」。
そうだねー。私は幸せだ。でも私の仕事(学芸員)は、当人が幸せ、じゃしょーもない。いわゆる「税金ドロボー」だね。だから私は歩きますよ。「幸せのカタチ」をマッチ箱に入れてね。かつてアーチスト沼田元氣こと「盆栽小僧松ちゃん」がリヤカー引きながら東海道53次を歩いて、宿場宿場で53個の盆栽をプレゼントしたとゆう「故事」、にちなんでねー。
9月9日(日)その2
●えっと、きょうのふたつめだけどね。やっぱりしめとかなきゃーいかんでしょう。「小樽論・1」。チケットとおっきい用紙(気がついた人は少なくはないだろーけど、あれは意味あるんだよね。ま、「使用前」「使用後」って程度の、だけどさ)書かれてる内容は、そんなに大差なかったからね、コミでさっきカウンタで数えてみたら、334枚か。けっこーなもんじゃないかー。で、しめるよ。カンタンにね。1/334。この1枚。もちろん、いいとかダメとかじゃ全然ないよ。「一人一人」がコンセプトだったんだからね。でも、1枚ったら、これかな。ってんで「小樽論・1」いちおう「了」です。みなさん、ご苦労さまでした。
質問。希望する写真。
答え。88左下。
質問。その写真を見て、思うこと、思い出したこと。
答え。子供の頃、雪のある坂道に興奮したことを思い出した。
質問。この展覧会のご感想を。そして、あなたの「小樽論」を。どのようなことでも。
答え。最初は無機質だなと思った。どの写真もとりつく島がない。しかし上にあげた写真を見て子供の頃の血がさわぎだした。すると突然、写真の中の何パーセントかが、急に実感を持ちだした。……後、うまく書けぬ。
HS
9月9日(日)
●これはMajicoのほうだけど。昨夜の「百物語」はすごかったなー。
で、来てくれてた富田さん、心配してメールくれてました。ケータイメールだから、短いけどね。
■地下はやっぱきついっすね。山口展での惨劇が思い出されます。倒れる人がまた出なければいいのですが。
「山口展の惨劇」(去年の「山口昌男氏の(仮設)書物の神話学」展の準備を始めたころの話ね)な。ホントーにねー。まー、展覧会だけみてるヒトは何のコトかしら、だろーなー。カンタンにいっとくけどゲタ箱だ、ゲタ箱。いまも文学館に古びてるけどガンジョーそうな本箱あるでしょ、いくつか。あれはね、あれの素性はなー、Majicoの会場にあったモンスターゲタ箱だったんだよ。延々20メートルはあったかしら。それの解体から始まったのさ。「山口展の惨劇」はね。バッタバッタ倒れたよ。いや、冗談になんないんだよな。これで一人ヘーキな顔で生き残った(?)のが富田さんなんだ。でも、いま富田さんまた来てくれてるんだけどね。初めて聞いたぞ。去年のあの作業のときはね、ひとくぎりつくたんびに手と顔洗ってたんだって。ホコリとかカビとかと別にさ。やっぱりイヤーな感じあったんだって。富田さんなりのお清めのつもりだったんだと。えー、じゃやっぱりあれか。いっちばん鈍感なの、このワタシかー。
昨夜は4人程倒れたが、文学館のだいじーなスタッフ石垣美雪さんが心配だよ。子どもは回復早いけどねー。ミノちゃんなんか、もう文学館ロビーのパソコンで同人のホムペみてるぞー。そういやハシカはオトナのほうが重くなるってゆうからな。ミユキちゃん、いつもイジメてごめんね(イジメられてるのはワタシか……)。お大事にねー。
って、書いてたところで美雪さん出てきたよ。ダイジョウブなの、休んでなくていいのー。「ええ……、もう出し切ったから」。そう。富田さんも家に帰ってからお風呂に入って「お清め」したんだって。「いえ……、私はトウキビ食べすぎて」。え?「家に帰ってから寝る前なのに丸一本食べちゃって」。はあ?「でも、もうダイジョウブです。3回にわけて出し切りましたから」。……。「3回目でスッキリ」。ゆうなー、もう。損したぞー、心配して(怒)。
9月6日(木)
●きょうはお便りご紹介だ。
まず、先般、私が梁井さんの掲示板に書き込んだ軽率な傲慢に、厳しい批判をくださったPASSAGEの浅野久男さん。その後、「小樽論・1」見にきてくださって、私に声を掛けてくださったことをここに書きましたが、きょういただいたのは展覧会のご感想。
■先日はこちらこそ大変失礼しました
餓鬼連れのうえ、子供が騒いで失礼しました
騒ぎすぎたついでに熱を出し、妻が里帰りしている実家に強制送還されましたのでクレイマー・クレイマー生活も暫しの休養です
さて小樽論・1を見てある事を思い出しました
ある時札幌市の土木部の仕事で市内の歩道の舗装状況の撮影を依頼されました
工事の始点から終点方向に向かって撮った写真と終点から始点方向へ向け撮った写真の2点セットで、市内各地を撮影するという仕事でした
市内各地を撮影して回り、納品した後の評価は「これでは風景写真なので駄目だ」というものでした
どんな感じの場所か判る様に撮ろうと思っていた意識がどうも出てしまったんでしょうね
しかしあの時お役人のいった「風景写真」という言葉について、考えさせられます
風景の記号化と言うことが第1印象でした
小樽の地理には疎い私には写真にふられたNOが地名を表す番地のように思えました
PASSAGEの山口卓哉の写真には通じるものがあるような気がします
浅野はわりと子供の視点というのを通してみると先入観なく見れることがあると思うのです
が、うちの子はどうもあの無言の圧倒的な写真群におびえてしまったようです
小林多喜二がやはりショックだったみたいです、確かにそうです
それに、まじ怖えぇ展はもう階段下りた途端にもう駄目だったみたいで「ここは行けない」と宣言され見に行けませんでした、残念。まじ怖かったらしいです
先日お話したように小樽論の「街」の部分を「風景」に変えて見ました
私たちが抱いている「風景」のイメージは、しばしば、「他」から与えられた、あるいは押しつけられたものである。そのイメージは、ときには政治、経済上の思惑によって作り上げられたものであった。幾人もの芸術家(詩人、小説家、画家)らが描いてきた「風景」のイメージも、少なからずそれを補強する役割を担ってきた。街の住人が、あるいは旅人がそのイメージの束縛から自らを解き放つのは決して容易ではないのである。しかしそれができぬかぎり、「風景論」は、どこまでも狭く貧しく、不毛であろう。
そうして見るとなんとなく次にやるべきことが見えてきたような気がします
とりとめのないメールをさし上げて失礼しました
浅野久男・札幌市
☆先日ここに掲載しちゃったアンケートの方の「ご感想」と比べるべくもないけど。
褒めてもらいたいんじゃないんだ、ちゃんと見てほしいんだよね、浅野さんみたいに。それがいちばん嬉しい。
つぎはおなじみ、つうか来年はこの人に重責を負わせちゃうぞー、の片桐さん。
■前略 玉川様
先ほどは失礼しました。
喫茶店の話に力が入り過ぎてまじこええ展の感想を忘れていました。
ただだったとは知りませんでした。
地下の空間は、恐いというかどちらかというとエロチックな空間なので、あまり学生にはお勧めできないのですが(笑)。
入ってすぐのところに透明ビニールを使っていたのは、展示の主旨から言って効果的だったと思います。
見えるべき光景を少しだけ異化して客に怪しさを予感させる効果があります。
もうすこし「まじ」な恐さをあからさまに伝えてもいいような気がします。
怪談や映像の紹介とかでもいいですし、警備員さんはその手の体験はしていないのですかね。
大人には見えてない云々とありましたが、そう言うこと考えること自体、子供が忌避している大人になって感性が擦れている証拠だともいえます。
私は実は大人にも子供にも見ることができないものを見ることができる(笑)、ルソーもびっくりの大人子供を超越した人間なので(ダカラナニ)、学生さん達のみた「まじ」なものをそのまま見せていないことも見えてしまいます。
展示を見るに、「確かに見たんだろう。それは信じるよ」でもその恐れや驚きといった衝撃を実感という点でまだ伝えきれていないということです。
有志を募り、あの場所で百物語をやってみたら面白いのではないでしょうか?音楽室にピアノもあることですし。
話は変わりますが現在、高島-祝津の地域オコシ的なサークル活動に関わっているのですが、赤岩の断崖の景観がすばらしい割には知られていないというので、
「火曜サスペンス劇場」の舞台にして、祝津のホテルで不倫した女性が断崖から突き落とされるといいのではないかと考えています。
その他文学館通いで培った知識をもとに、赤岩の断崖景観を詠う小説を書こうかと思っています。
設計の前に書くイメージスケッチの代わりに言語表現するという設計法を編み出したら画期的だと最近考えています。
片桐保昭・小樽市
☆またまた耳に痛いなー。いや正直に申しあげますと、「私には」見えないんですね。でも「スタッフ」の話では、いやー、ウチのカーさん見えるしー、バーさんなんかもっと見えるよー。いや、そりゃタッヒーのカーさん、バーさんは、ちょっと特別……、ったら、あのね、ウチの学校の先生はしょっちゅう見てるの。ウッソー……。教頭先生なんだけどね。えーッ……。
そうかー、感性摩滅してたのはオトナ全般じゃーなく、私だったのかー。
で、片桐さんご提案の「百物語」まじ、受け取っちゃいました。9月8日(土)午後5時30分より。会場は「会場」前ね。マジですかー。
つぎはメールじゃなく、お手紙です。こないだここに書いちゃった前職サラ金勤めの青年こと、ヨシモトシンイチさんだ。
■前略。先日、新宿でのヌマゲン氏との会合にお邪魔いたしました「喫茶魂」Tシャツのヨシモトと申します。あの時にヌマゲン氏のお話に出てました「嶽本野ばら」さんの『光』にかんする部分のコピーをお送りいたします。何かのご参考にしていただければ幸いです。
さて、玉川さんのHP日記、拝読いたしました。スゴいですね。前回拝見した時のもの静かな印象とは別の玉川さんとお会いできたような氣がします。秘めたるパワー、とでも言うのでしょうか?ヌマゲン氏が玉川さんのことをお気に入りなのがわかるような。玉川さんもヌマゲン氏も「茶人」ですよね。ただ玉川さんの方が「イイ人」なので、社会生活を送る上でのバランス感覚をお持ちのような感じですが。
ではまたヌマゲン氏との「喫茶店展」ではよろしくお願いいたします。草々。
ヨシモトシンイチ・小金井市
☆ヨシモトさんは、沼田元氣さんが「私の生徒のなかでいちばん優秀なヒト」とあっさり紹介してくださった方。うーん、私だって分かってますよ。私に限界あるってのはねー。まー「イイ人」の限界かー。で、それをちょいと押してくれるね、何人かの「天才」とね、私は出逢ったわけだ。シアワセなことにねー。行くぜー、沼田さん、ヨシモトさん。来年はやりまっせー。
9月4日(火)
●ウチの美術館で来年マンガやるってゆうからさ、内心たかくくってたのね。「親と子の……」なんてんじゃ、とーてーダメさ、それにマンガはセンスの有無どーしよーもないからなー、なんてゴーマンかましてたら、星田さん本気なんだよね、こりゃ本気でやる気だ、ちょっとビビるぞ。
いや、美術館での、ったら、ちょっと前まで「手塚治虫」ね、せいいっぱい羽目外したつもりで「赤塚不二夫」か。あと「鳥山明」か。
で、最近は「村上隆・奈良美智」か。なんか気の毒になるのね。村上隆なんてチョーあたまイイからさ。公立美術館および学芸員諸氏、右往左往に振り回されてる感じ。諸氏の「浮かぬ顔」目に見えるようでさ。
で、聞いたんだ。村上隆、どうすんの、って。そしたらね、迷ってるけど依頼するとしても1点だけ、って思ってる、って。何出してもらいたいのよ、って聞いたら、いや、ちょっとビックリだ。へー、そーかー、こりゃやる気なんだなーって。
だってね、あれだよ。KoKoちゃん。そうだよねー、村上隆で1点(村上サンがショーチするかどーかは別だけどね)ったら、これだろう。あらゆる意味でね。いや、私ならもちろんアレだけどさ。「My
Lonesome Cowboy」。私、それまで村上ってまーったく知らなかったけど。これの写真みた瞬間、思わず手を叩いたさー、「やったー、カーックいいー」って。
いやね、1点、出してもらえるかどうかわからないけどね、1点、ってゆうのは美術館の見識問われるさね。そんで村上の過激も浮き立つよね。
いやいくらなんでもMy Lonesome Cowboy は無理だろーけどさ。でも、KoKoちゃん、十二分に過激だ。むしろKo2のほうが、村上のチョーハツ剥き出しだよね。へー、これを選んだかー、星田さんやるきだなー、って、負けてられんぞ(嬉しいんだけどね)。
「村上・奈良にはこだわらないかな、っても思ってるんですけどね」ほー、いよいよ本気なんだ。「マンガ喫茶にも行ってきたんだけど、探してるのがなかったの」ほー。「1500冊もあるのに……」え?最低でも2、30000冊でしょ。でも、こりゃ、すぐに初心者の域突破するなー。ヤッバーいなー。
「東京くり返し行かなきゃどうしようもないですね、旅費ないけど……」わー、その言葉待ってたよー。そーだよ。やりたいこと、やろーぜー。旅費なんてカンケーない(ことないけどね)さー。
いやー、負けてられんぞ。負けん気剥き出しだなー。
9月3日(月)
●「小樽論」もずいぶん集まったねー。前にも書いたけど、あからさまな反発もあるな。とーぜんねー。それも小樽論、なんだけどー。ちょいとひっかかったのがあった。あらかじめ断って置くけど、この人、私がときどきあげつらう「匿名の批判者」じゃあないのよ。はっきり本名と連絡先、そして「肩書き」も書き残してくださっている。で、その「小樽論」?はつぎのとおり。
文学館で写真を見た。作者の写真やら何やらは多いのだが、街角の写真をたくさん見た。見たのは良いのだけれど、さびしくなった。デジタルカメラで写して、PRINT
OUTしただけの街に、人間の生が感じられなかった。作者の生も感じなかった。主張のない写真はただうつろな風景いや「見える物」の集まりなだけだ。都会のラッシュアワーの人の波と一緒だ!
いや、さすがにね、これは「小樽論」じゃないな。んー。コメント付けるまでもないよね。私がこれにどんな感想をもってるか、この日記読んでくださってる人、「小樽論・1」の趣旨を理解してくださってる人はもう見当つくでしょ。趣旨を理解した上での反発、はいいのよ。それは立派な「小樽論」だ。でもね、この方、まず間違いなく「展覧会の趣旨」読んでもないな。
さっき「肩書き」残してくださった、って書いたけどね。うーん、ここから少しコトバ選ばなきゃーなー。その「肩書き」はね、こういうの。「青空文庫工作員・文学館取材班」。
いやさー、「青空文庫」はねー、実際お世話になってる。亀井館長の講座のテキストなんて、「二百十日」とか「野分」とか、「青空文庫」なかりせば、もう泣きそうじゃないですかー。「小林多喜二全集」だって、もうバッチリね。安心ねー。
で、その「工作員」。ほんとーにアタマ下がるぞ。有名だよね。「青空文庫工作員」まさに無償滅私の文学行為だ。あーッー、コトバ選べよー。
いや、みなさんがそうだ、なんて絶対思ってないよ。ただ、上記の「小樽論」?(つうか「文学館批判」のおつもりなんだろーね。きっとまもなくアップされるんだろう「小樽文学館」取材記にどーゆーふうに書かれるか、もう見え見えね。どーでもいいんだけどね)見るとさ、いや、もうコトバ選ばず言っちゃうよ。何かさー、「デジタル」に生理的な反発、つうより「怯え」感じちゃうのね、この方の。趣旨をまったくご理解なさってないことは差し引いてもね。でさらに、うーん、みなさんがそうだ、っては言わないよ。この方に限ったらさ。「青空文庫工作員」って。いや、ひょっとしたらよ。「文学」の生き残りを、「文学」を食いつぶし廃墟にせんとしている不倶戴天の敵、そのフトコロに飛びこんで、なんつう悲壮なお気持ちで、って。
あー、ごめんなさいねー。ずーっと、聡明な方、「工作員」には一杯いらっしゃると思う。おそらく「青空」を始めた方はきっとそうだと思う。でもなかにはいらっしゃるんじゃないかしら。心持ちを空にして、原本睨んでひたすらキーを叩き続ける、それこそ作家の魂を、いやでも世界を覆いつくす砂漠のようなデジタルワールドに辛うじてつなぎとめる「無償滅私の文学行為」だ、って方。
いや、また、沼田元氣さんにちょっとキツくいわれたこと思い出してね。
「そりゃけっこういますよ。若い人でね、ボランティアでもぜひやらしてほしい、アートにかかわりたいって子。でもね、ほとんど役に立ちません」「ボランティアって無償の行為じゃないのね、玉川さんよく分かってると思うけど」はい。「金銭はいらない、っていっても、必ず要求しているものがあるのね、しばしばそっちのほうがよほど厄介なのね」はい。「たいていね、アートなんかにぜーんぜん関心ないオバさんに、内職みたいなもんだけど、って頼んだほうがいいのよ。ずーっといいお仕事をね、気持ちよくしてくれるの」うーん。
いやー、反発食いそうだなー。
9月2日(日)
●9月ですねー。「小樽論・1」も佳境、つうかあと1週間で終わりかー。
きょうは、ちょっと長くなりますよ。
まず、とっても反省したこと。私がときどき拝見してる梁井朗さんの「ほっかいどうあーとだいありー」、その掲示板に書き込んでしまったこと。これに対して、写真展PASSAGEの浅野久男さんからつぎのようなメールをいただきました。
■梁井さんのHPの掲示板の書きこみを拝見しました
小樽文学館のHPも拝見し企画展小樽論1に大変興味を持ち後日お伺いしたく思いましたがPASSAGE展を企画した立場で一言述べさせていただければ「非常に美しい」風景写真とtamagawaさんもある種の蔑視をこめた記入をされていますが、もしかしたら実は風景がマンネリ化しているのではなく、「風景」という言葉に、見る人自身が実は画一的な風景という言葉のイメージの虜になっているのかもしれないなと思います
「思い入れ」は、見る人にすべて委ねる、失礼ながら私もそう思っているのですが風景写真展は大した事無かったんだろうといった「思い入れ」は残念に思いますし、ご自分の企画の紹介とはいえ、恐らくご覧頂けていない中での侮蔑的な引用は大変残念です
写真展PASSAGE 浅野久男・札幌市
これはね、私一言もなかった。浅野さんのおっしゃるとおりなんです。浅野さんにはつぎのようにメールを送り、掲示板にも、「おわびと反省」書き込ませてもらいました。
☆たしかに、みてもいないのに「侮蔑的な引用」は、もってのほか、でした。SHさんの感想は、SHさんの感想であり、写真展そのものではありません。おっしゃるように、「SHさんの感想」を、みてもいない写真展、とまことに安易にいっしょにしていたと思います。「SHさんの感想」を、「あらら、これをひっくり返せばそのままうちの展覧会の『コンセプト』だな」などと「引用」してしまったのは、浅野さんたちに対してはもちろんのこと、SHさんに対しても、掲示板を主催されている梁井さんに対しても礼を失することでした。
今回の写真展は終了されてしまったので、失礼のとりかえしがつきませんが、このつぎ浅野さん、もしくは他のメンバーの写真展を拝見する機会があれば、ぜひ伺い、こんどこそまともな感想を梁井さんの掲示板なり、自分のHPなりに書いてみたいと思います。
掲示板での梁井さんのフォローは、梁井さんの優しさ、気遣いなんですが、実際にはほんとうに「無意識の侮蔑」だったのであり、「みてもいないもの」に対してのそれを全ての人にオープンにされている場に、前の発言者の「引用」のかたちで書き込んでしまったのは、ます写真展PASSAGEの人たち、そしてSHさん、梁井さん、さらに掲示板をみている人たちすべてに対して一言の申し開きもできない「浮薄な傲慢」そのものだったと思ってます。
ちょっと気に病んでいたのですが、きょう浅野さん本人がお子さん連れで「小樽論・1」を見に来てくださった。それで、声を掛けてくれて、「やっぱり、ぼくらが考えてる『風景』論と共通する問題意識ですよねー」とおっしゃってくれました。いやー嬉しかったなー。
PASSEGE-経過する風景II-は、11月22日〜27日まで、函館市元町ぎゃらりー807でも開催されるそうです。
えっとー、沼田元氣さんですね。昨日訪ねてきてくれました。サハリンからおとついくらいに戻られたのかな。サハリンでの話はとってもおもしろくてね。朝鮮人の70歳半ばくらいの人が通訳についてくれたんだけど、この人が何だかすごくって、コトバが堪能なのは、それは逐語的に通訳すんじゃなくて、ほんとうに意を伝えるってことが(表現をすっかり変えてでも)できる。
もうきのう聞いただけで数限りないくらいのおもしろいエピソードの山アラシなんだけど、そのジイさんが、もっとも尊敬するのが「ピョートル大帝」だってゆうのね。皆さん、知ってますか、「ピョートル大帝」。身長2メートルくらいあったんだって。その靴が博物館に展示されてるけど巨大さに感動、だって。
それでね、何でジイさんが尊敬してるかってゆうと、ピョートル大帝って、何でも自分でできちゃった人なんだってね。それはほんとうに大工仕事でも洋服仕立てでもアートでも何でもかんでも大帝にかなう人はいなかったんだって。
ところが、たった一人ピョートル大帝もどーしてもかなわない腕の職人がいたんだって。靴職人だったかなー。それで、もうコイツにはどーしてもかなわない、もう降参だ、なんでもお前の望むものをつかわそう、ってね。
職人はいいました。では陛下、わたくしがどこの居酒屋にいってもただで酒を飲ましてもらえる、陛下直々の許可証をいただけませんか、と。そんで、「このものにはただで好きなだけ酒を飲ませよ。ピョートル大帝(直筆サイン)」つうような証明書やったわけだね。
で、数日経ちまして職人がまたやってきました。「陛下、証明書をなくしてしまいました。それで、こんどは絶対なくさないように、わたしの首筋に焼き印おしてもらえませんか」。なーるほど、てんで「このものに(中略)飲ませよ。ピョートル大帝(御璽?)」って焼き印おしてやったそうです。以来、ロシア人は今にいたるまで、よー、酒飲みに行かねーか、って誘うとき、自分の首筋をちょんちょん、って突っついてみせるそうな。「玉川さん、知らなかったんですか」って、沼田さん、そのジイさんの話ホントーなのか、沼田さんも少し作ってないかー。
もうひとつ。そのジイさんの友だちで北海道在住のアイヌの造園業者がいるそうな。で、サハリンの石は日本に持っていけば高級庭石として高く売れるんだってねー。2000円ぐらいで仕入れて、数10万円で売れるそうよ。それでサハリンには「日露国境」を示す石、つまりそうゆうことを刻んでいる石がそのあたりに数10メートル置きに今でも並んでるんですと。それがほしいなって、持っていこうとしたら、さすがにロシア人にしこたま怒られたそうな。ザンネンだったねー、絶対高く売れるんだけどなー、ってゆう話。
この朝鮮人の通訳のジイさんと造園業者との会話。「不景気だからねー、資金繰りたいへんじゃないのー」「そーでもないさ。融資受けてるもん」「厳しいんじゃないのー」「私ゃ、アイヌだからねー。融資断りにくいんだろーぜ」って。
いや、こんなこと書いたら怒られちゃうのかな。でもね。私、心から、いいなー、ユカイだなー、たくましいなーって感心したのね。
ここで突然、今日いただいたメールのご紹介。
■玉川さま、始めまして。私は現在、横浜市で知的障害者の公務員をしている小久保という者です。
自分の作っているホームページの資料漁りのため、中城ふみ子の検索をしていたら小樽文学館に突き当たりました。
私は故あって根本敬さんと知り合いでして、昨年の根本さんの企画の際の文章(昭和歌謡全集北海道編アンケートバトル)、とっても興味深く拝見いたしました。うんうんと頷き、公立の施設でここまでやれる羨ましさ!!に軽い嫉妬心を覚えました。
ただひとつ、これは私自身が常なる疑問としているところなのですが、件の小林多喜二好きの青年に代表されるような『世間の常識・良識』とやらに、現代の日本に生きる私たち自身が、どこか守られて生きてしまっていることを忘れてはならないと思いました。
福祉関係の公務員を続けてきた私は、昼の仕事では基本的に“世間の常識”に則って仕事を続けてきましたし。その中で良識に沿った発言を続けています(笑)。私は今の日本で生きていく中ではもはや、悪しき世間の常識やら良識に全く染まらずに生きていくのはとても難しい気がします。多分日本全国殆ど全ての人が『悪しき常識・良識』のようなものに、自覚のあるなしに拘らず、どこかよっかかって生きているのではないでしょうか?私も“例外”である自信はありません。
ただ、そんな中で、段々溜まって行く違和感・閉塞感のようなもので世間全体がイライラしている……それが日本の現状ではないでしょうか?
根本さんの活動は、そういったもやもやをはねのける、ひとつの試みなのかもしれません。
初めてのメールで、ここまで意見してしまったご無礼をお許しください。最後になりましたが、北海道に行く際には、小樽文学館に是非寄らせていただきたいと思います。
なお、よろしかったら、私たち夫婦のホームページ
http://www5.gateway.ne.jp/~norimaki/ho-mu.htm
覗いてみてください。
また、畸人研究学会という活動もしています。もしご存知でしたなら、味のある奇(畸)人、ご存知でしたら紹介していただけたら幸いです(笑)
小久保則和(のりまき・海老名ベテルギウス則雄)・横浜市
☆小久保さんの「のりまき・ふとまき」は、わー、驚天動地だー。さっそくお気に入り、にしちゃいましたが、またまた仕事に支障きたすなー。
で、小久保さんのメールの「良識に守られてしまっている」ね。私もほんとにそのとおりだと思います。それを意識しなきゃならん、とも思います。
でも、いいよ、守られながら崩そうぜ、って開き直り。私はね、このサハリンまで行って国境の石もってきて売っちゃおう、ってゆう造園業者の生き方、マジメにいってるんだけど、手本にしたいの。
くだんの朝鮮人の日露語通訳のジイさん(年齢から察するに少年時代に強制連行されて置き去りにされたんだろう……)に、沼田さん聞いたんだって。「故郷のことを思わないですか」。ジイさん、何て答えたと思う?「私の拠りどころは『自尊心』さー」だって。
沼田さん、この話の最後にこういった。「玉川さんだって、そうでしょ」。わー……。
いや、来年の「喫茶店展」ね。沼田元氣さんから、カツ入れられたの。淡々と、けど、キョーレツな。私、実はヘコんじゃったのね。ダメだなーって思ってしまった。でも、今朝、事務長にそのこと話したら、いやー、沼田さんのいうのがマットーだなー。アートなんてオレ全然わかんねーけど、沼田さん、マットーな人だなー、ってムヤミに感心するのね。
で、私もカクゴ決めました。話とめどなく長くなるから、きょうはこの辺でね。
|