学芸員のよもやま日記

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10月。ひぇー、もう終わるじゃん。

市立小樽文学館学芸員・玉川薫
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10月20日(土)
●更新さぼりも度が過ぎてんな。
仕事はやってんよ。商大展が始まりー、Majicoの連中は、今でもほとんど毎日来てんぞ。今きてんのは高商OBのジーさんと、MajicoOB?の中学生か……。

で、私らは来週火曜日、木浦〜ソウルへ行ってきます。
何か、まだな。実感湧かんのだ。正直、よく見えんのだ。
木浦大学校との交流、申さんや、朴さんや、韓さんな。私の奥深いとこにある「韓国」とまったく結びつかないんだ。むりに結びつけなくてもいーんだろうけど。
でも、これって私テキ(ヤなリューコー語だな……)に理解したことになってないんだ。
私のなかの「韓国」。やっぱり、書いておかなきゃな。
前にチラと書いたけど。実家の隣もその隣も「在日」だった。アキちゃんやケイコちゃん、テガさんは、アキちゃんやケイコちゃんやテガさんであり、同時に「朝鮮人」だったんだね。それがね、あたりまえの感覚だったんだ。うーん。「差別」ってね。感覚の話になっちゃったら、これはどうしようもないな。すごい細かい小さなことが絡み合ってるからね。記憶の深いところと絡み合ってるんだね。
私の通ってた小学校にも中学校にも「在日」の子はいっぱいいた。みんな日本の名前だったけどね。どうしてだろうな、この子やこの子は「朝鮮人」だよ、ってのは知ってた。あたりまえみたいにね。で、どうだ、っていうんじゃないんだよ。うーん、伝わりにくいだろうな。
いっこだけクッキリ覚えてることがある。ヤマモトジュンコちゃんて子がいた。ちょっとアレかな、「毎度お騒がせします」時代の中山美穂的なヤンキー入った美少女って感じか。男子、タジタジって感じね。チョー活発で陽性な。
中学の卒業式の前の日だったかな。うーん、肝心なところ思い出せないな。何かをね、一人一人に渡したんだ、担任が。そのとき、彼女をね、うーん、ほんとに肝心なとこ思い出せないな……。どうしてだったんだろう、本名で呼んだのさ。一瞬、ジュンコちゃんの顔色変わった。ふだん絶対にみせないような怯えたような、固い顔になった。
これも今思えば不思議なんだけど。私はぜんぜん何とも思わなかった。知ってたからさ、彼女も「朝鮮人」であることをね。
くっきり覚えてるのはね。クラスにYってヒョーキンな落ち着きのない、女子にもバカにされてるヤツがいてさ。ジュンコちゃんが「本名」で呼ばれたとき、ソイツがどういうわけか私の方にふり向いて、「なーんだ、そーだったのかー」って感じでニヤーって笑ったんだよね。
私は「なんだ、こいつ」って思ったけど、それだけだった。何にもかにも冷淡だった。

これだけさ。でも私は、私だけはさ、これを踏まえて行かなきゃならないんだ。隣の国へね。解んなきゃなんないんだよ。一朝一夕に、なんて思ってねーよ。でも、思ってる。ようやくだな……、ってね。
報告するよ。できるだけ細かいところ見よう、聞こう、感じようと思ってる。
私にはさ、私的も公的もねーんだよ。行かなきゃ話になんねーのさ。