|
11月24日(土)
●こないだから、「中学生日記」の連中、ちょっと途絶えてた感じ。翔子ちゃんとか怜奈ちゃんとかポツポツって来て、だったんで。コウジとかタッヒーとか「レギュラー」がちょいとごブサタだった。「日記」みりゃわかるようにタッヒーが骨折したりしてたらしいけどね。
いや、どうせ気まぐれな連中だからさ、来るんだったら来りゃいいし、来なけりゃ、それでいいし、ってね。それがいいんだって。思ってたんだけどさ。何かね、へんなんだけど。さびしいんだよな……。
きのうあたり、高商OBのジーさんとか、文化祭の短冊見に来たバーさんとか、けっこう出入りあって、それなりに賑やかでいいんだけどな。何か物足りなくって。
きょうなんか、休みの土曜なのになー、やっぱりこねえなー、って。飽きたんかな。ま、こんなもんか、なんてね。で、自分でもびっくりしたりするんだけど、電話してみようかな、とか、気がついたら窓から外みてたり、とか。なに、いったい。どーしちゃったの、ワタシ。
で、4時30分ころになって、骨折のはずのタッヒーがバタバタ走り込んできて、続いて3人走り込んできて、タッヒー復活!だって。何やってんだ、小指の骨折った右足裸足じゃん。でさー、何かほんとに思いがけないんだけど。胸がギュン!ってしたんだよね。
来たとたん、お菓子の袋広げだしたりして、しょーがねーんだけどな。あいかわらず。
でも。いなきゃ、なんねーんだよ。もう。この文学館はさ。キミらがね。ケーゾク、だな。
11月21日(水)
●さて昨日の続きだ。THE PLACE FOR THE REST OF US
自由で気楽で和やかな空間な。ほんとに理想さ。でも、それはウチワの人間にとってだけじゃないのか、って時々省みなきゃ。ここの話をしてんだよ。ここは「公共の場所」だからさ。「公共」ってことをマジメに考えてんだ。「公共」だから締め出す、んじゃ話になんねえ。「公共」だから、締め出さない、だろう。
で、ちょっと前に書いたインターネットのBBS、あのサイトは自由で和やかな感じの、「電脳空間」だったよな。でも、オモテには出してなかったけど、ここはレベルが高いんよ、ってプライドがピシッってめぐらされてたのね。そこにちん入してきたのが「アフロ犬」ちゃんだったんだねー。しばらくは「放任」されてたさ。でも徐々に鬱積してくる。イライラ、がね。認めたくないよね、初めはさ。でもその鬱積がカタチをとりはじめるんだなー。こんなふうにね。「ここは違うんだよ」「いい気になんなよね」「要するにさ、場・違いなんだよ、あんたは」その空気が、いつか飽和状態に近付いてくんだね。で、あるときそれが「勃発」するんだ。「場」の顔つきが変わるよね。え?ってゆうくらいね。
じゃあ、ここは何なんだ。THE PLACE FOR THE REST OF US
公共の場所。公共だもん。オレたちは公務員だもん。誰でも入れる、だろう。ときには無理しても、だろう。「私たちの範疇」外の人のための、って凄いコトバだね。「私たちの範疇」外の人のための文学館。いっきょにイメージ広がらねえか?この街、この国、この世界を覆い尽くすくらいにさ。
さっき菁園中の怜奈ちゃんが来て「中学生日記」書いてった。オトヨさんが割り込んで25日のイベント「言葉」の宣伝書いてった。で、その様子眺めてたバーさんがさ、受付にいた佐藤さんに聞いてんの。「ここって、インターネットただでできるのか」って。「パソコン自由に使っていいのか」って。バーさん、小樽市でやってるIT教室?10日間通ってみたんだけど、何にも解んなかったんだって。で、電器屋さんでやってるパソコン教室にも行こうとしたんだけど、まずマイ・パソコン購入してね、っていわれたんだって。買わなきゃ覚えられない、って分かるんだけど、ってゆうのね。でも、ここでタダで使えるんだったら、ちょっと慣れてから買ってもいーかなーってね。いいさ、だってここは「公共」だもの。「文学館でしょ」って、そうさー。でもここは学芸員も受付も、遊びに来てる中学生もけっこう使えるぜ、教えられるぜ。もう一回ゆうぜ、ここはそういう「公共空間」だ。やりとりされるのはつまりは「言葉」じゃないか。ぜんぜん不思議じゃないだろう。「文学館」だよ。
で、佐藤さんやオトヨさんの企画してる25日のイベント、その名も「言葉」だ。驚くなー、無茶だなー、でもカンドーだよ。佐藤さんやオトヨさんが探してるものがさ、求めてるものがさ。
ゴーマンかますよ。この文学館にいたからだ。この文学館が駆り立てたのさ。マジックだ。みんな来なー。
11月20日(火)
●「中学生日記」のメンバーのコウジに頼まれて、iMacをオークションで落としたんだけどさ。Rev.Bだけど初代ね。ボンダイ・ブルー。やっぱりこれだよね。ウツクシーなー。
天才だよねー、ジョナサン・アイブ。iMacはご存じのように、いろんなカラーバリエーションが出ました。そんで、初代ボンダイブルーは静かに消えていったんだけど。最初のタイプがね、これがベストなのはあったりまえだねー。だって天才デザイナーがさ、満を持して出したんだもの。機能、かたち、色、ディテール。一切妥協なし、でしょ。このマウスはやっぱり少し使いづらいんじゃないかなー、とか色一色はさびしかないか、ってのは大なり小なり営業上の妥協ね。初代の寿命は短かったかも知れないが、ここにはそれ(妥協)があり得る限り小さいわけね。
だからウツクシイのよ。初代iMac、ボンダイ・ブルー。画期、そしていきなり「古典」じゃん。古典が古典たりうるための、端正、慎ましさ、余裕、ユーモア、ぜんぶ備えてんだよね。で、これがマッキントッシュというコンピュータの思想の具現なんだよね。思い出したんだ、マックのキャッチ・コピーをさ。
THE COMPUTER FOR THE REST OF US
私たち以外の、って訳すのは正確じゃないのかも知れないが、クロック数がどーの、とかメモリがどーの、とかブルートゥースがこーとか、知らねーし、興味ねーよ、って人のための。ってハッキリしてるわけね。うちわ受けはいらない、マニア好み、じゃない。コンピュータに興味はないけど、やりたいことがあるのさ、絵とか音楽とか言葉とか、ね。ってゆう人のための、だ。こういうスタンスってステキじゃないか?それがデザインにもはっきりあらわれるんだね。
対するわがニッポンの、コンピュータもあれだけど、ケータイ。何回か書いてるけどさ。醜いな。あいかわらず。だっせーな。あいかわらず。なんかさー、売れてんよ、今のところさ、何もかもダメななかでケータイだけ、いけるいける、まだまだ、ってサモシさがさ、コイツのデザインに丸出しになっちゃってるのね。その結果がこのザマ。これが何かってゆうと。ユーザーさんが望んでるカタチ、マーケティングの結果がこれ。なんで冒険しなきゃなんないの、って情けなさね。前にも書いたけど。無難、とスタンダードは違うのよ。「ユーザーさん」のレベルに迎合した無難、からは何にも生まれねーな。だいたいメーカーは「ユーザーさん」ナメてんね。無○良品とかユ○クロとか(何もかもいい、とはいわねーが)何で定着したのかマジメに考えたことあんのかな。想像できるんよ、営業担当それも上のほうだろう、頭んなかが。ケータイ→女子高生→あるいはOL、でその最大公約的イメージ。こうでこうでこうじゃない?でカノジョらが欲しがるのは待ち受け、着メロ、カレシにメール、そんな連中に似合うデザインはこれでいんじゃない?って、ほんと貧困ねー。女子高生とかの「カワイー」をさ、もちっとマジメに分析してみなよ、あんたらのイメージはるかに超えてんぜ、ってムリか……。
書こうとしてたことと大きくそれたなー。
THE COMPUTER FOR THE REST OF USからさ、THE PLACE FOR THE REST OF
US、ってのを考えてたんだ。英語としていいのかどーかは知らねーよ。ちょっと前のインターネットの掲示板のことからさ、「場違い」とか「所在ない」とかの「場・所」な。これと関連して文学館スタッフの佐藤さんたちがやろうとしている「言葉」ってイベントのこと。寒いんで明日書くね。
11月17日(土)
●亀井館長の連続講座、これは実におもしろい。PRも何にもしてないのに、聴講者がまったく減らないのも驚きだね。へんな言い方だけど、純粋におもしろさだけで月一の連続講座が続いてるんだ。動員とかつき合いとか、まったく無縁。ピュアさ。あたりまえのようだけど、これって滅多にないぜ。
聴きにくりゃ一発でわかるんだけど、手え抜いてない。どころか、全講座語りおろしだと。ご本人が言ってるんだから間違いない。ぜんぶ論文になります。それも私がいうのも何だけど、けっこう抜きんでてると思いますよ。ってね。嫌みに響いたらカンベン、だけどさ。ゼータクだよ、ほんとうに。
で、私が嬉しいのはさ、やっぱりこの人に来てもらって良かったなー、って思ってるのはさ。亀井さん自身が、「楽しい」って言ってくれてることなんだな。大学でも、札幌あたりの「カルチャーセンター」なんかでも出来なかったでしょう、ってね。つい調子に乗ってしまうんだが「小樽文学館マジック」だなー。タダだよー。びっくりさ。
小林多喜二崇拝者じゃなく、小林多喜二ファンってどのくらいいるのか分からんけど。崇拝者もファンもスッ飛ばしちゃうであろう「若書き」。これがヤコブソンの言語理論と照会しながら読んでみるとこんなにおもしろく蘇るとはね。しまいにはヤコブソンの理論の限界、そしてこういう「語りのスタイル」を選んだ小林多喜二という作家のはらむ重大な「落ち度」も示唆されてくるんだね。って書いちゃうと「ピリッ」って反応する向きもあろうかってのが怖いとこなんだけど。でも亀井さん本人はいたって落ち着き払ったものだね。ええ、どこからでもいらっしゃい、って感じ?
次回は12月15日だ。途中からでも一向構わないし。あえて一回一回違うアプローチしてみようとしてるよーだし。苫小牧とか函館から「ほぼ皆勤」の人もいるのよ。
11月13日(火)
●フリー、ってのはけっこうキツい。いま、文学館のロビーに置いてある古本は、ご存じのように値段がついていない。「ドネーション」になったわけだけど。これも、オール半額、とか100円均一とかと比較すれば、ちょっとユルくないわけだ。持ってく人に、ほんのちょっぴりでも「思考」を強制するからね。いっとう初めはつまずくよね。「ドネーション」て何なんだー、って。だいたい、ウサンくさい。私みたいヘソまがりはカチンとくるかも知んない。「ボランティア」「ドネーション」「善意、良心、奉仕」おーイヤだ。
ま、そういうのも含めて考えていただく、ってのがね。100円ショップやブックオフとの違いだ。そりゃショップのほうがエラいに決まってる。で、こっちは「カルチュア?」ってゆうヌルーい装置の、しょーもない、つうか、ま、「偽善」も含めてさ、おもしろいとこでもあるんだが。
何ゴタクならべてんかってゆいますと。しばしば来るオヤジがいるんだ。入館料はいちおう払うのかな。それも露骨に不本意なカオするらしい。もちろん展示なんかみない。まっすぐ古本の棚を眺め回す。雑ぱくな本のなかにも、まれーに稀覯本があるんだね。私なんかにも少しはわかるからさ、棚の高いとこに置いといたりもするんだけど。そんなことするくらいなら、取りよけとけばいいんだけどさ、メンドーだからな。
で、このオヤジは、眼は利くんだよね。もうすぐ見つけるね。だいたい3、40分くらいで4、5冊いいのばっか取ってさ、例の浮玉に「ドネーション」してく。で、それがさ、笑うってゆうか、いっつも「3円」なのさ。オトヨさんなんかは、マジむかついてるだろう。私も、まーそうだ。ホントーにナメてんよねー。おそらくこのオッさんは「背取り」だな。「背取り」ってのは古書業界用語で、詳しくはネットで調べてみてね。ま、いかにも、ってゆう仕事だ。もっともこのオッちゃんみたいセコいのは、「風上にもおけない」のかも知んないが。
でも、事務長はこうゆうの。「ドネーション」とした以上、こういうのもアリなんだ。むしろこういうのもアリだってのを、維持していかなきゃな、ってね。ムカつくーってのは感情の問題、それと制度とゴッチャにしたら、その時点で終わるな。そりゃそうだね。
ショップとは違う、っていったけど。この「ルール」については、むしろショップ的ドライで対処しねーとな。モラル、とかいいだすと、それこそ息苦しくなるかんね。うっぜー、くなるわけだねー。さらにポジティブに(これもヤなコトバだな)考えてみりゃーさ。このオッちゃんの「見る眼」を生かさない手はないわけだねー。オッちゃんいい眼してんねー、そこを見込んで頼みあんだけどさー、ってね。
で、話がまた先日のBBSに戻んだけど。「アフロ犬」ちゃん、確かに「場違い」だけどさ。でもああゆうやりとり含めて、活気づけるんだよね。さらにあの絵じたいも、プロまがいのイラスト並ぶサイトのなかではさ、ミョーに新鮮、なわけね。こんなふうに排除しちゃうとお互い後味悪かろう、ってよけいな心配だけど。そんでちょっと時間置いてこのサイトのぞいたらさ、やっぱよけいな心配だったんで。「アフロ犬」ちゃん、イジワルされてもイヤミいわれても、少しもめげてない。相変わらずだったよ。いい根性してんなー。
11月9日(金)
●こないだの、ネット上のやりとりの話なんだけど、それは開放されているようだけど、微妙に閉ざされている空間なんだ。そこでの「場違いな人」への感情は、暗黙のうちに徐々に共有されていくんだね。で、いきなり口火が切られる。そのいきなりは、露骨だ。ここで、穏やかでフリーな、と思われていた空気が変化するね。口火を切る人が「匿名」というのも、象徴的だね。だいたいハンドルってのは匿名なんだからさ、さらにあえて「匿名」を名乗る、ってのは「匿名でもの申す」って宣言なんだね。
ここで小さな緊張が走ると同時に、矛盾するようだけど、「場」そのものはホッと緩むんだな。実は、フリー、というのはそもそも相当な緊張を要するんだ。その緊張がゆるむ。で、あっちこっちから出てくるんだ。私も少し、とか、みなさんと同じ、とか、前から気になって、とか、もう停まらねえな。「場違いな人」は、追いこまれていく。いたたまれなくなっていくな。慰め、弁護、も「おおかたの非難」を支える程度のもんだ。これは「議論」じゃないからね。
多数の非難と少数の弁護、頃合いを見計らって、「ミもフタもない」一言を発するヤツが出る。口火を切るヤツと、とどめを刺すヤツ。ま、ここで「テロル」はおおげさだけどさ。
おなじみ「公園設計家」(考えてみれば私と似たような仕事かもしれないね)の片桐さんからメールをいただいた(いただいた文章は色を変えてみました。見にくいかしら)。
電話が普及しはじめた時代のアメリカにも、電話で遠くの人とはなせるようになったら、会う必要がなくなって、人間社会がおかしくなるという議論がずいぶんあったわけです。
しかしそうはならなくて、逆に電話で話すことによってもっと会いたくなるというような気持ちになるようになったわけです。web上の会話にも「会わなくてもすむ」と「もっと知り合いたい」の方向があると思います。
テレコミュニケーション(teleは送るという意味です)の手段も歌、指笛、狼煙、法螺貝、光といろいろですけどそういった手段と社会のありようを再検証することで、Webのありようの一面あるいは言葉の一面が明らかになるかも知れません。資金的に無理なのでそんな検証は私にはできませんが、文学館向きの企画ですね。
うーん、イケるかも。文学館の屋上からノロシ焚いたり、ホラ貝吹いたり、文学館が中継点になって小樽の街の四方八方から「伝言リレー」やったりさ。NTTもビックリだね。
11月7日(水)
●きのう家で娘とインターネットみてて、そんで娘がときどき見たり書き込んだりしてる掲示板があるのね。いわゆるお絵描きサイトってやつだ。だから描き込みね。絵が主、文は添え物。でも、絵を描き込んだ人は、どういうコメントつくか、ちょっとドキドキなわけね。ただこの種の掲示板は、ありがちな「応酬」にはならねーな。コメントも「悪し様」は、まずない。よっぽどヘタでも、「おっ、かわいい色づかいだね。がんばってねー」程度のコメントがつくか、または、まったくつかないか、だ。まったくつかないのもガッカリだろうけどさ、グサッ、はほとんどない。
でも、きのう見たときには、めずらしいやりとりがあったのね。で、よそのサイトの掲示板のやりとりを勝手にコピーしちゃうのはルール違反なんかもしんないけど、基本的にサイト上にアップされたのは引用勝手なはず、って思ってますんで、ちょっと長いけど、そのやりとりここに写しちゃいます。
ちょっと前説ないと解りにくかろうから、ひとこと。お絵描きサイトってのは文字どおりゴマンとありますが、ここのサイトはけっこうレベルが高い、ってんで知られてるらしい。プロはだしがゴロゴロ。アクセス数もめちゃ多。カウンターが走行中の車の距離計みたいに回ってる。すんげーね。
で、このやりとりの皮切りになっちゃったアフロ犬さん(小学校5年生らしーね)の絵は、ここでは確かにちょっぴり場違い的。でも大方の気に障ったのは絵そのものじゃないみたいだ。
ここまでが前説。そんで、今回のやりとりで私が気になったところにアンダーライン。よーするにコトバの運び、感情の伝染ね。(誤字脱字?はママね)
アフロ犬2001/11/5(Mon.)16:09:14
コメント屋さん!!!コメントくださいっっっっっっっっっっ!!!
うさっちv2001/11/5(Mon.)19:05:44
色使いとかきれいですね!
アフロ犬2001/11/5(Mon.)19:08:09
あありがとっっっ!!!っていうかまじでセンキュ〜☆
匿名2001/11/5(Mon.)20:19:43
誰にでもタメ口でのあなたの古臭いギャル言葉とコメントコメントと口やかましい態度、その上名指しでコメント下さいなどとの図々しさにはほとほとあきれ果てます。
桐2001/11/5(Mon.)20:41:34
私も匿名さんと少し似ている考えを持っていました。アフロ犬さんが小5で頑張っているのはわかっているつもりです。しかし、その”小5で”っていうのは・・・歳はあまり関係が無いのではないでしょうか。この歳でこの絵ならすごいね。とか、何か違うと思うんです。とても個人的な意見ですみません。
さや2001/11/5(Mon.)21:34:47
私もみなさんと思じで言葉使いなどはもう少し良いふつうの言葉にした方が………ギャルっぽい口調ぐゃなく・・あ・・癇に障ったらスミマセン・・(さわるかも・・)
ジャジ2001/11/5(Mon.)22:13:38
掲示板は会わないものどうしはすれちがうべし、ぶつかり合ってはいけません。
悠自2001/11/5(Mon.)22:30:06
ふみコミュニティってご存じですか?
あそこにも多数のお絵かき掲示板があり、アフロ犬さんと同世代の方々が大勢集まって毎日たくさんのお絵かきをしています。アフロ犬さんは、そちらの方がなじめるかもしれませんね。
コメント屋[HomePage]2001/11/5(Mon.)22:55:51
ご指名して下さったのですね!明るくてゲンキのある表情カワイイです☆
ミユキ2001/11/5(Mon.)23:26:39
私も前から気になってました。ココは、仲間同士だけで楽しむものではないと思います。いつも見ていると、コメントを付け合う仲間内で、楽しんでらっしゃるみたいですから・・。
それに、皆さん初対面や、年上など、いろいろありますし、敬語を使ったほうがいいと思いますよ、あ、私も中2で、年も近いのに、偉そうな事いってごめんなさい。では。
サキコ2001/11/6(Tue.)00:53:25
ううーん。私的な意見ですが、友達同士でもそんなに邪魔になるほどコメント書いているわけでもないし、ちゃんと枚数とかルール守っているし、そんなに規制かけなくても私はいいんじゃないかなぁと思うのですが。
着実に絵は上手になっていると思います。頑張ってくださいね!
小52001/11/6(Tue.)04:47:27
〜する場所ではないとかそーいうのはきめられてないと思うけど、カンに触るのは確かなので気をつけましょうね☆あとコメントくれとか言うなら自分ももっとたくさんつければもらえると思いまーす。あともうチョッと丁寧に描けばもっと上手になると思いまーす。コメント欲しがってばっかで絵を描くって事に対する真剣さが感じられないので。
タナ2001/11/6(Tue.)08:59:13
よーするに下手。
なほすけ。2001/11/6(Tue.)16:55:09
ちょっと考えてみたので、長々とレスします。
匿名さんにですが、確かに、名指しや、タメ口はいいことではないですが、「古くさいギャル語」これは、他人に文句いわれなければいけないことではないですよね。みなさんに不快感をあたえなければ、話し方は何でもいいと思います。
小5に(私もガキなんでえらそうなこといえませんが、年関係なしにしてもらいます)大人と同様のコミュニケーションをしろ、というのも無理な話ですよね。だからって甘えたり、暴言を吐いたりは許されませんが、こういう所でコミュニケーションのとり方を学んでいくのだと思います。匿名さんのような「図々しさにほとほとあきれています」のような注意の意のない発言はどうかと思います。実際ここにいる方たちは、アフロ犬さんよりずっと年上の方ばかりだと思います。匿名さんのような発言ではなく、注意してあげればいいと思いますが・・・。
アフロ犬2001/11/6(Tue.)17:47:03
みんな!!!もぅ大丈夫!アフロ犬がいなくなるんで!(涙)
うさっちv2001/11/6(Tue.)18:07:34
それでいいのですか?もちろん貴方が良いのならいいのですが、こおかいしないで下さいよ。同い年なのにこんな生意気なこと老いって吸いません・・・・・・。
前にもちょっと書きかけたんだけど、ネット上の掲示板、ってフリーな意見交換の場、って思いこみがあるよね。もっともこんな程度じゃない罵詈雑言リュー言ヒ語飛び交うBBS多々あるんだけど、そうゆうBBSの常連さんだって、ここはフリーだかんな、って思いこみがあるんだと思う。でも、それは少し違うんじゃねーかな。けっこう抑制利いてるこのサイトでもさ。ちょっとしたコトバの運びで、けっきょくは
よーするに下手。→
アフロ犬がいなくなるんで!(涙)
になる。って、そんなのBBSに限んねーだろ、って反駁されそーだけど。
私はね、韓国木浦大学校の申さん、あの会う人すべてに好感持たれる、すげー細やかな気配りしてくれる、皮肉っけのまったくない上品なユーモアに富んでる申さんが、何かのはずみで亀井館長にポロッともらした「言葉のテロル」ってゆうコトバがひどく気になってるんだ。いや、次元のぜんぜん違う話だけどさ。
でも、思い切っていってしまうと、ネット上の「コミュニケーション」って、何か致命的な欠陥はらんでるな。顔がみえないのは、とか肉声が届かないのは、ってよくいわれてるけどさ、それだけでもねーな。
11月5日(月)
●オナカぐあいがまだかんばしくないので、きのうときょうは家でゴロゴロ。いや、ちゃんとした休日なんだけどね。家にいてもゴロゴロだなー(文学館でも似たよーなもんか……)。ふだんあまり読まない新聞読んだり、ワールドシリーズの決勝みたり。で、ワールドシリーズが白熱したってのは、こんなとこで書くまでもないんだけど、あれね、こういう画面でも、敗者ってゆうか、去りゆくものってのか、惹かれるものありますね。終わるまで、ヤンキースも5連覇はねーだろ、一点差は全部勝ちってのもなー、政治的配慮ってのも絶対ないっていえるかなー、なんて無責任な感じーで見てたんだけどさ。やっぱ美しい画面ってのね。ああ、いい顔だなー、ってのね。ポール・オニールっていうの?この試合限りで辞めるだろうっていわれてる選手。ヤンキースのね。負けた瞬間だ。ベンチのオニール選手が一瞬アップになった。呆然としてさ、それからスッと眼を落として、踵を返す、ってその瞬間ね。敗者の美学、なんつー安っぽいコトバはほんとにヤだけどさ。
ベースボールな、確かに古き良きアメリカ、って、かいま見せる瞬間、ってあるな。もう無理、だからさ。だろうからさ。何かとっても悲しくなるようなね。
つぎは新聞記事の話。「ネオンに空き 銀座寂し」だって。ま、見出しで終わってるような内容だけどさ。「創業98年の洋服店主は、『消費者金融からの話はたくさんありますが、品のいい商売をさせてもらっている手前、ちょっと……』と苦い顔」だって。そいで銀座の屋上の媒体料は3千万から5千万円。一等地の「プライド」から値下げを嫌がるのもこの街の特徴、だって。粗大ゴミに出しましょーね、今すぐに。そーゆービンボーくさいプライドは。
すぐ美術館とか文学館とか連想すんだけど、(いちおう学芸員日記だしな)金かけんなってはゆわねーよ。でもさ、金かかってるのが値打ちだ、って錯覚さ。クソたっけーブランドバッグ後生大事に抱えてるオンナみたい、根こそぎビンボーくさい錯覚だって、いー加減にきづけよ(この一行抹消)。
も一つ、世田谷文学館でやってる「志賀直哉展」の記念なんだろう、阿川弘之氏の講演要旨。いや、ふんふん、って読んだよ。そのものはさ、記事読んでもらえばいいことだ。でもね、最後で、ひっかかった。ありゃりゃ、って感じ?
志賀直哉の宗教観は芸術観や人生観にも反映されていた、って、それは、ふんふん、だけどさ。「葬儀も無宗教、通夜も一周忌もなし。文学碑も文学館も断っています。例外は文学展だけです」だって。あははは。なんだ、こりゃー。
11月3日(土)
●風邪で腹をやられたらしい。20分おきにトイレに行っています。
きょうは、おもしろかったっす。つまり賑わったのね。お知らせとかに書いてないから、何のことやら分かんないでしょーから、説明。
11月3日文化の日はこの文学館の誕生日なのね。きょうは入館も無料だからさ、で(で、つーこともないんだけど)例によって古書市。事務長の常日頃よりの主張なんでもあるんだけど、がんばるのはやめよーねー、がんばると重苦しくなるしねー(一応ことわっておくけど、マジメな人よ。私なんかよりずーっと)。で、これ正解なのね。人手もお金もないんだしさ、じゃ人手もお金もかけない。ちょっとアレンジするだけよ。
吉井さんにいわれたけどさ。縦のもの横にしただけ。本棚に幾層にもなっている古本をー、テーブルに拡げただけね。これでもう文学館ロビーは古書市会場ね。
で、キモは浮玉。文学館来た人しか知らねーよね。浮玉。古本のお代(ドネーションね)入れる浮玉。巨大なヤツを仕入れたわけ。スイカ超のね。穴あけてもらうのにちょいと苦労はしたけどさ。存在感バツグンさー。ここにお金がポンポン入ると嬉しいわけね。八百屋の息子の血が騒ぐ、ってヤツですか。
終わってみたら売り上げ20000円だったらしーけど。こりゃ私がオークションで落としたiMacのトラブルでトントンじゃん。ヌカ喜びだったわけだけど。でも、金額じゃないのね。負け惜しみじゃなくってさ。何かみんなとっても楽しそーだったじゃん。「中学生日記」の連中もなじむ、なじむ。ミナミが小学生にインターネットの操作教えたりね。何ていうか、ラクーな感じ?モーマンタイ、って感じ?何か、広がってきたなー。ダイジョーブよ。気い張ってるとこは張ってんだから。
楽しみにしててよね。喫茶店展、韓国文学展。モーマンタイ、さー。
私の日記よりもさ、スタッフの佐藤さんとかオトヨさんのページ注意して見ててね。スゲーよ。発展してんよー。
11月1日(木)
●木浦〜ソウル。語りつくせないよ。4泊5日だけどね。観光ツアーだけどね。説明抜きでいくつかの言葉を記録しておこうか。木浦大学校の申さん。気鋭の近代日本文学研究者だ。日韓学術・文化の架け橋、キーマンでもある。屈託のない、けれども実に細やかな気配りをしてくださる方だ。その申さんの一言。「ときどき疲れを覚えることもあります」
5日間ずっとガイドをしてくださった許さん。40歳の女性。猛烈な勉強家。そして率直。その率直は、言葉以上に表情と声の調子にあらわれる。許さんがバスのなかで語ってくださった韓国現代史は、許さん自身がくぐってこられた「時」とみごとに重ねあわされ、一行に強い感銘を与えた。その許さんの一言。「これは漢字です。日本語ではない。日本人は漢字をみても、日本語だ、と喜びますね」
ソウル。今回の旅行は、遊ぶ、くつろぐ、という種類のものじゃなかった。観光ツアーだけどさ。ホテルについて、やっとホッとした。近所を歩いて若者向けらしい小さなスナックに入った。客は中年男性だけだった。みんなひどく酔っぱらっていた。一人が、私たちを見て、一瞬素面にかえったようだった。「日本人か、日本人だろう」舌がもつれた。足がよろめいた。店のおばさんが、手慣れたようすで、男性の腕をぐいっとつかんで、階下に引きずっていった。「日本人……」男性の目が、ああ話したいことが、いっぱい、いっぱい、君ら日本人に話したいことがいっぱいあるんだ、と訴えていた。
私たちはうろたえたけれど、客が帰り、店が静かになりようやく落ちつくことができた。どういうわけか60年代、アメリカのフォークソングがずっと流れていた。
語りつくせない。はっきりしたことがある。「この項つづく」だ。ここまで来た。中断できない。関わる。関わり続ける。きっと何度も何度も試されるだろうけれども。それはかなりきついことであろうけれども。
で、ウチは「文学館」だ。そして私は「学芸員」だ。とうぜん、そのやり方で「関わる」。理解を深めようとする。
いきなり先走る。2003年、開く。「木浦・韓国文学展」。申さんの「疲れ」の何十分の一かでも、受け持つ。でなければ、それは、まったくの、「片手落ち」だろう。
|