学芸員のよもやま日記

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5月だ。5月だ。5月だ。5月!!(ダイジョウブか……)

市立小樽文学館学芸員・玉川薫
直接メールくださるときは、こちらまで。もっとも文学館あてのメールも私が読んでおりますが。


5月31日(金)
●さっそく会ってきましたよ。伊藤一郎さんに。
おもしろい、おもしろい。もう圧倒されました。伊藤さんや、お仲間が考えてきた街起こしのアイディアの数々。昭和55年頃からのスクラップとか拝見しましたが、出てくる出てくる。「却下」されちゃったのも少なからずありますが、ちゃんと具体になったものも数知れず。で、「おたる無尽ビル」や「啄木街道」だけじゃなく、今お考えになっているアイディアもつぎつぎと。やっぱり、ワタシは、まず文学館のことを考えてしまいますから、「手宮線」ですね。これも、伊藤さんのプラン驚天動地ですよ。
それはともかく、とりあえずプラン立てましょう、「妙見カフェ」と「公園通りまるごと使用の啄木展」。6月4日の「おたる無尽ビル」活用100人会議にも参加させていただきます。

5月27日(月)
●食べたり呑んだりの文学散歩。楽しかったですよ。参加してくださった方、皆さんそうだったと思う。これでもワタクシ八百屋の息子、零細中の零細商人の伜。参加費400円(とちゅうで二度バスに乗った実費ね)、にどれだけ付加価値つけようか。それがとりもなおさず「文学館」の値打ち。もう、いってくださんなよ。文学館は遊園地か、などと。
妙見市場はいうに及ばず、「光」はいうに及ばず、きのうのいちばんの感動は「おたる無尽ビル」だ。
いいなあ、このネーミング。そりゃたしかにもともとの名前が「小樽無尽」だったんだろうけどさ。これが北洋銀行になり、拓銀が倒れた後、北洋銀行が北海道のメインバンクになり、北洋銀行発祥のこのビルは「無人」になった。それを何とかしたい、と動き回ったのが「ハタ伊藤」当主、伊藤一郎さんとその仲間、だ。何ともなりゃーしねえ。だれも助けてくれはしねえ。買い取るんだったら一億円。壊すのにも四千万円掛かりますが、だと。伊藤さんたちは腹をくくった。じゃあ、壊したと思って四千万。四千万で譲っていただこう、って。伊藤さん、百年続いた老舗ったって「旗屋」だよ、「旗屋」。お金持ちのわけないじゃない。四千万円すぐに用意できるわけないじゃない。でも、借金して買い取っちゃった。お友だちと三人で。「三バカ大将ですよ」って笑っておられたが。
でも夢はつぎつぎと膨らむ。3階の大ホール、そして誰も上がったことがなかっただろう屋上。ねえ、小樽公園って森だって、小樽の街の真ん中にこんなに美しい森があるんだって思ったことがありますか。このビルの屋上からはね、それが分かる。小樽公園が街のなかの美しい小さな森だって、ひとめでわかる。こんどはぐるっと180度廻って、海側に向く。水天宮だ。水天宮の丘も、美しい小さな森。丘と丘とを「公園通り」が結ぶ。かつて、これが小さな尾根続きだったって、よくわかる。古い古い時代の小樽の姿が浮かんでくる。
小樽公園に啄木の碑がありますよね。「こころよく我に働く仕事あれそれを仕遂げて死なむと思ふ」って。水天宮の碑はこうだ。「かなしきは小樽の町よ歌ふことなき人人の声の荒さよ」。そして啄木は実際に、いまの公園通りのなかほどにあった南部センベイ屋に下宿した。「公園通り」を啄木ロードだって言い張っても、だれも笑えない。いや、昔のワタシだったら、ちょっと笑った。こじつけな、って、ちょっと笑った。でもさ、今は違う。何だか胸が熱くなる。
「公園通り沿いの店もあちこち閉めて、空き店舗ができてしまいました」「それを使いましょう。開放してもらいましょう」「空き店舗をつかった、公園通りを使った、街全体を使った石川啄木展」「メイン会場はここ『おたる無尽ビル』です」。
乗った!小樽文学館も乗る。『無尽ビル』に出る。公園通りに出る。ねえ、「小樽商人」ってこうだったんじゃない?お金があってもなくても、遊ぼう。お金なんて、いつかなくなる。一晩でだってなくなる。なくなっても遊ぼう。無理をしても遊ぼう。伊藤一郎さんとか、「光」喫茶店の先代とか。ワタシ、洗練されてる、っては思えませんよ。お世辞にも思えない。昔は、それを少し笑った。正直アク趣味、ドロくさいし、それを少し笑った。
今は違うよ。胸が熱くなるし、そして何ものへとも知れぬ怒りみたいなものも伴って、支持する。断固支持する。小樽に住んで23年。ようやく分かってきた。この街がなぜいいのか。一色にならない、なれねーんだよ。金持ちも貧乏人も、みんな主張する。個性を主張する。生きているって主張する。これがさ、これが小樽だ。北海道は変わる、小樽が変える。日本は変わる、小樽が変える。ワタシは誇大モーソーか。財政破綻の自治体の文学資料館の学芸員フゼーが何をヌカす、か。
でもワタシは信じる。「小樽無尽会社」から銀行に、そして「無人ビル」になったビルを買い取った人たち。「おたる無尽ビル」と改めて名づけた人たち。その名前に込めた思い。「無尽」だぜ。なめちゃーいけない。くたばりゃしない。この人たちに、我々はつながる。この人たちに我々公務員はつながる。小樽の底力、を、これからお見せする。

5月24日(金)
富田さんから、ケータイメールで、妙見カフェを生かすアイディアが寄せられましたよ。

富田さんの妙見市場再生プラン
中古品、例えば古着・古本・中古家電家具等エコロジー・リサイクルをテーマにしてフリマスペース。
商大サークルやボランティア団体の協力で小学生向け勉強宿題教え屋・お悩み相談室、年寄には寄席演芸場
妙見文化センターとして華道・書道・川柳俳句・短歌・カラオケ・麻雀・囲碁・将棋・手話教室等に開放。

うーん。よろしいんじゃないですか。宿題教え屋とか、よろしいな。何とか学力増進会なんてのよりね。妙見カフェ、みなさまも興味が出てまいりましたでしょ。明日でもデジカメで撮ってきて、画像載せてみますね。

5月23日(木)
●ただいま午後9時11分。こんな時間まで、何をやっているのかといいますと、古本の山から本を選んでた。「忘れじの包丁」「すしやの証文」「野の食卓」「食べるたびに、哀しくって…」「芋粥」「朝ごはん抜き?」「クッキング・ママの依頼人」「キッチン」「茉莉花茶を飲む間に」「キルトとお茶と殺人と」「少し酔って」「ティファニーで朝食を」「にんじん」(少し苦しくなってきたな)。
ご想像のごとく、26日の「ちょっと食べたり、呑んだりの文学散歩」の参加者へのプレゼントですよー。まー、ただでいただいた古本だからね。いろんなかたちで、市民の皆様へ還元しないと。一種の付加価値なわけね。でも、けっこうタイヘン。なさそうであるが、ありそうでない。「食・酒・茶」の物語。
これね、沼田元氣さんのアイディアのパクリね。沼田さん、こないだココにきてたとき、本100冊選んでた。テキトーってば、テキトーな選び方だけど。内容素敵・装幀素敵・タイトル素敵・ビミョーに……素敵?な100冊ね。これをまた素敵な包装紙でくるりと包んでしまい、家に帰ってからそっと開くと、ドキドキ。って前に書いたな。
5月26日(日)午前9時30分、文学館に集合です。いざ、でかけましょう。妙見市場に、田中酒造に、光喫茶店に。とちゅうの試飲で酔っ払った市民は、置いてきますよー。小樽だからね。何とかひとりで帰れますでしょ。

5月19日(日)
●昨夜の小樽交通記念館、とってもよかったですよ。夜間無料開館。開館以来初めてなんだって。霧雨降ってちょっと膚寒く、あいにくのお天気でしたが、美しかった。
へー、ってあたり見回してたら、「タマガワさん、ご苦労さま」って。あっ、図書館長さん。で、よく眼を凝らしたら、あっちこっちに社会教育関係の人たち。あー、みんな手伝ってたんだ、って。何だか、きゅうに申しわけなくなってしまった。
私なんか、こうやってベラベラしゃべる「場所」を作ってしまったわけだし、ある部分、しゃべったり書いたりすることが仕事なわけだし、でも大半の人たちは黙々仕事をしてる。辛いことも嬉しいことも、胸の中で噛みしめる。あっ、学芸員のサトウさん。いつものように作業服を着込んで、早足で歩いていく。サトウさん、ご苦労さまです。「ああ、タマガワさん」。きれいですね。ライトアップ。たいへんだったでしょう。「でも、これのために照明新たにつけてるわけじゃあないんですよ」えー?そうなんだ。この機関庫の屋根もそうなんですか?「はじめからついてるんです。日中にもときどき列車のライトはつけたりするんですが、夜はやっぱりきれいですね」うーん、夜行列車って乗るのもいいんだけど、走っていく、走り去っていくのが何とも郷愁を突かれるんですよね。その感じだなー。
「よう」あっ、ヤクシジさん。「いいね」そうですね。「けっこう人も来てるんじゃないか」そうですね。広いから、そんなに見えないけど。皆さん、喜んでるみたい。「また刺激されるんじゃないの?」うーん、ウチも何かここでできればなー、っては思ってますよ。
交通記念館学芸員のサトウさんのご苦労、ワタシなんかの比じゃあない。それはヒシヒシとわかる。それでも疲れたようなふう、みたことないけれど。
なかの展示だけじゃなくてさ、ほんとうにあっちこっち工夫してんだ。そとの客車だってね。ビデオ車両あり、アートギャラリーあり、それこそカフェだって。うーん、わるくないよ。このカフェ車両。ここで、ほんとにあったかいコーヒー飲めたらさ。お客さんと話できたらさ。おっと……。できる、かな。カフェには何が要るんだ? 場所だね。そして、人とコーヒー。じゃああ。「人とコーヒー」さえあれば、あとは場所だけ。
ならさー、小樽なんてどこでもカフェじゃん。
ワタシは思い出す。盆栽小僧の松ちゃんこと、若き日のヌマゲンさん。唐草模様のボディスーツに松のかたちに刈り込んだちょんまげ。腰のまわりに旅道具はいった植木鉢。そんで53個の盆栽積んだリヤカー従えて、東海道五十三次数か月かけて歩き通したという。宿場に着くたびに、そこの人に盆栽プレゼントして歩いたという。
ヌマゲンさんは天才かも知れないが、マネならワタシにもできる。足はカブ。背中にマホービン。カブの荷台には紙コップ。せめてヘルメットはコーヒーカップか。ワタシが降りた場所が、街角カフェだ。カフェライブ。展覧会期中、毎日一カ所。コーヒーと会話。それを記録していく。
でしゃばり、おしゃべり。ならさー、そこまでやらなきゃ、だよね。8月で49歳、高校生の二人の娘がおりますが。外で会いたくはねーなー、お互いに……。

5月18日(土)
●きょうは、まったく無名の(おそらくね)お店の話だ。南4条西14丁目電車通り沿いね。「グッド・マン」。車道側にかなりおおきな看板を立てているから、場所はわかりやすいな。これは予定外の店だったの。前に下見で、富田さんに運転してもらってたときさ、沼田さんが、いきなり「止めて、止めて。Uターンして」って。これは、このあと頻発したんだけど、このときは富田さんも私も慣れてなかったから、ちょいとびっくり。
沼田さん、スタスタお店に近づいて、その微妙にレトロ・モダンな看板撮影しはじめた。
私ら、車のなかから様子をみてたらさ、いきなりお店の人が出てきてね。何か二言、三言。そんで、沼田さん、店のなかに連れていかれちゃった。あらら、ちょいとやばいかなー、出てこないよ、沼田さん。待つこと、四、五分ね。また二言、三言話交わして、沼田さん車の方にスタスタと。沼田さん、怪しまれたんじゃないですか? 「あのね、役所の人に間違われました」えー? 「この看板がね、道路交通法か何かにひっかかりそうだから、役所の人に何かいわれるんじゃないかって」「ここの道路まもなく拡幅されるそうだから、そのときには撤去するつもりだから、そういう風に弁解しようと」「そうじゃないって。すぐに分かってくださって。いい店でしたよ。ここも取材しましょ」ふーん。それにしても、間違うかなー、沼田さんを役所の人と。心配したんですよ、沼田さん。「それにしては、すぐに来てくれませんでしたね、タマガワさん。冷たいな」すんません。
で、本番取材が、おとつい。うーん、ここがねー、何だかパッとしないんじゃないですか。アポイントが朝早かったんだけど、お約束よりさらに早く着きまして(なんせ5時半起きよ)お隣の住居になさっているらしいお家を吉本さんが。あれ、さっそく玄関チャイム押してしまいましたよ。で、あっさりと「いいですよ」だったらしい。
こんどは私がお店のなかに。ご主人がジャージ姿で出ていらしました。「着替えてまいります」あー、いいんですよ。人は撮さないはずだから。「いえ、でも」時間掛かっちゃうんじゃないかなー。でも、てきぱきと着替えをなさって、あら、白いシャツに蝶ネクタイ、黒いベストをきちんと着込んで。髪もすっとなでつけて。
「ご主人に、撮影用のコーヒー一杯作ってもらってください」と沼田さん。私がお願いすると、さっとお湯を沸かして、ドリップの用意して、ポットに注ぎはじめるまでの一連の動作に、ムダがないなー。おや、沼田さん、写真撮り始めた。人は撮らないはずだったのに。「タマガワさん、じゃまですよ。ご主人、そのままゆっくりとお湯注いでいてください」あら。
私は撮影のあいだにぐるりとお店のなかを見回して。うーん、とくにセンスがいいとは言えないけれど、きっちりしてるな。清潔だしね。明るいな。レコードみれば、音楽はジャズ。でもジャズ喫茶臭がまったくありませんね。
グッドマン、って、ベニー・グッドマン? 「いいえ、このスピーカーが『グッドマン』。イギリス製でね。気に入ってるんです」ふーん。作りつけみたいに、壁に収まってますね。
「喫茶店よりも、私が打ち込んでるのは、発明でして」。ん?こりゃ、ちょっとやばいな。「お見せしましょうね」あら、なんかブリキの箱みないなの持ってきたよ。まずいな。珍品発明オヤジか?長くなるなー、ぜったい。つぎのアポもあるんだからさー。
「これです」ん。換気口?「動力をいっさい使わないんですよ。フードの穴の開け方とこのかたちで、効率のいい室内換気をうながすんです」「ずいぶん苦心しましたけどね。専門家の方も認めてくださって、商品化にこぎつけて」「このようにたくさんの業界紙、一般紙でも紹介されました」ほー。北海道の住宅気密度高いですからねー。本州の家も、そもそも耐寒構造になってないから、雪国などではけっこう結露に困らされるんですよ。「そう、だから本州からも引き合いが来て。あんた、結露に詳しいね」いえ……。

ご主人は、ずっと喫茶店をなさって。「いえ、私はサラリーマン。任天堂に勤めておりました」えーッ!? と私と富田さん、声が揃ってしまいました。私のアコガレ、任天堂。「札幌営業所でね。任天堂がトランプ、花札メーカーから転換はかっていろんなおもちゃ作り始めたころでね。光線銃とかマジックハンドとか、ちょっと奇妙なおもちゃをね」そーそー、横井軍平さん。ゲームボーイの生みの親ですね。「くわしいね、おタク」いや、まー……。「おもしろかったけどね。やっぱり独立して店を持ちたいと。麻雀荘の経営がそれなりに成功しまして、この店持てたんですよ」ふーん。「でもね、喫茶店なんて儲かりません。いまは動力なしの融雪溝にチャレンジしてるんですけどね。実験する場所が確保できなくて」うーむ……。この換気口、コンパクトでなかなかスマートですね。「あんた、これ持ってきな。事務所で飲みなよ」えーッ。これ業務用の豆?おっきい袋。
「小樽はいいよね」そうですか。

うーん、グッド・マン。日本語の「いい人」じゃなく、グッド・マン。何か、カッコいいなー。ここがね、今回取材させていただいた札幌のお店の、ワタシの、ベスト・ワンです。

5月17日(金)
●小樽・札幌喫茶店取材、完了です。沼田さん、吉本さん、そして、なかんずく千葉さん、富田さん。とってもご苦労さまでした。

私は、ほぼつきあいましたが、昨日の後半は富田さんに、今日の後半は吉本さんに、沼田さんのアシストはまかせてしまった。その範囲での感想。えっと、小樽のお店は、これから私も独自にインタビューして歩くつもりですので、札幌のお店のみ。

たくさん感想ございますが、とりあえず超有名なお店と、超無名(失礼)のお店。有名なのは「森彦」ね。1996年オープンだというのにね。もう札幌っていうか、北海道のお店では日本一有名かも。わが「光」に伍すなー。
私はね、ちょっとヘンケンありました。あー、「裏参道」の、あのあたりねー、民家を再生して和風のテイストね、ありがちだなー、って。で、初めて伺って。……降参です。
うーむ。パーフェクト……。東京生まれ、札幌育ちで本職グラフィック・デザイナーってご主人自らレイアウトしたお店。古い住宅地の一角。小さな祠を抱えた不思議な造りの右隣のお家も、ふつうに家庭園芸を楽しんでおられるらしい隣のお家も、その一角全部を取り込んでいる。そのうえで背後の円山を借景に、街の一角がデザインされているんだ。
まーここまではね。あるかも、だけど。あとは、実際に訪ねて、みてね。繁るまんまにしてる「みたいな」雑草とかさ、泥がついたまま片づけるのを忘れた「みたいな」スコップとか、玄関前に埋め込まれた小さな壺みたいな陶器のカケラとか、手水鉢の二匹の金魚の色の取り合わせとか、それでなかに入れば。
うーん、いいお家を見つけたんですねー、「ええ、お年を召したご夫婦が住まっていらしてね」「いつも前を通るたんびに、いいなあ、って思ってたんですが」「ある日突然、どこかに越されたらしく、空き家になりまして」そうかー、モダンなご夫妻だったんですね。いいところに窓があるなー。「それは私が開けました」……。外のツタははじめから繁ってたんでしょ。「あれもこの家をいただいて、すぐに植えたんですよ。やっといい具合になりましたね」……。えー?ぜんぶ「計算ずく」なの? お店の名前の由来は? 「森から生まれた子。森彦です。海彦・山彦って、神話に出てくる名前が好きなんですよ」なるほど。
音楽、いいですね。聴いたことがあるような。でも、この楽器は……。バスーンですか? 「これですよ」え? バッハの無伴奏チェロ組曲を、え? サキソフォンで!? 「おもしろいでしょ」
うーむ。参りました。で、帰りがけ、沼田さんに。完璧だけど……。「そうでしょ。日本でも一、二じゃないかな」。でもご主人の感覚がスミのスミにまで行き渡ってるから、その存在感が少し重くはならないかしら? 「あの方は、ふだんはお店にいませんよ。奥さんか、お手伝いの人にまかせっきりです」……。ちゃんと、分かっておられるのか。参りました。でもね、意地になってるわけじゃないけど。よくいう言い方ではありますが、「欠点のないのが、唯一の欠点」。これで、ご主人がもっとお年を召されて、ちょっとお疲れになって、「あれ、ここにネコがウンコしていったの? まあ、あとで掃除しておいて」ぐらいになれば、至上の喫茶に。

えっ、ではベストはどこなの? それはね、明日。

5月16日(木)
●こないだ思いついた「おばさま日記」で、『月刊おたる』の杉の目和歌さんからメール(引用了解ずみですよ)。

「おばさま日記」・・・
いいですねぇ、ぜひぜひ開設してください。
中学生だけに独占させないで、いろんな年齢層の人にも、どうぞ開放していただきたく思います。「おじさま日記」、「お子さま日記」等などいいんじゃないでしょうか。
わたしも十二分に「おばさん」ですので、活用できたらいいなって思いました。

うーん。援軍だなー。カタくいえば、IT革命に取り残されていく中高年齢層の声なき声を、なんてことになってしまうんだけど。違うんだね。
ここに来るんだ。この文学館に。ワタシと顔もあわせる。名前もいってもらう。お話しもする。その上で、自分の考えや、日々思ったことや、ご家族、ご近所、会社のことなど(あー、くれぐれも書くこと、書いたことには〈自己責任〉でね。そのために本名まず名乗っていただくんですからね)ゆっくり綴ってまいりましょう。

インターネットはね。たしかに革命的なメディアだと思う。ただし両刃のツルギだな。肉声を失ったとたんに、声を発する人の姿カタチが失われたとたんに、なりふりかまわぬコトバのテロにもなり得るんだ、って滅入るような話をするつもりではなかったんですけどね。

中学生みたいに、あっというまに数十行書き、は難しかろうけど、オジさん、オバさんにはオトナなりの、考え深い味わいが、って、まー、もっと気軽にボツボツとね。始めてまいりましょうか。とりあえずは、中古パソコンもう一台増設だな。

5月14日(火)
●りんごーの花ほころっび、かーわもーにカスミたちー、ってダイジョウブか。
北国の港街の喫茶店ったら、白系ロシアの美少女でしょう、って沼田さん。あいかわらずヘンケンのかたまりだが。まー、必ずしもヘンケンばっかりともいえぬ。和田義雄さんの『札幌喫茶界昭和史』にも、出てくる出てくる美少女さん。和田さんがやっていた『金と銀』も、兵隊で満州にいたときに通ったロシア人のお店の名前をいただいたんですと。で、とうぜんのごとくそのお店にはいたわけね。美少女のウエートレスさん。
で美少女はね、さがしてすぐにどーなるものでもない。見つかったところでどーなるものでもない。なら、マトリョーシカでしょう、って分かりやすいってか、速すぎるってか。
マトリョーシカ作りたいんですよ、小さくてかわいいの。あ、もちろんコーヒーカップもっててね。タマガワさん、何とかなりませんか、って。なるかー。って一蹴できない……。うーん、強引なヒト。ワガママなヒト。それになんとか応えたい、って、なぜ? どーして? でも、ヌマゲンさんに引きずられていってしまうのって、ワタシだけじゃーないからね。みんなフシギでしょ。
なんとかしましょー、やりましょー。でもね、沼田さん。沼田さんもジョーシキでは把握できないが。もっとジョーシキでは踏み込めませんよー。あのかわいいマトリョーシカの、「海のわたりかた」。カクゴしてくださいねー。

5月12日(日)
●きょうも「中学生日記」は、絶好調だ。連中を横目でみてるだけで、日頃の憂さもぶっ飛ぶぜ。で、ふつうは7時ぐらいまでいるんだけれど、きょうはどういうわけか4時頃にみんな帰った。
4時半ごろにさ、活発な感じのおばさま(このいいかたは微妙なのか?)が見えて、「ここでパソコンしてる子どもの親なんですが」って。ん、迎えにきたのかな。あ、きょうはみんな帰りましたよ。「あの……」ん? 「ここのパソコンは子どもしか使えないんですか?」ん? いや、そんなことはないですよ。オトナももちろんオッケーです。そういや、最近来てないけれど、しばらく前に、ひとりで独習本持ってきてレッスンしてたオジさん、いたなー。
「私もね」ん? 「講習受けたことあるんだけど、やってないとどんどん忘れちゃって」そうでしょうね。「パソコン買おうかって思っても、ほんとうに使えるかなって」なるほど。「ちょっとインターネットで調べてみたいな、って思うこともあるのね」ふん、ふん。「小樽にないでしょ。ネットカフェっていうの?」そうみたい。ウチはいいんですよ。朝からワタシがいるまでね。インターネット常接だから。「オトナもいいんですか」もちろんです。
で、おばさま(このいいかたは微妙か?)が、お帰りになったあと、天啓のごとくヒラめいた。
新設する。「おばさま日記」。
クックッ。これでワタシもけっこうタクラむからねー。でもあれか。ビミョーなのか、ヤバいのか?

5月11日(土)
●日記は、3日休むと書くことが溢れる。ワタシのトリアタマから溢れてしまう。
で、もういい加減にほうっておきたいんだけど、北海道新聞5月9日の「投稿」について。
この方が誰に向かって「声」をあげておられるのか、私にはよくわからない。小樽市民ということらしいが。「小樽市民」なんて、カンタンにひっくくられるヒトはいないよ。
じゃあ、私タマガワにか。亀井館長にか。小樽市議会にか。

あのね。話をしましょう。ここで、この小樽文学館で。小林多喜二のコーナーの前で。
亀井館長は、7月初めまでサンフランシスコだが。ワタシはいる。忙しいには忙しいが、ワタシの部屋はこの小樽文学館の展示室だ。学芸員室という「個室」はウチにはないんだよ。いつでもいい。Aさんも、札幌市手稲区の楠美さんも、北海道新聞の編集さんも。話をしようよ。対話をだ。
対話がなければ一個も進まぬ。だから、もうこういう「声」に対して、コメントはしない。ただし、ひとつだけ。「歴史の針をもどす」? 「歴史の針」とはいったい何か。科学的論理的に説明をしていただきたいが、できるはずがない。できるはずがないことを書くなとはいわない。感覚的なものいいだろう。それならワタシも同じ言葉を「感覚的に」使う。
美術館のチラシをみた。姫路市立美術館。展覧会のタイトルは「美術と戦争」。平易な主旨が添えられている。全文を引く。

戦争は社会やそこに生きる人々に大きな影響を与え、もっとも注目されてきた事象です。美術においても、古くから戦争が関心の対象とされ、様々な形で戦争をモチーフとした作品が生み出されてきました。本展ではその中から、近代日本、特に昭和において美術が戦争とどのように関わってきたのかを見ていきたいと思います。
実際に美術と戦争、と聞いて頭に浮かんでくるのは、戦闘の場面を描写したり、戦意高揚のために作られた作品や反戦的な作品かもしれません。しかし、美術が戦争を扱う、もしくは戦争の影響に包まれる状況は様々です。昭和期の戦中には、表現や画材の配給に制限が加えねばならなくなった作品や、銃後の生活を写した作品、間接的に戦争の遂行に役立った作品、戦争の影響の下に無難に作られた作品、冷静に戦争を見つめた作品など、色々な作品が生み出されました。それ故に本展では、戦争記録画や反戦作品など、一つのテーマに縛らずに、もう少し広い意味での美術と戦争の関係を表す作品を紹介し、実際に当時はどのような作品があったか、美術にとってはどのような時代だったのか、ささやかながら考える場にしたいと思います。
日本の敗戦からすでに長い時間が経過し、サンフランシスコ講和条約発効からもちょうど50年が経ちます。その間に社会も美術も大きく変化し、戦争の記憶も次第に風化していく中で、現代の視点から、戦争の影が社会全体を覆った昭和初期〜20年代の美術作品・資料を中心に改めて紹介し、日本における美術と戦争の関わりを振り返りたいと思います。

つつましい文章。けれども伝わる。高い志し。私の「感覚」でいう。「歴史の針をすすめる」とは、こういうことだ。「戦意高揚」or「反戦」。「戦争」が、そんなにシンプルにくくれるものか。あたりまえのことを、これまで軽んじてきた。怠ってきた。善と悪、どっちかに押し込めときゃいいのさ、的な、浮薄。
ひとつだけ、姫路市立美術館に、意見をいいたい。6月30日の解説会。「美術と戦争の時代」解説:当館学芸員。
名前を出そうよ。こういう展覧会が、大勢が集まってワイワイガヤガヤのなかから企画されるなど、ありえない。一人の学芸員のモチーフだ。解説会で解説するのは、その「担当者」だろう。スタッフの一人だから、裏方だから、公務員だから。名前を名乗らぬ、名乗らさぬ、なら絶対に違う。美徳、とはむろん関係ない。少なくとも私は知りたい、誰が、こういう優れた企画を提出し、準備し、実現したのか。「姫路市」「姫路市立美術館」という漠然とした言い方でなく。組織として、というのは確かにあるだろう。優れた美術館、優れた文学館。けれども、それは一人一人のスタッフの顔がみえてくる、少なくともまるでみえてくるような、美術館・文学館だ。

調子を戻す。いつもの「日記」に。沼田元氣さんと4日間。小樽のカッフェ(喫茶とカフェの違いなど、ワタシにゃどーでもいいことだ)。あったぜ、最高のカフェが。憩い、くつろぎ、笑顔。いきかう人たち、かわされるあいさつ。教えようか、最高のカフェ。「妙見カフェ」。聞ーたことねえぜ、ってそりゃそうだろう。ワタシがいま命名した。場所妙見市場。かつて小樽市民の台所だ。波トタン貼りのかまぼこ型の棟が五つくらい並んでいる。買い物客は、ここ数年で激減しているらしい。観光ルートからは、かんぜんに逸れた。来るのはほんとうに近所の常連さんだけだ。それも若い奥さんはこねー。
店はみな等分に仕切られてる。魚屋、八百屋、乾物屋だけじゃなく、散髪屋、洋服屋、骨董屋まであったらしい。それらがどんどんつぶれている。なくなっている。あちこちに「空き地」ができた。「空き地」だらけになりすぎて、5棟ほどあった市場の店を2棟ほどに掻き集めた。それでもまだあっちこっちに「空き地」ができる。
そこがさ。「妙見カフェ」だ。古いソファ、椅子、テーブルをどっかで拾ってきたんだろう。クラシックカフェ、モダンカフェ、ファクシミリを備えたビジネスカフェまである。ひとつせいぜい3坪か。こっちはギャラリーか。ここは玩具があるから、子どもの遊び場か。雑誌も古本もある。何だよ、この「くつろぎ感」はよ。揚げ物の匂いが漂う。おなかもへってたんだな。
ヌマゲンさんも感動しまくりさ。写真撮りまくり。いいの? 「原稿用」がなくなるんじゃないの?
でさー、うさんくさいじゃない? ヌマゲンさんとワタシの二人連れ。何かわけわかんないじゃない? ワタシは公務員だけどね……。でも、オバさんたち、うれしそうなのさ。自分たちの工夫、ちょっとしたこと、それを感心してくれてるんだなー、ってね。シンプルにそれが嬉しいみたいなの。オジさんが写真撮りにきましたよ。沼田さん、写真撮られてるよー、あれオジさん、逃げてっちゃった……。

「企画」はね。こういう場所で決まるのさ。「市民」はね。こういう場所にいるのさ。決めましたよ。喫茶店展の第二会場。「妙見カフェ」。ギャラリーもアトリエも、コンサートもできるぞ。お帰りには、ハンペンと小松菜とハッカク、買ってってねー。文学館オリジナルの「カフェグッズ」もねー。

5月8日(水)
●沼田さん、本日早朝ご到着、で、さっそく撮影開始です。もっともきょうアポイントがとれたのは、「エチュード」さんと「つどい」さんだけね。「エリム」さんにも、何とかお許しいただけそうでした。私は、三脚かついでついていきながら、短い時間ちょっとおしゃべりをするだけですが。うん、おもしろいな。
少し気にもなるんで、ことわっておきます。今回沼田さんがセレクトしたお店なのですが、これは沼田さんがほとんど直感で選びましたので、その規準は何か、と、ワタシにも聞かないでくださいね。つまり「絵になる」ということらしいのですが、それも、必ずしもウツクしい、シャレた、とゆう一般的認識とは一致しません。むしろ、写真に撮るとおもしろみがある、というぐらいに受けとっていただきたい。だから、もっといい店いっぱいあるよ、ってもね。どうかお許しくださいね。念のため、ですが、味とか値段とかも、まったくカンケーないからね。
明日の新聞には啄木の手紙のことが出るかしら。
おもしろい話は山ほどなれど、精彩欠いてるなー……。やっぱ疲れてんのかな。

5月7日(火)
●Aさんから、お手紙をいただきました。長いお手紙です。率直な感想をいわせていただきます。まず、今回のお手紙は前回のお手紙に比べ、明瞭にAさん個人のご意見(感情といったほうがいいのですが)が伝わってまいりました。私は、どのようにすぐれた理論でも、そこに感情がともなっていない文体を信頼することはできません。これはからかいでも皮肉でもなく、私自身がきわめて感情的な人間であるからこその確信(決めつけ、といわれても構いませんが)です。
それで、前回のお手紙と同様、率直な疑問。どうしてご住所を書いてくださらないのですか。またHP上で回答を求める、ということなのですか。今回、そもそもAさんのお手紙をHP上で出してしまう、ということにはかなり多くの人から批判、あるいは注意をいただきました。基本的にネチケット(いやな響きの言葉ですが)違反。私もそれくらいのことは承知しています。けれども、どうして対話をしていけばいいのか。
今回のお手紙を見る限り、HP上で意見を述べあうこと自体に、Aさんはご異存はないようにも思えます。ただ、私のこの日記のふざけ、からかい、中傷するような(私はそのつもりはないのですが)調子は、我慢できないということだろうと思います。
ならば、この日記上で、もういちどお訊ねします。まず今度のお手紙を、また全文掲載しても構いませんか。そのお許しを、手紙でも、メールでもけっこうです、いただけるなら、私は、真面目に(いままでふざけていたわけではありません。こういう文体で、という意味です)回答申しあげる用意があります。
Aさんは、恐怖と緊張におびえながら手紙を書いている、とおっしゃる。それは文学館に何か苦情をいったら、すべてこのようにHPにさらしものにされる、というような意味なのでしょうか。それならば、そんなことはあり得ない、と申しあげます。
この日記にも明記しております。私は、ご本人の了解を得ない限り、HP上に手紙、メールを掲載することはいたしません。それをしなかったのは前回のAさんのお手紙が初めてのことであり、それはAさんに直接お答えする方法がなかったからであり、かつお手紙に正当なご批判とともに多くの誤解があったからです。
今回のお手紙では、お怒りはさらに募られたものと受け取られますが、誤解についてはほとんど無くなっております。Aさんは、HP上でのAさんのお手紙の扱い方に、激昂されておられる。しかしその誤解のほとんどは、このHPの上で解かれているわけです。新聞の報道だけでは、誤解は誤解のままであったでしょう。
それから新聞報道に対して。Aさんは今回の取材方法について、まったく正当で当然の方法だったとお考えなのでしょうか。それから、新聞とHPの与える影響力を冷静に比較されたことはあるのでしょうか。Aさんのお感じになっている恐怖と緊張がどのようなものなのか、私にはわかりません。私は少なくとも名前を明らかにしています。所在も明らかにしています。自宅の住所電話番号まで、ここに書くつもりはありませんが、直接に肉声で意見を交わすお気持ちがある方のために、(これもまた公私混同と批判されそうですが)常時携帯しているPHSの番号を明記しておきましょう。070-5287-2077

傲慢、人の意見に耳を傾けぬ。そうかも知れません。確信犯、そうかも知れません。またルールを破ります。差出人の了解を得ぬ限り、いただいたメールを公開することはない。つぎのメールの差出人の方にも、私は転載のご許可をお願いしました。その後、この方からは一切のご返事をいただいておりません。しかし、その内容は、ご許可を得る必要もなかったように思います。これはルール違反ではない、と私は確信し、ここに改めて掲載します。あの記事が載った直後(数時間も経っていなかったでしょう)、私に直接入ったメールです。

今日の(4/22)の道新夕刊を読んで深い憤りを感じる。
君達に多喜二を記念する文学館など任せるわけにはいかない。
即刻辞任したまえ。
理由をいちいち述べる必要もないほどの情けない事情なようだ。
申し訳ないが、現在の役職員のリストを返信願う。

多喜二が味わった1/10ほどの恐怖感を感じてもらう。

5月6日(月)
●いきなりー。夏目漱石「坊っちゃん」より、だ。

実は新聞を見るのも退儀なんだが、男がこれしきの事に閉口たれて仕様があるものかと無理に腹這いになって、寝ながら、二頁を開けてみると驚ろいた。昨日の喧嘩がちゃんと出ている。喧嘩の出ているのは驚ろかないのだが、中学の教師堀田某と、近頃東京から赴任した生意気なる某とが、順良なる生徒を使嗾してこの騒動を喚起せるのみならず、両人は現場にあって生徒を指揮したる上、みだりに師範生に向って暴行をほしいままにしたりと書いて、次にこんな意見が附記してある。本県の中学は昔時より善良温順の気風をもって全国の羨望するところなりしが、軽薄なる二豎子のために吾校の特権を毀損せられて、この不面目を全市に受けたる以上は、吾人は奮然として起ってその責任を問わざるを得ず。吾人は信ず、吾人が手を下す前に、当局者は相当の処分をこの無頼漢の上に加えて、彼等をして再び教育界に足を入るる余地なからしむる事を。そうして一字ごとにみんな黒点を加えて、お灸を据えたつもりでいる。おれは床の中で、糞でも喰らえと云いながら、むっくり飛び起きた。不思議な事に今まで身体の関節が非常に痛かったのが、飛び起きると同時に忘れたように軽くなった。
 おれは新聞を丸めて庭へ抛げつけたが、それでもまだ気に入らなかったから、わざわざ後架へ持って行って棄てて来た。新聞なんて無暗な嘘を吐くもんだ。世の中に何が一番法螺を吹くと云って、新聞ほどの法螺吹きはあるまい。おれの云ってしかるべき事をみんな向うで並べていやがる。それに近頃東京から赴任した生意気な某とは何だ。天下に某と云う名前の人があるか。考えてみろ。これでもれっきとした姓もあり名もあるんだ。系図が見たけりゃ、多田満仲以来の先祖を一人残らず拝ましてやらあ。――顔を洗ったら、頬ぺたが急に痛くなった。婆さんに鏡をかせと云ったら、けさの新聞をお見たかなもしと聞く。読んで後架へ棄てて来た。欲しけりゃ拾って来いと云ったら、驚いて引き下がった。

ネット図書館「青空文庫」より。

著作権フリーだかんね。青空、偉い!! で、漱石、偉い!! ね。「坊っちゃん」教科書から外すなー、ってね。

ぜーんぜん変わってねーな。新聞。「いくら何でも、これよりゃ洗練されてるよ……」って、どこが? なにが? かわったよーに見えるのは、小手先。小手先だけだ。で、もっと、ひでーくなってるかも、だ。「傍点」のかわりに「見出し」ね。「写真」ね。「吾人」は引っこんで見せて、「投稿」ね。公平で偏向のない、って見せかけるだけ、わけわりーな。

あー、漱石さんにかこつけて、「読んで後架へ棄てて来た。欲しけりゃ拾って来い」で、すーっとしたぁ。あ、国語力不足目を覆わせる人たち、「後架」は辞書で自分で調べてね。

5月の第一発は、格調高く、漱石からだ。啄木、ヌマゲン、光、遠野物語、韓国文学……。やること山積みね。ステレオな皆さまには、ちょっと構っていられなくなりましたよ。