学芸員のよもやま日記

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6月。じゃ、委細構わず。前進。

市立小樽文学館学芸員・玉川薫
直接メールくださるときは、こちらまで。もっとも文学館あてのメールも私が読んでおりますが。


6月30日(日)
●木曜三時に、いつもの店で。で、金曜二時には、妙見カフェへ。
きょうはキコキコ商店さんこと末木さんご夫妻と、妙見カフェの会場下見に。7月5日金曜日、展覧会初日いきなりの妙見カフェイベントね。タイトルは、「キコキコ噺」だ。
どんな噺になるのか、その場になってみなけりゃわかりませんが、今プリントしてたチラシの一部下記のとおりなり。

ご家庭で簡単にいれられる究極のコーヒー!
サイフォンって日本人が発明したの?
これは絶妙!コーヒーとカマボコ。
豆本は本のオモチャだ。
こんなユカイなCDがある!

末木さんご夫妻はね、妙見カフェとってもお気に入り!環境も、市場の建物も、それが川の上に建っていることも、みんな、みんな。
きょうは、日曜日で妙見市場はお休み。それを御挨拶を兼ねて、鍵をもっておられる理事長宅へ。理事長さん、「鍵持ってっていいですよ」って、私に鍵くれちゃった。「来てくださるお客さんに、おやつ代わりにカマボコをお出ししようかと」理事長さんは老舗のカマボコ屋さんね。「それから青果商ってる人に頼んでバナナお出ししようかと」えーッ。あんまり気つかわないでくださいね。無料のイベントなんだし……。「バナナなんかは原価で提供してもらって、その分は売り出しとかの宣伝経費とかでね」ありがたいなー。ねッ、妙見カフェ講座、お客さんはすげーお得よ。
あれ、シャッター開いてるじゃん。おばさん、お早うございます。カフェの場所みながら末木さんご夫妻とお話。カマボコとコーヒーは、ちょっとミスマッチ?「いえいえ、これがとっても合うんですよ。カマボコとかお漬け物とかと、コーヒーが」ほー。
末木さんがとっても気に入られた妙見市場の脇を通って国道に出るとこで、ねっ、ここから見るとほんとに川の上をまたいで建てられてるのよくわかるでしょ。「ほんとうだ。すごいなー。これこそ歴史的建造物ですね」。おや、そこで雑草むしっておられるのは、伊藤一郎さんじゃありませんか。こんにちは、伊藤さん。「やーやー」ご苦労様です。「ウチには庭がないからね。かわりにこんなとこに花を植えたりしてるのさ」ほー。「ほら、国道のあっちがわの花壇も私が植えたんだよ」うーん、もう伊藤さんには参りっぱなしだな。「金曜日に妙見市場で講座?おもしろいじゃないか。水曜日には、おたる無尽ビルでミーティングがあるからさ、宣伝しにくるといい」行きます、行きます。何かすっかり妙見づいてるなー、って、おいおい、肝心の文学館会場はどうなってんだって話だよ。ダイジョブ、ダイジョブ、オープンまでには仕上げてお見せしますって。

6月29日(土)
●何もかも順調、といっておきましょう。いつものことながら、えーッ、ほんとに間に合うのー、って周囲を不安だらけにしておりますが。
今みたいな時期は一週間も日記書いてないと、もう何を書いたらいいのかワカンナイ状態ね。
妙見カフェにはフーズボール(サッカーテーブル)をセット。さっそく市場の子かな、小学生の姉妹が夢中になって遊んでましたよ。あとは輸入物の中古家具扱ってるお店のご協力いただいたり、下田さんからお借りしたアメリカ映画のおっきなカッコいいポスター貼ったりして、アメリカの場末のキャッフェふう(そんなトコもちろん知りゃーしないから、ワタシのモーソーみたいなもんだけど)に仕上げておみせします。その妙見カフェでの一週置き連続講座「金曜二時には、妙見カフェへ」のラインナップも豪華豪華。詳細はまた後日、ってあと何日あんのさ、って話だよ。
JJカフェのほうは、片桐さんの基本設計の上に、佐藤孝範さん(シャコタンBros.の長男さんだ)のオリジナル家具を全面展開。で、JJの展示そのものは、もー沼田さんに一任。え、嘘……。これが、ワタシの知ってるあの文学館……!? になること疑いなしです。
もっともその最終人間兵器(本人は、トンでもない、ボクはノンキで気弱なヌマ伯父さんですよー、なんて、のたまうだろうけど)沼田さんは、7月3日まで青山出版社の常務取締役ことヨシモトシンイチさんに拉致軟禁状態で原稿書かされてるらしい。ヨシモトさんにむりやりな手伝いをしていただく交換条件を呑まされたのではないかと邪推する次第。でも正直申して、ちょうどいい。沼田さんに二日も三日も前から刺さられたら、もーみんな大混乱、大困惑ね、きっと。時間的なリミットが私たちに味方してくれますよ。じゃないと、束になっても勝てない、このヒトには。満を持して待ちます、7月3日夕刻の沼田元氣氏小樽入り。
70年代80年代のテイスト濃厚なジャズ喫茶、クラシック喫茶、マンガ・映画喫茶のほうもお楽しみに。人によっては、こっちのほうに夢中になるか……。

6月16日(日)
●「妙見カフェ」週一回のミニ・イベント、ミニ講座。「金曜二時には、妙見カフェへ」第二回7月12日のタイトルが、まず決まりましたよ。
「サッカーはゲームだっ!」。講師は小路幸也さん。本職ゲームシナリオライター。最新作はGBAの「メタルガン・スリンガー」(すげー)。で、何を隠そうウチのサイトを作ってくれた人。そん時のお礼は、段ボール5箱ほどの冒険アクション小説の古本。で、こんどのギャラは、市場のみなさんのご好意でふるまわれるであろう野菜・乾物・カマボコ等。
会場にはサッカーテーブル(フーズボールってヤツね)も置きますよ。誰のだ?って、ワタシの。オークションで衝動買いしました。中学生くらいのころ、福井のデパートの玩具売り場にあったのね。それ一人でくるくる回してたら、何だか夢中になりまして、その感触がずっと忘れられなかったんだな。で、あるとき偶々ヤフオク見てましたら、出てるじゃないか。しかもワタシが遊んだような玩具じゃなくてホンモノ。ん、けっこう安?試しに入札したら、あら落ちちゃった。
家のヒトには、こどものころからの夢だったんだ、とか何とか力説して何とか納得していただいて、届いたの組み立てたのはいいけれど。でか……。テレビ見えなくなったじゃないか。で、正月一週間ほど家族の皆様にはガマンしていただいて、とりあえず分解し、今はゼニガメの水槽とか花瓶とか雑誌が乗っております。
「サッカーはゲームだっ!」って、小路さん、高いレベルのマニアなわけだけど、ゲームなんだよね、ほんとにさ。何か今朝のテレビで政治家の皆様が日本代表のユニフォーム着てフェイスペインティングしたりしてはしゃいでおられる様子みて。すっかりユーウツになりました。ダサ……。
ワタシが気に入ったトルシエ監督の一言。新聞記者の「選手から学んだことがありますか?」って質問(トホホ)に対し。「ない。私は教えに来たのだから」。

まもなくアクセス20000件ですね。たまたまキリ番ゲットした人、お知らせくれませんか。何も出ませんけどさ。

6月15日(土)
●韓国から北大に留学している韓さんと、北海道立文学館で待ち合わせ。同館で開催中の「東アジアの詩書展」を観覧。
韓さんの顔色がすぐれぬ。「昨晩のサッカーで……」。はー、盛り上がったんですね。「ええ、留学生とか在日の人たちも集まって」飲み過ぎた?「……ちょっと」でも、よかったですね。日本も韓国も。「ええ、まあ……」。顔色すぐれぬのは飲み過ぎのせいだけではない?「レッドカード2枚というのはね……」。でも、主審は外国の人。「ええ、まあ……」。凄いですよね、盛り上がり方。「韓国のS先生などは、少し懸念されているんですよ……」。?「熱くなりすぎだ、って。ポルトガルあたりで負けた方がいい、って」。……そうか。
そうね。某週刊誌の表紙は、一面の日の丸の小旗だ。それ振ってるのは子供たちか。いいにくいよね。サッカーなんて興味ねーよ、って。
で、とつぜん飛躍するけどさ。こういうとき「ケッ」って、平然と横向けたヒト。いわゆるアマノジャクじゃあなくてよ。そういうヒトは、ほんとに少ない。そしてだいじだ、そういうヒト。ナンシー関さん。死ぬの早すぎる。むちゃくちゃ残念だ。哀悼。

私たちの「韓国文学展」は来年。サッカー熱はおさまっていても、ナショナリズムは平熱に戻っているか? きついな、連続で。やりがい、あるけどね。

6月13日(木)
●「光」そして妙見市場。

こないだ、本間聖丈先生がご夫妻で「光」喫茶店に見えられたそうな。それで、たまたま店におられたご主人と話し込まれ、「光」が「夢」であったころのお話などされるうち、今度は今の「光」を描いてみたい、と申されたそうです。ご主人も快く承諾され、うーん、よかったですねえ。ご主人がずっと気に掛けておられたこと、つまり「夢」と「光」が、少なくとも本間聖丈さん(本名・本間一郎さん)のなかで、その方の人生において一本に繋がったんだ。しかも、その方が絵を描いてくださる。10歳の少年時代に叔母さんに連れられた入った喫茶店「夢」の思い出と、80歳を超えられた今、ふたたび描く喫茶店「光」。いい話じゃないか、とっても。

妙見市場では、毎週金曜日の午後2時から、30分ほどのミニ・イベント。「映画に出てきた小樽」とか「麦酒とサッカー」とか「市場・ネコ・ポエム」とか「ピアノと短編」とか「コーヒーの淹れ方と、豆本作り」とか。タイトルはすぐに決まりましたよ。「金曜二時には、妙見カフェで。」

きのうも富田さんと話をしているうちに、昭和10年前後の喫茶店ブーム、昭和30年代の喫茶店ラッシュ、でも一つ昭和、ってゆうより1970年代半ばの「喫茶店の時代」があったのではなかろうか、という話に。これはボクらの世代の話だ。ジャズ喫茶、名曲喫茶、ミニシアターの時代。ボクらはそこで本を読み、少しだけ酒に酔い、マンガを読んだ。マンガが突出した時代でもある。赤塚不二夫はほとんど自己解体にまで突き進み、ダイナミックプロは風忍という超光速の絵師まで生み出してしまった。って、少し脱線。
いえ、会場にね。超ミニ喫茶をいくつか作ろうと。超ミニジャズ喫茶、超ミニ名曲喫茶、超ミニマンガ喫茶、超ミニ映画喫茶。ね、ぐぐっと膝を乗り出してくる人が。
退職したらさ、ジャズ喫茶やりたいんだ、とか、映画関係の小さな博物館を作りたいんですよ、って人がいる。あっちにもこっちにも。喫茶店の夢、夢の喫茶店。

筑摩書房から萩原幸子さんのご本が贈られてきました。『星の声 回想の足穂先生』。
美しい本です。一個の総体として、美しい本。いくつかを抜粋。

「しんとした緊張感がはらみ、先生の内面の深さ、力がお部屋に満ちる時、私は何ほどの者だったのだろう。『あんたは軽薄だ』調子に乗っておしゃべりをしていた時、言われた。顔を見て非難するのではなく、視線は天井か窓にあって、冷静な声だけが聞こえてくる。そういう時が三回あった」
「『きちんとするな、きちんとすると死んでしまう。やりっ放しでなくてはいかん』……きちんとした説明からはみ出してしまう何か……はっきりとした言葉にとらえ難いものを、『わからないことは、わからないままでいい。それはそのまま放っておきなさい』説明の無い、それは、弛緩のない緊張感」
「すると、先生の周囲の空気が私の中へ入ってきて、身内にひろがり、心が次第に平静に落着いてゆくのが感じられるのであった。単純な、余計なものの無い、枷がとれてゆくような安堵でもあった」。

6月10日(月)
●きょうは、喫茶店「夢」再現部分の床作り。といっても文学館展示室に改装したときに貼り込んだビニールシートを剥がしただけです。つまり、小坂秀雄氏設計の旧貯金局事務室だったときの木製タイル貼りの床が姿をあらわしたわけですね。
文学館の入口部分、今回の展覧会を契機にかなり印象変わるでしょう。で、それは飾り立てるのではなくて、逆であり、これまであったものをマイナスし、ある部分もとの姿にもどる。小坂建築の神髄である、高い天井、広い窓、明るい空間が復活するわけだね。
夕方、富田さんが寄ってくれました。就職活動は思うに任せぬようだけど、妙見カフェのプランですっかり二人で盛り上がった。小さな試みだけど、初めてほんとに街なかに出るわけだから、期間限定とはいえどね。
文学館を広く開いていきたい。そのために形もかわる。ただ、いくらがんばっても「文学館」という名前だけで「無縁」と背を向ける人は少なくない、というよりこれが大半。
でも、こんどは市場のなか。だいぶ寂れてきてしまったけれど、それでもどんな時間帯でも無人になることはありえない。店の人は忙しく、買い物客はいつも往来しているなかでオープンする第二会場。
いろいろ、いろいろ考えられる。ミニイベントの乱れ撃ち。長くて30分一本勝負。喫茶店のコーヒーブレーク。コーヒー苦手の人には番茶でもよかろう。プレーヤーや講師は豊富よ。小樽文学館の人脈を、ここでフルに生かします。映画、音楽、ミステリ、詩について、人生について。花を飾り、健康も考えよう。生きること、トータルで、みんなコミで文学なんだからさ。すぐ近くの福祉センターの朗読ボランティアの人たちとか、高齢者の人たちとか、みんなに足を運んでもらおう。
亀井館長、まもなく帰ってくる。待ち遠しいですよ、館のスタッフは。

6月4日(水)
●昨夜の「おたる無尽ビル」での会議。オブザーバーとして参加させていただきました。3階のホールをどのように改修し、どのように使っていくかの議論だったようですが、「使いたい側」の要望に終始した印象。もっとも、今は夢をふくらませられるだけ膨らませる時期なのかも。で、改めて伊藤一郎さんとか中一夫さんとか、凄いと思った。
伊藤さんのところ、こないだ訪ねたときは万年少年の眼。つぎからつぎ留まることのない夢の数々。でも昨夜はずっと黙っていらっしゃる。司会者の方から「持ち主のご意見は」と飛ぶ。「夢でもいいんですよ」と続く。伊藤さんからは「運営される方々に一任します」と一言。会場から「消極的〜」と非難ともヤユともつかぬ声。伊藤さんの顔は見えぬが、おそらくニコニコとされているだけだったのだろう。私たちはハードを用意した、これからもそれを整える。夢は、使う人間がそれを現実にしていくのだ、という態度。それに徹しておられる。オトナ、ということだろう。あらためて感嘆した。
むろんオーナーは現実を見据えねばならぬ。ホールの夢を、現実にする、したい人のためにも、まず壁を補修し、床を補強する。地味で盛り上がらぬことを実際には先に進めねばならぬのだろう。それはあえて話題にしない。夢見るチカラ、現実から眼をそらさぬ覚悟。やっぱりかなわぬ。
本間聖丈先生、喫茶店「夢」の絵。一晩で描いてくださいましたよ。いいなあ、一気に昭和初年代の小樽へ。端にたたずむ和服にエプロン姿のウエイトレスさん。くたびれた背広姿のサラリーマン。腰板に貼られたドンゴロスに浮き出る「Cofee Brazil」。壁に置かれたヤモリのフィギュア。あらためて思うよ。写真の限界。語りのふくらみ、絵の構想。これにもとづく「夢」の再現。レプリカではない。そこに人が出入りすることで、レプリカを超えた「夢」に近づく。

6月3日(火)
●午前中、『月刊おたる』の杉の目和夏さんからメール。札幌にあった喫茶店「紫烟荘」のお嬢さんと連絡が取れたとのこと。何人かの方から、断片的にお話を聞いているのですが、これは戦後新宿にあった名店「青蛾」を髣髴させる文学の香り高い喫茶店だったそうです。あしたにでもお目にかかり、お話を伺うつもり。
小樽商科大学開校90周年を記念して、小樽高商・商大史の展示室を設けるとのことで、荻野富士夫先生に呼ばれて、若干のアドバイス。視聴覚教室を改装されるそうな。きれいで明るく、展望もよくてうらやましい。
本間聖丈先生は、喫茶店「夢」の壁面の細部をさらに思い出された。ドンゴロスを貼ってあったのは腰板までだったそうな。なるほど全面コーヒー袋では、さすがに鬱陶しかろう。現「光」の写真もお持ちして、さらに「夢」時代のご記憶を呼び覚ましていただく。本間先生は日本画の大家であるけれど、マンガ風の洒脱な墨絵を描かれる。そんな感じで「夢」の再現をお願いしているわけです。
きょう3階の市民ギャラリーのご使用のことで美術館にいらした先生は、昨年の「まじ怖展」メンバー獲得のきっかけを作って下さった方。Mちゃんは元気ですか。「もうほとんど毎日学校に来てますよ。研修旅行にも元気に出掛けました」。Mちゃん、学校休みの日、文学館はほぼ皆勤でした。最近来ないな、と思ってたんだけれど。クリアしたのかな、って少し嬉しく思っております。
で、きょうはこれから「おたる無尽ビル」での会議に初参加。まずは傍聴ですね。

6月2日(月)
●地道に行動だ。
経済部商業労政課の本間さんのところに行って、つぎのようなプランを。

「オタル喫茶店物語」第二会場「妙見カフェ」の設営

特別展会期(7月5日〜8月25日)中、妙見市場C棟の、空き店舗になっている一区画をお借りして、「喫茶店物語」第二会場を設営する。会場は小さな喫茶店風にレイアウトする。展覧会趣旨のパネルや、「喫茶店と文学」、「妙見市場の歴史」などのパネルを展示。パネルや椅子、テーブルなどは、すべて文学館で用意し展示作業を行う。
また、後援する小樽文學舎(文学館の民間支援団体)の協力を得て、可能なら、時間を限った無料コーヒーサービスなども行いたい。

本間さんも、「問題ないんじゃないかな。おもしろいと思いますよ」と、関係部署で一応協議してくださることをお約束。
館に戻ったら富田さんが来てまして、「文学館の外で、ある程度継続的にイベントやるって初めてのことだし、今後の活動にも大きく関係してくることだから、リキ入れてやんなきゃなんないですね」って、そのとおりだね。デザインもこだわろう。市場の雰囲気はとってもいいのだけれど、その雰囲気に馴染みきってしまったら「第二会場」の意味ないね。で、人も大事だ。なら、ワタシが行く。あっちこっちカフェ、もいいけれど、まずは「妙見カフェ」だ。一日一回一時間。ワタシが「妙見カフェ」のマスターをやる。市場の人、お客さんとも話をしましょう。

6月1日(土)
●きょうから國松登さん(画家)と明日香さん(彫刻家)の親子二人展が、小樽美術館で始まりまして、その開会式があったのですが、登さんの奥様(明日香さんのお母様)が昨夜亡くなられたということで、明日香さんは会場にお出でになりませんでした。文学館にもたびたびお出で下さった奥様です。國松さんがなさっていた喫茶店「夢」を再現する文学館の喫茶店展をぜひ見ていただきたかった。ご冥福をお祈りします。
その開会式にご出席なさっていた方のなかに日本画家の本間聖丈さんがいらしていて、どなたかと立ち話をなさっていたのを小耳に挟み。
「國松さんの『夢』には何度か入ったことがありますよ」えーっ!
で、急遽、話に割り込みました。「光」じゃなくて、「夢」ですか。「確かです。小学校3年生のころね、叔母に連れられまして」「國松さんが、ときどき店に現れたの、よく覚えてますよ。独特の風貌でね。印象的でした」「それから、壁にベートーヴェンのデスマスクが飾ってあって」おっと、これはすごい。つまりですね、喫茶店「夢」が存在したのは、國松登さんの年譜によれば、昭和6〜8年のたったの2年間。現在の「光」さんのご当主のお話などから経営が小林光さんになり店名も「光」となってからは、店内のインテリアなどはすっかり様変わりしたはず。そのたった2年間の「夢」の店内を覚えている人は、その当時20歳くらいだったとしても現在は90歳。残念ながら証言してくださるかたはほとんどいない。頼りになるのは、数枚の古ぼけた写真のみ。
で、本間さんが少年時代に出入りしていた、というのはまさに天佑。偶然の重なり。本間聖丈さんのお宅には当時、伯母さん、叔母さんが同居なさっていて洋裁教室をなさっていたそうな。その叔母さんがまだ年若く、街に出歩くときは、少年だった聖丈さんが「目付役」にされたそうです。じゃないと、子どもだけで喫茶店など入れるはずがない。
で、続きはあとで、ということで、先ほど、富岡町にお住まいの本間聖丈先生を改めて訪問。お話を続けるうちにどんどん思い出されてきて、「壁には作り物のヤモリみたいなものがいくつか飾ってありましたよ」「ベートーヴェンのデスマスクは前面が開いた箱に入っておりまして、左右から照明が当たる仕掛け。片方から照らしたり、両方照らしたり、表情が変わるのがおもしろいのですね」。うん、うん。で、いちばんだいじなところなんですが、壁はどんなふうでしたでしょうか。「うーん。壁ねー。何か、変わった壁だなーって記憶があるんですけれど」「何かを使っていた。コーヒーに関係のあるような……。思い出しましたよ」おー。「ドンゴロスです」おー。コーヒーの麻袋ですね!そこで、本間先生の奥様も割り込まれ「私も覚えてますよ。ずっとあれは何の布かしら、って考えていたの。ドンゴロス、っていうんですか」
これは、とっても大きなポイントじゃないですか。で、本間先生には、少年時代のご記憶をできるだけたどっていただき、スケッチで「夢」店内を再現していただくことに。
館に戻って、さっそく片桐さんに電話。ドンゴロスは「光」さんにも未使用の袋が積んであったような。なければ製袋会社に掛け合えば何とかなりそうな。
で、きょうは「妙見市場」で「(仮設)カフェ」が可能か否かの実検とか、展覧会オープン前の、小樽の喫茶店関係者による、シンポジウム(しみじみとした、ね)のプラン立てとか、おなじみ「我楽古多(がらくた)博物館」で、古い喫茶店タイプのカウンターチェアを探したりしているうちに、気がついてみれば、昼飯を食っておりませんでした。