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7月26日(金)
●はッ。千客万来だなー。美術館の特別展始まったからね。奈良美智さんなんて、昨日とか、ずうっと文学館内場末カフェでテーブルビデオゲームにはまってたからねー。西山美なコさんは嶽本野ばらさんと大学時代同級だったそうな。当時から乙女ちっくな恰好でバンドなどなさってたそうですよ。喫茶店本いちばん喜んだの、西山さんかな。砂糖細工の薔薇のインスタレーション、野ばらさんにみてもらいたいそうな。で、その野ばらさんだけど、っと、これは後でね。
で、最後にやっぱ強力、村上隆。もーオーラ丸出しね。JJ'cafe に星田さんの似顔絵入りサイン置いてったぞ。星田さん、引っ込めてくれってゆってるからさ、明日一日の展示?だ。見なきゃソンする、かな?とどめは、フィギュアの神様ボーメさんと、海洋堂様ご一行、ってかほんとに強力なのは明日来る社長なそうだが。
で、みんな入れ替わり立ち替わりJJ's Cafe に出入りするわけだからさ。そりゃ、作家は作品で語る、に決まってるんだが。JJ'
Cafe に来なって。びっくりするような話、たっぷり盗み聞き?だ。でさ。前に國松明日香さんがいってたが、喫茶はこの「盗み聞き」(人聞きわりーな。要するに聞きたくなくても聞こえてくる会話、ね)が「お楽しみ」のひとつ(やっぱ人聞きわりーか)。この微妙な距離感な。当事者じゃなくても、微妙に対話に参加してる感じな。
JJ's Cafe はさ、きょうなんか、そうゆう濃い濃いのアーチストだけじゃなくて、市長休んでったり、昔の収入役さんが寄ってたりして、もうみんな仕事とかの顔じゃないからね。いいですよ、皆さん眉根も開くってもんだ。
第4回目の妙見カフェも、何だか大盛況だな。もっとも来週の「講座」こそが勝負!、なんだけど。これはまた次の話だ。
さあ、お嬢様方、お待ちかね。8月23日、24日、25日の連続カフェ講座。第一講の講師は、え、まじ?うっそー、の、嶽本野ばら先生です!! リンリン、はい、ああヨシモトさん。「はい、ほとんど決まりです」じゃ沼田さんとのかけあいですね。「いや、それがですね。野ばらさんお一人で」え?「今回は、お一人でトークショーをなさりたいと。ときどきなさるファンの集いみたいに」。???。「お話のあとはサイン会を」。いや、そりゃ結構なことですけれど……ん?ああ、そーか。いまやヨシモトさんは青山出版の取締役。うーむ、こっ、これは微妙な……。「とにかく最終日は沼田先生を中心に(ゲストはまだマル秘です)みんなで楽しく盛り上がりましょう、と」。うーむ、ラスト良ければすべて良しってことでね。うう、胃が痛てーな。
7月24日(水)
●きょうね、課長会議で(ワタシもこれでも課長みたいなもんなんだ)学校週休二日制にあわせて、地域ぐるみでの教育体制ってことで話し合った。週末の学校開放にもあわせ、学校の施設なども積極的に利用して、ってことだね。基本的にはその地域の人たちが主体的に行うことを、ワタシら社会教育スジの人間がバックアップしていきましょう、ってことなんで、いろいろむつかしい問題も多々あるようだが。
ワタシは何かね、膝乗り出すような感じなのね。やってみたいのさ。いや、ちょっと調子に乗ってるのかも知らん。Majicoやって、中学生日記やって、妙見市場……、やりかけたばっかだけど。地域とその核になる学校。うーん、前なら思いもよらなかったけどね。絶対甘くないのは分かり切ってるけどね。はー、やってみてえ。文学館ていったい何よ、って場所で。何か血が騒ぐなー。
7月22日(月)
●大急ぎで、短い話をつないでみよう。
何から話そうか。美術館の展覧会のこと、ほとんど書いてこなかったな。マジ凄いぞ。ほんとに短く書く。「ぼくらのヒーロー&ヒロイン展」って、いっとう初めにゃ、なんつうユルいタイトルだ、って思ってた。けれど、ユルくて正解。星田さん(美術館学芸員)まっとうに誠実だからさ。「ヒーロー&ヒロイン」にまっとうに向かっていった。結果、「ヒーロー&ヒロイン」の意味がまともに出てきてしまった。前代未聞だ。この展覧会、(何かウチ─文学館の展示みたいな気がする。正直いって、美術館の展覧会で初めてエキサイトしている)猥雑さに眩まされないで、眼を凝らして見るといい。テーマは何か、何だったのか。「ヒーロー&ヒロイン」すなわち「直進する性(セックス)」だ。何でここまで行けたか。星田さんが、ほだされる人、だからだ。
彼女と話していたら、こんなふうに言ってた。「芸術としてレベルが高いとかどうとか、もういいの。その人に打たれる。その人の仕事に打たれるんだもの」。
ワタシのゴーマンかも知れないが、ああ、ここまで来たか、と思ったよ。ワタシもそうだ。一致した意見だ。でもここ突っ走ったら美術館のワクを超えるぜ。今度の展覧会がそうだ。断言しちまう。これまでいろんな美術館で、コミックをもっともらしく扱った企画がいくつかあった。で、どんなにもっともらしく扱ってもそれはいわゆるファインアートとは、一線が画されていた。村上隆とか奈良美智とか「海外でお墨付き得てしまった」アーチストとゴッチャにする勇気は、どんな美術館もなかった。それをさ、「仕事にほだされてしまう」星田さんがあっさりゴッチャにしてしまった。何のかんのいいながら、アートとサブカル、みたいなワクからどうしても抜けられない美術館のレベル、ほんとにあっさりクリアしちゃった。ほんと凄いよ。「ヒーロー&ヒロイン展」本気で怖い展覧会。本気で楽しみだよ。
つぎは喫茶店展関連。「ヒーロー&ヒロイン」がオープン控えてたいへんなことになってるあいだにも、ミニイベントを地味に続ける文学館。26日は妙見カフェの第4回目。こんどのお題は「市場・ネコ・ポエム」。すっかりお馴染みになった市場の皆様提供のコーヒーのおつまみ。今回はバナナ!だ。にゃお。
27日は11月の文学旅行「啄木・賢治・『遠野物語』の本源を尋ねて」のための連続講座の第一回目。亀井秀雄館長のタイトルは「『遠野物語』と現代思想」。これは迫力。ねっ、どこまでもまっとうな文学館でしょ。
で28日は、小樽の古い喫茶店の店主ご一統を招いての座談会。古きよき時代の喫茶話をやる。もちろん館内にでっちあげた喫茶店「夢」のなかでね。展覧会をいったん閉めたあと午後6時会場。6時30分から。聴講無料。「え?」と疑問はお持ちなさるな。しかもさ、座談会終わる頃には、花火が上がるぞ。ロマンチックじゃありませんか。ぜひ、文学館へいらっしゃい!
最後に残念な(ワタシはそれほどでもないんだが……)ニュース。8月23、24、25日の連続カフェコンサート&カフェ講座のメインゲスト候補だったカジヒデキさんが、ボツっちゃったみたいです。そのころロンドンだかに移住しちゃうそうな。沼田さんガッカリのようすだが。乱暴な話、ゲスト誰でもいいのさ。沼田さんがホスト務めてさえくれれば、楽しいイベントはもう「お約束」だ。
7月20日(土)
●あのね、妙見は続くぞ。もう、確信してる。
きょう、D-新のK岡さんに(イニシャルの意味ねー)記事にしきれなかった妙見話たっぷり聞いちゃった。おもしろい。涙が出るくらい面白い。「あんなキャラが立ってる市場ありませんね」、って彼女いってた。語り部、若者、縁戚、意地、諦観、希望。近代小樽の縮図。共同体の縮図。ここから日本さえ見えてくる。これだけはマル秘だ、って富田さんにいっときながら、自分で洩らしてりゃ世話ないが。「小樽論2」は、決まりだなー。
去年の特別展、小樽を1000枚に「主観を排して」分割した「小樽論1」ってのはね、そのタイトルはジョークではなく、じっさいに続くわけだ。簡単な言い方すると総論があり、続いて各論に、ってことだけど。「小樽論1」は、「総論」なんてヌルいものではなかったわけで。あれは、もっとラディカル、もっと過激。つまりいったん解体したわけだから、小樽のイメージ=先入観を。じゃー、これからつぶさに始めようか、細かく始めていこうか、小樽の物語を、ってことだったんだね。
妙見カフェ講座第二回目の講師、サッカーゲーム論の小路さん、いいこといってたな。遊びの初源、それこそが物語だって。例えば共同体のあるものが、よその土地へ狩りに行く。原始時代の話だからさ、実際にはちょっとそこまで、だってそれは遙かな旅だったんだね。そして無事帰り着いた者が、語るわけだ。見知らぬ土地のことをね。それは実際的な問題でもあるんだが、夢のような話でもある。老人も子供らも目を輝かせ、耳をそばだてる。これが物語だ。物語の始原だ。
やるぜ、次々々回くらいになるが。小樽論2-川の上の小さな市場、だ。
沼田元氣さんの喫茶店本(小樽文学館スペシャルヴァージョン)通信販売のページにアップしました。可愛いでしょ、欲しいでしょ。8月25日までの特別価格ですよ!急げー!
7月18日(木)
●短いけれど妙見カフェ。夕方5時半頃か、また富田さんと、明日使う映画のポスターとか配置してみにいった。サッカーテーブル向かいのスペースに戻してくださったんだな。テレビはやっぱり点けてないか。あと、とくに変わりばえ……、あら。テーブルの上に紫陽花の花一輪。コップに活けてありました。
これね、おそらく小さいけれど、大きなおおきな一歩、ってヤツ。これまで一方的だったでしょ。金曜二時のカフェ講座のおつまみだって、そりゃムリヤリお願いしたわけじゃないけれど、何となくご協力よろしく、って、ひょっとしたらプレッシャーだったかも知れない。
でもさ、テーブルの上の紫陽花の花一輪。これは市場の人の、自発的、いやそんな偉そうなコトバ使えないな、つまり市場の人が、ここちょっとサミしいわね、紫陽花ひとつ活けましょう、って自然に思ってくれたんだ。ね、これって大きな、大きな一歩でしょ。そう思わない?
7月17日(水)
●お客様のきょうの一言。
高橋昭三先生(塩谷のお医者さん。小樽文學舎副会長)。
「ファストフードは世界中に進出したんだけれど、いまスロー・フードというのが見直され始めてるらしいね。市場でお魚はさんで、その捌き方とか調理の方法を店主と客が対話しながらゆっくり時間かけて買い物したり、そこで調理してもらったりね。喫茶店もそういう場所だな。マニュアルにはない会話。物差しで測れない時間。妙見さんの祠を挟んで、港とつながる川にかかる街の市場の妙見カフェ、そして文学館喫茶。ここらで歩みをゆっくりにしてみよう、忘れていたものを思い出そう、車で走ってたら見逃すものを、きちんと見つけていこう。なるほど、いい企画じゃないか」
教育長
「こっちのほうが楽しいよな(小さな溜息)」
えっと、つぎは先日のお客様のメール。
「小樽・札幌喫茶店物語 木曜三時にいつもの店で。」展は非常に実験的な試みですね。入り口のJJの資料展示は文学館らしさがありますが、奥の各喫茶コーナー?は、観覧者と展示物の関係ではなく、当事者と実用物(椅子もテーブルもレコードも映像も)の関係の構築を目指したもので、そうと知らずに来た「観覧者」はその「居場所」の無さにドギマギしてしまうのでしょう。キャプションもほとんど無かったし・・
この展示の意味は2度来て初めて判るのではないでしょうか。その意味では、一見さん(観光客)向けの企画ではないのでしょうね。
その代わり、地元市民のリピーター化が期待できるのではないでしょうか。
学生たちは、すっかり「その気になって」喫茶店代わりで2時間以上も居座ってしまいました。
北海学園大学学芸員課程の学生さんを引率してこられた澤井玄さん。澤井さんは、その翌日は奥様とお二人で「リピート」してくださいました。確かにワタシは世のいわゆる「文学展」のあり方には根本的な疑問を持ち始めている。遅きに失したっちゃ、そうかも知れないが。学芸員課程のわりには「展覧会ズレ」してなさすぎ?の学生さんは、ストレートに楽しんでくれたみたいで、こちらもとっても楽しかったのですが、そうですね。ドギマギされる向きはありましょうね。そのようなお客様のために「多喜二・整・啄木」の文学館的展示は確保してはいるのですが、そっちもだいぶ動きはじめたかな……。
「展覧会」の根本にかかわるちょっと大事な問題をはらんでもいるので、日を改めて考えてみましょう。
カフェ本に使った古いマッチラベルを返してくれた沼田元氣さん。ラベルだけにしては包みが大きい。はッ、これは。HOLGAのポラロイドフィルムホルダー。HOLGAはワタシが衝動買いした、メイド・イン・チャイナの吃驚カメラ。沼田さんも同じものを買っちゃったのだが、意に染まなかったような。で、喫茶店取材のときにその話してたら、「タマガワさん、ポラロイド・フィルムパックほしいならあげるよ、ボクはもういらないから」って。そういうの、きっちり覚えてるんですよね、沼田さん。おや、もひとつ異なモノが。長屋門珈琲スペシャル・ヌマゲン・バージョン「水玉の幻想」。COOL!
KISS。ATTEN 炭のように黒く/恋のようににがい/けれど──/初夏のそよ風のように爽やかで/さざなみのようにやさしい/水玉印のアイスコーヒィをどうぞ
ははは。さっきスタッフで一口ずついただきました。とっても、おいしかったですよ。プレゼントの達人だなー。
7月15日(月)
●連日の妙見カフェ詣で。テレビに室内アンテナつないで、まー何とか見られる映像に。何だかんだやってたら、石森商店のご主人(妙見市場理事長)が玉葱のフライの串刺しみたいやつ4本くださった。うれしかったけど……。
富田さんもワタシもね。うーん、なかなか難しいよね、って話だ。これで2回講座済ませた。評判も、悪くはなさそうだ。ふだんの妙見カフェでも、じいさんがソファで本読んだりしてるし、サッカーゲームで子供らもときどき遊んでいるような。テレビもよろしかったら自由にご覧ください、ってことなんだが。うーむ、そう簡単な話じゃないよね。
つまりはね、何やってんだよ、ってことだな。何のために、何を考えて、って言葉でまくし立てることはできるよ。一応いろいろ考えての行動だ。ただー、それでも、何やってんだよ、だな。例えば、妙見カフェ講座の日は、市場全体の一日の売り上げが倍増しました、ってんなら(何でやってくれるんだ、って疑問は残るとしても)まー、とりあえず皆さんに喜ばれることは疑いの余地ないだろう。でもさ、そんなわけはない。あとは、新聞とか市民ニュースとかたんびにとりあげられることか。妙見市場が話題になる頻度は確かに増えてるな。そんだけか、そんだけのためにこんなに苦労するか、って、ここで思考停止だ。で、この場合はポジティブな思考停止だ。いま考え込んでてもしょうがない。まだ2回目だ。全部で6回やろうてんだ。ほとんど2カ月にわたる長丁場だよ。やるだけやろうね。やってくうちに見えてくることがあるんだ。一通りやってみてから、よく考えてみようね。意味があることはまちがいない。その輪郭が明らかになってくるには、まだ時間が掛かるってことだと思うぞ。
きのうの函館の食堂の話。mikumari水分カフェのミホさんから、メールいただきました。
今晩は玉川さん、ミクマリのミホです。
さきほど文学舎の日記をよませていただいたら・・・元町の食堂?どこですか?
今度行きたいです!!!
函館は親戚もいるので、次に行く時には私もチャーハン食べたいです!!!
(今、丁度おなかがすいてて、すみません!)
私たちもですね、今のカフェ物件をみつけてしまって契約を迷っていた時に函館へ行って・・感激ー!した食堂があるのですが・・そこはたしか末広?だったはずなので、玉川さんがチャーハンをお食べになったお店とはちがいますよね??(私たちの行ったところは「来々軒」といいます、ポークカツレツやミルクセーキを頂きました。素敵さに感激しました)
お忙しいなかすみません、こんなメールでごめんなさい。玉川さん御家族絶賛のそのチャーハン食べにいってきますので今度店名教えて下さい。よろしくお願いします。
ごめんなさいね。ワタシの記憶力、30分前のことも怪しげな上に方向感覚崩壊してるからさ、でも函館の食堂、まちがいありません、ミホさん感激のまさにその「来々軒」。あは、元町じゃなかったねー。末広町でした。で、この「来々軒」についてミホさんから、さらにメールいただきましたので、こっちは「お茶して」に載っけさせていただきました。ということで、タマガワ+ミクマリ強力推薦の函館は末広町の食堂「来々軒」。ぜひいらしてくださいね。
ここで from Russia のメール舞い込み、差出人も見慣れぬロシア文字、この手のメールはおおかたウイルスがらみ、Macはまず安全だろーけど、速攻削除、って、おや、ちょっと待ってよ。この手紙、ちょっと面白い、かも……。続きは明日だ。
7月14日(日)
●きょうも富田さんが来てくれて、やっぱり妙見カフェの話だ。
19日のゲストは小樽のほとんどの映画館の映写技師を務めたってキャリアの下田修一さん。小樽の映画館も壊滅しちゃって必然的に下田さんも失職したわけだが。でも、すごい。その映画コレクション。下田さんは、それを生かしてホームページ立ち上げて、映画・マンガ中心のコレクターズアイテムの通販始めたぞ。
下田さんの話のときにはテレビとビデオを設置する。いつ持っていこうかって、話をしてて富田さんが突然いうんだ。「テレビっていいですね」。ん?「金曜二時の妙見カフェ講座、それなりにできてはいるけど、そのほかの日って気になりませんか?あそこ、どうなってるんだろうかって」。んー、まあね、そりゃそうだ。こないだ行ったら、じいさんソファにすわって盆栽の雑誌みてたけどさ。「あそこにはほかにも天然カフェがあるわけで、文学館の妙見カフェがちょっと特別だっては、まだいえないですよね」。んー、確かになー。「テレビ、いいですよね」。……。「テレビってすごいと思うな。テレビ流しておくだけで、なごんじゃう。ゆるんじゃうでしょ」「ビデオの設置するなら、いつでもテレビは見れるように、室内アンテナでいいから付けてみませんか」「市場のなかの、誰でもみれるテレビ、ちょっと昔の街頭テレビみたいですよね」。うーん、むう。
ワタシは突然、ウチのモノと函館に遊びに行ったときのこと思いだしたぞ。元町の下の方のさ、市電沿いにちっちゃい食堂があって、まー、知る人ぞ知る、って外見ではゼッタイわからぬタグイの名店なんだな。昼飯どきだったけど、ほかに客はいなかった。そこで食べたチャーハンがさ、いやワタシは食べ物の味がどうこうってほうじゃないけどね。ウチの下の娘が、これは親バカ抜きにして、お絵描きと味覚は天賦の才だ。ソイツが折り紙つけた。
チャーハンはともかくさ、その食堂の感じがね。実に良かった。客いなかったからさ、オレたちが入るまで。オバさん頬杖ついてテレビ見てるわけ。高校野球ね。このときはセンバツだったかな。ワタシのあたまのなかには、それらが一体になってインプットされたわけね。函館・食堂・チャーハン・オバさん・テレビ・高校野球。
こっから三段跳びみたいに飛躍する。そうだ。妙見カフェにはテレビが似合う(沼田さんには叱られるかも知れぬが)。金曜二時の妙見カフェ講座、後期カリキュラム(はぁ?)は、まだ未定だ。8月2日、9日、16日か。夏の甲子園も佳境じゃん。高校野球にのめり込んでるヒトって誰だ?語りたくってたまらないのだけれど、いまだその機会を与えられない高校野球評論家は誰だ?いるじゃん、すぐそばにさ。小樽文学館長、北大名誉教授、UCLA客員教授、亀井秀雄氏その人だよ。
やってくれるかな、受けてくれるかな。受けてくれそうな気ぃするんだが。うむ、みんなビックリするだろーなー。あの亀井秀雄氏が、市場のなかで高校野球講座?何やらせんだよ、小樽文学館は、って、話だよ。
7月13日(土)
●学芸員養成課程(っての?)北海学園の学生さん、大挙来てくださって。60人も学芸員養成してどうすんだよ、って話なんだけど。でも良かった良かった。楽しんでくださったみたい。楽しいのが何よりだよ。「和みますねー」。よっ、待ってました、その一言。ほんとにね、ほんとにここがそんな場所になってきてるんだったら。もーワタシは引退したって構わない。はっ。まだまだね。揺るぎないもんにしておかなきゃなー。
久しぶりに(たって2週間ぐらいなんだけど)翔子ちゃん、祐梨子ちゃんもきて「中学生日記」付けてった。ワタシの「よもやま」なんかより、こっちの日記愛読してる人も少なくないらしい。でもタイトルで中味想像してた人は、ちょっとギョか。あは、ウチのサイト見慣れた人はもう驚かねーか。
これがリアルだ。「母と子の文学教室」(なんて企画どっかでやってそうな)なんつーのにいらっしゃるお子様とは違うんだよ。でも、ぜったいウチのほうがリアル。で、今度小樽文學舎のジュニア会員ってのを作るからさ、13歳以上、ハタチ未満ね。それに合わせて「中学生日記」の枠を拡げる。名前も変える。「青春日記」に(あは)。あ、ルールは変えんよ。まず、本名名乗っていただく。これが絶対条件だ。あとは何書いても構わぬ。ネット上の「書き手」と、「本人」が一致してれば問題なし。責任の所在は本人にあり!そこは、はっきりしてるわけだからね。どんななるかなー、楽しみですね。
7月12日(金)
●妙見カフェ、第2回目無事終了。皆さま、お疲れです。小路さん、ありがとう。広告プランナーとして、プレゼンは百戦錬磨の小路さんですが、今回のシチュエーションはさすがにかなりトッピだったはず。でも、みごとにこなしてくださいました。ワタシとしては、小路さんの本職のテレビゲームの話をもっと突っ込んでしたかったのですが、それやったら市場のなかで別宇宙つくっちゃいますね。
でもいくつかあるワタシの夢のひとつ、いつかやりたい「ビデオゲームのめり込み展」(おいおい)。戦後いわゆるジェネレーションギャップを作った二大悪。それは1950年代末期のテレビジョンの普及と、1970年代末〜1980年代初めのビデオゲームからファミコンの普及。ワタシどっちにもどっぷり浸かった。いわゆるマニアにいわせりゃ、ちゃちいちゃちい、だろーけど。感覚的にはこれをくぐった。共通するのは何か。ってみんな声を揃えるだろう、ビジュアル。違うんだなー、これが。
体感なんだよ、実は。ビジュアルはその一部なの。言葉だけでは納得できねー、って感覚ね。耳も目も指先までも総動員して初めて解るってヤツね。テレビジョンならノイズも含めて、なの。
でも任天堂の職人気質を全面支持のワタクシと、プレステのデザインセンスを評価する小路さんとは、ちょっと対立するかもね。「ゲームはセックスですよ」って、作業服姿しか見せたことのない任天堂の横井軍平さん(故人・ゲームボーイの生みの親)がいうからカッコいいってゆうか納得するんだけど、おんなじセリフを高級ブランドのスーツ着込んだソニーの社員がゆうてもなー、こりゃダサい。
話がずれましたが、毎週1回とは言え、住み慣れた文学館とは別の、街のなか。しかも市場でイベント続けるって、けっこうたいへんなことやってるわけね。ワタシ一人でできるわけない。お馴染みオトヨさんは、文学館のショクタク職員だけど、マジ無給のボランティアの真理ちゃんとか、とりわけ今回フル回転の富田さんには、どうやって謝意を伝えりゃいいのか、もうわからないくらいだから、甘えるだけ甘えてしまってるんだが。
どんだけ褒めても褒めきれない、つまり人格も発想も技術も気配りみたいなことも全部トータルで、基本能力がきわめて高い、ってことだ。唯一の欠点、ってこれは欠点じゃありえないんだけど、いわゆる「世渡り」のなかで、ってことなんだが。自己アピールが弱いってことだけ。繰り返すけどこれは欠点じゃありえない。欠点だっていうのは、店頭の新刊本のコーナーに必ず混じってる「世渡りのハウツー本」(誰が読むんだよ、こんなの)に毒されてるシタリ顔のオヤジやワカモノくらいだろう。でも、こんな時代じゃ生きにくいのは否めんのだけどね。
まーしかし富田さんの働きぶりを見てると、毎度のことながら世の中の矛盾痛感せずにおられません。これ以上書くと筆禍起こしそうだから、やめとくけどね……。
7月11日(木)
●あれー、何だよ。airmac ベースステーションのランプまたオレンジじゃん。えーっ、電源抜いたの?うーむ。まーねー、責めるわけにゃいかん。だいたい一晩電源抜いただけで不安定になるベースステーションがどうかしてる、って話だ。関連サイト見てみたら、旧型ベースステーションはどっかに欠陥あったような。アップル社で無償で交換してたって話もあったが、そりゃいつの話だよ。まいったなー、もう一晩待ってみて、直んなかったら、新ベースステーション購入か……。カネが、なー。しょうがないから、久しぶりにG3で更新だ。この「ポリタンク」も嫌いじゃないんだけどね。
アタマ痛いのは大方おカネの話だが。 ただね、あったら使えって。なきゃないで、どーにかなるって。カネは天下の回りものって。カネのないヤツぁオレんとこへ来い、オレもないけど心配すんな。みろよ、青い空白い雲、そのうち何とかなるだろう〜(JASRACの許可いんのか?)。うーん、青島幸男は天才だ。都知事にしとくにゃ惜しい人物だったんだよ。
きょうの日記は、何はともあれ明日の宣伝だ。妙見カフェ講座第二回。サッカーはゲームだっ!講師は小路幸也さん。何を隠そうこのサイトの設計者、そんときのお礼は古本5箱、ってこりゃもう書いたか。
きょう「妙見新聞」ってのを300枚ほどプリントしてさ、富田さん原案、田中真理さん市場マップ作成、ワタシ記事作成のドロナワ新聞、ドロナワのわりには力作なんだが。ドロナワは否めんなー、だって明日の話だからなー。
話の内容はね、●ワールドカップでの日本代表と韓国代表の違い●日本代表が消えた直後のサッカーファンの心理●サポーターの質について●日本のサッカーがワールドカップで勝つためには●テレビゲームの作り方●ゲームシナリオと遊びと物語、っておもしろそうでしょ。
でもねー、小路さんにはちょっと申しわけない気もいたしますんですが、大書しておきたいのは、おつまみだ。コーヒーのおつまみ。先週(5日)の「チーズかまぼこ」が大好評でさ。市場の人が交代で工夫してくれることになったの。で、明日は伊藤総菜店さんのご提供の、特製大学イモだ!これはまちがいなく美味しいぞ。コーヒー、お話、大学イモがただなんだからさー、来ない手はないでしょ。イモで釣るのかって、許してね小路さん。明日だからさ、時間ないんだもの。
7月9日(火)
●皆さま(誰?)お待たせ。更新サボろうと思ってサボってたわけじゃーなく。あれだ、ヌマゲン来て、オカダイッコさんまで連れてきて、で、光のマスターも前日は結局3度に分けてモノ出してくださって、佐藤さんの家具作り、沼田さんのJJ's
Cafe の作り込み、すっかり集中しちゃって、えっと、沼田さん、岡田さんがお帰りになったのが午前4時30分か。事務長が帰ったのが4時50分頃か。千葉さんが帰ったのはその前だったか。田中さん、富田さんが帰ったのがもう6時近かったか。ワタシが帰ったのは7時30分。佐藤さんは結局4日から5日にかけて家には帰らず。9時15分にいちおう開会式らしきものやったんだけど、佐藤さん車のなかで爆睡。で、このころモデムの電源切れてるの発見。とりあえず繋いだけど、どういうわけか電話も繋がらず。でー、とにもかくにもカフェ展オープン。NTTさんが半日ほどあれこれやってようやく電話つながり、モデムまだ繋がらず。きのうになって松井さんにご足労願って、もう一度モデム繋いだら、あらあっさりとインターネット接続しちゃった。でもエアマックのベースステーションはまだご機嫌ナナメ。で、きょうになってようやく全部開通。あー、やっと前の環境取り戻せた。更新もiBookで出来るー、って、あららすっかりインターネット依存症だなー。
気がついたら、カフェ展始まってんじゃん、って感じ?
妙見カフェもあるしさ、これの50倍ぐらい書くことあんだけどな。この時期、3日も書かなかったらもうダメだな。耳の穴からみんな流れ出ちゃったって感じ?
明日から、調子戻しますね。楽しいことばっかりじゃないからね。アタマ痛いことも多々ありだ。
来てくださいね。文学館カフェ。まー何はともあれ、気持ちよいです。
7月2日(火)
●えーっと。疲れておりまっす。綿のように、とか、掘って三日目の牛蒡のように、とか……。
まいど、この時期になるとワタシが思い起こす宮澤賢治の童話があるのね。「蛙のゴム靴」。この童話は「雲見」で有名だ。ペネタ型とかね。ほんとに奇想の人だなあ。賢治マニア向けの話題ね。
でもワタシが想起するのは、そこではなくて、つぎのとこ。ゴム靴欲しくてたまらなくなった蛙が昔面倒みた野鼠に、なんとか都合つけてくれないか、って頼み込み、野鼠が、あんなに恩になったあんたに頼まれて、どうして断れようか、なんつうて、二つ返事で引きうけた次の晩方の話だ。
カン蛙は又畑に来て、「野鼠さん。野鼠さん。もうし。もうし。」とやさしい声で呼びました。
野鼠はいかにも疲れたらしく、目をとろんとして、はぁあとため息をついて、それに何だか大へん憤って出て来ましたが、いきなり小さなゴム靴をカン蛙の前に投げ出しました。
「そら、カン蛙さん。取ってお呉れ。ひどい難義をしたよ。大へんな手数をしたよ。命がけで心配したよ。僕はお前のご恩はこれで払ったよ。少し払い過ぎた位かしらん。」と云いながら、野鼠はぷいっと行ってしまったのでした。
カン蛙は、野鼠の激昂のあんまりひどいのに、しばらくは呆れていましたが、なるほど考えて見ると、それも無理はありませんでした。まず野鼠は、ただの鼠にゴム靴をたのむ、ただの鼠は猫にたのむ、猫は犬にたのむ、犬は馬にたのむ、馬は自分の金沓を貰うとき何とかかんとかごまかして、ゴム靴をもう一足受け取る、それから、馬がそれを犬に渡す、犬が猫に渡す、猫がただの鼠に渡す、ただの鼠が野鼠に渡す、その渡しようもいずれあとでお礼をよこせとか何とか、気味の悪い語がついていたのでしょう、そのほか馬はあとでゴム靴をごまかしたことがわかったら、人間からよほどひどい目にあわされるのでしょう。それ全体を野鼠が心配して考えるのですから、とても命にさわるほどつらい訳です。
ここでワタシはカン蛙であり、野鼠でもあるわけで、なんしろ無茶をやろうとしてるんだからさ、ムリだってわかってます、無茶をいってるのわかってます、そこを何とか、ってあっちこっちにね。それが今頃集中してくるわけ。なんで、こんなに、って、みんなが思い始める。いいよ、もう、ってみんなが思い始める。ワタシ自身だって、ほんのちょっぴり、ほんの瞬間、そんな気持ちがよぎらぬワケではない。みんなが刺々しくなりはじめる。でもさー、これも解ってるんだよね。あと一日、あと二日。それを超えたら、みんな、さああって晴れやかーになることも。ああ、これだったのか、私たちがやろうとしてたことは、って。わかっているんだけどさ。ふう……。
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