学芸員のよもやま日記

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9月。もう翔んじゃうべ。

市立小樽文学館学芸員・玉川薫
直接メールくださるときは、こちらまで。もっとも文学館あてのメールも私が読んでおりますが。


9月28日(土)
●こないだ、コーヒーの香りは人を小さく幸せにする、なんて格言めいたこと書いちゃったけれど、書いてしまってから、これってメインテーマじゃん、って。「アメリ」ね。小さい仕掛け。おやおや。あるいは、とほほ、でもいいや。くすり、でも、じん、でもいい。軽い驚きね。
きょうね、2階の展示室のなかで文学講座がありました。なんで、日中展示室のなかでパイプ椅子ならべて、演壇下から運び上げて、そんなのありか、って。はい、それはひとえにワタシの不手際のためであり、深くお詫び申しあげる次第、なんだったんだけれど、あれ、意外に面白くない?このやり方。ワタシがそう思っただけじゃなくて、少なくとも3人から聞いた。おもしろい、って。
鈴木先生に失礼のないように、早めにいっておくけど、もちろん講義そのものが面白かったんだよ。それは予想以上に(失礼だろ!)おもしろかった。歯切れいいし、パワーポイント(プレゼンテーションのソフトね)駆使した楽しい講義、飽きさせなかった。それが前提ではあるんだけど、展示室のなかで、パイプ椅子70ほど並べて、そんな講義してること自体が面白い情景だったのね。なんつうかな。小さな風変わりな大学でさ、なんとなくそんな学校に迷い込んでしまって、廊下をブラブラ歩いてたら、窓越しに講義風景がちらりとみえるのね。教授の声もよく聞こえる。ついつい耳を傾けてしまったりね。そんな風に聞いた話が、いつまでもアタマに残っていたりさ。
植草甚一スクラップ全集というのがありまして、全45巻くらいだったかな。ワタクシいちおう文学部出てるわけだけど、恥ずかしながら全集って名のつく本持ってない。唯一嬉々として揃えたのは、これだけだ。で、そのスクラップ全集が発売されるときの、淀川長治さんの推薦文が良かったのね。「これは素敵な大学だ。こんな楽しい講義を聞き逃したら人生の大損ですよ」って感じの推薦文だったと思いますが。
植草さんの文章、ってひとつもオリジナルじゃないでしょう、って批判が当時からあったよな。でもね、そんなの批判にもならないの。植草さん、スクラップ全集だって銘打ってるんだもの。初めからオリジナルなんて意に介してない。でも、楽しいんだ。文句なしにね。そういう全集。そういう学校。
廊下からはコーヒーの匂いも漂い、講義終わったら喫茶で一服しましょ。軽い音楽聞きましょう、ってそういう学校。そういう文学館。マジメな話よ。そんな風に、ホントになりつつあるんだから。

9月26日(木)
●9月28日をもって「JJ's Cafe」および「昭和喫茶『夢』」正式オープンだね。文学館コトバでゆえば、植草甚一コーナーと、昭和初期の喫茶店を再現したコーナーが常設になりました。そこは展示と休憩とミニイベントなどの会場を兼ねた場所です、って言い方になるのですけれども、ブンガクカンが半ば100円喫茶店になったんですよね、ってゆっても、おーむね間違いではありません。

さっきまでキコキコ商店の末木さんに来てもらってた。100円(これは入館料よ。コーヒー代は「ドネーション」ですからねッ。ただ、とは微妙に違いますからねッ)コーヒーではあっても、ワタシはそれなりにこだわりたいの。蘊蓄かたむけたりする気はないっつか、傾ける蘊蓄なんかありませんですけどさ、それなりにこだわりたいのね。

前にキコキコ商店訪ねたときのこと書いたと思うけど、「平和」って妙な名前の駅の近くの何だかカゲキ派のアジトではなかろーか(昔の話だな)、みたいなアパートの一室にそれはありました。で、奥様が、こんな茶碗ですみません、って湯呑みで出してくださったヌルいコーヒーに、ワタシは目のウロコが落ちたのね。琥珀色、ってホントだったんだ、とか、深い香りをすっと吸いこんで、心持ちトロリとした液体が喉につっと落ちてって、アタマがふぁっと明るくなって、で、いちばん驚いたのは、舌に一瞬味わいが走った後、それがすっと消えていく感じね。つまり爽やかなの、飲んだ後が。

さっきも、ちょこっと末木さんとコーヒー談議してたんだけど。「どーも札幌スタンダードってあるんですよね」って、ワタシもそう思ってたんだ。「ビターで濃厚なコーヒーが本格だッ、って思い込みみたいなの」。そうそうそう。ストロング、なんてね。「ボクら自身が、いぜんある方のコーヒーに出会って、目覚めたんですよ。ああ、これで良かったのか、って」「ボクらも昔は妙に頑張ってしまってた。胃に穴が開きそうになってても、コーヒー道みたいなね。強く濃いコーヒーをムリに飲んで」「違うんですよね。もっとユルくていい。のどかなもの」

とはいっても、安物のコーヒーと良いコーヒーの差は、それは歴然とあるんでね。いちばんの違いは香りでしょ。味は多少譲ってもさ、香りはなきゃ困るわけ。コーヒーって、苦手だとかいう人でも、あの香りを嫌う人は、ワタシは知らん。文学館のドアを開けた途端、ってか、入口に向かう階段の途中からさ、もうこの香りに誘われるわけ。

ちょっとマジメな話をするよ。やろうとしてるのは、文学館に喫茶室を作るってんじゃない。そんなのは、よその立派な文学館、美術館ならどこでもやってる。ウチがやろうとしてるのは、繰り返すけど、文学館そのものが半ば喫茶店になろうてんだ。展示室で、お酒飲んだり、ハンバーガー食いながら観ててもいい、なんてはさすがに言ってませんよ。駄菓子菓子、もとい、だがしかし、香りはね、これは「規制」できませんが。手を触れちゃいけませんッ、ても、写真撮影禁止ですッても、コーヒーの香り、館内に漂ってしまうのは「規制」できないわけ。そんで、この香りは、人を小さく「幸せ」にすんのね。
この香りは外にも漂う。階段通って、外の通りまで微かにさ。ね、この文学館は「館」には留まらない、って勢い込んで弁ずるほどのことではないのね。だってさ、香りが勝手に漂っちゃうんだもの。街のなかにまで。
「ちょっと疲れたよな、ブンガクカンにでも寄ってっか」ってお客様を、ワタシたちはお待ち申しあげておりますの。

9月22日(日)
●きのうの朝日新聞、海洋堂専務宮脇修一さんのインタビュー。あら、このオッちゃん(っても、ワタシより4つも下なんかー)こないだ、美術館に来てたわね。よう喋る、典型的な大阪の町工場のオッちゃん。これ読んだらさー、ああ、この人ともっと話しとけばよかった、って後悔しきり。身分わきまえず、海洋堂パーティー イン・小樽にも押しかけりゃ良かった、なんて。だって、ほんとにおもしろいんだもの。ババッと抜くね。

─企画はいつも独断ですか。
宮脇 海洋堂は独裁国家ですから。市場調査も何もしない。基本的に作りたいものを作る。で、「行けー」となったら、1人に任せる。企画会議をするとだめなんです。無難な意見が次々に出て、1人がつくった世界観が10なら、せいぜい4くらいにしかならない。

こりゃ、ものすご納得だ。ワタシも最近「会議」に出る機会が増えまして、そりゃね、感心することも多いんだ。みんな実にいろんなこと想定してさ、こうやったら、こんな問題が起こりかねない、それを未然に防ぐため、こんな手続きや準備が必要だろう、って延々続く会議もあるな。でもさ。論議を詰めに詰めて、って……。あれ、何が決まったの、誰が何をしますの、ってこともね。
で、思うに。そりゃいろんな仕事、立場がありまして、まずそつなく無難に乗り切ることを第一とする、ってとこも多々あろー。それはそれでこの世の大事だ。駄菓子菓子(もー古いな)、ウチは違うな。ここはむしろ海洋堂に近い世界だ。そうであるべきだ。

─それぞれの個性を、じっくり教育してきたんですね。
宮脇 いや、無駄飯を食わせてきただけです。育てるなんてだれにもできない。彼らは、自分の得意なものを好きなように作らせると、とてつもなくうまい。ただ、ほかの社会的なことには、なんの役にも立たない。才能、能力だけでなく、「好きでいること」がないとだめですね。

そうね。絶対条件だ。「好きでいること」。まずこれが、前提、よ。

─(お菓子のおまけなど、ほんとは)やりたい仕事じゃない?
宮脇 いや、逆に好きなことができるようになったからいいんです。戦車でも動物でも。「創るものは夜空に輝く星の数ほどある」がモットーのわが社には良い環境になりました。

そうだ。夜空に輝く星の数ほど、やりたいことはウチにもあるよ。

で、
★家族 父母と妻、娘(4歳、模型作り英才教育準備中)
★趣味 模型作り。映画も本も、すべて模型のため。
★座右の銘 「そんなのがあるタイプだったら、こんな仕事してません」

わはは、お見事。レベルが違うけど、ちょっとだけワタシも似てるな。

だいじなご報告。きょう、関口展(ひらく)さんご夫妻がお見えになりました。植草甚一さんの甥御さんで、著作権継承者ね。植草さんの奥様が亡くなられた後、ほとんど唯一のご遺族と伺っています。で、「JJ's Cafe」ゆっくりご覧になって、とっても喜ばれました。ここで、決定ね。「JJ's Cafe」常設に向けて、詰めを急ぎますよ!ご注目!

9月19日(木)
●ちょっと、びっくりしたな。妙見カフェだ。富田さんがヒートアップするのもわかるぜ。きょうさ、妙見市場の月一回の大売り出しだ。誰か、チラシみたか。ちゃんと書いてあるぜ。妙見カフェオープンって。

妙見市場といえど(失礼)、月イチの大売り出しだからさ、そりゃいつもとは多少違うだろーけどさ。何だか活気みなぎってんの。冷静に見りゃ、そんなに客でごった返すなんてんじゃないんだけどな。ちょっと、いつもと違ってるとこ、チェックだ。
まず、休憩所があるじゃない、いくつか。そのうちの一つを「妙見カフェ」にしたんだったよね。で、「妙見カフェ」だけじゃなくて、ぜんぶの休憩所(4つくらいあんかな)そそれぞれ全部にポットあんだ。お茶自由に飲めるんだって。そんで、いわゆるいちばん山側の休憩所ではさ、これ、みんな知ったら行列もんじゃないかな。心静かに聞いてね。イクラ丼、無料サービス!!ありえないでしょ。そりゃ可愛らしい量よ。でもね、おタクワンサービス。もちろん黙っててもお茶いれてくださる。おいしかったよ、マジにさ。念のために聞いてみたよ、前からやってんですか、って。「初めてですよ」だって。市場でこういうことなさろうと決めて?「いえ、店のほうで勝手にやっちゃってるの」。ふーむ、お店がね、自発的になー。

事務長さんに会いまして、いろいろとお話を。「アンケートとりましてね。19人回答あって、そのうち16人は、こんどの催しはたいへんよかったと。そして、そのうち15人は、何とか工夫してこれからも続けてゆきたいと」3人の方が。「まー、いろんな考えの方はいます。意味がよくわからない、とか」。そりゃそうだ、それがマトモかも。「評判良かったのは、音楽ですね」。ん。これは当然。だって、お店の方、基本的に場所離れられないもん。耳を傾ける、ってなかなかできない。でも、音楽だったらね。いやでも和むでしょ。

妙見カフェの向かいでは、これも大売り出しのときは恒例らしい盆栽市。でも、これはなあに。竹の笛とか、竹とんぼとか。「盆栽店の人がお作りになるんですよ」。ふーん、こんなの前はなかったよね。どーなんだろう。ボクらがやったこと、少しは。「それはそうですよ。やっぱりみんなで何かやっていかなきゃならない、って話で」

妙見カフェのポットは、あらまだお茶ですか。「明日はコーヒーで。とりあえず、毎週金曜日はコーヒーを出そうと」。ボクらが金曜日にやってたからね。何となく嬉しいです。

ちょっと、ジンと来たのさ、あのサッカーテーブル。こないだいってみたらボールが無くなっててね、ま、100円ショップで買ったプラスチックボールだったから、惜しくも何ともないんで、きょう、換えのボール持ってきたんだけど。そしたらね、ボール乗ってんのさ。何だ、これ。新聞紙丸めたの?それテープで巻いて。ああ、子どもがやりたがったから。自分で作ったか、お店の人が作ってやったか。テープに文字が印刷してあんな。「毎度ありがとう THANK YOU」。あちゃー、涙出てきちゃった……。

気ぃ、取り直して。巷ですでに噂の「JJ's Cafe マッチ」。写真アップ。まだ、通販のページには載せてませんが。切手200円同封の上、〒047-0031 小樽市色内1-9-5 小樽文學舎 まで、くださいな、ってゆえば、折り返し二つセットのヤツ差し上げますよ。

それからね、キキキ。文学館特製ふくぶくろ。中味はね、JJ's Cafe マッチのほかに、小熊秀雄の詩と絵いりのメモ帳。それから文学館特製の缶バッチ、イラストは例によってTamagawa Sisters.(すんません、親バカで)。沼田さんパクリで、特撰「古本」1冊。そして、これもヌマゲン強力推薦の、ちょっとハテナの修学旅行生御用達のお土産扱うハタ伊藤店で、売れ残ってしまったとおぼしいスノウボール。縞々のお魚が泳いでおります。しかも底がスタンプになっておる。で、極めつけはこれだ。シーグラス。知ってますかー。ボトルのかけらが渚で洗われて、そのくすんだ青、緑がとっても美しい。拾ってきたのは千葉オトヨさん。「オレ知ってんだ。きれいな浜にはぜったい無いって。汚ったねーゴミだらけの海岸にあんの。こんだ行こーぜ、みんなでさ」。負けじと、「青春日記」の翔子ちゃんも家から持ってきてくれました。「古平のおばちゃんちに行ったとき、拾ってきたよ。小樽にもあんの?」。ね、ね。スペシャルっしょ。これね、名づけて「夏の思ひ出」。へ?もちろん冬になったら別バージョン作りますよ。「秋の思ひ出」。「北限の栗」でも、入れっかー。
あ、えっと、これ値段は1000円。「バカか、オヤジ。500円でも売れねーよ」とは、娘タチのきつい評価だ。

9月11日(水)
●急にさ、贅澤貧乏って言葉を思い出しちゃった。森茉莉さんって、ずっと一人暮らしで死んでから二三日して発見されたんだよね。そうゆう風な死に方するだろう、ってやっぱりそうだったんだ。
いやさ、ヌマゲンさんのエネルギーって、どっから来るのか、ってこの人は不死身なのかって、みんなそう思うじゃん。でもさ、ヌマゲンさんと行動ともにしてると、フッと素を見せること、ないわけじゃあないのね。
印象的だったのはさ、札幌の古書店いっしょに入ったときだった。和田義雄さんの遺品とか見に入ったんだったけど、脇に置いてあったフリーペーパーの束みたいなものに目をつけてさ、「これ何ですか」って。ああ、これだったらワタシもしってる。清水一郎さんね。つうても深くは知らん。昭和の北海道の演劇運動の生き証人、生き字引だってことと、奇人だってこと。この人はね、スカートはいてた、いつも。あたま禿げ上がった、容貌カイイのジイさんよ。それがスカートはいてるの。そんで、何やってたかってと、パフォーマンスね。ワタシはそれはぢかには見てないんだけどさ、その清水さんがずっと一人で出し続けてたフリーペーパーに、何枚も自分の写真載っけてる。みんなピエロの扮装してる。呼ばれりゃ、あるいは呼ばれなくても、あっちこっちいってピエロの芸をやるんだな。察するに芸ともいえねーような、芸ね。パントマイムともゆえないようなヤツね。恐らく、どんな顔してみたらいいのか、困っちゃうような芸ね。
そんでフリーペーパーだ。月イチは出してたな。一行日記みたいなもんだ。ときどき、昔の演劇関係の資料引用してきたりするから、まー、まったく役に立たないもんでもないけど、基本的に役に立たん。それに発行年月日とか発行人とか書いてねーからさ。文学館の資料収蔵担当者としては、困るわけだ。もっとも今思えば、困るほうが悪いんでね。出す方は、図書館とか資料館の事情なんて知ったこっちゃないわね。
そのフリーペーパーも、いつの間にか来なくなったからさ。さして気にも留めなかった。死んだんだろう、って思ってた。アパートに一人暮らしだってのは想像ついてたからさ。死んだんだろう、って何かあっさり思ってた。
その古書店で、ひさしぶりに清水さんの出してたフリーペーパー見たんだ。ちょっと驚いたことには何かそんなに昔のじゃないみたいなのね。古書店のご主人に聞いたら、「少し前まで元気だったんですよ。ほとんど死ぬまでこれ出してたんじゃないかな」だって。パラパラって、見たけどさ。昔出してたヤツとほとんど内容変わってなかった。やっぱ、延々と一行日記みたいなのがね、書いてある。
そうかー、清水さん死んだのそんな前じゃなかったんかー、ってフッと隣見たら、沼田さん何だか真剣に見てるのね、このヤクタイもないフリーペーパーをさ。しかも「これ分けていただけませんか」だって。古書店のご主人は、「いいですよ。そんなの、まだ一杯あるもの」。沼田さん「おいくらですか」。ご主人「そんなのお金なんかもらえませんよ」。
帰り、富田さんの車の中で、沼田さんその冊子パラパラ見続けてた。「素敵な人ですね」だって。「何か身につまされるな」だって。あれ、って思って思わず沼田さんの横顔、見ちゃったのね。笑ってなかったよ。
この日だったか、つぎの日だったか、琴似にあるレトロスペース坂(こことはいずれ縁ができるであろー、すげーとこ、すげー館長さんみたいよ)で、そこのおネーさんに、「沼田さんのレコード持ってますよ」って、ゆわれてワタシびっくりしたのね。沼田さん、レコードまで出されてたんですか、って。そしたら沼田さん、ちょっと不機嫌な顔してさ、「タマガワさんに上げてませんでしたっけ。五円玉のカタチしたヤツ」。えッ、あれって音鳴るんですか?「あたりまえじゃないですか。プレーヤーに載っけてくださいよ」。知らなかったなー、貧乏ソング、ってほんとに歌ってたのかー。

いやさ、何の話したかったのか、わかんなくなったんだけど。この文学館はビンボーだ。来年の特別展なんて、予算200万円も貰えないだろう。富田さんとか千葉さんとか佐藤さんとか、ウチの強力スタッフはみんなビンボーだ。富田さんの昼食は、いつも59円マックか、100円ショップで買ってくるコロッケだね。ワタシ自身は……、胸張ってビンボーだとは言い切らん……。いくら小樽市の財政逼迫してたって、市役所の課長職だよ、まー安定した生活だろーな、ってこんな町じゃ、そんな風に見られる。

いや何の話したかったのかな。贅澤しましょ、ってことだ。ビンボーで贅澤で、死ぬときゃ、森茉莉さんとか清水一郎さんみたいに、どっかのアパートで一人で死にましょ、って。何だかな。ちょっと悲しい話しちまった。

9月10日(火)
●遅くなりましたが、富田さんの「妙見カフェ・全記録」ついにアップだ。富田さんはスゴい、スゴいってワタシもたんびに言い続けたんだけど、本人の文章読めば、ワタシなど何も言うこたないね。このワタシと何が違うって、何が決定的に違うって。そりゃ「誠実」だ。のめり込み度、だ。

ワタシゃね。誠実で熱中、だけで評価なんてせんよ。例えに引いて申しわけないが、先日、ワタシの身内の知人だという人が、突然文学館に現れた。日曜日で、いわゆる「正規の職員」(ヤな言葉だな)で出勤してるのはワタシ一人だ。しかも、最近ヒンパンになってきたボケで、ワタシはこの日だいじな会に招待を受けてるのをすっかり忘れてた。あわてて、富田さんに助っ人頼んだ、って頼むまでもなく、毎日みたいに来てくれてるんだけどさ。
で、このはるばる訪ねてきた善意の固まりみたいなオバさんは、ワタシのその身内の墓参りをしたい、ってわけね。有り難いことだけどさ、かたじけないことだけどさ、ねえ、オバさん、想像してみてよ、いきなり訪ねてくる前に。日曜日の早朝、職員の出勤の状況、墓参りをしたい、って(もちろん初めてよ)、広大な墓地だよ、そうですか、ありがたいことです、では気を付けて行ってらっしゃいませ、ってゆえないでしょ? 慌ててウチに電話かけたよ、こうこういう人が来て、オジさんのお墓に参りたいって仰有ってるんだけど、って。ウチのだって大困惑さ。

較べるまでもない。富田さんの誠実、とどこが違うか。智恵さ。想像力さ。相手の立場に立って、なんて簡単にいうけど、誰もできるこっちゃない。ワタシはたびたび舌を巻いたよ。なるほど、そこまで気を使えるか、そこまで想定できるのかって。

まーね、人を軽々しく評価するってのもどうか、ってゆわれるかも知らぬが、やっぱり富田さんに対しては、ゆうよ。この人は「人間として上等」だ。どっか雇えよ、大企業。雇う人間の人間性および能力で、数億単位のコストにもろ跳ね返んぞ。

そりゃ、いっちばんこの人を欲しいのは、このワタシ、この文学館だけどさ。

9月8日(日)
●ヌマゲンさんから、金ぴかにメッキしたへんなレリーフ送りつけられ、直後に制作経費4000万円でした、って請求書!ガバッ!夢か……(汗まみれ)。
JJ's Cafe のポスターに見慣れぬ日付が。直後にお寿司が大量にとどき(どうゆうわけか安物ばっかのコンビニ寿司)、ヌマゲンさんから電話「きょうはJJの命日でしょ。おいしい安いおスシの日でしょ」。ガバッ!夢か……(涙)。って、こりゃ深刻なヌマゲン後遺症。

でも悪夢よりもっと深刻な、これは富田さんによれば、ワタシ自身のヌマゲン化シンドローム(停まれば死ぬ……)?やっばー、まっずー。

ああ、何かやらずにいられない。9月28日文学講座の日。ワタシの不手際で会場とれなかった。なら、しょうがない。2階の展示室内でやっちゃおう。パイプ椅子並べてさ。これはあがたさんのカフェ講座のやり方だな。鈴木将史先生の「遠野物語とグリム童話」は4時終了か。ならさー、もうついでだ。午後6時から、JJ's Cafe で初コンサート。軽く行こうね、その名も「ちょっとお茶してコンサート」略して「お茶コン」ね。妙見カフェでワタシも泣いた、ラグタイムギターの浜田隆史さんに電話。「ちょっと、待ってね。28日、空いてますよ」はい、決まり。コーヒー付き500円。

11月3日は文学館開館記念日。で、例のフリマね。フリマってもう古いの?流行らないの?ウチのはちゃいますって。シックに行こうね。「文学館蚤の市」。古本だけなのって、いいのよ、小物なら文房具でも、アクセサリーでも、ゲームもアリね。フィギュアもいいわね。サイズ限定、文庫本サイズまで。
これを称してガラクタ文庫だって。尾崎紅葉も真っ青ね。