学芸員のよもやま日記

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12月。ボランティアしてみ隊、1000人ぐらいになるといいな。

市立小樽文学館学芸員・玉川薫
直接メールくださるときは、こちらまで。もっとも文学館あてのメールも私が読んでおりますが。


12月28日(土)
●これまでにメールでお便りくれた人とかに、ときどき出してるメール通信。それでもお知らせしたんだけれど、「市立小樽文学館報」26号、年内滑り込みで発行できました。
こんな目次ね。

小林多喜二「営養検査」その他 ノーマ・フィールド
自伝スケッチ16「象徴」意識の変化 菱川善夫
「妙見カフェ」という名の樹木 富田幸司
小林多喜二「遺体写真」撤去について 亀井秀雄
少し長めの編集後記 玉川

編集後記はともかく、今号は必読!ご希望の方は送料90円切手同封の上、〒047−0031 小樽市色内1−9−5 市立小樽文学館まで。

ということで、滑り込みで発行できたこの館報が、小樽文学館のこの一年、要約してるわね。いい年でした、マジに。いいことも、悪いことも、ってんじゃなくて、いい年でした。ほんとうに、ベクトルまちがってない、ってゆうのが実感としてね、このカウンターのなかに落ちてくるんだ。

で、以下もメール通信のコピー。手抜いてますねー。

小樽文学館年末年始のお知らせです。年末は12月29日まで開館。
皆さんお忙しいことでしょうが、稀にお暇な方は、遊びがてらお越しの上、古本整理手伝ってくださいませんか(笑)?
たいした仕事ではありません。本にハンコ押して、適当に体裁よく棚に並べるだけのお仕事です。こういうほのかに知的香りの単純作業、心癒されますよ(ほんと?)
ハンコ押しと本並べ、午後1時30分からダラダラと始めますので、よろしく。
お越しいただいた方にはザッセンハウスのミルで挽いた豆(文学館オリジナルブレンド)をコーノ式一穴ドリップで淹れたスペシャルコーヒーを差し上げます。
正月は1月7日からオープンです。
とにもかくにも、この一年ありがとうございました。来年もよろしくおつきあいの程を。よいお年をお迎えください。

追伸;いちげん様で、いきなりボランティア大歓迎ですよ。気軽にハンコ押してってくださいね。
追伸2;ひそかに愛読してる人、少なからず、と聞く。青春日記、読んでくださいね。「活魚のようだ!」とどなたかおっしゃいました。ほんとにね!

12月26日(木)
●年内余日少なくなってきましたねー。皆さん(誰?)、お変わりございませんか?

日記も映画も生活習慣病みたいなものね。はまると止まらなくなるけども、途切れたらなかなか筆起たぬ。なんて、えらそーに、ね。これは業務報告で、あくまでもお仕事ね。遊んでんじゃん、ってそれはちゃいます。「閲覧研究室」にワタシの机はもうない。「閲覧研修室」そのものも撤収しちゃった。事務室のワタシの机はもともとモノ置き場。ほんとはこれも撤収しちゃえば、書類見失うこともないんだけどな。
で、ワタシの唯一の居場所はここ。JJ's Cafeのカウンターのなかね。挽いた豆もなくなりましたから、きょう初めてザッセンハウスのモッカってミルで豆挽きましたよー。きょうから、これがワタシの朝のお務めね。ほかに誰もやらねーからな。
ところで、ザッセンハウスってコーヒー愛好家のアコガレらしいけど。力入れにくいよ、このカタチ。シンプルで美しいんですけどね。ドイツ人って、これを片手でグイッと握れるくらい手ぇ大きいのかしら。刃の切れ味はさすがね。カリカリって手に伝わる振動がまことに歯切れ良し。弾き終わるとスッと手応えが軽くなります。(さっき、このカタチ見直して気がついた。こりゃ、あれだな、膝で挟むんだ。そのために両側湾曲してんだな。なーるほど、ドイツ合理主義なー)

今の時期、一年中でいちばんお客様少ない時期ね。だからお客さんの一人一人の顔が、よく見えます。声かけたり、掛けられたり、ってことも多し。濃密なのね、年末は。
きょう入館されたのは10数人だけど、そのうちの一人は中学生のカッスン、また一人は古本(武闘派)オヤジ、ってこの日記読んでる人じゃないと分かんないね。でも、分かる人は分かるでしょ、開館日の3分の一は来てるんじゃないかな。文学館とはいわん、ほかの博物館とか美術館とかでいるかしら、こんな「リピーター」。3、4年前だったら絶対にウチになんか来なかった人たち。確実に輪は広がってる。カウンターのなかからじゃないと、それが分かんないんだ。実感としてね。

話ガラリと変わりますが、今NHKでやってる「海・青き大自然」ってドキュメンタリー見てますか?(誰に聞いてる?)夏やってたのの再放送らしいが、すげーねー。イギリス・BBCとアメリカ・ディスカバリーチャンネルの共同製作。
やっぱすごいなアメリカ・イギリス、っていえば、イラク攻撃?グローバルスタンダードの崩壊、なんて短絡モノのワタシは連想そっちへ持ってったりするのだが、短絡モノはワタシだけじゃないんでね。きのう久しぶりに本屋に行ったら、新刊のとこあたりに並んでたなー、反米モノ。
小林よしりんも立ち読みしてるぶんには、けっこうおもしろいし、納得もする。でもねー、いまさらコーラとハンバーガーに反発してもしゃーなかろ。だってそれはワタシたちのライフの一部になりきってますもの。短絡モノにして多少のへそまがりでもあるワタクシは、これだけ反米ひといろになってくりゃ、鼻白みもします。こういうのに便乗して一稼ぎ目論む手合いがいちばんイヤなんだけどさ。

話ずれまくり。ワタシが見入ったのは第2回「深海探検」ってのだけど、想像を絶しますね。たかだか水深数百メートル、1千メートルの世界なんだけどな。きつい環境に適合しちゃうイノチのかたち(何でそこまでムリヤリに、って思うほどだが)。「未知との遭遇」だとか「アビス」とか、こういうドキュメントみちゃうと、ニンゲンの想像力の貧困って思い知りますね。圧倒的に少ない餌を求めて海中をさまようモンスターハンターに変身したホヤだとかさ。わりとおなじみのヤツでも、あの醜悪なアンコウがさ、あれは雌の姿だって知ってました?で、雄はどんなんだ、ってゆうと雌の体の10分の一以下の、ほんとフツーにジミーな小魚じゃん。で、その雄は何せ上の世界に比べて圧倒的に個体そのものが少ないからさ、もう必死に相手を捜す。見つけたらしがみつく。しがみついて交尾する。交尾したまま離れない。そんで血管も一体化していくんだって。精液与えるかわりに血液もらって生きるんだって。やがて、完全に雌の体の一部ね。そんな人生ね。魚の話だろ、って?
あとさ、海底には思いがけず熱湯吹き出してる場所がある。吹き出す液体の主成分は硫化水素だったりするからさ、そんなとこで生きてけるはずないじゃん、ってそれが海底に希な生命の群落になってたりするんだね。まず硫化水素をとりこんで酸素に変えちゃうバクテリアが出てくる。そうするともう食物連鎖が始まるんだな。そのリンクのなかで生きてく連中は、もちろん海中のほかのどこでも生きてはいけんよ。もうその環境にオノレを適合させちゃったからね。そこから何を学ぶか、って、べつにただビックリしてればいいのだけれど。

ワタシは、でも、思うのね。ニンゲンだとて同じだろう、って。何はともあれ生きていかねばならん。いちもにもない、それがイノチの絶対条件だ。その他の条件がどれだけ理不尽な滅茶苦茶なものであったとしてもよ。たとえばある日海岸散歩してたら、とつぜん見知らぬ船があらわれ、何者かに連れてかれ、何が価値なのかケントウもつかないクニで暮らすこと余儀なくされても、とにかく生きていかねばならん。そのために、アンコウじゃないが、たった一人でも相棒がほしいよね。これが恋愛のラジカルな姿だ。ほかのダレも信用できん。「国策」も「世論」もね。

話飛びまくりだな。今夜も雪が降るようだけど、去年の今ごろ、吹雪ついてヌマゲンさんやってくるのを富田さん、事務長、千葉さんたちと待ちかまえてたんだよね。あれから始まったんだな。ボクたちの喫茶店物語、ってさっきまでカウンター挟んで田中マリちゃんとしゃべっていたところだ。

12月14日(土)
●栗コーダーカルテットのクリスマスコンサート、すばらしかった。
大成功だったといってよい。確信してます。小さくガッツしちゃったくらいに。
ねらっていたのはいたんだけど、予想以上だったのね。小さな子ども連れママさん、パパさんのご参加。
感じてるヒトもあったと思うけど、苦手だったの。ウチの〈唯一の〉弱点だったかも知れない。
中学生までは何とかこぎ着けた。「まじ怖えぇ」展と「中学生日記」(現「青春日記」)でね。で、いまや連中はウチの最高のリピーターだ。週3レベルの中学生のリピーター抱えてる文学館なんて、ウチ以外にあるか知らん。

でもねえ、小学生より下のチバさんゆうところの「がきんちょ」はなあ……。ってゆうのは、しょせんワタシが縛られてたんだと思うの。もうとっくにフリーになってたと思いこんでたんだけど、文学=本、文字だってことから。そうするとさ、よその文学館でよくやっておられる、おかあさんといっしょに楽しい絵本展、とか、お話読み聞かせとか、いやさ、悪いとはいってませんよ。読書好きの子どもさん、たくさん出きればいいよね。

でもさー、ワタシ自身のこと思い出せば、今はとんでもない無読のヒトになってしまってるけど、子どものころはウチ中でいちばんの本好きでした。「吾輩は猫である」なんて小学校三年生ぐらいのころには旧字旧仮名の新潮文庫がすり切れるくらい読んでたようなきがする。江戸川乱歩の妖しげなヤツとかさ。
ウチの親父はテレビドラマでさえ、ちょっと話が込み入ると「何がなんやらスッポンカッポンわからん」って、スイッチ切る人だったから、本は無縁ね。老人ホームに入ってるお袋は、今でこそワタシ足下に及ばない読書家になってますが、ワタシが小さいころは八百屋のカミさんで読書どころじゃなかったからね。小学校の教師してたことがあったらしいから、字の読み方、書き方だけはずいぶん小さいころから仕込まれたように記憶してますが。
で、何をゆわんとしてるのかってと、子どもはなかなか親の思うとおりにはならん、ってあたりまえのことだけど。親がしゃかりきになろうとなるまいと、本読むガキはオトナが本棚の奥に隠してあったヤツだって探し出しちゃうし、読まぬ子どもは図書館に閉じこめても読まん。

などとほざいているところに、HALさんからメール。祝!栗コーダーコンサート大成功!ってお手紙なのだが。HALさん、何と司書資格取得済み(前に聞いていたかなあ)、しかも児童図書館勤務希望だったんだって。こんど児童文学とか絵本送りますか、って。うん、HALさんが送ってくださる本ならこれは間違いなし。これは子どもの本も大人の本も関係ないのね。今や無読の人に落ちぶれたワタシだとて、これまで読んだ本積み上げればちょっとしたビルぐらいにはなろー。それでも人生観を多少なりとも揺るがした本などは、数えるほどだ。で、そのひとつが沼田元氣とゆう人の書いたというか、その不思議な行動を記録したとゆうか、その名も、たくさんのふしぎシリーズの一「ぼくは盆栽」って、これは福音館書店の絵本だなー。

なんだかシリメツレツになってきましたので、むりやり話をもどせば、きのうのコンサート。ユルかったのね、会場が。だって3つか4つかなんて子どももたくさんいんだもの。やっぱグズるわ眠るわ(16歳のウチの娘も爆睡してたらしいが。トホホ)うろつくわ、でね。でも良かったんだ、きのうはね。ウチの展示室にはソファのたぐいもあっちこっちにあるからさ、ぜんぜん統一とれてないけどね。でも、どこでも寝ころんでられる。ワタシだって、ときどきそうしてますが(夜中にだよ)。
でも、何で会場がユルくしていられるか、ラクであるか。それは演奏が真剣だったからなの。コドモ+オトナに対して、マジメに演奏、すなわちサービスに徹したからなの。ワタシ、そこに感動した。
託児施設つきのコンサートもいいよ。たまには子どものことなんか忘れて没頭したいさね。でもいつ飽きてぐずりだすかわかんないガキンチョ抱えたままでも、安心して音楽楽しめる、ってさ。やっぱり、いちばんなんじゃない?眠り込んだり、目覚ましたり、しながら楽しめるコンサートって、最高じゃない?

もちろん、栗コーダーならではだ。誰でもできるワザではない。でもあえてセンエツいえば、栗コーダー+小樽文学館ならでは、かも知れないなあ。できるかも知らん、ウチならば、ってまた過剰自信に輪ぁかけちゃったかもね。

演奏終了後レトロスペース坂会館展開催中のJJ's Cafeでくつろぐ栗コーダーカルテットのみなさん。

12月3日(火)
●内心はそうでないこともなくはないけど、穏やかに始めてみようね、師走。

トミタさんからHALさんのメール転送。
無断でメール転載はイケナイことだけど、これはいいだろう。

こんばんわ〜お元気ですか?HALです。
展示の準備お疲れ様でした。もう疲れはとれましたでしょうか。もうすでに博覧会展&坂展示がはじまったようですが、両方とも文学舎のHPに告知が全然ないので(笑)いったいどんな雰囲気&内容なのかとても楽しみです。この前メールいただいたこんちゃん(札幌在住)によるとレトロスペース坂会館展示、けっこうなかなかスゴイらしいですね…(笑)
そして!今日カレンダーを見てみたら、こんど栗コーダーのコンサートがあるんですね!!
僕ファンなんですよ!オリジナルのCDはぜんぶ持ってます(とくに「鉄道ワルツ」がお気に入り)。
近所に住んでたら絶対行くところです〜めちゃクヤシイ!!

ところでヘンな話なんですが、古書コーナーやJ’sブックカフェに「装飾品」を持ち込んだりお送りしても大丈夫なもんでしょうか?…というのも、せっかく本を飾っていただいているんなら何か飾りの品物でも配したらいいかと思いまして(笑)実は僕は趣味でたまにスノードームを作ってるんですよ。中身はそこらにあるフィギュアやおまけなんかなんですが、季節物でもありますし、2・3個くらい送っておいていただこうかな、とか思いまして。郵送だと水漏れが心配ですが(笑)

気がつけば、もう12月ですね〜喫茶店展から4ヶ月、あっという間でした…いろいろありました。
のこり、よい年をお過ごしください(まだちょっと気が早いかな)。ではまた〜!

うーん、HALさん最高!まいったなー、スノードーム作りって!さっきの憂さも吹っ飛んだよ。メリー、メリメリ、メリクリスマス!だなー。

博覧会展、アップさぼってごめんなさいね。来年の3月30日までだからさ、だからまだ良かろー、ってもんじゃあないか。
ひとつだけね。ちっちゃな工夫。市民提供コーナー設けましたよ(いつもやってんじゃん)。私の博覧会の思い出、ね。こんなこと書いておきました。

 博覧会の時代は終わった、といわれてすでに久しくなります。宴の後、という言葉のとおり、とりわけ近年の博覧会は「失敗」とされる結果が続き、それらについて冷笑的に語られることもあります。
 けれども、博覧会が企画された段階に立ち返ってみれば、それはどれも、大いなる夢と希望を持って語られてきたのであり、企画者とともに多くの市民も気分を高揚させながら「明るい未来」という構想に連帯していったのです。
 それらの夢と希望の名残は何処にあるか。博物館や図書館に保存されている「公式記録」をめくればよみがえるのか。
 いや、きっと、それは胸ときめかせて博覧会という祭に参加していった人たちの手元に、今も残っているはずです。記念タバコや乗車券、ぬいぐるみやバッジなどのささやかな形をして。
 私たちは、それをこそ、掘り起こしたい。
夢の記憶、希望の記憶。そこから再び語りはじめられる、小樽の街の物語。

 みなさまに、お願いがあります。いま、このケースはまだ空に近い状態。ここにみなさまのお手元に残されている、博覧会の記念品を飾らせていただけませんか。
 大正7年の北海道博覧会、昭和6年の海港博覧会、昭和12年、昭和33年の北海道大博覧会、昭和59年の小樽博覧会、どの博覧会の記念品でも、大歓迎です。
 それに写真。博覧会にでかけて、楽しくシャッターを切ったスナップ写真がどのお宅にもきっとある。それこそ「公式記録」には決して残らないものです。支障なければ、ぜひお貸しください。

 展覧会が終わるころ、このケースが夢の記憶、希望の記憶で溢れんばかりになることを、そしてそれが未来への夢と希望に向かう、新たな小樽の街の物語になっていくことを、私たちは期待しています。

こないだ始めたばっかなのにさ、もう埋まってんだよ、半分。きょう伺った天神町の方からいただいた東京朝日新聞編集「北海道大博覧会画報」(古書関係の方、どなたか見たことありますか?)にもびっくりだけど、笑ったなー、「健康体操 北海道民謡踊 進め!北海道」って楽譜のパンフレット。振り付けの写真も載っててね。
「ヒグマホエールーカ ダイセツザンーノ ユキヲフキーマーク ソラ オイラーノイキーダー アラシトフキマーク オイラノイキダ ススメホッカイドーイキデユケー」
わはは。「イキデユケー」って。
これくださった天神町のOさん。「ねっ、今でもいけるでしょ、これ。やってみたらいいんじゃないかなあ。私ハモニカで吹けますよ」
わはは、いいなあ。これ昭和16年4月の発行だけどさ。つくづく思うのね。歴史は一直線じゃない、多元的だって。ひとつの「不幸」に収斂させてしまうと、ささやかな生活のなかに確かにあった豊穣なものが全部見えなくなってしまうんじゃないかって。