学芸員のよもやま日記

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2003年1月。地域に根ざし、国境を越える。もう「理念」じゃないよ、行動だ。

市立小樽文学館学芸員・玉川薫
直接メールくださるときは、こちらまで。もっとも文学館あてのメールも私が読んでおりますが。


1月24日(金)
●前から、何とかとっかかりが作れないかなー、と思いつつ、どうやったらいいか時間だけ経っちゃってね。つまり、ワタシもこの年齢になってさ、この文学館でそれなりに経験積んできた。博物館とか図書館は、もっと歴史があって蓄積も文学館の比じゃないな。いちばん新しい交通記念館も、苦労しながら研究し、工夫も凝らしてきた。もちろん、学芸員も司書もみな優秀だ。
それがバランバランに活動してるのはさ、てんでんに企画やってポツンポツンとジミに話題作ってるのは、いかにも勿体ない話だね。だから、横断企画な。ひとつのテーマで小樽の博物館、交通記念館、科学館、図書館、文学館、美術館全館の共同展。

夢じゃないと思うのさ、例えば、お題は「石炭」。
これなんかはね、いまウチでやってるレトロスペース坂展の隅っこに置いた石炭ストーブ。これがけっこう会話のタネになってるのね。「知ってるかい、これ」「コークスじゃないの」「だいたい火の着けかたが違うだろ」「これ、何てんだっけ」「デレッキ」「何、それ。なまってんじゃん。方言なの?」「そうかあ?」とか。
あと、博覧会展の、壁に貼りだした昭和初めの小樽全図みながらさ、「これ知ってるかい、トランスポーター」「はあ?」「小樽のシンボルみたいなもんだったんだけどね、壮観だったよな、石炭積んだトロッコから、船に直接石炭落とし込むんだもの」「へえー」とか。手宮線って、そのために作られた鉄路だよね。で、石炭といえば夕張、夕張に腰据えて、炭坑遺跡の保存運動や記録に走り回っている風間健介さん率いる「グループ炭坑夫」の活動も目覚ましいな。提携してみたいよね。

てなことを考えはするんだが、とっかかりが難しい。いちおうワタシも「社会教育部主幹」だからさ、そういうことも職務に含まれるのではなかろーか、とも思ってるのだが。

てなことを、きょうレトロスペース展をのぞきにきた石神さんに話してみた。石神さんは、もと博物館の主任学芸員、今は社会教育課の主査学芸員だ。
何かいいきっかけ作れませんかねー。「玉川さん、前に、ここの亀井館長が小樽の歴史を勉強したがっている、っていってましたよね」あ、そうそう。亀井秀雄氏は、これはもう世界が認める筋金入りのインテリゲンチャだけどさ、さすがの亀井先生も、微に入り細に入りの路地裏的小樽史にまで通じているわけはない。その亀井館長は、そもそもが知的好奇心並はずれた人だし、それに小樽に通ううちに、この小樽という街がまことにおもしろく、魅力的にみえてきたらしいのね。それで、もっともっと勉強してみたい、ということだ。
情けないことにワタシはその任には耐えないのでね。しょうがないから、亀井館長は一人で小樽の図書館に通ってみたり、昼休みにできるだけ街のなかをあちこち散歩して観察をしたりしているらしい。
で、石神さんの話の続きだが、「どうでしょうね、僕らがそれぞれ得意なところを、代わる代わる、亀井先生にお話ししてさしあげる、というのは」「なんかかしこまって勉強会、なんてするとお互いに気詰まりだけど、都合のつく時間が作れれば、例えばこの文学館喫茶で(JJ's Cafeのことね)お茶飲みながら、ちょっと興味持ってもらえるような話は皆できるんじゃないかな」。なーるほど、そりゃいいなー。亀井さんは、ちょっと取っつき悪くみえるけど、あれで人の話聞くのは大好きなほうだからね。自分の考え押しつけたり、得々と述べ立てたりしないで、人の話は、じっくり真剣に耳を傾ける、いそうでいないタイプの学者だ。ただ、ときおり挟む、感想とか、関連する話題とかがね、やっぱり、へえー、って思わせるのね。だからこれは先生も生徒もたいへんタメになるミニ講義だな。
もちろん、ワタシは同席させてもらうよ。ワタシの立場からいえば、亀井館長をダシに使うわけだけど、亀井さんという稀な頭脳を、小樽のために十分に使わないのもまことにもったいない話だ。そうだ、身近なところで、美術館の星田さんにも小樽美術史概説をやってもらおう。星田さんだって、亀井館長とじっくり話したことはなかろう。

うん、うん、いいなー。この「考える人」亀井秀雄氏をまんなかにおいたネットワーク。ここで肝心なのは、まんなかの人が発信者ではなく、「受信者」であることだね。すぐれた「受信者」。できるんじゃないかなー、楽しいんじゃないかなー。

ふとワレに返ってみると、いちばん使えないのはこのワタシだな……。

1月19日(日)
●所沢市で小林多喜二展をなさってますんで、少しお手伝いをしてます。盛り上がってますよ、けっこう。うん、いいね。こんなに喜ばれるんだったら、こうゆうこともっと早くからやりゃ良かった。もったいぶってたわけじゃ、ないんだけど。

今回、お持ちしたのはトランク一個分。ちょうど、いいな。展覧会も何から何まで手作り、手弁当で。入場料も無料だし。そりゃ、政治色無色ではないけどね。いい多喜二展だ。会場は、所沢市役所の一階の市民ギャラリーだって。これも、いいよね。明日は、市役所ふつうにやってるからさ、ふつうに何かの手続きしにきたお客さんが、帰りにちょっとのぞいてみっか、てね。きょう来たお客さんが、「感銘した!けれど、いっかしょ極めて残念」って、展示の仕方かと思ったら、「尊敬する小林多喜二氏が、勤務してる銀行の便箋を私信に用いていたことを知った。これはまことに失望」だって。あは、こうゆうのがいいんだよね。健康でしょ。

で、ワタクシ今思ってるの。今回は多喜二だけどさ、こんなに喜ばれるんだったら、トランク一個に工夫して、いろんなものをね、詰め込んで。多喜二と伊藤整と、そうね、小熊秀雄、並木凡平、あとやっぱ啄木か。これをトランク一個に詰め込むのがミソね。手品みたいにさ。トランク詰めの移動式「小樽文学館」。iBook上手に使って、写真パネルやキャプションは会場でプリントアウトするわけね。
そうそう、あれ忘れちゃ、だね。コーノ式ドリッパーと「小樽文学館スペシャルブレンド」。今の「小樽文学館」、カッフェ抜きにできないでしょ。コーヒーサービスしながら、ワタシ、ガイドさせていただきます。

あ、古本どうしょうか?現地調達でいいのか。

1月11日(土)
●年頭の「自己紹介」で、いちばん肝心な「肩書き」抜けてた。「小樽文學舎事務局の無給職員であるところの玉川薫」ね。

watanabeさんから、つぎのようなメールをいただきました。

古本コーナーの存在意義。
1.どう考えても、寄付収入はしれたもの。
2.館内閲覧用の書籍とも思えない。(一部、閲覧用あり。)
なんのために並べているのかはっきりしません。
 今や公立図書館もスペースの関係からリサイクルで本を放出しています。
 私としてはあのスペースを他に活用できないもので
しょうか。
 その意味で古本武闘派オジサンに”ご協力”いただいたほうが良いのでは?

投稿のようだから、ご本人に了解はとってないのですが、転載させていただきました。ごめんなさいね。

えっと、こういうご意見、大歓迎です。これに対する賛成、異論、反論も大歓迎。

ワタシの意見をちょっと書いておけば、古本コーナー止めちゃうのはカンタンなんだよね。一袋といわず、全部持ってっていいですよ、って、オヤジも喜ぶかな。いっときはね。でも、オヤジさんは来れなくなるよね。来る理由が、っていうか、口実がなくなってしまう。ダレに対して、っていうより、自分に対してのね。「招かれざる客」じゃなかったんかって? うん、そりゃそうだ。そりゃそうなんだけれど。

話、急に飛ぶようですが、先日の朝日新聞に谷村志穂さんの小樽訪問記が出てました。谷村さんは伊藤整のファンらしく、まず真っ先にウチを訪ねてきてくださったらしい。で、伊藤整氏の廻転書棚以上に印象強かったのが、入ってすぐの「奇妙なカフェ」であったのね。結局「カフェのコンセプトはよく分からなかった」のだけれど、小樽都通りに昭和8年開業し、いまも営業続けている喫茶店「光」を知り、興味を持って、けっきょく「光」から「さかい家」、それから、と小樽喫茶店巡りをしてしまったんですって。想像するに、担当記者さんは伊藤整「雪明かりの路」巡りをしてもらいたかったんだろう。で、とっ始めが「文学館」は、こりゃフツウだ。ただ、入ったのがウチだったからね。その後がフツウじゃなくなっちゃった。予定変更ね。

異論あるだろうけどね、コンセプトが分からない、って。「コンセプトがわかりやすいカフェ」「コンセプトのわかりやすいコーナー」「コンセプトのわかりやすい文学館」って、おもしろいかな?人によるかな?よけいなストレス起こさせるなよ、ってね。
こっから、またワタシの個人的意見、だけど、それなりにあっちこっちの文学館や美術館、ついでにカフェも見てきた上での意見。コンセプトのわかりやすい展示。ストレスはないな、確かに。でも、館のなかだけで完了。そっから自分でも予測のつかない方面に転がったりはしません。

「光」が出てきたついでに、「光」の現マスターに聞いた先代マスターの商売哲学の話。先代は、空になった客のコップに、水を注いでやったりしなかったんだって。頼まれない限りね。言い分はこうだ。「空になるたんびに水注いでやったら、客が時間の経過を気にするでしょ」「コーヒーなんて色つき水沸かしただけよ。それ売って商売なんて、おこがましいのさ」「わしが売ってるのはね、この場所と時間なんだ」。
ま、これも異論はありそうですが。確かに、喫茶店での一杯450円のコーヒーってのは、「口実」なんだよな。それと引き替えに、この場所でいくら時間を浪費しても構わない、ってゆうね。「今どきあり得ませんよ、こんな商売」って、「光」現マスターがいうのも、もっともだ。

で、こんな商売があり得なかったら、こんな場所もあり得ないのか、ってところにあるのが、いまのウチのスタンスね。そろそろ聞き飽きた?

1月9日(木)
●古本武闘派オヤジは、懲りないヒトだ。年明けてから、いちばんのリピーターだなあ。古本を持ち帰るのは、一回ビニール袋一袋に限る、としたのも、転売禁止とオトヨさん手製のゴム印を押すようにしたのも、みなこのヒトのためだよ。

最初は、ワタシもおっかなかったんだけど、今では堂々といえるよ。
Sさん、一回一袋ですよ。「お金、入れてるよ」。お金はいくらでもいいんですよ、でも本が少なくなるのは困るの。「タバコすうとこなくしちゃったんか」。あ、一回持っていって、また入ってきたな。「年齢とると、体がゆうこときかなくてね」。そーですか。「ま、ここでこうやってコーヒー飲んで、家で本読んでやね」。判で押したいに23円入れてくんだよね。ドネーションの上っ面の意味は分かっているんだから、ニクイよね。「わし、今家に4000冊本持ってる」。10分の1でも戻してよ。「これからちょっとまとまった金が入るあてがあってね」。ほー、文学館にご寄付でもしてくださる?「ブックス三分の一堂ちゅう店をね」。……?「開いてやろうと思ってさ、儲け度外視よ」。……あのね。「藤沢周平が流行ってるらしいが、時代モノはやっぱり山本周五郎やね」。そーですか、って結局カウンターのなかでオヤジの話し相手をしてるワタシだ。

きょう昼、前の同僚と会ってちょっと話をしたんだけど、トラブルってことをね。トラブルが起こることはいいことなんだ、って話だ。トラブルが起こって初めて組織に潜在していた矛盾が露出する。で、その対処としていちばんよくないのが露出しようとするその寸前で隠してしまおうとすること。とりあえず、事態を先延ばしね。三年な、長くても四年、この間何事もなければ、それでいいわけだ。でも、内在している矛盾は悪化こそすれ解決などするはずないな。って、抽象的な話じゃおもしろくも何ともないんだけどね。関係ないようで大いにあるのが、今朝もきたオヤジだ。

「文学館に妙になじんでるよね(笑)」。そーそー、ムカシの文学館じゃ考えられなかったですけどね。「禁止、はダメだな。いちばん安易だけど最悪。ひとつも解決しないからな」。そーそー、禁止は最後の選択ね。じゅうぶんに理由が説明できて、からの最後の選択肢。いま、文学館に入ってダメ、なんてダレにもいえないよ、だってあのオヤジが常連さんなんだから(笑)。こっちも知恵を絞らされますよ、転売禁止もね、役所風ゴム印じゃダメなんでね、オトヨさんの消しゴムハンコじゃないとさ、笑えないでしょ。
考えてみればさ、ドネーションってゆうやり方が孕んでる一抹の欺瞞、偽善をこのオヤジさんの行為がバクロしてるわけでもありまして。いやでもおうでも、時に考え込むわけね。どう対抗していくか、肝心なのはその方法だ。

青春日記のメンバーと古本オヤジさんのあいだに入ってくるフツーの(笑)お客さん。ここで淹れてあげたコーヒーを、「夢」喫茶に持っていかれて、一時間ほど過ごされてました。実感はあるのね、こうゆうお客さんに小さな幸せあげてるんだ、って。
コーヒー一杯の幸せも、古本二袋の幸せも、違いはないんだけどさ。オヤジさん、カバンにまで詰め込んじゃダメだって!

1月4日(土)
●明けましておめでとうございます。日記、書き初めですねー。

ちょっとした工夫しまして、今まで文学館のなかでしか更新できなかったこのサイトが、いつでもどこでも更新できるようになりましたよ。iBookとピッチがあれば、日本中どこでもね。さらに工夫すれば世界中どこでもか。出張中でも日々更新ね。リアルタイムでお知らせできます。今年も、ユルむときはユルみますが、緊張せざるをえない局面も、必ずあり。で、この日記の唯一のポリシー。すべてオープンにいたしますよ。

前にも、ちょっと書いたことがありますが、昨年亡くなった遠藤誠弁護士の言葉、ワタシは忘れない。「差出人の名前のない手紙はね、私は開封しないでゴミ箱に捨てます」
匿名の意見は意見とみなさず、ね。私も同意します。

で、改めて2003年も。この日記を書いているのは、市立小樽文学館の学芸員であるところの玉川薫、1953年8月5日福井市生まれ、男性、獅子座、B型だ。後半関係ないけどね。テレビ見てたら、ヘビ年B型は、2003年仕事運、絶好調なんだって。そうだといいですね。

今年もよろしくお願い申し上げます。