学芸員のよもやま日記

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2003年3月。雪のなかにも、春立ちぬ。ときどき、ふいと、眠くなる。

市立小樽文学館学芸員・玉川薫
直接メールくださるときは、こちらまで。もっとも文学館あてのメールも私が読んでおりますが。


3月29日(土)
●「ザ・スピリッツオブ『レトロ・スペース坂会館』展」も、いよいよ明日で終わりだねー(小林多喜二展もだけどさ)。
このミニ展、お客様の反応はおよそ3通り、
1.??何の意味かしら
(展覧会に意味なんかありませんよ、と弁じはじめると長くなるから止めようね)
2.ひとめで、マユをひそめる(まあ……。なあに、この文学館)
3.笑う
で、正解は(正解なんてありませんけどさ)3.の笑う→ちょっと感心する。
その他に、いたく感心して穴の開くほど見入る、ってのもごく少数いるかも知れません。それはそれで、少し心配、ってンなことはない。マユを顰めようが、魅入られようがお客様のご勝手ね。
坂館長さん、展覧会のあいだに三度ほどお見えで、自ら一部展示換えのためのモノを持ってきてくださるのだが、そのたんびに自社(坂栄養食品株式会社)のビスケットも山ほど持ってきてくださるのね。スタッフでポリポリいただいてもいるのだが、さすがに持てあまし気味。
さきほどコーヒー片手にややしばし見入っておられたお客様、ノートにも感想書いていらしたから、あ、これは3.のお客様。明日までだからなー、って山ほどあるビスケットのひと袋差し上げた。「あ、どうも。北海道ビスケット、道産小麦粉100%使用なんですね。じゃ、これ上げます。これも道産コムギ使用のケーキ」。え、カバンからシフォンケーキ?「シロクマパン、ってご存じですか。私、そこでバイトしてます」。シロクマパン?はー、いや、どうもありがとうございます。さて、このシフォンケーキ、だれかにあげて、何かに替えてもらおうか。ワラシベ長者?
じゃ、ここでインターネット特典。明日文学館にいらして、「ザ・スピリッツオブ『レトロ・スペース坂会館』展」ご覧いただいた方にもれなく「北海道ビスケット」差し上げます。ただし、3.のお客様に限る(客選んでるじゃないですか)。さらに、ただし、カウンターにワタシがいるときに限る。

3月27日(木)
●しょっちゅう来る子どもといえば、「青春日記」の常連だ。でも、せんだってから、ときどき見慣れない女の子がくる。柄は大きいけど、小学校高学年か。「日記」の常連とちょっと違って、パソコンもときどきはいじるけど、「夢」喫茶のほうに入り浸ってるんだね。「夢」って別に何があるわけでもないし、ひっそりした仄暗いだけの場所なんだけど。二人連れでね。そこでおしゃべりしたり、置いてある原稿用紙に何か書き込んだり、ピアノ弾いたりするだけで、二三時間持たせてしまう。コーヒーもかってにお代わりしてね。きょうは、ふれあいパスもってきたバーさんたちと何かしゃべり込んでたな。
前に書いたかしら。テレビでチラとみたんだけど、東京かどっかの下町の駄菓子屋。そこの隅っこが女子高生か女子中学生の「しゃべり場」になってんのね。学校帰りに、必ず立ち寄る子たちがいる。店のおばさんは別に彼女らに構うわけでもない。ただ2、30分おしゃべりして帰ってゆくわけだ。
ワタシがいちばん本気になってるのは、そうゆう場所なんだよ。そうゆう場所がシンからほしい。ぜったいに要る。街のなかに。で、ウチがそれになりうる、そうなりたい、って本気で思っているの。
「まじ怖」からのメンバーのコウジが久しぶりに来た。「髪そめたのわかるかな」。めだたないよ。「そんなら良かった。入学式までに戻さなきゃならないかな、って思ったけど」。高校、入れて良かったね。Mちゃん、どうした?「知らない。もうずっと顔も会わせてないし。定時制に行くって、ちょっと聞いたかな。家の手伝いもしなきゃならないみたいだし」。そう。ま、良かった、ね。
気になるんだ、いちばんね。Mちゃん。登校拒否気味の子でさ、でも「まじ怖」のオリジナルメンバー。夏休み中なんか文学館に皆勤賞。いっときなんか、ワタシ、この子のために仕事やってるような気にさえ、なってたことある。
ウチがカウンセリングなんかやるわけじゃないし、「癒し場」でもあるわきゃないけど、3年になってからはわりに学校行くようになったらしいな。コウジらからも「ふつうに来てるよ。元気そうだぜ」って聞いたし。
顔、みたいけどね。元気にしてるなら、いいか。卒業式、終業式終わって、入学式、新学期までのいっときだ。長い人生のなかの、ほんとのモラトリアム。すぽっと抜けたような、いっとき。あー、もちっと暖かくならないかなー。

3月25日(火)
●この秋に計画してる文学散歩は、東京・横浜・鎌倉を三泊四日で5万円台に抑えましょう、というムリな企画なんだけど、東京は何とかね。乱歩と小熊とモンパルナスでいけそうな。
つぎは横浜・鎌倉か。横浜は、なかば亀井館長に任せてるの。開化期のニッポン。亀井さんの快刀乱麻みせどころだからねー。
で、あとは鎌倉。とゆうわけで、とりあえず行ってきました、鎌倉。時間なかったから鎌倉文学館だけだけど。初めてだったのね、足伸ばしにくいところじゃないけど、何となく機会なくて。うーむ。これは、ウツワがねー。ウムをいわさぬものあるなー。このウツワなら、展示はつけたりでも十分だな。いや、皮肉でも何でもなくて、むしろこっちが正攻。こっちがまとも。わざわざ訪ねるお値打ち十分ね。だってこのガラだったら、ウチなんか「えー、こっちも文学館なのー、ちょっと比べ物にならないわよねー」って。ワタシでもゆうよ。初めてだったら。
でもね、ワタシ闘志湧きました。ロケーション、勝負にならん。ウツワ、問題にならん。なら、展示してるものの中味。……これも次元がちゃう。いや鎌倉文士100人ならべても小林多喜二が勝つ!!って、そりゃそーいう価値観もありはしますが、残念ながら一般的とは。
ならどこで勝負する(って、だれが勝負するん?)。文学館に勝ち負けもあったもんじゃありませんが、ワタシは負かせたくない小樽文学館。まえにね、「小樽文学館」で検索かけてみたら、どなたかのホームページにその方のすきなもの、いろいろ並べてあって、それで私の好きな文学館ってジャンルがありまして(変わりモノ?)そのベストスリーが、世田谷文学館、鎌倉文学館、そして!小樽文学館だったのね。世田谷はおいても、小樽が鎌倉に並ぶ?ウツワ大敗、ロケーション問題外、中味も……。じゃ、あとはこれしかないじゃない。やる気。
えーと、文学散歩の下見で、何で闘志燃やしてる?いや、とにかく魅力的な文学館でした。楽しみになさってね。鎌倉編は、思い切りロマンチックに仕立ててみますよ。
あのね、ロケーション問題外、なんていいましたが、ホントはそう思ってないのね。一般にそうは思われてないかも知れないけれど、小樽文学館の数少ないメリット。それはここのロケーションなの。街のど真ん中、旧金融街ってゆう。ふつうなら違和。けれども、ここは違う。銀行街のまんなかだからこそ、必然的に「文学館」がある、なければならない、って証明だってできるような気がしてるんだ、今はね。ま、その話はおいおいと。
帰りに、ちょっとだけ寄ってきましたよ。カフェ・ヴィヴモン・ディマンシュ。堀内さん、お留守だったけど。ワタシ、一点隙のないカフェ想像してたんだけど、ちょっと違ってた。思ってたより、ずっとユルい。すぐに分かりましたけどね、このユルさが、さすがの余裕なんだって。コーヒーとケーキは、非の打ち所ありませんでした。まーね、鎌倉・横浜ときたら、あの人さしおくわけにはいかないんだけど。などといいかけると、テレパシーみたいに伝わっちゃうからな。ヌマゲンさんは、もうちょっと、ね。
きのうの日記に書いたことで、ご批判いただきました。

福田のある面だけをとって、まるごと心服というのは、少なくとも僕なんかにはいた
だけないな。1947年に彼が書いた「文学と戦争責任」や「世代の対立」を読んでほし
いな。
「進歩的文化人」という情念語(外延および内包がぼけている言葉で、それをを使う
ことにより自己の心情吐露をはかる言葉)が入り込まなければ、こんな指摘をするこ
ともなっかったんだけど。

Wさん(もちろん本名明記されてます。引用お断りしてないんで、イニシャルで)のご批判、とくに後半、これはごもっとも。「進歩的文化人」なんて形容、「保守反動」と同レベルの雑把なキメツケ。こりゃ、いかんね。反省です。ただ、福田恆存氏については、さらに興味湧きました。それも戦後まもないころの言論、ぜひぜひ読んでみたい。確かに、チャタレイ裁判での陳述は「ある面」かも知れませんが、ワタシ、この人の言説は「揺らぎがないな」と直覚しました。うん、気ぃ入れて読んでみます。読んでからまた感想述べますね。
話がらりと変わりますが、ワタシ、いままで「産経新聞」ってまともに読んだことないの。笑わないでね、ほんとに。「読んじゃダメな新聞だ」って思ってました。アタマのどっかで。きょうね、鎌倉に向かう電車の網棚に、産経新聞置き去りにされてまして、あ、こんなお行儀悪いこと普段しませんよ、きょうは、何となく手が出てね。で、読んでみたの。え、あら、マトモ。なんて今時いってるほうがマトモじゃない?
自分のマトモじゃなさを無雑作に敷衍するのもいかがかと思いますが、やっぱり偏見、食わず嫌い、ってあると思うのね。「産経」についていえば、記事から記者の責任感覚、よく伝わります。その上で批判は受ける、って緊張感がある。あと、記事中の新語の解説をワクに入れて丁寧に解説してるのも感心。も一つね、これは紙面に関係ないけど、ひょっとしたら「新聞」史上の画期になっていくかも。それは夕刊なし朝刊のみ1部100円、月決め講読2950円(だったっけ)っていう価格設定。販売戦略。少なくとも、これについては全面支持。ワタシはね、メディアはもっともっと受け手がフリーに選べなきゃだめだと思うの。今だって自由でしょ、って、それはそうだけどそうじゃないんだなー。駅前で並んでるタクシーから自分の好みのタクシー選べますか?比喩がヘン?

3月24日(月)
●池袋モンパルナスの会の世話役みたいなことやっておられる平栗さんにお会いするために、また立教大学方面へ。その近くで小さな旅行代理店をなさっている女性です。
その方とのお話の内容は、またいずれ。とにかく秋の文学散歩、東京編は乱歩、小熊秀雄と池袋モンパルナスで決まりね。豊島区の区長さんって、ほんとに乱歩マニアなんだって。もともと古本屋の息子さんで、ご自身も立教大学出身なんだって。ちょっとステキですね。
そのね、池袋駅前から立教大学方面へ行くために、ワタシ駅前の地図眺めてたの。地図の前にさ、自転車支えたジイさんが、ずっと立ってんだ。白髪で、白いシャツきたこざっぱりしたジイさんだよ。そのジイさんが、いきなり声かけんだ。「どっか、さがしてなさるのか」。いえ、その立教大学のほうへ行こうと思いまして。「この地図に丸井デパートがあるじゃろ。その向かいに警察署があるな。丸井と警察のあいだが立教通りだ」。はあ。「あんた、ちょっと地図の脇に立ちなされ」。こーですか。「むこうに丸井デパートが見えるが」。ああ、なるほど。「ここから歩いて600メートルだ。そう書いてあるな」。ああ、こりゃ分かりやすいですね。どうもありがとうございます。ふむ、要領のいい教え方だな。ワタシ、こうゆう人尊敬するのね。ワタシ、人に道、教えられないからな。ちょっとしたコンプレックスね。地図描けないし。
で、迷うことなくまっすぐ歩いて行けたんだけど、歩きながらちょっと思った。あのジイさん、ああやってずっと立ってんだろうか、ワタシみたいに地図のぞき込んで考え込んでるイナカものに、ああやって、いちいち声かけてるんだろうか。
好きだなー、池袋。西口公園(ウエスト・ゲートパーク)もね。フオンな感じとノンキな感じ、日焼けしたキタナめのオヤジたむろし(みんなケータイぶらさげてんね)、疲れ切ったおねーさんがタバコをふかし。サラリーマンがスポーツ紙広げ。風景こそ一変してるけど、小熊が描いたスケッチと同じじゃん。
いいなー、この散文な街。あ、目さらにしても、ナガセもクボヅカもいやしませんよ、いちおう、念のため。
きょうは、移動しながらずっと伊藤整の「裁判」読んでたんだけどね。ちょっと憂鬱になってしまった。いきなり結論めいたこと、いっちゃうのも何ですが。ワタシ、「チャタレイ裁判」敗北やむなし、って思ってしまった。伊藤整、果敢にやったよ。正木弁護士も火のようだったし。弁護側証人もね。ワタシ、福田恆存ってほとほと感心したな。文学(=全人間性)に寄せる全幅の信頼とそれを損なわんとするものへの舌鋒。激しいけれど、過剰なもの一分もないな。こうゆう人を、保守反動のひとことで大雑把に括ってしまった進歩的文化人のアタマの雑駁さって目を覆わせるわね。
それでも敢えていわざるを得ないが、被告、弁護人、証人側に決定的なウィークポイントあり。無知、無理解とコキおろされ(ほとんどサル扱いね)、品性疑問視までされようと検察側に利あり。
来年の「裁判」展ではね。この「裁判」やり直せなかろうか。まったく違う戦術があり得たのではなかろうか。刑法175条そのものが無意味。「猥褻」を罪に問うこと自体の理不尽を、とことん理詰めに立証できないかしら。
は、どーせお遊びなんだけどさ。物議かもすな、きっと。

3月23日(日)
●きのうとうって変わって、いいお天気で暖かい。田端の何とかって神社で桜が咲いてるどころか、散り始めてるのにはビックリね。何で田端くんだりまで足伸ばしたかって、そりゃ文学散歩がらみでね。
本多正一さんと池袋の芳林堂で会って、蕎麦屋で秋の文学散歩のお話。なかなか難しいね、東京の文学散歩って。そりゃ探せば見所限りなくあろうが、点在してましょうからね。一人や二人でぼちぼち歩く回る東京探検、汲めども尽きぬ興趣あろうが、40名様ご同行では、ちょっとキビしい。
えー、何はともあれ、立教大学に隣接している江戸川乱歩旧邸。なーるほど、こりゃ大乱歩住まうに相応しい屋敷だ。有名ですけどね、蔵のなかの書斎とか。本多正一さんは、中井英夫を案内してから後も、2、3回廷内に入られたそうな。
この乱歩邸は、豊島区が買い取って江戸川乱歩記念館にするんだったんだって。それが現区長の公約だったそうな。なかなか粋な区長だねー。でもいずこも同じ財政難で頓挫ね。今年統一地方選で、公約頓挫も情けなし、って思われたのかな。先月だったか、池袋西部デパートの旧西武美術館で豊島区主催の「江戸川乱歩展」あったんだって。好評だったそうですよ。ワタシ、西武のリブロで図録買いましたが、チープっぽくていい感じ。色校省略してコスト節約みえみえの発色の悪さだけど、それがまた乱歩っぽくていいのね。内容も本多さん褒めてました。
で、乱歩邸買収、豊島区あきらめましたから、けっきょく立教大学で蔵書ごと買い取ったそうな。いずれは記念館にして開放されるんだろうけど、私大も経営たいへんですからね。本多さん廷内に入ったときもあっちこっちブリキのバケツか何かで雨漏り受けてたそうだから、補修して公開するっていつになるだろうね、って心許ない話だ。
何とか大学と話つけて見せてもらえれば、いちばんいいんだけどね、ってたまたま通りかかったガードマンに、「ここ入れないんですか」って本多さん。「あ、ダメですよ」って、ニベもないわね。
「往時の面影とどめてる、って界隈、東京ではほとんどないですよね。うーん、田端とかどうかなあ。東京のイナカがすぽっと残った感じはありますよ。中井さんの生まれたとこだしね。あと田端文士村って知ってます?」聞いたことは、あるけど。「芥川とか室生犀星とか堀辰雄とか中野重治とか」。ん?『驢馬』つながり?
うむ。いいね。田端界隈。狭い坂道入り組んで、苔むした寺とか神社ぽつぽつあって、うらぶれた安アパートあって、小さい盆栽これみよがしに狭い塀の上にならべてるお宅があって。好きだな、東京。都会とかいっても彼のサッポロには絶対ないのね、こうゆう界隈。ついでにいってしまうと、サッポロって都会たる要件欠いてるのね。一つはこういう時がたゆたっているような界隈。も一つはダークでアナーキーな街の隙間。それがなければ、都会とはゆえない。「大いなる田舎なり」って明治40年に啄木にいわれたときのまんまだな。
いいね、田端界隈。いいけど……、渋いな。その「田端文士村記念館」も入りましたが。「こういうところも入らないと、文学散歩の恰好つかないよね」。うん、そうなんだけど。……つまんないな。文学資料展示って。今さらだけどねー。
「やっぱりも少し分かりやすくなきゃダメですかね。浅草行きましょうか」。そりゃ、分かりやすいな。「永井荷風行きつけのレストラン、いちど閉店して、また再開したみたいですよ」。その「アリゾナ」開店時間に間がありましたので、仲見世通りの脇の商店街通って浅草六区に。懐かしや、わが青春の……。「まだあるんだな、映画館。『緋牡丹博徒』に『座頭市と用心棒』」。いいプログラムですね。「ポスター、何度も貼った跡あるね。さすがだな」。誰が着るんだってゆうような原色ラメ入りのスーツとか並べてる洋品店の脇を歓声上げてすり抜けるコースター。「花やしき」ね。ま、理屈抜きね。乱歩や荷風が脇歩いていても不思議じゃないな。
「アリゾナ」で、軽く食事しながら本多さんと。「中井英夫、亡くなって10年なんですよ」。早いものですね。中城ふみ子展から9年経ったわけか。「世田谷文学館でも中井英夫展の話あったんだけど、寺山修司展に落ちついたみたいですね」。中井さんは読者選ぶから。「すごい人なんですけどね。寺山や乱歩みたいな余裕はなかった人だな」。ウチでやりませんか、晩年の中井さん撮った本多さんの「彗星との日々」展。「え?」。で、本多さんにしゃべってもらう、中井英夫と江戸川乱歩、一石二鳥、三鳥かな。「しゃべるのはカンベンしてもらいたいけど」。他の誰かに頼むって、できないことはないかも知れないけれど、ワタシ責任持てないもの。本多さんなら、責任持てる。この人なら、まちがいないんですよ、って。ワタシね、ワタシみずからには自信ないけど、ワタシはすぐれた人を知っている、それだけは自信あるのね。

3月22日(土)
●お約束(誰に?)だから、旅館観月から更新です。二回目だけど、ほんとにヘンな旅館だ。パソコン持ち歩いている人にはお勧めの穴場的旅館だと思うけど、フツウの人ならちょっと愕然かもしれないな。トイレは部屋の外だし、洗面台も共用ですからね。畳はすり切れてるし、襖は破れておる。でもインターネットは無制限、無線LANにも有線LANにも各部屋対応しています。チェックインしたときには外国人の3人連れが宿のバーさん相手になにやら交渉しておりました。外国人旅行者には重宝だろうな、この旅館。バーさんは日本語以外しゃべる気モートーなさそうだけどね。うーむ、謎は深まる。何で突出してるIT対応。ワタシはきょうは借りてないけど、BOSEのコンパクトスピーカーも無料で貸してくれるんだ。パソコンにつないで最高の音で音楽を、って、ギャップあるなー、この部屋の感じと。
東京一日目の印象。寒い。花粉症のマスクつけた人が目立つ。あと特になし。
中井英夫も敬服した乱歩マニア、本多正一さんと連絡とれました。明日池袋西口の芳林堂書店で待ち合わせね。稀代のエディター、幻想小説家中井英夫の最後の助手、本多正一さんとの出会いは、そもそもまことにミステリアスな、これは語ると長くなるから、また今度。

3月21日(金)
●アメリカの前副大統領アルバート・ゴア氏が、米Apple社の取締役に就任したそうな。ゴア氏は米国のいわゆるIT革命の急先鋒だった人だが、もともとMacファンだった由。だから、何だってことじゃないけど、それに歴史にifは禁物だって、いいふるされたことだけど、この人が大統領になってたらな。いまみたいなハメにはなってなかったんじゃなかろーか。
ブッシュ氏のブレインは国防長官以外は賢げだけど、PC使いだろーな。ブッシュ氏本人は、そもそもパソコン嫌い、機械オンチとみたな。
Mac使う人が戦争やんないわけじゃなかろーが、少なくともね、Mac使いって、コウリツおんりーとは一線画す。iMacにhello (again)なんていわれて感涙したり、sad Mac の泣き顔とアルペジオに真っ青になったり。
ゴア氏の業績見れば効率の権化みたいかとも思ったけれど、ワタシの愛用のGoogle のシニア・アドバイザーなんだって。Google も、フツーの検索エンジンとは一線画す。効率の良さもバツグンだけど、やっぱセンスね。ちょびっと、遊ぶ。その、ちょびっと、があるか、ないか。雲泥の差、ね。
国際政治のレベルの話じゃないだろ、って、そりゃそうだが、こーしたちょびっとの感覚の違い、って積もり重なれば、恐ろしいギャップになるんじゃないかしら。ごめんなさいね、世の圧倒的多数のPCユーザーさん、決して他意はござんせん。
ワタシは明日から数日東京出張だ。泊まりは旅館観月、大田区千鳥町って場所もビミョー、基本的にボロげな和、+インターナショナル・アジアン・テイスト。庭にいきなり露天風呂!? 別に、ワタクシ、そんな趣味ないけれど、まず宿賃激安。アンド、ここどうゆうわけか、全客室無線LAN対応なの。palmヴァージョンのホムペもってる旅館も、ほかになかろーな。IT最前線ね。見た目と、すげーギャップね。
明日から数日は、この旅館から更新してみるつもり。
肝心な出張の目的、いくつかあるが、その一つは今秋予定の東京・横浜・鎌倉文学散歩のプラン練り。東京編はね、「乱歩のトーキョー・池袋」。ねッ!ぞく!って来ましたしょ。だが、乱歩ならこの人しか、ってキーパーソンと今だ連絡未通なり。はたして、どうなることかしら。

3月18日(火)
「青春日記」がブレイク中ね。この時期だからな。入試、卒業、そして合否発表。否応なしに感情の起伏が激しくなるだろう。饒舌になるいっぽうで、自分と他人との関係にも、あらためて気持ちが向かう。
テンションが高まってるから、いまの「青春日記」一種のオーラみたいの発してるな。だから人目にも留まる。下級生から、北海道外から、新メンバー、相次いで入ってくれたんだけど、「青春日記」ちょっと正念場かもね。
ざっと説明しておくと、「青春日記」のページの上のほうにちょっと書いてありますが、これは2001年夏の企画展「まじ怖えぇ」の発展形。中学2年限定の不思議な展覧会。これに参加した中学生が、その後も文学館に居着いてしまったわけ。って、ゆうか居着くことを正当化するために始めたのが、「中学生日記」(後に年齢のワクを広げて「青春日記」に改)という企画だ。
ルールはシンプルでね。「日記」には、まず本名と学校名を登録してもらう。これは、この文学館と、「小樽文學舎のサイト」に共通するポリシーなんだけど、名を名乗る、顔をみせる、これ大原則。このルールさえ守れば、あとは基本的に制約しない。
たいていのサイトにある、直に書き込みできるスタイルの「掲示板」を、ここでは設けたことがない。初めにデザインされたときの「掲示板」のスイッチが付いたままになってるんで、あらぬ誤解を受けたこともありますが、これは全部削るのがメンドーなのでそのままにしてるだけ。
何度か書いたこともあるんだけど、ワタシ、サイトの「掲示板」って、かねてより微かな疑問持ってますの。これが、インターネットの開放性のシンボルみたいに思われてるとしたら、ってことなんだけど。
匿名基本の掲示板、書き込み内容の規制も極力ゆるやかにしてるのが、有名な「2ちゃんねる」ね。ワタシは、ここまでいけば、これはこれで評価してる。何でもアリ型で、唯一それなりの存在意義を持っている、っていうか、持ってしまった掲示板かな。これは「何でもあり」自体と規模の大きさをもって、一種の「保障」にしてるわけだね。そうとうしたたかな戦略です。
「2ちゃんねる」は、ま、7割方どーでもいい書き込み、2.8割方くらいはデマ、ウソ、バリゾーゴン、だったりするが、0.2割くらい「2ちゃんねる」ならでは表に現れないホントがあるんだね。だからこの巨大掲示板の9.8割は、0.2割のホントを保障するためにある、みたいな。でも、ここの3割近く占めるバリゾーゴンは、気持ちのいいもんじゃーないな。つまりね、こうゆう書き込みで晴らそうとしてる、じめーっとした「憂さ」。それがもろに見えてきてさ。ニッポン人の無意識モロだしみたいな、ね。
「2ちゃんねる」は、0.2割のホントが、それでも存在意義を支える。ただ、ほかの中小の掲示板で、バリゾーゴン飛び交いだすと、こりゃ見苦しいだけだね。
そんなんだけじゃないでしょ、うちは礼儀正しい仲よしこよしの掲示板、ってそれはまたそれでね。自由開放うたっていても、ここは身内オンリー、異種異人立ち入るべからず、って見えないバリヤーが浮かび上がってくるんだね。
もちろん、匿名でも自由闊達な議論飛び交う掲示板が、どこにもない、ってはいいませんよ。でも、正直にいって、ウチは自信ありません。
で、ウチの数少ないルール。「顔を見せろ、名を名乗れ」ってことね。子ども、おとな、関係なしだ。いくら「立派げなご意見」でも、匿名前提ならば、それはゴミ箱に直行していただきます。ここで繰り返すまでもないけれど、匿名は無責任なの。無責任な意見は実効性を持たないの。緊張感欠如してますからねー。
「青春日記」、ムチャクチャ書いてるようなときもあるが、彼ら彼女らは、自覚してますよ。コレを書いたら、どんなムクイがあるかって。だって本名だからね、学校名も丸分かりだからねー。
こうやって自ずから解っていくの。自分のなかだけでぐるぐる回って、やがて自家中毒起こすだけの「憂さ晴らし」と、例え一見似通っていても、必ず自分に向かってくる「名乗り、言挙げ」の、重みの圧倒的な違いをさ。

それはさておき、ワタシが最近とくにおもしろいな、って思ってるのは下村君の日記。学校帰りに、塾帰りに、散髪帰りに、カラオケ帰りに、一人でふらっと文学館に寄って、30分くらいちょこちょこって書き込んで、すっと帰るようなね。中学生とこんな関係保っている文学館って、ほかになかろうな。

3月16日(日)
●最近、ってもかなり前からだけど、テレビ見ていて、気になるのは、字幕スーパーの氾濫ね。バラエティー番組のね。これ、始めたヤツは悪くないと思うの。今でもツボをこころえた使い方してるのはあります。ナイナイの出てるのとか。ただ、どう考えてももはやB級バラエティーで、おもしろくもかなしくもないコメントまんぜんと並べてギャラもらってるだけの御用達タレントのセリフ、ぜんぶスーパーにされてもなー。
で、もひとつ気なるの、「じゃないですか」。これ、使い始めたの、誰だろう。思うに、ちょっと賢こめ、って思われてる、ってゆうか、自分で思ってるアイドル系かな。
「やっぱ、ぼくら、この地球のうえで生きてるじゃないですか」(うーん、もっとカルい感じね。いい例、浮かばないな)、と思ってたら、鋭い人いるね。もう9年前に「じゃないですか」論、書いてるよ。
控えめな自己主張、ってのは言い得て妙、ともいえますが、私はキライだ、こうゆう言葉遣いを乱発する精神構造。
字幕スーパーにも「じゃないですか」にも共通する精神構造から発する"いいまわし"、じゃなく、こっちは"書きまわし"? それは「そう」。「ここで喚起される情景がある。そう、……」って、ヤツね。こっちはアタマ軽めのアイドルではなくて、れっきとしたプロの物書き、研究者の文章にも、あらら頻発。ワタクシ、わりに感心しながら読むこと多い、中沢新一さんの、きのう読んでた本に連続して出てきて、ちょっとショック。
で、共通して何がキライなのかってゆうと、コソクな押しつけがましさね。ちょっと引いてみせながら、でしょ、どお、オレのケンシキ、んなことも解らない?って感じのね。
「じゃないですか」ってゆわれると、「じゃねえだろ」って、「そう」って書かれると、「そうお?」って突っ込みたくなります。
まー、Bバラの常連(ナカオアキラとか?)とか、賢こ系のアイドル(ヒロスエとか?)と、中沢新一さんを一緒くたにするのも何ですが。
妄言多謝ね。

3月14日(金)
●イラク戦争も気になるし、テポドンも飛んでこなけりゃいいけれど、そうしたことは当事者が英知を絞っておられるだろう。いたずらに悲観してみせたところで、いいことは何もなかろう。
それはそーとして、私たちは日常レベルに立っているわけで、先のスケジュールを考えればノンキに構えてもおられませんが、とりあえず仕事はハザカイキ、ポケットには小銭、最高気温はまだ6度とはいえ、春の兆しは明らかだ。JJ's Cafe のカウンターにいても、ときどきボンヤリしたりもする。
眠気を覚ますのは、やっぱり中学生諸君だねー。「会員でーす、入りまーす。卒業式やってきましたー、泣いたねー」って、もうこっちから構わないでも、忘れたころに飛びこんでくるからな。活気は外からやってくるわけだね。
で少し覚醒したところでスケジュール立ててみようか。

これからの、小樽文学館の行事予定

企画展「市場物語」
庶民の生活を支えてきた市場は、親密なコミュニケーションの場でもあり、その光景が詩や短歌にも描かれています。現在も息づく人間模様をパネルやビデオで綴っていきます。
2003年4月25日〜7月13日
一般100円 小中学生50円
特別展「韓国文学展」
韓国の文学(民話や児童文学を含む)を、幅広く紹介します。
2003年7月18日〜9月7日
一般600円 小中学生50円
「韓国の文学と文化を知る」講演&シンポジュウム
2003年8月9日(土)、10日(日)
会場:小樽いなきたコミュニティセンター 入場無料

連続文学講座「リンゴの文化誌・文学誌」
伊藤整詩集のキーワード、それは「林檎」。リンゴの白い花は清純のあかし、その果実は初恋と罪の記憶。リンゴの栽培史、リンゴと戦後歌謡曲、家庭でできるリンゴのデザート、リンゴと文学などリンゴをめぐるいろんなお話。
第1回 5月24日(土)午後2時
第2回 6月21日(土)午後2時
第3回 7月19日(土)午後2時
第4回 8月16日(土)午後2時
第5回 9月20日(土)午後2時
文学散歩
・路地裏の文学体験パート6(おカネのからむ文学散歩) 5月17日(土)
・リンゴの花の文学散歩 6月1日(日)
・リンゴの実の文学散歩 9月27日(土)

とのことだ。って、ひとごとか。メインイベントは「韓国文学展」だが、一部先行して盛り上がっているのは「リンゴ」ですねー。こんなの思いつくのは、どうせタマガワ、じゃないのね、残念ながら。亀井館長の一押しプランですよ。もっとも正確には原案・亀井館長の奥様だな。
イメージはね、もう実行済みだ。1999年6月に実施した展覧会、「伊藤整、青春のかたち」の会場に持ち込んだ生のリンゴの樹。オープンのときにはすでに実をつけていて、終わる頃に花が咲きましたよ。自然の流れと逆だけれどね。
こんどは自然の摂理に逆らわず、6月白い花が咲き、9月赤い実熟すまで、リンゴのフルコース召し上がる?
あと気になる(おカネのからむ文学散歩)?ご心配なく。参加費はワンコイン、100円です(激)。詳細はいずれ。

3月13日(木)
●3月31日、槇原敬之、SMAP×SMAPに出演決定、「世界に一つだけの花」をSMAPと歌うんだって。何でいきなり芸能ネタ?
こないだ、筑紫哲也さんのNews23に、SMAP出て歌ってましたよね。いい歌だ。ウチのカミさんも大好きでね。クサナギくんのドラマもさ。
でもね……。何で「反戦歌」にしたいかな、News23。そりゃ、この歌聞いて反戦誓う人もいるだろう。そりゃそれで大いに結構だ。たださ、こうゆう歌を「反戦」で解釈してしまうと、だいじなものがこそげ落ちちゃうの、「歌」から。
筑紫さんが、いち聴き手としてそう解釈するのは勝手だよ。でも、あなたがさ、そうやってテレビで語って、それ受けて日本の良識代弁する(もとい、自認している)大新聞の社会面の真ん中にカコミで繰り返されると、もう「烙印」押されたみたいじゃない?
そりゃ、大多数のこの歌のファンは、「反戦歌」だろうがなかろうがファンでありつづけるでしょうが、何人かは鼻白むだろう。歌聞くたんびに「反戦」ならまだしも、筑紫さんのワケ知り顔が浮かんでしまうだろう。まー、「え、反戦?そんならきっといい歌ね」ってCD買いに行く人もいて、さしひき同じかもしれないが、歌の聴き方はビミョーに変質。いいほうに変わったとはいえないな。
「朝日ジャーナル」の「若者たちの神々」のころから、ときどき思ってたけど、この人、いわゆるポピュラーアート、サブカルチュアを、自分の貧困なボキャブラリーに変換するというヘンな使命感をもってるみたい。そうゆう鈍さがいわゆるサブカルチュア(だれだ、こんな名前つけたの)を貶めてきたんだ、ってことにどうしようもなく無自覚。
そもそもさ、「花」の詩に感心したんだったら(それも短いフレーズをツマミ取るってこの人ならではの感心の仕方だけどね)SMAPじゃなくてマッキー呼びなよ。スタジオに。かんぐるわけじゃないが、歌はいいけど、「前歴ある」マッキーはダメってんじゃないだろうね。ずっと注意して見てたわけじゃないけど、「槇原敬之さん」って、ちゃんと作詞・作曲者の名前を上げたの、筑紫さんじゃなくてキムタクだったよな。
で、番組としても礼を失しなかったのは、やっぱりSMAP×SMAPのほう。さすがって、ことで。何だったんだ、きょうの話は。

3月9日(日)
●けさ、ノーマ・フィールドさんからいただいたメールの一部です。

小林多喜二とプロレタリア文学の課題は私にとってかなり大きな勝負です。もちろん、自分との、です。つまり、自分にとって大切な問題をどこまで追求できるか、です。大学と言う場に余りそぐわない問題意識をどこまで育てていく勇気と忍耐が発揮できるか、ということです。それが課題に誠意をつくすことでしょう。でも一口に「課題」と言っても「プロレタリア文学」を指すのと小林多喜二をさすのではかなり違いますね。後者は作品と活動以外に実在した一人の人間という側面がある。それを今回小樽を訪れることができて一層感じました。

ここで、ノーマさんが「自分にとって大切な問題をどこまで追求できるか」さらに「作品と活動以外に実在した一人の人間という側面」とおっしゃっていることに、深い意味があると思われます。つまり、ノーマさんは世界の文学研究のいわば最前線にあって、さらにそういう場所にいることによってノーマさんを拘束している社会的立場をも踏まえたうえで、「一人の人間という側面」にまで、たどり着こうとしておられる。
おそらく2月23日のノーマさんの講演に漲っていた緊張感は、その「覚悟」から発しているものと思われる。
そして私たちが気付かされるのは、私たちは逆に何の前提もなしの「一人の人間という側面」だけを知ったつもりで、小林多喜二を体験したつもりでいはしないか、ということ。
小笠原克前小樽文学館長が、中野重治の札幌での講演「北海道の作家たち」から、いくどもいくども引用したくだり、
……この人たちが、ある条件のもとで死んだ、あるいは死ななければならなかったということは、私どもには、あるいは日本の文学には、そう小さくなかったことだと思います。小さくなかったことでもあるし、また今日も将来も小さくないことがあると思います。お断りしておきたいと思いますけれども、私は、皆さんが、こういう人々の作品を、作品そのものを読んでほしいと思います。小林多喜二について書かれたもの、研究された文献、書物なども色々ありまして、そういうものを読むことは非常にいいことだと私も思いますけれども、しかし一番肝腎なのは、小林多喜二を知るには、小林の書いたもの、その作品そのものを読むことであって、作品を読まないで、その作品について書かれたもの、作家について研究されたものを、それをいくら読んでも、いくらよく理解しても、いくら全部覚えこんでも、それはその作家に親しんだことに、少しもとは言えんけれども、ほとんど理解したことにも親しんだことにもならないので、……
は、小笠原さんも書いていたように、ぼんやり聞き流せば、あたりまえじゃん、で済んじゃいますが、これは小林多喜二であるからこそ「千鈞の重み」(小笠原克氏)でのしかかる。
2月23日は、この文学館が研究機関でも集会場でもない、前人未踏の場になりつつある、その輪郭がはっきり見えてきた、記念すべき日だと思う。その準備は、これまでに着実に段階を追って(半ば無意識にでもありますが)やってきたつもりだけれど。
期待しててほしいし、期待に応えられると思います。本当に。

3月7日(金)
●主体を相対化する、って、とっても難しいことかしら。そんなことはないのだけれど、それがどうしてもできない人もいるか。私、ぜったい間違ってない、だって新聞に同じこと書いてあったもの、なんてね。
そんなときは、一回死んでみようか、死体は客体だからねー、でもそれを客観する主体は何処に、ってウソウソ、悪い冗談ね。
でも、誰でもときどき心のなかでつぶやく言葉、死にたい、ってGoogleで飛んでいくと、ここに来ます。
え、ここが噂の○○サイト?ちゃうちゃう。でも、すぐわかるでしょ。ユーモアって、自分を突き放すとこから生じます。ほっ、ともしますね。どうしてだろうね。

3月6日(木)
●午前中に、男の先生が二人、ちょっとめずらしいね、小学生の課外学習ですかー。続けて、三、四年生か。大きさには個人差あるが、まだまだ幼いな。ワヤワヤと入ってきて、博覧会とかレトロ展とか、けっこう楽しそうでしたよ。
それ以上に、JJ's Cafe のカウンターに並べてるタアイのないオモチャに大喜びだ。これカバヤの食玩なんだけど、すっかり木でできているのと少し大振りなのが、ひとあじ違う。何とゆうてもデザインがかわいい。知ってますか、このシリーズ。トースターとか冷蔵庫とかスクールバスとか、キッチンメーターとかに、ちょこっとメハナつけたのね。それで、マグネットでカードはさんだり、フタ開けてクリップ入れたり。10種類でコンプリートね。
「こぉひぃ無料だって」「コーヒーしかないの?」ああ、ごめんね。「コーヒー飲んでみようかな」。じゃ、少しあげようか。「あ、いーなー、オレも飲みたい」って、きょうのJJ's Cafe は、チバさんいうところのガキンチョで大繁盛だね。
こうゆうの、いいと思うぞ。ワタシはね、「郷土の偉人」の故事来歴を、こどもにルル説明しても、しょうがないと思うのね。まして、ここは文学館。石川啄木や小林多喜二や伊藤整が、どれだけえらかったか、ってね。やさし〜く説明してもさ。って、いいかけるとすぐに眉を逆立てる方もいそうだけどね。ここは教育機関でしょッ、て。彼らの偉さを未来を背負うこどもたちに伝えるのが、あなたの役目でしょッ、てね。
それは、ムリだよ、根拠がある。だって、ワタシがそうだったから。ワタシは、小さなころから、土曜の午後とか、日曜日には図書館とか博物館に通うのが好きな、少しヘンなこどもだった。で、ワタシがそーゆうところが好きだったのは、そこには他にはない、ヘンなものがあるからなのさ。そのヘンなものを自分で見っけるのが楽しかったんだね。
ワタシが通ってた博物館や図書館なんて、もー古色蒼然とした、ニスを塗った廊下を歩けば、コツコツと石造りの天井にエコーするような、さ。それが、楽しかったんだ。
やーだよ、そんな楽しいところで、ここでは私が先生ですッってオジさん、オバさんがしゃしゃりでてきて、何だかツマンない話されても。

先生「どーもすいません、何だか騒ぎまくって、ご馳走にまでなっちゃって」。いいんですよ。こんな感じだけど、気軽によっていただければ。
こどもらは、声をそろえて「どうもありがとうございましたー!!」。あ、またおいで。ここはね。勉強しにくるとこじゃない。遊びにくるところだからね。

3月5日(水)
●吉田さんからのメールにもありましたが、澤地さんのお話とノーマさんのお話、共通するところもありましたね。ともに田口タキさんに宛てた小林多喜二の手紙に触れ、またイラク戦争に言及された。お話の概要をほんとに大雑把に要約してしまえば、だいたい似た内容だと思われるかも知れません。当日会場に実際にいらした方以外には。
まったく違っていたんですよ。ワタシにはそう思われた。何が、って、言葉ひとつひとつの陰翳が。

お一人は、小林多喜二について、ほかならぬ小樽で、小樽の人たちを前に、「この場所で」話される、ということを強く意識された。それがその方を緊張させ、言葉を慎重に選ばせ、ときにはためらわせ、それがその方の言葉のひとつひとつに陰翳を与えた。また、あることに言及すれば、まず言及する自分自身が「渦中の人間」になるのだ、ということを十分に意識されていた。終始笑顔で話されてはいましたが、それは苦痛を伴う発話であり、わずかの手がかりからも希望を見出したい、という切実さが全身に漲っておられた。

もうお一人のお話に、ワタシはそれを感じられませんでした。その方のお話の対象となっている人物と、その方との関係において、屈折が感じられなかった。その方は、その方のお仕事の対象となっている人たちの苦悩の場所に、ご自分を置いてみるということを疎かになさっているようにさえ思われた。

こうした「聴いたお話」を人に伝える、ってとても難しいことのように思います。やはりその場で、その方の言葉づかい、表情、視線、手の置きよう、それらのひとつひとつに神経を集中させないと。

ノーマ・フィールド体験、ワタシには澄んだ冷たい水を潜り抜けたみたいに、清冽なものでした。あの日、その会場にいらした250人の方から、それがゆっくりと周りに伝わっていけばいいな、と思っています。

3月4日(火)
●開催中の展覧会と、先日の講演会の感想を、吉田暁子さんからいただきました。

講演会について。
印象的だったのは、笑顔で話す亀井館長に対して、眉間にしわを寄せて理解しようと真剣に聞こうとする聴衆の姿です(笑)
やはり「作家の死」の話より「作家の生」の話の方がシンクロしやすいし聴衆はそれ(特に多喜二の場合)を求めがちなんですが、「作家の死」を理解しようと必死でした。
亀井館長の話を繰り返し市民が聞くうちに、「作家の死」=テキスト分析して作品を読む方法の理解が広まり、眉間のしわもそのうちゆるんでいくことだろうと思います。
私としてはカベ新聞小説と文学的位置づけは印象的でした。また、作品の匿名性と書き加えるなどの参加の点は興味深かったです。インターネットでの掲示板などとつい比較してしまいました。
ノーマさんのお話もいろいろ興味深かったのですが、多喜二の一般的なイメージの説明の中の「怖い」という言葉には若干違和感を感じました。
多喜二に対してはある世代まではそのようなイメージを持っているのでしょうか。私の世代はノーマさんの説明のように多喜二を「知らない」世代なんですが、小学生の頃、文学館で多喜二を知りましたが、「怖い」という印象は持ちませんでした。
一番の印象は「殺されちゃった」人ですが、「優しい」人という印象も抱きました。
そのため、世間に流布している多喜二像の言説と自分のイメージが乖離しているため違和感を感じたのが率直な印象です。
なぜ、私は優しい人だと感じたのか思い出してみれば、新聞記事の多喜二の母親のコメントを読んだからかもしれません。また、高校生の頃、母に勧められて三浦綾子の『母』を読んでそういう印象をさらに深めました。
もしかしたら、私たちの世代は小林多喜二の作品を読む前に、三浦綾子の本を通して多喜二の存在を知る人も多いのかもしれません。
私は20日の多喜二の夕べの講演会も聞きましたが、どちらも大盛況で驚きました。直前に行っても席に座れると甘く見ていましたが大間違いでした。講演会に来ていた方々、企画展を見に来る人々は今、多喜二に何を感じているのでしょうか。
自分の意見や感想、短くても良いからコメントを書いてそのコメントを誰でも見ることができる場があればな、とちょっと思いました。

企画展について。
博覧会の時代はかなり印象深かったです。特に、彩色豊かな小樽絵図とビデオです。小樽絵図はポスターがあったらほしくなりますね(笑)。
小樽と言えば「レトロ」で「セピア」色なんですが、ネオレトロな小樽絵図は最高です
私は今は無き東山中学校出身ですが、地図を見て「嵐山」「東山」とあり、京都から地名をいただいたことを初めて知りました。
また、よく考えてみると、あまり過去の小樽の映像を見たことがなかったので映像自体、すべて新鮮でした。
「文学館」に頼むことじゃないかもしれませんが、映像資料をもっと見たいです。これは美術館に頼むべきなんでしょうか。

多喜二展について。
今回の私の目的はなんと言っても田口たきさんへのラブレターでした(笑)。もしかして、常設展の時にも展示してありましたか?だとしたら、私はまったく気づいていませんでした。どうもすみません。
澤地久枝さんの話を聞いてがぜん、興味を持ち、文学館においてあった多喜二集の手紙も若干よみましたが、なんとなく見てはいけない気持ちになり、途中で読むのをやめました。あまりに気恥ずかしくて面食らった、というのが一番の理由です。と同時に、ノーマさんや澤地さんがこの手紙に大きな関心を抱いたのもわかります。
両講演者が女性で、多喜二に対してオルタナティブな視点を持つという共通性はただの偶然じゃないかもしれません。
多喜二の「優しさ」は両者にとってのキーワードであり多喜二の「優しさ」を前提として作品を読む姿勢が「新しい」視点「オルタナティブな」視点を生み出しているのかもしれないなあ、と漠然と思いました。
亀井館長は「作家の死」から新しい視点で作品を解説しましたが、両女性は「作家の生」から新しい視点で作品を解説しているのも今回の講演の特徴だと思います。
私は、多喜二の作品をろくに読まず、「女性自身」的な関心のもと手紙を読むのは、直感的に危険を感じました。
「作家の生」というのはシンクロしやすいと同時にバイアスを生み出すので、まずは多喜二の小説を読むことを決意しました。それまで手紙を読むのは封印しようと思います。
多喜二は、共産党であるということもそうですが、あのラブレターもバイアスを生み出す恐れがあるとは自分にとっては驚きでした。それぐらい、あの手紙は強烈でした。
多喜二がもし現代生きていれば「普通のいい人」って感じがしますが、作品に関して言えば読むのが難しいですね、本当に。
夏目漱石はほんとうに読みやすいな、と感じます。

ザ・スピリッツ・オブレトロ・スペース坂会館展について。
女優のアイコラな絵を見たときは、正直言って、公的な場の限界にチャレンジしているなって気がしました(笑)

漱石は読みやすい、って、ほんと、実感ですね。
あと、レトロ展。来年は、こんなもんじゃありませんよ。まっこうから、「性表現」をテーマにします。危険がいっぱい、ですねー。いかなる種類の権力も受け入れがたい、永久革命的テーマなりけり。「小林多喜二」とツイのように「伊藤整」がいてくれて、ほんとうにありがたいです。

受験を控えた少年少女諸君。高校3年生のコージ君は今年はローニン、ってさっさと決めちゃったらしい。さっきから黙々と古本きれいに整理してくれてます。もともと、アイソ、よくないからな。
それから「青春日記」の男子ふたり。本番、明日じゃないの? ま、考えようによっちゃ、それほどセッパつまった時期の「ガス抜き」に、この文学館がなるんだったら、そりゃそれで、たいしたものだ。
それから、さっき「これ古本です。置いていきます」って、小さい本をくれた若い女性。『ブルッキーのひつじ』って、ずいぶんかわいい本だね。
「うちをかたづけつくってやった ゆっくり ほんがよめるばしょ、どのほんみても めえ めえ めえ だからとってもきにいった」だって。

やることいっぱいあるけど、懸念も少なくないけれど、だからこそ、ムリにでも立ち止まらなきゃね。ときどき、しーんと、考えてみなけりゃね。