|
6月26日(木)
●先日、伊藤礼さんが寄ってくださいました。伊藤整文学賞の授賞式の翌日。
奥様のお話では、礼さんが東京のご自宅を出られたのは、6月の初めであったそうな。小樽へは自転車で到着されたそうです。最近マウンテンバイクに凝っておられるのは知ってますし、一昨年には電柱か何かに激突して大ケガもされたはず。ケガだけではなく、礼さんは本人も自認される「病気の問屋」。ワタシが親しくさせていただくようになってからも、5つはあります。びっくりするような大病にかかられたことが。
でも礼さんはいつもお元気。「薬の副作用で、躁病になってしまって、通りすがりのヒトにも、やあ、おじさん、オゲンキデスカー、なんて、声かけてしまうんですよ」などと本当なのか冗談なのか区別しかねることを、おっしゃいます。
やっぱり市場の展示に感心しきり。伊藤整の実弟の平山実さんは、中央市場でお店をなさっていた方。実さんは、もう亡くなられましたが、奥様はいまもお一人で平山商店を切り盛り。とても80歳には見えない若々しさです。その奥様のご様子も「市場ビデオ」に映ってますので、礼さんもご家族も、とても喜んでくださいました。
礼さんとカウンターで、伊藤整の絶作『年々の花』のお話。『日本文壇史』が伊藤整のライフワークと、よくいわれますが、実は未完の『年々の花』こそ伊藤整が最後まで心を残した真のライフワーク。主人公は日露戦争の退役軍人伊藤昌整。すなわち伊藤整の父親です。
「タマガワさんは、旭川の北鎮記念館に行かれたことがありますか」と礼さん。小樽に着く前に道内あちこち回られたらしい、自転車で。「ぜひご覧になりなさい、ぜひとも」と礼さん。
翌日、亀井館長と『年々の花』の話。テーマは「日露戦争」ですね、とワタシ。『日本文壇史』の通奏低音的テーマでもある。
「それから『父親』でしょうね」と、亀井館長。
再来年は伊藤整生誕100年ですね。地味でも小規模でも、質実剛健な仕事をしようね、伊藤整みたいに。
6月14日(土)
●もう照り返しは強いけれど、木陰に入れば、風は水のように冷たい。まずまちがいなく、この街がいちねんでいちばん美しい季節。出入りする人の顔も、こころなしか輝く。
招待券を持ってきてくださるのは、市場関係の人たち。「来て良かった!楽しい。すごい」って。うん、ほんとにささやかな、恩返し、です。
観光客らしきお客様は、いちように一瞬とまどわれる。でも一周回られ、古本とコーヒーの場所に戻れば、みなさん、深くなっとくされる。表情が和やかになり、歩みがゆったりされてくるのが、ここにいてもよく分かる。
ひさしぶりですね。「こんど学会で」。ええ。「文学のエリアも、どんどん変わっていますから」。はい。「福岡先生が、ここのことを、ご自分にとっていちばん大切な『場所』と、おっしゃってました」。そういわれるのが、いちばん嬉しい。
話ながらも、出入りする中学生、3日にいちどはお出でになる年輩の方の動きに目を配る。急と緩。錯綜しても衝突せぬよう。それで、一瞬でも「交信」があれば、いい。それが、言葉じゃなくても、いいんでね。感情が通いあえば、よし。それだけで、ここが、またワンステップ、「とくべつな場所」に成長するんだな。
6月13日(金)
●「韓国文学展」本編部分は、どうかみ砕いてみても、それは取っつきにくい。だいたい、日本のことだって、万葉、記紀歌謡、風土記なんて、興味アリマスカ?
いや、まったく知らないことばかりだから、おもしろいといえば、おもしろいのだけれど。ちょっと色味がね、さびしいな、やっぱり。
もちろん、これまでの韓国、木浦、ソウルとの交流の延長、知のインタラクティブ、やることに意義あり、なんだけど。それも部長がいってたように、ジミでもくりかえし、繰り返しやることに、さらに大きな意義ありだ。見得を切るんじゃなくて、実体を作っていくんだね。
それにしても、もうちょい、楽しげなものが……。というわけで、韓さんからお借りした伝統的な衣装とか、お面とか。この色鮮やかな帽子みたいのは?「お膳のカバーです」。そーですか。いいね、いいけど。もう少し数がほしい。それとお膳のカバーじゃないが、やっぱり用途とか、色カタチの意味合いとか歴史とかね、むずかしい説明はいらないが、ちょっとはわかっていないとな。
で、検索かけてみました。韓国の民俗、文化。出てきた出てきた「季刊民族学」。これね。オンドルの構造とか、巫女さんの踊りとか。これ出してるのは、ご存じ「ミンパク」国立民族学博物館です。佐倉の歴博とか、両国の江戸東京博物館とか、研究スタッフもトップレベルの大規模国公立博物館のハシリですね。大阪万博最大最高の置きミヤゲ。初代館長はかの梅棹忠夫さんだから。未見の博物館のなかで、いちばん行ってみたいところ。
検索かけてるうちに、なんだ、これ?「みんぱっく」?うーん、まいった。そのコンセプト、百言ついやすより、「民博」の該当ページごらんあれ。ぜひ、みてください。
そっこう、電話しました。「問題なのは貸与期間だけみたいですね」。いちど返却して、もういちど。「だったら、基本的に問題ありません。でも、もっといいやり方あるか、考えてみますね」。感激!
てゆうか、ウチも考えるかな。借りるばかりじゃなくてさ。「小林多喜二ぱっく」「伊藤整ぱっく」「石川啄木と小樽ぱっく」「小樽文学館エッセンスぱっく」。コーヒー付き?
6月12日(木)
●少し初夏らしくなりましたね。ワタシの郷里は北陸だから、こんなの暑いウチに入らず。爽やかな北海道のツユ知らず(そんな言葉あっただろーか)です。
いらっしゃいませ、有好さん。涼しげですねー、足下がいいですね。それは雪駄だ。フツウに売ってるものですか。「手宮の下駄屋で取り寄せてもらうんですよ」。ホンモノのイ草。「ビニールじゃダメね、いったんコレを履くと、ほかのもの履けません、これからはね。ちょっと高いのが何だけど」。ちなみに?「今だったら、3万円じゃ買えないかな」。!!。「浅草あたりの専門店だったら4、5万ですね」。そーだったのか。
「これは?」。文學舎の福袋に入れるシーグラスというものです。去年の夏に海岸で拾ってきました。海岸に打ち上げられたラムネとかビールの瓶の破片が風化したものね。夏の想い出そのものね。「こないだ私から出てきた胆石に似てるな」。そーですか。
小路君からメール。さっきまで古本のところにいましたが。
J.J.cafeの書評コーナーの書評メモ、「夢であいましょう」のようにしたらどうでしょうか?前回の古本市で買われた本から置き去りにされた書評をただ置くだけじゃ侘びしいしなんだか投げやりだ。HP上では手間がかかるなら、コルクボードか何かに貼っておく、その方がいいかな?と今日思いました。
そうね、さっそくそうしましょう。
夏も近いね。
6月7日(土)
●韓さん、お待ちしてました!韓国文学展、あなたが来なければ、一歩も動けない。
「パソコン持ってきました」。おお!すごい。会場のイラストまで。「ヘタですけど」。いいええ!ほんとにもうしわけありません。「とりあえず、古代から近世まで」。うん、うん。「このイラストの線にみえる部分が、年表になるわけですね」。うん、線……ですね。実際にはもう少し大きな年表になるかな。「そうですか?」。い、いや、こんなものかな……。「この年表から、こうしてところどころにパネルを貼っていく」。それのもとになるのが、このWordで作ってくださったキャプションですね。「これがコグリョ時代の地図」。うん、地図は大きくきれいなパネルに作ること、できます。「そう、よかった」。「写真を着けておきました」。この、写真は?「インターネットから取り込んだ」。もとのプリントは手にはいるでしょうか?「ちょっと難しい」。え?こうした写真が載った本とかお借りできるかしら?「うーん、韓国で探してくれそうな人がいない」。そ、そうですか。「これ、そのままプリントしてパネルにできませんか?」。うーむー、パソコンの画面ではけっこう綺麗に見えますけど……、ウエブの写真は拡大したらアラが目立ちすぎますねー。「そうですか?私もプリントしてみたら、あんまり綺麗じゃなかったんだけど、うちのプリンタが良くないんだろうと思ってた」。いや……。「そんなに大きくプリントしないで、A4判くらいに」。そーですねー、展示室では小さすぎるなあ。
えっと、資料はどのくらい並べられるでしょうか。「昔のものを韓国から持ちだすのは、まずムリ」。ええ、それは承知してるんだけど。「本を先生からいくつか借りられると思うけど」。そんなに大量にはならない?「そうね」。数十冊とか。「そうね」。十数冊とか……。「そうね」。……。
「さみしいですか?」。い、いえ。でも……、地味、ですね……。「そうねえ、だいたい古代文学って、かたちになって残ってないし」。……。
あの、韓国の文学以外の文化とか、生活を紹介する部分、手伝ってくださる留学生の男の方は?「彼ねえ、何か自分のことで一杯みたいで」。そう……。「やってくれてる、って私も思ってたのだけど」。そう。「手伝ってくれると思ってた人が、いざとなると逃げちゃうのね。おおごとだと、思うのかなあ」。いや、そうですよね、ムリはないな。でも、けっきょく韓さんに何もかも。「私も自分の論文あるし、それから講演してくださる先生の原稿の翻訳しておかなきゃならないし」。ほんとうに、もうしわけない。うーん、しかたないかなあ。
「寮で、韓国のもの飾ってみせたことはあるけどね」。ん?え?「韓国の着物とか、食べるものとか、いまの本とかね。お友だちのものも借りて」。それって、寮祭か何かのとき?「ええ」。あ!いいんですよ、それで!「そんなので?展示に使える?」。使える!(きっと……)。「何か、だらしないようなものだけど」。いいんです、それで!(キッパリ)。だって、まんなかにあるのが、もんのすごくマジメなものだから(ジミだけど……)。回りは多少ユルくても、ぜんぜんヘーキ。楽しければ、それで良し。「そうですか?じゃ、また出してみるけど、みてみます?タマガワさん」。みます、みます。いつがよろしーか?「そうね、月、水、木はダメね……。明日は空港まで行かなければならないけれど、夕方ならいいかな」。まいりますッ。ソッコー!
韓さんは、文学館の古本みつくろい、お帰りになりました。帰り際に、韓さんご自身の研究のために昨日インタビューされてきた、最近までサハリンで生活されていたロシア国籍の在日朝鮮人の方(もうこれだけでその方がどのように曲がりくねった人生を余儀なくされたか想像できますが)のお話を。これはあんまりにも深いお話だから、日を改めて。
あ、いいとこにマリちゃん。「画像処理のことで相談が」。はいはい、えー、それは後でやってみるけれど、あした、あした。いっしょに行ってくれませんか、韓さんの寮。えー、あとほとんど1カ月か。何とか……なるの。してきたの、今まで。ダイジョブさー。
6月2日(月)
●けさ辞令をもらって、ワタシは文学館副館長というものに補されました(補す、ってむずかしい言い回しだね。辞令にそう書いてあるのね)。
何人かの方からおめでとう、といわれたりするのだけれど、亀井秀雄さんがここの館長で、ワタシは亀井館長をサポートする副館長。とってもシンプルね。シンプル・イズ・ベストね。そう考えりゃおめでたいのかも。
新社会教育部長の嶋田さんと各方面へ挨拶回り。教育委員会一通り回って、まっさきに建築部関係へ。嶋田さん自身がもともと建築部の技術屋さんのご出身だから、自然なことなんだろうけど、ワタシには新鮮でした。この建物、あっちこっちいたんできてるから、これまでもずいぶんお世話になった人たちの顔が見えます。こっち方面の人脈ができる、っていいことね。
ウチはハードよりソフトで勝負してる文学館、ってイメージあるかも知れないけれど、あるいは、ボロは着ててもココロのニシキ、なんてね。けなげな、って思ってくださるムキもあろうが、決してそーじゃなくてね、問題はハードなの、やっぱり。ハードがソフトを保証するのね。いや、シンプルな話なの。シキイを低くする、って考えれば、文字どおりシキイを下げるとかさ、そんなレベルの話。
かつて喫茶店が果たしてきた役割を、ここで代わることができないだろーか、と考えれば、それ風に改装すればいい。もちろん、基本の基本はモノを守る。その基本的体力を整える、いい転機になりそうでもありますね。
そうこうしているうちに、博物館からお電話。「小林多喜二のデスマスクがみたい、って学生さんがお見えですが」。あちゃー、名刺刷ったら帰ろうか、って思ってたんだけどな。いちおう、きょうは休館日だからねー。い、いや、いいですよ。来てくださって。
「こんにちは、博物館から聞いてきました」。あ、そー。こっちが多喜二のコーナーですよ。うーん、帰らないな。古本のコーナーをご覧になりはじめましたよ。「これ、ここで買えるんですか」。そーですよ。「絶版で手に入らない絵本があるな」。そーですか。「お代は?」。ドネーションです。そこの浮き玉にテキトーに。
「おもしろいですね、都心の古書店なら、とんでもない値段をつけてる」。ウチは商売じゃありませんから。価値がお客様によって定まる、とゆうことで。
「ここ、おもしろいですね」。そーですか。だいたい作家の本や原稿をガラスケースに閉じこめて、手も触れられないようにしてるところですから。古本は自由に持ってきてもらって、持っていっていただく。文学館のなかでこそ、モノ自身が価値を持つんじゃなく、ヒトが価値を定めるんだって、際だつんじゃないかと。
「こどもが、くるんですね」。ええ、インターネットやりにくるだけですけど。「それでも、この場所、憶えてるだろうな、ずっと」。それなら、いいですけどね。コーヒー飲みますか、カンタンに淹れられますので。
「そろそろ、電車の時間だ。東京に戻ったら、ここのサイト見てみますよ、きっと」。はい、よろしくね。ありゃ、もー4時半か。
|