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9月27日
■きょうの「リンゴの実の文学散歩」で、今年の連続文学講座+文学散歩、お題は「リンゴ」終了。リンゴ栽培史からリンゴ歌謡史、もちろんリンゴの文学、はてはリンゴデザートと、前例のないリンゴ尽くしでございました。文学散歩もマンネリ化かな、と思った時期もあったが、最近、またおもしろくなってきた。実にいろんなやり方があるな。その上で、いちばんオーソドックスな「文学碑めぐり」も、また面白くなる。文学碑そのものも結構深いものがあるのだが、よそ見がまた味があるのですね。さらに、参加者からの、「私も一言」が、波紋を呼んだりするともっとよい。
あしたは製本講座の3回目。前の太宰治のように、作った本の中味がいい、ことにはまってもらえれば、本作りもやめられなくなりそうだ。その場所が、トミタさんとコージ君のがんばりで出来かけているので、明日はそれを製本ボランティアの方たちに見ていただくのも楽しみ。中味は私が厳選した「宮澤賢治傑作選」です。
9月26日
■渡辺さんにも叱咤激励され、老骨に鞭打ち(何?)一行ずつでも書き継いでいくことに。
この文学館で、深く広がる可能性を孕みながら、静かに進行していることがある。「場所」作り。JJ's Cafe もそうだし、インターネット端末も、古本コーナーもそうなのだが、もっともっと地味で、けれどもいちばん大切になりそうなところ。
それは1階にあり、今は古本の山に埋もれてしまっているけれど、文學舎最強ボランティアスタッフ、トミタさんと、いつの間にか大学生になっていたコージ君の二人が、じわじわと整理して、その場所を作りつつある。それはまず、「製本ボランティア」の作業室になり、亀井館長の古書の整理作業所になる。それが何だって?
そこにはね、いろんな人が出入りするようになる。憩いの場、とはひと味違うな。静謐な作業場、つねに手を動かす場所。手を動かすことから会話が生まれる場所。近々生まれ変わりますよ、「柚木衆三文庫」。小樽文学館の「根」になりそうな。
9月13日
■常設にもどってほぼ一週間、やっぱり館内の空気が「常態」に戻った。
特別展開催中、入口付近で少しとまどい、恐る恐るという感じで、受付に、ここで休憩だけできないだろうか、と質問されるお客様を何人も見た。
特別展の特別料金設定は決して理不尽なものではない。それに見合う内容でもあった。それでも通常料金は、やっぱり格別なのである。一杯のコーヒー、一冊の古本だけでも見合う料金。ミもフタもないようだが、シキイを低くするもっとも直接的な方法だ。
休憩所ではないし、子どもの遊び場ではなかろう、という意見が必ず出てくるのだが、それに対しては、文学館という場所がある種の格調を保つ、そのことが無秩序に陥ることを防ぐのだと申しあげる。さじ加減は、生身の人間がやるしかないのだ。
私は昔聞いた話を思い出す。毎週動物園に通ってくる少女の話だ。外国の話だったかも知れない。その少女は、そこで飼われている一頭のカバに会いに来るのである。常設展、とはそういうものだろう。動物園、博物館、美術館、文学館とは、ほんとうはそういう場所なのだ。
「青春日記」のメンバーも久しぶりのカムバックだ。タッヒーお帰り。多少の時間オーバーはやむを得まい。
9月18日
■重い鬱病を患って、8年間の闘病生活を経て仕事に復帰した俳優の竹脇無我さんが、先日テレビに出ておられたが、そのときスタジオの人たちに向かって、「私にはテレビに出ておられる方々が軽躁に思われる。皆さんも含めて」と呟かれた。一瞬、スタジオの空気がたじろいだが、私にも竹脇さんの今落ちつかれている場所が「常態」なのだろうと思われた。私も含めて、世の人々はほとんどが「軽躁」であり、常態ではない。
ときどきは、我に返ろうと思う。
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