小樽文学館日録

過去の日記へ

文責/市立小樽文学館副館長・玉川薫
直接メールくださるときは、こちらへ。


11月11日
■さきほど、製本講座の北間さんが寄られて、どうも、いつもいつも講座の日が近くなるまで用意ができていなくて、合わせる顔もないのだが、その北間さんが、私に、「玉川さんはいつ眠っているのですか」などという。何年か前までとちがって、文学館に数日間泊まり込むなどということも、めっきり少なくなった。というか、できなくなった。普通に起きて、普通に寝ているのだけど、それでも疲れはたまっているのか、列車に乗ったり、飛行機に乗ったりすると、ほとんど間を置かず眠り込む。札幌を発ったと思ったら、気がついたらもうソウルだったりして、ワープするようなもので、長旅をするという感覚もないから、楽でもあるのだけれど。

さっき稚内大学の鈴木先生から送られてきた多和田葉子さん、高瀬アキさんのスケジュール。
11/26(水)JAL515便にて、11:00羽田発、12:30札幌着。車で小樽に移動。おたる無尽ビルでデュオの公演。小樽泊(ホテル123)。
11/27(木)午前中ラジオ局の取材。12:20の特急サロベツで、稚内へ移動。17:50稚内着。稚内泊。
11/28(金)デュオでの稚内公演(稚内北星学園大学講堂。18:30より。入場無料)稚内グランド・ホテル泊。
11/29(土)特急スーパー宗谷2号で、7:40稚内発。12:35札幌着。デュオでの札幌公演(道立文学館。18:30開場。
11/30(日)オフ。
12/1(月)13:00-14:30多和田さんの講演(朗読会)(北海道大学有島武郎記念館。入場無料。)
19:30−ライブハウス「くう」で高瀬さんのソロ・ライブ。
12/2(火)特急スーパーあおぞら5号、11:51札幌発。15:42釧路着。デュオでの釧路公演(ふくしま医院ホール。釧路泊。
12/3(水)特急スーパーあおぞら6号で、11:20釧路発。15:15札幌着。JAL532便にて、19:40札幌発、21:15羽田着。(高瀬さんはJAS146便で14:20釧路発。16:05羽田着)

とのことだ。こんな調子で世界中を回っておられるのだろう。旅を住処とする、ってこのことですね。で、住処を持たぬ、ところから言葉が発せられると「犬婿入り」のような、エロチックなのに湿り気を持たぬ不思議な文体となります。地縛されないから言葉は言葉だけで自立せざるを得ない。人によっては、もの足らぬ思いをさせるかな。でも、私は気に入った。ユーモアの感覚もきわめて良好。
こんな人の朗読ってどんなのでしょう。そういや、北間さんから前にいただいた、古いタイプライターを使われるかも。おそらくこれまで経験したことのない自作朗読となるような。楽しみですねー。というところで、ご本人から、たった今メールが届きました。

玉川さま
御連絡ありがとうございます。メッセージと言えるほどのものでもないのですが、今年伊藤整賞をいただいた時にどうしても行きたかったのですが、受賞は急に決るものであり、その週は一年前からスイスの劇場での講演予定がぎっしりで行かれませんでした。その時のくやしさを晴らすため、はりきってうかがいます。そちらの町のすばらしい写真を青土社の編集者がとってきてくれました。とても楽しみです。

多和田葉子

やっぱり、ちょっと嬉しいですね。ミーハーかな。それから高瀬アキさんからのメッセージ。

「音が声を伝わって文字を泳がし、空を舞うコトバ達は鍵盤を跳ね回る。気がつくとあなたはピアノのかもめになって飛んでいるかも知れない。」そんな不思議なコンサートでありたいと望んでいます。
御会いするのを楽しみに

高瀬アキ

11月8日
■文学館へのもっともひんぱんなリピーターの一人が、この日記にもたびたび登場してきたSさんだ。さきほども私を捕まえて、話し込まれたのだが、Sさんは、生活の知恵を駆使し、というより、アリテイにいえば、社会の仕組みの隙間を縫うように生きてこられた方で、私は半ば呆れ、けれどもその逞しさに感心もしながら、耳を傾けてしまった。
「冬は石油ストーブ一個で毛布をかぶっていますからね。一冬灯油缶10本、ぜんぶで1万円」「一人暮らしだし、本さえ読めりゃいいんだよ」「人間、無から生じて無に帰す、って禅の坊さんの言葉でね、あんたの生き方はそれを地でいっている、って坊さんに感心されたことがある」「生きているうちに人が事を成す、って別に仕事やないんでね、世のため、人のために何かすることや。これは司馬遼太郎さんの受け売りやけどね」「その司馬さんは、坂本龍馬は世のため必要とされたときに天から配されて、およそ用がのうなったときに天に召された、とゆうとりますな」
文学は、万人平等に寄り添う、ってこれは私の言葉(何?)だが、Sさんは恐いものなしですね。でも、一回に持っていく本は、一袋程度にしておいてくださいな。

11月7日
■ハンさんが、帰省のスケジュールを合わせてくれて、今回もサンミョン大学校に同行してくれたのだが、学校に向かうタクシーのなかで、「ひさしぶりに帰ると、まわりの会話が、みんな私に向かって話しかけているように思えて、ドキッとするんですよ」と言う。何のことか、と思ったら、タクシーの無線のオペレーターの声なんだね。
「札幌で韓国語が聞こえたら、それはまず私に向かってかけられた言葉だから」。なるほど。

そのハンさんが同行してくれるから、さして緊張せずにすむのだが、こんなに短い出張でも、私も多少は言葉に敏感になる。最初の団体旅行も含めて4回目の韓国だが、いまだに自然に口をついてでるのは、「アンニョンハセヨ」(こんにちは)「カムサハムニダ」(ありがとう)「アンニョンヒケセヨ」(さようなら)ぐらい、という情けなさ。それでもハンさんに「発音いいですよ」(皮肉でもなさそうだ)、と言われれば悪い気はしないし、やや無愛想な運転手さんにも「カムサハムニダ、アンニョンハセヨ」と、声をかければ心もなごむ(ように思える)。

ソウルに向かう飛行機のなかで、何年もドイツで暮らし、日本語とドイツ語で小説を書いてきた多和田葉子さんの「ペルソナ」と「犬婿入り」を読んだせいもあるだろうが、「言葉」を四六時中意識せざるをえない環境をしのいできた人の感覚ならでは、というものがあるように思われる。とくに「犬婿入り」、おもしろかった。とても気に入りました。物語も文体も不思議といえば不思議だが、濁りがなく気持ちが良い。
自作朗読、には、ある種の先入観がどうしても伴いがちなのだが、自分の発する言葉にも距離を置くことができる(置かざるをえない)この人の朗読が、楽しみになってきました。多和田葉子×高瀬アキDUO「散文オペラ」。11月26日午後6時30分から。問い合わせは私、玉川(070-5576-3935)まで。

サンミョン大学校の図書館で「ときどき拝見してますよ」と、このホームページを出してくれた。日本語表示にしてくださっている。「ちょっと操作させてください」と、掲示板のページに。あれ、掲示板は日本語表示にならないのか……。「こうすれば良いのですよ」とハンさん。
二日ほど見ていなかっただけなのに、和夏さんやトミタさんや、モリヤ堂さんや渡辺さんたちが元気に書き込んでいる「日本語」を見たとたんに、何か胸が熱くなりました。

11月3日
■古本市はまずまず成功ですね。何はともあれ、11月3日の古本フリマ、恒例行事として定着した感があります。
青砥純さんの「流行歌になった文学作品」は、掛け値なしにおもしろうございました。古書市会場のまんなかでやったのは、正直ハラハラしたのですが、後ろでみていた富田さんによれば、「よかったんじゃないですか」とのこと。午後2時すぎあたり、って、古本市も中だるみしますからね、会場もやや寒くなるころ。もっとも講師は選びますね。神経質で生真面目なタイプの方なら、まだ古本買うお客様がウロウロなさっている環境でのお話は、ちょっと厳しいかも。でも青砥さんはさすがです。お話の構成がしっかりしてるから。それに何と言っても、ここぞ、というところでレアな音源使われますから、一気に聴き手のハートを掴んでしまいます。
霧島昇歌うところの「吾輩は猫である」にも驚きましたが、無声映画時代の弁士の語る「伊豆の踊子」には仰天いたしました。潤色にも程がある、というわけですが、ここまで翻案されてもとりあえず文学のエッセンスは伝わる。それが古典の強みかな。
萩原朔太郎が、民衆の吐息をとらえ、表現し得たのは石川啄木と古賀政男のみ、と喝破したというのも、なるほど、でございました。

きのうの続きですが、「文学散歩研究会」構想について。せんだっての東京・北関東文学散歩で同宿した亀井館長から、こんなことをいわれました。「タマガワさん、札幌で何種類くらいの観光バスのコースがあるのかご存じ?」。え?「東京の観光バスのコースは、ほんとに数えきれないくらいありますよね」。うーん、そのようですね。「私は初めて訪ねた土地では、まず観光バスに乗るようにしているのです」。そうなんですか?「観光バス、バカにできない。やっぱり実に効率よく、その土地の見どころを確実に抑えますし、とりあえずおよそどんな街なのかは、理解できる仕掛けになっています。で、二日目に、そのなかで自分が関心を持てた場所をもういちど時間をかけて歩くわけですね」。なるほど。「観光、とか、もてなし、とかやはり大事なことだと思うし、こうしたことをいろんな角度から考えてみるってとてもおもしろいことです」。うーむ。

で、「文学散歩研究会」。何班かに分かれてもいいですね。チープな順に、小樽の坂道と小路の重箱の隅をつつく探検散歩。つぎに安あがりな弘前・津軽─太宰と寺山、じょんがら節の故郷へ。さらに対馬→釜山と越境の旅。亀井館長によると、「ハワイもいいんじゃないですか。テーマは移民文学」。ハ、ハワイねえ。

やっぱり、文学散歩。特別展にも匹敵する、文学館のハイライトです。奥は深いですよ。全方位の知覚、感覚も刺激されます。韓国から帰ったら、さっそく立ち上げましょう。「文学散歩研究会」。老いも若きもぜひご参加ください。

11月2日
■けさ、Hさんからお電話。いきなりたいへん元気の良い話し方で、最初どちらのHさんか分からなかったのだけど、まもなく、ああ、駒場の日本近代文学館の、と気がついた。この春、駒場は定年退職されたらしい。でも、まったく変わらずお元気で、今は週3回ほど鎌倉文学館でお仕事もされているようだ。ボランティアで駒場の文学館のお手伝いもしていかれるようだ。
「Wさんも、7月で定年退職されたんですよ。引き続き嘱託としてお仕事は続けられるんだけど」。うーん。みんな、駒場の文学館を事実上引っ張ってきた本当の「実力者」の人たちだ。表に出られることはあまりなかったけど。
私はこれまで数え切れないくらい駒場詣でをしてきたが、この人たちがいつも的確無比に対応してくださった。いちど駒場で研修を受けたことがあったが、文学資料の保存とそれを後世に伝えていこうという、その使命感、そして卓越した知識と技術、さすが、と感嘆するほかなかった。
最近はすこしご無沙汰気味ではあったが、いつもこの人たちがいる、という安心感は何物にも代え難かった。日本近代文学館、自他共に認める文学館のなかの文学館だろう。その日本を代表する文学館への信頼、それはとりもなおさずこの人たちへの信頼感だったんだ。
電話を置いて、考え込まざるを得なかったんだよ。年月は流れる。
ただ、Hさんもそうだし、一昨年になるか廃館になってしまった東京都近代文学博物館のスタッフの人たちも、各地の文学館や博物館や図書館で、いろんなかたちで仕事を続けておられるらしい。そのお一人から、東京都近代文学博物館の廃館のニュースを受けて、私がこのホームページで書いたことを読まれて、嬉しく思った、よろしく伝えてくれと伝言があった、とHさんは仰った。あのとき、私は相当逆上していたのだが、その後の皆さんの消息をうかがえば、場所はもちろん重要だが、やっぱり館は人なり、その思いがいや増す。
とはいえ、館はなくしたくない。なくしてはいけない。いまこの館をなくすことは、ようやく輪郭を見せ始めたこの街のタマシイを殺すことになる。私の勝手な思いこみではない。客観的な事実なのだよ。

きのう、亀井館長が私に「文学館の将来について危機感を覚える」と言った。亀井さんの「危機感」はシンプルで、そのぶん、だったらどうしたら良いか、次の一手を考えやすい。
先般の「東京・北関東文学散歩」のことだ。散歩自体は大成功だったといっていい。「中野重治の故郷、福井・金沢を訪ねる」から「韓国・木浦訪問」から「宮澤賢治・啄木・遠野物語の原郷を探る」に劣らぬ充実した内容だった。亀井館長もガイドに熱が入っていたし、ただし、その分「危機感」も切実に感じられたのだろう。
企画者自ら言うのもなんだが、この文学散歩は「病みつき」になる。それぐらい濃い内容なのだ。一度参加した人は二度、三度リピートされる。ただし、今回参加された方々が平均ご高齢であることは事実であり、この私にしてからがすでに50歳、それでも一行のなかでは下から二番目の年齢。
「最低でも5年後のことは考えなければならないね」と館長はいうのだ。「青年たちを、とまではいわなくても、せめて60歳前後の人たち、まだまだ仕事の意欲も能力もある人たちを文学館のリピーターに育てないと。それも自発的に、この文学館で何かやっていきたい、というような」

現実的に考えていかなければならない。まずその場所、これは前にも書いた。柚木衆三文庫というこじんまりとした、しかし自由な討論、思索にふさわしい場所がすでにある。これを現状の古本置き場から本来の姿に戻す道は、どうやら見つかった。
では、つぎ。その場所を誰に使っていただくか。すでに使っていただいているのは製本ボランティアの人たち。
「市民のなかから自発的な研究会ができればいいね」と亀井館長はいうのだ。ただし、この「文学研究会」「読書会」は難しい。それはどうしても「偏っていく」からだ。内容を深める、という思いこみが支配し始め、異議を排除していく。その弊は館長も懸念していた。
それにそもそも「文学研究会」とか「読書会」など、カビくさいイメージ拭えない。
私は、いつも私自身を規準にして考える。それより他に考えようがないからだが、例えばどこかで「何とか文学研究会」だの「何とか読書会」だの見つけて、それに顔だそうと思うか。思いません。学生時代こそ、そのタグイに一、二度顔を出したことがあったが、懲り懲りした。
じゃ、どんなのだったら、ちょっと惹かれるか。どうかしら、「文学散歩研究会」。何のことはない、たいていの人は旅を夢見る。さらにその旅に意味をつけたがる。ならいっそ「私の夢の文学散歩」を企画立案する研究会。自分の知識が追いつかなかったら、その道の専門家を呼んで教授していただけばいいわけだ。「ブンガク散歩研究会」って、何だかヌルいかんじだけど、そのくらいが間口を広くしておくのに、良いのではないか、と思うのだね。