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4月29日
■きょうは、1階の部屋、もとの「市街地活性化対策室」、4月より「文美室」(愛称Boom-Bee Room ただし未承認)の掃除をしました。集まってくださったボランティア、9人くらいかな。お天気も良くなり、春の陽射しが空っぽの部屋のなか一杯に入ってくる。窓が大きいからね。いいねえ。やってて気持ちいい仕事が、「良い仕事」だ。
皆さんの顔も、生き生きしてきます。だって、「私たちの部屋」ですからね。
大掃除のついでに、私がぜったいやりたかったことがある。ドアのガラスにいつのまにか塗られていた曇りガラス状の塗料。事務室のなかは人様に見せるものじゃないからね(ん?何で?)。これを剥ぎ取る、こそげ落とす。なかは素通しだ。製本教室も、ボランティア会議も、ボランティアお茶を一服、も。
なんかね、手応えあるんだ。ほんとうに一歩進めた、一歩進んだ、っていう。私たちが外へはみ出し、外にいた人たちがウチに入り込む。Boom-Bee
Room は、ウチを象徴する空間になっていく。空間にする。
近くで公用があったらしい市長が、たまたま寄ってくれました。グッド・タイミング!(図ったわけじゃあ、ありませんよ。念のため)。市長の顔もほころぶ。
スタンド・プレイといわれても構いませぬ。これが、ウチが考えている「公共のかたち」だ。胸張って、おみせできます。
4月27日
■10月初めに小樽文學舎の文学散歩を行うのだが、今年のテーマは「太宰治の『津軽』を歩く」だ。それの事前学習にもなる連続講座の日程もほぼ決まりました。
まず第1回目、6月26日は、これはオーソドックスに、亀井秀雄氏の「太宰治の『津軽』」。そして第2回目、7月24日は、生涯学習課の学芸員の石神さんか青木さんに、三内丸山遺跡について話してもらう。そこにも行くからなんだけど、太宰の「津軽」をダシにして、本州東北端の古代から現代まで超時空文学散歩にしよう、ってコンタンね。
第3回目8月28日、津軽三味線。検索してみたんだ、Googleで。「津軽 小樽」ってね。そしたら見つかった。こんなサイトが。さっそくメール差し上げました。すると二代目家元から直々のご返事が。津軽三味線、津軽民謡についてのお話と実演、快く引きうけてくださったんだけど、驚いたのはその後で、臨時職員でこないだまで勤めてくれてた北カナコさんの実の叔父様でした。
前にも書いたように、もひとつやりたい。津軽についての濃いお話。津軽にとことん愛着持っておられる方の。今朝、たまたまいらしていた薬師寺さん(やっぱり前に館長務めてくださってた人)に、振ってみた。こっち方面の人脈、多々ありそうな人だから。
「手宮にはね、昔、『津軽衆』って店があったな。あっちこっちに県人会ってのがあったんだけど、この店は青森県人会みたいなもんだった。もうないけどね」。そうか。「ボクは高島だけど、あそこも少ないけど津軽衆の人たちが固まっている地区があってね。多いのは佐渡、越後、秋田だったけどね、あとボクの出身の庄内とかね。今はもう入り混じってしまっただろうけどな」。おもしろいなあ、小樽の人たちの出身分布。これも、実はいつかやりたかったんですよ、タイトル先に決めてるの(例によって)。「ふるさとの話をしよう」(しかもパクリだ)。同タイトルの歌謡曲にも、深い深い思い入れがあるんですけどね、これは別の日に。
ふるさと、何も東北、北陸あたりだけの話じゃあない。明治40年9月、流浪の新聞記者石川啄木がたどりついたごとく、その時代から現代に至るまで、「小樽」っていうのは、あそこにいけば何かあるんじゃないか、何とかなるんじゃないか、って思わせる街だった。違う?この私もそうだったんだけど。
私の家でとってる新聞、一面二面社会面読者欄はあんまりおもしろくないんだけど(とても失礼)、いま小樽・しりべし版がおもしろい、お世辞抜きで。とくに連載の企画ルポルタージュ。こないだまでやってた街の探訪シリーズ(タイトルはあやふやだけど)「銭函」もとってもよかった。このシリーズ、確か次は「奥沢」、私が結婚した当時住んだ町だったからね、楽しみだ。あのちょっとザリザリした感じの町がどのように掘りおこされるのか。そういえば、奥沢もどこやらから集団で移住してきた人たちが、花の栽培か何かやりだしてできた集落じゃなかったかな(あやふや……)。
その街の探訪シリーズは、ちょっと中断しており、いまやってる「おたる港・いま」。これが、もうやたらにおもしろい!そして、もっとおもしろくなっていく予感!
ごめんなさいね、無断でちょっと引かせていただく。
「小樽港でロシア向けに中古車を輸出している業者は、日本人約百三十業者に対し、パキスタン人は約十業者にすぎない。しかし輸出台数の比率では『七対三でパキスタンが多い』とされ、パキスタン人の圧倒的な販売力を示している。『社長はモンゴルに出張中です』『ドバイから注文のファクスがきた』。彼らの中古展示場では、プレハブ事務所の外見に似合わないような世界各地の地名が聞こえる。大量の車をさばく秘訣は、パキスタン人独特の世界的なネットワークにある。……パキスタン人は世界各地に散り、親戚、友人を通じて中古車を販売。どこでどんな車種が売れているか、絶えず情報交換している」。
ねえ、ワクワクしませんか?あれ?何でマユをひそめる?
この新聞だけじゃないけれど、一面二面読者欄で交わされる「イラク」「アメリカ」「ニッポン」「北朝鮮」って、何かどれもこれも型にはまったっていうか、はめよう、はめよう、としてるみたいで。例の事件も、善意と正義のタテマエが、複雑怪奇な現実にぶつかった災難、それをメディアが何とか再び善意と正義の物語に縫い直そうとして、ほころびだらけになってしまった、みたいな。
それに比べて「おたる港」がおもしろいのは、ミもフタもないショーバイ人の物語だからかな。北朝鮮ブランドのウニが買いにくくなって、寿司屋が困ったとか。小樽発のコアキナイ(いやけっこうな商いなのかもしれないが、大企業の比じゃないでしょう)が一気にグローバルに走りまわる。啄木の時代から、ずっとじゃない?佐渡から一旗あげようとしてきた人たちも、パキスタン人も同じだよ(大雑把すぎ?)。
できないかなあ、この人たちもつかまえて。パキスタンの「ふるさとの話をしよう」。
つまりね、オタルはもうハナから、地政学的に「越境都市」なんだ。だからおもしろいんじゃない?だからウチの企画も尽きないんじゃない?
4月24日
■Sさんが来た。ちょっと元気がありません。お久しぶりですね。「何か左目がね、見えにくくなってきて」。病院には?「行ったけど、簡単には治らんらしい、数年かかるだろう、だと」。ふーん……。「本読む気力もなくなってきましてね、司馬遼太郎とか松本清張とかの初版、集めてたけどほとんど売っ払った」。売れましたか?「まあね、思ったよりは。全部で7万くらいにはなったかな」。
そのなかには、ウチのリサイクル本も入っているかも知れないけどね。この人を、ウチではかつて「古本武闘派オヤジ」と呼んでおりまして、ほとんどこの人一人のために、転売禁止のハンコ押したり、「図版のページにこれみよがしにハンコ押すな!」って逆ギレされたり、いろいろありましたが。
何だかそのころが懐かしくなるくらい、消沈してる。7万ね、まあ、良かったじゃないですか。「駅前のパチンコ屋で2万5千円で3万円出してね、でも、別な店でその3万円なくしちまった。もう1万5千円しか残っとらんですよ、あっけないもんだな」。おいおい。
カウンターで、私が、この(元)古本武闘派オヤジと語らっている目の先では、中学生がiMacでネットに余念がありません。「わかんなくなりましたあ」。はいはい。オヤジさん、もう帰るの?「古本市やるころにまた来るよ」。
話変わりますが、こないだ科学館でやった科学・文学館初めての共催「宮沢賢治展」が、意外なほど好評でして、またやりませんか、クロスオーバー展、などという声もちらほら。私も調子に乗りやすいんで、企画はすぐに思いつく。科学館にいったときに、私がとっても面白かったのは、科学講座でよくやってるらしい「科学オモチャ」ね。これをさ、科学館の学芸員の人たちに、一人一個ずつ作っていただく。みんなそれぞれ工夫を凝らした自信作があるみたいだから。博物館の山本さんも入ってくれないかな、とっておきのミョウテケレンな姿かたち、生態のムシの標本とか。交通記念館の佐藤さん、図書館の人たちも参加してくれれば。
タイトルはね、私はたいてい内容具体的にする前にタイトル決める。タイトルで中身決める(おいおい)。
「科学しましょう。」
ポスターもイメージしちゃいました。白衣、メガネのお姉さんが厳しい顔つきでフラスコをかざしておられる。つぎの瞬間、フラスコ大爆発。お姉さんの髪がアフロに。え?私の「科学」のイメージだけど……。
4月21日
■本日は、岩田書店さんに案内していただいて、小樽札幌の古書店主が集まって行われる月例の古書セリを初めて見学いたしました。セリのやり方などは、これからおいおい紹介してまいりますが、私が会場にはいったときは、もうどんどん入札がされていました。それをちょっと中断してくださって、組合長さんから私をご紹介いただき、私が、今秋やるつもりの企画展「小樽・札幌古本屋物語」についてご説明。今朝出かける前に急ごしらえでプリントした趣意書は、つぎのとおり(すぐできるのね)。
市立小樽文学館企画展
「小樽・札幌古本屋物語」
趣旨
「小樽・札幌喫茶店物語」「小樽・市場物語」に続く、「街のなかの対話の場所」シリーズ第三弾。喫茶店、市場とともに少なくなりつつある、街のなかの古書店は、店主と客、あるいは客どうしが本を通して対話を交わす場所である。また一冊一冊の古書は、複数の蔵書家の堆積によって、本の中味とは別の物語をはらんでいる。そのような古書と古書店をめぐる興味深い知識とエピソードを展示紹介する。
・小樽・札幌の古書店の歴史を紹介
・小樽・札幌の個性ある古書店と古書店主のプロフィールを紹介
・各古書店の特徴を示す商品を数点出品していただく(ガラスケース内で展示)
・全国の有名古書店街を紹介
・古書の流通と、多様化する業界について解説
・文学館内に仮想の古書店を設営
※会期中のイベントとして、いくつかの古書店主を招いての座談会などを予定。
会期
平成16年8月28日(土)〜11月3日(水)
(月曜・祝日の翌日は休館)
入館料
一般100円 小・中学生50円(11月3日は無料)
主催・会場
市立小樽文学館
〒047−0031 小樽市色内1−9−5 tel.fax.0134-32-2388
後援
小樽文學舎
協賛
企画担当;玉川 薫(市立小樽文学館副館長・学芸員)
tel.fax.0134-32-2388
kaoru.tamagawa@nifty.com
http://www4.ocn.ne.jp/~otarubun/
皆さん、真剣に入札続けながらも、あちこちから声かけてくださった。「小樽文学館のファンですよ」って、逆じゃない……。いい客じゃないのにねえ、小樽文学館も私個人も。
お金がないのを別にすると、正直言うと、私苦手なんだ。お店のご主人と目が合うの。だから、もっと正直に言っちゃうと、古本屋さんも、小さな喫茶店も、そして市場も苦手なんだ、ほんとうは。最近は、新刊の本屋さんさえほとんど行かず、たいていはネット注文コンビニ受け取りで済ませてます。喫茶店より広めのファストフードね、混んでる時間じゃなければ、安いコーヒーで長時間本読んでいても、アルバイトのお姉さんは完全無視。ショップで時間つぶすのは、もっぱら100均……。
でもね、魅力はわかるんだ。店主のパーソナリティがものいってる店の。
で、きょうから始まる古本屋物語。盛り上がるぞ、私の直感だけど。何ら具体的じゃないけどね。予算ゼロだけどねッ。
4月20日
■たいていの新聞に、これは何というのか、ごく短いコラム欄があるでしょう。「天声人語」みたいのじゃなくて、もっと短い、数語で世情を批評するみたいな。これって、いつごろからあるのかな。新聞の歴史に詳しい人、どなたか教えてくれませんか。ひょっとすると明治時代から?
私、この種のコラム、あきらかに時代錯誤だと思います。この種の「寸鉄人を刺す」皮肉とか穿ちとかが喝采されたのは(そんな時代があったとしたら)100年前の話だと思う。
家でとっている新聞にもそんな欄があって、きのうの夕刊にはこうありました。
「そのイラクから人質が帰国。いろいろあったが結果的に現地の危機状況が鮮明になる」。え?い、いや、ごもっとも。それにはどなたも異を唱えないでしょうけれど。
でも、「いろいろあったが」「結果的に」って……。それがこの10日あまりの〈総括〉ですか?
私は5人の人質だった方々には同情します。たとえ丁重に扱われたとしても、一週間ものあいだ、きわめて高い確率の「死」にさらされていた。心的外傷を受けるのはあたりまえだと思う。そのような状態で記者会見する義務などないと思います。十分な休息の後、事情聴取なり記者会見のかたちなりで、彼らを見舞った出来事について、できるだけ正確に話してくれればいい。その体験は、今後、危険な地域における民間人の仕事、あるいはボランティア活動におけるたいへん貴重なアドバイスになるでしょう。それにしばらく時間がかかるのは仕方のないことだと思います。
それよりも、この一週間の印象。メディアがメディア自体に振り回され右往左往している。今朝の新聞だったかな。首相の心ない一言が人質だった皆さんのPTSDに追い打ちをかけたって。これは、いくらなんでも言い過ぎじゃないかなあ。この場面、繰り返し放映されてましたから私も何回か見ましたが。前後の正確な事情まで流されているわけじゃないから、どういう経緯かは知りませんが、私のみている範囲では、まず首相が、どこかの記者から「人質解放」の知らせを受け、「ほんとうに良かったですねえ」といった。それは、心底ほっとした、というように画面からも見受けられました。つぎに記者がこのようなことを言わなければ、とりあえず「ほっとした」で終わったはずです。記者はこのように続けました。「人質の皆さんのなかには、引き続きイラクに残り活動を続けたいといっている人もいるようです」。これに対して首相の表情が一転険しくなり「まだそんなことを言ってるんですか。どれだけたくさんの人が心配し、努力して解放にこぎつけたか。そこが今どんな危険な状況か。もう少し分かってもらわないと」。
ここは、そんな危険な状況にしたのは、どこの大国か、などと突っ込むところではない。一国の責任者として心労を重ねた人間の、ごく自然な発言だったと思います。それを心ない批判と大書する方が、かえっていわゆる〈人質バッシング〉を引き起こしているかも知れない、などとは少しも思わないのかなあ。これは首相個人、あるいは今の政府とその政策を支持する、支持しないとはまったく次元の違う話だ。
こないだも書いたけど、メディアが常々過度なほどだいじにしている〈世論〉(というか、世間一般の感情かな)と、メディアの論調とが、今回ほど乖離してしまったのは、ちょっとめずらしいくらいじゃないだろうか。それこそ、〈危険な風潮〉じゃないのかな。
きょうは、小樽啄木会の会長、水口忠さんがいろんなものを持ってきてくださいました。世界各国の絵本。余市図書館の館長さんも長く務められた水口さんは、以前こうした外国の絵本と、それを日本で訳した絵本を何組か並べて展示なさったことがあったそうです。とても興味深い方法。今回は、日本版の方がまだ見つからなくて、ということでしたが。思いがけず、ゴールデンウィークのJJ's
Cafe のミニ展示ができあがりそうです。
その水口さんは、余市の図書館長をなさる前、中学校の校長先生を退職なさった後だと思いますが、五年間ほど南米パラグアイの日本人学校の校長先生をなさっていたことがあります。そのころのお話もいずれ詳しく伺おうと思っているのですが。きょうは、その頃使っておられた大型のスーツケースも二つ持ってきてくださって、文学館にくださるそうな。私が以前に書いていた「どこでも小樽文学館」の話を覚えていてくださったのですね。何となく「南米」な感じの、よく使い込まれたステキなトランクです。リモワだの、グローブトロッターじゃなくても、こっちこそまちがいなくホンモノのトランク。大事に使わせていただきます。
今回、お昼に別な用件でいらした若い女性、その方はやはりパラグアイの、こちらはJICAから派遣されて現地の人たちの学校でお仕事をされ、二年間のお仕事を終え帰国されたばかり。たくさんの図書などを寄贈してくださった水口先生によろしく、といわれ帰られました。帰り際に、たいへんでしたでしょう、と声をかけましたら、また行きたいです、と爽やかに答えてくださいました。
こういうボランティアに安心して専念できるような状況に、イラクが一日でも早くなるといいですね。
4月16日
■イラク人質事件、3人が救出されたことは本当によかった。ただし、って私がいうまでもありませんが、この人たちを支援していた団体が「祝・解放、ご協力御礼」みたいなチラシを街頭で撒いている写真には少しコチン。喜びを抑えきれないのはよく分かります。けれども、まだ消息不明の二人の日本人を始め、メディアで伝えられる範囲でも現地の状況をみれば、とても〈はしゃげる〉はずはない。
これについては、ここまで。と、思ったけれど、またマス・メディアが気にし始めた気配ある〈2ちゃんねる〉について。何回か書いたように思いますが、確かに目を覆うような品性下劣な罵詈雑言飛び交う巨大匿名掲示板。けれどもこれのキモは、濁流のような書き込みと更新の速度。いわゆる〈世論〉に関心のある向きは、新聞・テレビ・週刊誌などのマス・メディアと平行して、たまには〈2ちゃんねる〉覗いてみられることを薦めます、マジで。
どっちが広汎な〈世論〉を反映しているかどうかは別にして、まず〈世論〉=〈正しい意見〉では決してないでしょう。マス・メディアでは意図してか、あるいは無意識にか、〈世論〉=〈正論〉の論調が前面に出てくる。さらに、〈世論〉を、〈正しい方向〉に導くという使命感、導けるという傲慢。
〈2ちゃんねる〉には、少なくとも「自分が正義だ」的なひとりよがりは、ない。いや、ひとりよがりも少なからず現れるのだけど、あっというまに濁流に呑まれる。
〈2ちゃんねる〉の観方。罵詈雑言の嵐をこらえて、濁流にみあう速度であっちこっち飛んでみる。これまでマスメディアが決して触れようとしない、触れられなかった〈タブー〉の領域も随所で綻んでいます。濁流だから、制御できないのね。
ちょっと滑稽なのは〈2ちゃんねる〉を、人心の荒廃とファシズムの台頭の象徴のように観ようとする〈良識〉。その人たちの範疇にないメディアに、怯える気持ちも理解できないわけではないけど。ただし、「行きすぎには規制を」などと言い始めたら、こっちこそ要注意。まあ、いまの〈濁流〉は、そんな〈良識〉もあっというまに呑み込んでしまいますが。
この話はほんとに、ここまで。この「日記」の役目じゃないものね。
文学館と美術館が入っている建物は、正式には小樽市分庁舎といいます。いわゆる「外局」の雑居ビルね。その1階にあった「市街地活性化対策室」というところが、駅前再開発などの仕事を一通り終え、解散。撤収した事務室後を文学館と美術館で使えることになりました。中扉で仕切られた小さな部屋を美術館の(仮)収蔵庫として使い、残りの広い部分は大きめの備品置き場兼ボランティアの作業などに使えるフリースペースに。製本教室なども、気兼ねなく作業できるスペースが確保できたわけです。
ずっと事務室に使われてた部屋だから、床はすり切れてる、壁も汚いな。ボランティアに集まってもらって、ペンキ塗りやろうか、千葉さん。
「どうせやるなら、イベントにしちゃおうよ。この部屋のお掃除とペンキ塗り」。それ、採用。いいね、「自分たちのスペース」になるわけだからね。
製本教室の北間先生にもこの部屋をおみせしたところ、「机はどうすんの、椅子は?」。いや、それは、研修室のテーブルと椅子をその都度お借りして。「ふーん、きれいなテーブルで作業するの気が引けるからねえ。壊れたテーブルとかないかな」。地下に捨てるヤツが転がってますよ。「脚が使えるかもね」。そうですか。
北間先生と、カビ臭い地下の裏通路に。天板がほとんど腐っておりますが。
庁舎管理者の「生活安全課」にお断りして、さっそく机解体。って、私が突っ立っているあいだに、北間先生が、さっさと5本ほどバラしてしまった。今度の日曜日にでも、ホーマックでランバーコア買ってきて、この脚にとりつければ立派な作業台に。この折れてるヤツは使えませんね。「切って、つなげばいいんだよ」。……。「宝の山だよね。みんな忙しくて、直して使おうとしないだろうから、どんどん捨てちゃうんだな。僕ら年金生活者は、時間はいっぱいあるからね。直せるものは直して使おうと思うよ。ただ体力がなくなってるからね。運んだりするのを若い人に手伝ってもらえればな」。
北間先生、みてるとほんとうに思うよ。ボランティアこそが、〈公〉と〈民〉のあいだに立ち、自在に出入りし、「壁」を実力で壊していく存在だ。ウチでさえ、そのやり方にはそれなりに時間とアタマを使って〈策略〉練ってるよ。イラクと比較にはなりませんが。いかん、また戻ってしまった。
4月7日
■今年秋の、小樽文學舎の文学散歩のテーマが決まりました。
太宰治『津軽』、その古層を探る。
亀井館長が、まず太宰治の『津軽』を骨子にして、ということで、小説の筋道を抜き出してみました。つぎのとおり。
序編
本編
1.巡礼
上野→青森→蟹田
2.蟹田
観瀾山
3.外ヶ浜
今別(本覚寺)→三厩→竜飛岬
4.津軽平野
竜飛→(三厩、蟹田、青森、川部、五所川原)→金木(高流山、修練農場、鹿の子川溜ま池)
5.西海岸
金木→(五所川原)→木造→(鳴澤、鰺ヶ沢、大戸瀬)→深浦→鰺ヶ沢→五所川原→小泊
私は『津軽』を、車中で読んだ。永山則夫の郷里を訪ねる途中でだったような気がするが、別なときだったかも知れない。どっちにしても、内容を全部忘れてしまった……。
おおむね、この筋立てを軸にして館長が提案した行程はつぎのとおり。
行程(案)
小樽→札幌→函館→青森(三内丸山遺跡)→蟹田→三厩(1泊目)
三厩→小泊→十三湖→金木(2泊目)
金木→五所川原→弘前→札幌→小樽
それで、恒例のように事前学習をします。これのための講座を三回ほどやりたい。そのうち一回は、亀井館長自ら太宰治の『津軽』論をやります。一回は考古学の見地からの津軽論、これは小樽市の考古学専門の学芸員の誰かに。
そして、あと一回。どなたか、いませんかね。津軽マニア、熱狂的な。しゃべり出すともう止まらない。館長も私も、そのような講師が望ましい、ということで一致しました。自薦、他薦、問いません。
4月6日
■『山口昌男氏の、(仮設)書物の神話学』というカーニバルのような展覧会をやったときの、札幌大学側の最有力スタッフ、当時、山口文庫に入りびたりの学生だった吉成君が、久しぶりに寄ってくれた。いま、札幌の古本屋さんで仕事してるそうな。山口さんに、近況知らせてあげると、いいよ。きっと、すごく喜んでくれるだろう。山口さんが、君たちをとっても愛していたことは確かだ。そのことをひしひしと感じ取れただけでも、あの展覧会は、やって良かったと思っている。
その吉成君が、なぜか「ガリ版をやってみたくて」などという。ガリ版ねえ、たかだか20数年前まで現役ばりばりだったツールだけどなあ。ワープロ、コピーにあっというまに席巻されてしまいました。
ガリ版の魅力は、その速報性にあった。その点はメールマガジンや、インターネットの掲示板がそれにとって変わったともいえるのだけど、何が違うか。それは、ザラ紙とインクの匂い。抽象できないはなはだ皮膚感覚的なところだね。
私たちの学生時代、すでに峠は越えたというか、さきはみえてしまってもいたのだけれど、紛争の余燼は日常的であって、それは構内にはいればまず目に飛び込む立て看板、そして手渡されるアジビラによって、ダイレクトに(暴力的にといってもいいのだけれど)こっちに入ってきた。それが良いコミュニケーションのかたちだとは、決して思わないが、緊張と昂奮がザラ紙一枚にみなぎっていたといってもいい。
いきおい、それらの文字にも文体にもまだ力があり、それは一種の「美」に近いものにまでなっていたと思う。
そういうのとは別に、黒い腕抜きをした白髪交じりの先生が背中を丸めて、すっかり外が暗くなった職員室で、カリカリ、カリカリと試験問題を「切る」。懐かしの昭和、とか「学校の思ひ出」などと、「癒し」だとか「団塊の連中が流し出したハヤリね」で、片づけるのは、無残だな。きのう、札幌のシアター・キノで観た「グッバイ、レーニン!」でも描かれていた、〈胸の熱くなるような、だいじなもの〉だ。
ときどき、「古いものを大事にしてくれて、ありがとう」なんて、〈投稿〉が、「夢喫茶」のメールボックスに入っていたりするんだけれど、ウチは古いものをだいじにしてるわけじゃあない。だいじなものを、だいじにすべく、少し注意しているつもりなだけだ。
いいじゃない、ガリ版。復権、なんて力入れなくていいから。自前のメディアのツールとしての魅力、あるんだから。やってみれば、いい。
もっともあれか、インクとロウ紙、まだ手に入るんだろうか?
4月3日
■先日、今年の連続文学講座のことで、通しテーマは「本」などと書きました。これは、かつて「小林多喜二を読みなおす」毎月1回連続10回などという講座をやってくれた亀井館長が、私がしゃべるのもいいけれど、講師と聴講者が逆転するような講座ができないだろうかね、という提案から生まれたことでもありますので、できるだけ、いわゆる「講師慣れ」していない人たちにしゃべってもらいたい。
それで、くり返しになりますが、つぎのような方々を探しております。
●作家●編集者●印刷屋●本屋店主●古本屋店主●装丁家●さし絵作家●漫画家●製本教室講師●豆本作家●タウン誌編集者●読書家(何)●教科書関係者●図書館員●古写本研究者●点訳者
まず、印刷屋さんのうち、最新そして近未来の印刷技術について話してくださる方は見つかった。札幌に支社のある日本でも最大手の印刷社の方です。こうした方は、プレゼンテーションなどにも慣れておられるだろうから安心。けれども、最新の、だけでは片手落ち。頑固に、といおうか、やむを得ず、というか、旧来の印刷方法を守っている業者の方もおられる。そのような方にも話してもらいたい。むしろ、そのような方の語る「印刷」が、より印刷というものを実感できるはず。ただし、こうした方は、まず語ることは不得手。出来上がった仕事が全ての世界だから、それは当然。プレゼンテーションがなんぼの世界とほど遠い現場です。
それなら、その現場から講師をむりやり連れてくるのではなく、お客さんをその現場につれていけばいいわけですね。車は用意できないから、市内バスで行きましょう。街の小さな印刷屋さんに。
昨日、私は午後から休みをもらい、小樽築港駅につながっている商業施設のなかにある本屋さんに立ち寄った。全国都市部に店舗を持つVという本屋さんで、レコード、フィギュア、アンティークもゴッチャの若者むけ(この言葉自体死語)のイメージ強い本屋さんですが、とにかく元気の出るお店。品揃えのセンスはもとより、本を含めほとんどの商品につけられたコメントがすごい。手に取るべし、騙されたとおもって一読、一聴、21世紀に入ってからいちばん怖かった、きょう一日の幸せは保障します、とかギッシリ。読んでる、聴いてる、スタッフが、ということで、当たり前のようだがそうじゃない。もちろんスタッフは全員とっても若いので、ここに来ると、(実はいつの時代でもそうなのだけど)若者の本離れ、活字離れ、なんて一種のヒガミ、ソネミから発せられるコトバだと思わされる。「青春日記」に久しぶりに書き込んでくれた五十嵐君の「読書報告」だってそうなんで、それは自称「読書人」のいう、あらまほしき読書、とはイメージ相当違うのだろうけれど。自称ヒッキーから眺める「しゃべり場」への違和感なんて、鋭いじゃないか。
話がずれました。連続講座の講師探し。私は、レコード一枚買った後、そこの店長さんをつかまえて、文学館の講座の講師やってくれませんか、と頼みました。長髪、ヒゲの30代らしい青年は、「僕は、こんど店長変わったばかりですから」と困惑気味でしたが、そりゃムリっすよ、とは言われなかったので、一縷の望み在り。
講師探し以上に私がこれから考えなければならないのは、講師が「語る」、そのシチュエーションづくりです。講師ズレした人はいらない、といいながら、30人からの見知らぬ人たちを前に、「文学講座」と銘打たれた場所で話すのは、これは容易なことではありません。誰よりも、私がいちばん知っている。最初に、ローカルラジオ番組で展覧会の紹介してくれ、といわれたときには、録音でいくらでも編集してくれるというのに、汗まみれになるばかりで、一語も発することができなかった。
十二指腸カイヨウになんて簡単になる。へたするとトラウマにすら、なるかも知れない。という環境を、いかに変えるか。どういう風に持っていったら、その人じゃなきゃしゃべれない、お話を引き出すことができるか。これも、解決できれば、なあんだ、こんなことか、と思われるようなことだけど。
できれば、凄いな。もう講座のタネは尽きることなしですね。
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