よもやま日記

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文責/市立小樽文学館・玉川薫
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9月30日
■さきほど、カルチャー教室のお仕事をなさっている方がみえ、文学関係の講師を探しておられる、とのことでしたが、苦労しておられるようす。まあね、お金を払って文学方面の教養を積もう、という殊勝な方は、この時節まれであろう。「スポーツ関係はまだいいんですけどね、太極拳とかヨガとか」。そういうのは、私もやってみたい。時間がありませんが。「いま流行りだしているのが」。何。「フラダンス」。あー。「やってみるまでは抵抗が大きいらしいのですが、始めると病みつきになるとのことで」。あー、いいじゃないですか、陽気でね。
何が悲しくて、お金を払って文学方面の辛気くさい話を聞かねば、ということですが、じゃ得をするならどうでしょう。私の話を聞いて得をすることは、あまりなかろうが、亀井秀雄さんの講義を聴くと、確かにアタマにかかっていた薄いマクが一枚はがれおちるような気がします。脳味噌リフレッシュ。脳味噌、太極拳とかフラダンスとかできないから、これはやっぱり得でしょう。ときどき行う文学館での講義、まず無料ですから、聴き逃す手はありません。それでも、交通費は掛かるわね、とおっしゃるなら、ちょっと残念ですが、たまに亀井さんの個人ホームページにアクセスされ、刷りだしてごらんになるとよろしい。一読三嘆って、このことね(前にも書いたな)。

それは、ともかく、お待たせしました。10月2日(土)の大イベント。これは、得。断然、お得。まず石神井書林店主内堀さんの話で脳にシゲキ、だけじゃあない。やや長時間に及びますが、ぜひ最後の古本オークションまで足をお留めください。「実利」があります。玉手箱みたいなお土産が!
飛行機代をかけても、もとをとれるかな。じゃ詳細。

市立小樽文学館では、10月4日の「古書の日」を控えた10月2日(土)午後2時より、つぎのイベントを行います。とりわけ、これまで業界内部でのみ行われてきた「古書オークション」の公開は、模擬とはいえ、全国においても例をみないことです。

「小樽・札幌古本屋物語」展記念イベント

とき 10月2日(土)午後2時より
場所 文学館1階
入場 無料

1.石神井書林店主内堀弘氏講演「古本屋づくり・古本屋こわし」
=頑固で、不便で、懐かしくて、どうしようもない場所=
(古書店は新しいカタチを探しながら、どこか変わりようもないものを持ち続けている。それは分かりやすい場所ではなく、むしろ不便な場所であるかもしれない)
講師、内堀弘(うちぼり・ひろし)さん
文学好き、古本好きなら知らぬ人はない古本の名店、東京・石神井書林店主。年3回ほど発行される凝りに凝った目録だけの愛読者も少なくない。出版史研究家、文筆家としても知られており、名著『ボン書店の幻』がある。北海道内初講演。

2.小樽・札幌古書店主座談会
小樽・札幌の次代を担う若い店主たちが、古本屋の歴史と現状と将来を縦横に語り合います。必聴!
〈小樽〉岩田書店(岩田泰氏)、夢書房(金森繁氏)、ブックス二分の一(松久一紀氏)
〈札幌〉弘南堂書店(高木庄一氏)、薫風書林(佐々木隆氏)、ケルン書房(佐々木昌弘氏)、じゃんくまうす(太田論氏)
司会・玉川薫(市立小樽文学館)

3.模擬オークション
現在、札幌古書籍商組合では週に一回古書のオークションを行っています(小樽古書籍商組合も参加)。これは、業者の間で手持ちの商品を競りにかけるもので、これによって不要の商品を手放し、必要な商品を手に入れ、それぞれの店にふさわしい品揃えをしていくわけです。
現在は、本につけられた袋に入札金額を書いた札を入れていく「置き入札」が一般的ですが、今回は昭和30年代まで行われていた「振り市」を再現します。これは出品された本を「振り手」が説明しながら場に示します。相場の低い辺りから発声し、希望する買い手は値段をせり上げていき、振り手が妥当なところで最高値を付けた人に落札(ハンマープライス)します。
この活気と緊張感あふれる昔ながらの「振り市」を、ご来場の皆様に公開するわけです。ひょっとすると、会場のお客様に飛び入りで「入札」していただく場面もあるかも知れません。

午後6時終了予定です。
お問い合わせ;文学館 tel.fax.0134-32-2388 玉川まで
PHS 070-5576-3935
kaoru.tamagawa@nifty.com

9月29日
■塩谷の方々に招かれて、伊藤整にまつわるお話をしてまいりました。最近、こういうとき私はほとんど準備をしてまいりません。今なお、どんな(ほんとうにどんな)講演でも、いったん引きうければ数か月前から何冊もの文献読み込み、該博な知識にさらに水を漏らさず、その上で脳内理論武装を固め、完全原稿を用意して臨むという我らが館長、亀井秀雄氏とはえらい違い……。
見苦しい弁解をさせていただきますと、私の脳力では文学的理論構築は、ムリ。最低限の知識はあるつもりですが、それに付け焼き刃で薄く上塗りしても、それはそのまま薄い知識の受け売りに過ぎず。
こんな講師を呼んだ方々も災難かも知れませんが、私がお話できるのはただひとつ。私の経験のみ。私は文学を理解できるのか、未だに心許なし。でも私は実にいろんな人に会ってきた。いろんな人と関わりを持ってきた。怒りを買い、悲しませ、狼狽え、涙をこぼすようなこともあった。なんでそんなにしてまで縁もゆかりもない人と関わってきたか。展覧会、すべてはより良き展覧会をするために。世に出るはずのないもの、伝説となってしまっているもの、それらを探し出して並べるために。突然訪問し、何時間でも粘り、好意につけこんで泊まり込み。
私は、このようにして伊藤整や小林多喜二や中野重治や小熊秀雄を理解してきた。活字を通さぬ感情的生理的な「作家とその仕事」への理解。錯覚なのかもしれないし、そもそも「邪道」ですけどね。

私が話したかったのは、伊藤整の墓守(文学碑のことだけど)澤田齊一さんのこと。うまく十分にはお伝えできませんでしたが。ひとつだけ自分でも良かったと思えたのは、伊藤整氏が作詞した塩谷小学校校歌を歌ってくださるよう呼びかけて、会場の皆さんがそれに応えてくださったこと。ちょっと、胸が熱くなりました。校歌で手拍子が出たのは初めてだったな。

9月24日
■きのうも人様のイベント。音楽ではなくて、トークですね(読書の秋・講演会、於札幌市男女共同参画センター。立派なホールだな)。主催は古本屋さんと図書館と文学館だから、ウチの同類項。客席にいても、進行が気になるのは、職業病?
うむ、夜7時から講演に続いてパネルディスカッションは、なかなか難しいプログラム。時間の配分とか。勉強になりましたよ。

きょうは、その主催者のなかの中核というか、私のみるところ8割はこの人がこなしたサッポロ堂さんへ。今度はウチのイベントの打ち合わせでね。だけどサッポロ堂さんは、もう昨日のイベントをやり遂げた充実感で一杯だ。「どうでしたか、やっぱり佐々木さんの話、良かったよね」。ええ、ちょっと進行が……、ま、いいか。

本で埋め尽くされた(どこの古本屋さんも同じだ)ほとんど身動きままならない店内で、小さな椅子に掛けて話をしておりますと、外から「うまくいったみたいだね」と声が掛かる。「入っていかないのかい」とサッポロ堂さん。「いや、まあ」と、声の主はちょっとためらっている様子。「入んなよ」とサッポロ堂さん。「この人がウチのナンバーワンなんですよ、玉川さん」。入ってきたのは、日に焼けた頑健そうな体つき、短く刈った髪、長目のもみ上げ、ギョロリとした目つきの人。
「美術年鑑、ないかな」。「ウチにはないけどね、絵を買ったの?」。「ん、まあね」。「値段を調べるのかい」。「いや、名前が出てりゃいいんだ」。「何て人?」。「○○カツトシ」。(知らないな)。「何の絵?」。「野付半島」。「北海道の絵か。いくらで買ったの?」「5万円。20年くらい前の雑誌に写真が出てるんだ。やっぱり5万円。20年前で5万円だからさ、今はずっと高いでしょ」。「うーん、どうかなあ」。(私もそう思う)。「サッポロ堂さん、外国の旅行案内は要らないかい」。「ウチはね。シベリアとかならなあ」。「アメリカの」。「戦前のとかね、戦後すぐとかのなら、まだね」。「そうか」。
出て行かれた後、「玉川さん、彼がナンバーワン。6つあるうちのね」。タテバですね。すぐにわかった。「タテバ回りも、いまはウチだけじゃないかな」。そうなんですか。おもしろそうですけどねえ。

ほんとはね、サッポロ堂さん、そういう話をもっともっと聞きたい。活字離れとか、ネット検索とか、ブログとか、私には、実は、もうどうでもいい。でも、サッポロ堂さん、充実しきってるから、水差せないや。
昨日の話では、古地図の研究家として知られた人らしい高木さんというおじいさんの話が、私にはいちばん面白かった。「役所が出してる本は、いいですよ。たいていタダでくれるもの」だって。この人のところには、一年に400冊を超える目録が送られてくるんだそうな。それを眺めるのが、本探しの基本だし、楽しみでもあるんだけど、70近くになって、インターネット検索というものを教えてもらったそうです。お金払ってね。「びっくりしましたよ。何十冊の目録みても見つからなかった本が、あっというまに10冊見つかってしまった。いい時代になったんですね」。じゃすっかりインターネットの達人に?という司会の人の質問に、「いや、飽きました。もう3カ月に一回くらいかな、コンピュータのスイッチ入れるの」だって。

名言は繰り返される。コンピュータを捨てよ、町に出よう。私?いや、もうすっかりiBook依存症です。スマソ。

9月22日
■コンサートやイベントが続きます。そのすきまによそ様のコンサート(リ・アルティジャーニ於潮陵記念館)も拝聴。ヴァイオリンとアコーディオンとコントラバスという不思議なトリオ。おもしろかった。相当な腕だということ良くわかるし、お客さんとのあいだの、ちょっとしたミゾ、そこから生じるラフで少し投げやりな感じ。いいえ、不快ではなくてね。余裕だろうな。聴いてて疲れません。

アンコールで演奏されたショスタコーヴィチのワルツ、ごく小さな曲ですが、私には新鮮、というか、ショスタコーヴィチってまともに聴いたことがない、聴こうとも思わなかった。
この曲がたまたまそうなのかも知れませんが、暗くて悲しくて憂鬱な曲ですねえ。スターリンのあの髭と、それから、チェチェンなんて文字が一瞬よぎったな。というような浅薄な連想が、歴史の読み方を歪めるんでしょうけれど。

話はさかのぼって、これはウチのコンサート、いやコンサートではなくて文学講座、だけど津軽三味線。先日の「津軽を訪ねる」連続講座の第3講。講師を務めてくださった相蘇錦栄師。話がうまい。錦栄師は、本職は町の電気屋さん。だからマイクの使い方も手慣れたもの。PAも手際よく調整される。太棹の一節、二節まじえるごとに、調子がとんとんとはずんできます。相方務める奥様は、かつて北海道の民謡五冠王。文字どおりの女王様だが、この日の錦栄師はTシャツ姿、五冠の女王もスッピンに普段着。どこからみても、電気屋のおじちゃん、おばちゃん(失礼、じゃないか)。それがね、「立って歌わないと、やっぱり声が出ないかな」なんてつぶやきながら、じょんから、あいや、を楽々と。「オレがいうのも何ですが、あいや節歌わせたら、いまでも北海道で家内の右にでる人ないと思うよ」「今晩、何が食べたいの」なんて、掛け合いもまことに庶民。さらりと笑わせる。
自分で小太鼓打ちながら、曲の合間にペットボトルで喉うるおしてね。
というような話を、きのう久しぶりに寄ってくれた富田さんに話したら、「カッコいいですねえ」。
そうだよ、かっこいいとは、このことだ。

ということで、昨年の異色デュオ。ドイツ住まいの小説家とジャズピアニスト。多和田葉子さんのただものならぬ佇まいもさることながら、やはり圧倒的な迫力、存在感を示してくれたかっこいい女の極めつけ。高瀬アキさんの、今回はソロコンサート。来月10月3日(日)午後6時30分から遊人002で。前売り券2000円は、小樽文学館で発売しておりますよ。

かっこいいのはみな女。女は迫力、男は哀愁、かな。秋深む、字余り、って、何のことだ。

9月18日
■きょうの文学講座「津軽三味線と津軽の民謡」は、話もおもしろく、かつ実演がもう大迫力。三味線もさることがながら、特別出演の奥様、相蘇貴子さん、さすがに前人未踏の北海道民謡大会五冠王の実力発揮。この日の「分庁舎第一研修室」は、熱狂のライブハウスと化しました。体温二度アップして、もう皆様津軽モードにセットアップ完了。あと一日、あと一日お待ちします。絶対後悔しない津軽の旅。ぜひご一緒しましょう。お申し込みは明日(19日)までね。相蘇錦栄さんお墨付きの津軽三味線ライブハウスも予約入れときます!

文学館のリサイクル古本コーナー、さっきみたら作家別に整然と並べられてる。本そのものは、まあ、ひいき目に見ても百円均一ものだから、ゴッチャに積み上げられているほうがふさわしいのかも知れないけれど、こうやって整然と並べられていると、何だか可笑しい。定価半額の新古書店風でも、昔ながらの古本屋風でももちろんない、これはもう小樽文学館式古本屋としかいいようがないな。こんなマメな仕事を黙ってやっていってくれるのは、小路君以外にないだろう。
マンガ『赤ちゃんと僕』はあと18巻だけ見つかればオオゾロイ(っていうのかな)、つまり18巻がキキメ(っていうのかな)。18巻だけハホン(っていうのかな)でお持ちの方、ぜひご提供くださいな。もっとも見事そろえばセドラレル(っていうのかな)かも、スリリングですね。以上、業界用語に興味を持たれた方は、ぜひ「小樽・札幌古本屋物語」にお越しください。

9月16日
■また10日以上空いてしまいました。この間の大きな出来事といえば、台風18号、北大のポプラ並木が半分近く横たわっている航空写真がインパクトありましたが、文学館周辺は大きな被害はありませんでした。

幸いにも、というのも不謹慎。11日には塩谷・余市方面へ文学碑めぐりというものに出かけたのですが、まず水天宮の石川啄木歌碑、三ツ谷謡村句碑、河邨文一郎詩碑、どれもこれも大木がまともに倒れかけたり、折れた枝がかぶさったり。とりわけ河邨文一郎さんの詩碑、一原有徳さんの設計した斬新なデザインの分厚い鋼鉄製の碑でなければ、崩れていたかもしれません。一原さんと河邨さんの強靱なコラボレーションが、大風と大木をはね除けたのか知らん、と妙なところに感心。
さらに仁木・余市へ至って絶句。リンゴが地面に敷きつめられ、棚ごとブドウがなぎ倒されており、ビニールハウスはすべて骨だけになって。水産博物館に寄ったのですが、屋上の看板もいくつか倒れていました。館長さんはじめ皆さん作業着姿。学芸員の浅野さんと少しお話したのですが、「壊滅です。役場の職員は休日返上で、農家の手助けに向かっています」と短めに。この日は、台風一過、抜けるような青空だったのですが、ノンキに文学散歩などしているのが、もうしわけなくなってしまった。

文学館、損害はなかったといえど、埠頭の倉庫の屋根がめくれて、「雨漏りしてますよ」と観光課から電話。その倉庫のなかにしつらえた映画「天国の本屋」のロケセット。ここの本棚を埋めるのに文学館のリサイクル古本も提供しているので、その見返りにセットの裏側、みえないところに古本のストックも置かせてもらっている。それが一部濡れてしまったので、急いで場所移動。
やっぱり古本を提供していた岩田書店さんの本もあり、私がトロトロと本を動かしているあいだに、手早く大量の本を安全な場所に避難。岩田さん、ご自分の家の屋根も剥がれた、というのに。
私、今回の展覧会で何人かの古本屋さんと行動ともにすることがありましたが、皆さんの活力、集中力に驚嘆することしきり。外見に似合わず、といえば失礼だが、体育会系(登山系かな)じゃなきゃ務まらない仕事でもあるようです。

というところで、台風の報告は一応終了。老朽化した文学館を心配(いや、きっと)してくださった皆様、とりあえず概ね無事でしたよ、ありがとうございました。

文学散歩に、ちょっと戻りますが、この日も同行してくれた亀井館長、文学散歩というものにすっかり嵌ったようです。来年の伊藤整展に連動させた壮大な文学散歩(地味だけど)のプランを立て始めました。おもしろいです。詳細は、また追って。それにしても、あの亀井秀雄氏が文学散歩に、と私などは(研究者としての亀井氏を知る人は私同様でしょうが)ある種の感慨にとらわれつつ、けれども実に納得もできるのでした。なぜ納得できるか、それも、ま、追々と。

先日いらした小・中学校の先生たちに向かって、子供たちを文学館に連れてくるなど実に困難なこと、というようなことを話していたのですが、昨日5、6人で来た小学生、何か質問用意してきたの?(たいてい用意してきてるのです)顔見あわせて、「いえ、観てから……」。そう、じゃゆっくりみといで。あとで聞きたいことがあったら、答えてあげる。ああ、そこは古本屋さんの街、知ってる?古本屋さんって、ちょっと前の本を安く売ってるだけじゃないってこと。古い本でもずいぶん高いのもあるんだよ。なんてちょこっと説明して、あと放っておいたのですが。
この子たち、リサイクル古本のところに貼りつけ。「あの、これ、いいんですか」。いいよ、きみらはただでいい。「でも」。じゃ10円。「でも、あの、それじゃ50円で」。
離れてはまた戻り、いきつもどりつ。ん、帰るの。「ありがとうございました」。これからどこへ行くの?「北のアイスクリーム屋さんへ」。ああそう。楽しそうだね。じゃあね。
質問、なかったな。そうかあ、小学生も古本好きなのか。こりゃちょっとした発見だ。

思い出したみたいに長くなるのは悪い癖だな。といいながら、10月2日(土)午後2時より講演してくださる石神井書林店主内堀弘さんからのメッセージを。

古本屋づくり・古本屋こわし
=頑固で、不便で、懐かしくて、どうしようもない場所=

石神井書林は1980年に生まれました。東京の郊外、住宅地の中にある小さな古本屋です。石神井書林はここで詩歌書の専門店になろうと思いました。資力も、知識も、後ろ盾もない二十代の若造がこんなことを考えても、これが新刊書店という大きなシステムの中でなら、全く相手にもされなかったでしょう。しかし、古書店は個人の「志」によって書店を実現できる希有な場所です。
ただし、それを実現するためには、既存の古書店を模倣するのではなく、むしろ、それを壊し、新しいカタチを作らなければなりません。
今でも、インターネット古書店、カフェを併設した古書店など新しい志が新しい古書店のカタチを求めています。
しかし、新しいカタチを探しながら、古書店はどこか変わりようもないものを持ち続けています。マニュアルやマーケッティングではなく、個人の志によって本を探し、蒐め続けることは、とても頑固なことです。そうして作られる書店は、分かりやすい場所ではなく、むしろ不便な場所であるかもしれません(しかし、豊かさは、いつも不便の裏側に貼り付いていると思うのですが)。
上記のテーマはこんなことから考えたものです。

内堀さんが喋るの?って、神保町界隈でも話題になっているそうな。楽しみですね。

9月5日
■さっそく千客万来なわけで、右往左往しているなかに南陽堂のご主人が。今回、出品してくださった若主人の父上で、札幌切っての老舗の二代目です。その先代は、弘南堂主人の父上でもありまして、つまり南陽堂の二代目と弘南堂主人はご兄弟。複雑ですか。
老舗ですから二代目南陽堂主人はご高齢。杖をついてはおられるが矍鑠としておられる。展覧会の感想は伺いませんでしたが、美術館の入館料が高い、と一言。これは仕方がありませんので、美術館はいま特別展の開催中であり、特別料金です。かたや文学館がやっている「古本屋物語展」は、常設展示のなかの企画物。で、通常料金。その通常料金が100円ですからね、ちょっと美術館の特別料金が目立ってしまうのでしょう。
ただ南陽堂主人のおっしゃりようがおもしろい。「私が昔扱ってた画家のもの並べてるんだもの。それで入場料とるなんて」。うーむ、そりゃご無体な。確かに昆虫関係の品揃えに力を入れておられる若主人の代になってから、あまり美術関係は扱っておられないようですが、かつての南陽堂さんは古銭、古鍔、錦絵を積極的に商っておられた。ときに油彩画も扱われたようです。ただし、美術館は美術品を展示しているのであって、商品を並べているのではありませんから、と胸のうちで反駁しているオノレの欺瞞にも気付かされる。

美術館で、ねえ、この絵って高いんでしょ、家一軒建つくらい?などと声高におしゃべりなさるのは、たしなみがないとされます。とはいえ、誰もが胸のうちでチラと考える。「高いんだよな、ゴッホって。あの生命保険の会長さん買ったの、いくらだったっけ」。
文学館で小林多喜二の直筆に感動しながら「セリにかければいくらで落ちるだろう」などと考えるのは更にはしたない。というのもまた欺瞞。
でそのような自己欺瞞、偽善をきれいさっぱり払拭しておられる、おられねばならないのが画商さんであり古書籍商さん。
何をいわんとしているのか。やっぱりね、今回、古い本の展覧会ではなく、「古本屋さん」の展覧会であるというからには、お値段を出すのが本当ではないか、と思えてきた。
例えば、絶版マンガ専門のジャンクマウスさんが出品されたこの手塚治虫とこの手塚治虫は、どこが違うのか、さらにブックス1/2さんではどうか。そこをださないと商品としての古本、商売としての古本屋さんとは何かが、伝わらないですね。

うーん、どうしましょうか。前代未聞だなあ、値段付きの文学展。

9月3日
■昨夜は予定どおりというか、案の定徹夜になりました。お昼前後であったか、薫風書林さんがウィトゲンシュタインの額入り肖像写真を届けてくださり、展示も「いいですねえ」とおっしゃって、お帰りになりました。「ぱんぢゅう」を差し入れてくださったのも薫風さんだったのでしょうか。

午後からケルン書房さん、ご夫妻でびっしり展示作業。おそらく空想のディスプレー何度も反芻されたに違いない。これはお見事というほかなし。

ご夫妻がお帰りになってからいらした夢書房さん、マッチや映画のパンフレット、雑誌などをとりあえず並べたケースをご覧になって、少し不満顔。「ケルンさん、めだってるよね。オレだって前から自分でやるつもりだったら、いろいろ考えたさ。こんな並べ方、オレがこないだしゃべったこと、何にも表れてないじゃない」。すみません、お出でになるのお待ちしてました。「適当に並べるんだったら、最初からやらせてよ」。
ひとしきり、ケースと格闘されておられた夢書房さん、「玉川さん、もうフタ閉めていいよ。なんか、暗くなったかも知れないな。初めの方が良かったのかな」。心なしか、意気消沈。いやー、そんなことないですよ。やっぱりご本人が並べるのは、ぜんぜん違います。これは、もう夢書房さんしか表現できない思い入れ。

午後7時にサッポロ堂さんが角口書店さん伴って到着。サッポロ堂さんから今朝届いた箱に入っていたセロテープとかマジックペンとか、てっきり今日の作業のための道具かと思っていましたが、角口さんのインターネット仕事場再現のための小道具だったのですね。でも、このスチールの棚と机とポンコツのパソコンとありあわせの本で、ほんとにできますの?

9時近くに、やっと岩田書店さん到着。オジさんのご葬儀済ませ、今日は朝からお店につかれ、ようやく店を閉めて、どういうわけか大きな西瓜ぶらさげて。
岩田書店さんの本は、もうすっかり治まっていたのですが、なんだかすっきりしすぎて、寂しい。岩田さんはしばらく腕組みなさるように思案。書棚とケースのわずかの隙間にむりやり手を伸ばしながら、ほとんど根本的に展示替え。午前4時までかかったんだな、これが。

皆さんそうですが、ご自分でのめり込みだすと、けっしてすっきりとは治まらない。過剰になります。でも、これでこそ古本屋。ほんとは出品全店に自らディスプレーしていただければ良かったのですが。

私自身は、もはや面白いのか面白くないのかも判然としなくなったまま、とりあえず完了。って、ご挨拶パネルもキャプションもありませんが。もっと大事なパンフレットもね。

で、開館いちばん、そのパンフレットにご寄稿いただいた堅田精司さんが、まさか。
あ、あの、オープンに間に合いませんで。「いいよ、いいよ。へえ、こんな小樽新聞あったんだ」。岩田書店さんが、ご自分で壁にはったのですね。堅田さん、気になりますが、あとは特に何もおっしゃらず。あ、あの、今回は、お遊びの展覧会でして……。堅田さん、それには委細構わず、別の話を。「大正末期から昭和はじめの小樽って、ほんとに妙な人材、いっぱい出していてね。この連中の文学、っていうより、細切れの雑文の山だけどね、集めておくといいぞ。まず『海鳥』とか『社会芸術』とかに書いてる連中をしっかり追跡しておくことだ」。私はすでに汗まみれ。「一人に焦点合わせれば、四方八方につながるからね、そのつど資料を押さえながら適当にならないように」。汗。「伊藤整も、『雪明りの路』の恋愛を追ってみるといい」。これには飛びつく。偶然かも知れませんが、亀井館長も同じことをいっていた。

もう開き直ってしまいますが、私は自らの信念において腰の据わった調査研究などできません。でも展覧会のためならできるだけのことはしよう。その目的があれば、私にもできるかも、腰の据わった調査研究(短期のね)。

堅田さん、お帰りになる前に「古本屋展、なんてどんな風にやるのか、と思ってたんだ。もういちど見にくるよ」。うーむ、少しは面白がってくださったのか……。

9月1日
■古本屋物語展、いよいよ明後日オープンで、きょうは飛び入りボランティア(ちょっと見学のおつもりだったのかも知れませんが)のヨシダさん、すっかり使ってしまってすみませんでした。大助かりです。せんだってボランティアメンバーに登録してくださったばかりの和平さんも。
常連ボランティアだった富田さんも、田中さんも、今はなかなか時間が自由にならなくなりまして、無理はお願いできません。大学生の小路君も、北京に一カ月ほど滞在、語学勉強中。
ほんとに切実なのです。ボランティアのお力添え。さらに小声でつけくわえれば、安心して仕事を託せるボランティアのお力。
明晩は、徹夜作業必至。私も2、3年前までのように一週間泊まり込みみたいなマネは出来なくなりましたが、一晩だけの徹夜ぐらいはできるであろう。たまたまこの日記が目に触れた皆様、明日遊びにおいでになりませんか。いったい、何をやっているのか。ちょっと手を貸してくださいませんか、が、つい明け方まで、になっても私は知りませんが。さあ、きょうは早く寝なければ。