よもやま日記

過去の日記へ

文責/市立小樽文学館・玉川薫
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10月27日
■夏休みの最終日。朝から雪が降っていて、三輪バイクで出動ですが(泣)。

午後3時頃、亀井館長の部屋におりましたら、ひょっこりノーマ・フィールドさんが現れ、「玉川さんから前に10月末には雪が降りますよ、っていわれ、オドカシかな、と思ってましたら、ほんとに雪が降りましたね」。弘前では、今年の桜を見て、土地のご老人が、今年は強い風が吹く、大雪が降る、って告げられたそうですよ。
ノーマさんは、小林多喜二の読書会というものを考えたり、小樽のいろんな人たちに会いたがったり、あいかわらず、誰にも迷惑をかけぬよう、実に細かな気配りをなさるのだけれど、そのエネルギーが溢れて、眩しいようです。さっきも、美術館の学芸員の星田さんに会いたい、とおっしゃるのだが、星田さんはいつ戻るかわからない、そろそろお休みに入るし、などと話しているところに、星田さんが入ってきた。これはつまりノーマさんは念が強い、ということですね。強く願うから、人が引かれる(マジな話です)。
ノーマさん、向こう一年、私、およびこの文学館、あるいは小樽の街にとっての「トリックスター」になるのかも。私がかつてトリックスターと呼んだ、「古本武闘派オヤジ」Sさん(そういえば、姿みせないな。古本展、古本市、飛んできそうなのに)、そのSさんとノーマさんを同じように喩えるのは、飛んでもないことかも知れませんが、ご本人が意識しようとしまいと、その行動力が、私たちの安住を混乱させる。テリトリーを乱す。見なかった振りをしているところに、私たちを直面させる。

少しドキドキしながらも、ノーマさんとの一年間を、私はとっても楽しみにしております。

10月23日
■実は、私はただいま「夏季休暇」中であり、にもかかわらず本日も文学館におり、しかも外はシグレ、この寒さはミゾレか。夏休み気分ほど遠し。
家にいてもしょうがない。娘に「オヤジ、自分探しの旅にでも出たらどうだ」といわれましたが、オマエにいわれる筋合いなし。

文学館にきているのは、月一回定例の「製本教室」の日だからでもあります。たった二年たらずで、みごとに「自立したボランティア」になってくださいましたから、もう私の出番はほとんどない。けれども、初めと終わりのあいさつくらいはしなければ。
今回は何を作るか。はじめて地元作家の本。小樽市在住の詩人、高橋明子さんの詩集『蜜蜂の記憶』を限定40部ということで。手作り本ながら、既刊詩集からの自選作品と、新たに書き下ろしてくださった数編加えた、高橋さんにとっても今の時点での〈集大成〉。
というようなお話をしているうちに、先日ひょんなこと(古本イベントにいらしていたご主人が、小銭入れを落とされた)から知り合いになった岩間さんが来てくださいました。これも何となく雑談しているうちに知ったのですが、岩間さんはまったくの独学で本作りをマスター。今では知人から注文相次ぎ追いつかないほどの腕。それは先日、岩間さんの本をみた北間先生が唸ったほど。その岩間さんが考え出したのが、てもとの布きれをクロス装の材料にするために、簡単に裏打ちをする方法。持ってきた布をプラスチックの画板に貼り付け、普通の半紙をボンド、刷毛を使って、皆さんの目の前で、あっというまに裏打ち完了。道具はだいたい100円ショップでそろえることができるそうです。
それで私から皆さんに呼び掛け。家にある布きれのなかから、本の表紙によさげな布きれを次回(11月27日1時30分から)にお持ちください。岩間さんもまた来てくださるそうなので、少し時間を割いて、「裏打ち」を、いっしょにやってみましょう。本の装幀だけでなく、岩間さんは裏打ちした布をカットして、ご自分の名刺を作っておられる。特製のハガキなどもできそうですね。これで、一冊一冊「造本家」のセンスを生かした本作りの幅が広がる、広がる。

高橋さんの詩集は次回に完成させるのですが、次々回の本作りについて北間先生からご提案。2005年度小樽文学館特製ポケットダイアリー(メモ帳)を作ろう。その提案、いただきます。いろんな付録をてんこ盛りにしたいな。

この製本教室、今回も初めてみるお顔が二人ほど。友達から聞いた、新聞でみた、とのことですが、北間先生はじめ指導陣の懐深し。未経験者、途中参加、大歓迎です。

10月21日
■先日の津軽旅行まで、ほぼ切れ目なしのイベントでさすがに疲れあり、きょうは平日ですが一日休みをとらせてもらいました。それでまた札幌行き。休みといえど、仕事絡みで古本屋さんを訪ねたあと、前からいちど入ってみたかったところへ。そこは「マンガ喫茶」。

札幌には何軒かあるようですが、蔵書数などどこがどうか、よく分からぬ。ネットで調べていたら、なかみはともかく、店名が気になるところを発見。その名も、「帝国図書館」(やや爆)。場所は北19条。懐かしいといえば懐かしくないこともない一帯。私が札幌に来て最初に住んだのは、新琴似の当時タマネギ畑のまんなかみたいなところ。次に移り住んだのは北18条、大学の教養部の近く。道路から奥まった、いまどき見かけないような共同流し(トタン張り)の貸間でした。道路がずいぶん幅広くなりましたねー。けれども界隈の全体的に安っぽい(失礼)佇まいは変化なし。マンガ喫茶もとけ込んでおります。

マンガ喫茶で何を読む。これも前から少し気になっていた本。娘たちは新刊が出るたびに友達から借りては読んでいたので、私は読み損ねていた。浦沢直樹氏の『20世紀少年』。既刊16冊一気読みです。4時間15分、思ったより時間が、かかったな。料金1時間300円で、計1300円。うーむ、微妙か。
私はマンガについてのある説を思い出した。私の世代のマンガ人間は少年時代の原体験によって二つに分けられる。すなわち手塚治虫派(メジャー)と水木しげる派(マイナー)、って誰の説だ。浦沢直樹氏は手塚治虫の流れを正当に汲む作家。おもしろい、うまい、文句なし。けれども水木しげるの「悪魔くん」からトラウマ受けた私には一定以上には、のめり込めません。
気分転換にはなりませんでした。疲れもまだとれぬ。もっとも私は喫茶店でマンガ読みふけり、外へ出てみると既に夕闇が、というあの空漠たる徒労感を、ずいぶん久しぶりに味わいにも行ったようなものなので。
また行きますけども。もひとつまとめ読みしたいのがある。「風の谷のナウシカ」、宮崎駿の最高作の声高いコミック版。実は私ジブリのアニメをほとんどまともに観ていない。何故か常に微かに覚える抵抗感。それを払拭するために、あるいは確認するためにね。どっか不純ですか。

10月19日
■津軽旅行から帰ってまいりました。一行19人の半ば以上が70歳を超えておられるのですが、皆さん、元気、元気。竜飛岬名物の「階段国道」(私は、存じませんでした。一部が階段になっている「国道」がある。へえ!へえ!トリビアの泉、ですね)を駆け上がり駆け下り。さらに竜飛名物、県予算三千万円を傾注したという(ほんと?)「津軽海峡冬景色」碑のボタンを押せば、石川さゆりさんの歌が本州最北端の岬に鳴りわたり。

いい旅だったのです。蟹田から今別、貞伝和尚ゆかりの本覚寺。この古いお寺の今の本堂を寄進したのは、小樽の網元、倉庫業者、大富豪であった木村円吉氏。木村氏の倉庫の一つが、小樽で有名な北一硝子の三号館。じゃあ、本覚寺と北一三号館は兄弟建築?いわれてみれば、このお堂、外観がまるで小樽の網元の家じゃないか。「私は、ほつとして、お寺の山門を見上げたりなどしたが、別段すぐれた建築とも見えなかつた。『たいしたお寺でもないぢやないか。』と私は小声でN君に言つた。『いやいや、いやいや。外観よりも内容がいいんだ。とにかく、お寺へはひつて坊さんの説明でも聞きませう』。」(太宰治『津軽』より)
なるほどねえ、太宰が案内された今別のお寺と、小樽の北一硝子三号館がまっすぐつながるなんて。

この旅、いちばんの収穫というか、強烈な印象を残してくれたのは、この日、小泊から竜飛のホテルに来てくださって、夕食後、私たちに津軽の昔話を聞かせてくださった対馬てみさん。私、失礼ながら、津軽弁で昔話を語ってくださるということ、それからそのお名前とから、勝手に、そうとうご高齢の方と想像していた。お歳をうかがったら、私とほとんど違わないじゃないか!ご本人の印象は、むしろもっと若々しく、無邪気に朗らか。語りはじめても、その印象かわらないのだけれど、私は、そして一行全員が胸打たれました。まちがいなく、これがムクの昔話。滑稽で、哀れで、残酷で、夢のよう。
それにしても不思議。私には、昔話というのは活字の世界以外になかった。来年米寿を迎える私の母はおろか、私が小学校二年生くらいのころに亡くなった祖母からも、こんなふうな昔話を聞かされた記憶絶無。父方の祖父母は顔もよく知らないが、少なくとも対馬さんのように、すべてのディテールとリズム、イントネーションまでインプットされるほどの「語り手」が、私の周辺にいたなどとは、思いもよらない。対馬さんと私が育ったのは、同じニッポン、同じ時代なのに、まったくの異空間であったような気さえします。
私に先入観をもたせてしまったもう一つの因であるお名前のことですが、「てみ」というそのお名前、お父様がつけられたそうで、お父様はかつて小樽で過ごされたことがあるそうな。そのお父様が、「小樽はわすれられないところだ。そこに手宮という美しい場所があった」と語られた。もうご想像がおつきでしょうが、「てみ」は、「手宮」からとったお名前。
「私は、まだ小樽へいったことはありませんが、」と、対馬てみさんは語られました。「手宮、という美しい場所を、いちど見てみたいと思っております」。

旅行のまえに漠然と想定していた、小樽と一気につながる津軽、をいきなり実感させられたわけですが、津軽で出会った、美しい人、美しい小樽。

添乗、の役目を、今回はすっかり山崎さん、沢田さんに任せきってしまったこともあって、私は終始やや朦朧、夢のような津軽の旅でした。

10月15日
■きょうの午前中は、文学館のほうは有休をとり、運河プラザで「国際絵本原画展」の展示作業。私も実行委員のひとりですから。去年の多和田葉子さん+高瀬アキさんのコラボレーション以来、すっかり実行委員づいてる私ですが、私の入る実行委員会は、メンバーが極めて少数なのが特徴。
最初のは5人、この前のは3人、今回は4人。

この展覧会、いいですよ。ヴェトナムとかイランの作家の仕事、私つくづく感心しました。イランなんて、悠久2500年、ペルシア帝国の裔だものね、洗練されきっていて当然。メディア客観視しているつもりでも、今のイランのイメージ、イラクのつぎにアメリカと戦争しそうな中東の国。よけいなキャプション一切抜きで、偏見先入観を眼から洗い流すとってもいい機会です。ぜひ。

明日から、3日間、津軽の旅。いくら何でもiBook担いでいきませんから、その間は、ものすごく久しぶり「こっち向いて!笑って!」で更新してみるかな。

10月14日
■午前10時、「玉川さーん、来ましたよ」。わあ、ノーマ・フィールドさん!そうか、10月14日には小樽に入る、って、前にメールでいただいてました。「とっても、お元気そう。副館長になられた直後とは随分違ってみえる」。そんな風にみえてたのかなあ。もうすっかり慣れました。だいたいネクタイ締めてれば、こなせてしまうようなことですから。「あははは」と笑われる。聡明さが、そのまま周囲を数ルクス明るくさせる人。
ノーマさんは、向こう一年間くらい小樽を足場にされ、いろんな調査、研究にあたられるらしい。ウィークリーマンションも決めてこられたそうです。「きょうは、これからリサイクルショップで生活のための道具類そろえるつもり。玉川さん、どこか良いお店ご存じありませんか」。ほんとに実用的なものをそろえるお店なら、私より千葉さんが詳しそうだ。午後もういちど文学館に寄られたノーマさんは、千葉さんからリサイクルショップ情報をだいぶ仕込まれたようでした。
私が喫茶店物語展や、市場物語展で詳しくなったのは、リサイクルショップよりひとつ前のステップの場所。廃品回収業とか、タテバとか呼ばれるところね。商品というより、ほぼ粗大ゴミ。つけられてる値段も、きまぐれというかデタラメというか。掘り出し物なんて、めったにはありませんが、稀にある。えっ、と驚くようなものが。もっともこちらは初心者向けとはいいがたい。私だって、自分の家で使うものをこの手のお店でさがそうとは思いません。

それにつけても、きのう伺ったファブカフェ2階のお店。「十一月」(良い名前だ)。オーナーであるFAB cafe 夫人は、きのうも「仕入れ」のためにお留守だったわけですが、きっとこの手の「タテバ」もどんどん回られるのだろう。あのたおやかな奥様が、腕まくりして品定めなさっている様子、想像するとちょっと可笑しい。(勝手に想像するなよ、って話ですが)

聡明な女性は、優しく元気で美しい。

10月13日
■きょうは振替休館日の二日目で、文学館には出ず、札幌で午前中2件ほどの用事をすませ、その後、ひさしぶりに狸小路の端から端まで1丁目から8丁目まで歩いてみました。
私は札幌には5年間住んだことがありますが、街全体としては愛着を持つことができませんでした。懐かしさを感じない街です。こんなことをいうと叱られますね。ウチのファンには札幌の方がとても多いのに。
でも狸小路の端っこ。1丁目の、この辺りが私は大好き。今どき、「ファミコン・本屋」なんて看板。質流れ品のお店の看板には手書きのiMac。15年ずつぐらい遅れながら、この辺にもトレンドが来たり去るのね。それこそ札幌のローカル・トレンドらしいスープ・カレーとかの店には入ったことがありませんが、この辺にあった「デリー」のカシミールと、スープ・カレーとどう違うんだろう。あれ、まだあったんだ、「デリー」。ほんとうに久しぶりに入ってみたかったけど、ちょっと胃がへばりぎみなので、やめておきました。この店内に飾ってあった夏目房之介氏の四コママンガは、爆!ものだったけど、まだあるんだろうか。
ずうっと歩いて、やっぱり好きな8丁目。「デリー」ほどじゃないけど、ちょっと久しぶりのFAB cafe。2時ごろって、カフェの空白時間か。客は私一人。若い人が二人、てきぱき働いておりますが、マスターはキッチンの隅で居眠りをしておられる。よほどお疲れになっている様子なので、ご挨拶しようかどうかためらいながら、声をかけずに外へ出る。外に置いてある古い木の椅子に値札がついてあるのに気がついて、脇を見ますと、おや、いつから2階が雑貨屋さんになったんだろう。「十一月」って、不思議な名前。
薄暗い階段を上がりますと、古い食器や、飾り物が踊り場にほんの少し置いてあって、ちょっぴりがっかり。ドアが閉まっていて小さな看板が掛かっていました。このお店のご主人は、きょうは仕入れのためお休みらしい。わずかとはいえ、商品出しっぱなしにして、だいじょうぶなんだろうか。「ご奉仕品」?のワゴンのなかに、クラシックな食器掛けのようなものがあり、え、250円?
帰りかけましたが、「夢喫茶」に飾っても悪くないな、と思い、FAB cafeに再入店。マスターも目を覚まされ、若い方がお店を開けてくださいました。
で、目を瞠った。雑貨店というよりは、やっぱり古道具屋さん、ほとんど小物で文房具とかキッチンで使われたものとか、小さな商店で使われてたらしい用途不明のものとか、ガラクタも含めて量も十分。通りがわは少し空間をとってあり、いろいろな古いテーブルや椅子が、適当に置かれている感じ。値段をみようとしてたら「そこは喫茶コーナーなんです」。へえ、ここでもお茶を飲めるんだ。
キッチン雑貨を積み上げてるところに入りかけたら、「そこ厨房です」。すみません、売り場と区別がつかない。ほんとうにたくさんの雑品小物(雑貨というより古道具というより、雑品がふさわしい)が無雑作にあちこちに積み上げているようだけど、すぐに気がついた。お店全体をコントロールしている優しいユーモア、あたたかいセンス。このお店をなさっているのは、女の方?
「ええ、下のカフェの奥さんですよ」。あ、やっぱり。お店はダイナミックでエネルギッシュでもあったから、奥さんとすぐには結びつかなかったんだけど。いわれてみれば、こんなお店を作れるのは、ファブカフェの奥様以外に、あり得ない。
FAB cafeというお店が、一軒似通った乱立・コジャレ「カフェ」とどこが違うか。モダンとノスタルジアが、なぜ20年以上も前からあったように、狸小路8丁目という街角に馴染んでいるか。その余裕のみなもと、かいま見たかな。
良いお店一軒で、街のポイントは三つくらい上がる。札幌に行く楽しみが一個増えました。ひとつ楽しみを発見すれば、私は展覧会のイメージがふくらむ。タイトルは決まりました。「雑貨店物語」?いや。「古道具屋物語」?いいえ。主人公は、滝口修造という詩人。小樽と関係ありますか。はい、タイトルがそのキーワードにもなってます。特別展「夢の文具店」。2007年度ぐらいかな(適当)。

10月11日
■先日、ひさしぶりに画家の三宅さんが見えました。「ガラス越しの古本屋なんて、つまらないだろう」とおっしゃっていた方だから、今度の「古本屋物語」展、ご興味なかったのだろう、と思ってたんだけど。
「おもしろかったよ」。良かった。この間の、石神井書林さんの講演も、とても好評でした。「え、内堀さん、来たの?会いたかったなあ」。ご存じなかった?ウチとしては、それなりに広報したほうだったのですが。新聞も、小さかったけど出してくれてましたし。「僕のところはM新聞だからね。地域情報は少し疎くなるな」。ああ。「内堀さん、会いたかったな。東京にいたころ、何度も店に足を運んだ。むこうは、僕のこと憶えてないだろうけどね」。私は、お店には行ったことがありません。「もう店はないよ。目録だけでしょ」。そうか。
「ところで、夢書房さんと連絡とりたいんだけど」。携帯電話の番号だけですが、それもときどき通じなくなります。「そうか、たいへんだね」。で、自然に、古本屋さんは貧乏だ、という話に(ごめんなさい、夢書房さんはじめ古本屋さんの皆様)。
「石神井書林さんとか、青猫書房さんとか、みんなほんとうに顧客が10人、20人という世界だったからな」。古本屋さん、って今でも車を持っておられない方も少なくないんですね。サッポロ堂さんも薫風書林さんも車を持っておられない。少しびっくりしました。車なしでできる商売だとは思えなかったから。「東京の、それなりに有名だけど小さな本屋さんなんて、仕入れはカバンに5、6冊電車で店に帰る、ってやり方だろう」。そんな商売で、よく食べていけますね。「そりゃ、貧乏だったろう」、と三宅さんはこともなげ。
私、この二、三日、ポジティヴ、ポジティヴとそれこそバカのように繰り返しておりますが、これはバブルのころ、それこそ軽薄に流行った「ポジティヴ・シンキング」とはかなりニュアンスの異なる、ビンボーなのに根拠不明の前向き思考というもの。多少のセンスがあれば、ちょこっとした思考の組み替えで贅沢貧乏は可能。

きょうは雨のなか、花園銀座商店街の皆様と水天宮の倒木の残骸を片づけに。その後、テントをたてて焼肉食べながら懇談。皆様、元気がよろしい。「レトロ主義宣言」ですから。
「妙見川どおり(水天宮に隣接する「メインストリート」のひとつ。今は〈小樽名物・お寿司屋さんビルディング〉が立ち並ぶ「寿司屋どおり」の方がとおりがいいのですが)って、川沿いの道って風情もなにもないよね、あんな風にほとんど暗渠にしちゃったからさ」。そりゃそうだ。なんで妙見川どおりっていうのかも分からなくなっております。「道路のコンクリート剥いじゃって、また川に戻そうよ」。ははは、そりゃ乱暴な。「もう団体さんがバスで乗りこんで、お寿司召し上がって、バタバタ急ぎ足の観光、って時代じゃない。歩けば歩くほど味の出る街でしょう」。そのとおりですね。妙見川再現運動。ビルディングのお寿司屋さんから、クレーム出なければいいけれど。

まあね、「斜陽の街」で、どこが悪かったんだ、ということです。悪くはなかったのね、ちょっと哀しい、でも何とも言えず安堵するようなノスタルジア。

「桜さんの絵、いいね。あんな絵を描くようになったんだ」と帰りがけに三宅さん。はっ、それじゃ親バカのお許し乞いながら、一枚貼り付けさせていただきます。

10月9日
■きょう文学館長室で、美術館・文学館両館長を交え少しシリアスな(ご想像のとおり、来年の予算絡みの)話をしておりましたところ、花園銀座商店街の方が亀井館長を訪ねてこられましたので、シリアスな話の方は、とりあえず打ち切りになりました。
しばらくして、亀井館長が私に、その花園銀座商店街の方のご用件を教えてくれました。それは明後日、10月11日(体育の日ですね。揺れ動くようになったから覚えにくいな)、水天宮境内の清掃と活性化懇談焼肉正味(賞味?)会を催すので、ぜひそれに参加していただき、その神社にまつわる文学の話でもしていただけないか、というご依頼だったそうです。亀井館長は、「私は行けないのだけど」と言いながら、なぜか楽しげに、私にその会の趣旨をまとめたプリントを見せてくれました。以下に、ところどころ抜粋してみます。

水天宮および周辺地域の整備と活性化
このたび、全国的にも歴史のある小樽の水天宮を見直そうということで、水天宮および周辺地域の整備と活性化をはかるべく、今回、つぎのような企画をいたしましたので皆様お誘いの上、ご参加お願いいたします。
境内の清掃と活性化懇談焼肉正味会
今回の台風における被害は水天宮にも多大な損害を与えました。木、塀の倒壊等と境内がたいへんに荒れています。つきましては境内ならびに周辺のお掃除をしながら、水天宮の認識をあらたに皆様と語ることができれば良いかなと思います。
10月11日午前11時 用意するもの ほうき、ちりとり、ひばさみ、軍手。12時30分より焼肉正味会。雨天決行 テント用意あり。

さらに添付資料がありまして

花園界隈統一プロジェクト『懐古(レトロ)主義宣言』
企画コンセプト
「小樽商人」魂よ、もう一度。
外部資本に頼ることなく、地域で新たな観光資源を発掘する。
大正末期、「小樽商人」と呼ばれた人々が(かなり中略)そこで、今いちど「小樽商人」の気骨を取り戻そうではありませんか。商人のまち小樽ならではの、いい意味でのしたたかさ、独創性に、地域の連帯感をプラスすれば、未来の繁栄も夢ではないのです。
時代遅れこそ小樽の魅力。
あえて洗練させないことが観光要素へとつながる。

(かなり前略)都市開発には、最新のデザイン、最先端の技術がつきものですが、所詮一過性のものではないでしょうか。そのたびに、巨額の富を投じて対抗していたのでは、キリがありません。
そこで、いっそのこと、時代遅れな意匠をあえて打ち出すことを新たな個性として発信させることを提案します。(何枚か中略)
まずは、水天宮の草刈、清掃など、地域ボランティアでできることから改革。
(後略)

いやあ、ポジティヴ・バカ、炸裂。水天宮の惨状は、先月の日記に、文学散歩報告として書き付けたとおりなのですが、宮司さんからは、この機会に(今までやや気の毒な場所に置かれていた)石川啄木の碑を境内に引き揚げることも検討したいとのお考えが示された由。大朗報ですね。災い転じて、とは文字どおり、このことか。明後日の会には、不肖私、館長代理として、ちりとり、ひばさみ持参で馳せ参じます。

10月8日
■きょう、市役所をもうだいぶ前に退職されたIさんがいらしてました。美術館でやっている市展をみがてら、ウチの古本屋物語展もご覧になって、それなりに楽しまれたような。
この方は、もう15年ほども昔のことになるかな、当時の私の上の上の上くらいの上司だったことがあり、その当時の話もなさっていたのですが、当時の美術館長(そのころは現在と違い、異動ともなう行政職)Oさんと東京へ行く機会があり、まっすぐ京橋のブリヂストン美術館に向かい、館の収蔵品のなかから1点だけでも、例えばルノワールの名作を小樽に貸していただけないか、と交渉をなさったそうな。
当時の私たちの感覚では、まことに突拍子もないなさり方であり、同行したO館長(この方も歴代の館長のなかでは、たいへん行動力とアイディアに富んだ方でした)も、さすがに慌てたらしい。警備の問題ひとつとっても、とうろたえるO館長に向かい、Iさんは、「だいじょうぶだよ、O君。会期中、ずっと絵の前で、オレと君とで寝ずの番をすればいい」。

まあ、ご本人の話ですから少し差っ引いて聞かねばなりませんが、ユカイですね。でもその当時の私が、それを聞いたらマユをしかめたろうな。1点豪華主義、典型的イナカの客寄せ展覧会。
もっとも、小樽、札幌はおろか、東京でだって、それを何度もやってます。古いところでは、ミロのヴィーナス、ダヴィンチのモナリザ。記憶に新しいところでは、ドラクロワの自由の女神。
私、ドラクロワのときは、たまたま上野公園を歩いてまして、時ならぬ長蛇の列を目撃、何事ならんと目を凝らせば、そこは東京国立博物館、『民衆を導く自由の女神』の特別公開だったのですね。思わず笑いました。
ヴィーナスのときも、モナリザのときも大騒ぎ、きっとこの様は世界中のメディアに載り、パリっ子の失笑買ったことは想像に難くない、と日本の識者はマユを顰めたことでしょう。識者ならぬ私も、上野公園の長蛇をみて嗤った。

でもね、今は違う。いいじゃないか、小樽美術館でルノワール。1点だけ、1週間だけでいい。経費もそれなら何とかなるかも知れない。ちょっと贅沢な演出するなら、絵の前でルノワールが大好きだったモーツァルトのクラヴィーアの演奏でも、どなたかにしていただくといい。
そんな企画、まともな学芸員がやることじゃないよ、ともいわれそうですが、でもね、まちがいなく幸せにします、小樽の人たちを、強烈に。

自戒を込めていうのでありますが、企画、企画って考えすぎじゃなかろうか。それも誰も批判しようのないリッパな結論を最初から設定した「企画」をね。
ここで突然、せんだっての石神井書林店主内堀弘さんのお話を思い出すのですが、内堀さんが心から感心したように話してくださった古本屋さんのお話。その古本屋さんが専門になさっているのは『自伝』。歴史上の有名人から、中小企業の社長さん、自称市民運動のリーダー、新興宗教のご関係者が得々延々と綴る長大な本とか、今流行りらしい(どこで流行っているのか知りませんが)『誰でも書ける自分史』とか。もう著者内容委細構わず。とにかくその在庫膨大。それを著者名五十音順に棚に並べておられるだけ。いってしまえば芸も曲もありません。な〜んにも考えていないなさり方。それは、凝りに凝った特集目録を作られる石神井書林さんとは対極の本屋さん、っていってもよさそうな。
でも、この本屋さんに石神井書林さんは、実に感心しておられる。何回訪ねても、すみからすみまで書棚眺めても、尽きぬ興味、湧き出ずるおもしろさ。
ここから得られる教訓、石神井書林さん曰く「古本屋は、古本屋自身が物語を作り完結させてはならぬ」。つまり物語を作るのは客であり、店主ではない。

あ、これって「ミュージアム」と同じじゃないか。といっても、石神井書林さんは豊かな物語を孕んだ目録作り止めないでしょうし、センエツながら私も小さな「物語」を夢見つづける。

ただくり返しになりますが、大きなインパクト与えて、あとは放りっぱなし、って乱暴なようだけど実はとっても良い方法。開かれた「展覧会」。そればっかりじゃ、ホントのバカだけど。

それにしても地方公務員(もちろん含む学芸員)、Iさんみたいに周囲をうろたえさせる「バカ」をしでかす人って、今みかけないなあ、ほんとうに。
いでよ、ボジティヴ・バカ。私?いや、これで「気弱な常識人」ですから……。

10月4日
■昨夜の高瀬アキさんのソロコンサートまで、立て続けにイベントやってきたのですが、身に沁みて学んだことあり。イベントの質以前に、私自身が完璧にイメージを作れぬようなイベントには関わるべきではない。フラチにも天才イチローのごとき口振り。フォアザチームなんてつまり組織に埋没した無責任。自分が納得できれば惨憺たる結果に陥ろうと何ら悔ゆることなし(by イチロー)。

ところでイチロー。絶賛の嵐なのは当然ながら、目を引いた大リーガーのイチロー評。違うチームの選手だったと思うが、図らずも同じ言い方。「あいつの凄いのは、目と手がシンクロしてることさ」。運動神経ブチ切れの私などには生涯無縁の世界のことだけど、目と手のシンクロってスポーツの基本じゃない?でも、それを敢えて口にするって、基本ではあるが、それが現実に成せるというのは実は人間ワザではないってことか。ポツリと吐かれるこの形容こそが、天才への胸の底からの嘆声だな。これに比べりゃ「ヤツが天才っていうけど、陰では凄い努力してんだよ」なんてのは、つまらぬ。とっくの昔に小林秀雄がいってる。「エジソンの、天才は1パーセントのひらめきと99パーセントの汗でできてる、なんて文句は、結局、天才しか天才ではあり得ぬとゆうてることや」(超うろ覚えだ)。

天才とボンクラの違いは何か。イメージがクリアか否かに尽きているのね。エッジの鮮やかなイメージ。モーツァルト、谷岡ヤスジ、桑田佳祐、一原有徳、そしてイチロー。
学生のころ、そばにいた男に、「完璧な自由は天才にしか与えられない」といったら、そいつはそんなバカな、という顔をしておりましたが、私は今でもそう思っています。われわれボンクラは、ほんの一瞬でもそのおこぼれに預かるだけで十分に幸せになれるのね。モーツァルトの旋律しかり、イチローの打球の軌跡しかり。

私がイチローになることはあり得なくとも、イチローになることを夢見ることくらいは許される。夢見るしかありませんが。輪郭も先もみえないこと、一生懸命やっております、ってアピールしたところで、私は幸せになれない、だれも幸せにできない。

昨夜のコンサートの打ち上げ(ちょっと悲しいウチアゲだった)で沼山さんと話していて、私不意に激しく思った。文学館を美しいノイズの液体で満たしてみたい、ってね。実現するぞ。けれども、その前に、いくら何でもこの辺で一服、だな。(弱気……)

10月3日
■きのうのイベント、いらしてくださった皆様、いかがでしたでしょうか。
まず「文美室(Boom Bee Room)」の定員が70人だということがわかりました。盛況、満員御礼です。入りきれない、のを心配したのは久しぶりだな。何とか収まって何より。

イベントそのものは予想どおり(ナマイキ?)良い内容。石神井書林内堀弘さんのお話は『山口昌男山脈』という発行部数2000の雑誌に再録されることになりました。会場にいらしていた山口昌男さん直々のご依頼。発行部数500のウチの館報に載せるよりは広範囲に読まれることが期待できるわけで、けっこうなお話。ウチは喜んで権利手放しました。
その山口さんは昨日学会があった稚内から6時間かけて、きのうの4時間のイベント最後まで席においでになったのですが、超人的な体力というべきか、ひょっとすると脳の部分部分が交替でお眠りになっているのか。たいへんな人であるのは間違いない。

山口さんは、きのうのイベントの「座談会」がいちばんおもしろかったそうな。「座談会」の主人公の皆様は、「あんな暗い座談会ってないよね」「そもそもあれって『座談会』っていえるの」と、心なし意気が上がりませんでしたが。でも、「司会」していた私が言うのも僭越ながら、あれはリアル。全体的にあえてノーテンキであろうとした今回の展覧会+イベント。そのなかでのリアルをかいま見せることができたのは、成功だった、と私は自画自賛しています。ご本人が意識しておっしゃったかどうか、けれども弘南堂の若主人が放たれた「15トンの古本ツブシ」(本殺し)という言葉は、一瞬会場を凍らせた。ねえ、古本屋さんって、ハードボイルド。

オークションが大盛り上がりなのは、計算済みというか、喜ばしき計算以上。やはり、というか薫風書林さんのキャラ爆発。夢さんもいい味出してましたよ。

私は、でも、どうしても長い時間店を空けることはできない、という二分の一さんの後ろ姿が気になったな。いい連携、していきましょう。今後とも。

10月1日
■明日のイベントに出ていただく札幌の古本屋さんに挨拶まわり。サッポロ堂さんは明日は客席でご覧の予定。パソコンのスクリーンセーバーが、このあいだサッポロ堂さんたちが主催した「読書の秋」イベントの会場写真になっていたのが微笑ましい。よっぽど嬉しかったんですね。
出るとき、入れ替わりに薫風書林さんが。でも、もう打ち合わせの必要はないな。薫風書林さん、ややミステリアスな雰囲気漂わせてますけれども、場の空気、瞬時に読むことのできる方とみた。シャイで控えめな方ですが、いざとなれば一人で場を作ることもできる人。明日の「振り手」、最大の役回り、安心して任せることができます。

続いて弘南堂の若主人、高木庄一さん。明日の役は古書市(これが正式の言い方らしい。セリのことですが)の歴史と知識の解説。みるからに知的な古書店の若主人にぴったりの役。明快な解説をぜひご期待。帰りかけたら、隣で話聞いていた先代が声かける。「明日の振りですが」。ギク。「札を入れても、ほんとには落とせないんでしょ」。え、ええ、まあ……。すぐ二代目がフォロー、「仕方ないよ、文学館のイベントだもの」。先代「本気になれないと、おもしろみがないなあ」。え、いや、そのへんはね、秘かに考えております。ウソでも真剣になってしまう仕掛けをね。ひとまずきょうは急ぎ退散。

その後、じゃんくまうすさん、ケルン書房さんを回り、小樽にもどってブックス1/2さんに。「玉川さん、ひとつだけ。松久邦夫というのは親父の名前なんです」。え、そうだったんですか。じゃ札幌で初めて半額商法始めたのは。「ええ、親父とその友達で」。そうだったのか、どうりで、ご主人、ちょっと若すぎるな、と。それで父上は。「3年前に亡くなりました」。ああ……。

明日はね、文学に遠いわけではないが、基本はショーバイのお話。辛気くさい話ではない。ユカイで、ひょっとしたら小さな得をするかも知れない、そんなお話。でも、ぜひ注意深く聞いててください。古本屋のご主人達のお話を。まあ浮世離れしたとも見えるスロービジネス。けれども、そこを一瞬駆け抜ける人生の深淵。

明日は4時間、長丁場を流すのは役不足ながら不肖私。さ、はやく寝なきゃ。前にも書いたな。サイクルが短くなったな。