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2月24日
■潮太鼓の音が聞こえる。これは地下の音楽室からね。そうか、きょうは木曜日か。もう一週間経ったんですね。伊藤滋さんの講演があった日から。
あの日の前日、私はハッと思い出した。木曜日の夜って、潮太鼓の練習の日。これは夜の7時過ぎから始まるので、そのこと知ってるのは、ウチでは私くらいか。それで、常日頃思っていた。木曜日の夜は、イベントはできないな、って。慌てて、合唱連盟の中村さんに電話したら、何のことはない、もう潮太鼓の方たちには了解ずみでした。私ごときが慌てるまでもなく、関係各位は隅々まで細心の準備をすすめていたわけですね。
その木曜日から一週間。いいイベントだった、とは先日書いたとおりですが、出演者、聴衆含めて、いちばん感激したのは、もともとの発起人のはずです。その方から、このイベントに関係した人たちの感想を募るメールをいただいたのですが、これに対しては反応思わしくなかったよう。メールをくださった方の気持ちもわかるし、良かった、良かった、でも、もう終わったことじゃないか、って思われるのも良くわかる。私は、まだご返事出していないのですが。
先日、亀井館長と文学館(ウチに限らず)の展示のことについて話していたのですが、詳しくは来月末頃発行予定の館報に掲載する館長の「文学館を考える」をお読みいただくこととして、館長曰く「思い入れが先行するきらいがあるよね」「まず思い入れがなければ、展示に力が入らないのはよく分かります。ただその展示が、はなから思い入れのない人たちを排除してしまうようでは困る」。
うーむ、耳が痛い。私など、思い入れ最重視学芸員ですから。ときに傍目を委細構わず暴走特急。とはいえ、最近はこれでも気を配る。思い入れを分かりやすく翻訳するような展示方法。オーソドックスな文学館的展示(「そもそもそれがヘン」と亀井館長はラジカルに問いかけてきたわけですが)と見せて、ときに困惑混乱のスパイスを振りかけるやり方。
で、企画展「校歌斉唱─立ち現れる故郷(ふるさと)」。その趣旨下記のごとし。
誰もが親しんできた学校校歌。その歌詞に読み込まれた風景によって、普遍的な故郷のイメージが浮かび上がってきます。小樽市内の小中学校、高校をはじめ、全国の小・中学校、高校・大学、さらに戦前の高等学校の寮歌なども集め、そこから見えてくるものを考察します。校歌制定にゆかりの品々(作詞者の原稿等)も展示、伊藤整、吉田一穂ら、小樽ゆかりの文学者が作詞した校歌も紹介します。
などもっともらしい趣意書は早めに作ったものの、あと2週間?! 思い入れ先行を自戒しつつも、私のやり方、まず思い入れをビジュアル化。それで向かった末広中学校。
昨年出席させていただいた卒業式(2004年3月15日)の記憶鮮やか。なかでも「三年間の思い出」というあのビデオ。きょう指導なさった先生たちのお話伺いましたら上映に17分かかったんですって。そんな長さ感じさせなかった。編集はMacを使ったものの、素材はほとんど生徒さん達が撮ったビデオや写真。「編集も三分の一は生徒がやったんですよ」。ほんとうですか!
ビデオ作成の話はとっても面白かったのですが、それは嫌でもこれから語るときがあろう。私がぜひ欲しかったのはまさに「校歌斉唱」のその映像。
「去年はいまいちだな」「固定もハンドカメラももうちょっと寄ってほしかったね」。それで一昨年のビデオまで出してくださる。ああ、これいいですね。カメラは上手にパンしているし、ズームで表情までよく分かる。
快く貸してくださったこのビデオ。これからこれを絵に描く。誰がって、私が。あと二週間じゃ家の娘にも頼めない(明日入試らしいし)。さて、高校卒業以来だな、絵を描くの。
2月18日
■きょうはハリマ君と、稲穂小学校へパイプ椅子200本をお返しに。アンチョクに考えておりましたが、持ってくるのと戻すのとは大違いなのですね。もちろん、戻す方が大変。
稲穂小学校の体育館はやや変則、2階部分にあります。椅子は大型キャリーに乗せられますが、どうしても階段を通らねばならず、そこは手で運ばねばならない。がんばって、いちどに6本。非力な私は4本が無難。それでも持ってくるときは、階段を降りて運んだ。返すときは昇るわけね。ここまでは誰でも気がつくが(私は気がつきませんでしたが)、もひとつ問題あり、それは雪。
駐車場から、体育館へ通じる裏口まで、今は雪に埋もれた細い通路。持ってくるときは椅子に雪がこびりついてもお構いなしでよかった。イベントの前日だったから、とりあえず文美室に放り込んでおけば、一晩で雪は乾きます。返すときには、そうはいかない。「体育館濡らしちゃ困りますよ」。そりゃ、そうだ。雪がつかぬためにはどうするか。ぶらさげるわけにはいきません。ぐいと引き上げ、身体に密着させ、細い雪道を慎重に歩かなければならない。それを200本!
「3時間はかかりますよ、タマガワさん」。あ、あ、そうだね。ヘルプ!だな。助っ人集合。まあ、人数さえ集まればあっという間の作業なんだけどね。とても気が利く人もいて、さっとブルーシート持ってきてもらったり、細い雪道を踏み固めて広げたり。私、こういう人みると、心から感心する。感心しながら、作業完了。何が完了って?「雪明りの思い出」。設営もたいへんだが、撤収もたいへん、という当たり前のお話なのですが、イベント終了すると、その時点で気が抜けますから、よけい大変なのね、撤収、原状復帰。
その「雪明りの思い出」の、ウチにとっての収穫。展示室をイベント会場にしたときの最大キャパシティが250席であることが判明したこと(館内のイベントとして空前の入場者だったわけです)。電柱一本取得したこと(マジ)。
伊藤滋さんのお話は、複雑。それが私にはおもしろかった。ご本人は、まったく似ていないかのごとき口振りでしたが、どうしても弟の礼さんに重なる。『伊藤整氏奮闘の生涯』や「かぼそい糸」の文章が浮かんでくる。「親父はね、人間関係を作ることに聡く、それを維持することに心を砕いた。それが彼の処世術。私が彼からより高く受け継いだのは、その能力だけ」。滋さんの口調はいかにも軽いが、その明るい口調から「人間関係」の苦味がふと喉をよぎる。
私、さきほど「伊藤整の仕事場」を「原状復帰」させていて、伊藤整氏独創の袋ファイル(ホンモノを写し取ったウチのスタッフ手製のニセモノですが)を片づけておりましたところ、「石川啄木」「内田魯庵」「明治の新聞」などという袋のタイトルに混じって、伊藤整氏とプライベートな関係のあった人たちの名前をタイトルにした袋がいくつか。伊藤整氏は、そのファイルの中身を胸のなかで慎重に慎重に加工を重ねながら、小説のモチーフにもしていきました。胃酸のように込み上げる、「人間関係」の苦さ、哀しみ。
と、まあ、原状復帰も無事終えて(まだたいへんなお仕事残しているご関係者も多々おいでのことと拝察しますが)、とりあえず、皆様ほんとうにお疲れさま、そして、ありがとうございました。いいイベントでしたよ。
2月16日
■北海道新聞社の方からお電話あり、同紙小樽市内版で連載していた「町シリーズ」(私、正確なタイトルを忘れた。でも、これは愛読しておりました。ウソではありません)を、展覧会にしませんか、とのお話。というか、これは連載始まってまもないころ、私の方から、ぜひに、と申し入れたプラン。もう一も二もなく喜んで、やりたいのですね。これは。
市場物語あたりから(ウチでやった「小樽市場物語」展、もともと道新さんの連載ルポから生まれた企画です)、小樽港シリーズ(これはまことに出色)、そして「町シリーズ」と、最近の市内版のルポルタージュ、とてもいい。
町シリーズは、たしか銭函・朝里地区から始まり、その挿絵を担当なさったのが菊地義美さんでしたから、すぐ眼を引きつけられました。菊地さんは、単行本にもまとめられた『市場物語』の挿絵を描かれた方で、ウチの「小樽市場物語」展でも、壁画のように巨大な「市場風景を」描いてくださった。絵ばかりではなく、独特の文字、文章もまことに巧い方です。市井の達人って、こういう人。
銭函のつぎは奥沢・天神地区。私が一時期暮らした町。こんな風にいったらアレだけど、この町全体がルポの対象となるなど、空前じゃあないかしら、絶後とはいいませんが。でも、とっても面白かった。
話飛ぶけど、来月半ばから「校歌斉唱─立ち現れる故郷」って企画展をやります。タイトルは我ながら気に入ってるんだけど、何もやってない、まだ……。ポツポツ市内の小学校の校歌の詞を打ってるだけね。そのなかの天神小学校校歌、これは作詞が小田觀螢さん。知る人ぞ知る大歌人ですが、小樽の小中学校の校歌の大半を作詞した方でもあります。どうしても紋切り型になりがちな校歌(そこが今回の企画の狙い目でもあるのですが)、けれどもさすがに小田觀螢氏、その学校の歴史、位置を実によく研究し、詞を書かれておられる。その小田觀螢作詞、天神小学校校歌、二番。
海をはるかにつづく畑
煙絶えない工場は
生気あふれるよい眺め
いそしめはげめ行く道に
光明るく満ちてくる
校歌の歌詞としては、ちょっと珍しい詩句だと思いますが、ね、まさに「立ち現れる故郷」。奥沢・天神地区って、ほんとにこういう町。「海をはるかにつづく畑、煙絶えない工場」、何でこんな景観が「立ち現れ」たのか、それが道新さんのルポでは丹念に調べ、聞き取られておりました。
「街のなかで対話が生まれる場所」シリーズ(前から勝手に名乗ってるのだけど、「小樽・札幌喫茶店物語」「小樽市場物語」「小樽・札幌古本屋物語」と続いた企画展のことね)だけじゃなく、街論、文学論、みんなそうなのですが、「真実は細部に宿る」。巨視的といえば聞こえはいいが、観念論、抽象論は実効性をもたぬ、とまでは申しませぬが、つまんない。少なくとも私には。
道新さん(市内版ね)のルポが面白かったのは、あえてまとめなかったから。まとめらしきものがあったとしても、おもしろいのは、テンデンバラバラの「各論」。無数の各論の集合体が「街論」ね。
例によって、まだ何にも中身考えてませんが、博物館(と小樽歴史研究会だったかな)の「街の語りべ」シリーズにも合流していただこうかしら。もう、あっちこっち便乗だな。体力衰えてますのでね。
2月7日
■日曜日。この数か月間、ちょっと別の用途に使われていた文美室(Boon-Bee-Room)がやっと開放されましたので、まず書棚設営。ボランティアの和平さん、おなじみ小路君に手伝ってもらい、ハリマ君と四人で、スチールの書棚を組み立て、山積みになっていたボール箱の古本をかたっぱしから並べていきます。書棚の収納力ってたいしたものね。山積みのボール箱が、ほとんど平になってしまいました。
ハリマ君「タマガワさん、飴いりますか」。おお、プロポリス飴。長野県産ね。古本のボール箱から、意外なものも出てくるわけです。賞味期限不明な食べ物は、とりあえず処分しましょう。
「漬け物もありましたよ」。野沢菜漬けですか。ご実家が長野県の方か。「そんなに前のじゃないみたいですよ」。これは賞味期限書いてあるね。……2年前じゃん。
「写真もありました」。ハガキとかも挟まってること、あるんだよね。写真ねえ、返しようもなかったりするしな……、何、これ?女子大生のフォークソングクラブ?いったい、いつのだよ。みんなの顔に、眼鏡描き込んでる。何か書きつけてるね。「さてここでもんだいです。くみちゃんはどれ?」。知るかよ。おもしろいから、文学館のコルク板に貼りつけておこうか。
でも、良かった。これで、亀井館長が韓国の学校に送るための古書のセレクト作業も始められるし、2月11、12、13日の「雪明りの夜の古本市(お蔵出し)」の準備も簡単にできますね。ありがとう、和平さん、小路君。
ええと、11日には企画展「伊藤整詩集『雪明りの路』の世界」も始まるのか、って人ごとか。ま、だいじょぶです。もういちいち説明しなくてもね、私のアタマの中にあること、夏秋さんも、石垣さんも、千葉さんもだいたい解り、私がウロウロしてても、しっかり準備すすめてくれる。これが、ウチのスタッフの能力ね。私のいちばんの自慢だな。
がらり変わって、マンガの話。私の好きな漫画家の一人、山松ゆうきち氏。ギャンブル・マンガで知られる人。主人公は99.9パーセント、土壇場で負けます。そしていきなりエンドマークが、「完」って。氏いわく、「だって、それが普通だもの」。「手塚治虫さん?あんまり好きじゃなかった、昔から」「何か、荒っぽくてね」。荒っぽい?「いや絵はていねいですけどね。ネームが荒っぽい」。ははは、なるほどね。
ネーム(セリフ)といえば、松本大洋の名作「ピンポン」。私、新装版の9冊本まで買ってしまい、いつも手の届くところにあるのですが、愛読者はことごとく、登場人物のセリフに感じ入る。好きなセリフ、いわせるだけで百論続出でしょ。まず満票入るのは、ペコの「スマイルが待ってんよ」あたりでしょうが、繰り返し読んでると、小さいセリフが身に沁みる。ちょっと、気づかなかったな、孔文革(チャイナ)が、星野に完敗したあとつぶやくセリフ、「清問風間同志好!(風間によろしく)」。中国語を学んでいるらしい若い人からの指摘あり、「清問」は「請問」のミスだろう、とのこと。さらに、外国人に「風間同志」って、どうかしら、とのこと。はじめのはともかく、「風間同志」は、松本大洋さん、敢えて使った、と私は思う。あのずっと前のシーン、廊下ですれ違った風間が、孔に差し出した手を、サングラスの孔が無視する。とがめるコーチに、孔が言い放つ。「嫌いだ、ああいうタイプは」。でも、孔は、そして風間も、わかっていたのね。自分たちが、同じタイプだ、って。苦悩を共にする同志だ、って。そして、その苦悩から解放してくれる「ヒーロー」が、あらわれたのかも知れない、って。当人のペコはキョトンとしておりましたが。
で、私がいちばん好きなのは、最初に読んだときも、今でも同じ。風間ドラゴンが、ペコとの白熱した試合で、アドバイスしようとするチームメートに浴びせる怒声。「ごちゃごちゃうるせえ!邪魔すんな!」。恐らく風間が、生まれていちども吐いたことのなかったセリフ。常勝(でなければならぬ)の苦痛から、解放された瞬間。「全身の細胞が狂喜している!」
すみません、「ピンポン」フリークじゃないと通じない話つらねて。でも、映画の前でも後でもいいから、ぜひ原作読んでくださいね。良ろしかったら、いつでもお貸しいたします。
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