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■7月28日
JJ's Cafe が、インターネット常接スポットでもあることは、ま、知る人ぞ知っているわけですが、知る人は、少〜しずつ殖えてきている気配あり。ネットリピーターですね。
そうなんだよ、って宣伝は一切しておりませんので、口コミでしょう。先日は、お二人の外人さん、その風体はあきらかにモ○モン教の宣教師さん(というのかしら)。話それますが、この人たちの装いは、私きらいじゃありません。質実剛健欧米版の典型的スタイル。真冬の足元は揃ってソレルのブーツ。夏の白シャツ、短めの頭髪。あまり誉めると、家までお出でになりかねませんので、やめときますが。
詳しくは知りませんが、フリーメールのチェックくらいはできるのでしょう。もちろん使用制限はしておりますが、ガチガチにはしていない。
ネットカフェにするつもりは毛頭ございません。ふるびたiMacが3台置いてあるだけなのは、中古で1台5000円程度であるからだけではなく、デザインがコンピュータ史上、やっぱり秀逸であるからだけではなく(ふたつとも有力な理由ではありますが)、「ネットカフェの雰囲気」を、iMac3台のたたずまいが拒んでいるからであります。
もっともこれは私の主観に過ぎませんので、「いやあ、オレにとっては十分快適なネットカフェだよ」というお客様まで拒むつもりも毛頭ございません。堅めの椅子で、使いづらい真ん丸マウス(iMacびいきの私もさすがにあれは、そう思う)で、サーフィンを堪能できる方に長居を注意したりもいたさない。
ところで、僅かに増殖しつつあるネットリピーターのなかでも、さらにほんの一握りの方は、ご自分の使い慣れたノートブックを持ち込まれる。先日来、一週間ほど続けていらした方は、私に輪を掛けたビギナーとお見受けしましたが、それでも延長コードとイーサケーブル貸してさしあげたら、ちょっと試行錯誤されたものの、何とか、ご愛用のiBookでメールチェックをなさってました。
JJ's Cafe のデザイナー、サトウ君はそもそも端末置くこと乗り気には見えませんでしたし、こうしたネットリピーターの利便など、さしたる関心なさそうだったのだけど、今朝から3台並んだiMacのあしもとに穴をあけたり、コードをひっぱったりしている。
え、電源とりつけてくれるの。「延長コード繋いだりしてるの、やりにくそうですし」。ありがたいね、喜ぶ人いると思うよ、少ないだろうけど。「ネット用のケーブルも、いちいちパソコンから外して使うの、めんどうでしょう」。いや、イーサケーブルなら、まだ一本別につけられるはずだよ。「そしたら、それをこっちに伸ばして、この棚をはずして、ここで自分のパソコン使えるようにする」。そうか、それ、いいね。でも、この格子状の「棚」、どこがはずれるようになってたんだっけ。「あれ、オレも忘れちゃった」。パズルみたいだね。まあ、そこまでやってみたい人には、それもできる、っていうことだ(実は、無線LANも走っております)。人を拒まず、人を選ぶのね。私がひそかに考えているところのJJ's
Cafe のコンセプトでもあります。
JJ's Cafe はサトウ君の細かいブラッシュアップによって、全国の文学館の、もとい、「公共空間」の、何処よりも美しい場所になりつつあります。それは、もう断言しても良い。
何回もいうけど、内に閉じた美しさじゃなく、外に開いた美しさ。不思議だな、サトウ君のセンスは、よりモダンにより繊細にではありますが、この建物の設計者、小坂秀雄の思想に通底しております。
かつて、この建物(旧小樽地方貯金局)に、一職員としてお勤めだった版画家、一原有徳さんに聞いたことがあるのですが、往時の貯金局では、その外観に大きな変化を来すような造作を加えることは、許されなかった。例え、仕事上不便だから、という、ごく現実的な理由があっても、手を加えるには上部機関の厳密な査定を経なければならなかった。
典型的官僚体質ね、っていわれそう、今なら。でも、私思う。それは正しかった。
一原有徳さんの展覧会をウチの美術館と文学館との共催でやったとき、イタズラ半分で、貯金局時代のエントランスと、今のエントランスを、同じ角度から、同じサイズの写真に引きのばして並べたことがありました。一目瞭然、醜い。無論、今のほうが。
さらにそうしてみると醜くしているものが、すべて後からつけ加えたものであることも実によくわかります。さらにそのつけ加えたものというのが……。
ここからは言葉を選ぶ必要があるのだけれど、「そのばしのぎの公共性」からボロボロと出てきたことがよくわかる。もう大急ぎでいってしまいますが、手すりの隙間を埋めるつもりらしい板とか、階段に並行して作った段差の小さな階段とか(不思議な景観をつくりました)、滑り止め?のジュータンとか。
気持ち、よくわかる。責められない。責められないけども、これはやっぱり公務員根性の産物。つまり「姑息」(正確な意味が知られていないって知られるようになった熟語ね)。障害を障がいと書き換えるごとき、そのばしのぎ。事故が起こる前に、苦情を持ち込まれる前に、って、実によく分かる。仕方もない、ような気がする。でもそれは思考停止をもたらすのですね。結果、おおかたの「公共空間」は、ずるずるとゆるゆると、とめどもなく、醜くなる。
こうして私はJJ's Cafe のデザインに、一切口を挟まぬようになりました。私も「公共性のぬるいワナ」から逃れられそうにはないから。もっともサトウ君のブラッシュアップは、常に私のイメージを先取りしてくれているのだけれど。
■7月16日
本日、連続講座「『本』のよもやま話」第4講、小樽朗読友の会の大塚稜子さんのお話「『本』とノーマライゼーション」。
タイトルからお分かりのように、小樽朗読友の会は、声に出して読む日本語、を楽しんだり、ピアノを伴奏に、自作の詩を延々と朗読して陶酔する(人を困らせる)会ではなく、障害者福祉のボランティアの会であります。
そういう会だし、こういうタイトルだから、「おもしろい話」を期待、というか予想していたわけではなかったのですが、兄はカランや(何だ、この変換)いや、豈図らんや、これがとってもおもしろかった。
大塚さんのキャラクター(あんまりニコニコなさらず、いっけん、ちょっと恐い)と、卓抜なユーモアのセンスもありまして、私は何回か声を上げて笑ってしまいました。
小樽朗読友の会の存在は、前から知ってはおりましたが、ウチが少々その会のお手伝い(もう、ほんとうに少々ですが)をすることになったのは、その会が小林多喜二全集や、伊藤整全集を録音テープのライブラリーになさるという事業を始めたから。
とりわけ伊藤整全集を全巻朗読、テープを作るというお話には仰天。
でも、きょう伺えば、会の人たちは、小林多喜二全集やったー、つぎは当然、伊藤整ね、という軽いノリだったそうな。
当然、始めてジゴクね。伊藤整全集全24巻、1巻平均六百数十頁、おそらく9ポ2段組、古本屋さんでいうところの真っ黒本。想像するに余りあります、悪戦苦闘。
吹き込み終えて、ずいぶん経ってから指摘される、あるいは気が付く。とんでもない誤読していたみたい、でもそれって、何処だった?巻き戻しても、巻き戻しても、見つからない、思い出せない。
やっと見つかったら、その前後吹き込まれた方は、もう会にはおられない(あるいは亡くなった……)。できるだけ似た声の方に訂正してもらい、そこに埋め込む、なんて作業が日常茶飯。
3段階の校正チェックを分担して行う、というシステムを作られたのも、伊藤整全集全巻録音が、きっかけだったそうです。
全部でテープ何本になったのか、聞き漏らしましたが、確か一本に収まる分量、せいぜい16頁って仰ってた。全24巻分のテープの量、計算してみてくださいな。
伊藤整が戦争中、満州旅行をして書いたエッセイがあるらしく(読んだことない……、恥)、当時の満州の地名、一切ルビがふられていない。「どなたか、『満州地名辞典』なんてご存じないですか」って、大塚さん真顔で仰ってました。それでも色々と調べて、何とかかんとか読み上げた。だいぶ経ってから、満州のことならオレに聞け、というオヤジさんに怒鳴り込まれたそうです。こんな読み方するわけない、満州暮らし長かったオレが誰より知っている、ってね。
でも大塚さん、近年、中国旅行されて、哈爾濱はハルビンかハルピンか、現地で聴けば、どっちとも全然違う、そもそもルビつけるの無理なんじゃない?という結論に。
まあ、そんなこと、山ほどありましょう。私たちが黙読するときは、一瞬気にはなるけれど、もう文字は文字として「読」んでしまいますから。
でも大塚さんたちは、調べます。調べざるを得ないわけね。普通名詞なら、まだいい。固有名詞ならば、それはフィクションか、あるいは実在の人物か。実在するなら誤読はとりわけ許されぬ、それで、しばしばウチに電話をくださったのですね。
でもそのご苦心は、イコール読書の楽しみを二倍にも三倍にもする作業。
きょうのお話、「奉仕」って言葉がもたらす重さ、昏さ(と感じること自体が偏見なわけですが)微塵もなかった。
「私、38歳で心臓の病気して、40歳で、この会のこと広報紙で知って、何となく始めたんだけど、これがおもしろくて、心臓のこと忘れてしまった。今でも、ときどきコトコトッて、妙な動き感じますが、ああ、まだ元気で動いてるんだな、ってしか思わない」。うーん。
大塚さんは、声の響きが「こんなだから」、「恋愛ものは回ってこなくて、評論みたいなのばかり回されてくる」そうですが、「鬼平犯科帳」の大ファンで、このシリーズ完読は、大満足だったとか。
現在取り組んでおられるのは伊藤整の『日本文壇史』(これも凄い話だ。講談社の超分厚い文庫本で全24冊ね)。漱石の見合いの話で、鏡子夫人が、漱石の鼻のアタマの痘痕の跡が気になった、とか、漱石は美人の鏡子さんの歯並びが少し気になったが、その歯並びを本人が気にしていないらしいのが気に入った、とか。そんな話がとっても面白いそうな。
私、前に、いわゆる読書会って、ややもすると排他的になる、みたいなことを書いて大変叱られたことがあるのですが、この小樽朗読友の会、フツーの読書会ではなく目的意識きわめて明瞭、理念は高い。それなのに(いや、だからこそ、なのでしょうが)実にオープン、実に明るい。
つまり、「小林多喜二全集」も「伊藤整全集」も、「蟹工船」も「氾濫」も、あるいは「鬼平犯科帳」も、読書の楽しみ、の前に、等価なのね。その楽しみは、障害あろうがなかろうが、ひとしなみに享受されなきゃならない、そのために「奉仕」するのね。
何か、回りくどい書き方だけど、「蟹工船」、「氾濫」、「鬼平犯科帳」、(ついでに「電車男」。吹き込み、買ってでてみるかな、自宅でやってたら、まず家族から退かれること必至_| ̄|○←使ってみました)読書の楽しみ、の前には等価なんだな。当たり前なんだけどね。朗読友の会のお仕事、としてそれが語られると、何だか実に新鮮。
だいじなこと書いておかなきゃ。小樽朗読友の会が作ってきた録音テープライブラリー(現在は、どんどんCD化を進めておられるそうですが)、年間利用数約7000冊分、テープにして約5万本、なぜか利用者は全国にわたり、その利用者数、全国公立のこの種のライブラリー(90以上あるらしい)のなかで、トップだそうです。
小樽発、小樽発、って口にする人いっぱいいるけど、こんな凄い日本一の小樽発、知らなかったの私だけ?
■7月7日
きょう小樽市のミュージアムの学芸員が集まって、会議がありました。そこから帰って(ついさっきですが)、いきなり来年の特別展のテーマが(天から降ってきたように)決まった(誰の決裁もいただいておりませんが)。これは特別の特別展で(何だ、この形容は)何というか、この数年、というよりも、ひょっとしたら私が小樽にやってきて、この文学館の仕事に就かせていただいて26年(来年は27年目か)、「この特別展」をやるために、ここの仕事を続けてきたような気がする。やっと「この特別展」が出来る、その資格を私、およびこの文学館は持ち得たと思う(ナミの文学館できないよ、こんなタイトルの「特別展」)。
とだけ、きょうは書いておきます。(天から降ってきた)その日を忘れないようにね。
2005年7月7日!だな。
■7月5日
手宮線こすり出し(OKABE MASAO SYNCHRO+CITY PROJECT 2005 Otaru WS)ひとまず終了。
小樽事務局(総員約1名)としては上首尾だったと思います。いや、もう大成功だったといってしまいましょう。
それで、ぜひ、いっておきたい。翌日の、北海道新聞(市内版ですが)の記事。津野慶記者の署名記事。
記事って、むつかしかろう、と思います。ときどき、同情もする。限られた紙面。とりあえず伝えるべきことは何か。デスクの意見。紙面レイアウト上の意見。事情はわかるが、それでも、うーん、これはいいから、あれだけは伝えてほしかったなあ、と思うことは、少なからずある。というか、それがほとんど。ま、仕方ないや、で、すぐに忘れるのですが。
でも、昨日(つまりWSの翌日、7月4日ね)の記事は良かった。ちょっと、びっくりするくらい良かった。あまり長く引用するわけにはいかないでしょうが、ちょっとだけ。これを見れば、記者は一個の表現者である、という当たり前のことを改めて考えもし、実のところ、そこの部分をさらに発展させていただく、という秘かなプランも抱いていたりするのですが、それはまた別の話だ。
(色内会場では)T学芸員(私だ)が解説。「擦り取ることで何が分かるんですか」という素朴な質問には「手宮線の歴史が見えます」と答えていた。国鉄で保線の経験が長かったOさん(68)は「三十年前を思い出した」と感慨に浸っていた。
観光客も飛び入りし、広島市のUさん(71)は妻と「何か探しているんですか」と参加。「兄が国鉄でした」と良い思い出になった様子だ。千葉県在住の英国人Dさん(50)も観光バスの出発までに仕上げ「すごい面白い」と喜んでいた。
ね、色内会場の雰囲気、よく伝わるでしょう。私が、保証します(何様?)。この記事、正確だ。
とりわけ、偶然通りかかった広島市(プロジェクト全体のなかでは特別の意味を持たせられている土地)のUさん(71)が、「何か探しているんですか」(深いセリフじゃないか)と入ってくるくだり。
私が初めから思っていたこと。この「こすり出し」は、とても簡単、とてもシンプルだからこそ、「コンセプト」を越える。「コンセプト」を超える拡がりと深みを持ちうる。
Oさんの「三十年前を思い出した」(何を思い出したのか触れないのが、いいですね)。観光バスの出発までに(署名とアドレスを強要して、危うくバスに遅らせそうにしたのは、この私だ)仕上げたイギリス人の「すごい面白い」のセリフも、シンプルだからこそ「すごく拡がる」可能性を感じさせるのね。
私、「小樽方式」に自信を深める。小樽文学館が係わったからこそ、小樽は良かったんだと、心から思っております。自信過剰?何をいまさら。
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