よもやま日記

過去の日記へ

文責/市立小樽文学館・玉川薫
直接メールくださるときは、こちらへ。


■9月25日
いい天気です。「市展日和」だな。えー、市展というのは、小樽市美術展(だったと思う)の略であり、昭和22年から続いているのであり、60年の歴史があるのですね、実は。
こういう市民美術展は、日本各地にあまたあると思いますが、それはもう本当に実力のある方も出品をなさるし、素人に毛の生えた、もとい、毛の抜けた、いや前言取り消し、まあ、ううむ、ぎりぎり入選ね、という方と、いわば玉石混淆。
展覧会に上下なし、と私などは言いたいのだが、『藝術新潮』で「市展」取り上げるってありえないですね。でも、やっぱり私は言いたい、展覧会に上下なし。
きょうその市展の審査・飾り付けというのをやる、ということのなので、私休みだけど、来てみた。別に頼まれたわけじゃないけど。
いきさつ、詳しく承知していませんが、これまで小樽市教育委員会に担当者もいて、準備段階から相当お手伝いをしていたのが、今回からほぼ全面的に市民主体に切り替える、ということらしい。そういうことは、これからもどんどん増えてくると思うのだけど、それは、はい、きょうから皆様に全権委譲、小樽市職員は一切関知いたしません、ってことじゃあないと思うのね。様子をみながら、ときには呼ばれてなくてもお手伝い買ってでる、だいじじゃないかな。
官から民へ、って流れは加速していくだろうし、それ、まちがってはいないと思う。ただ公務員が、みんながみんな昔から公権ふりかざし、なんてわけはないし、こないだうち連呼されてたみたいに何十万人束にして、社会の敵呼ばわりされるいわれもない。
公務員自身が縮こまって、もう私たちの出る幕ありません、関係ありませんからご勝手に、って、それこそ社会の損失です。雪に埋もれた山坂ばかりの小樽を郵政バイク駆って一日何十軒も手紙を配って回れる人間、どれほどいるか、ってことですが、これは話ずれた。

いや市展は楽しい。絵の良し悪しおいといても、私描いたの、あなた描いてるのね、この人知ってる、いや僕の娘なんだけど今度初めて、って世界ね。芸術とは呼べない、わけはない。描きたい、創りたい、みてもらいたい、喜んで欲しい、って芸術のムクのかたちは、こういうところにこそあり。
だから、むしろ、関わってもいいんじゃない、前以上に。呼ばれてなくてもさ、邪魔扱いされてもさ、地味にン十年やってきたのを、いきなり切り捨てる法はないです。お互いにね。

■9月17日
本のよもやま話、第5講目「市民の図書館」野口陽一さん。野口さん、昭和55年に小樽市に就職、というより市立小樽図書館に就職。それからずっと司書。私は昭和54年から、ずっと市立小樽文学館学芸員、ほぼ同じね。
でも野口さんは昨年4月から図書館事務長になりました。司書職に専念されていたときとは、自ずと図書館の今と将来をながめる視角にも変化を生じられたのではあるまいか、とも考え、5講目の講師、お願いしたわけです。

実直にして正確、野口さんの人柄どおりのお話で、実に解りやすい良い講義でした。さらに、講義終わってから、野口さんと雑談。大昔から気になっていたことですが、あの図書館独特の分類。
図書館3000年の歴史があるそうで、図書館学もとても古い学問。その学問の根幹が、いわばインクの染みついた古紙の膨大な束をマクロからミクロまで仕分けていく分類法。大学図書館には、この「NDC分類法」の巨大な表が壁に貼りつけてあり、それは「智の殿堂」のシンボルにも見えたのね。いや、見えたような気が……。

それで野口さんに質問。えー、本を買ったりもらったりすると、やっぱり図書館のスタッフが分類して番号を付けられるのですか。文学館でも分類番号はつけておるのですが、例えば何とかセイメン株式会社の社長さんが還暦記念か何かで文集だされる、エッセイに、川柳に、絵にも覚えあり、趣味の写真も口絵にたっぷり、なんて本、どうやって分類する、いいよ、もう、その他、にしよ、なんてね。
「いや、それはもう昔の話ですよ。今は、最初から分類されてるんです。分類番号含んだ情報、本といっしょに買うんですよ」。え、買うんですか。「図書館流通センター(TRC)経由の本は、無料でこの情報がついてるんです。他の書店から購入したり、いただいた本は、そのタイトルをTRCに伝えれば情報送ってくれます。その場合は有料」。

うーむー。これがどういうことか、といいますと、図書館3000年の歴史で、図書館学者達たちが全智全霊傾けて分類を試みた人類の知的財産。いまやそれはTRCが決めてくれていて、事実上のスタンダードになっているんですね。そして、そのTRCが、近年本格的に開始したのが、全国の公立図書館の管理運営受託です。こりゃ強力だ。

幸、というべきか、不幸、というべきか、わが文学館業界にはそんなスタンダード、存在しません。図書館3000年の歴史から零れたシズクみたい「文学館」。でもスタンダード化できないところに、活路あり。わけわかんないまま100年続けば、何ものかになっているのではなかろうか、とにもかくにも、その三分の一近くやってきたのだからね、半ばマジメにそう思い始めております。

■9月14日
JR北海道さんから頼まれまして、小樽駅のホームにつながっているギャラリーで「文学者と鉄道」という小さな展覧会を企画、構成いたしました。さっき設営終わったところ。展覧会は9月17日から11月13日まで。ギャラリーのあるのは、小樽駅4番ホーム。通称「裕次郎ホーム」なんだそうです。石原裕次郎さんの等身大の看板立ってるのが目印ね。私は、今回初めて知ったのだけど。

展示そのものは、ちょっとおもしろかった。亀井館長にもパネル解説書いてもらったのですが、こういうの面白がってくれる。土曜日のお帰りのときにでも、会場のぞいてきてもらいましょう。

そんな鉄道と文学、のお話をさっきも館長室でしていたのですが、亀井さん「私は文学碑というものは、あまり好まないのですが」「品川駅には詩碑あってもいいな、と思いますね」「中野重治の『雨の降る品川駅』」。
そうかー、めずらしいな。そんなことおっしゃるの。この詩は、誰も名作と認めながら、その「思想性」が問題にもなってきた。中野重治自身も、自己批判したことがあったように思う。さらにこの詩の原型といわれる作品が現れたことがありましたが、それは誰もが目を疑う、一瞬凍りつくような烈しいものでありました。
亀井秀雄氏は、中野重治へのもっとも鋭い批判者の一人でしょうし、罵倒、排撃する「言説」をとりわけ嫌悪する人です。「雨の降る品川駅」には、中野重治のそうしたネガティブな暗い憎悪、否定すべくもなく、ある。
けれども、しかし、美しい。その烈しい憎悪も、絶望も、かすかな希望も何もかも込みで美しい。どんな「思想」も、その詩の稲光のような美しさを説明できない。

批判の舌鋒鋭くとも、亀井さん、やっぱり好きなんだな、中野重治、と何となく嬉しくなった次第です。私?口にのぼせるたび、涙ぐんでしまいます。「雨の降る品川駅」。

■9月11日
風が冷たい。光が冴える。いい季節です。いい季節は短い。

先日、「旧日本郵船小樽支店」へ行ってまいりました。管理運営がNPO法人に委ねられて間がないところ。
担当されている方とひとしきりお話。お仕事がたいへんなことは察せられたし、各方面に訴えたいことも多々あることと察せられましたが、口調は明るかった。委託されて間がないころうかがったときとは、だいぶ違う印象でした。「困難だが、やっていける」という自信が出来てこられた、ということでしょう。
これまで長く務められた北川さんも、このたびお仕事をうけられたNPO法人事務局の山下さんも、このお仕事に誇りを持っておられる。この建物に強い愛着と誇りを持っておられる。

ひるがえり、市立小樽文学館。「旧郵政省小樽地方貯金局」であり、戦後モダニズムを代表する建築、といっても良いわけであり、(少なくとも私は)この建物に誇りと愛着を持っている。ただし、この建物(「旧小樽地方貯金局であり現市立小樽文学館」)の方向性は、自ずと「旧日本郵船小樽支店」とは異なります。
そもそも建築にかけた費用が違うだろ、維持補修に充てられた努力と経費もぜんぜん違う。こんなボロボロになった、窓もほとんど開かない閉まらないような建物に愛着も誇りも持ちようがなかろう、ということではない。建物が本来持っていた思想性が異なるということです。
両者に「郵」とか「官」とか「民」の影がちらつくのは偶然でありますが、私はこの建物「旧郵政省小樽地方貯金局」に、「官」の本来の姿、「公共性」ということが、あの時代(1952年)としては最大限に反映されたと思います。あの時代だからこそ、だったのかも知れませんが。
たびたび言及させていただくこの建物の設計者、郵政省建築技官、小坂秀雄氏。その小坂氏の信念は建物自体の「存在感」を徹底して排除することでありました。公共建築が保証するのは合理と機能と開放性。鉄骨とコンクリートの利点を最大限使い切り、なおその素材の宿命である「重量」に果敢に挑戦した設計。

この「旧小樽地方貯金局」に、市立小樽文学館が設けられたことの意味、そんな意味、誰も考えてはいなかったろうけれど、意味は自ずからあった、としか思えない。
この建物は、維持し保存する、だけでは全く意味を持たないのね。それは建てられた当初からそうだった。沈黙し睥睨し圧迫する建物ではなく、疾走し笑いさざめき喋りまくる建物。この建物は初めからそう建てられたのだし、いまもそうでなけりゃあ、ならない。

11月から始まる企画展「小樽・まち見て歩き」は、「小樽論1」に続く「小樽論2」。「1」で、とことん剥ぎ取った「まちへの思い(あるいは「偏見」)」を、こんどは思い切り注ぎ込む、注ぎ込んでいただくつもり。しどろもどろになるくらい、にね。
この展覧会のあいだ、この建物はさらに存在感を薄くし低くする。小樽文学館は、まちの一角になる。あるいは、ここで、まちを追体験する。横溢するデジャヴね。

先日、二度お寄りくださったお客様、ハンドルネーム「路地裏猫」さんからのお便り。

小樽は良いところですね。
今回は朝5時に起きて散策しました。
空気が澄んで、爽やか。
初日は色内〜手宮、2日目は水天宮〜花園〜南小樽。
古びて美しい、建物や街並。
それに海の見えるステキな坂道。
幹線道路から一筋入ると、昔のままの雰囲気。
懐かしくて、じ〜んと来ました。

人も食べものも、素朴で優しかった。
銭湯は小町湯さんにお世話に。柔らかな良いお湯でした。
カトリック富岡教会の帰りには、妙見市場の妙見カフェで休憩。
ここのパン屋さんの葡萄パン他、素朴で美味でした。

嫁さんと共に、小樽の街がとても気に入りました。
喫茶店巡りや、山手の路地裏探検など宿題もあるし。
今度はぜひ、雪が積もる頃ゆっくりと訪れたいです。

うれしいです。小樽は3日歩くとおもしろく、30年住んでも、汲めど尽きない。こんなに小さいまちなのにね。

■9月6日
一昨日いらしたお客様が、きょうもお出でになりました。旅の方だと思われますが、カウンターのなかの私に声をかけてくださる。「ホームページをときどき拝見しておりますので、前から存じているような気になってしまいまして」。
ありがたいことですね。電脳空間としての「小樽文學舎・小樽文学館」サイトと、現実の、ここ小樽文学館の空間を自在に行き来できる雰囲気を醸し出すこと、めざしておりますので。
それにしても更新滞りがち。ほんとは日記よりも先に更新しなければならない基本情報。でも「日記」は、やっぱり冷めないうちに。さほどの事件が続発しているわけではありませんが。

台風。気になります。明後日8日は、「塩谷・余市方面文学碑めぐり」を予定しておりますが、今の進路予想じゃ一日中暴風雨じゃないか。文学館始まって以来の「中止」決断を迫られそうだな、明日。
「カトリーナ」の暴威、知るにつけ自然災害にはなす術ないのかな、文明こんなに進んだ、って誇ってみても。たまたま9月は関東大震災が起こり、台風災害が頻発し、9.11の同時多発テロ(あれは天災ではありませんが)が起こった月。なのに「防災」って選挙の公約にならないのが不思議。それはへたに約束できないくらい困難なんだろうけど、防災できずに、景気好転も年金保障も何もあったもんじゃないんじゃない(って言ってみる)。

4時30分、市内の中学校の先生たちをお連れして、石川啄木ミニ文学散歩に出かけました。晩夏、夕暮れの文学散歩、たいへん風情があるようですが、文学碑が建っているような薮のなか、文字どおりヤブ蚊の大群が待ち受けているわけです。
ヤブ蚊もて追われるごとく碑の前を逃れし哀しみ消ゆることなし、って、この時期、この時間帯の文学散歩は避けたほうが無難でした。