よもやま日記

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文責/市立小樽文学館・玉川薫
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■1月27日
ながく勤めてくれているスタッフと映画館の話。「さっき花園映劇の写真見て思ったんだけど、ずいぶんボロボロだったのね。映画みていたころ、そんな風に感じなかったけど」。そうだよね、中劇も閉めるころは外観もずいぶん傷んでいたね。電気館っていつ閉まったのかなあ。気がついたらもう映画館じゃなくなってた。「オカルト映画とかパニック映画とか流行ったことあって、エクソシストもエクソシスト2も電気館で観たの」。ああ、ガラスが飛んできてクビが。「あれはオーメン」。ああ。「タワーリング・インフェルノとか大地震とか」。大地震って、映画にあわせて座席も動くヤツ?「電気館の座席が動くわけないじゃない」。ああ。
帰りに何人か連れだって映画観にいったこともあったよね。「そう。2本立てで、バタリアンはボクは観ません、って帰っちゃった人もいた」。そうか、あのころね。仕事帰りにみんなで映画館か。神話時代の話のようだね。

こういう企画をしておりますと、ついつい「コンセプト」が走り出し、細かいところに気を取られたり、逆にパフォーマンスに走ったりするんだけど、何より大事なのは「実感」なんだね。昔のことであろうと、現代のことであろうと。雑談しているうちに、「映画館の時代」が、深い実感ともなってよみがえる。

今回のために、大看板描きおろしてくださった工藤さんが何か抱えてこられた。見るとペンキ缶です。まだ乾いていない、木箱に入った12缶。多いようだけど、これだけで映画のクライマックス再現しちゃうんだから、自ずと、あのややケバケバしい独特のタッチになるわけね。もちろん街をあるく庶民の心を鷲づかみにするのだから、それが看板絵師必須の技法だ。このペンキ缶を、工藤さん描きおろしてくださった大看板の横に並べましょう。缶に入ったペンキの鮮やかに濡れた光沢が、ノスタルジアで終わらせない街の記憶の生命なんだね。

■1月24日
きょうは市内のM高校の一個団体が、課外事業なのかな、先生に引率されてやってきて、女子は「まち見て歩き」のラクガキコーナーに没頭ね。ラクガキコーナーというと、展示室のほんの片隅に、申しわけ程度のホワイトボードか、壁に紙貼って、そこにどうぞ、あ、はみ出さないでね。回り汚したら許しませんよ、的なのありがちですが、ウチのは大胆といえば、大胆かも。
展示室のまんなか仕切っている天井までのウィンドウケースに、ラクガキし放題ですから。前にも書いておいたけど、これはまず内側から小樽の街角の写真を大きく伸ばしたプリントを貼りました。さらにやっぱり内側から、それなりに絵の上手な何人かに手伝ってもらい、その街角を歩いたり、お店でお酒飲んだりしている人を書いてもらいました。
その上で、表から水性マーカーで、存分にラクガキしてもらうわけ。そのコンセプト(なんてもんじゃないけれど)は、小樽の街は、いまちょっと寂しい。写真を撮ってみても、その切ない感じ、どうしても画面に表れますね。じゃあ、ボクが、ワタシが、賑やかにしてあげましょう。どんどん人を書き込みましょう。イヌ、猫、ウマ、野ブタ。も描いちゃおう。

展覧会はそんなに賑わったわけじゃありませんが、ウィンドウケースは、みごとに大にぎわい。ラクガキで溢れましたよ。「YUKI&WAKA 大心友」(字、マジでまちがった?)とか、「青春はするけど、恋愛はしない」とか、なんだか可愛い。

「まじ怖」→「中学生日記」→「青春日記」の連中が通いつめて、ウチのホームページに書き込みまくっていた頃を思い出します。そのナンバーワン・ライターだったショウコちゃんのお母さんが、おや、ひさしぶりですね。ショウコちゃん、元気ですか。「ショウコ、いま卒業前の最後の訓練で、海王丸に乗って、日本一周してるんです」。そうかー。今年卒業なのか。それにしても、海王丸で日本一周は凄いですね。「訓練中の写真が、インターネットで見られる、っていってきたんだけど、私やり方がよく分からなくて」。ああ、探してみましょう。これで、ここで、これかなあ。そんなに写真が出てるわけじゃないようだけど。「ここに写っている、これかしら」。ああ、ショウコちゃんだ。あのちっこいショウコちゃんがねえ。無事、帰航して卒業したら、ぜひ寄ってくれるように伝えてください。タッヒー、ミナミ、カッスンとか、どうしてるかな。

M高校の男子は、80年代のビデオゲーム「ヴォルフィード」に夢中。なかの2人ほど、やめられなくなって閉館時まで続けておりましたが。

いつもになくやや賑やかな館内でしたが、フルブライト留学生のクリスさんは、何事もなげに、いつもどおりJJ's Cafe で、パソコンと電子辞書を開いて、静かに読書。
そんななかに、小路君は黙ってきてカウンターで本読んで、黙って帰るし、渡辺さんは「映画館の跡地」撮影の途中報告、あいかわらず厳しいチェック入れながら。札幌から訪ねてくださったMさんは、イラストレーターで、気骨ある映写技師。窓から灯りの零れる路地裏風景など、とてもいいです。無理を承知で、映画館の写真何枚かお見せしました。展覧会が終わるまでにオリジナル絵はがき作れるかも知れません。

こんな調子で、少なくとも私のイメージする「文学館」には、どんどん近づいているのですが、この雰囲気の永続を保証する仕組みをどう構築するか。それが目下の難題なわけですね。

■1月20日
下田修一さんから、「小樽・映画館の時代」の展示のためにお借りしたものなのだけど、まさしく映画館の時代のテイスト溢れんばかり。大量にあるのだけど、そのごく一部。

座席表 花劇(花園映劇・以下同)+スカラ座
市内映画館閉館/オープン新聞記事、他
・電気館・サードベース・花劇・中劇・スカラ座・プレミアシネマズ(以上閉館6館)
・プレミアシネマオープン・プレミアシネマズ2オープン(2館)
・中劇閉館時、さよなら上映の招待状+案内
新聞の映画広告
・電気館(チキチキバンバン)・東宝日活東映・中劇
新聞広告の凸版(鉛製)
・007ムーンレイカー(花劇)・千年女王(市民会館)
・ランボー(スカラ座)・マル秘女郎責め地獄他(日活)
新聞案内(番組)
・1956年・1957年その1・1957年正月・1959年
映画館支配人従業員使用「無料鑑賞パス」
・中劇・花劇・スカラ座・サードベース
劇場招待券
・電気館・中劇・東映・スカラ座・東宝劇場・花劇・日活オスカー・プレミアシネマズ
劇場下ビラ
・中劇会館・中劇1・中劇2・サードベース・プレミアシネマズ・花劇3枚・スカラ座2枚
花園映劇での仕事内容
日計表
入場者メーター表
映写時間表(紙)「トータルリコール」の時の
「花劇」看板などに使用するポスター枚数表
ポスター貼り(場所)表
看板貼り(場所)表
自筆花劇ロビー全体図
自筆花劇売店図
看板日付刷り・下ビラ日付刷り用シルク印刷道具
(はけ・ワク大小・ニス原紙・シルク・ワックス)
看板のポスターを削ぎ落とす刃物(ヘラ)
画鋲抜き
花劇上映スケジュール板(吊りおろし)
花劇窓口用「上映時間表」(「トータルリコール」)
「満員御礼」の木札(スカラ座)
「スカラ座→」矢印吊り下げ板
花劇券刺し板
ちょうちん
のぼり
中劇のタイル
花劇看板用「館名札」
花劇「前売券発売中」の札
花劇日付の札
映写機のカタログ
『映写技術の心得』
カーボン(映写の光源炭素棒 プラス棒1本+マイナス棒1本 使用済み棒、各1本)
リール2種類
休憩時間に流す音楽テープ
自筆花劇映写室スケッチ図
卓上カレンダー(にっかつロマンポルノ女優)
劇場写真
・花劇場内写真・スカラ座場内写真・プレミアシネマ場内写真
ビデオ
・花劇場内外・中劇場内外・小樽ロケ作品

ポスター、チラシなどいわゆる映画コレクション的なもの除いても、これだけ。私などは、このリスト眺めるだけで、ワクワクしますが、経営者からアルバイトさんまで映画館そのものに関わった人なら感涙ものでしょう。
とりわけ私の目を釘付けにしたのは、下田さん自筆の詳細な解説入りイラスト3枚。ロビーと売店、映写室のスケッチですね。だいたい絵が上手い。そして実に正確(恐らく)。妹尾河童まっさおね。
暇なあまり、過去の記憶が押し寄せて、たまらず詩を書き始めたという人だけあって、3枚のスケッチに下田さんの日々の哀歓たちこめております。これをぜひ、企画展のパンフレットの表紙に、いやお願いして、ポスターの図案に使わせていただこうかしらん。

■1月18日
渡辺真吾さんが立ち寄られ、あの映画館はどこにあったか、の話で盛り上がる。渡辺さんは、世代からいっても、個人的興味も映画館族には属さない。「僕は一人で映画館入ったことないですよ」。ええ!ただし、街の歴史、景観の変遷などに大いに興味あり。小樽の詳細な年表作るため、誰よりも丹念に小樽新聞や昔の北海タイムスに目を通してる。嫌でも映画の広告や、映画館関係の記事に目がいくのね。

事務室で話してると奥山さんや大須田さんも乗ってくる。住宅地図持ってきましたよ。「朝日湯のところ、映画館でした?」「もっと公園寄りでしょ」「住吉神社の隣の映画館、カタカナの。何てんだったっけ」「外観とどめてるのは手宮のヨシヤ」。え、ヨシヤってすぐそこのヨシヤじゃなかったの。下田さんからもその話聞いてさ、私てっきりそこのヨシヤだと思った。ヨシヤといえば庶民ご用達、何ともいえぬ下町テイストに満ちた服飾雑貨店ね。チェーン店とは知らなんだ。「小樽だけじゃないんだよ」。えッ、全国展開?「そこまで行かないけれど」。一気に行けばいいのに。巣鴨商店街と提携してさ。いや話それました。

「映画館の転業ってひところはスーパーが多かったんだけど、終わりころは駐車場が大半だね」。寂しいですね。私はね、昔の映画館そのものの写真もアレだけど、映画館の跡の写真を撮って歩きたいの。駐車場は寂しいけれど、街のこの場所に映画館があったんだ、って思い出すようなね。そういうの撮って歩きたいんだけど、この天気じゃなあ。(きょうもさっきまで吹雪いてた)
「僕、撮ってきましょうか」と渡辺君。え、ほんと?「こういうの特定するの興味あるんです。古い写真の場所はっきりさせたいし」。悪いね。助かる。「周りの感じも分かったほうが良いんですね」。そう、少し引きで撮ってね。

映画の全盛期、小樽には23軒の映画館がありました。人口比にして北海道一だったらしいけど、小樽は狭い街だからね。実感としてあっちにもこっちにも、おやこんなとこにも映画館、って状態。長橋に映画館あったなんて、今じゃ誰も知りません。お隣に住まっておられた方が、「そういえば隣は映画館だったわね」ってことだったらしい。それほど小樽は映画館だらけだった。

小樽の街の大きな地図を掲示してさ、全盛期23軒の映画館、全部の場所に「いまの街」の写真を貼ってみる。目を瞑って、そこに「映画館のある風景」を思い出してみる。「映画館」を知らない世代は、そこに「映画館のある風景」を想像してみよう。

もうそれだけで、街が変わり始めるのね。私はノスタルジーは好きじゃないの。私がやろうとしてるのはそんなことじゃなくて。空間のなかの時間軸を自在に動くことでさ、言葉でも写真でも何でもいいや、喋りまくることでさ、街の表情がどんどん豊かになるでしょう。

■1月17日
文学散歩「ジブリアニメと三鷹・荻窪」から帰って5日経ちました。

今回の第一の成果は、まず少人数でも全然ヘーキってことかな。都市部に限られますけどね。
電車、路線バス、タクシー(分乗)使いました。お天気にもよるし、時間帯見計らわねばなりませんが、いけます。だいじょうぶ。短距離ならおもしろいくらい。電車もバスもタクシーも、その土地の文化の一部だものね。中吊り眺めてると、駅を乗り越しますが。タクシーでも「お客様、どちらから。え、私札幌出身ですよ。はじめのうち、こんな雪へいきだよ、って勝手に車出して、会社からどやされました。自分が平気でも、なるほどほかの車が滑りまくって、危ない危ない」なんてね。JTBさんには申しわけないが、次回は行き帰りから宿まで、ぜんぶ自前で組んでみるかなあ。どうせ中途の案内、みな自前で組むのだもの。

その案内してくださった吉祥女子中学・高校の萩原先生、ただでさえ楽しいジブリ美術館を5倍も6倍も楽しませてくださった石曽根さんには、感謝の二乗であります。文学散歩の面白さとは何か。例えば荻窪の街。そりゃぶらぶら歩いてたって瀟洒な住宅地であり、思いがけないところに閑静な公園あり、ただの散歩も楽しめる。でもまあ平凡な街であります。そこでブンガクのお話が、街にマジックかけるのね。こちらイブセさんのお宅、そのナナメ向かいが将棋の大山名人のお宅。ちょっと離れて何とか横丁抜けて奥様かよわれた整骨院、なんて話が(他愛もないと言われりゃそれまでですが)街にしっとりとした膨らみもたせます。

今回訪ねたミュージアムは四つ。我孫子の白樺文学館と杉並区立郷土博物館、同じく杉並区立アニメーションミュージアム、そしてジブリ美術館。みんなとても特色のあるミュージアムだからそれぞれに楽しんでいただけた、と思う。私はもう職業病だ。ミュージアム手放しでは楽しめなくなってしまった。ときに意地悪く、ときに嫉妬の炎もやしたりして。例えば杉並のアニメミュージアムとジブリ美術館。基本的にお見せするのは「アニメの作り方」。それ以上でも以下でもないのだけれど、うーむ、その見せ方がねえ……。

ジブリ美術館。掛けてるお金が桁違いだよ、ってひがんでみても一つも生産的ではありません。気が付くところ、いくつもありますね。まず入館券、手に入れにくい。ローソンでしか買えない。しかも販売枚数限定、なんて、くるりのライブか、うめだ花月のチケットか。美術館でしか絶対に上映しない短編アニメ。この日は特別に今のラインナップ3本全部上映します、全部見てたらそれだけで2時間。2回目の千葉さんは、まっすぐカフェに走りましたが、「あそこのカフェって、男の子も女の子もみんなかわいいの。性格もよさそうな子ばっかり」。あのね、いちばん優秀なスタッフをカフェに集めたの。そこがツボなの、と私はどこまでも意地悪い。どこへ行ってもミヤゲなどほとんど買わない私もジブリショップでは、文学館に缶入りクッキー、娘たちに、しょうがねーなー、ミュージアムのオリジナルキャラのストラップ。私も適当に選んだわけではなくてね。ジブリのアニメキャラ物買わない。それはどこでも買えるもの。手が出るのは、やっぱり「そこでしか買えぬもの」。しかも、くやしいけれど、かわいい。

どなたでも気付きますでしょ。気が付けばお金も手間暇もずいぶん掛かる。それでもそこが「特別な場所」だと思い込ませるそのスベがね。ずばぬけております。お金も手間暇もずいぶん掛かる、こと自体が、その場所の「特別感」を更にアップさせるわけ。

ビンボーなことでは追随ゆるさぬ我が小樽文学館でも、応用できます。お宝みせびらかしても、しょうもない。例えばカフェのブラッシュアップ。例えば古本コーナーのひとくふう。ミニ映画館だってムリヤリ展示室に組み込んじゃう。それだけでもウチを訪ねたくなる5分間の「珠玉の映画」どなたか創ってくださらないか。
えーと、まずね、こないだからサトウ君に頼んでいるトートバッグのオリジナルデザイン。さっきパソコンで見せてもらって、もちろんセンスずばぬけてるからこれはお任せ。ん、モニターの下の方に妙なキャラ。「これはイタズラ書きで」。いや、こういうの。ウチのキャラ、創ってくれないかな。マックロクロスケじゃないけどさ、小樽文学館に入ると、あっちこっちからチョロチョロって顔出して、チョロチョロって引っこむヤツ。何だ、アレ、って思われはじめたころ、缶バッジとかストラップにしてみようよ。お薦めの古本に、そっとキャラ入りシオリはさんだりさ。

今回のミュージアムでいちばん感心してしまったのは、実はいちばん地味めな杉並区立郷土博物館、そこの「井伏鱒二の旧居」模型。模型そのもの以上に、学芸員の寺田さんが熱く語ってくれた模型の解説。ここに私、文学館の神髄、を見たのでありますが、それについてはまたいずれ。

■1月9日
たいへん遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
小樽文学館は、昨年と同じく6日からオープン。お客様もぽちぽち。私の正月の過ごし方などどうでもよろしいのですが、何気なく昨年の日記を見たところ、まったく変わり映えしないのに愕然。どころか、さらに行動力縮小し、ほとんど外に出ませんでした。
今年も「笑いの祭典ザ・ドリームマッチ'06」録画して見たりして。公約どおりのダウン・タウン参戦、がミソでした。それがミソだと見極めた、ロンブー淳の思い切りの勝利。誰もが優勝候補筆頭と思ったはずの松本・三村の思いがけないチグハグ。客席のブーイングを即座にネタに奪い取る松本さんの空気読みもさすが。それにしても、もしヤラセなし演出最小限だとしたら、このレベルの芸人さんたちのタレント(才能)やはり大したもんです(自分の役割わきまえた出川さんあたりも含めてね)。ココリコの田中さん、さまぁ〜ず大竹さんのセンスと構成力ひときわ抜きんでてるのも改めて確認。

なんてことを書き連ねていてもしょうがないのですが、やや衝撃的でなくもなかった北海道新聞2006年1月6日(夕)の記事「広がる指定管理者制度 経費節減 運営に影響」。一部引用します。

神奈川県の委託を受けて財団法人神奈川文学振興会が運営している神奈川近代文学館(横浜市)。昨年十月、同財団は今春から五年間の指定管理者に選ばれた。国正道夫事務局長は「五年後にまた競争に放り込まれるのですから、すごいプレッシャーなんです」と話す。
同館は開館二十三年目。当時の故長洲一二知事が文学館創設に積極的で、資料を集めるために財団を設立したところからスタートした。神奈川ゆかりの著作家の直筆原稿や書簡をはじめ、現在収蔵資料は約百万点に達する。だが時代が変わり、県の姿勢は一変した。県は「指定管理者制度導入に例外はつくらない」との姿勢で、設立経緯も文化施設固有の事情も一切考慮せず、管理者を応募した。
今回は競争相手がなく、同財団は「不戦勝」で指定管理者に選ばれた。だが県からは今春からの予算削減とさらなる経費節減を言い渡されている。「財団職員は二十七人いますが、もう人員削減にも手をつけないわけにいかない。その上収益を上げる企画展示、支援組織の充実など、できることは何でも取り組んでいかなければならない。次も指定管理者に選ばれなければ、財団は解散するしかありません。そうすれば雇用問題になります」(国正事務局長)

今さら驚きもしないのですが、感慨ひとしおなのは、他ならぬ「神奈川近代文学館」だからね。文学館関係者以外は知ったことじゃあなかろうが、「神奈川」は文学館の星だった。それは自他ともに認めるところ、なはず。「官立民営」の「神奈川方式」は理想的スタイルと目されていた。
国正さんは、私、昔から存じ上げ、何度かお世話になりました。胸中察するにあまりある。でも記事中のコメントも泣き言には響きません。ヒシヒシと伝わるのは二十七人の職員抱えた財団統括する責任感と覚悟。
下線引いたのは私ですが、県を責めたところで、小泉改革ヤユしたところで詮ないのね。じゃあどうするか。時代がどう変わろうと、県の、市の、国の姿勢が五変、六変しようと、ちょっとやそっとじゃ崩れないミュージアムを構築(その価値があるのなら、ですが)するのは可能か否か。

で、ウチはウチの唯一のやり方、すなわち「企画展」(たかが、ではありますが、やりようによっては状況に多大な変化を与えうること、27年間学習し、確信に及んでおります)で、それに踏み出す。
なんて肩肘張ってもウチらしくはなかろう。2006年度7月の企画展のタイトルはその名も「小樽・文学館物語」(爆)。笑いのうちに、「文学館」の過去現在未来を問うてみましょう、ラジカルに。