よもやま日記

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文責/市立小樽文学館・玉川薫
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■2月28日
よみがえる伊藤整」講演・シンポジウムの全テープ起こし、ただいま完了です。ギリギリだなあ。
眼が霞みます。もうボヤボヤだ。でも面白い、エキサイティング、改めて。配役の妙ですね。
ギリギリだけど、3月一杯で本にします。乞う、ご期待。

■2月24日
お客さんが、事務室の窓口で、「公衆電話はないんですか」と聞いています。
実は一階にあった公衆電話が、昨年の秋ころ撤収されてしまったんですね。その後に、「ここにあった公衆電話は平成17年○月○日をもって撤去しました」って紙が、まだ貼られております。
私は、電話撤去されたこと、何にも感じておりませんでした。一階のエントランス部分、できるだけすっきりさせたい、って考えており、自販機ももう撤去すべきジャマイカ、って思っておりましたから。
公衆電話は、私などの意向はお構いなしに、これは要するにNTTさんが、ムダな電話はどんどん撤去ね、ということで街のあちこちから姿を消しているんでしょう。猫も杓子も(なんでシャクシ?)ケータイ持ってる時代だから、仕方ないことね。それが企業の論理。どんどんムダ省いて通話料金少しでも下げることね、とバクゼンと思っておったのですが。
ケータイ持ってるはずの小路君からも、ちょっと前に言われた。「公衆電話なくなっちゃったんですね」って。言われてみれば、あの貼り紙、何だか冷え冷えしてみえてまいりました。

個人の時代、プライバシー保護、著作権尊重、個人情報の漏洩に厳重に対処、って。
それは私、社会性やや欠如、遠足に行っても、ひとりで別の景色眺めてるような子供でしたから、個人の時代、大歓迎なんだけど。

うーん、やっぱりあの貼り紙、冷たい。人から丸見え、ちょっと背中を丸め、受話器を肩で支えながらぶら下がっている電話帳を繰って、「あの、もしもし」って公衆電話。最低10円玉1個あれば、良し。人類平等ですね。そういや、電話帳も世の中から消え始めているような。
公衆携帯電話って、あったらいいんじゃないかな。「何ですか、それ」と小路君。いや、個人のケータイじゃなくてさ。誰でも使えるの。利用料金いただく工夫さえできればいいんだけどね。そんな製品、企業の論理、からは出てきっこないか。

人に差があって何が悪いんですか、って、私も、ほんとはそう思ってる。けれども、ネコもシャクシも、ビンボー人も、ガイコク人も、10円玉1個あれば、何とか誰かに連絡できます、っていう「街の仕組み」は、やっぱりなくしちゃいけないんジャマイカ。

フルブライト留学生のクリスさんは、そろそろ小樽を引き揚げるのだろうか、今日も昼前からいらしていたんですが、帰りがけ階段の途中で私に声を掛け、「前から気になっていたんですが」「JJ's Cafe のJJって何ですか」。えー、JJとは植草甚一さんというオジイさんのニックネームで(以下、省略)。「なるほど、よく分かりました。それでちょっと思い出したんですが、bookcrossingってご存じですか」。ブッククロ……?いや、聞いたことないです。「bookcrossing、ここの文学館がやっていることに通じるものあると思います」。へえ。

ということで、ネットで検索してみました。なるほどなあ。ちょっとおもしろいなあ。手始めに、リサイクル古本のなかからいくつか旅させてみましょうか。
いっそ展示資料にもナンバー振って、「漂流文学館」ってのは。いや、ウソ、ウソ。

■2月15日
私が座っているJJ's Cafe のカウンターと、事務室とはちょっとしか離れてませんが、サトウ君に作ってもらった格子状の仕切り壁で、私からは事務室が、事務室からは私の姿が少し見えにくくなりました。
それで事務室には、ホテルのカウンターとかに置いてある、上から叩けばチンとなる呼び鈴があります。おなじみ100円ショップで買ってきたもので、私に電話が掛かってきたり、客が事務室に訪ねてきたりすると、呼び鈴をチンと叩くわけ。

「チン」。はい。「タマガワさん、お客さん。啄木生誕120年で、写真を撮ってるんだって」。はい。啄木漂泊の旅の写真か、ありがちな、なんて内心失礼なこと思ってしまいながら、ジミな感じの(カメラマン、カメラマンしていない)その方に挨拶。
「僕、そこにある永山則夫の本の表紙の写真撮りました」。えッ。『捨て子ごっこ』の?
その方がJJ's Cafe のテーブルに置いたのは、壊れてバラバラになってしまった古本みたい。壊れたのではなくて、製本前の本でした。表紙とかすり切れているので、壊れた古本かと思ってしまったのだけど。

パラパラ開いて、いきなり掴み取られた感じ、眼も心も。啄木写真集はおろか、世に溢れる「啄木本」のなかでも、これは特別。何より写真が、啄木の歌の文字に、きわめて正確に照合しております。「かなしきは小樽の町よ」で小樽駅前の写真、なんて「正確」では、もちろん、なし。啄木短歌の心象が、吐息が出るほど正確きわまりなく写真になっているの。

冷え切った鉄路。ザリザリの雪の上をよろめく黒犬。雨に煙る人影。真っ白な頁。

文字の配置も、画期。啄木短歌の三行わかちがき。単なる思いつきではない。五七五七七という音律の不自由を逆手にとった、新しい韻律の発明。そのオリジナルのリズムが、そのまま活字の配置になっている。
啄木の歌には、ふとした間があります。一瞬の沈黙。その間で、大胆に頁を改める。啄木短歌を読む誰もが思いながら、誰もできなかったことじゃないかしら。

即、文学館に置かしていただくことになりました。真っ先に私が買う。私はこれだけを持って旅に出たい。いや、これだけ持ってれば、いつでも旅だ。まちがいない、この一冊は啄木そのものです。

写真集のタイトルは『啄木キネマ』。写真/瀬尾明男、装幀・デザイン/菊地信義(納得、でしょう)。2月20日(石川啄木120回目の誕生日。小林多喜二の命日)発売です。必携。

■2月11日
お、大雪ですね。昨日の朝が特に。
私は、雪かきに対する姿勢が曖昧です。ってか、ずるい。雪かきに対する姿勢は二通りありまして、ひとつは徹頭徹尾やる。ひとつはエゴイズムに徹する。あ、みっつか。みっつめは、ずるい人(私だ)。

以前、私の住んでいた集合住宅では、1週間交替で入り口の前の雪かきをやっておりました。今考えれば、あれは気楽だった。とはいえ、やっぱり当番によってずいぶん違うわけですね。個性というより、考え方の、つまりは姿勢の違いがモロに出る。集合住宅の入り口の前は本来車出入りできないから、人ひとり通れれば良いのです。それで合理主義者は、ほんとにそうする。人幅だけ掻き取る。そして完全主義者(というより過剰な人)は、車通れるような道幅になるまで雪を掻き取らずにいられない。
というような書きぶりからも、というかこの日記読んでればご推察のとおり、私は合理主義者に共感するものです。ただし、合理主義に徹する度胸が私にはない。

諸般の事情で、その集合住宅を出て曲がりなりに一戸建て。集合住宅とは全く異なる「ご近所社会」に投入されることになる。現代はどんなイナカ町でも「ご近所社会」の軋轢は見えにくくなっていて、それでも、おおかた生活できちゃうのですが、そこに大雪。誰が、どのように雪を掻くのか、毎朝ロコツに目に見えてしまうわけです。そんなご近所の顔色うかがいながら、こそこそと振る舞う私。でも完全主義者がそんな存在見逃すわけも許すわけもありません。それで50過ぎのオッサンが、同年輩か、ひょっとしたら少し年下のオッサンに頭ごなしに叱られるのね。哀しく情けなし。

ここ数日、雑誌や新聞関係の方に取材を受けたり、地元のミニFMで話をさせてもらったりが続いて、自分でも少し上滑りしてるなあ、と思い始めてたときに突きつけられる「何をやらせても中途半端、小ずるくて社会性も欠如気味の初老のオヤジ」というリアルな鏡。良くしたものね。

メゲ気味の気分、下田さんのお話「映画館と私」で、たちまち立ち直る。早。
下田さん、やっぱり、いい。いい意味での(どんな意味だ)詩人だなあ。生活感と情感が自然に融合している。ほんとうにいい感じで歳を重ねておられる。どうかんがえても安穏な人生ではなかったと思うけど。
きょうのお話、いろんなところで笑わせていただいたけど、「映写技師になって、友人に、『いいなあ、ずっと坐ってられる仕事で』って言われ、お前は何の仕事やってんだよ、ったら『オレ?宝くじ売り』」。どんなに、苦労しても自分を笑えるのは強い人。
富士館で、痴漢に遭遇した話も笑えましたが、お話終わって、階下に降りたら喫煙所で下田さんと、小笠原寛行さんが談笑中。おや、お知り合いでしたか。「いや初対面だけど、さっき下田さんが話していた富士館で掛かっていた若松孝二の映画、僕もまったく同じときに観ていたから。痴漢してたのは僕じゃないですよ、って」。うーん、映画館は不思議な場所。文学館もね。

■2月8日
札幌では雪まつりが始まり、小樽もまもなく「小樽・雪あかりの路」が始まります。
そのためかどうか知りませんが、外国の方々をよく見かける。文学館もちょっぴりグローバルになってきているのですが、今朝いらした方は、やや雰囲気異なる外国の人。体格が良く、黒い皮ジャンを着込んで、アタマを剃り上げておられます。
にこやかにカウンターの私に話しかける。日本語カタコトね。「いんたーねっと、デキマスカ」。オーケー、オーケー。これをクリック。どうぞごゆっくり。しばらく操作された後、「でぃすく、ナントカカントカ」とおっしゃる。うーん、これはリードonlyね。書き込みできないです。
「コレワタシノさいとカラだうんろーどシタ。コレこぴーシタイ」。さすがに、そんなサービスやってないんだけどな。ブランクディスクありますか。1枚あるよ、と大須田さん。ああ、100円ディスクですね。じゃ、こっちのCD焼けるiBookで。まずフォーマットして、コピーして、ディスク作成して、取り出す、と。あれ、エラー出てしまいました。やっぱり100円CDトラブルのかなあ。
「ダメデスカ」。ウィンドウズPCで、フォーマットしなおしましょう。あれ、大須田さんのPC、変な音がするね。100円CDで、PCまで壊れたのだろうか。
あれこれやっている間、当のロシアの方(ダウンロードしたというサイトが、ロシア語表記でした)、携帯電話かけまくり。「ダスヴィダーニャ、オーチニハラショー」(適当)。観光客じゃなく、ビジネスの人?
「モウイイデス。アリガトウ。イクラデスカ」。要りませんよ、結局うまくいきませんでしたし。

「小樽・映画館の時代」。小樽ジャーナルさん、熱心に取材してくださった。こちら、ぜひご覧ください(下の方)。小樽はこんなに大雪ですよ〜(上の方)。先日、小樽ジャーナルの社長さんと、ちょっと雑談。
動画クリップおもしろいですね。時ならぬ突風でこけるオジサン、とかちょっと笑える。不謹慎だけど。大雪だ、除雪たいへんだ、っていうのもどんな記事より説得力あります。
動画デジカメ使ってるのかな。ぜんぜん編集してないですね。「ナマのネタをそのまま出しちゃえるのがネットの強み」。そうね。ウチのチラシもそのまま画像で乗せてくださる。ウチとしては、正直それがいちばんありがたい。
文学碑探訪も凄いですね。「文学館の文学碑ガイド、解説ていねいだけど、失礼ながらあれでは」。わかっております。たどりつけません。小樽ジャーナルさんのは、まずそこまでどうしたらたどりつけるか、どこの曲がり角で右折し直進20メートル、なんて。「文学碑ってすごいところに建ってるんだね。銭函の国道のところのなんてさ」。ああ、長谷部虎杖子。「車の往来ものすごい車道の縁ギリギリに建ってるんだもの。あんなのボンヤリ見てたら跳ねとばされるよ」。そう。
「オタモイの崖の突端にあるのとかね。取材のつもりだったんだけど、はまっちゃった」。ええと、こんど相乗り企画でもやりましょうか。

その「映画館の時代」。さきほどいらした画家の小川清さん。ご自分の看板絵師だったころのお話(まったく知りませんでした)。語り出したら止まりません。師匠が大名人だったそうな。顔や手足だけは、ぜったいに小川さんたちに描かせなかったそうです。「初めて顔を描かせてもらったのは、シベリア抑留者の映画だったかな。何十人もの人物描き込まなきゃならなくて、それでやむなく自分らに任された」。小川さん、釧路で一旗あげようという興行師さんに引き抜かれて、大名人のもとを去りました。釧路の仕事は一年半ほどでダメになり、また小樽に戻ったのだけど、名人のもとにはもう戻ることはなかったそうです。「今でもそんときの不義理が気になってね」。「何年も後のことだけど、師匠が突然訪ねてきてね。師匠の親戚の子なのかな、油絵をやりたいらしいんだ。それでオレのことを、先生、なんていうんだ、師匠がだよ。オレ、顔を上げられなくてさ」なんてお話を一時間ほど。

私、これでも追いつめられている仕事抱えておりまして、空いてる部屋に引きこもりますから、なんて宣言したばかりなのですが。やっぱり、家に持って帰るしかないか。