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文責/市立小樽文学館・玉川薫 |
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■3月31日 この一年間、小樽文学館の専属デザイナーのようだった臨時職員、サトウ君のきょうは最後の勤務の日。JJ's Cafe は、全面的にサトウ君の作品。JJ's
Cafe の「モノを置けない格子棚」をはじめ、サトウ君のデザインは、常に私の意表を突いた。そのデザインは、まちがいなく、この文学館という小さな宇宙を一回り大きくするものでした。このトートバッグもサトウ君のデザイン。これを示されたときも、私、絶句した。め、めだつよね。でも小樽文学館ってどこにも入らないの。「バッヂでも着けましょうか」。あ、それいいね。さりげなくてね。 トートバッグを差しあげた方、喜んでくださいましたよ。日本中、いや世界中で、遠くからでも目立ちますよね、このバッグ。ああ、あの人は、小樽文学館につながっている人だ、ってね。 オリジナルバッグ、近々通信販売開始です。一箇1000円(送料別)ね。 ■3月23日 この「My Cup」ですが、小路君はしょっちゅう文学館に来てくれるので、使い捨てのプラスチックカップを使うのが気が引けるらしいのですね。それで「My
Cup」を持ってくる。自分だけじゃなく、私がプラスチックカップを使うのも気になるらしい。しょうがないので、私もミスドで貰ったカップを使うことにいたしました。 カップ・キープもいいけど、だいじなのは、ボランティアにどんなルーチン・ワークがあるか、ということだね。何かイベントがあるときにボランティアに手伝っていただく、というのはずいぶんスムーズにできるようになってきたと思う。でも本当は、とくに用がなくても文学館に来てほしい。小路君みたいにね。その小路君でさえ、このあいだなどは「暇だー。やることないかなー」と何度かつぶやいておりました。そうだね、来てもやることないって、そりゃ居心地よくないね。 さっきの重なったカップですが、世の中にはきっと同様の羽目に陥った人がいるのジャマイカと、検索かけてみたところ、案の定。で、この方の苦闘を参考に、片側硬質プラスチックのハンマーで、重なった湯呑みを両側から軽く叩いてみたところ、あっさり外れてくれました。めでたし、めでたし。 ■3月21日 JJ's Cafe で少しお話。これまでも朗読などなさっておいでなのですか。「ええ、くすみ書房さんで」。ああ、有名なお店。気になる本屋さんですね。「天国の本屋」みたいに、店内で朗読なさるって、バスのなかから看板も見たような。くすみ書房さんて、今でもときどき店内で朗読なさっている。「あそこは毎日やってるんです」。ええ!毎日?そんなに読む方、いらっしゃる?「はい、私も何人おいでなのか知りません」。そうか、読み手の顔もお互いにはよく知らない。それにしても、毎日はすごいな。あの、お客さんがいてもいなくても?「読み手の方は、他の方が読むのを見にも来られますので」。ああ、読み手と聞き手が交替するんですね。「そんなお客様もいない日は、店員さんが聞き手に」。そうかあ。 そこで、気になっていたこの本屋さんのホームページにアクセス。そこの「朗読やってます」をクリック。すごーい。ほんとうに毎日やってる。しかもラインナップほとんど載せてる。 読み手に何か条件って、あるんですか。「持ち時間は20〜25分。それ以上長くなるとダレるからって」。なるほど。「こんどの文学館での朗読のとき、私とちゅうでハモニカ吹くんですけど」。そんなふうに楽器の演奏入れてもいい。「オカリナ吹いたり、ギターひきながら朗読する人も」。 もいちど、ラインナップ眺めてみます。「思い出トランプ」「小僧の神様」。なるほど。「ライ麦畑でつかまえて」。ええ!これ、20分ずつ読んでいかれる。この方は、月に二回くらいのペースでなさるのかな。何か月かかるだろう。うーん、お客さんついてくるのかしら。 どうだい、小路君。これならウチでもできるけど。「パクるんですか」。まあね。毎日はアレだが、週一くらいなら、できないことはない。 ところで小路君、これってさ。……おもしろいの?「それいっちゃ、おしまいですよ」 ■3月15日 小路君がちょくちょく手を入れてくれるので、以前より古本がとても綺麗に並んでおります。のぞき込んで、「図書館……、かしら」などと呟くお客様もあり。入ってみても良く分からない。文学館って、いったい何。 整然と並んでいる本、持っていってもいいんですよ、と言われても戸惑う人もいるだろう。なら、ちょっとシッケイする、と、ドロボーのふりをしてみる、ってどうかしら。 そんな遊びをアナタも、いかが。 ■3月11日 それを横目で見ながら、「オタルノホッツキカタ」のプリント取りにいらしたDENZIさんと、先日から文学館でも売り始めた『啄木キネマ』を眺めたのですが、これもまた、歌と写真とモロの関係はない写真集。それでも歌自体のイメージ喚起する力が強いから、写真と相乗し、それぞれが新しい光を放つ。 それで、かるた。今年、並木凡平という愉快な名前の歌人の展覧会を予定しております。その人の短歌はたとえばこういうの。 あの丘に 前に、やっぱり小路君と、展覧会に合わせて「凡平かるた」って作れないかな、と話していて、でも絵札作るの難しすぎるよね。だいたいさ、 ゴム靴の修繕直しが街かどに新聞を読む昼の静けさ なんて、もうそんな風景ありっこないから、絵を描きようもないですね。 品切れのバットがほしく湯もどりを遠い街まで小走りにゆく なんて強引に写真にして、かるたに作ればおもしろくないかな。凡平さんの短歌って、デジカメのユルい写真にとってもよく合うのジャマイカ。また募集かけてみようか。 本日の、その2 北海道新聞(小樽市内版)にも載った「私の小さな文学館」。7月からの企画展のなかで、ガラスケースと壁面を皆さんに提供いたしましょう、というコーナーね。文学館のガラスケースは、そのほとんどが長さ1メートル80センチ、奥行き60センチ、高さはガラス部分だけで20センチ(全体90センチくらい)。その長さの半分と、それに見あう壁面を差しあげる。 取材してくださった中沢さん。「あのー、ほんとにテーマ何でもいいんですか」。(私)何でもいいのです(キッパリ)。「ええと、フーゾクとか宗教、政治絡みでも?」。うッと、れいコンマ3秒くらい詰まりましたが、(私)はい!「自由」です。なぜなら「自由」こそがブンガクの生命線なのです!(きっぱり!!!) ハタを立てようが、おダイモクを連ねようが館主・キュレーターの裁量にゆだねる。考えてみれば、意識的無意識的にかかわらず、ブンガクが政治・宗教・商業、ええと、あと何でもいいや、プロパガンダ的性質一切もたない、って、ほとんどあり得ない。プロレタリア文学はそもそもそれを前提としていたわけだし、宮沢賢治など、洗脳というより洗魂のプロパガンダ。 ケース12本用意するつもり。それを半分ずつ使っていただくから合計24。24のミニ文学館が、小樽文学館内に林立するのですね。どんなに強い個性も、プロパガンダも24の多種多様。いやでも相対化されますが。 千葉さん「タマガワさん、電話あったよ。自分で作ったもの出してもいいのか、って。手芸でも並べるつもりなのかもよ。何でもいい、って新聞に出てた、って」。うッ。うん、何でもいいんだよ(きっぱ……り)。いいさ、そこにポエムのいっぺんでも添えてもらえりゃ。 さっきはさる教会の方から電話。「個人的に古い洋書を集めているもので。きれいな挿絵の描かれた革表紙の聖書とか。マーガレット・ミッチェルの『風とともに去りぬ』の初版本があります。彼女が亡くなったことを伝える新聞の切り抜きと。古い書票も50枚くらい」。そりゃすごい。「図書館で皆さんに見てもらいたかったけど、ケースがないので、と断られました」。うん、もったいないです。90×60センチではね。 楽しみですね。24のミニ文学館、小樽文学館に乱立し、同館乗っ取らる、なんてね。 ■3月4日 ウチは一日遅れの雛祭り。これでもけっこう前からやっているんですが、博物館がわりに大がかりなので何となく後塵を拝してる感じ。それでも何人かのオバ、いやボランティアの女性が張り切って抹茶をたてて、小さなお菓子をご馳走してくださいます。 階段のところですれ違った女性連れ。「ねえ、文学館って入ったことある?」「んー、どんなとこなんだろう」。そうか、抹茶とお菓子とお雛様に惹かれて来るか。「へえ、こんなとこだったんだあ」。それでも、いいか。 つまりですねえ、私がどんなに奇抜な企画考えついたつもりでも、それは所詮ブンガクカンの文脈をはずれない。映画館であろうが、流行歌であろうが、小樽論であろうが、ね。私の文脈から、「雛祭り」は出てこない。 そうかあ、雛祭りね。ああ、お帰りですか。ご苦労様、どうもありがとうございました。 ■3月1日 まあ、私は入力は早い。並よりそうとう早いと思う。だって年季が入っているもの。 ワープロ、パソコン時代になりまして、ローマ字入力になってからも、ホームポジションのキモさえ押さえておけば、ブラインド入力は難しくない。後はほとんどリズムを一定に保つことくらいかな。すなわち平常心ね。逆にブラインド入力を延々とやっていれば平常心に、言い換えれば一種のトランス状態になります。キーボード・ハイね。 その入力ボランティアというのを、広報紙で募集してみたのですが、初日電話くださったのはお一人だった。福祉関係のボランティアの経験などもなさっている方のようで、ふつう使っておられるソフトもちょっと特殊なもののようでした。でも楽しみだな、この入力ボランティア。どういうふうに育てていくか、いや、どんな+αを付加していくかさ、いろんなアイディアわいてきそうだ。 |