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■4月25日
セブンで親子丼を買って館にもどってまいりますと、「今お食事ですか」。視覚と記憶のピントが合うのに0.3秒。「ほとぼり冷めたころかな」。ヌマゲン……。沼田元氣さん?!
ということで、この瞬間に4年近くのゼツエン状態が解消しました。喜ぶべきか怖れるべきか。まずは、お懐かしゅうございます。
4年の月日は無かったようなよもやま話。あいかわらず何のために来たのか良くわかりませんが。沼田さんの「傾向と対策」も嫌と云うほど知らされたつもりでいても、思いも寄らないところに食いつくし。まあ、そうじゃなかったらヌマゲンじゃありませんけれども。
ヨシモトさん、お元気ですか。「店やってますよ」。?。「歌舞伎町で喫茶店」。カブキ町?「彼は賢いからね。自分はほとんど店に出ないで、喫茶店やりたい人に入れ替わり立ち替わり店やらせてます。やりたい人いっぱいいるからね」。?。「女の子が喫茶店やりたがってる。森茉莉ファンの子が茉莉さん好みのアンティーク飾って、きょうから森茉莉喫茶だとか、来月は向田邦子喫茶だとか」。まんま、「私の文学館」じゃないか。
その後、沼田さんは、ロシア土産店の幻追いかけて小樽の街に消えていきましたが、いったん現れたとなると波乱は必至ですね。もちろん……、期待しているのですよ。
■4月22日
きょうは製本教室もあったし、手宮線跡地を掃除していた「おもてなし」ボランティアの方々も、掃除後の「会議」を「夢喫茶」コーナーでなさっていたし、子どもさんたちもいつになく賑やかに出入り、そんななか、文美室に設置したパソコンで、入力ボランティアの岩戸さん、黙々と入力されていきました。
入力ボランティアの方々、たいていはお家のパソコンで入力されるようですが、岩戸さんは「家のパソコンはずいぶん古いので」とおっしゃる。ウチのパソコンだって相当な中古品ですが、岩戸さんは「きょうは手始めに少しだけやっていきます」とおっしゃる。
製本教室が終わって、何人かの方が残ってくださり、文学館にあった古い五月人形を飾り付けてくださることになりました。それでまたドタバタ始めたのですが、もうお帰りになったと思った岩戸さん、まだ黙々と入力を続けておられる。
昨日寄られた竹内さんは、お家で入力をされているのですが、「少しずつやろうと思っているんだけど、ついつい集中してしまうんです」とおっしゃる。「仕事でパソコン使ってたといっても、打ち込むのはほとんど数字だったし、たまに文章打っても決まり切った挨拶文みたいなのばかりで」「こんな年表のようなものでも、やっていると何だか楽しくて」「それでも少しずつやるようにしないと長続きしないって分かっているんですが」「やっぱり仕事のクセが身についてしまっているのか」「始めると、ついつい長くなるんですね」。
ボランティアのヨウテイは、肩の力抜きまくることにつきる、と私も繰り返しているのですが、実はこれが意外に難しい、ということですね。
話が突然かわりますが、ニンテンドーDS。任天堂とApple社は私のひいきの企業で、最近の両社の元気の良さは慶賀の至り。それを牽引しているニンテンドーDSとiPodもすでに社会的現象。この両社の比較の対象に常に引き合いに出される我らがSony。気の毒な気もしますが、そこは戦後ニッポンを引っぱってきた、ニッポンを象徴する企業であったということで、致し方なし。
私はここでニンテンドー的思考とプレーステーション的思考の差異について語り続けたい衝動に駆られるのですが、長くなりすぎるので止めます。
ボランティアの要諦とニンテンドーDSに何の関係が、ということですが、「脳を鍛える大人のDSトレーニング」という、ゲーム業界に一大ショックを与えたソフトのことね。何故業界がショックを受けたかというと、これが予想を大きく超えて売れた。おそらく任天堂自身も驚いた。それも普通の売れ方ではなく、ダラダラダラダラ売れ続け、発売後数か月目に、発売直後以上の売り上げを記録する、という常識破り。しかもその数か月目は「敬老の日」だった、というダブルショック。
つまりこれまで様々なゲームメーカーがチャレンジして敢えなく敗れ去った「ユーザーの幅を広げる」という一見何でもなさそうで、実はそびえ立っていたバリアを難なく崩してしまった、ということです。まちがいなく、これに牽引されてニンテンドーDS自体も、発売後一年目にして発売直後に倍増する売り上げ、どころか各地で入手困難という騒動を引き起こす、というこれも常識をくつがえす奇跡を起こしてしまった。
任天堂びいきの私も、ゲームの歴史に革命を起こすのが「脳トレ」だったとは、さすがに思い及びませんでした。どこにそんな爆発力を秘めていたのか。ここに実に端的に語られております。「1日に何時間も遊ばせない工夫」。これだったのね。
言われてみれば目からウロコ。おもしろいゲームなら三日三晩眠らなくても平気だよ、という「並の」ゲームデザイナーには決して思いつかない。20分で止めざるを得ないゲームなんて。
などと熱く語っているあいだに、ボランティアさんが五月人形組み立て終わりました。「とっくり持って笠被っているのが違和感あるね」。昔はね、今みたいにセットで壇飾り買うんじゃなくて、毎年一つずつ人形買い足していったみたいですよ。だからバラバラ。これは何のシーンか僕にもよくわからないけど講談か浪曲の主人公なんじゃないかなあ。「このヒゲの長い人は誰なの」。これは神武天皇でしょう。トビを連れていますが。トビも下向いちゃってますね。ほかの人形も、何だかどっか締まりない感じね。刀の差し方とかね。この鯉はのぼりに下げるんだよ。横たえてたらまな板の上みたいね。まあね、これもブンガクカン的かな。多少間が抜けていても、また毎年飾りましょうね。
■4月20日
一昨日、マリンホールへ「松村一郎春の唄まつり」という歌謡ショーを観にまいりました。こまどり姉妹さんがゲストでステージに立たれると聞いたからです。
こまどりさんは、1999年の特別展「昭和歌謡全集北海道編」のゲストスピーカー。あのときは突然電話差しあげ文学館での講演なんてびっくりされたでしょうが、ノーギャラに等しいのに快く引き受けてくださった。上野の喫茶店で待ち合わせ、お姉様にお目に掛かったこと懐かしく思い出します。今でも毎年年賀状くださる。
一昨日は、私外出しているときマネージャーの西原さんが館を訪ねてくださったそうな。そうじゃなくても私ステージぜひ伺うつもりでした。
こまどりさんのステージも感動でしたが、驚いたのは松村一郎さんが仕切る歌謡ショーそのもの。ちょっとしたカルチャーショック。松村一郎さん(「帰ってこいよ」というヒット曲以上に、そのファッションで度肝抜かれた三味線演歌の松村和子さんの父上です)は司会から漫談、そしてご本人の熱唱と3時間!のステージ飛ばす飛ばす。70歳って本当?昼夜二回公演とも満席。こまどりさん以外知らない歌手ばかりなのですが、みなさんそれは上手い。それぞれにご贔屓がついておられるのでしょう。そうしたファンがステージに花束持って押し寄せる。もっとびっくりしたのはいわゆる「ご祝儀」。ポチ袋みたいのじゃなくて結婚式に持っていくような大きなヤツね(いくら入っているんだろう……)。
客がご祝儀渡すために駆け寄ったり、歌い手さんがどんどんステージ降りて握手してまわったりするものだから、客席のライトも点きっぱなしです。これは私の知ってるどんなコンサートとも別世界。
クラシックは「リラックスして楽しみましょう」なんて呼びかけられても、それは緊張します。東海林さだおの初期のエッセイに、カラヤンのコンサートを聴きに行く、というのがあり、ショージ君は緊張のあまり、突然、大声で叫び出したくなる発作に襲われるのね。全身冷や汗まみれになります。
ロックなら舞台客席一体でしょ、といっても、音楽に陶酔する自意識があるのね。
歌謡ショーは別世界。明るい客席。動きまわる客。ゆるく、きわどい「漫談」(松村一郎氏演じる「いぢわる婆さん」。30分の独演ですが田舎のバーサンのとりとめないグチ、猥談、世間話。うーむ、至芸と言えばまさしく至芸)。客はゲラゲラ笑いっぱなし、ゆるみっぱなしね。
チケット切ってもらったときからヒシヒシ感じていたんだけれど、ここに来ているお客様、文学館と100パー無縁だ。インターネットとも100パー無縁だ。文学館のシキイを下げるといってもね、そのバリアは見上げるほどだ。
でも私は崩してみたい。私だってしょせんそっちの世界には住めない小インテリ。それでもちょっとした「志」は持ってるつもり。それが、これ。バリア崩し回る。「ディグダグ」みたいに「ミスター・ドリラー」みたいにね。そのうち大崩壊が起こるかな。無理だとは思うけど、やってやろうと思っているのもウチだけかもね。
■4月14日
「啄木かるた」にも少し飽きたらしい小路君と和田さんが、このあいだ「妖怪花あそび」をやっておりました。久しぶりに館に寄ったキタさんが、「えーっ!花札やってるの!」とビックリ。いや、ゲゲゲの鬼太郎のゲーム、と私。「あ、そー」と納得されたのですが、実のところ花札そのもの。
「妖怪花あそび」なら納得されるが、花札は驚かれる。そんないわれはないわけですが、花札=バクチ、鉄火場なんてイメージ定着もしていますから、驚かれるのも仕方ない。もっとも花札に罪はありません。私ルールもろくに知らないのですが、あの意匠は粋の極みね。「妖怪花あそび」も元デザインを上手に生かしていて愉快。
先日、教育委員会の歓送迎会というのがありまして、隣に座った図書館の野口さんと、前に文学館に勤めていた和泉さんとのあいだで囲碁談義。伊藤整のご子息の礼さんが囲碁がお強い(エッセイ集『パチリの人』あり)、という話からちょっとした囲碁文学論。
「川端康成は囲碁の観戦記を新聞に書いていたこともあるんですよ」と野口さん。へえ!トリビアですね。「それをもとにした小説が『名人』。有名ですよ」。へえ!トリビアじゃないのか。「医師会館に川端康成の書が掛けてあるよね、レプリカだけど。あれも碁の言葉だな」と和泉さん。へえ!これこそローカル・トリビア。で、その言葉とは?「サンサン、じゃなかったかな」。サンサン?三三なら私も知ってる五目並べの禁じ手ジャマイカ。それとも燦々?どんな字なのか、確かめそこなったな。
そこで私はメモしました。企画展プラン。
企画展「ゲームやろうぜ」。囲碁、将棋、トランプ、チェス、花札、ちんちろりん、ビデオゲーム、その他もろもろと文学のディープな世界。キャッチコピーは「人生賭けるか、勝負投げるか」。
もちろん興味引かれて読書に耽っても良し、そのままゲームの世界に没入してもいいわけね。帰り道は自分で探してね。お薦め小説、エッセイその他があれば、掲示板にてご教示ください。
■4月12日
「入力ボランティア」をそろそろ立ち上げねば。と思っていたら、お電話。「ずいぶん前に広報紙で見て」。ああ、まだいいんですよ。「近く寄りますので」。
昨日、その方がお寄りになりましたので、ざっと説明。はじめの入力は「並木凡平歌集」を分担してやっていただこうかと思っております。この全歌集は入手しにくくなって久しいのですが、それなら「製本ボランティア」の手で復刻版を作りましょう。それをアレンジすれば「凡平かるた」もできますね。
コピーをお渡しして、お家でやっていただいてもいいのですが。「ここでは出来ないのですか」。いや、そうしていただければなお良いのです。でもご面倒かと。「仕事が4時で終わるんだけど、会社から家へ帰るのに、バスを一回乗り換えなければならないのです。まっすぐ帰るのもちょっと早すぎるので、ちょっとこちらに寄って、ちょこっと入力できるかな、って」。ああ。「会社も、ちょこっと空く時間があるのね。そんなときにも、続き入れようかな、って」。うん、理想的ですね。「私、入力するのわりと好きなんです」。うん。「でも一時間もやってれば飽きるかも知れない」。いいんですよ。飽きれば止めてくだされば。
うん、いい。これがボランティアのいちばん良いカタチ。ヒマツブシって思ってくれれば、いちばん嬉しい。ヒマツブシだけど、「ちょっと助かる」って言ってくれる人がいる。まあ、それでいいんじゃないかって。
文学館では数少ないウィンドウズマシン(98だけど)。文美室専用機があるのですが、こないだうちからキーボードが見つからない。探しまくるのも時間のムダと見極めて帰りにデンコードーで980円で新品ゲットしました。ビックリするほど安いですね。こんどの土曜日に文美室整理して、本格的に入力製本工房(+いろいろ)始動であります。
■4月10日
くりぃむしちゅーのベタドラマを、ソファに寝転びながら見ていたのですが、有田哲平氏監督・脚本・主演の『101回目のベタポーズ』に、思わず涙。
ベタオ・ベタコ主演の文字どおりベタ恋愛ドラマであり、ベタのベタたる由縁も随所で解説され、スタジオレギュラーがいっせいにツッコむこのコーナー。これで泣くのは、どこまでバカ?
でもねえ、これが良くできているんだなあ。私思うのですが、ベタをベタだと強調しつつ、なおかつベタに感動させる、って、相当知的な技ジャマイカ。なんだよ、第○次お笑いブーム、ってよー、と白い眼で見ている向きも少なくなかろうが、全部が全部とはいいませんけど、いま一線の芸人さんたちの創造するパワー、瞠目させるものがあります。
劇団ひとり氏の『陰日向に咲く』もベタ小説。でも軽やかに爽やかに感動させる。小説のなかに出てくる言い方借りれば、まぶたのふちが暖かくなるような涙、だったか。そしてそれは明らかにお笑い芸としての技を巧みに駆使した小説芸。
私いいたいのはベタのベタを生かし切るには、相当の知力と芸を要するのだ、ということであり、小樽文学館開館28年目、私勤めてから27年目、そろそろ挑戦してもいいんじゃないか。
で、今年の小樽文學舎プレゼンツ、「道東文学観光ツアー」。その行程は、
1日目 小樽〜帯広〜幸福駅〜池田ワイン城〜足寄〜阿寒湖〜川湯
2日目 川湯〜硫黄山〜摩周湖〜知床五湖〜小清水〜網走〜層雲峡
3日目 層雲峡〜上川〜美瑛〜上富良野〜狩勝峠〜帯広〜小樽
どーでしょー。これぞ北海道観光の王道。これを小樽文学版オリジナル文学ツアーにアレンジしてみせる、って、やっぱり無謀?
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